平成19年度

年次経済財政報告

(経済財政政策担当大臣報告)

−生産性上昇に向けた挑戦−

平成19年8月

内閣府


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むすび


●長期化する景気回復と波及の仕組み
 2002年から始まった景気回復は長期間にわたって持続している。その初期段階では企業のリストラを反映した企業部門の収益回復が景気回復の原動力となる一方、雇用面では正規雇用の減少と非正規雇用の増加が進む中で家計部門には厳しい影響が及んだ。企業の支出面をみると、企業収益の改善の大部分が過剰に積み上がった借入金の返済に回されたために企業の設備投資は抑制された状況が続いた。
 景気回復が長期化する中でこのような状況に変化が生じ、2005年後半からは家計所得の増加と消費の増加という形で、景気回復の成果がようやく家計部門に波及する動きがみられるに至った。しかしながらこうした企業部門から家計部門への景気回復の波及は2006年後半に入ったところで弱まりがみられ、特に家計部門の所得の動きは軟化する賃金を反映する形で横ばい状況となった。
 2006年後半以降の賃金が弱い動きとなった背景としては幾つかの要因が指摘される。賃金押下げの決定的な説明要因を特定することは難しいものの、依然として続く非正規雇用の増加に加えて団塊世代退職者の増加など幾つかの要因が複合的に重なる形で賃金を押し下げる方向に作用しているとみられる。こうした状況の下で労働市場における需給の引締まりがみられるものの、全体の賃金水準の上昇に結び付くには至っていない。春闘賃上げ率にも加速感は弱く、ボーナスの仕組みが業績連動型に移行する企業の割合が高まる中で、賃金は今後の企業収益に影響を受けることになるものと見込まれる。

●景気回復の持続性
 既にこれまでに長期にわたって持続してきた景気回復が更に息長いものとなるためには、2006年後半から弱まりをみせた企業部門から家計部門への波及が再加速することが期待される。依然として企業部門の好調は続いており、これが家計所得の増加へと波及すれば景気の持続力が維持されると考えられる。
 ただし、近年の景気循環の仕組みをみると輸出変動を通じて海外経済から国内需要への波及効果が強まっている点には留意する必要がある。海外経済の急激な減速が懸念されるような状況にはないものの、これまで高成長を維持してきたアメリカ経済は減速の動きを示しており、このような動きは日本の景気を下押しする方向に作用するものと見込まれる。
 今回の景気回復はその期間の長さに比べると、平均的な成長率が低いことやデフレの影響で名目上の賃金の伸びが低かったことなどから、家計部門にとって実感の乏しさが指摘されている。世界経済が安定的に減速する中で、今後は国内の企業部門から家計部門への波及が回復することで、景気回復の実感が高まることが望まれる。

●物価上昇へ向けての動きは引き続き緩やか
 日本経済は90年代末頃から物価が持続的に下落するデフレ状況に陥り、2006年に入っても緩やかなデフレ状況が続いた。景気回復が持続する中でようやく2006年夏頃には物価の下落がほぼ止まったものの、依然として物価上昇への動きは緩やかなものにとどまっている。グローバルな競争の中で財価格には下押し圧力が作用していることから、経済全体として安定的な物価上昇が実現するためにはサービス価格の上昇が必要となる。サービス価格の性質を踏まえると、家計所得が増加しサービス需要が拡大することは、サービス価格上昇に結び付くことが期待できる。このような観点からは、企業から家計部門への景気回復の波及による家計部門の所得増加は物価上昇を促進する有効な要因でもあると考えられる。

●マクロ面から見た生産性上昇
 少子高齢化が進む中で人口減少問題に直面する日本経済にとっては労働生産性の上昇は長期的な経済成長の実現のために不可欠な要素である。労働生産性の上昇を実現するためには資本ストックを増加させることによる資本深化とイノベーションの進展による全要素生産性の上昇という二つの経路が存在する。持続的な成長を確保するためには両者のバランスをとりながら労働生産性の上昇を実現していく必要がある。過度に資本深化に依存した労働生産性の上昇は経済全体としては資本効率性の低下を招くことになる。一方、短期的な資本効率を過度に意識し資本の増加を躊躇するあまり、将来の成長に必要な資本への投資を見送ることも長期的な成長の阻害につながると考えられる。
 イノベーションの創出や資本、労働の質の向上などを通じた全要素生産性の上昇は労働生産性の上昇に寄与することになる。しかしながらこれらを実現するための即効薬の処方箋を期待することは難しい。むしろ人材面での教育訓練投資、ベンチャー支援のための環境整備など実際に効果が現れるまでには長い時間が必要とされるような地道な努力の積み重ねが求められる。
 マクロ面での労働生産性の改善という政策目標については国民生活の観点からの配慮も必要と考えられる。企業単位ではリストラなどによる生産性上昇の実現もあり得るが、マクロ・ベースで労働生産性を上昇するために雇用を縮小することは生活水準の引下げにつながりかねない。経済効率性の確保とよりよい国民生活水準の維持を整合的に実現することが求められる。

●生産性の視点からみた日本企業の行動
 長期的な景気回復の過程で日本企業はリストラ努力を通じて、厳しい競争環境に耐えられるような高収益体質を獲得した。今後のマクロ的な生産性上昇の実現のためには、ミクロ・レベルでの企業行動を把握し、企業内部で生産性を上昇させる仕組みについて理解することの意義は大きい。
 実際に日本企業の行動をみると、生産性上昇のためには効率的な新規資本設備を充実することが有効と考えられるが、キャッシュフロー範囲内で設備投資を行っている企業が多い。グローバルな展開を示す企業では不確実性に対する懸念が強く、国内での事業展開を中心とする企業は投資機会の少なさが影響しているものとみられる。
 最近の日本でも広がりをみせているM&Aは企業内部での設備投資よりも素早く必要な経営資源を確保するという観点から生産性上昇のための有効な手段の一つとして位置付けられる。しかしながら、日本におけるM&Aは今のところ、どちらかというと費用節約を目指すものが中心であり、企業側からは敵対的な買収などに対する否定的な受止め方がみられる。生産性上昇のための手段としてのM&Aについては更に活用の余地が残っている状況にあると考えられる。
 生産性の上昇という観点から企業のガバナンスを評価することも重要である。日本企業では内部組織における経営の意思決定能力と業績との関係が高くなっているという傾向がみられており、このような動きは経済全体の効率性向上にもつながるものと期待される。生産性上昇のためのITの活用についても、単純なIT技術の導入にとどまらず経営組織の改革を伴う企業業務の見直しも視野に入れる必要がある。

●雇用形態の多様化の家計への影響
 バブル崩壊後に低迷する需要に対応し、過剰雇用を解消するために企業が実施したリストラは家計部門に対しては非正規雇用の増加を通じて雇用形態の多様化という結果をもたらした。非正規雇用の増加は新たな雇用の場を確保したというプラスの面がある一方で、所得面などでは家計に厳しい結果となった。雇用者側からみると特に若年層を中心に、消極的な選択として不安定な雇用関係の中での相対的に低い賃金水準を強いられている場合もあると考えられる。その背景としてはグローバル化、IT化などの環境変化も考慮する必要がある。
 今後はこのように多様化した雇用環境の下で発生する紛争を円滑かつ迅速に処理することを可能にするような制度設計も求められることになる。

●雇用環境の変化への対応が必要な雇用関連の制度と仕組み
 雇用形態の多様化はこれまでの労働組合中心の賃金交渉や雇用慣行に変化をもたらしている。労働組合は企業との関係で効率的な賃金決定を保証するための仕組みとして機能してきた。2000年以降では、労働組合の賃金に与える影響は、雇用者が厳しい状態におかれた時期に高まっていることが見いだされた。しかしながら最近の雇用形態の多様化が進む中で労働組合組織率は低下しており、労働組合がないために雇用者が加入できなかったり、非正規雇用者であるために組合に加入できないという問題もみられる。労働組合の代替的な役割を企業内の発言型組織や労使協議機関が担っている面もある。

●成長と格差
 家計部門からみた雇用形態の多様化の動きは最近では格差の拡大という文脈で関心を集めている。所得格差は、経済学の中でも産業革命以来の長い歴史を持つ問題で、経済成長と格差の間の関係は様々な観点から検証されてきた。経済発展の段階をみると初期には格差が拡大し、ある程度家計の所得水準が上昇するにつれて格差は縮小するという傾向が歴史的に確認されてきた。しかしながら欧米諸国では1980年代以降は所得水準が上昇する中で格差も拡大するという傾向がみられ、その背景について議論が高まっている。
 格差の拡大についてグローバル化、技術革新など様々な要因が指摘されているが、さらに格差是正のための政策対応、制度設計も議論されている。諸外国では、社会保障給付に税制や雇用の柔軟性を組み合わせた制度の導入がみられる。このような制度は低所得者にとっても就労意欲を損なわない形で特に低所得層の労働参加を促進し、所得の押上げに寄与することが期待されている。


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