[目次]  [戻る]  [次へ]

第2節 大震災と生活・雇用

大震災により被災3県の多くの企業や事業所が被害を被り、生産が落ち込んだことは、被災3県の雇用・所得環境にも大きな影響をもたらした。また、雇用・所得環境の悪化、さらにはマインドの悪化等を通じて、被災3県の消費にも大きく影響したと考えられる。さらに被災3県では未だに仮設住宅に住んでいる人も多く、大震災は被災3県の住環境にも大きな影響をもたらした。ここでは、雇用や消費、さらには住宅、人口の移動など被災3県の人々の生活に焦点を当てて分析を行う。

1 雇用・失業と消費の動向

大震災により多くの人々が職を失い失業者数が増加したと考えられる。生産の立て直しや復旧・復興需要に伴い被災3県において労働需要が高まっているが、それが雇用に結びついているだろうか。また、被災地における消費の動向はどうなっているであろうか。ここでは、大震災後の被災3県の雇用・所得環境、消費の動向についても見る。

(1)雇用・賃金の動向

ここでは、被災3県の失業率の試算などを用いながら、被災3県の雇用状況について労働需給、失業率の動向を確認するとともに、所得状況についても分析する。また、労働需給の改善が雇用に結びつかない要因の一つである雇用のミスマッチの状況についても確認する。

内陸部、沿岸部ともに有効求人倍率が高水準

まず、労働需給の強さを示す有効求人倍率の動向について確認する(第2-2-1図)。ここでは、有効求人倍率について全国、被災3県の推移を見るとともに、岩手県、宮城県においては津波の被害が大きかった沿岸部とそれ以外の内陸部に分ける。また、福島県については原子力発電所の事故の影響が大きかったと考えられるため、福島第一原子力発電所からの距離別でハローワークを分類し、その有効求人倍率の推移を見る。

有効求人倍率を概観すると、大震災前について被災3県は全国の数値より0.1程度低い水準であった。大震災後、4月には有効求人数(以下、「求人数」という)の増加以上に有効求職者数(以下、「求職者数」という)が増加したため被災3県の有効求人倍率は低下したが、5月以降は求人数の増加により有効求人倍率は急上昇し、2012年に入ると被災3県全てにおいて全国の有効求人倍率を上回って推移している。

次に、岩手県、宮城県を内陸部と沿岸部に分けると、内陸部では大震災による落ち込みはほとんどなく、2011年夏以降は復旧・復興事業の本格化などから有効求人倍率は急上昇し、足下の内陸部の有効求人倍率は大震災前の2倍近い水準となっている。沿岸部については、津波の影響が深刻であったために大震災後の4月に有効求人倍率が大きく低下したが、その後は持ち直してきている。特に、2012年に入ると上昇のペースが早まり内陸部との差が急速に縮小してきている(詳細な求人数、求職者数の動向は後述の宮城のミスマッチに関する分析を参照)。

最後に、福島県の有効求人倍率をハローワークの第一原子力発電所からの距離別に確認すると、おおむね各地域とも同様に回復してきている12ことが分かる(詳細な求人数、求職数の動向は後述の福島のミスマッチに関する分析を参照)。

このように、沿岸部では大震災直後に有効求人倍率が急落したものの、その後は急速に回復し、沿岸部、内陸部ともに有効求人倍率は既に大震災前を大きく上回るほどに回復している。

失業率は大幅に悪化も、その後は改善を続けている

被災3県の有効求人倍率が、求人数の増加もあり高水準であることを確認したが、こうした労働需要の強さが雇用環境の改善に結びついているだろうか。ここでは、被災3県における失業及び就業の状況について確認する(第2-2-2図)。

毎月の被災3県の失業率及び就業者数の動向を確認するため雇用保険の被保険者数、受給者実人員を利用し、推計を行った13。具体的には、雇用保険の被保険者数の前月からの変化幅を毎月勤労統計調査等で調整14し就業者数を推計するとともに、雇用保険の受給者実人員の前月からの変化幅15を同じように毎月勤労統計調査等で調整し完全失業者数を推計し、被災3県の失業率及び就業者数を試算した。

その結果を見ると、被災3県では大震災後に失業率及び就業者数の大幅な悪化が生じたことが分かる。その後、新しく就職した人の増加から、失業率、就業者数ともに大幅に改善し、失業率は大震災前の状態に戻りつつあるといえよう。

建設業・土木業は内陸部、沿岸部ともに求職者数が不足

建設業は復興需要の恩恵を受けやすいが、産業毎に労働需要の強さが異なる場合、産業間での雇用のミスマッチが生じている可能性がある。産業別に求職者数の動向をとることができないため、ここでは宮城労働局「安定所別求人・求職バランス」の職種別の求人数、求職者数を利用して、生産活動でも大きな違いのあった沿岸部と内陸部に分けて、ミスマッチの動向を確認する(第2-2-3図)。

まず、内陸部全体と沿岸部全体を比較すると、両地域ともに求人数は大きく増加しているが、内陸部では求職者数は前年よりも若干減少しているのに対して、沿岸部では大震災後に求職者数も大きく増加していたことが分かる。このため第2-2-1図で確認したように、内陸部において特に有効求人倍率が高くなっている。

次に産業別の動向を見るため、製造業の動向を「製造の職業」、復興需要の影響が強い建設行・土木業の動向を「建設・土木の職業」の求人数、求職者数を利用して確認する16と、製造業では、大震災前から両地域ともに求職者数が求人数を上回っていた。ただし、内陸部では求人の増加と求職者数の減少により、求人数が求職者数に追いつきつつあるものの、沿岸部では求人数は増加しているが求職者数も増加しているため、依然として求職者数の超過が大きい。一方、建設業・土木業は大震災前から両地域ともに求人数が上回っていた。大震災後は、特に沿岸部で求人数が大幅に増加する一方、求職者数がほとんど変わらないため、求人の超過が大きくなっており、製造業とは異なる動きとなっている。

事務的職業の動向を見ると、内陸部、沿岸部ともに大震災前から求職者数が求人数を大幅に上回る状態であった。大震災後は、求人数の伸びが求職者数の伸びを上回っているため、両地域ともに求職者数超過が和らいできているものの、依然として求職者超過である。なお、宮城県の専門・技術的職業の求人数、求職者数の動向を見ると、求人数超過となっており、職業間でもミスマッチがあることが分かる。

このように、製造業では求職者数が求人数を上回っているのに対して、建設業・土木業では沿岸部、内陸部両地域とも高い求人数に対して求職者数が追いつかない状況であり、産業間のミスマッチが存在する。また、事務的職業では求職者数超過である一方、専門・技術的職業では求人数超過であるなど職種間の雇用のミスマッチも存在する。労働需給のミスマッチを緩和し、産業間でのバランスのとれた雇用を実現するためには建設業・土木業だけでなく、求人数が求職者数に比べて少ない製造業の需要を高める必要があるといえよう。また、専門・技術的職業の求職者数が増えるよう高度人材の育成も重要である。こうした産業の復興や人材の育成をどのようにして実現するかが今後の課題である。

原子力発電所40キロ圏内では、特に建設・土木の労働需要が強い

次に、原子力発電所の事故の影響が懸念される福島県の求人数、求職者数の状況を福島第一原子力発電所からの距離別に分けて確認する(第2-2-4図)。

原子力発電所からの距離が近いほど求人数、求職者数ともに悪影響が及んでいることが懸念されるが、40キロ圏内のハローワーク17の求職者数、求人数の動向を見ると、他の地域同様に求人数が増加しているだけでなく、求職者数も増加しており、求職活動が大震災前と変わらずに活発に行われている。全地域ともに求人数が増加することで、求職者数の超過の幅が減少しているものの、依然として求職者数が求人数を上回っている。

また、職種別に求人数と求職者数の乖離を見ると、建設・土木においては、津波等により被害を受けた建設物の復旧・復興や仮設住宅の建設などもあり40キロ圏内においても求人数超過が大震災後に大きくなっている。また、サービスの職業においては依然として求人数が超過しているものの、その超過幅は大震災直後に大きく落ち込んでいる。原子力発電所から80キロ以上離れているハローワークにおけるサービスの職業の求人数超過が大震災後から増加傾向にあることを踏まえると、サービスの職業においては福島原子力発電所の事故の影響が近隣地区では悪影響を及ぼしている可能性がある。

このように、原子力発電所からの距離別で労働需要の動向を見ると、全職種では有効求人倍率の動向に大きな差がないものの、職種別では地域間で差があることが分かる。ただし、福島県では県外への避難者が特に多いため、避難をしている人が戻ってきた場合の雇用動向には留意が必要である。

被災3県の賃金の動向は特に浸水域において厳しい

最後に被災3県の賃金の動向を、厚生労働省「毎月勤労統計調査」で確認しよう。ここでも前節と同様に津波の浸水地域にある事業所(以下、「浸水域」という)とそれ以外(以下、「内陸部」という)に分類して賃金の状況を確認する。また、被災地では復興の進展とともに特に建設業で人手不足が顕在化していると言われている18が、建設業の賃金の動向についても併せて確認する(第2-2-5図)。

まず、被災3県全体の現金給与総額の推移であるが、大震災後には前年同月比のマイナス幅が拡大している。前年比のマイナス幅は徐々に縮小してきているものの、2011年12月時点でも未だにマイナス10%程度であり依然として厳しい状況である。ただし、30人以上の事業所を確認すると大震災後も前年比でプラスが続いており、特に小規模事業所において賃金の動向が厳しい。

それでは地域別に分けるとどうだろうか。まず被災3県の浸水域であるが、津波の被害により生産や販売活動が低迷したこともあり、賃金も前年を大きく下回る状況で推移している。2011年末でも前年比20%程度の下落となっており浸水域の賃金の動向の厳しさが分かる。詳細に見ると、内陸部においても所定内給与の低迷を受けて前年比のマイナスが続いており、所得環境は同じく厳しいが、マイナス幅が浸水域に比べると小さいことやマイナス幅が縮小していることから生産や販売の回復とともに内陸部では徐々に賃金の動向が改善してきている。浸水域と内陸部の事業所数はおおむね1:9の割合なので、全体の動きも内陸部の事業所の動向とほぼ同じとなっており、被災3県では特に浸水域が弱い動きである。

次に、労働需要の超過が生じている建設業であるが、被災3県全体で見ると現金給与総額は大震災後にほぼ前年と同じ水準で推移している。ただし、内陸部に限定して見ると所定内給与の継続的な大幅増や12月の特別給与の大幅増などが要因で現金給与総額が前年に比べて高い伸びとなっており、内陸部の建設業では労働需給のひっ迫から賃金が大幅に増加している。

このように、内陸部の建設業など一部では賃金の増加が続いている部分もあるものの、被災3県では浸水域や小規模事業所を中心に賃金の動向が厳しいといえよう。

以上を踏まえると、賃金の動向は依然として厳しい状況であるものの、就職件数の増加や有効求人倍率の上昇など、被災3県の雇用環境は改善してきていると評価できよう。雇用は生産等に遅行することを踏まえると、前節で見たように生産がおおむね大震災前の水準に戻ってきている中、今後、ミスマッチの動向には注意が必要なものの、被災3県の雇用環境は改善が続くことが期待される。

コラム2-1 岩手県における就職件数

ここまで、被災3県では高い労働需要を背景に雇用環境が改善しつつあることを確認した。ただし、建設業の労働需要が強いことは女性の雇用状況が相対的に悪い可能性がある。ここでは、岩手県の男女別の就職件数の動向について確認しよう(コラム2-1図)。

まず男女ともに就職件数は、大震災後、高い労働需要を背景に前年比増で推移している。ミスマッチもあり労働需要が完全には雇用に結びついてはいないものの、一定程度は新規の雇用に結びついている。

次に男女別で就職件数の動きを見ると、男性は特に建設業で大幅に増加しているものの、女性は建設業ではほとんど前年と変わっていない。これは、復旧・復興では力を使う現場仕事が中心であるため、男性に比べて女性への雇用面での恩恵が届きにくいことが要因と考えられる。

ただし、被災地における消費の回復や被災したスーパーなどの復旧・再開などに伴い、卸売・小売業における女性の採用が増加しており、今後は女性の雇用者増が期待される。

(2)被災地における消費の動向

大震災により働く場を失った、又は家屋に大きな被害を受けたなど消費に大きなダメージを与える事象が多く発生した。また、今回の大震災の特徴である津波の被害の有無によって同じ被災3県でも消費の状況は大きく異なることが予想される。ここでは、被災3県の消費が大震災後にどのように推移しているのかを確認する。

被災3県の消費は大震災により急落後、急速に回復

大震災により働く場を失うことや資産に大きな被害を受けることは、短期的には家屋の修理や耐久財の購入などを通じて消費にとってプラスとなり得るものの、中長期的には恒常所得の減少などにより消費にとって大きなマイナスになることも考えられる。

そこで、被災3県の消費を見ると、大震災直後の2011年3月に急落した(第2-2-6図)。これは、前節で見たような雇用・所得環境の悪化や大震災後に店舗の被災などで消費する場所を提供できなくなった供給側の要因があることに加え、消費者マインドが冷え込んだためである19。ただし、消費者マインドの回復とともに、夏以降は急速に回復して「家計消費状況調査」では2011年末には大震災前に比べて約1割高い水準となっており、「家計調査」ではほぼ全国と同水準となっている。サンプル数が多いことから「家計消費状況調査」の方がより信頼性が高いと考えられる20が大きな動きは同じであり、被災3県の消費は、大震災後に急落したものの、既に大震災前の水準に戻っていると判断できよう。

品目別に消費の動向を見ると、やはり大震災で被害を受けた家屋の修理などの家屋工事費が大震災後に被災3県で急激に伸びていることが分かる。また、旅行関係費を見ると大震災後に被災3県における低迷が著しかったが、2011年秋頃からは前年の水準にまで戻っており、必需的消費のみならず選択的消費についても回復してきていることが確認できる。

大震災後に家庭用品など生活品を買い戻す動き

先ほどの家計消費状況調査は世帯を対象とした需要側統計であるが、震災が発生した2011年3月には被災3県の調査世帯数が通常と比べて大きく減少しているため、結果は幅を持ってみる必要がある。そこで、次に供給側統計である百貨店の売上げから被災3県の消費を確認する(第2-2-7図)。

まず、被災3県の百貨店販売額の推移を見ると、大震災直後に大きく落ち込むものの同年5月には岩手県を除き大震災前の水準に戻っている。被災3県ともに大震災前には百貨店の販売額は減少傾向にあったことを考慮すると、岩手県は大震災前のトレンドに戻り、宮城県、福島県の2県については水準が上方シフトしているといえよう21

より詳細に見るため、3県別にその内訳を見ると、宮城県や福島県では家庭用品や身の回り品などの生活品が大震災後に上方シフトしている。これは被災した家財などの買戻しに加え、復旧・復興のために両県を訪れている人々がその場での生活品を買うことが要因となっている可能性もある。

なお2011年夏以降、被災地の一部では美術品や貴金属などの高額品の売れ行きが好調と伝えられているが、公表されている仙台の百貨店の「美術品・宝飾・貴金属」の売上額は2011年5月から年末にかけて、おおむね前年比20%増という高い伸びとなっていた。これは、大震災により大きな被害を受けた人々が高額品を消費することでこれまでの苦痛を緩和させていることに加え、大震災後に意識が高まった“絆”を深めるために贈り物などでこれらを購入していることも考えられる。

このように、需要側、供給側の両面から見て、被災3県の消費は大震災直後こそ急落したものの、既に大震災前の水準に回復している。大震災前に比べて上振れている部分がある理由としては、大震災により被害を受けた家財等の買戻しがあることに加え、供給側統計については、被災地の復興のため他地域から人々が集まっているために消費が上振れていることが考えられる。

被災3県の自動車販売は、毀損した自動車の買戻しにより震災前水準を大きく上回る

上記の百貨店販売額からは、被災地では被災した家財等の買戻し需要が旺盛であることが示唆されるが、被災3県では津波等により自動車も大きな損害を受けた。岩手県、宮城県ではそれぞれの県庁で被災車両数の推計値を発表しており、両県の被災車両数はあわせておよそ19万台にも及ぶと試算されている。震災後、被災地の百貨店の家財売上が大きく増加したのと同様に、被災した自動車の買戻し需要が大きく増加している可能性が考えられる。ここでは新車、中古車に分類してその動向を確認するとともに、損害を受けた車の買戻しがどの程度発生するかを試算して今後の動向を考察する(第2-2-8図)。

まず、新車販売の動向を全国と被災3県で比較すると、大震災発生時の3月に全国、被災3県ともに販売が落ち込んだものの、大震災の被害がより大きかった被災3県における落ち込み幅が非常に大きく、大震災直前2月の約半分の水準まで急落した。その後、全国の新車販売はサプライチェーン寸断の影響などもあり2011年夏ごろにようやく大震災前の水準に戻ったが、被災3県では自動車メーカーが優先的に提供したこともあり2011年4月には大震災前の水準まで値を戻しており、その後も壊れた車の買い替えなどにより高い水準で推移している。ただし、2012年に入ると、買い替えの一巡もあり全国の販売動向とほぼ同様の動きとなっている。

次に中古車販売の動向を見ると、新車同様に2011年3月に被災3県の中古車販売は急落したが、その後は自動車の買戻しにより大震災前の水準を大きく上回って推移している。特に2011年4月、5月は前年の水準に比べ1.5倍となっており、津波などで毀損した自動車の買い替えとして被災3県では中古車を利用する人も多かったと見られる。その後、乖離幅は徐々に縮小しており、2012年に入ると大震災前の水準に戻りつつある。

それでは今回の大震災により被災した自動車の買戻しはどの程度出てくるのであろうか。先ほど述べたように、岩手県、宮城県の両県庁によれば、両県の被災車両数はあわせて約19万台と推計されている。この19万台全てが買い戻されるのではなく、1世帯当たり1台だけ買い戻すと仮定22すると、約11万台程度の買戻しがあると考えられる。また、前出の内閣府「インターネットによる家計行動に関する意識調査」(2012)によると、震災後に購入した車の種類として約4割が新車、約6割が中古車と回答しているので、約11万台を同比率で分配すると、新車では約4.4万台、中古車では約6.6万台が買戻しとして出てくると試算される。したがって、震災前までのトレンドからの乖離部分を考慮すると、2012年3月で新車、中古車ともに残った買戻し需要は1万台を下回っていると試算できる。各種仮定によって試算値は変わるため、結果は幅を持ってみる必要があるが、買い替えは既におおむね済んでいるといえよう。ただし、当面は、買戻し需要の残り部分の解消に加えて、エコカー補助金の効果により、被災3県の新車販売は堅調に推移すると考えられる。

津波浸水域は営業停止店舗の影響により販売が低迷

以上のように、需要側、供給側双方の統計から被災地の消費を総じて見ると、被災地の消費は大震災により急速に減少したものの、その後、買戻し需要を中心に急速に持ち直したことが見てとれよう。しかし、被災地の中でも、地震だけでなく津波の被害も同時に受けた地域(以下、「浸水域」という)では消費の動向に差異があると考えられる。そこで、被災3県のスーパーを浸水域とそれ以外(以下、「内陸部」という)に分けて販売の推移を確認する(第2-2-9図)。

はじめに、百貨店同様に被災3県のスーパー販売額の動向を確認しておく。百貨店同様に、スーパー販売額は大震災直後の3月に大きく落ち込んだものの3県ともにその後に急速に回復し、6月には岩手、福島の両県では大震災前の水準に戻っており、宮城県では震災前を超える水準で推移している。

次に、浸水域と内陸部別の動向を見ると、内陸部では大震災直後の3月こそ販売が4分の3程度の水準まで落ち込んだが、翌月にはほぼ大震災前の水準に戻し、同年5月以降は大震災前を上回る水準で推移している。一方、浸水域のスーパーでは同年4月まで大きな落ち込みが続き、2012年になってもまだ大震災前の9割程度の水準にとどまっている。

このように、同じ被災3県でも浸水域と内陸部でスーパーの販売額の推移は大きく異なるが、その要因として津波により浸水域の多くのスーパーが大きな被害を受けたことが考えられる。営業店舗数の推移を見ると、内陸部では震災後に全体の3%程度のスーパーのみ営業停止になったのに対し、浸水域では4割弱のスーパーが営業停止を余儀なくされている。さらに、2012年になっても未だに営業停止の数が変わっておらず、その被害の甚大さが分かる。そこで、大震災以降にひと月でも販売がゼロになったスーパーを除いた上で被災3県の浸水域と内陸部の販売動向を見ると、2011年夏以降は両者ともに高い水準にある。品目別に見ても、浸水域、内陸部ともにおおむね同様の動きとなっており、浸水域におけるスーパー販売低迷の主因は津波の影響による店舗数の減少といえよう。ただし、内陸部のスーパー店舗数は大震災前に増加傾向であったのに対して、浸水域の店舗数は変化がなく既に頭打ちの状態であった。津波の被害を受けた市区町村では、住宅地の移転を考えている地区も多いため、浸水域の店舗数の回復を考える際には、人口減少のトレンドや住宅地の移転を考慮した上で長期的に望ましい水準にすることが重要であろう。

コラム2-2 阪神・淡路大震災時との消費の比較

これまでの我が国の大きな地震としては1995年の阪神・淡路大震災(以下、「阪神大震災」という)が挙げられるが、ここでは阪神大震災時と今回の大震災による消費への影響を確認する(コラム2-2図)。

まず百貨店販売額は、前述のように宮城県や福島県で比較的早期に大震災前の水準に回復しているのに対して、兵庫県は1年近く経っても低迷したままであった。これは、宮城県や福島県では百貨店店舗数は減少しなかったのに対して、兵庫県の場合には店舗数が減少し、その再建がかなり遅れたことによる。また存続した1店舗当たりの販売額を見ても、阪神大震災時の兵庫県の方で、販売額の戻りが弱いことが分かる。この要因としては、百貨店の立地状況などにより、営業停止となった店舗の売上げが存続店で代替される効果が百貨店の場合には限定的であることが考えられる

次に、スーパーの販売額であるが、阪神大震災の兵庫県では今回の大震災後に比べると低迷が長引いていたが、1年後には震災前の水準を回復した。兵庫県のスーパーの店舗数は引き続き大きく減少したままであるが、存続店舗当たりの販売額は今回の大震災後と比べ遜色がない。スーパーの場合、いったん営業不能になると立ち直りは難しいものの、店舗数が多く立地状況が地域内で百貨店よりも分散されているため、存続店舗によりかなり代替することができたと見られる。

2 震災への家計の対応

大震災により雇用・所得環境や消費は大きな影響を受けたが、家計はこの大震災にどのように立ち向かったのだろうか。ここでは、既存の統計のみならず今回の大震災の影響を確認するためのアンケート調査も活用し、雇用や消費において、人々がどのように大震災の影響を受けたのか、またどのように対応していったのかを確認する。

(1)仮設住宅居住者の状況

大震災により住宅が毀損した等の人は仮設住宅に避難している人も多い23が、仮設住宅への転居はもともと住んでいた地域から離れるため、生活に大きな影響を及ぼすことが懸念される。ここでは、福島県の「仮設住居入居者への就労意向に関するアンケート調査」(2011年10月)を活用して、大震災から半年経過した2011年10月の福島県の仮設住居入居者の雇用の状況や所得環境を見ていこう。

福島の仮設住居入居者の約7割が11年10月時点で無職の状態

まず、仮設住居入居者の大震災前と現在の職業(2011年10月時点。以下、この項同じ)を確認すると、大震災前は7割の人が働いていたにもかかわらず大震災後の11年10月時点では7割近くの人が無職等になるなど、仮設住居入居者の雇用環境が非常に厳しかったことが分かる(第2-2-10図)。

次に、仮設住居入居後の主な収入源を見ると、預金の取り崩しが約1割となっており、多くの人が職を失い、所得面でも苦しい状況であった。また、雇用保険の回答も1割弱となっていたが、2011年後半から雇用保険の受給期間が終了する人が増えてきており、雇用保険終了後も次の就職先が見つからない場合、生活に大きな影響を及ぼすことが懸念される。

現職の探し方を見ると、全体の中で知人等の紹介で大震災後に新たな職を見つけた人の割合が高い。福島県全体で見ると、ハローワークを通じた就職件数は大震災後に前年比で増加傾向が続いており、ハローワークは福島県全体で重要な役割を果たしていると見られるが、仮設住宅入居者にとっては、ハローワークへの交通手段の確保が難しいこともあり、個人的なネットワークがより重要な役割を果たしていたと考えられる。

最後に、今回の大震災の特徴の一つである、原子力発電所の事故との関係を確認する。大震災前の住居を「緊急避難区域」、「一部緊急避難該当区域」、「計画的避難区域」、「未指定区域」に分類し、就労希望者に対して今後の希望勤務地の場所を確認すると、原子力発電所から近い地域に住んでいた人ほど大震災前の地域周辺への就職希望が少なく、代わりに現在の仮設住宅団地周辺への就職希望が増えており、原子力発電所事故が就職希望地にも影響を及ぼしていることがうかがえる。

緊急避難地域の居住者は11年10月時点で無職の割合が高い

福島県の仮設住居入居者の雇用環境について、属性別により詳細に見る(第2-2-11図)。

まず、先ほど確認した大震災前後の職業について前職の職業別に比較すると、製造業や建設業においては大震災後も引き続き同じ産業にて就業していた割合が高く、11年10月時点で失業していた割合が相対的に低い。一方、大震災前に農林漁業関係に就いていた人の場合は、6割が大震災後に失業し11年10月時点でも未だに無職のままであり、大震災前後で変わらず農林漁業関係で就業した人は2割程度しかいない。農林漁業関係の場合、農地や漁港の継続性が重要となるため、避難によりこれまでの農地や漁港から離れることとなると、別の土地で農林漁業を始めるのは困難であることが要因であると考えられる。

次に、同じ分析を男女別で確認すると、女性で特に無職の割合が高くなっていた。男性では、大震災後に無職にはならず引き続き当該産業に就業していた割合が高い建設業を見ると、女性では大震災前後に引き続き建設業で就業している人がほとんどいなかったことから、復旧・復興需要の恩恵が仮設住宅の女性には届きにくくなっていた実態が分かる。これは復旧・復興作業では、がれき処理などの力仕事が多いため、男性の方が相対的に優位であることに加え、仮設住宅に避難した世帯においては、新生活への対応・準備が多忙であり、特に女性が就業にまで手が回らずに求職活動が行えなかった可能性もある。また、年齢別に見ると、中高年に比べて、39歳以下において、震災後も引き続き同じ産業にて就業している割合が高くなっていた。

最後に、原子力発電所における事故の職業への影響を確認するため、先ほど同様に大震災前の住居を「緊急避難区域」、「一部緊急避難該当区域」、「計画的避難区域」、「未指定区域」に分類してその動向を確認する。大震災前に緊急避難区域に住んでいた人は、大震災前の職業がどのような産業かにかかわらず、大震災後に失業し、11年10月時点でも無職のままでいた割合が高く、逆に原子力発電所事故の影響が比較的小さいであろう「未指定区域」の地域について見ると、全ての産業において大震災後も同じ産業にて引き続き就業している割合が相対的に高くなっていた。原子力発電所の近くに住んでいた住民ほど、同じ仮設住宅住まいでも厳しい雇用環境にあったことが分かる24

(2)大震災の雇用・所得、消費への影響とその対応

前項で被災地において内陸部を中心に雇用・所得環境に大きな被害を受けたが、徐々に持ち直している動きを確認した。ただし、公式の統計では被災地の影響やその回復過程が完全に把握できない部分があるため、ここでは内閣府「インターネットによる家計行動に関する調査」(2012)を活用し、今回の大震災でどのような層が特に被害が大きかったのか、また大震災に対して人々が雇用面でどのように対応しているのかを確認する。さらに、消費に対してどのような影響があったのかも見ていく。

若年と高齢層で大震災後に正規職員比率が大きく低下

内閣府「インターネットによる家計行動に関する調査」(2012)は、被災3県の大震災後の家計の状況を調査するために行った調査である。インターネットのモニター調査であるため、サンプルとしては母集団に比べて男性がやや多い、20代から50代が比較的多い、建設業やサービス業の割合がやや高いという違いがある(付図2-2参照)。したがって、結果は幅を持ってみる必要があるものの、大震災前後の雇用・所得環境や消費の動向が分かるため、本項ではこのアンケート調査を利用して、大震災の雇用・所得への影響を確認する(第2-2-12図)。

まず、大震災前後の雇用形態を見ると全体では正規社員・職員等(以下、「正規職員」という。非正規職員についても同様)の比率が減少し、無職(家事含む)の割合が増加している。年代別に見ると、40代から50代ではほとんど構成が変わっていないものの20代から30代の若年層と60代以上の高齢層において正規職員の比率が大幅に減少し、無職の割合が増加している。60代に関しては大震災を契機にリタイアするか、短時間労働の非正規職員に転出する者が多く出たことが要因として考えられる。

次に、家屋等の被害別に大震災後の世帯主の雇用形態を見ると、家屋等の被害が多いほど正規職員の割合が減少するとともに自営業や無職の割合が高くなっている。大震災で家屋等の被害が大きい者は住宅の移転を余儀なくされ、それに伴って正規職員の職を失い、無職もしくは自営業として生計を立てていると考えられる。

労働収入の動向を見ると、全体として大震災後に減少している割合の方が増加している割合よりも多く、労働収入でみた所得環境は厳しいことがうかがえる。年齢別には大きな差はないものの、雇用形態別で見ると、正規職員に比べて非正規職員、自営業で労働収入の減少割合が多く、厳しさが分かる。

なお、減少した労働収入の補てん方法を見ると、貯金の取り崩しが最も多いものの、義援金・見舞金も2割程度となっており、社会全体でのリスクシェアリングが一定程度の効果があったことが確認できる(リスクシェアリングは(3)所得損失と家計の対応で詳細に扱う)。

このように大震災は若年層、高齢層の雇用に大きく影響を及ぼしたとともに、家屋等の被害が大きい世帯に雇用面で大きな影響をもたらしたといえよう。

高学歴、若年ほど早く次の職業が見つかる傾向

次に、被災3県において大震災後に離職し、新しい職業を見つけた人の属性分析を行うことで被災3県における就職活動の動向を確認する。大震災後に離職したが現在別の職業に就いているサンプルを活用し、職探しに要した期間を学歴別、年齢別、雇用形態別に見ていく(第2-2-13図)。

まず、当該アンケートにおけるサンプルの性質を見るために該当サンプル全体の再就職に要した期間を確認すると半数近くが2か月以内に次に職業を見つけており、3~5か月が2割弱、6~8か月が2割強などとなっている。

同様に、再就職までに要した期間を学歴別に大卒未満と大卒以上で分けて見ると、大卒以上の場合、6割近くが2か月未満で再就職先を見つけているのに対して大卒未満では4割強となっており、高学歴層が今回の大震災後において比較的早く再就職先を見つけていたと考えられる。

また、年齢層別に見ると、39歳以下の若年層や60歳以上の高年層において短期間で再就職先を見つけている割合が高い。若年層や高年層ともに希望賃金が低いことに加え、若年層に関しては労働側の要因として新しい職種、職場への順応が高いことに加え、雇い主側から見ても長期的な雇用確保につながることから、ニーズが大きいことが予想される。また、60歳以上の高年層に関しては、これまで蓄積した専門知識を活用し、比較的早くに再就職先を探していると考えられる。

最後に再就職先での雇用形態について確認すると、正規職員の方が早期に決まっている。これは、正規職員として採用されている人の多くは前職も正規職員だった割合が高いため、これらの人の人的能力が高く早期に再就職先が見つかったことに加え、大震災で欠員が出た従業員の補充に関して、企業側はまず業務のコアを担う正規職員の採用を決めた上で、その後、非正規職員の採用を進めたことに起因するものと推測される。

非正規職員や自営業者で消費が減少する傾向

次に、属性ごとに大震災後の、大震災前と比較した消費の動向を確認する(第2-2-14図)。

まず年齢別に消費の動向を見ると、階級ごとに大きな違いはないものの、60代以上の高齢層でやや消費を減少させている割合が高い。これは高齢層で正規職員の割合が減少し、非正規職員や無職の割合が増加していることと整合的である。

大震災後の雇用形態ごとの消費動向を見ると、非正規職員や自営業者では大震災後に消費を減らしている割合が相対的に高く、非正規職員や自営業者における消費環境の厳しさが分かる。

このように大震災は高齢層、及び非正規職員や自営業者の消費に特に大きな影響を及ぼしたといえよう。

家屋の被害の消費への影響は保険等により緩和

家屋の損害別に消費の増減を見ると、家屋の被害が大きいほど消費を増加させた世帯が多い(第2-2-15図)。これは、家屋とともに損壊した耐久消費財等を購入したものと見られ、家屋損壊に加え大きな負担が生じたことがうかがえる。他方、消費を減らした世帯も多くなっており、貯蓄ができなくなっている世帯も多い。

こうした消費動向を左右するのは、被害が生じた時に、その影響を資産や保険等でどの程度カバーできるかどうかである。これについては後に詳細に見ることにするが、ここでは地震保険の加入の有無及び家屋の被害別に分けて消費動向を見ると、家屋に大きな被害を受けた世帯の場合、地震保険に加入していれば、消費を増やしている割合が地震保険に加入していない場合に比べて大きくなっている。地震保険による保険金が家屋の修理に有効的に活用されたケースが多かったと考えられる。

このことから、被災3県では大震災の被害が大きかった世帯で消費、貯蓄が大きな影響を受けたものの、保険を活用してその被害を少なくしている面もあるといえよう。

(3)所得損失と家計の対応

World Bank(2010)では、人々が災害に備えるため複数の種類の資産や所得を得るなどの予防(Prevention)の他に、金融資産以外にも穀物を蓄えるなど非金融資産を持つ等による自己保険(Self-insurance)、災害保険に入る等の市場で流通している保険の活用(Market-insurance)、義援金や支援金25、支出の削減や家族の就業増などによるやりくり(Coping)を挙げている。今回の大震災により働く場を失って所得が減少したり、消費者マインドが冷え込むということが生じた。このような現象は、消費にとってはマイナスに働くが、前項で確認したように被災地の消費は震災後、急速に持ち直した。この要因として、親類からの仕送りや他地域からの義援金などの所得補てんが円滑に行われていた、つまりはCopingがうまく行われていた可能性が考えられる。ここでは、今回の大震災が消費にどのような影響を及ぼしたのかを属性別に見るとともに、上記の分類を参考に、人々がどのように大震災に対応したのかを確認する。

被災3県では義援金などが消費の下支えをした可能性

通常、家計は所得を制約条件として消費をするため、勤労所得の落ち込みは消費の減少を発生させるものと考えられる。ただし、次節で詳しく触れるが、今回の大震災後に日本全国や世界各国から義援金が被災地に提供されていることや親類からの仕送り金などが発生していることが予想されるため、被災地においては雇用者の減少など経常的な収入が大きく減少しても消費がそれほど落ち込まない、つまりは消費のリスクシェアリングが行われている可能性がある。

前出の内閣府「インターネットによる家計行動に関する調査」によれば、義援金を受け取っている人と受け取っていない人では、義援金を受け取っている人の方が大震災後に消費を増やしている人の割合が高いことが分かる(第2-2-16図)。また、義援金・見舞金の受取額は家屋の被害が大きい世帯ほど多くなっており、義援金・見舞金が大震災で大きな被害を受けた世帯を中心に消費を下支えした可能性があると考えられる26

保有資産の取崩しにより消費の変動を抑制

人々の消費や貯蓄動向にはどのような違いが発生したのかを具体的に確認する。ここでは、震災による余計な出費の有無や家屋の被害毎に消費や貯蓄にどのような影響があったのかを前出の内閣府「インターネットによる家計の意識調査」を活用して調べる(第2-2-17図)。

始めに、大震災により余計な出費が発生した世帯の割合を見ると、半数弱程度となっている。次に、大震災後の消費動向を見ると、「震災により余計な出費がなかった」回答者においては保有資産が多くなるにつれて消費を減少させた割合(「大きく減少」と「多少減少」の合計)が少なくなっており、金融資産が消費にある程度影響力を持つことが分かる。しかし、同様の回答を「震災により余計な出費があった」回答者について見ると、保有資産が多い世帯においても大震災後に消費を減少させた割合は保有資産が少ない世帯と同程度存在しており、大震災の被害により資産が多い世帯の一部では、消費を抑制せざるをえない状況になったと考えられる。なお、貯蓄については、余計な出費の有無にかかわらず、金融資産が少ない世帯ほど貯蓄を行っていない傾向が出ている。

このように、大震災の被害は富裕層の消費に対しても抑制的な効果があったと考えられる。

家屋の被害などには保険金や義援金が重要な役割

家屋の損害別に消費や貯蓄への影響を確認したが、大震災により家屋が被害を受けた人々や入院・治療が必要になった人々はどのようにその費用をファイナンスしたのだろうか。前出の内閣府「インターネットによる家計の意識調査」を活用して調べてみよう(第2-2-18図)。

大震災により家屋の修理・家財の購入が必要になった人のファイナンス方法を見ると、入院・治療費の支払いや家屋の補強・防災用品の購入の支払いに比べて、生活費のやりくりの割合が低く義援金や保険金の割合が高いことが分かる。これは、家屋の修理のような大きな被害に対しては生活費のやりくりだけで対応することが難しく義援金や保険金に頼らざるをえないためと考えられる。住宅の被害別に家屋の修理への対応のファイナンス方法を確認すると、家屋の被害が大きい世帯においては、生活費のやりくりで対応する割合が少なく、代わりに義援金や保険金の果たす役割が大きくなっており、貯金の取り崩しによる対応割合も少なくなっている。

一方、家屋の補強や防災用品の購入については、その半分近くの費用を生活費のやりくりで対応している。生活費のやりくりでの対応は、消費項目の入れ替えにすぎないため、防災意識の高まりによる防災用具の購入による消費全体の押上げ効果は限定的であった可能性がある。

家屋の被害への対応は保険金、義援金等が活用されている。なお、この点について計量的に分析すると、震災により必要となった支出に対して、住居被害等の大きなショックに直面した家計は特に義援金や見舞金で対処する傾向があったことが示唆された(付注2-2参照)。

これらを踏まえると、家屋の損傷など大きなショックに直面した世帯においては、保険金や義援金が家屋の修復や家財の購入などに対するファイナンス方法として重要であったことが示唆されよう。ただし、後述するが、地震保険による家屋被害の補償状況を見ると、全額補償されている世帯は少なく、必ずしも十分な額の保険に加入していたわけではない。

世帯内の就労人数の増加により必ずしも消費は増加せず

先ほどは大震災による家屋の修理や家財の購入といった余計な出費への対応として、生活費のやりくりや保険金、義援金等の果たす役割を確認したが、大震災による被害や所得減などに対応するための方法としては、世帯内での支えあい、具体的には世帯内における就労人数の増加による世帯収入の増額といった方法も考えられる。ここでは、前出の内閣府「インターネットによる家計の意識調査」を活用して、世帯内における就労人数の大震災前後の変化ごと属性に分けて、大震災前後の給与収入や消費の変化について確認する(第2-2-19図)。

まず、大震災前後での就労人数が変化していない世帯(以下、「変化なし世帯」という)と減少している世帯(以下、「減少世帯」という)を比較すると、減少世帯では大震災後の給与収入及び消費が減少している割合が多くなっており、旅行などの選択的支出を中心に消費を切り詰めている傾向がある。

一方、変化なし世帯と大震災前後で就労人数が増加している世帯(以下、「増加世帯」という)を比較すると、増加世帯の消費動向については、大震災前後で「変わらない」という回答の割合が少なくなっている一方、消費を増やしている割合、消費を減らしている割合の双方とも、変化なし世帯に比べて多くなっており、増加世帯の消費動向では2極化が起きていることが分かる。なお、グラフには載せていないが貯蓄率について同様に確認すると、就労者増加世帯において貯蓄率が高い傾向にあることから、増加世帯では就労人数を増加させることで、貯蓄水準は維持したまま消費を増やす世帯がある一方、不安感の増大や大震災による被害回復に向けた将来的な支出に備え貯蓄を増やすため、就労者を増やすとともに消費を切り詰める世帯もあることが分かる。世帯における就労者増加による貯蓄率の増加という効果もあるものの、必ずしも全ての世帯で消費を増やすという状況には結びついていないことが示唆される。

3 被災地の生活状況

大震災は被災3県の住宅にも大きな被害をもたらし、住生活に大きな影響を及ぼした。また、被災3県からの他地域への移動など、人口の流出をももたらした。ここでは、これら住宅の状況や人口の動向について確認する。

(1)住宅の状況

被災3県では大震災により、12万戸の住宅が全壊するなど、住宅にも大きな被害が生じた。ここでは、被災地3県における住宅の被害及び今後の復興見通し、並びに被災3県における住宅着工の動向を確認するとともに、住宅の復興状況について確認する。

宮城を中心に被災3県では、全壊・半壊の世帯が多数

まず、被災3県における大震災による住宅の被害及び今後の復興見込みを確認する(第2-2-20表)。被災3県ともに大津波などにより多くの家屋が全壊や半壊の被害を受けた。3県の全壊の戸数は約12万戸でありその7割程度が宮城県である。また半壊戸数も約22万戸に及び、こちらも宮城県が7割程度と圧倒的に多い。

これに対して仮設住宅の完成戸数は3県合計で約5万戸、借上げ賃貸入居戸数が同約5万戸、等となっており、大震災で被害の受けた家屋への手当てとして合計で10万戸を超える体制が整っている。

次に、岩手県や宮城県が発表している復興計画を参考に、今後、各県で住宅の復興需要がどの程度出てくるのかを見ると、岩手県では1万6000戸から1万8000戸、宮城県では約7万2000戸程度となっている。この戸数はそれぞれ総世帯数の3%、8%程度にあたり、今後、被災3県において大震災で被害を受けた家屋の立て直し、住宅の復興需要が一定程度期待される。なお、大震災で津波被害にあった32市町村が策定した復興計画によると、約6割の地区で住宅を高台や内陸に集団移転する予定となっており、被害にあった住宅の復興が必ずしも同じ沿岸部で発生するわけではないと考えられる。

このように、被災3県では今後、住宅の復旧・復興需要が期待されるものの、その着工地点は大震災前とは違う場所の可能性もあり、商業地などの復興の際には、これらの住宅の復興地点に留意した上で復興を進める必要がある。

宮城県を中心に住宅着工は持ち直しているものの、原発周辺地域では低迷

次に被災3県における住宅着工の動向について確認する(第2-2-21図)。ここでは、津波の被害が大きかった岩手県、宮城県においては沿岸市区町村27とそれ以外に分けて動向を確認するとともに、福島第1原子力発電所事故の影響が大きい福島県においては、避難市町村28とそれ以外に分けて確認する。

まず、岩手県、宮城県の動向を見ると、震災直後に大きく落ち込んだものの、宮城県を中心に持ち直し基調となっている。

岩手県、宮城県を沿岸市町村とそれ以外に分けて見ると、2011年夏以降は沿岸市町村、特に宮城県の沿岸市町村でより強く推移している。このことを踏まえると、震災直後に着工できなかったものが出てきているのみならず、津波などで被害を受けた住宅の復興需要も少しずつ出てきていることが考えられる。

次に福島県の動向を見ると、震災後に岩手県、宮城県同様に大きく落ち込んだ後、2011年夏以降もそれほど戻しておらず、前年の水準まで戻り切っていない。これを避難市町村とそれ以外に分けると、避難市町村以外では2011年末頃には前年の水準に戻ってきているものの、避難市町村では前年比で大幅なマイナスが続いており、原子力発電所の事故の影響が近隣の住宅着工にも大きく影響を及ぼしていることが分かる。なお、現在でも原則立ち入りが認められていないため着工が不可能である警戒区域に全域が入っている市町村を除いてその前年比を見ても、大幅なマイナスが続いており、原子力発電所事故による住宅着工への影響が確認できる。

(2)被災地の人口動態

大震災後、福島原子力発電所事故の影響などから被災3県では人口流出が起きているが、人口流出は経済成長に対する長期的な負の影響が懸念される。特に、若年層が被災3県から流出することは地域経済の衰退にもつながる。ここでは、被災3県の人口の動向と被災3県の若者の就業状況について分析する。

大震災後、被災3県では福島を中心に人口が大量に流出

まずは被災3県の人口の推移について確認する(第2-2-22図)。2000年代に入ると被災3県ともに総人口の減少が始まっており、特に岩手県では大きく減少している。1998年以降の被災3県の純流入人口の推移を見ると、総人口の推移を踏まえると、わずかの割合ではあるものの、大震災前から被災3県は人口の流出超過地域であったことが見てとれる。東京を含む関東以外ではほとんどの地域で人口流出に苦しんでおり、被災3県も例外ではなかった。ただし、大震災後を含む2011年では人口の流出が福島を中心にこれまで経験したことのないような規模となっており、大震災の影響の大きさが見てとれる。

月次のデータを見ると、特に福島県での落ち込みが大震災後に大きくなっており、2012年に入っても人口の流出が止まっていない。これは、原子力発電所事故の影響から特に若年層の減少が著しいためであり、将来的な経済活動への影響が懸念される。ただし、岩手県や宮城県においては、2011年夏以降、人口流入に転じており、復興需要の高まりから人々が戻ってきている29

なお、大震災前のトレンドを確認するため、2010年の人口の純流入率を全国で見ると、被災3県は全国的にも最も人口流出が激しかった地域であった。特に沿岸市区町村では人口流出率が高く、今回の津波によりもともと人口流出が続いていた沿岸部の人口流出傾向が強まった恐れがある。

宮城県では県内の就職を希望する大卒学生が減少

次に、若者の就職状況について確認する。ここでは、宮城県における2011年3月卒と2012年3月卒の大学卒の学生の就職希望状況及び就職結果を見ていく(第2-2-23図)。

まず、2011年3月卒と2012年3月卒の大学生に対する求人数を見ると、2012年3月卒の大学生に対する宮城県内の事業所からの求人数が前年比1割増と大きく増加している。これは、既述の有効求人倍率で確認したように宮城県において大震災後に労働需要が高まっていることと整合的である。一方、宮城県の大卒学生の就職希望先を見ると、県内に就職を希望する学生の数が2012年3月卒では前年に比べて減少しており、宮城県内での需要が高いにもかかわらず学生が県外に就職を希望している状況が確認できる。内定者数で見ると、堅調な需要を背景に2012年3月卒の大学生の県内での内定数は前年から増加しており、大卒学生の県外の大幅な流出は避けられているものの、県外企業への内定数の伸び率の方が高いことを踏まえると県外に就職する学生の割合が増加しており、今後、宮城県内の労働需要が低くなった際にさらなる流出が懸念される。

大卒の就職状況を男女別に分けて見ると、男性において特に県外志向が強くなっている。2011年3月卒の男子生徒は県外よりも県内志向が強かったが、2012年3月卒の県内就職希望者は大幅に減少している。内定者数で見ても県内の就職者数の増加率に比べて、県外の就職者数の増加率の方が高い。

このように、宮城県の大卒者では男性を中心に県外への就職者数が増加している。2010年3月卒の県内の内定者が5338人、県外の内定者が6223人と県外の企業への内定者がもともと高い水準であったため、今後も県外への就職希望が続く場合、労働者の長期的な減少が懸念される。前節でも確認したように高い人的資本は生産性の向上には不可欠な要素である。魅力ある都市として早期に復興することで、若者の流出を止めることが重要である。

宮城県、福島県では中・高卒においても県外に就職を希望する者が大幅増

次に、高卒・中卒の就職状況についても確認しよう(第2-2-24図)。

宮城県や福島県では既述の宮城県の大卒同様、2012年3月卒の高卒・中卒の県外への就職希望が3割程度増と大幅に増加している。県内への就職希望も同様に大きく減少しており、両県においては県外志向の上昇がはっきりと読み取れる。内定者数も、宮城県や福島県においては、県外の企業への内定者の伸びが圧倒的に高く、多くの高卒・中卒の若い労働力が県外に流出している。

一方、岩手県においては就職先の希望の県内、県外の差があまりなく、内定者数の伸び率も県内、県外ともに同じ程度の伸びとなっており、若手労働者の大幅な流出は発生していないと考えられる。

福島県では原子力発電所に近い地域で高卒・中卒者が県内への就職希望が大幅に減少

最後に、福島労働局「新規高等学校卒業者の就業紹介状況について」を利用し、福島県を会津地域(西部)、中通り地域(中部)、浜通り地域(東部)に分けて、先ほど確認した高卒・中卒の就職状況について確認する(第2-2-25図)。

まず、2012年3月卒の高卒・中卒の学生の県内企業への就職希望状況を見ると、原子力発電所に近い浜通り地域において大幅にマイナスとなっている。その結果、県内企業への内定者数も大きく減少しており、原子力発電所事故の影響が若者の就職にも大きな影響を与えている。一方、会津地域や中通り地域においては、県内の就職希望者が前年から減少しているものの、高い労働需要もあり県内の企業の内定者の減少は小幅となっており、同じ福島県においても地域により状況が異なる。

若者の流出は労働力人口の長期的な衰退を招き、経済活動に大きな影響を及ぼす。若者の被災3県内への就職希望が高まるよう、復興の早期化が望まれる。


(12) ただし、避難している人が戻ってきた場合の雇用動向には留意が必要である。
(13) 総務省では、参考として都道府県別の失業率を公表しているが、当該値は、時系列回帰モデルによる推計手法を採用している。一方、本分析では、各種前提を置いた上で、雇用保険等を利用し、失業率を推計しており、総務省の公表値とは手法が異なる。このため、2011年平均で両者には1%程度の乖離があり、結果については、幅をもってみる必要がある。
(14) 雇用保険未加入の雇用者や自営業者の変動を考慮するため毎月勤労統計調査や国勢調査の動向を加味している。
(15) 失業保険の受給期間が切れたものの引き続き失業状態の者もいることを調整するため、厚生労働省が発表している雇用保険の広域延長給付の受給期間終了後の動向を基に、受給終了後も求職中や職業訓練中のものの割合を失業者の減少から除外した。
(16) 職種別の求人数、求職者数のデータを用いて産業別の動向を推測しているため、幅を持ってみる必要がある。例えば、製造業における事務職、営業職や調査・分析業務等を行う者は、「製造の職業」には含まれないなど、産業別と職業別の対象には違いがある。
(17) 平、相双等のハローワーク。
(18) 国土交通省「建設労働需給調査」によると、大震災後に建設技能労働者が東北地方や関東地方を中心に全国的に不足している。
(19) 先行きを含めたマインドである消費動向調査における消費者態度指数を見ると、被災3県は全国に比べて大震災後に大きく落ち込んでいることが分かる。なお、消費動向調査では震災時の調査世帯数が減少しているため、補足として景気ウォッチャーにおける家計部門の現状DIを見ても、消費者態度指数同様に被災3県は全国に比べて大震災時に大きく落ち込んでいることが分かる。
(20) ただし、家計消費状況調査の消費支出月額総額は、任意回答である点には留意が必要。
(21) 岩手県が他の2県に比べると水準が高くない理由として、大震災後に店舗数が1店舗減少していることが考えられる。
(22) 総務省「全国消費実態調査」(2009)によれば、両県の1世帯当たり自動車保有台数は、約1.8台。
(23) 被災3県における仮設住宅完成戸数は、52,606戸(2012年6月1日時点)であり、これは被災3県の総世帯の約2%にあたる。
(24) ただし、記述の通り、本アンケートは11年10月時点でのものであり、最近では状況が変わっている可能性があるので注意が必要である。
(25) 義援金はリスクが顕在化する前からリスクシェアリングするという明示的な契約はないものの、これまでの災害においても災害後に他地域からの援助が義援金として集まっており暗示的な契約があるものと考えられる。支援金については、被災者生活再建支援金は自然災害による住居の被害に対して支援金が支給されることが法律で規定されている。
(26) 同アンケートでは総収入に占める義援金の割合は約2.5%であるのに対して、総務省「家計調査」の個票データから集計した被災3県(勤労者世帯)の実収入に占める義援金などを含む他の特別収入の割合は震災後も1%弱と低く、同アンケートの方が相対的に義援金を受給している世帯の動向を把握できた可能性がある(付注2-1参照)。
(27) 沿岸に接する市区町村と沿岸に直接は接していないものの津波被害の大きかった宮城県多賀城市。
(28) 警戒区域、計画的避難区域、旧緊急時避難準備区域を含む市町村。
(29) 2012年3月は大幅に人口流出となっているが、これは季節的な要因であり2010年3月においても同様に3県ともに流出していた。ただし、ここでも福島県の流出が2010年3月に比べても多いことが確認できる。
[目次]  [戻る]  [次へ]