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第3節 持続的成長への課題

本節では目線を先に転じ、人口減少局面においても豊かさを維持できるような持続的成長を実現するポイントについて検討する。持続的成長には生産性の改善が不可欠であり、これに資するイノベーションや貿易投資の自由化を中心とした経済連携の現状について概観する。また、こうした経済活動の中で生じる外生的な価格リスク、そして電力供給制約や新たな電源の促進策について検討する。

1 持続的成長を考える際のイノベーション

政府の成長戦略には7つの戦略分野が取り上げられており、具体的には「グリーン・イノベーション」、「ライフ・イノベーション」、「アジア経済」、そして「観光・地域」を成長の4分野として掲げ、「科学・技術・情報通信」、「雇用・人材」、「金融」を基盤の3分野としている33。また、特に、経済成長への貢献度が高いと考えられる21の施策34を国家プロジェクトとしている。以下では、その中に含まれている「研究開発投資の充実」や成長戦略のコアに位置づけられるイノベーションについて、各種統計からイノベーションと投資の関係、その担い手や投資先の特徴等を示す。なお、ここでいうイノベーションとは、経済活動のあらゆる面における新機軸を包摂したものであり、技術的連続性のある場合もあれば、技術的に非連続な発明といった場合も含まれる。

コラム1-4 イノベーションの定義と分類について

一般的に「イノベーション」は、(1)科学的発見や技術的発明を洞察力と融合し発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を生み出す革新のことを指す、又は、(2)新たな発明・発見により経済・社会に大きな付加価値をもたらし、社会的に大きな変化をもたらすことを指し、新製品の開発や生産方法の改善に留まらず、マーケティング方法の改善、組織形態の改革もそれに含まれる、等と定義されている35

この「イノベーション」という言葉を生み出した経済学者シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)によると、その具体的な概念範囲例としては、①新しい財の生産(プロダクト・イノベーション)、②新しい生産方法の導入(プロセス・イノベーション)、③新市場の開拓(マーケティング)、④原料の新しい供給源泉の把握(サプライチェーン・マネジメント)、⑤新しい経済組織の実現(組織イノベーション)等が包摂される。

また、「イノベーション」は、技術的な連続性の有無という点で二分される。連続性のある「イノベーション」とは、従来の延長線上にある技術等を前提とした価値の創造であり、当該商品は連続的かつ漸進的に性能や売上が向上していく。他方、非連続的なイノベーションとは、従来の延長線上にはない新たな着想や概念から創造されたものであり、技術や経済社会のパラダイムシフトを生じさせるようなものが含まれる。(コラム1-4図

なお、民間企業へのアンケートによると、国の研究開発プロジェクトがイノベーションに結び付いた割合は約28%であり、医薬品業等で低く、エネルギー関連業等は高い36。ただし、医薬品業でも、8割が非連続型イノベーション、特に基礎研究や応用研究に国の関与は必要と回答している。

(1)イノベーションと投資の関係

最初にイノベーションと投資の関係について、定量的な国際比較を通じて概観する。

OECD諸国の技術進歩率は長期的に低下傾向の中、我が国は横ばい

マクロ経済レベルで計測されるイノベーションの量感は、全要素生産性(TFP)と呼ばれる数値によって表現されることが多い。これは、経済成長率から資本や労働といった生産要素の寄与分を控除した残り(ソロー残差と呼ばれる)と定義される37。85年から2010年の期間におけるOECD主要国のTFP上昇率について、5年を一区間とした長期的推移を見ると、平均値だけでなく、最大値や最小値も含めて低下傾向が見られる。こうした中、我が国のTFP上昇率については、90年代の前半に急落した後、多少の変動はあるものの、1%を若干下回る水準で推移している(第1-3-1図)。

研究開発投資のGDP比率は高い水準で推移

TFPの向上を考える場合、作業工程の見直しや仕事の仕方といったことも重要であるが、数値的に把握しやすいインプットとして、新たな技術や商品の開発等に向けた研究開発投資の大きさがしばしば注目される。「新成長戦略」や「第4期科学技術基本計画」においては、「官民合わせた研究開発投資を対GDP比の4%以上」38という目標が掲げられているが、OECDの統計によると、現状、我が国の研究開発投資の対GDP比は緩やかながらも上昇し、2009年は3.4%程度となっている(第1-3-2図39。なお、2020年に4%以上という目標値の水準は、英国の2.5%(2014年)やEUの3%(2020年)に比べると高いが、現状と目標の差は、我が国の方が目標に近い。

研究開発投資率の変化とTFP上昇率の変化にはプラスの関係

こうした研究開発投資が有効にTFPを高めているかどうかについて、TFP変化率の変化幅と研究開発投資比率の変化幅の関係を描くと、顕著ではないものの、両者の間にはプラスの関係が見られる(第1-3-3図)。また、90~95年の傾向線と比べると2005~2010年の傾向線は下方にスライドしており、OECD諸国のTFP上昇率が年々低下している事実と整合的である。こうした中、我が国の相対的な位置については、90~95年のバブル崩壊後に大きく下方へ移動したものの、最近は傾向線の周辺で推移している。

(2)研究開発投資の担い手と内容

研究開発投資における政府の地位は低下

政府の研究開発投資については、計画上「対GDP比の1%にすることを目指す」とされている。全体の目標が4%であるから、政府負担割合は25%程度が目標ということになる40。この点について確認すると、我が国の政府負担割合は諸外国と比べると相対的に低く、かつ低下傾向が見られる(第1-3-4図(1))。80年代には政府負担割合が20%以上だったものの、2000年代になるとそれを下回っている。低下傾向はアメリカやフランスでも見られるが、両国の場合には、東西冷戦のデタントに伴う軍事関連の研究開発費の減少が影響していると言われており、その影響が剥落した後においても水準は高い。また、韓国においては95年から2010年の15年間で政府負担割合が20%弱から26%強へと増加した。

基礎研究開発費比率は伸び悩み

研究開発費の支出分野には、基礎研究、応用研究、開発研究とあるが、基礎研究開発は、複数のイノベーションを生み出す原動力となり、広く経済社会の発展に寄与することが期待されるため、「第4期科学技術基本計画」においても重要視されている。主要国の基礎研究開発費比率を比較すると、いずれの国においても基礎研究への支出割合は増加基調にある(第1-3-4図(2))。アメリカは、80年代の0.3%程度から2009年には0.55%と微増に止まっているが、韓国は95年以降の15年間でGDP比率が0.29%から0.68%へと2.4倍、シンガポールにおいては同じ期間に2.9倍の増加となっている。

他方、我が国の比率は、80年代の0.3%程度から2009年は0.42%と微増に止まっている。基礎研究開発費が研究開発費全体に占める割合も、80年代以降、おおむね13~15%程度で推移しており、大きく変わっていない。

大学の関与は増加しているがプロジェクト規模は小さい

研究開発の担い手としては、政府や企業の他に大学という有力な担い手が存在する。EU諸国では、研究開発経費全体の25%程度を大学が使用している一方、我が国やアメリカでは15%以下の水準に止まっている(第1-3-5図(1))。大学における研究開発は基礎研究のウェイトが高いとみられ、我が国の場合、運営費交付金等の公的な資金の増減によって大学の研究費も変動する程度が強く、2004年度から2012年度の8年間で-8%と減少している。また、企業が直接負担している割合も2%程度であり、アメリカやEU諸国の三分の一、韓国の六分の一に止まっている(第1-3-5図(2))。

基礎研究を担う大学と応用開発を担う企業の有機的な結びつき、いわゆる産学協同研究については、イノベーションの活性化に向けて、以前より重要視されてきた方法である。2010年度には15,544件のプロジェクトが実施されており、10年間で3.9倍に増えたが、一件当たりの規模は小さく、半数は100万円未満であった41。また、研究開発における外部との連携割合についての企業アンケートでは、自社単独又はグループ内企業で実施するという回答が76%以上であり、国内大学と連携は5.9%に過ぎない42。さらに、国際経営開発研究所(IMD)による大学と企業の結びつきに関する国際比較においても、我が国は2011年時点で16位(59か国中)にとどまっている43

(3)研究開発投資以外の投資の動き

イノベーションは、研究開発された結果や新たなアイデアを市場経済の中に持ち込み、具体的な商品やサービスとして社会に提供するまでの過程を含んだ概念である。したがって、起業といった新たな事業体の発現程度やこうした事業体への投資額の変化はイノベーションの動向と関連深い。

ベンチャーキャピタル投資の水準は低調

新たなアイデアや商品といったものを事業化するに際しては、懐妊期間の長さや不確実性から、一般的には融資よりも投資が馴染む分野だと考えられている44。そこで、ベンチャーキャピタル投資の動向について、我が国の現状を国際比較(2009年(度))統計から見ると、投資額対GDP比率は極めて低く、他の先進国に遠く及ばない(第1-3-6図)。また、先に例示したIDMの世界ランキングでは、クレジット(与信)の可用性(投資家にとっての資金のアベイラビリティ)が13位(59か国中)であるのに対し、ベンチャーキャピタル投資の可用性は43位、金融業全体のビジネスに対する有用性は33位に止まっている。

起業への意欲は低い

ベンチャーキャピタルの投資額が少ない背景には、起業が低調であることが根底にある。経済産業省の調査でも我が国の起業活動は低調であり、その際立った特徴として、起業家の社会への浸透(周囲における起業の動向)、事業機会の認知(起業機会の発生見込み)、経営能力、といった項目が、同じような所得水準の国と比べて低い(第1-3-7図45。つまり、起業家の具体例が周囲に少なく、起業するべきテーマ・事柄が認知されず、そして、事業化に必要な知識等に乏しい。加えて、いずれの国においても雇用者として生計を営む者が多いが、我が国では「起業家という職業選択に対する評価」や「起業家の社会的な地位」といった項目が低い。また、失敗を恐れる程度も高い。ただし、起業活動率については、緩やかながらも上向きの動きが見られる。起業に必要な知見を得る機会が増加し、起業が社会的に評価されるようになれば、一層の改善も期待される。

M&Aはこのところ増加基調

開業率や新規企業の上場が低迷する一方、リーマンショック後のM&Aの動向を見ると、製造業と非製造業等ともに件数及び金額が拡大している(第1-3-8図(1))。特に非製造業等では件数が増加しており、2011年は2002年以降で最多となっている。中でも、商業と金融といった分野で増加傾向がみられ、金融の件数は6%弱のウェイトから10%以上へと水準が切り上がっている。また、2009年以降のM&A件数について整理すると、拡大しているのは、総合商社、その他金融、ソフト・情報、その他販売・卸、化学の各業種となっている(第1-3-8図(2))。こうした積極的な外国企業の買収は、それ自体がイノベーションを生み出すきっかけやイノベーションの内部化につながると期待されることから、注目すべき動きであろう。

2 経済連携と我が国の将来

イノベーションの促進は生産性の向上をもたらすが、イノベーションを生みやすい経済環境として最も重要なものの一つが自由貿易である。これまでの我が国は、自由貿易体制を志向する国々の中で成長を遂げてきたが、この点は何ら変わっておらず、一国内で閉じている場合と比べ、事業者は規模の経済性を生かせる余地の大きい世界市場で活動し、消費者はより多様な選択肢を得ることが出来ている46。こうした経済環境下において、我々は、それがない孤立した状態と比べると格段の利益を享受している。この体制では、新たに加わってきた新興国が、先進諸国との貿易を通じて高い成長を実現するだけでなく、先進諸国も、新興国との交易を通じ、実質的な所得水準の向上を果たしている。ここにおいて重要なのは、グローバルな競争や連携を通じ、ダイナミックな意味でもイノベーションが促進されることである。もっとも、自由な交易は社会全体の厚生を改善するとしても、構成員全員が等しくメリットを享受できるとは限らず、有利となる人から不利となる人への事後的な再分配が求められる場合もある。また、自由な交易が常に安定的というわけではなく、幾つかのリスクを伴っている。

(1) 財・サービス貿易の自由化メリット

経済連携協定の相手先には拡大余地が大きい

まず、我が国の財・サービス貿易について、経済連携協定/自由貿易協定締結相手との貿易額が貿易総額に占める割合を見ると、輸出入ともに2割程度に止まっている。他方、アメリカの場合は、FTAを締結している国への輸出が4割程度、韓国の場合は同比率が6割程度と高い水準になっている。EUとして地域経済統合を果たしているドイツについては、いわゆるEU域内とFTA相手国合計の割合が7割程度に上る。なお、中国についても、WTOへの加盟を果たした後にFTAを積極的に進めたことから、約3割の輸出がFTA締結先向けとなっている(第1-3-9図47

自由化利益を享受できる余地もいまだ大きい

我が国の関税水準について、下図に示した(第1-3-10図)。既存の試算では、関税等によって生じている歪みを取り除くことは経済利得を生みだし、経済全体としては生産性改善や消費者余剰の増加という利益を生みだすことが示されている48。内閣官房の「EPAに関する各種試算」49によると、様々な自由化枠組みによってGDP換算の経済効果は異なってくるが、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)が実現した場合には、1.36%程度、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定であれば0.48~0.65%程度50の効果が期待されるとしている。

(2) 投資拡大のメリット

対外直接投資の収益率は高水準

我が国の対外投資残高は企業のグローバルな事業展開を反映したものであり、今や75兆円弱まで増加している51。地域別の投資残高は、北米が最も多く、次いでアジア、EUの順であるが、2010年の投資収益率では、資源国を含むその他世界、アジア、中南米の順になる。こうした新興国向けの直接投資残高は増加しているものの相対的に少なく、投資収益率は高い(第1-3-11図(1)及び(2))。直接投資の収益率は相手先国の所得水準が低い(高い)方が高く(低く)、また、直接投資残高の残高が多い(少ない)相手先の所得水準は高い(低い)という一般的な関係は、直接投資の累積と受入国の資本蓄積が同時に進んでいることも意味する(第1-3-11図(3)及び(4))。受入国の資本累積が進めば、投資収益率は低下するものの、高まる所得・購買力によって、投資先から輸出先としての重要度が増していくだろう。

こうした双方のメリットを生かすためにも、対外投資を巡る不確実性や不安定性は低下させるべきであり、経済連携等の枠組みの中において、受入国との間で予見可能性の高い投資サービスに関する取極めを結んでいくことが重要である。

対内直接投資の抑制要因を除去

対外投資が増加していく中、諸外国からの国内向け投資、いわゆる対内直接投資については、従前より、主要国に比べて低位に止まっている。投資残高は様々な経済活動の結果であり、対内投資は市場の状況や賃金等の水準によって大きく影響を受ける。また、例えば、OECDのFDI制限指数が大きいと投資残高GDP比が小さいという関係が示唆されることから、我が国についても、何らかの規制によって対内投資が少ないのではないかとの議論がしばしばなされる(第1-3-12図(1)及び(2))。

加えて、我が国への対内直接投資は、FDI制限指数が示唆する水準よりもさらに低く、FDI制限指数を構成する要因の外にも阻害要因があることが示唆される。過去の研究においては、例えば、専門技術・管理者率が低い国では直接投資、特に先進国間で行われる水平分業的な投資が少ない傾向と指摘されている52。また、FTAの締結、非経済的な要因として言語の違いや投資国との物理的な距離、が指摘されている53

そこで、世界銀行の作成しているデータを用いて一般的な対外投資とFDI制限を含めた規制等との関係を分析すると、投資の制約要因としては、税制(法人税負担)、訴訟制度(契約履行の執行力)、起業制度(事業立上げ手続き)の三点が相対的に有意な要因になるという結果が得られた(第1-3-12図(3))。なお、我が国の法人税率については、諸外国、特にアジア諸国との比較において高いと指摘されてきたが、2012年の4月より適用される本則税率は、4.5%(普通法人)の引下げ、地方税分を含めると約5%の引下げとなっている54。こうした措置が対内投資の増加と新たな企業の参入を促進し、イノベーションの増加につながることが期待される。

(3)国際的な労働移動と人材確保

我が国への外国人労働者の流入は多くないが、高学歴者の比率が高い

最近の国際的労働移動の動きを見ると、人口に対して高い値を示しているのはイタリア、アメリカ、スイスといった諸国である(第1-3-13図(1))。こうした中、我が国への流入水準は、英国と同程度で推移しており、高水準とはいえず、以前よりも減少している。特徴的な点は、外国人労働者に占める大卒以上の割合が高いところである。第一位はカナダの約3割だが、我が国においても2割を超えている(第1-3-13図(2))。

高度人材を選別的に受け入れる外国人労働者政策の国が増加

我が国をはじめ、こうした高学歴な人材が流入する/させる背景には、従前にも増して拡大する企業活動のクロスボーダー化に伴う人事異動もあれば、専門的労働者に対する特定需要といったこともある。主要OECD諸国では、移動制限型の入国管理が採用されているが、高度人材については積極的に受け入れている(第1-3-14表)。貿易や投資と比べると、労働移動の自由化については慎重な検討が必要であるが、「高度人材」や「グローバル人材」という限定された部分に関しては受入れを拡大すべきだという考え方が取られるようになっている。「日本再生の基本戦略」(2011年12月24日閣議決定)においても、ポイント制の早期実施による高度人材の受け入れ推進が当面、重点的に取り組む主な施策とされていたが、2012年5月7日より施行されている。

我が国への留学生数は増加しているが、国内就職でとどまる者は伸び悩み

しかしながら、世界各国が生産性の高い労働者を受け入れようとする中にあって、優秀な人材を我が国に向かわせることは容易ではない。仕事の有無だけでなく、様々な社会インフラや生活環境、そして家族を伴うとすれば、さらに広い行政サービスや社会の質が問われてくる。もっとも、こうした点への対応は重要であるが、より確実に我が国での就労者を確保するのであれば、留学生の国内就業・就職を広げることが効果的である。国内で就職する留学生は7,000人弱、就職する学生全体に占める割合は1.5%程度に過ぎないが、大学院等への国内進学者数は1.2万人以上であり、彼らを惹きつけることが出来れば、高齢化が進んだ我が国の社会にとって一助となることが期待される(第1-3-15図)。

(4)グローバル経済におけるリスク

貿易や投資の自由化を進めた結果、世界経済の相互依存度は高まることになるが、国際分業に伴う特定財の生産への集中が進むにつれ、輸出入両面において変動が高まっている。我が国はこの特化の利益を梃子に成長してきたが、それ故に度々のリスクに直面している。

原油や商品価格は時として急変動

70年代のオイルショックまで遡ればもちろん、90年以降の原油や商品の価格動向を振り返るだけでも、大きな変動は容易に見つかる(第1-3-16図(1)及び(3))。特に、2008年後半に生じたリーマンショック前後の変動は、歴史的に特異な大きさであった。相対的な変動の大きさを示すために作成した指数を用いると、その大きさはより鮮明になる(第1-3-16図(2)及び(4))。この20年の間に生じた大きな変化時点(上位5回)を取り出すと、湾岸戦争等といった地域紛争による供給途絶不安や気候変動に伴う供給量変化、また、新興国の発展に伴う需要増、そして、金融緩和に伴う投機的価格変動、といったことが見られる(第1-3-17図)。

主要輸入商品は地理的に集中

こうした原油や商品の価格変動については、当該財の生産や輸入に集中が見られることもリスクを増幅する原因となる。原油の場合、総生産量の4割程度がOPEC諸国に集中し、その8割弱がペルシャ湾岸諸国に集中しているものの、多くの国で生産がなされていることから世界全体の集中度は低くなっている。我が国の輸入については、90年以降、若干ではあるが上昇傾向となっている(第1-3-18図(1))。天然ガスについては、90年と比べた場合には輸入の集中度は半減している(第1-3-18図(2))。また、穀物については、生産の集中程度は原油より高く、また、輸入の我が国への集中度はより高い(第1-3-18図(3)及び(4))。こうした生産や輸入の集中が生じた背景には、自然環境に加え、国際貿易における生産分業(特化)の利益を得ようとする結果という面もある。すなわち、我が国が自動車や電機製品等工業製品の輸出に特化する代わりに、農産物等は輸入に特化するという関係である。

要因に応じたリスク軽減に加え、システム安定化も重要

輸入先の分散が一層可能であれば、例えば、気候変動や地域紛争から生じるリスクを抑えることは可能であろう。また、価格変動が新興国の成長に伴う原油や穀物の需要増による場合は、それに呼応した新たな投資を呼び込むきっかけとなり、供給の増加によって解決されるべきものである。他方、投機的な資金の流入に伴う商品価格等の急変動は、当該財の需給面とは直接関係のないものである。こうした投機の拡大については、世界的な金融緩和の副作用の結果として指摘されることもあり、円滑過ぎる金融市場の反応が粘着的な財・サービス市場のファンダメンタルズからかい離する場合には、個別市場におけるミクロ的な対応(証拠金や預託金の引上げ等売買ルールの調整によるレバレッジ引下げや売買方法と手数料をリンクさせた取引費用の引上げ)が有効であろう。

以上のような個別要因への対処に加え、自由貿易体制の維持に積極的な関与をしていくことも必要である。特に、供給面に生じるリスクの例である地域紛争とそれに伴う貿易の途絶といった事態は、極めて大きな経済的損失をもたらすものであり、国民経済の維持安定という観点から、国際的な枠組みも積極的に利用しつつ、我が国としての対応を検討する必要があろう。

3 電力供給制約の克服

大震災後に顕在化した電力供給制約は、現在の経済活動に対する制約という面だけでなく、我が国の中長期的なエネルギー供給の在り方について問いかけるものとなった。政府としては、「エネルギー・環境会議」において将来像を示すこととしているが、以下では電力供給を巡る需給両面の動きを振り返り、電力需給の安定の確保に向けた取組の評価について検討する。

(1)電力の供給制約とコスト動向

電力需給のひっ迫による節電対策を実施

2011年3月の大震災以降、発電所が被災したり、原子力発電所が順次停止するなどしたため、複数の電力管内で電力需給がひっ迫する見通しとなった。これらの電力管内では、需要家によるピーク時間帯の電力需要の抑制や電力会社による供給力の確保の両面から、電力需給の安定の確保に向けた取組が実施された。節電を要請した時点での電力需給の見通し(予備率の見通し)は、2011年度夏季において、東京電力管内は-10.3%、東北電力管内は-7.4%、関西電力管内は-6.2%であり、同年度冬季の関西電力管内は-7.1%、九州電力管内は-2.2%であるなど、複数の電力管内で供給力が最大需要見通しを下回っていた55。これらの見通しに基づき、電力使用制限の実施や節電を要請し需要家の協力を仰いで需要を抑制した結果、停電は回避された。2012年度夏季についても、引き続き、政府・電力会社において供給力の確保に努めているが、原子力発電所の再稼働がない場合、北海道電力・関西電力・四国電力・九州電力の各電力管内を中心に、電力需給がひっ迫する見通しであり、節電要請を行うこととなった(コラム1-5)。

コラム1-5 2012年夏の電力需給対策について

2012年の夏を迎えるにあたり、原子力発電所の再稼働がない場合には、気候条件が2010年の猛暑並みと想定すると、電力需給がひっ迫するおそれがあるとの予想が示されていた。政府では、こうした事態に対応するため、2012年4月23日から5月12日までの計6回にわたり、電力需給に関する検討会合及びエネルギー・環境会議の下に開催された「需給検証委員会」において、第三者の専門家等による検証をおこなった。その結果を踏まえ、同年5月14日に開催された電力需給に関する検討会合及びエネルギー・環境会議において、沖縄電力を除く一般電気事業者管内について、以下の節電要請が決定された。なお、関西電力管内への適用が議論されていた「電気事業法第27条に基づく電気の使用制限」56は、実施しないことも決定された。その後、同年6月16日に決定された大飯原子力発電所3号機、4号機の再稼動を受け、同年6月22日に開催された電力需給に関する検討会合及びエネルギー・環境会議において、今夏の節電目標の改定方針57が示された(コラム1-5表)。

なお、原子力発電設備を有する9社について、認可出力量に対する平時又は最大電力需要のギャップを確認すると、大震災前の2010年度まではおおむね安定的に推移していた。2011年4月以降の月次推移は、大震災の影響を受けていない地域も含め、4~5月には最大使用時のギャップが拡大していたことを示している(第1-3-19図)。これは、生産が急減したことに加え、全国的に節電が行われたためと思われる。その後、生産・出荷、そして消費の回復に伴い、夏場であることも含め、当該ギャップは縮小していった。秋口に入ると再びギャップは拡大し、冬に向けて縮小したが、今年に入り、被災していない関西以西の4社においては、例年にない程に縮小した。

最大需要電力を抑制

前述の通り、政府は、最大需要電力が供給力を上回る見通しとなったため、最大需要を抑制するため節電を要請した。そこで、電力需給の状況について、需要側の一つである大口電力の最大電力の抑制について見る58

まず、2011年度夏季の最大電力については、東京電力管内及び東北電力管内で-15%の電力使用制限を実施し、それぞれ-27%、-18%の需要の抑制が実現した。また、数値目標を設定し自主的な節電を要請した関西電力管内では-9%の最大電力の削減が実現した59

次に、2011年度冬季の最大電力については、関西電力管内で-10%以上の節電を要請し-6%程度の節電効果、九州電力管内で-5%以上の節電を要請し-7%程度の節電効果がそれぞれ認められた60

大口電力の需要は回復

需要側の一つである大口電力(産業向け)の使用量の推移を見る。月次実績需要量を評価するに当たり、2000年1月~2011年2月の鉱工業生産(地域別)による予測需要量と比較していく(第1-3-20図)。

まず、実績値が鉱工業生産指数による予測需要量を明らかに下回ったのは、東北電力及び東京電力管内である。逆に、中部電力管内においては、大震災後の数か月に渡り、鉱工業生産指数の予測値を大きく上回る需要が発生した。それ以外の地域では予測値と実績値はおおむね同じような動きだが、2011年の後半になると、東北電力や東京電力管内では、予測値と実績値のかい離が縮小していった。他方、北陸電力や九州電力管内では、予測値を実績値が下回るようになった。実績値が鉱工業生産による予測値よりも低くなる状態は、需要側による節電効果ではないかとみられ、中部電力管内に生じた大震災後の需要増は、東北電力及び東京電力管内からの振替生産への対応ではないかとみられる61。なお、2011年3月から2012年2月までの予測値と実績値のかい離の割合を求めると、東北電力管内は-9.4%、東京電力管内は-6.5%であった62

また、電灯需要についても地域別に分析した63。予測値は、それぞれの電力会社の契約口数と月次の平年と当該月の気温差によって推計した(第1-3-21図)。結果は、震災被害の生じた東北電力や東京電力の管内のみならず、中部以西の地域においても、大震災後から数か月間の実績値は予測値を大きく下回っていた。しかし、月日の経過とともに実績値は予測値に近づくようになり、2012年になると、東北電力や北陸電力管内ではおおむね予測値通りの動き方となっている。2011年3月から2012年2月までの予測値と実績値のかい離の割合を求めると、東北電力管内は-5.9%、東京電力管内は-7.7%となっている64

電源別割合に占める火力は急上昇し、その原燃料価格は高騰

大震災以後は、電源構成にも変化が生じている。全国の原子力発電所が順次、停止する中、これまでの地球温暖化対策等のために縮減される途上にあった火力発電施設が電力生産の主たる担い手となっている。各地域会社の電源別発電比率の推移を見ると、2005年や2010年における火力発電比率は、高いところで約70%(東北)から約80%(中部、中国)、低いところでは約30%(関西)から約40%(四国、九州)となっていたが、震災発生後は全ての会社における原子力発電比率が低下し、それを火力発電が代替していく姿が明らかになっている(第1-3-22図)。

火力発電へのシフトには、大きく分けると石炭、液化天然ガス(LNG)、石油、という異なる燃料を用いる方法がある。過去の電源別発電比率を見ると、石炭火力は20%を下回る存在であったが、他の火力燃料と比べ、単位発熱量当たりの単価の有利さと発電に関する技術進歩(大気汚染防止技術等)により、最近では30%を超えている。LNGも発電比率が上昇しており、このところ50%弱で推移している。こうした結果、発電比率が低下してきたのが石油火力である(第1-3-23図(1))。

原子力発電の減少分を補うためには、既存の発電所の稼働率を上げるか、休止中の発電所を稼働させることになる。いずれの場合にせよ、火力発電における発電比率が高い石炭火力の稼働率はすでに高く、十分な余力が無いため、LNG火力発電や高コストの石油火力発電の稼働率を上げたり、休止中の施設を再稼働させたりすることで対応してきた。大震災以後の原燃料価格の推移を見ると、石炭は横ばいで推移しているものの、原油やLNGはリーマンショック後の底値から倍増しており、コストの高い電気を作っていることになる(第1-3-23図(2)及び(3))。

(2)電力事業の効率性比較

原子力発電所の停止と燃料費の高騰する火力による代替発電に直面する中、地域独占の電力会社が業務効率化を果たすことで価格上昇の抑制を図るべきではないかとの見方も散見される65。そこで、原子力発電を有する9社の部門別・費用項目別に見た特徴等を示す。

9社平均からかい離しやすいのは地方の電力会社

まず、発電部門について、発電単価の構成内容を9社間で比較する。その際、費用項目ごとに、9社平均よりもウエイトが大きく(特化係数が1よりも大きい)、かつ、2005~2010年度の伸び率が高い(拡大係数が1よりも大きい)という二つの条件を満たす会社を抽出していく。結果をみると、これらを共に満たすのは、1)人件費は東北、北陸、四国、2)委託費は関西、四国、3)修繕費は北海道、東北、北陸、関西、四国、4)減価償却は北海道となった(第1-3-24表(1))。北陸電力と関西電力が資本と労働の両面、北海道電力は資本コスト、四国電力は労働コスト、が相対的に高い傾向にある。

同様の比較を送電部門について行うと、1)人件費は北海道と四国、2)委託費は北海道、中部、関西、九州、3)修繕費は北陸と九州、4)減価償却は該当なしとなった(第1-3-24表(2))。この部門では、北海道電力と九州電力が2項目で相対的に高い傾向にある。

また、配電部門では、1)人件費は東北と北陸、2)委託費は関西、中国、四国、3)修繕費は東北、中部、北陸、四国、4)減価償却は該当なしとなった(第1-3-24表(3))。2項目以上が該当したのは、東北電力、北陸電力、そして四国電力である。

部門別比較結果のうち、共通項目を横断的に比べると、1)人件費は東北、北陸、四国の三社が2部門、2)委託費は関西と四国が2部門、3)修繕費は北陸が3部門、4)減価償却は2部門以上無しであった。

会社の規模は最適化されていない

先の財務諸表分析からは、個別費用項目が相対的に高いという査定上のポイントだけではなく、全体を俯瞰すれば、発電量の少ない電力会社では固定的なコストが相対的に高いという常識的な結果が浮かんでくる。仮に、今後において地域独占という考え方が色濃く残るとしても、当該独占の範囲(営業範囲)については、従来からの経緯や地理的な緊密性、又は行政区域といった非経済的な理由ではなく、規模の最適性が確保されているのか否かといった点からその効率性を検討する必要もあろう。特に、各社毎に料金設定される中、電力会社の境界付近の地域住民には合理性のない料金差を強い、また、会社間で電力の相互融通をする際の価格水準によっては、同じ設備から供給されるにもかかわらず、域内家計への販売単価と域外家計への販売単価がかい離することもある。こうした点についても、料金の改定認可の際に十分な説明がなされるべきであろう。

規制部門は収入単価も費用単価も自由化部門より割高

費用構造を巡る議論としては、一般家庭向けに相当する規制部門と大口利用者向けに相当する自由化部門の間に生じている料金格差が話題となりやすい。そこで、両部門における設定単価の推移について、東京電力の場合、収入単価と費用単価のいずれも規制部門の方が自由化部門よりも割高となっている(第1-3-25図)。これは、規制部門の費用に配電部門の費用が多く積算されているためとみられるが、総括原価方式による価格設定をおこなうことから、収入単価は常にこれを上回っている。他方、自由化部門の収入単価は、燃料価格の高騰した2008年には費用単価を下回っている。単価の違いは供給体制の違いを反映しているとはいえ、規制された独占部門における超過利潤によって自由化された競争部門の赤字を補填するといった内部補助が生じるおそれは否めないことから、規制部門の料金見直しに際しては、自由化部門との費用配賦について適切な査定を行う必要がある。

(3)代替エネルギーの費用対効果

既存の発電設備を活用することで原子力発電の代替を図る一方、より先をみた代替エネルギーへの期待が高まっている。特に、太陽光を始めとした自然力を利用するという優位性が期待の背景にはみられる。政府としては、これらの代替エネルギーの本格的な導入と普及を「成長戦略」の柱としており、「エネルギー・環境会議」において2012年の夏を目途に具体的な姿を示すこととしている。

現状、代替エネルギーのコストは高い

「エネルギー・環境会議」の下には「コスト等検証委員会」が設置されており、こうした代替エネルギーの発電コストや初期費用について一覧性のある比較を行っている(第1-3-26表(1))。それによると、例えば、太陽光(住宅)発電の発電単価は、33.4~38.3円/kWhであり、建設費用については48~55万円/kWとなっている。風力や地熱の発電単価は太陽光より安く、9.2~23.1円/kWhである。バイオマスについても木質専焼では高いものの、石炭に3%程度混ぜる方法であれば単価は下がるようである。

他方、現行の水力、火力、原子力についても幾つかの幅を持った試算値が出されているが、それぞれ10.6円/kWh、11.9円/kWh、8.9円/kWhとなっている。2011年の発電実績から求められる平均単価は約11円/kWhであるから、太陽光発電は約3倍である(第1-3-26表(2))66

余剰電力の買取分にかかる設備利用率は東京電力管内と四国電力管内で高い

これまでのところ、2009年から開始された「余剰電力買取制度(エネルギー供給構造高度化法(平成21年7月1日成立、平成21年8月28日施行))」によって、電力事業者に住宅太陽光発電の買取義務を課すことで、太陽光発電の普及を図ってきた。2012年から始まった新制度はこれを拡充したものだが、太陽光発電は自然条件に左右されることから、地域的な適性差があると考えられる。そこで、各電力会社による太陽光発電の買取量を当該電力管内の太陽光発電設備の設置容量で割った余剰電力買取分にかかる設備利用率を求めると、2010年平均は5.4%(最大値は東京電力管内の6.7%、最小値は北陸電力管内の4.3%)、2011年平均は6.3%(最大値は東京電力管内の6.7%、最小値は北陸電力管内の5.0%)、となった(第1-3-27図(1))。

2年間の実績値を比較すると、全ての地域で余剰電力買取分にかかる設備利用率は改善しているが、平均で5.4~6.3%と低い。平均的な太陽光の設備利用率が12%程度であることから、この制度では、住宅用太陽光発電による総発電量の半分程度を買い取っているとみられる67。地域別では、東京電力や四国電力管内の余剰電力買取分にかかる設備利用率が2年連続して上位であり、2011年は北海道電力管内における設備利用率の改善が著しかった。

余剰電力買取制度下での買取価格は節約費用の2倍

さて、余剰電力買取制度での買取価格は、2010年度は48円/kWh、2011年度は42円/kWh(経済産業大臣告示)であった。電力事業者は、公定買取価格を発電者に支払う一方、この電力購入によって本来自ら発電するべきであった電力相当分の費用(回避可能費用と呼ばれる)を回避したとされ、残りの額を電力需要者に別途の賦課金(サーチャージ)として負担させる仕組みとなっている。

この回避可能費用を買取電力量で割った値は電力会社の買取電力当たりの費用節減額(回避可能費用単価)になり、各社によって違いがある(第1-3-27図(2))。2010年度の場合は、最低値の15.6円(中部電力)から最高値の20.6円(九州電力)と5円程度のばらつきがみられた。2011年度の場合は、最低値の11.8円(北海道電力)から最高値の14.9円(九州電力)と3円程度のばらつきがあった。回避可能費用単価のばらつきは、各電力会社の発電コストの違いを反映しており、コストの高い会社ほど削減効果が大きい。いずれにしても、買取単価は回避可能費用単価に比べて相当高く設定(2倍程度)されている。

余剰電力買取制度での投資収益率は平均8.6%

高い買取価格を設定した背景には、太陽光発電を促進する目的もあろうが、実際に2010年と2011年の太陽光発電設備ストック(kW)を比較すると、全国計(除く沖縄電力管内)で前年比40.2%増(最大は中部電力管内の47.2%増、最小は東北電力管内の32.6%増)と大幅に増えている。こうした増加に対する余剰電力買取制度の寄与は識別困難であるが、この制度の下での投資収益率を求めると約8.0~9.3%となった68。その内訳は、本源的な回避可能費用相当分が3%程度であり、残りは、サーチャージによって回収される部分となる。なお、これに加え、設備設置の初年度には住宅用太陽光発電補助金(2010年度は7万円/kW、2011年度は4.8万円/kW)が支給されており、収益率換算で約3%が追加されることになる(第1-3-28図)。

買取が増えれば増えるだけ、利用者負担も増加

これだけの高収益率が制度的に保証されているのであれば、2010年から2011年の間に発電設備規模が前年比40.2%増となったことも合理的な結果であったと考えられる。その結果、買取量も前年比64%増(最大値は北海道電力の77.4%増、最小値は東北電力の53.4%増)と伸びている。

ただし、いずれの電力会社においても、回避可能費用単価は買取単価を下回っていることから、買取量が増えれば増えるだけ、サーチャージによる負担分は増加する。実際、利用者負担である地域別太陽光サーチャージは、0.01円/kwhであった北海道電力と北陸電力管内においてそれぞれ0.03、0.04円/kwhと3~4倍に引き上げられている。また、元々高かった九州電力管内では、0.07円を0.15円と2倍以上に引き上げられている(第1-3-29図)。各世帯が支払う電力料金全体に比べると少額のため負担感があまり生じないのかもしれないが、引上げ率は極めて大きい。

再生可能エネルギー固定価格買取制度も同じ仕組み

新たな制度である「再生可能エネルギーの固定価格買取制度(電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法)」は、2011年8月26日に法案が可決され、2012年7月1日から施行された。買取対象は、五つ(太陽光、風力、中小水力(3万kW未満)、地熱、バイオマス)の発電方法のいずれかで発電された電力であり、買取価格は経済産業大臣(告示)が定めている(第1-3-30表)。太陽光発電の場合、告示された価格はおおむね現在の買取制度を踏襲している。風力や地熱といった他の再生可能エネルギーについても、発電単価の積算は、現行の施設などを前提にして策定された。

余剰電力買取制度と同様に、サーチャージによる転嫁に支えられた高収益事業であるため、太陽光発電への法人や個人の参入は進むと見込まれるが、その費用を負担するのは各地域の電力会社に加入している需要家である。2012年度における固定価格買取制度上のサーチャージについては、全国一律に0.22円/kWhと決定された69。今後は、「費用負担調整機関」において、サーチャージによる収入と買取に要する費用を管理し、ある年度の収支尻はその年度の翌々年度のサーチャージに反映させることで均衡を図ることとされている。一般世帯を含む需要家が事後的に確定する支払超過額を負担する仕組みであるから、買取価格やサーチャージの設定・改定段階において、価格設定の妥当性や費用効率につき、検証することが必要である。こうした関連部分も含めて公共料金と見做し、公正妥当な改定をしていくことが望まれる。


(33) 「新成長戦略」(2010年6月18日閣議決定)を参照。
(34) 21のプロジェクトは以下の通り。①「固定価格買取制度」の導入等による再生可能エネルギー・急拡大、②「環境未来都市」構想、③森林・林業再生プラン、④医療の実用化促進のための医療機関の選定制度等、⑤国際医療交流(外国人患者の受入れ)、⑥パッケージ型インフラ海外展開の推進、⑦法人実効税率引下げとアジア拠点化の推進等、⑧グローバル人材の育成と高度人材等の受入れ拡大、⑨知的財産・標準化戦略とクールジャパンの海外展開、⑩アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の構築を通じた経済連携戦略、⑪「総合特区制度の創設」と徹底したオープンスカイの推進等、⑫「訪日外国人3,000 万人プログラム」と「休暇取得の分散化」、⑬中古住宅・リフォーム市場の倍増等、⑭公共施設の民間開放と民間資金活用事業の推進、⑮「リーディング大学院」構想等による国際競争力強化と人材育成、⑯情報通信技術の利活用の促進、⑰研究開発投資の充実、⑱幼保一体化等、⑲「キャリア段位」制度とパーソナル・サポート制度の導入、⑳新しい公共、(21)総合的な取引所(証券・金融・商品)の創設の推進。
(35) (1)は「第3期科学技術基本計画」(2006年3月18日閣議決定)、(2)はシュンペーターによる。
(36) 経済産業省(2012a)。
(37) Total Factor Productivityは、全要素生産性又は総要素生産性と訳される。投入要素である資本や労働の計測や仮定する生産関数の形状によって計測結果は異なるため、利用する際には計測方法の特性を踏まえることが重要である。
(38) 「科学技術基本計画」(平成23年8月19日閣議決定)48頁。
(39) 文部科学省「科学技術要覧」では3.64%である。
(40) 「科学技術基本計画」(平成23年8月19日閣議決定)48頁。
(41) 文部科学省(2011)。
(42) 経済産業省(2012a)。
(43) 2010年は19位(58か国)である。
(44) 宮川・滝澤(2012)は、「借入はイノベーションの源泉である研究開発投資や無形資産の蓄積に関連する投資に対する資金調達形態として適していない」と指摘している。
(45) 経済産業省(2012b)。
(46) 自由貿易体制の維持は、WTO等の多角的貿易体制によることが基本だが、利害調整に要する時間や事案の複雑さといった理由により、次第に二国間での地域貿易協定が増加した。かかる協定については、同一国が締結した協定でも締結相手国・地域によって地域的な取り決めへ拡がる場合もあるが、適用される関税等が複数設定されることが多く、本来の比較優位構造を歪める結果になりかねないとの指摘がある(スパゲッティボール現象)。他方、地域貿易協定を段階的に拡大することは、自由貿易を拡大していく現実的な第一歩として評価する声が主流となってから久しい。なお、現在我が国が交渉参加に向けて関係国と協議を行っている環太平洋パートナーシップ(TPP)協定は、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)に向けた道筋の1つとして位置づけられている。
(47) なお、国際経済ルール上、EPA/FTAはGATT(関税及び貿易に関する一般協定)/WTO(世界貿易機関)体制の例外として位置づけられ、GATTにおいて「妥当な期間」内に、「構成地域の原産の産品の構成地域間における実質上のすべての貿易について」、関税等を廃止することを条件として一部のGATT締結国間で特恵的な自由貿易協定を締結することが認められている。
(48) 内閣府(2004)、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2008b)等。
(49) 本試算は、応用一般均衡モデル(GTAPモデル)を用いている。GTAPモデル試算においては、為替相場は固定であること、各国の総雇用は不変であること等を前提としている。また、試算の際の政策の定量化やシナリオの想定には、自由化効果を計算する際の関税等価率の引下げ幅、貿易財の価格低下の効果(例:輸出の増加による国内生産の増加、輸入の増加による国内生産の減少、実質的な所得の増加、消費の増加)、自由化によって生じる技術変化(例:競争促進的な生産性の向上)の程度、さらには、新たな投資によって生じる効果(例:資本の蓄積による経済成長との関連)等、結果に影響を与えるものが含まれる。こうしたモデル試算には、データベースの特徴、モデル式の特徴、そして試算の前提が結果に影響するため、解釈に当たっては、幅を持って見る必要がある。
また、貿易投資の自由化効果を計算するモデル式においては、ある程度均された中期的に期待される変化を求めている。したがって、短期的な雇用の変動等は含まれていない。さらに、モデルの構造パラメーターについては、各国・地域間の財の価格弾力値を過去の実績から想定されている。こうした過去の実証データに基づく前提はある程度幅を持って見ることが通例である。
(50) 0.48%は8か国(シンガポール、ベトナム、ブルネイ、ペルー、チリ、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド)において締結した場合の効果、0.65%は上記8か国にマレーシア、カナダ、韓国を加えた11か国で締結した場合の効果。
(51) なお、同じく2011年末の証券投資残高は262.3兆円である。
(52) 例えば、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2008)がこうした点を指摘している。
(53) 例えば、内閣府(2011)では、所得、距離、言語の共通性、国境の有無、FTAの有無を説明変数として推計し、それらが有意であることを確認している(第2-1-14図(3))。
(54) 2012年度以降の3年間は、税率引き下げ後の法人税額に対して、10%の復興特別法人税が課される。
(55) 経済産業省(2011)及び、電力需給に関する検討会合(2011)より引用。
(56) 電気の使用制限とは、電力供給不足が公共の利益を阻害すると認められるときは、経済産業大臣が使用電力量の限度、使用最大電力の限度、用途もしくは使用を停止すべき日時を定めて、電気の使用を制限することができる「電気事業法第27条」に定められた法令。悪質な違反などには100万円以下の罰金を科される。
(57) 大飯原子力発電所3号機の再起動が確実となった段階(再起動して発電が開始され、定格熱出力一定運転となった段階)において、節電目標を改定する。また、大飯原子力発電所4号機の再起動に伴う節電目標の改定については、大飯原子力発電所3号機の再起動が確実となった段階を目途にその方針を固め、大飯原子力発電所4号機の再起動が確実となった段階で改定する。
(58) 大口電力とは、契約電力が500kw以上の産業用電力のこと。
(59) 経済産業省(2011)では、2011年度夏季の節電要請を踏まえた同年度冬季への含意として、3点を指摘している。第一に、強制的措置を伴う場合、目標以上の節電が行われる傾向がある。第二に、自主的な数値目標でも、ピーク電力削減など目標に応じた節電効果が期待できる。第三に、経済活動への影響の最小化には、業務部門を中心にきめ細やかな節電を要請する必要がある。
(60) 電力需給に関する検討会合及びエネルギー・環境会議(2012)に示された節電に関するヒアリング調査結果によると、2011年度冬季の節電要請による影響は、同年度夏季の節電要請による影響に比べると限定的であった。調査から指摘されることは、第一に、生産活動等への実質的な影響は回避できた。第二に、実施可能な節電は、市況や景気(製品需要の増減)により異なる。第三に、多くの企業が、節電期間終了後も照明、空調を中心とした節電を継続する一方、電力不足の継続を懸念している。
(61) なお、こうした振替生産の動きが鉱工業生産では反映されていないか、又は過小評価されている理由としては、基準時点における当該財の生産ウエイトが中部地域では低かったのではないかと推量される。
(62) それ以外の電力管内は、北海道:1.8%、中部:4.0%、北陸:-0.2%、関西:0.0%、中国:-0.1%、四国:1.9%、九州:-1.1%、となっている。
(63) 電灯とは、契約電力が50kW未満の主に一般家庭で使用される需要のこと。
(64) それ以外の電力管内は、北海道:-0.3%、中部:-5.1%、北陸:-4.9%、関西:-5.1%、中国:-4.1%、四国:-5.5%、九州:-6.7%、となっている。
(65) 電力料金が高く、電力会社は非効率的であるという議論の背景には、総括原価方式による料金決定に内在するコストの上振れ、資本コストの過大評価、参照すべき効率的な価格の不存在等、費用算定に対する疑義がある。東京電力の資産査定をしてきた東京電力に関する経営・財務委員会においても、こうした問題意識から様々な検証を行っている。また、料金算定のコアといえる発電部門を自由化すれば、競争を通じた効率化が進み、妥当な価格が形成されるという見通しが、これまでの電力自由化議論の前提であった。他の部門に比べると、発電部門へは参入の相対的な容易さや、製造業や他のエネルギー関連会社を中心として、既に発電施設を有している会社も多く存在したという背景もある。他方の送電部門や配電部門については、発電施設と需要地域の距離や設備設置の地理的要因、また需要分布によって影響を受ける初期コストが高く、ネットワークの保守・管理等の費用対効果からは、既存の電力会社が担うことがおおむね合意されている。
(66) 内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2011)では、2020年頃の太陽光パネルの出荷量が2005年対比で10~20倍程度に増加する場合、価格は3割程度低下すると試算し、その上で、火力発電並のコストになるためには、相当の技術革新が必要であると指摘している。
(67) 設備利用率は、エネルギー・環境会議コスト等検証委員会(2011)による。
(68) 2010年度と2011年度それぞれの全国値。ここでの投資収益率は、(買取総額-修繕費用×(1/2))/(太陽光発電資本ストック額×(1/2))と定義している。各データの作成方法や出典は第1-3-28図(備考)を参照。なお、修繕費用と資本ストックを1/2倍するのは、買取制度向けの施設利用が全体の半分程度とみなしているためである。
(69) 2009年11月開始の「余剰電力買取制度」では、前年度における買取費用からサーチャージと回避可能費用を控除した未収金を回収するために、翌年のサーチャージが引き上げられる。したがって、2011年度の赤字分は2012年度のサーチャージとなる。こうした中、「余剰電力買取制度」に代わる「固定価格買取制度」が2012年7月から施行されるが、この制度では、初年度からサーチャージを課することになっている。このため、2012年度から2014年度の間は、新旧制度のサーチャージが同時に発生することになる(2012年7月~2015年3月)。
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