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第4節 まとめ

本章では、東日本大震災や欧州政府債務危機など内外のショックに翻弄された日本経済の動向を、着実な景気回復軌道への移行が達成できるか、デフレから脱却できるか、持続的な成長の鍵は何かという観点から分析した。

景気の先行きの注目点

現在、我が国の景気は、復興需要等を背景に内需がけん引する形で、緩やかに回復しつつある。その一方で、海外で景気の減速感が広がっているため、外需の寄与は弱いものとなっている。また、最大のリスク要因として、欧州政府債務危機の動きについての不確実性に警戒が必要である。国内では、電力供給制約が続いていることに留意しなければならない。

国内民需のうち、個人消費は、政策効果に加え、広い意味での復興需要やマインドの改善等を受けて、増加傾向にある。また、こうした動きは、実質雇用者所得が底堅く推移していることにも支えられている。しかし、所得面をやや詳細に見ると、所定外給与やパートの時給は持ち直しているが、今夏のボーナスは減少している可能性がある。また、雇用者数も安定的にプラスになっていない。

設備投資は、ようやく持ち直しが明確化してきた段階である。ストック循環からは今後の拡大が期待され、低迷していた企業収益も持ち直してきている。実際、日本銀行の短観によれば、2012年度の設備投資計画は増加が見込まれている。

こうした中で、今後、景気回復を確かなものにするためには、雇用・賃金から所得、消費へという増加の連鎖、そして、生産から企業収益、設備投資へという連鎖が、より強固なものになることが必要とされる。

所得の一翼を担う雇用については、高齢化の進展から労働力人口が減少している。こうした中、長期失業者の割合が上昇しているが、失業の長期化の背景には、雇用のミスマッチがある。職種でいうと専門・技術系や技能工、業種でいうと情報通信業などで技能不足による人手不足が生じており、教育・訓練の拡充が望まれる。

なお、人口の高齢化は、労働力人口に影響するだけでなく、消費や住宅投資等にも影響を与えている。例えば、高齢者世帯の消費の方が金融資産やマインドにより敏感に反応するため、消費者マインドや資産価格の変動が実体経済に与える影響が大きくなっている可能性がある。また、世帯当たり住宅ストックの上昇が投資抑制に働いているとすれば、かつてのような住宅投資水準は期待できないかもしれない。

物価の下落テンポは緩和

消費者物価は下落が続いているが、下落テンポは緩和している。その主たる要因は、大幅に拡大していたマクロ的な需給ギャップが縮小してきたことである。GDPギャップは2%台まで縮小している。財・サービス別の変動を見ると、何か特定の財というより、幅広い財・サービスで物価の下落幅が縮小しているが、これはマクロ的な需給ギャップの縮小を裏付けていると言える。また、期待物価上昇率については、リーマンショック後の低下からプラスの方向に動いてきているが、最近では横ばいとなっている。

マクロ的な需給ギャップの動きは、特に、雇用の過剰感がなくなってきたことに反映されている。労働需給については、労働市場において有効求人倍率の改善に見られるように、緩やかではあるが、改善の動きが見られる。これが、次第に賃金の上昇圧力となる。実際、平均賃金の動きは緩慢ではあるが、上述のように、パート時給等の限界的な賃金動向には上向きの動きも見られる。

日米欧の物価上昇率の違いの背景には、我が国でサービスの価格が上昇していない点にある。近年、我が国でもサービス価格と賃金の連動が増しており、賃金面の改善は特に重要な課題である。

マクロ的な需給ギャップの背後では、個別の財・サービス市場での需給変化が生じており、こうしたいわばミクロの動きが物価全体の動きに影響することも否定できない。例えば、我が国における耐久消費財、特にテレビの動きがそれである。テレビの価格が大きく下落した背景としては、供給側の生産性要因や需給要因がある。また、テレビが消費者物価の下落に大きく寄与した理由には、物価指数でのテレビのウエイトが政策要因によって過大になっていることもある。ただし、この要因は2012年になると剥落しつつある。

ミクロの動きが物価全体の動きに反映しているもう一つの例が家賃である。消費者物価の家賃指数は、家賃の改定頻度が低く、そして空室率の高さに見られる供給超過を背景に下落を続けてきたが、新規賃貸料には下げ止まりの動きが見られる。家賃は賃金の影響を受けにくいため、賃貸市場固有の動向が重要であり、その需給対策については、デフレ脱却に向けた構造対策としての期待が高い。なお、日米の物価上昇率の差には家賃の寄与も大きく、両国の空室率の差を反映しているとみられる。ただし、日米ともに家賃に占める帰属家賃のウエイトが高く、みかけ上その寄与が大きく見えていることに注意が必要である。

なお、地価は、過去20年間、大幅な下落を続けてきたが、地価の趨勢を決めるのは賃料であり、賃料の趨勢的下落はデフレの結果でもあり、原因でもある。地価が物価に与える影響は必ずしも明確ではないが、若干のプラスとなることが示唆される。

期待物価上昇率については、価格を設定する企業の見込みが特に注目されるが、少しずつマイナス幅は縮小してきているものの、いまだマイナス圏内にある。製造業では根強い円高期待が販売価格判断の改善を抑制してきた可能性がある。また、非製造業では国内需給の影響が大きいとみられる。

以上みたように、デフレは基本的にはマクロ的な要因によって生じているが、ミクロ的な現象も関係している。現時点では、デフレ脱却へのさらなる前進に対する最大のリスクは欧州政府債務危機等を背景とする金融資本市場の変動や景気の下振れである。金融政策には、これらのリスクも踏まえ、デフレ脱却に向けた適切かつ果断な政策運営が期待される。一方、政府としても、デフレを生みやすい我が国の経済構造を踏まえ、「モノ」「人」「お金」を動かすための政策を強力に推進し、生産、分配、支出にわたる経済の好循環を実現することにより、需給ギャップを是正するとともに、成長期待の改善とデフレ予想の解消を図ることとしている。

金融政策は緩和措置を拡大

リーマンショック以降、日本銀行は誘導金利をゼロ近傍まで下げ、2年以上に渡って固定金利オペや包括的な金融緩和策の実施を続けているが、ゼロ金利制約に直面していることから、幾つかの工夫も試みられている。一つは、将来の金利が低水準にとどまるという期待や将来の物価水準が高まるという期待を生じさせることによって需要を喚起することである。これについては、ゼロ金利政策の時間軸効果や物価安定の「理解」あるいは「目途」という形で試みられてきた。実際、これまでの金融政策上のイベントの効果を検証すると、物価目標を明確化するタイプの政策に反応しやすいという結果が得られた。もう一つの方向は、リスク資産を中央銀行が自ら購入してリスクプレミアムの縮小を促進することであり、2010年10月から実施されている「包括的な金融緩和政策」に含まれている考え方である。

現在のところ、我が国経済は依然として緩やかなデフレ状況にある。消費者物価上昇率が多少のプラスに転じたとしても、基調的な物価上昇率がゼロに近すぎるとデフレに陥りやすく、ゼロ金利制約に直面すると、伝統的な金融政策のマクロ経済調整機能が失われてしまう。現下のゼロ金利がいつ解除され得るかという点は関心の高いところであるが、テイラー・ルールに基づくと、最適な金利水準は引き続きマイナスである。前回の金利引上げ時(2006年)の最適金利は、目標インフレ率にもよるが、テイラー・ルールからは、ゼロ金利解除の方向が出ていた。しかし、当時のマクロ経済環境は、景気という面では拡大が感じられる指標が多いものの、物価については「デフレから脱却した」とはいえない状況にあったとみることができる。さらに、時間軸効果という観点からすると、テイラー・ルールで最適金利がプラスになってもしばらくの間はゼロ金利を維持する方が望ましい。前回の経験を踏まえた慎重な対処が期待される。なお、金利が上昇すると、家計、銀行、政府の間の所得移転構造が変化し、また、国債価格の下落など金融システムに対する潜在的な影響にも留意する必要がある。

持続的成長への道筋はイノベーションと貿易・投資の自由化

人口減少局面においても豊かさを維持できるような持続的成長を実現するためには、生産性の向上が不可欠である。このためには、イノベーションが重要である。イノベーションには、新たな技術や商品の開発等に向けた研究開発投資と、開発結果や新たなアイデアを具体的な商品やサービスとして提供するプロセスを含む。前者については、我が国の研究開発投資は高水準で推移しているものの、基礎研究開発比率が伸び悩むなどの問題がある。後者については、日本では起業への意欲が乏しく、また、ベンチャーキャピタル投資が低調などの問題がある。

イノベーションのように自前で生産性向上を図るもの以外にも、貿易や投資の自由化により生産性を高めることができる。我が国の二国間協定国締結先の貿易ウェイトは依然として低く、経済連携協定の相手先には拡大余地が大きい。なお、個別の自由化協定は、先々において国際的なものへと拡がるステッピングストーンとしていくことが重要である。

対外投資残高は我が国企業のグローバルな事業展開を反映して大きく拡大している。地域別に見ると、新興国向けの直接投資の残高は増加しているものの相対的に少ない。投資国・受入国双方のメリットを生かすためにも、経済連携の枠組みの中において、対外投資をめぐる不確実性や不安定性を低下させるような取極めを結んでいくことが重要である。

対内直接投資については、低位にとどまっている。その要因として、規制のほか、専門技術・管理者の不足や言語の違いなどが指摘されている。法人税率については引き下げられたが、こうした措置が対内投資の増加と新たな企業の参入を促進し、イノベーションの増加につながることが期待される。

労働移動については、世界的な潮流は、単純労働者の移動は制限する一方、熟練度の高い者等は積極的に取り込んでいこうというものである。我が国でも高度人材の受け入れ推進に取り組んでいるが、優秀な人材を我が国に向かわせることは容易ではない。そうした中で、我が国への留学生の国内就業・就職を広げることが考えられよう。

自由な交易は社会進歩のダイナミズムを生み出す礎であり、社会全体の厚生を改善する。ただし、構成員全員を等しく豊かにするとは限らないことから、事後的な再分配が必要になる場合もあろう。また、自由な交易が常に安定的というわけではなく、幾つかのリスクを伴っている。特に原油や商品価格は時として急激に変動する。こうした変動が世界的な金融緩和に伴う投機的なものであれば、取引費用の引上げなどのミクロ的な対応も有効であろう。また、システムとしての自由貿易体制を維持することで安定的に運営していくことも必要である。

大震災後に顕在化した電力供給制約は、足下の経済活動に対する制約というだけでなく、我が国の中長期的なエネルギー供給の在り方について問いかけるものとなった。大震災以降原子力発電設備が順次休止し、電力供給余力の低下が著しい。需要面を見ると、一定の節電が全国的にみられたものの、その効果は2012年になると弱まってきた。コスト的には、電源別割合に占める火力は急上昇し、その原燃料価格は高騰している。電力事業の効率性を比較すると、発電量の少ない電力会社では固定的なコストが相対的に高くなっている。今後、規模の最適性が確保されているのか否かといった点から地域独占の効率性を検討する必要もあろう。

当面は既存の発電設備を活用することで原子力発電の代替を図る一方、より長期をにらんで代替エネルギーへの期待が高まっている。しかし、現状、代替エネルギーの発電コストは高い。「余剰電力買取制度」下での買取価格は、代替により節約される費用の倍であった。余剰電力買取への投資収益率は平均で8.6%であり、初年度は住宅用太陽光発電向け補助金もあるため12%弱の利回りであった。こうした中、新たな固定価格買取制度もサーチャージによって制度的に収益が保証されるため、事業者等の参入が進むものと見込まれる。ただしそのコストを負担するのは各地域の電力会社に加入している需要家であり、買取量が増えれば増えるだけ利用者負担も増える。買取価格等の妥当性や費用対効果等につき検証し、こうした関連部分も含めて公共料金と見做して公正妥当な改定をしていくことが望まれる。

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