第1節 民需中心の経済成長へ

第1章 改革とともに回復を続ける日本経済

第1節 民需中心の経済成長へ

日本経済は、2002年初から回復を続けているが、とりわけ2003年後半以降、海外経済の復調による輸出の増加や設備投資の増加に伴って、回復の足取りが一段と着実さを増してきている。企業部門においては、これまでのリストラの効果で過剰雇用や債務の縮小が進んだことに加え、売上げの増加による増収効果によって企業収益が増加し、それが設備投資につながるという好循環がみられる。他方、企業部門は、厳しい競争にさらされる中、依然として雇用や賃金の増加に対して慎重な面もあり、雇用や賃金の増加は過去の回復局面と比べてやや遅れた。ただし、企業のリストラや倒産による失業が一服し、雇用情勢も一時に比べて改善してきている。こうした中、家計部門では、雇用情勢が改善してきたこともあって、消費者マインドは改善しており、個人消費は比較的堅調に推移し、景気を下支えしている。物価については、国際商品市況の上昇もあり、素材等の川上部門では物価がわずかながら上昇に転じているが、今のところ川下の最終需要財価格や消費者物価への波及は十分ではない。経済の先行きについては、海外経済の動向等の懸念要因はあるものの、着実な景気の回復が期待される状況にある。第1節では、こうした今回の回復局面の特徴について考察する。

 民需主導の回復が実現

今回の景気回復の第一の特徴は、公共事業等の政府部門の支出が抑制される中で、設備投資等の民需が回復を牽引している点である。2003年度には、実質GDPは3.2%成長したが、このうち、政府消費と公共投資を含む政府支出の寄与度は0.6%のマイナスである一方、個人消費や設備・住宅投資等を合わせた国内民間需要の寄与度は2.9%と、外需の寄与度0.8%と並んで成長の大半を民間需要が担っている(第1-1-1図)。

第二の特徴としては、民需主導の回復が実現した背景には、過去数年間にわたる調整の結果、企業の体質が強化されてきていることがある。具体的には、銀行部門の不良債権処理が進展したことにより、金融システムに対する不安が低下するとともに、不動産、卸小売、建設業など過剰債務を抱える部門でも債務の削減が進むなど、企業部門全体として過剰債務が縮小していることがある(第1-1-2図(1))。また、企業は過去数年間にわたり、リストラの過程で人件費を大幅に圧縮してきたが、その結果、労働分配率は低下してきており、例えば雇用者報酬を名目GDPで割ったものでみると2004年第1四半期には90年代初めの水準となっている(第1-1-2図(2))。さらに、企業のM&A等による再編が活発化し、その結果、企業部門の収益性も向上してきている(第2節参照)。こうした企業部門の体質強化の動きを後押しするため、政策的にも、企業再編に係る法制や税制が整備されるとともに、企業再生のための法制も整備が進められている。

第三の特徴としては、今回の企業部門の回復の背景には、日本企業が得意分野で独自の製品開発を進めてきた成果がでてきていることがある。具体的には、日本企業はデジタル家電や情報化関連資本財、ハイブリッド車(従来の内燃機関によるエンジンと電気モーターを組合せた車)など、高度な技術開発力に加え、新技術を商品化する手法を要求される分野において、高い競争力を発揮している。また、生産にそうした高度な技術を要するようになっていることを背景に、国内の工場立地が増加している(付図1-1)。

このように、民需主導の景気回復が実現しつつあることは、基本的には、良好な海外経済の回復が続く中で、企業部門が政府に依存せずに自助努力によって、債務や雇用の過剰を削減し収益構造を強化するとともに、デジタル家電等の独自性の高い技術を活かして競争力を増しているということがある。他方で、政府の施策も、こうした民間部門の自律的な回復の動きを後押ししている。

 企業部門では回復の動きに広がり

今回の回復局面における企業部門の特徴としては、1999年から2000年にかけての前回の回復局面がIT産業中心のやや偏った回復だったのに対し、今回は、製造業の中でも幅広い業種で改善がみられ、また、非製造業においても、一部の業種に改善の動きが広がっていることがある。

この点を企業収益についてみると、前回大幅に伸びた電気機械の収益は、まだ2000年時点の7割程度までしか回復していないのに対し、輸送機械、鉄鋼、化学等では、2000年時点の水準を超えて収益が回復している(第1-1-3図)。非製造業においても、不動産、卸・小売、運輸、通信などで2000年時点の水準を超えて収益が回復している。

このように、今回の回復局面において業種による広がりが見られることの背景には、(i)世界的に景気回復が同時に進行している中で、とりわけ高い経済成長をしている中国向けの輸出が大きく伸び、それが加工型だけでなく素材型産業にも影響していること、(ii)個人消費が比較的堅調に持ち直しの動きを続けている中で、非製造業にも収益回復の動きが波及しつつあることがある。ちなみに、中国向けの輸出シェア(金額ベース)は、2002年度から2003年度の間だけでも10.3%から12.4%まで急激に上昇している。品目別では、一般機械、電気機器などが前回と同様の伸びを示していることに加えて、中国やアジア向けの寄与が大きい鉄鋼、化学といった素材関連が前回よりも高い伸びを示している(第1-1-4図及び付表1-2)。

このように企業の収益が大幅に増加するなか、企業の設備投資も増加している。業種的な広がりについては、今のところ一般機械、電気機械、精密機械、鉄鋼等製造業を中心に増加しており、非製造業については全体としては製造業ほどの高い伸びにはなっていない(前掲第1-1-3図)。ただし、非製造業の中でも、不動産、運輸、サービス等は設備投資が、2003年度実績では、ほぼ2000年の水準に達している。

このように企業部門で明るい動きがみられている背景について、第2節では、企業部門において、雇用、債務、設備の過剰がかなり縮小してきていること、M&A(企業合併・買収・営業譲渡・資本提携等による企業提携)や人件費圧縮等により企業の収益率が上昇していること、他方で、企業は依然として先行きに対して慎重な姿勢を崩しておらず、増加したキャッシュフローによって設備投資と債務の返済を続ける一方、古い設備の廃棄により生産能力を抑制していること等を述べる。

 雇用と所得の回復はやや遅れ

企業部門の回復の度合と比べると、雇用や所得の回復はやや遅れている。1999年からの前回の回復期及び1993年以降の前々回の回復期と比べると、今回については、新規求人は比較的早い段階から回復しているが、雇用者数の動向については、2002年、2003年中は横ばい圏内の動きが続き、ようやく2004年に入ってから増加がみられるようになった(第1-1-5図)。このように、新規求人の回復の割には、雇用が回復しないという現象は、前回の回復期にもみられ、1990年代前半とは様相を異にしている。ただし、新規求人については、このところ充足率が低い請負や派遣からの求人が増加する(1)など求人の内容が変化してきている。雇用が増加しないという点については、1990年代後半以降、構造的なものとなっている可能性がある。

他方、失業率については、前回の回復局面では低下がみられなかったが、今回の回復局面では、2003年1月の5.5%をピークに、2004年5月時点で4.6%まで低下している(前掲第1-1-5図)。その内訳をみると、2003年度の就業者数はほぼ前年比横ばい程度であったが、高齢化の進展等により労働力人口が1998年度以降一貫して減少しているために、失業率が低下する結果となっている(付図1-3)。ただし、2004年第1四半期については、景気回復を受けて、就業者数、労働力人口ともにプラスの伸びとなる中で、失業率が低下してきている。

以上のような雇用情勢の中で、所得の伸びは、残業時間の増加等を反映して名目では減少幅が小さくなり、2004年に入ってからは、ほぼ横ばいで推移している(第1-1-6図)。他方、消費については、2000年度から2002年度にかけてほぼ実質1%強程度で増加していたが、2003年後半からは若干増加の勢いが増しており、2003年度には実質で1.6%増加した。貯蓄率(SNAベース)については、2000年度から2001年度にかけて前年差2.6%ポイントと大幅に低下した後、2002年度には実質消費と実質可処分所得の伸びの差が縮まったことから、前年差0.3%減の6.2%と下げ止まりがみられた(付図1-4)。2003年度については、既に公表されている実質民間消費支出1.6%増と実質雇用者報酬0.8%増という数字からすると、貯蓄率は引き続き緩やかに低下しているものと見られる。このように、2003年度の消費の伸びは、所得の下げ止まりと貯蓄率の緩やかな低下によって支えられたものであったが、2003年後半から消費がやや強い動きをしているのは、失業率の低下といった雇用情勢の改善による消費者マインドの回復によって消費性向が一段と上昇(貯蓄率がさらに低下)していることを反映している可能性もある。

第3節では、雇用が増加しない背景には、製造業の雇用が継続的に失われている中で、雇用を伸ばしてきた第3次産業でも、業種によって、かつてほどの雇用創出がなくなっていることがある一方、最近の失業率の低下は企業のリストラが一服してきたことを反映していることを述べる。また、賃金の伸びが低いことの背景には、パートタイム労働者の比率がこの数年で急速に増加していることや、これまでの賃金システムに変化がみられていることがあることを述べる。消費については、2001年にみられたような貯蓄率の大幅な低下は、それ以前の消費抑制の反動という面も大きく、2002年以降は、貯蓄率の低下は高齢化など長期的なトレンドに沿った緩やかなものとなっていること、他方で、2003年後半からの消費の強い動きは、消費者マインドの改善に加えて、デジタル家電など新製品によって需要が喚起されていることを反映している可能性もあることを示す。

 緩やかなデフレが継続

世界的に景気回復が続いていることを反映して、国際商品市況が強含んでおり、素材価格等の上昇を通じて国内企業物価はわずかながら上昇に転じている(第1-1-7図)。しかしながら、企業物価を需要財別に分けると、素原材料価格や中間財の価格は上昇しているものの、最終需要財の価格は若干の低下を続けている。このため、企業の投入価格は上昇しているのに、産出価格への転嫁はまだ十分でない状況にある。消費者物価については、2003年央から横ばいとなっているが、これは医療保険の自己負担割合引上げなど制度的な要因や米価の一時的な上昇によって押し上げられていた面があり、実勢は緩やかなデフレが続いている(前掲第1-1-7図)。

第4節では、90年代に入ってから、内外における企業間の競争が激しくなる中、素材価格の上昇がなかなか消費者物価に転嫁されなくなっていること、景気回復による需給の引締りだけでなく、技術進歩や輸入品の増加といった供給側の下落要因も一時と比べてマイナスの寄与が縮小していること、ただし、金融的な要因なども含めると、デフレのリスクは依然なくなっておらず、デフレ克服は「道半ば」であることを述べる。

 景気回復を反映して株価が上昇

日本銀行が量的緩和を継続するなか、短期金利は依然としてゼロ近傍で推移しているものの、2003年後半から円高ドル安が進んだことは、若干金融に対して引締め気味の影響を与えている(第1-1-8図)。長期金利については、2003年の夏から秋にかけて上昇したが、これは株価の上昇とほぼ軌を一にするものであり、基本的には景気回復を反映したものと考えられる(第1-1-9図)。2003年後半以降については、日本銀行が量的緩和継続の条件を明確にしたこともあり、長期金利は比較的落ち着いた動きとなっている。なお2004年6月に入ってからは、再び長期金利は上昇している。2003年4月からの株価の上昇については、景気の持ち直しとほぼ同時に生じており、2004年に入ってからも上昇傾向が続いている。このような株価の上昇を牽引しているのは、外国人投資家であり、2003年4月から2004年4月まで、外国人投資家は一貫して株を買い越している(付図1-5)。

第4節では、信用不安の低下もあって現金を保蔵する動きが一服するなど金融市場が正常化に向かいつつあること、物価やGDPギャップの状況からすると2000年のゼロ金利解除時よりも現在の方が景気が強い状況にあるにもかかわらず日銀は量的緩和を継続しており、それが早期の利上げ期待を抑え長期金利の安定につながっている可能性があること、デフレからの脱却期において日銀が金融政策の運営方針を明らかにし、それに関する市場の信認を得ることが重要であることについて述べる。

 経常収支の黒字は拡大

2003年度については、経常収支の黒字は前年比29%増加して17兆円程度となったが、これは貿易収支の黒字拡大とサービス収支の赤字縮小の双方が寄与している(第1-1-10図)。貿易収支の黒字が拡大したのは、中国を中心にしてアジア経済が総じて高い成長を続けていることや、世界的なデジタル家電の需要拡大などが、完成品の輸出だけでなく部品のアジアへの輸出を押し上げたことがある(付表1-6)。サービス収支の赤字が減少したことについては、SARS(重症急性呼吸器症候群)の影響等により出国日本人の数が減少したことによって旅行収支や輸送収支の赤字が減少したことや、特許料使用料が統計開始以来はじめて黒字となったことなどによる。また、これまで赤字が続いてきた資本収支は、海外投資家による対内株式投資が流入超となったことに加え、円の先高感を反映して外銀海外店の余剰資金が国内に流入したこと等を反映して、2003年度には20兆円あまりの黒字(流入超)となった。他方、外貨準備増減は、通貨当局による外国為替市場介入の増加を反映して、2002年度の8兆円から2003年度には34兆円あまりに大幅に増加した。