第1節 生産の立て直しとサプライチェーンの再編成
被災3県の生産は地震や津波の被害により大きく落ち込んだ。また、前章で見たように被災地における生産の停止はサプライチェーンの寸断を通じて、日本全体の生産にも大きな影響を及ぼした。ここでは、被災3県における生産の動向及びサプライチェーン寸断の特徴、さらにはサプライチェーンがどのように回復してきているかを確認する。
1 生産の立て直し
大震災における津波被害や大きな揺れなどで被災3県の事業所の一部は生産が完全に止まってしまうという状況に陥った。その後、生産は回復しているが、業種や企業規模などにより回復の具合は大きく異なっている。ここでは、大震災後の被災3県の生産の動向について仔細に確認する。
(1)被災地における生産の動向
最初に被災3県の生産の動向を津波の被害のあった浸水域と内陸部に分けて確認する。さらに漁業や農業の状況についても見ていこう。
●東北地方の生産は化学など一部で弱さが残るものの、全体では全国と同水準
まずは被災3県を含む東北地方の生産1の動きを、全国の生産の動向と比較することでその概観を確認する(第2-1-1図)。
鉱工業生産全体の動きを見ると、東北地方は大震災があった2011年3月に大きく落ち込んだものの、その後は急速に持ち直している。大震災前の2月時点を100とした水準で見ると、全国の生産の水準とは大震災直後に大きな差が出たものの、その後は徐々に全国との差を縮め、2012年初めには全国の生産とほぼ同じ程度にまで回復した。
次に、東北の生産動向を業種別2に詳細に確認してみよう。輸送機械工業は、大震災後に大きく落ち込んだものの、生産の落ち込み幅やその後の回復ともに全国の生産の動向とほぼ同じ動きとなっている。輸送機械工業については、サプライチェーン寸断の影響が大きかったため大地震による直接的な被害が大きかった東北と全国では影響がほとんど変わらなかったことが分かる。2011年夏以降は、全国よりも強い動きとなっており、東北地方の生産の回復を牽引していることが分かる。
ただし、残りの3業種を見ると、大震災後に全国に比べて大きく落ち込んでおり、大震災の直接的な影響が大きく、その後の回復についても全国の動向に追いつきつつある業種もあるものの、依然として全国の生産動向よりも低い水準にある。
このように、産業によって生産の回復動向に違いはあり、大地震による生産への直接的な影響が大きかった化学工業やパルプ・紙・紙加工品工業は全国の動向に比べて弱いものの、輸送用機械工業の好調などもあり、被災3県を含む東北の生産活動はおおむね大震災前の水準にまで回復してきたといえよう。
●浸水域の事業所は生産の低迷が続くものの、一部産業では回復の兆し
大震災の特徴の一つとして大規模な津波が挙げられる。津波の被害があった浸水域と津波の被害のなかった内陸部では生産の動向が大きく異なると考えられる。まず、津波の被害を受けた浸水域の事業所がどのように立ち直っているのかを「生産動態統計」の個票データを活用して確認しよう(第2-1-2図)。
被災3県の津波浸水地域3にあった事業所の特徴を見ると、化学工業が最も多く、全体の1/4近くを占める。続いて、鉄鋼業、窯業・土石製品工業、繊維工業、パルプ・紙・紙加工品工業の事業所が一定程度存在したことが分かる。
次に、鉄鋼業、化学工業、パルプ・紙・紙加工品工業4における沿岸部の事業所の生産の動向を見てみよう。どの業種においても浸水地域に存在した事業所は津波の被害を大きく受け、4月には多くの業種で生産活動が完全に止まってしまったことが分かる。このことからも今回の大震災による津波の被害がいかに大きかったかが分かる。
続いて、震災後の生産の立て直し状況を見ると、パルプ・紙・紙加工品工業では2012年に入っても大震災前に比べて3割の生産水準であることや化学工業においても2011年末までほぼ生産がゼロであったことから沿岸部の生産の立ち直りは遅いことが分かる。ただし、鉄鋼業においては2012年に入ると大震災前の8割の水準にまで回復していること、化学工業においても2012年に入ると急回復していることを踏まえると回復が遅れていた沿岸部でも明るい兆しが見えている。
このように鉄鋼などで回復の兆しが見えるものの、浸水域の生産は依然として厳しい状況にあると判断できよう。大きな被害を受けた事業所を再び立ち上げることは相当の困難が伴うことがうかがえる。
●内陸部においては電気機械工業や情報通信機械工業が好調
津波の被害がなかった内陸部では浸水域に比べて堅調な生産が期待されるが、ここでは被災3県の内陸部における主要業種5の動向について見ていく(第2-1-3図)。
4業種ともに大震災が発生した2011年3月は生産活動が前年に比べて大きく落ち込んだものの、その減少は20~40%程度であり、先ほど確認した浸水域における主要業種の生産減少に比べると減少幅は小さい。また同年4月には大きく生産を戻しており、浸水域の主要業種に比べて生産の立ち直りが早かった。
その後の動きを業種別に見ると、電気機械工業や情報通信機械工業においては順調な回復を達成し、全国を大きく上回り大震災前を超える水準にまで回復してきた。一方、世界的に需要が低迷している電子部品・デバイス工業においては大震災後に一時回復したものの、その後は緩やかに生産活動の水準が低下しており、おおむね全国の電子部品・デバイス工業の生産と同じように低迷している。
このように、内陸部においては、世界的な需要が低迷している電子部品・デバイスで全国と同様に生産が弱含んでいるものの、電気機械工業や情報通信機械工業などで順調に生産が回復している。これらを踏まえると、被災3県の生産は浸水域では依然として低迷している一方、内陸部では比較的堅調に推移しているとまとめられる。
●被災3県の水揚高は大震災後、低迷が続く
東北地方は、大震災による水産業や農業への影響が懸念されるが、大震災後、被災3県の水揚高や農地の営業の再開はどのようになっているだろうか。ここでは、県別の水揚金額を確認するとともに、大震災の津波などで被害を受けた農地の営業の回復状況について確認する(第2-1-4図)。
まず、被災3県の水揚高であるが、大震災後に大きく前年を下回っている。特に、福島県では2011年9月までほぼ水揚が全くない状態となっており、漁業に対して大きな影響を与えた。2012年に入っても依然として低迷したままである。
次に、津波などで被害を受けた農業について、営農再開計画6では、福島第一原子力発電所事故に伴う警戒区域等の要因を除くと、2014年度までにおおむね全ての被害農地で営農が再開できるようにすることを目標としている。震災発生直後の2011年度に営農が再開できた農地は1割未満であったものの、その後は徐々に回復する予定である。
(2)大震災の生産活動等への影響
被災3県では、鉱工業生産において、内陸部が牽引する形でおおむね大震災前の水準に回復していることを確認した。ただし、沿岸部と内陸部の中でも企業の特性によって被害の影響が異なることやその後の生産等の回復に違いがあることが予想される。ここでは、大震災の生産活動等への影響を仔細に見るため、被災3県に事業所を持つ企業を対象に行った内閣府の「企業行動に関する意識調査」を活用し、被災3県の事業所の被害の状況、その後の回復にどのような特徴があったのかを確認しよう。当アンケートは、資本金2000万円以上の被災3県に事業所を持つ企業9500社に対して2012年2月調査票を郵送し、2388社から有効回答を得た。母集団に比べて建設業や製造業の割合が高い一方で、卸売、小売業の割合が小さい等の違いがある(詳細は付図2-1参照)。
●沿岸部で生産・販売能力の毀損が激しかったものの、建設業等では急速に回復
大震災による被災3県の事業所の生産・販売能力等の回復の動きを確認する。具体的には、被災3県の事業所を「地震、津波の被害あり」、「地震の被害はあるが津波被害なし」、「地震、津波の被害なし」の3つに分類し、各事業所の「生産・販売能力」、「労働力」、「設備」の利用可能量の平均を、2011年2月を100として同年3月末、同年12月末、12年3月見込みについて、産業別に推移を見る(第2-1-5図)。
まず全産業では、津波の被害があった沿岸部の事業所において生産・販売能力の毀損が激しかった。その後、回復しつつあるものの、大震災から1年経過後においても大震災前の水準は回復できずにいる。一方、津波の被害がなかった地域では、地震の被害があった地域においても生産・販売能力が大震災前の水準に戻っており、津波浸水域以外では生産・販売能力についても復旧がおおむね終わっている。
業種別では、製造業やサービス業で、全産業と同様、沿岸部では生産・販売能力の回復が遅れている一方、内陸部では震災前の水準にほぼ戻っている。建設業は、津波の被害があった事業所においても生産・販売能力の回復が強く、既に震災前の水準を超える生産・販売能力にまで急回復している。
次に、生産・販売能力のうち、労働、設備の能力別で見ると、沿岸部の建設業では、労働の利用可能量の回復は著しいものの、全産業同様に設備能力の回復は依然として大震災前の水準を下回っている。これは復旧・復興需要により当面は大きな需要が見込まれるものの、その後の需要展望がはっきりとしないため調整しやすい労働力の投入で需要に対応する一方、調整が難しい設備投資には慎重となっていることが理由と考えられる(設備投資の詳細は第3項で扱う。)。
このように設備を中心に生産・販売能力の回復が沿岸部で遅れているものの、津波の被害がない地域ではおおむね大震災前の生産・販売能力を既に回復している7。
●建設業では復興需要もあり沿岸部でも売上げの回復が顕著
次に、先ほどと同じ分類で売上高の推移を確認する(第2-1-6図)。沿岸部では生産・販売能力の毀損が激しかったが、売上げはどのようになっているだろうか。また、売上げの回復には企業の属性別で何か特徴があるだろうか。
まず製造業においては、先ほど見たように、沿岸部で大きく売上げが落ち込み、その後の回復も鈍いが、内陸部では震災前の水準に戻ってきている。サービス業も、後に見る小売業を含め、おおむね売上げが回復してきている。特に建設業は、沿岸部においても復興需要から売上げは急速に回復し、津波の被害のなかった内陸部に比べても高い売上げとなっている。また、不動産業や建築物を建てるための測量士を含む専門・技術サービス業においても、沿岸部の事業所における売上げの堅調な回復が読み取れ、復興需要の恩恵を受ける産業では沿岸部で堅調な動きとなっている。
次に、復興需要の生産・販売への影響を主要産業ごとに見ると、時間の経過とともに復興需要により生産や販売が増加した、もしくは大幅に増加したという回答が多くなっており、復興需要が被災3県の企業に好影響を及ぼしてきている。特に建設業においては、2012年3月見通しにおいておおむね7割の企業が復興により販売が増加する見通しと回答しており、復興需要の影響の大きさが分かる。また、本社が被災3県にある企業とそうでない企業に分けて復興需要の動向を見ると、建設業を中心に被災3県に本社がある企業で復興需要の恩恵が強くなっており、復興需要は地元企業を中心に発生していると考えられる。
このように売上げはおおむね回復していると言えるが、製造業の沿岸部などでは設備の立ち直りが遅れていることから引き続き売上げが低迷している一方、内陸部は堅調、同じ沿岸部でも建設業など復興需要が強い産業では大きく売上げが増加しているなど、地域別、産業別でばらつきが見られる。
2 サプライチェーンの寸断と今後
今回の大震災では、自動車向けの半導体集積回路(マイクロコンピューター)の途絶により大地震による直接的な被害のなかった他地域の自動車生産においても生産が中断するなど、サプライチェーンの寸断により日本全体の生産活動が大きな被害を受けた。部品供給などのサプライチェーンを一極集中することは、コスト面での優位性をもたらし効率性の向上に結び付くが、今回はその脆弱性を露呈することとなった。ここではサプライチェーンが具体的にどのように変遷をしたのかを確認するとともに、今後、サプライチェーンがどのように形成されるかを見ていく。
(1)サプライチェーン寸断の影響
サプライチェーンの寸断は、自動車を始めとする製造業などに大きな影響を及ぼした。寸断されたサプライチェーンは、企業の尽力により比較的早く立ち直ったが、サプライチェーンは元の形に修復されたのだろうか。それとも別の形に再構成されたのだろうか。ここでは、前出の内閣府の「企業行動に関する意識調査」(2012)を利用してサプライチェーンの変化を確認するとともに、サプライチェーンの寸断の影響についても見ていく。
●サプライチェーン寸断の影響は早期に解消
まず、サプライチェーン寸断の影響を確認するため、仕入先が被災したことにより被災地企業の事業所の生産・販売が受けた影響を見てみよう(第2-1-7図)。
大震災直後の2011年3月は、全産業で見ても7割程度の事業所で生産・販売にマイナスの影響が発生しており、製造業のみならず幅広い業種でサプライチェーン寸断の影響が及んでいた。製造業を資本金別に見ると、「大幅に減少」の回答が資本金10億円以上の規模では他の規模に比べて顕著に少ない。これは、資本金が10億円を超えるような大規模企業においては、仕入先も多岐に渡るため、仕入先の被災の影響は受けるものの、大きな影響が生じる場合は、他の仕入先からの調達を増加させることで全体の影響を緩和させたと考えられる。
次に、その後の経過(2011年12月、2012年3月見通し)を見ると、建設業、製造業ともに販売先の被災の影響は急速に緩和しており、2012年3月時点でマイナスの影響を受ける事業所は2割程度にまで減少する見通しである。特に資本金1億円以上の製造業では、2012年3月にはマイナスの影響を抱える事業所の割合が1割程度まで減少する見込みであり、影響の軽減のスピードが速いことが分かる。これは、比較的規模が大きい製造業においては、部品供給先に関する豊富な情報を保有していること等により、代わりの仕入先を見つけやすい8ことが要因と考えられる。
このようにサプライチェーンの影響は全産業で見られたものの、規模の大きい製造業を中心にその影響が速やかに解消されてきているといえよう。
●サプライチェーンの構成は大震災後もそれほど変化はせず
次に、サプライチェーンの構成がどのように変化したかを見ていく。ここでは、被災3県の事業所の仕入先上位5社の取引先を被災3県、被災3県以外の東北地方(以下、「東北地方」という)、東北地方以外の東日本(以下、「東日本」という)、西日本に分けてその割合を金額ベースで算出した(第2-1-8図)。
大震災前では、全産業においてほとんど全ての仕入先が被災3県に存在していた。ただし、産業別に見ると建設業や卸・小売業、さらには資本金1億円以上の製造業において東日本の割合が高かったことが分かる。
大震災後の動向を見ると、2011年の前半に製造業における東日本からの仕入れ割合が若干高くなったものの、2011年10-12月には元の構成に戻っており、サプライチェーンの構成に大きな変化が起きていないと考えられる。また、建設業、卸・小売業ともにサプライチェーンの構成割合はほとんど変化がなく、製造業も含め各産業とも2011年時点ではサプライチェーンの大きな変化は、まだ起きていなかったと考えられる。
(2)サプライチェーンの再編成
サプライチェーンの構築は、分業を可能とし比較優位のある生産工程に特化できるため、効率性を高める効果が期待できる。また、部品の調達先の集中化は規模の経済を期待できる一方で、当該事業所が被災した際に生産活動が止まってしまうという脆弱性が今回の大震災で明らかになった。先ほどの調査において、2011年末の時点ではサプライチェーンの構成に大きな変化がまだ起きていないことを確認したが、企業においては効率性と頑健性のトレードオフを意識しながらサプライチェーンのあるべき姿を検討していると考えられる。ここでは、前出の内閣府「企業行動に関する意識調査」を活用し、企業のサプライチェーンの再編成に対する考え方を確認するとともに、海外シフトについても見てみる。
●大規模の企業ほど部品調達の地域を多様化させる予定
まず、今後の部品等の調達先企業の地域に対する方針及び国内の調達先企業数の方針について見てみよう(第2-1-9図)9。
資本金別に部品の調達先地域に対する方針を見ると、規模が大きい企業ほど部品調達地域の多様化を図る方針であることが分かる。一方、中規模の企業の大半は、「多様化をしたいという意向はあるものの、コスト面や取引先との関係から変える予定がない」という回答が多い。多くの中規模企業では、大震災を機に部品調達地域の多様化を図る重要性は認識しているものの、コストとの関係から今後も変更する予定がない状況であることが分かる。
一方、国内からの部品調達に関して、調達先の企業数をどうする予定かを同じように聞いたところ、資本金の大小に関わらず1割強程度の企業が調達先の企業数を増加させると回答している。しかし、大半の企業では変更する予定がない状況であり、調達地域の多様化同様に調達企業の数という面からも現状維持の予定の企業が多い。また、大規模企業の中には逆に調達先企業数を減少させると回答する企業も1割弱ある。この解釈は難しいが、大震災を機に、サプライチェーンの把握を徹底した結果、一部の大企業では部品調達先企業の絞り込みを行い、効率性を高めようとしている可能性もある。
●大規模の企業や製造業で今後海外からの部品調達を増加させる割合が高い
部品の調達先については、国内のみならず、海外を含めることで多様化させる方法も考えられる。部品調達先を海外にも拡大し、調達先を多様化することはリスク分散という観点からは十分考慮に値すると考えられる。こうした動きが広がると国内の生産活動に大きな影響を及ぼすが、企業は海外からの部品調達についてどのように考えているのだろうか。ここでは、海外からの部品調達についての考え方を資本金別、産業別に確認しよう(第2-1-10図)。
まず、先ほどの国内における部品調達地域の多様化同様、大規模の企業ほど海外からの調達割合を高める予定であることが分かる。資本金が10億円以上の企業においては、2割近くの企業で「今後、海外からの調達割合を高める」と回答している。一方、どの企業規模においても5%程度の企業において、「海外からの調達開始を検討したが、相手先や輸送コストなどから海外から調達する予定はない」を選んでいる。また、海外から調達する必要はないとの回答は規模が小さい企業ほど割合が多くなっており、このことからも大規模の企業ほど海外調達の必要性が高いことが分かる。
ただし、この回答には従来からのトレンド的な海外調達比率の上昇も反映しており、必ずしも大震災の影響から海外調達意欲が高まっているとは言えない。本アンケートを利用し、大震災前から海外調達をしていた企業の割合を見ると資本金10億円以上では4割以上であることや規模が大きい企業ほど同比率が高かったことから、海外からの調達を増やす傾向が大企業ほど高いのは大震災後に始まったわけではない。
また、業種別に同割合を見ると、サプライチェーン寸断の影響が大きかった製造業において「海外からの調達割合を増やす」、もしくは「海外からの調達を開始する」と回答する企業の割合が20%程度と高くなっており、製造業においては海外調達の割合がさらに増加する可能性がある。これについても、国内の相対的な人件費の高さや円高などを背景に、大震災前から既に日本の製造業は海外生産比率が年々増加しており、今回のサプライチェーン寸断の影響だけを把握することは困難であるが、今後の動向を注視する必要がある。
3 復旧・復興に関連した設備投資等の動向と産業の復興
被災3県では大震災により被害の受けた生産活動の回復が進んでいるが、大震災で被害を受けた設備の復旧や復興に関連した設備投資の状況はどのようになっているだろうか。また今後、被災地における産業の復興がより本格化してくると考えられるが、産業の回復にはどのような特徴があるのだろうか。ここでは、復旧・復興に関連した設備投資の状況を調べるとともに、被災地の産業の復興について確認する。
(1)設備の復旧と復興需要
生産の回復のみならず、被災地では毀損した設備の復旧や復興に関連した設備投資の増加が期待されるが、実際はどのようになっているだろうか。ここでは、財務省「法人企業統計季報」を利用し、被災3県の設備投資の動向を調べるとともに、復興需要について確認しよう。
●沿岸部に事業所がある産業では設備投資が高水準で推移
本社が被災3県にある企業の設備投資の動向を見ると、2010年第1四半期を100とした水準で見た場合、大震災後の2011年第1四半期以降、全国の設備投資の水準よりも上回って推移しており、設備の復旧が進んでいるかのように見える(第2-1-11図)。ただし、大震災により大きな被害を受けた電力業の設備投資が中心であるため、被災3県の電力業を除く設備投資では、大震災後も低迷している。一方、第2-1-2図で確認した、生産動態統計において被災3県の浸水域に事業所がある業種の設備投資の動向を見ると10、大震災後に全国の設備投資の水準を大きく上回っている。電力業及び津波の被害の大きかった沿岸部の事業所において設備の復旧が進んでいると考えられる。
ただし、沿岸部に事業所がある業種では設備投資のストックにあたる有形固定資産は大震災前から傾向的に減少しており、復旧・復興といっても、その目指すストックの水準はむしろ抑制的な水準である可能性が高い。
●被災3県の経常利益はおおむね全国と同じ動き
設備投資を行うためにはそのための資金が必要であり、資金の原資となるのが経常利益である。ここでは被災3県の企業の売上げと経常利益の推移について見てみよう(第2-1-12図)。
まず被災3県の企業では、全体、電力業除くベース、浸水被害があった業種いずれも全国の動きよりも大震災後はやや弱い動きとなっている。ただし、経常利益では電力業が大幅に悪化しているものの、電力業以外では被災3県はおおむね全国と同様の動きとなっており、水準としてはほぼ横ばいで推移している。
被災地において、設備の復旧がより進むためには設備投資の原資となる企業収益が重要であり、今後、経常利益が被災3県において増加するかどうかを注視していく必要がある。
●建設業を中心に復興需要の恩恵を受けているものの、設備投資には慎重姿勢
設備投資が持続的に増加するためには、中期的な成長見通しも重要である。今回の復興需要を一過性と判断している場合、企業は設備投資を積極化させにくい。そこで、前出の内閣府「企業行動に関する意識調査」(2012)を利用し、復興需要を受け労働力や設備を増加させた企業の割合を見る(第2-1-13図)。
労働力については全産業で2割程度、建設業においては4割程度の企業で「増加させた」という回答をしており、復興需要が雇用の増加に結びついていることが示唆される(被災地の雇用については次節で詳細に扱う)。一方、設備への影響を見ると、建設業を中心に増加させている企業はあるものの、その割合は労働力の増加に比べて小さく、企業は雇用の増加には積極的であるものの設備投資には慎重であることが分かる。これは、雇用に比べて設備投資は弾力的な調整がしにくいため、潜在成長力の低下が続く中、企業が復興需要の発生に対して設備投資には慎重になっていることを反映していると考えられる。雇用のみならず設備投資を活発化させるためには、被災地における潜在成長力の引上げ、及び中長期的な成長プランが重要であると考えられる。
(2)産業の復興
被災3県では被害を受けた産業の本格的な復興が期待されるが、ここでは、被災3県における新設法人の動向を確認するとともに、どのような特徴があると産業の復興が早いかについて調べる。
●沿岸部、内陸部ともに建設業の新設が大幅に増加
被災3県では多くの企業が被害を受けたが、復興の進展に伴い、新たな企業の設立が期待される。ここでは、帝国データバンクの「東北3県・沿岸部「被害甚大地域」5000社の現地確認調査」を利用し、被害が特に大きかった地域の事業所の再開状況を見るとともに、東京商工リサーチ調査を利用して被災3県の新設法人数を確認する(第2-1-14図)。
まず、津波の被害や原子力発電所事故による立ち入り禁止区域・計画避難区域における事業所の事業再開状況(2011年6月調査)を見ると、全産業とも6割から8割程度が大震災から3か月程度で事業を再開していたものの、3割から1割程度の事業所では休廃業の状態であったことが分かり、今回の大震災の影響の大きさを再確認できる。
次に被災3県の新設法人数を見ると、建設業及び学術研究・専門・技術サービス業で、沿岸部、内陸部ともに新設法人数が前年から大きく伸びている。しかし、沿岸部、内陸部ともに、全産業で見ると、大震災前と新設法人数はほとんど変わらない。
このように、全体的には新たな企業の参入が進んでいるとは言えないものの、建設業では新設法人数が大震災前に比べて増加しており、今後も同様のトレンドが続く場合、偏った形での産業構造の変化が起きる可能性がある。
●複数地域展開企業の方が生産の回復が早い
次に、被災3県の事業所の生産の動向を、事業所が属する企業が東北地方のみに事業所を持つか(以下、「地場企業」という)、東北地方以外にも事業所を持つか(以下、「複数地域展開企業」という)に分けて確認する。地場産業に比べて複数地域展開企業の方が、復旧・復興にあたり他事業所からの応援が期待できることや東北地方の需要減を他地域への出荷に切り替えやすいことから、大震災からの回復も早いことが予想されるが実際はどうなっていただろうか(第2-1-15図)。
まず輸送機械工業では、複数地域展開企業の方が大震災後の落ち込みが激しかったものの、その後はサプライチェーンの回復とともに生産も急速に回復し、2012年に入ると地場企業よりも生産が強く伸びている。鉄鋼業においては、複数地域展開企業と地場企業ともに大きく落ち込んだが、その後は、地場企業が低迷したままなのに対して複数地域展開企業では2011年夏以降に着実に持ち直しており、両者の差は明確になっている。電気機械工業においても、2011年夏までは両者の差は小さかったものの、その後は複数地域展開企業の生産が堅調である。
このように大震災で大きな影響を受けた生産の立て直しの場合、複数地域に展開している企業の方がより速く回復できているといえよう11。
●事業所の集積地域では大震災からの立ち直りが早い
大震災により大きな被害を受けた生産活動の回復には、どのような要件が重要だろうか。一つの考え方としては、事業所の集積が考えられる。大震災などの災害で被害を受けた場合、単位面積当たりの事業所密度が高い地域では製品の需要先が近くにあるだけでなく、部品等の供給源(サプライヤー)も近くにあるため、生産や販売活動の早期回復に結びつきやすい。そこで、被災3県の事業所を半径20キロ圏内に50事業所以上ある事業所(以下、「高密度地域の事業所」という)と50事業所未満の事業所(以下、「低密度地域の事業所」という)に分けて、大震災後の生産の動向を見る(第2-1-16図)。
一般機械工業、電気機械工業ともに、高密度地域の事業所の生産の方が低密度地域よりも力強い回復となっており、事業所密度が高い地域の方が、大震災からの立て直しが早い。一方、電子部品・デバイス工業においては、大震災後に両地域ともに大きく落ち込み、その後もあまり差がなく低迷したままである。これは、第2-1-1図の全国の電子部品・デバイス工業の生産の動向ともほぼ同じ動きであり、需要が低迷している産業では大震災で落ち込んだ生産を立ち直らせる必要性が乏しく、高密度地域のメリットを活かしにくいと考えられる。
こうしたことからも、今後の被災地の復興に当たっては、事業所の集積が一つのキーワードとなるといえよう(詳細は第3節で扱う)。