第1章 景気の持ち直しとウクライナ情勢等による物価上昇(第2節)
第2節 主要地域の経済動向
1.アメリカ経済
22年前半のアメリカ経済は、21年に引き続き、持ち直している。実質GDPは、1~3月期は全体としては純輸出の減少などにより7四半期ぶりのマイナス成長となったが、変動の大きい純輸出と在庫投資を除いた国内最終需要は、前期から伸びを拡大した(第1-2-1図)76。労働市場も、雇用者数や失業率を中心に、強さが維持されている。一方、労働需給の引締まりの継続は、物価上昇の進行とともに速いペースでの金融引締め(第1節を参照)の要因となっており、こうした金融引締めの進展を受けて、住宅市場では、住宅ローン金利の上昇による影響がみられ始めている。本項では、アメリカの主要経済指標(第1節で示した物価を除く。)の動向から、22年前半のアメリカ経済を概観するとともに、アメリカの当局による経済見通しの概要を示し、当面の先行きについて考える。
(個人消費は緩やかに持ち直し)
実質個人消費支出は、22年前半を通じて緩やかな持ち直しが続いている(第1-2-2図)。財・サービス別の動向及び消費全体に対する寄与度をみると、22年前半は耐久財消費とサービス消費が堅調に推移し、消費全体の伸びを支えている。特にサービス消費は、感染拡大以来、財に比べて持ち直しが遅れていたが、4月まで14か月連続の増加となり、水準も3月に感染拡大前を上回った。一方、非耐久財消費はおおむね横ばいで推移している。品目別にみると、食品・飲料やガソリン等の減少が非耐久財全体の伸びを抑制しており、ウクライナ情勢等による価格高騰の影響がうかがえる(第1-2-3図)。
(住宅価格は大幅に上昇、住宅着工はこのところ減少)
住宅価格は、22年前半も大幅な上昇が続いている。中古住宅の価格を示すケース・シラー住宅価格指数をみると、21年後半にやや緩和に向かう動きがみられたものの、その後再び加速し、3月には前年比21.2%と過去最大の伸びとなった(第1-2-4図)。22年初以降、住宅ローン金利が急速に上昇する中、住宅市場では着工件数や販売件数の減少がみられており、6月のベージュブックでも、複数の地区で住宅ローンの利用減少や住宅販売の減少が指摘された(第1-2-5図、第1-2-6図、第1-2-7図)77。一方で、住宅需要は依然強く、在庫不足により販売が抑制されている旨も報告されており、引き続き需給の不均衡が大幅な価格上昇につながっているとみられる。
(生産は緩やかに増加)
鉱工業生産指数は、22年前半を通じて緩やかに上昇している(第1-2-8図)。鉱工業生産の7割強を占める製造業において、設備稼働率の改善が続いていることからも、企業の生産活動が活発化していることがうかがえる(第1-2-9図)。また、企業在庫の動向をみると、対売上高在庫比率が低い水準にとどまる中で、21年後半以降に在庫高の伸びが拡大している(第1-2-10図)。原材料価格等の高騰や消費の持ち直しが続く中、企業の在庫確保のインセンティブが高まり、生産活動を後押ししている可能性もある。
(財輸出は緩やかに増加)
実質財輸出は、月ごとに変動がみられるものの、総じてみれば緩やかに増加している(第1-2-11図)。主な品目別の動向をみると、消費財は、1月にオミクロン株による感染再拡大等を背景に大きく減少したものの、2月以降は各国のワクチン需要を受けて医薬品の輸出が増加するなど、堅調に推移している。自動車・同部品は、21年秋頃までと比べるとやや水準を持ち直したものの、引き続き軟調な動きとなっている。原油や天然ガスを含む工業原材料は、ウクライナ情勢の影響等で国際商品市況が高騰する中、増加傾向で推移している。食・飲料等は、足下で増加している(第1-2-12図)。
(財輸入は増加)
実質財輸入は、輸出と同様、月ごとに変動がみられる中で、基調としては増加が続いている(第1-2-13図)。主な品目別では、消費財や資本財は、内需の拡大を反映して増加傾向が続いている。自動車・同部品も、21年秋頃から増加傾向が続いており、アメリカ国内の自動車需要の強さがうかがえる。工業原材料は、21年の増加傾向から、22年はおおむね横ばいとなっている。食・飲料等は、足下で増加傾向となっている(第1-2-14図)。
(貿易収支は過去最大の赤字)
財貿易収支は、22年1月に過去最大の赤字となった後、3月に一段と赤字幅を拡大した(第1-2-15図)。3月の赤字拡大については、輸入の急増に加えて、エネルギーや食料に係る国際市況の高騰も影響したと考えられる。
(雇用者数は増加)
非農業部門雇用者数は、21年に引き続き安定したペースで増加している(第1-2-16図)。特に1月は、オミクロン株の影響による急速な感染再拡大がみられた中で、前月から50万人の増加を記録し、労働市場の強さが示された。労働市場は、アメリカ経済が各方面で感染症による影響から持ち直す中で、これまで相対的に持ち直しが遅れていたが、雇用者数に関しては、5月までに感染拡大時(20年2月から4月にかけて)の減少幅の96.3%を回復するなど、持ち直しが進展している。
(失業率は低水準で推移)
失業率は、1月には感染再拡大を受けたレイオフの増加等により一時的に上昇したが、その後再び低下し、3月には3.6%と感染拡大前の水準(20年2月:3.5%)に迫った(第1-2-17図)。4、5月も3.6%と低水準を保ったまま推移している。
(労働参加率は持ち直し)
労働参加率は、21年は持ち直しにやや停滞がみられていたが、22年に入って持ち直しが進展し、5月には62.3%となった(第1-2-18図)。依然として感染拡大前の水準(20年2月:63.4%)を顕著に下回っているが、この差分の一部については、高齢化の影響による自然低下であり、感染症の有無によらないとの指摘もある78。実際に、主な働き手の世代であるプライムエイジ(25~54歳)の労働参加率をみると、5月には82.6%と、感染拡大前(20年2月:83.0%)の水準に近付いている。
(賃金は上昇)
時間当たり賃金は、前年比5%を上回る高い伸びが続いている(第1-2-19図)。21年後半には、失業率が低下する一方で労働参加率が相対的に低い水準にとどまったことに加え、労働需要の高まりや転職者の増加も賃金上昇に寄与していたと考えられるところ、22年も求人や自発的離職は高水準にとどまっており、失業者の更なる減少と相まって、引き続き賃金上昇圧力となっているとみられる(第1-2-20図、第1-2-21図)。また、21年後半はレジャー・接客業や小売業といった相対的に低賃金の業種を中心に賃金上昇率が高まっていたが、22年前半はこれらの業種の上昇率が緩和される中で、情報通信サービスや専門・ビジネスサービスのような相対的に高賃金の業種では引き続き上昇率が高まるなど、賃金上昇の広がりがみられている(第1-2-22図)。
(今後の見通し)
以上のように、22年前半のアメリカ経済は、物価上昇が進行する中でも、個人消費、生産、雇用など経済の幅広い部分で持ち直しが続いている。今後については、第1節で示した国際機関の見通しに加えて、CBO(2022)(22年5月公表)や、6月のFOMC参加者による経済見通し等でも、プラス成長が続くとの見方が示されている(第1-2-23図、第1-2-24表)。一方、いずれの見通しでも、当面は高水準の物価上昇が続くと見込まれており、ウクライナ情勢や中国の防疫措置等、更なる物価上昇圧力となり得る事項を含め、今後の動向を注視する必要がある。また、物価上昇の進行等を受けて、金融引締めが速いペースで進展する中で、住宅市場をはじめ、各種経済活動に係る需要の動向も注視していく必要がある。
2.中国経済
(21年後半の減速と22年初頭の加速)
先述のとおり、中国では20年以降、厳格な防疫措置により短期間で感染を抑制し、経済活動のV字回復を実現してきた79。しかしながら、21年後半には、環境規制に関連する電力不足や恒大集団問題を受けて回復のテンポが鈍化し80、7~9月期は前年同期比4.9%増、10~12月期は同4.0%増という「前高後低」型の成長となった(第1-2-25図)。21年12月、中央経済工作会議は、「中国経済は、需要の縮小、供給体系への衝撃、市場期待の後退という三重の圧力に直面している」と警鐘を鳴らした。4%台という中国にとっては低めの(潜在成長率81を下回る)成長率となる中で、従来高成長をけん引、下支えしてきた資本形成は低水準にとどまった。成長率の内訳をみると、21年後半には資本形成が成長率の押上げにほとんど寄与していないことが分かる。主要な政策ツールでもあるインフラ関連投資は、本来下支えが期待される21年下旬にむしろ減速し、1~10月は前年同期比1.0%増、1~11月は同0.5%増、1~12月(通年)は同0.4%増にとどまった82。21年末、国家発展改革委員会は、21年の地方専項債券83の大部分は年後半に発行されており(第1-2-26図)、うち相当部分は22年1~3月期に使用され、22年の投資拡大に寄与するとの見通しを示した。実際に、22年1~3月期の成長率は前年同期比4.8%増と前期から高まり、これには資本形成の寄与度が1.3%ポイントまで高まったことが貢献した84。地方専項債券の発行は、22年に入りハイペースで進められている。22年4~6月期には、厳格な防疫措置の影響(本章1節4項参照)で成長率は前年同期比0.4%増まで減速した。景気の立て直しに向けて、政府はインフラ投資を更に加速することとしており、地方専項債券の発行実績は、6月末時点で本年の発行枠の93%に達している。
(「クロス・シクリカル・ポリシー」)
中国では、21年半ば以来、マクロ経済調節の概念として、一般的なカウンター・シクリカル・ポリシーに加え、「クロス・シクリカル・ポリシー」の重要性を強調してきた85。前者は、眼前の景気変動を短期的な政策手段で押し戻し、景気の波を平準化させることであるのに対し、後者は、将来的に発生し得る大幅な変動を防止するため、あらかじめ年度を跨る政策調節を行うこととされる86。21年の状況に当てはめると、21年は前年のベースが低いため自然と高めの成長率を実現できるが、その反動で22年には成長率の落差が大きくなり得る。仮に21年後半はインフラ投資を遅らせ、あえて低めの成長率を甘受しつつ、22年初以降に効果を発現させれば、21年と22年の成長率の平準化が可能となる。
こうした方針もあり、21年12月まで減速が目立っていたインフラ投資は、22年1~2月には前年同期比8.1%増と急回復した。鉱工業生産も同7.5%増、小売総額も同6.7%増と、市場予測を大きく上回る回復となり、中国経済は持ち直しの動きがみられた。
(全人代で掲げられた高めの成長率目標と政策方針)
3月5~11日、北京で全国人民代表大会(以下「全人代」という。)が開催され、22年の成長率目標は5.5%前後と設定された87(第1-2-27表)。李克強総理は「政府活動報告」において、22年は秋に5年に一度の中国共産党大会を開催する重要な年であり、経済運営は安定を第一にし、積極的な財政政策、穏健な金融政策の実施を強化するとした。また減税措置の延長や付加価値税の還付等により、通年で約2.5兆元の企業負担を軽減するとした88。また李総理は、11日の全人代閉幕記者会見にて、本年は都市部新規労働力が史上最多の1,600万人89に達する中、都市部新規就業者数は1,300万人に達することが望ましいとした。成長率目標が市場予想を上回る水準に設定された背景には、本年は例年以上の雇用創出を経済成長で下支えする必要性があったとみられている90。
このように、マクロ経済政策による下支えを強化しつつ、高めの成長に向けた経済運営が進む一方で、3月以降は感染者が急増した。上海市を始めとした都市での封鎖が長期化する中で、一部の経済指標は大幅に減速し、景気の持ち直しに足踏みがみられることとなった(本章1節4項参照)。以下では、政府の景気対策に触れながら個別指標を点検していく。
(1)個人消費
(個人消費はこのところ弱い動き)
個人消費の動向をみると、小売総額(名目値)は、22年1~2月は前年同期比6.7%増と半年ぶりの高い伸びとなったが、3月以降はマイナスとなった(第1-2-28図)。内訳をみると、1~2月に全体を押し上げた飲食サービスは、それ以降の感染再拡大による移動制限等の措置の影響により、3~5月には大きく落ち込み、二桁台のマイナスとなった。商品小売総額の品目別では、原油高を背景に石油・関連製品の高い伸びが続いている。一方、世界的な半導体不足により21年半ばからマイナス傾向となってきた自動車は、感染再拡大により、4月は前年同月比31.6%減、5月は同16.0%減と大幅なマイナスとなった91(第1-2-29図)。都市封鎖で消費が落ち込む中、非接触型のインターネット販売や食品配達等、一部でビジネスのオンライン化が一段と進んだこともあり、財のインターネット小売は堅調に推移した92。
政府は22年初以降、累次の消費促進策を打ち出している。中国国家発展改革委員会は、1月16日に「直近の消費促進業務に関する通知」を発表し、春節等祝日の消費喚起に向け、オンライン消費や農村部の消費93、グリーン消費等の10分野からなる措置を打ち出した。また、1月21日には、新エネルギー車94の購入制限を段階的に廃止するなどグリーン消費促進における方針を示した95。3月の全人代においては、新エネルギー車の購入を引き続き支援することや農村部でグリーン・スマート家電購入及び買換え補助の実施を奨励することなどが示された。
3月以降、各地で感染再拡大の影響を受けて消費が一段と落ち込んだことから、4月13日の国務院常務会議では、影響を受けた業種の消費回復に向けた支援強化やオンライン・オフラインの消費融合、自動車・家電等の重点分野の消費を促進する方針が示され、自動車については、各地方政府が購入規制を新たに導入することが禁じられた。4月25日には、国務院弁公庁が、消費における感染拡大の影響への対応や農村の消費促進等を含む5分野20項目の措置を通知した96。また、5月23日の国務院常務会議で発表された6分野33項目の経済措置では、自動車購入促進のため、一部乗用車の購入税徴収を600億元減らすことが盛り込まれた97。
(雇用・所得環境は悪化)
雇用情勢をみると、都市部調査失業率98は、21年末から上昇し始めた。22年に入ると、感染の再拡大の影響等により一段と上昇し、4月には6.1%と20年2月以来の高水準となり、その後も6%近傍で推移している99,100(第1-2-30図)。また、都市部新規就業者数101は、前述のとおり3月の全人代で高い目標が示されたにもかかわらず、22年1~5月累計で529万人、前年同期比7.8%減となった。
次に、所得環境をみると、一人当たり可処分所得(実質)は、年初来累計値で、22年1~3月期に前年同期比6.3%増102と伸びは低下傾向にあり、18~19年と比較してもその平均を下回る水準となった(第1-2-31図)。
(2)輸出入
(輸出は増加)
中国の財輸出額103は、22年年初は二桁台104の伸びとなり、前年の反動や感染再拡大を背景とする物流の制約等105から徐々に伸びは低下したものの、5月には再び二桁台の伸びとなった(第1-2-32図)。財輸入額は、21年は前年比で二桁台の伸びとなっていたが、感染再拡大の影響等もあり、22年3月以降は低水準で推移している106。
財輸出の主要品目をみると、22年にかけて、電気機器や一般機械の寄与が低下した一方、紡績用繊維製品は3月までおおむね横ばいで推移した後に大きく低下した。個別の品目では、3月まで引き続きリモートワーク需要等を背景に自動データ処理機械・ユニット(パソコン等)や集積回路が高い伸びを維持していたが、主要都市が封鎖されたことなどもあり、4月は大幅に落ち込んだ(第1-2-33(1)図)。また、防疫物資(マスク、防護服等)が含まれる織物は感染再拡大等を背景に22年に入ってからも伸びが高まっていたが、生産や輸送において困難な状況が続く中、4月は半年ぶりの低い水準となった。その後は自動データ処理機・ユニット以外は持ち直し、伸びが高まった。
財輸入の主要品目をみると、21年に引き続きプラス寄与の中でも鉱物性製品の寄与が高い。個別の品目をみると、電気機器の中で最大の輸入品目である電子集積回路は、年初に二桁台の高い伸びとなったもののその後は伸びが低下し、5月にはマイナスに落ち込んだ(第1-2-33(2)図)。また、鉱物性製品の中で第二位の輸入品目である原油は、国際原油価格の上昇を背景に、22年も二桁台の高い伸びで推移している107。
(3)生産
(生産はこのところ持ち直しの動き)
鉱工業生産は、22年1~2月は前年同期比7.5%増となり、前年末の3~4%台の推移から一転して高い伸びとなった。3月からは感染症流行による移動制限強化を受け、一部企業が減産や操業停止となったほか、物流にも影響が及んだことから伸びが低下し、4月にはマイナスに転じた。5月にはプラス圏に回復し、持ち直しの動きがみられた108,109(第1-2-34図)。
内訳をみると、1~2月は全ての部門で高めの水準となり、3月以降は、石炭等がけん引する中で鉱業は高い伸びを続けているが110、その後は感染再拡大の影響から製造業の伸びが低下傾向にあり、全体を下押ししている。
製造業の主要業種をみると、コンピュータ・通信その他電子機器、電気機械、医薬品で二桁台の高い伸びが続いていたが、4月には大幅に伸びが低下した(第1-2-35図)。また、鉄金属加工業(鉄鋼等)は国内の生産抑制策111等を背景に21年下半期から引き続きマイナスで推移している。自動車については、21年後半から持ち直しの動きがみられたが、従来の半導体不足や原材料コストの上昇112に、感染再拡大が大きな下押し要因として加わり、22年3月にマイナスに転じ、4月には31.8%減と大幅に落ち込んだ。5月は医薬品が前年の反動もありマイナス幅が拡大したが、その他の業種については、生産活動の再開に伴い、いずれも伸びが高まった。
(4)固定資産投資
(固定資産投資は伸びがやや低下)
固定資産投資は、21年下半期に伸びが低下した(第1-2-36図)。前述のとおり、地方専項債の発行が21年10~12月期に集中したため、経済効果の発現が翌年に持ち越された効果が大きく113、22年初には一転して高い伸びとなった。3月には感染拡大と各地の移動制限・休業措置の影響により、製造業投資と不動産開発投資は伸びが低下したが、インフラ投資は3月にも伸びが高まり、1~3月の固定資産投資全体は前年同期比9.3%増と高い水準を保った。しかし感染再拡大の影響が拡大する中で、1~4月は同6.8%増、1~5月は同6.2%増と減速した。
製造業投資は、前年のベースが低かった影響もあり114、22年1~2月は前年同期比20.9%増と高い伸び率となったが、1~3月は同15.6%増、1~4月は同12.2%増、1~5月は同10.6%増と伸び率が低下している。上海を始めとする大都市で厳格な移動制限が採られたことで不確実性が高まっており、企業の投資マインドの低下が懸念されている。
インフラ投資は、前年の地方専項債の発行後ろ倒しに加えて、22年の発行前倒しにより、22年1~2月は前年同期比8.1%増、1~3月は同8.5%増と伸びが高まった。感染再拡大を受けて消費、生産、輸出に下押し圧力が顕在化する中で、インフラ投資による経済下支えの重要性は高まっている。4月26日、党中央財経委員会会議115は、経済社会発展の土台としての現代的インフラシステムの構築を推進する方針を強調し、近年重視してきたハイテク分野の新型インフラ投資に限らず、水利や土木等も含む幅広いインフラ投資を全面的に強化することとした。4月29日、党中央政治局会議116は、「ダイナミックゼロ」を堅持しつつ、通年の成長率目標等を達成するため、成長政策ツールの運用加速、インフラ投資の全面的強化等を強調した。しかし、4月には移動制限等の措置が強まる中でインフラ投資の着工にも支障が生じ、1~4月累計で前年同期比6.5%増と減速した。5月23日、国務院常務会議が決定した6分野33項目の経済対策パッケージでは、本年分の地方専項債は8月末までに使用し終えるとの方針が表明され、昨年とは異なり年内に経済効果を発現させることが重視されている。
不動産開発投資は、21年後半の伸び率の低下以降22年に入っても、1~3月は同0.7%増、1~4月は同2.7%減、1~5月は同4.0%減と、減速が続いている。不動産販売面積をみると、地方都市で不動産購入規制の緩和措置が相次いで導入される中、22年初頭には持ち直しの兆しもみられたが、各地で感染対策が厳格化された3月以降は大幅なマイナスで推移している(第1-2-37(1)図)。また、新築住宅販売価格は、前月比は21年下半期に低下が続いた。22年初頭には不動産購入規制が一部地方で緩和された影響もあり、一部で伸び率が高まる動きもみられたが、3月からは改めて低下傾向となっている(第1-2-37(2)図)。
金融機関の不動産貸出残高の伸びをみると、21年下半期には不動産開発向けを中心に低い伸び率となった。22年初には一部地方都市で住宅ローン規制を緩和する方針が相次いで発表されたが、3月の感染拡大の影響もある中、1~3月時点では、貸出残高は個人住宅ローン向け、不動産開発向け共に伸びの鈍化が続いた(第1-2-38図)。5月15日、中国人民銀行(中央銀行)及び中国銀行保険監督管理委員会は、1件目購入時の住宅ローン金利の最大20bp引下げを可能にすると発表した。5月20日、中国人民銀行が権限を授与した全国銀行間資金調達センターは、住宅ローン金利の参照値とされる最優遇貸出金利(LPR)5年物を15bp引き下げ4.45%と発表した。
(5)物価
(消費者物価上昇率はおおむね横ばい)
消費者物価上昇率(総合)は、21年通年では前年比0.9%増となり、全人代で設定された同3.0%増前後との目標を下回る値となった(第1-2-39(1)図)。22年に入ると、豚肉の供給過剰を背景に食品価格の低下の影響が拡大する中、1月、2月はともに前年同月比0.9%増となった。3月に入ると、ウクライナ情勢を受けた資源価格の高騰に加え、国内の移動制限により生鮮野菜価格が上昇したため、3月は同1.5%増、4~5月は同2.1%増と伸び率が高まった。食品以外は21年から引き続き上昇傾向にあり、国際的な原油価格の上昇を背景に、自動車燃料価格は二桁増が続いている(第1-2-39(2)図)。
生産者物価上昇率は、国際商品価格の上昇を背景に、21年9~12月は前年同月比二桁増の伸びとなった(第1-2-40図)。政府が価格つり上げ行為に対する行政指導や累次の備蓄放出によって価格抑制をはかる中、22年初には伸び率の加速は止まったが、4月は前年同月比8.0%増、5月は同6.4%増と、引き続き高水準で推移している。財別にみると、前年のベースの高まりもあり、22年に入り採掘財、原材料財の伸び率の顕著な低下がみられたが、ウクライナ情勢を受けた石炭生産の活発化の動きも背景に、3月には採掘財の伸び率は反転上昇した。
コラム3:中国における技術革新と持続的な成長
中国国務院が15年に発表した「中国製造2025」は、産業政策の中核と位置付けられ、個別分野の五か年計画が多数制定された117。同年、国家製造強国建設戦略諮問委員会が発表した「『中国製造2025』重点領域技術ロードマップ」では、集積回路(IC)、5G移動通信設備、産業用ロボット等の56の重要品目において、中国市場及び世界市場における国産化率の目標が具体的に掲げられた118。
こうした野心的目標にアメリカ側が危機感を強めたことも背景に119、米中通商摩擦が激化したことを受け、「中国製造2025」は、第13次五か年計画(16年)では度々言及されたが、第14次五か年計画(21年)では言及されず、中国政府当局が「中国製造2025」を表立って強調することは18年頃から稀になった。また、「中国製造2025」ロードマップは、17年版以降は改定版が発表されていない。
ただし、第14次五か年計画は、「中国製造2025」の発表前に提唱された「戦略的新興産業」や「製造強国」には言及しており、重点分野の高度化を目指す中国の産業政策は、装いを変えつつ継続されているとみられる。上述のかつて制定された個別の五か年計画は、いずれも20年頃を終期としていたところ、改定が行われたのは半分程度にとどまる。例えば、ICの国産化率目標は、同ロードマップでは20年時点で49%とされていたものの、同年時点で実績は24%程度にとどまり、従来目標は事実上棚上げされた状況となっている120。
他方、新エネルギー車産業を始め、発展が著しい分野もあり、中国は分野を厳選しつつ発展を推進していることがうかがえる。20年、国務院弁公庁は「新エネルギー車産業発展計画(21~35年)」を発表し、25年までに新車販売における新エネルギー車の割合を20%前後に引き上げ、35年までに新車販売の主流を純電気自動車(EV)とする目標を定めた。21年の新エネ車販売台数は352万台(前年の2.6倍)となり、同年の販売台数(2,627.5万台)の13.4%に達した。
中国のいわゆる「新4大発明」(高速鉄道、ECサイト、QRコード決済、シェア自転車)121にみられるように、近年中国は、先進国へのキャッチアップ型の発展に限らず、先進技術やイノベーションがけん引する発展を志向している。プラットフォーマー企業は、その典型と位置付けられてきた。また無人自動運転タクシーは実装実験段階にあり、北京を始めとした各地で試行されている。このように、中国では、事前の規制の緩さ122と旺盛な投資マインド(いわゆる「アニマルスピリット」)、背景にある人海戦術(安価な肉体労働のみならず、IT産業における労働集約的作業等も含む)を活用し、新産業の爆発的な発展が進む事例も増えている。例えば、中国政府は「ロボット産業発展計画」を第13次五か年計画期間(16~20年)に推進し、雇用者1万人に対するロボット数(「ロボット密度」)は、20年には246台(9位)と、15年の49台(25位)から顕著に増加し、世界平均を大幅に上回る水準となった。21年末に改定された「ロボット産業発展計画」は、第14次五か年計画期間(21~25年)にロボット密度を倍増する目標を掲げている(図)。
他方で、近年、これまでイノベーションを担ってきた多くのプラットフォーマー企業は、個人情報保護法の施行等も背景に、海外上場が頓挫したり度々罰金が課されたりするなどの事例が目立ち、従来の高成長からの屈折が生じている。シェア自転車産業は、当初は数多くの企業が参入していたが、過当競争と規制強化を受けて大規模な整理統合が進んだ。運用開始後に行う規制の突然の変更や強化、米中通商問題の下でのハイテク企業の停滞、更にはコロナ禍での厳格な休業措置等、安定的で中長期的な発展が阻害されかねない要因も少なくない123。外資企業による中国市場の開拓においては、巨大な成長市場という当地におけるメリットを活かしつつも、規制強化やサプライチェーンリスク等、当地での安定的な発展にリスクが顕在化した場合に対する備えが求められる。
日中企業協力の具体例として、中国の有名火鍋チェーン「海底ロウ」は、日系企業と提携して、自動化した配膳システム124を導入することで、省力化と顧客満足度の向上を実現した。同プロジェクトの日本側責任者は、失敗を許容しながら前進するスピード感が、中国とのコラボレーションの大きな魅力、メリットであり、日本側の技術的アドバンテージ等の強みを持ち寄った相互補完的なマッチングには日本企業にとって大きな意義があるとしている125。
コラム4:中国の地方政府の財政問題
21年12月、中国東北地方の黒竜江省鶴崗市(かくこうし、人口89.1万人)は、財政破綻状態にあることを発表した126。同市は、中国の省直轄の都市(地級市127)として財政破綻した初の事例とされる。
中国の地方政府の債務問題は、不動産バブル問題と同様に、従来大きなリスクとして問題視されつつ128、小康状態を保ってきた(いわゆる「灰色のサイ」問題129)。今般、一定規模の都市で財政破綻が発生したことは象徴的な事象となる可能性があり、本稿では地方政府の財政問題について改めて整理する。
国務院は、地方政府の債務リスクへの対応方針について以下を明らかにしている130。
1.債務の返済:地方政府は調達した債務を返済する責任があり、中央政府は救済しない原則を実行する。
(1)地方政府の一般債務が不履行となった場合、地方政府は、市民の生活と政府の効率的運営に必要な基礎的支出の確保を前提に、投資計画の縮小、各種剰余金・繰越金の調整、政府性基金131等の活用、必要に応じ政府資産を処分し、返済資金を調達する。
(2)地方政府の専項債務132が不履行となった場合、プロジェクト運営収入の振替、投資計画の縮小、現物資産の処分、予算支出構造の調整、経費の縮減等により、返済資金を調達する。
(3)通常の債務返済能力が回復するまでは、原則として新規の政府投資プロジェクトは実施できない。建設中のプロジェクトが停止できる場合は建設を中断し、債務返済資金を捻出する。
2.財政破綻の認定:地方政府が下記条件のいずれかに抵触した場合、財政再建計画を発動する。
(1)一般債務の利払い額が当年の一般公共予算支出の10%以上。
(2)専項債務の利払い額が当年の政府性基金予算支出の10%以上。
3.財政再建計画の実施
(1)財源のチャネルを広げる。(i)税の徴収・管理を強化、(ii)国有資源の有償利用制度を導入、(iii)財政・税制上の優遇措置を一時停止。
(2)支出構造を最適化し、当該政府の財政支出は「ゼロ成長」または強力に削減する。(i)設備投資の削減、(ii)公用経費の削減、(iii)人件費の抑制、(iv)企業への補助金・助成金等を停止、(v)支出基準を調整、(vi)土地使用権譲渡収入の各種政策的活用を停止。
(3)政府資産を処分する。
(4)省級政府に救済を申請する。
(5)予算の見直しを強化する。
(6)財政管理を改善し、中期財政計画管理を実施する。
中国の東北地方は、重厚長大産業比率が高く、従来から人口減少が進んできた。鶴崗市は、黒竜江省四大炭鉱地域として発展したものの、11年には資源枯渇都市と認定を受けた頃から経済が停滞し、人口減少が進み不動産価格が下落してきた。これに加えて、21年後半からは恒大集団問題の影響で、不動産開発企業(ディベロッパー)による土地需要が急減し、地価が更に下落することとなった。こうした中で、地方政府にとって主たる財源となっている国有土地使用権譲渡収入が激減したことで、予算支出も減少し、利払い額がその10%以上という上記の条件2(2)に抵触することになったとみられている133。
土地取引の需要及び地価の動向を表す土地成約金額の推移をみると、21年には前年に比べ伸び率が大幅に低下し、22年に入ると、感染再拡大の影響がある中で土地取引も低迷し、1~6月には前年同期比46.3%減と大幅な減少となった(図)。同様に、中央・地方政府の土地使用権譲渡収入も、1~6月には前年同期比31.4%減と大きく落ち込んでいる。財政部のデータによると、土地使用権譲渡収入は、全国の政府性基金収入の太宗を占める(21年は88.8%)。土地使用権譲渡収入の大幅な減少は、政府性基金収入を減少させ、ひいては上記II(2)の条件に該当する地方政府の数の増加に繋がりかねない。その場合には、上記の対応方針に従って、当該地方の住民負担の増加、投資プロジェクトの減少等により、当該地方の経済の更なる停滞が生じ得ることとなる134。
中国は総人口も頭打ち傾向となる中、地方では省都などの大都市を除くと人口が減少し始めている地域は多い。今後は、鶴崗市と同様の破綻事例が顕在化する可能性が懸念されており、注視が必要である。
3.ヨーロッパ経済
ユーロ圏経済は、在庫投資増等により、22年第1四半期の実質GDP成長率が4期連続のプラスとなるなど、持ち直している。他方で、ロシアによるウクライナ侵攻は、国際商品価格の上昇を加速させ、新たなサプライチェーンの混乱を引き起こし、不確実性を増大させている。ユーロ圏は、ロシアとの貿易額のウェイトが米英と比較して高いことから、これらの要因による経済に対する下押しリスクが懸念されている。英国経済は、ユーロ圏と同様に、在庫投資増等により、同年第1四半期の実質GDP成長率が4期連続のプラスとなり、持ち直している。ユーロ圏と同様に、物価高騰に伴う消費抑制やウクライナ情勢による供給制約悪化等の経済活動への悪影響が懸念されている。
ここでは、22年2月以降のユーロ圏及び英国経済の動向に焦点を当ててみていく。その際、物価高騰の影響が懸念される個人消費、ウクライナ情勢により加速したエネルギー価格の高騰や供給混乱等に直面している生産、上昇率が高まる物価、改善傾向が顕著な雇用について、それぞれ概観する。
(1)ユーロ圏経済の動向
(景気は持ち直し)
21年10~12月期、22年1~3月期の実質GDP成長率は、それぞれ前期比年率1.0%増、同2.5%増となった(第1-2-41図)。
ユーロ圏の22年1~3月期のGDPの水準は感染拡大前をわずかに上回っているが、ユーロ圏主要国ではドイツが、国際的なサプライチェーンの混乱によって純輸出が減少し、コロナ前の水準に達していない。ユーロ圏主要国ではオミクロン株を中心とした感染再拡大に対する行動制限が21年末から22年1月に課されたが、これらは2月以降段階的に緩和されていった(第1-2-42表)。3月以降はウクライナ情勢による供給制約悪化等の影響が懸念されたものの、1~3月期全体としては対人サービス業を中心とした経済活動が徐々に持ち直していく中で、ユーロ圏主要国での経済成長率は前期比でプラスを維持した(第1-2-43図)。
ただし、先行きについては、ウクライナ情勢による世界的な商品価格上昇や供給制約の悪化等がユーロ圏経済の見通しを不透明なものとしており、消費者の購買力低下や企業の生産抑制等をもたらすと懸念されている。欧州委員会は22年5月に公表した春の見通し(European Comission(2022a))において、ユーロ圏の実質GDP成長率は、22年は2.7%(22年2月時点の見通しより1.3%ポイント引下げ)、23年は2.3%(同0.4%ポイント引下げ)、消費者物価(HICP)上昇率は、22年は6.1%、23年は2.7%と予測している。同見通しでは、景気を下押しする主たるリスク要因として、今後の戦局によるロシア産ガス供給の遮断等が指摘されている。これは、エネルギー供給の混乱に加えて、供給制約が深刻化し、非エネルギー商品価格、特に食品価格が更に高騰する結果、成長を下押しするというものである。
(消費は持ち直しに足踏み)
物価高騰による影響が懸念される個人消費について財、サービス別にみる。財消費の動向を実質小売売上高(除く自動車)でみると、制限緩和の進展で22年初めから回復が続いたものの、足下4月値において、物価高騰を反映した食料品売上の落ち込みにより、オミクロン株の感染拡大により低迷した21年12月以来初めて前月を下回った(第1-2-44図)。次にサービス消費の動向をサービス業PMIでみてみると、行動制限の緩和がサービス業の追い風となり、2月以降の景況感は改善が続いている。ただし、サービス業の「新規輸出受注」指数については、21年12月に中立水準である50を下回って以来、2月を除けば、ウクライナ情勢が旅行業と輸送業に直接打撃を与えた結果、中立水準の近傍を跛行している(第1-2-45図)。
次に消費者心理の動向を消費者信頼感指数でみると、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて3月は著しく悪化し、感染拡大直後の20年初と同程度の水準まで低下している(第1-2-46図)。ユーロ圏主要国のうちロシアへのエネルギー依存度の高いドイツ(EU加盟国におけるロシア産エネルギー依存度については、後述のコラム参照)では、ウクライナ情勢により家計・経済の見通しが急激に悪化しており、特にエネルギー価格高騰が消費者心理に影響を及ぼしているとの指摘がある135。消費者物価の高騰が持続するとの懸念(後述)や、ウクライナ情勢により先行きの不透明感が増す結果、個人消費が抑制され、景気が下押しされる可能性があるとみられる。
(物価上昇率は上昇)
ユーロ圏のHICP上昇率は、22年5月には前年同月比8.1%となり、97年1月の調査開始以来最大となる、大幅な上昇率を示している(第1-2-47図)。これは、それ以前のピークであった2008年7月の4.1%の倍近い水準である。HICP総合の前年同月比の寄与度を品目別にみると、エネルギーが全体の約半分を占めており、世界的なエネルギー価格の上昇がユーロ圏の物価を押し上げている(第1-2-48図)。
こうしたエネルギー価格の上昇が引き続きHICP総合の上昇の主因となると見込まれているが、欧州委員会の春見通しによれば、エネルギー価格の前年比での上昇は、22年第2四半期にピークを迎えた後は、前年の高い水準によるベース効果で徐々に減速していくとみられている。供給制約による価格圧力も、世界経済の需要が減速するとの見通しにより、22年後半に徐々に緩和されるものと予測されている。
その他の機関によるユーロ圏のHICP上昇率の見通しをみると、OECDの22年6月予測では22年に+7.0%、23年に+4.6%、ECBの同年6月予測ではそれぞれ+6.8%、+3.5%であり、いずれも22年にECBの物価目標である2%を大きく上回った後、23年に収束する見通しである。物価高騰が更に進めば、家計の消費意欲減退等を通じてユーロ圏経済の成長を減速させる懸念があり、今後のHICPの動向には注視が必要である。
(生産は横ばいとなっている)
次に、昨年から引き続く供給制約に直面している生産の動向について鉱工業生産で確認する。22年に入り鉱工業生産の挙動は横ばいとなっている(第1-2-49図)。国別では、ドイツにおいて3月に大きく生産が減少しており(第1-2-49図)、ウクライナ情勢による供給制約の悪化とそれに伴う原材料価格の高騰が新たな制約要因とされている。第1-2-50図は、ユーロ圏の製造業企業に生産活動の制約となる主要因136を質問し、そのうち「材料・機器不足」を挙げた企業の割合を示したものである。22年に入り、やや改善の兆しがみえるものの、製造業部門において供給不足が依然として大きな制約要因となっていることがみてとれる。
鉱工業生産を財別にみると(第1-2-51図)、特に資本財の回復の遅れが続いており、半導体不足の長期化が輸送機器等生産の低下に影響しているものとみられる。また、ウクライナ情勢の影響により、原材料やウクライナで生産されている自動車部品の供給遅滞が、欧州の複数国の自動車工場での減産等をもたらしたとの事例137もある。
製造業の先行きを製造業PMIの業務期待指数でみると(第1-2-52図)、ウクライナ侵攻のあった2月から3月にかけて急激に悪化している。特にドイツにおいては、3月には20年5月以来の中立水準である50を下回っており、製造業企業の見通しが慎重になっている点が読み取れる。
(雇用情勢は改善)
最後に改善傾向が顕著なユーロ圏の雇用情勢についてみてみる。ユーロ圏の失業率は、昨年春以降低下傾向にあり(第1-2-53図)、コロナ前の水準(20年3月の7.2%)を下回って推移しており、雇用の改善が継続している。欠員率(産業計)も20年第3四半期(1.8)以降7四半期連続で上昇しており、足下22年第1四半期では3.1という高水準まで回復している。
他方、賃金の動向をみると、22年1~3月期は名目ベースで前年同期比+3.2%となり前期より加速しているが、インフレ率上昇により実質ベースでは依然として前年の伸びを下回っている(第1-2-54図)。
(先行きリスク)
これまでみてきたように、ユーロ圏経済においては、インフレの進展により、実質可処分所得が減少し、消費の抑制を通じ、経済活動の低下につながり得る。また、ウクライナ侵攻によるウクライナからユーロ圏への避難民の大量流入がみられているが、こうした避難民の動向がユーロ圏諸国の雇用情勢に及ぼす影響は、ユーロ圏経済のリスクとなり得ることから、今後注視していく必要があると考えられる。
(2)英国経済の動向
(景気は持ち直し)
英国の景気は、22年1~3月期の実質GDP成長率が4期連続でプラスとなるなど、持ち直している(第1-2-55図)。同年1~3月期は、総固定資本形成では公的建設投資が、個人消費は規制措置の解除により飲食・宿泊関連が増加する形で成長を主導し、GDP水準は感染拡大前を初めて上回った138。
一方、先行きについては、ロシアのウクライナ侵攻等による世界的な物価上昇や供給制約等が下方リスクとなっている。物価上昇により、消費者の購買力低下や企業の生産抑制等が懸念されており、BOEは5月の実質経済成長率の見通しで、22年は3.8%(2月の見通しと同じ)、23年は-0.3%(同1.5%ポイント引下げ)と予測している。
(消費は持ち直しに足踏み)
消費は、感染拡大防止のための活動抑制措置が緩和(前掲第1-2-42表)されたことにより回復しているものの、物価高騰などにより足下で足踏みがみられる。実質小売売上をみると、オミクロン株等による感染が拡大していた1月も19年の水準は上回ったが、その後減少傾向にあった。3月の値をみると、前月比1.4%減と大きく減少しており(第1-2-56図)、その背景としては、食料品が措置緩和による外食への需要代替と価格高騰の家計圧迫の影響により落ち込み、ガソリンも燃料価格高騰から不要な外出が抑制され売上が低下したことが指摘されている。英国国家統計局(ONS)による調査139でも、生活費高騰により買い控えを行ったと回答した者が過半数を占めた。その後、4月の実質小売売上は食料品が下支えする形で3か月ぶりに前月を上回っているものの、財消費は持ち直しに足踏みがみられる状況が続いている。
英国の消費者信頼感は、主に物価上昇による生活費高騰の懸念により22年初より大幅に下落している(第1-2-57図)。消費者信頼感を構成する項目の中でも特に、「今後12か月の英国の経済状況」が大きく下落しており、5月の消費者信頼感は、感染拡大直後の20年初の値を下回った。
また、家計実質可処分所得は17年よりおおむね増加傾向で推移していたが、21年に入り、物価上昇を背景に減少傾向へと転じている(第1-2-58図)。実質賃金をみると、インフレの進展により同年半ば以降伸びが低下し、足下では伸びがマイナスとなっている(第1-2-58図)。これらの指標からも、物価の高騰が家計の購買力を低下させ得ることがうかがえる。
今後一層のインフレの進展は、購買力を低下させ、消費者心理の悪化をもたらし、個人消費を押し下げ、ひいては英国経済全体を下押しする可能性があり、その影響には留意が必要である。
(物価上昇率は上昇)
消費者物価上昇率をみると、コア(エネルギー及び生鮮食品除く)では、供給制約等を背景として高騰している中古車価格等を始めとした幅広い品目の価格上昇を受け、上昇している(第1-2-59図)。エネルギー等を含む総合をみると、22年4月には前年同月比9.0%に達しており、これを品目別寄与度でみると、輸送燃料や電気・ガスといったエネルギー価格が3.5%ポイントと3月(1.9%ポイント)より大幅に上昇し、総合全体を押上げる主要因となっている(第1-2-60図)140。
4月のエネルギー寄与上昇の背景として、22年4月の公共料金改定の影響が挙げられる。英国では毎年4月と10月に当該月の2か月前までの半年間(8月~1月ないし3月~8月)のエネルギー価格の動向を反映して、公共料金の改定を行っているが、今般の4月改定時には、21年8月~22年1月の国際的なガス卸売価格の高騰が反映される形で、光熱費が標準料金141ベースで約54%引き上げられている(第1-2-61図)。BOE142は、消費者物価上昇率は22年第4四半期にピークを迎え前年比10%以上に達すると予測しているが、その主たる押上げ要因としては、22年10月時の公共料金改定において、エネルギー価格高騰が進展し、更なる引上げが見込まれるためとしている。
各機関の消費者物価上昇率の見通しをみると、OECDの22年6月の予測では22年に+8.8%、23年に+7.4%と予測しており、BOEの22年5月の予測ではそれぞれ+10.5%、+3.5%と、いずれもBOEの物価目標である2%を大きく上回っている。物価高騰がさらに進めば、家計の消費意欲減退や企業の生産活動の抑制を通じて英国経済を減速させる懸念があり、今後の動向には注視が必要である。
(生産は持ち直しから横ばいへ)
生産は、22年初より供給制約の緩和を反映し持ち直していたが、エネルギー価格高騰の影響を受け、このところ横ばいとなっている。
製造業PMIのサプライヤー納期指数を見ると、22年初より改善に向かい、サプライチェーンの目詰まり解消が進展していたとみられるが(第1-2-63図)、鉱工業生産の同年4月値は、製造業の低下により3か月連続で前月を下回った(第1-2-62図)。鉱工業生産の公表元のONSは、4月の製造業低迷の背景として、エネルギー価格上昇による生産コストの上昇や投入資材の供給制約を挙げている。
ここで英国経済へのウクライナ情勢の影響をみてみる。英国の対ロシア貿易規模は、輸入全体の2.2%、輸出全体の0.9%(21年時点)、原油については輸入全体の8%であり、欧州(EU加盟国におけるロシア産エネルギー依存度については、後述のコラム参照)よりは相対的に低い。ただし、製造業PMIの投入価格指数は、21年央には、感染拡大下で抑制されていた需要の反動の強さに供給制約が加わり上昇しており(第1-2-64図)、ロシアのウクライナ侵攻以前から、原材料価格は既に高水準で推移していた。そのような中で、同侵攻を背景とした原材料価格の更なる高騰、新たな供給制約の懸念により、製造業PMIの新規受注指数は2月の54.6から3月は51.8まで低下、その後も中立水準近傍にあり、製造業の景況感は悪化している(第1-2-63図)。
英国政府が3月にはロシア産原油の輸入を22年末にかけて段階的に削減する方針を打ち出し143、4月にはロシアからの石炭禁輸等の制裁措置を講じたこともあり、エネルギー価格高騰を通じた生産活動への影響については留意が必要である。
(雇用情勢は改善)
次に、改善が続いている雇用情勢について、失業率、求人数及び就業者数の動向を確認する。失業率(ILO基準)は、昨年から低下傾向が継続している(第1-2-65図)。21年9月末に終了した雇用維持プログラム(CJRS)144はその終了時点でも利用率が高く、また、これらの一時帰休者の多くが別の雇用主の下で副業を行っており、同制度終了後、離職し新たに求職活動を行う結果、失業率の押上げ要因となる可能性も指摘145されていたが、実際には、失業率はその後も低下し続けている。この背景には、求人数が労働力需要の拡大を反映し、全業種で過去最高水準を記録するなど、上向きが続いていることが挙げられる。これに対して、就業者数は21年9月以降ほぼ横ばいとなっており(第1-2-66図)、CJRSの終了と共に、労働者の一部が労働市場から退出したとみられる146。22年4月時点でも労働参加率147は19年平均の64.0%を1%ポイント近く下回る水準となっており、労働需給がタイトになっている。
一方で、企業に対する調査結果によれば、求職者の不足や技能不足により、欠員補充に困難を感じている148。内需の回復が続く中、企業の雇用意欲は引き続き強いものの、労働市場は引き続きひっ迫するものと見込まれる。
次に賃金の動向を確認すると、こうした状況を反映し、名目賃金(週平均、ボーナス除く)4月値は前年同月比で4.2%と22か月連続の上昇となった。ボーナス含むベースでは更に大幅な上昇が続いており、人手不足が深刻な業種で一時金やボーナスを増やしている可能性がある。賃金上昇率は21年4-5月の7.4%を境にピークアウトしているが、これはコロナ禍で相対的に低賃金の労働者が労働市場から退出して統計の捕捉外となり、相対的に高賃金の労働者から平均を算出した影響がはく落している点を反映している。ONSによると、こうしたベース要因は21年12月にはほぼはく落しているとみられているが、賃金は引き続き高い伸びを示している。
コラム5:ウクライナ情勢を受けた欧州のエネルギー政策の方向性
ロシアのウクライナ侵攻以降、各国においてエネルギー安全保障の確保が急務となっている。とりわけ欧州では、エネルギーのロシア依存が相対的に高い中で、(i)中長期的には化石燃料への依存を段階的に低減させ、脱炭素化への移行を実現させる目標149を維持するという制約の下、(ii)短期的にはエネルギーのロシア依存を急速に低減させ、ガスの供給先の多角化、原子力の有効活用等を推進する、という困難な取組みを進めている。
本コラムでは、(1)EUの新たなエネルギー戦略について概観した上で、(2)欧州諸国がエネルギー供給源の脱ロシア化を進める上での短期的な課題と、これまでのエネルギー戦略の見直しの方向性という中長期的な課題を確認し、(3)リスクシナリオとしてロシアによるエネルギー供給が遮断した場合の影響をみる。
(1)EUの新たなエネルギー戦略
欧州委員会は、ウクライナ侵攻を受けて、22年5月18日「エネルギーの価格安定性、供給安定性、持続可能性に向けた(共同)行動方針」150(通称、REPowerEU)を公表した。REPowerEUは、(i)足下のエネルギー価格高騰及び需給ひっ迫への短期的な緊急対応策、(ii)2030年までにロシア産化石燃料からの脱却を目指す中長期的な取組の2本の柱から構成されている。後者については、欧州のエネルギーのロシア依存度を確認すると、EUは、ガス輸入の40%以上をロシアからの供給151に依存している。原油は、産出国が世界各地に分布し、供給先の代替可能性の高いことから、ウクライナ情勢の影響は欧州とそれ以外の地域とでは大きく変わらないとみられる。一方、天然ガスは、輸送コストが高く市場が地域ごとに分かれているため、ロシアに代替する供給先を欧州が確保すること自体困難であり、仮に確保しても大幅なコスト高をもたらすものと見込まれる。このような背景もあり、REPowerEUでは、来冬に向けたガス貯蔵と、ガスを中心としたロシア産化石燃料からの脱却に重点が置かれている(表1)。REPowerEUでは後者の取組により、2023年までにロシアからのガス輸入の3分の2を減らすことが可能としている。
このように、REPowerEUでは、短期的には、化石燃料等を「移行期のエネルギー源」(transitional energy)として維持しつつ、エネルギー供給の脱ロシア化を進展させていくことが目指されている。他方で、EUでは、これまでに19年12月に発表された「欧州グリーン・ディール計画」に沿って、50年までのカーボン・ニュートラル達成に向けた取り組みが進められてきた。21年7月には、中間目標として温室効果ガスを30年までに1990年比で55%削減を目指すための包括的提案(Fit for 55152)が発表されている。REPowerEUにおいては、Fit for 55の施策を加速させる取り組みも包含されており(表2)、脱炭素化に向けた戦略との整合性が図られている。
REPowerEUは前述のとおり、23年までのロシア産ガス輸入の3分の2減少を可能としており、また脱炭素化に向けた取組とも連携したものであるが、これは、即時に、中長期的な目標とされている、全ての化石燃料からの脱却を目指すことを意図しているわけではない。化石燃料や原子力は、ベースロード電源確保の観点から、水素やアンモニア、バッテリー等の代替手段が導入されるまでの過渡期において、引き続き重要な資源として位置付けられている153。
(2)EU域内におけるエネルギー政策の課題
REPowerEUは、前述の通り、ロシア産エネルギー依存からの段階的な脱却を目指すものであるが、EU域内のロシア産エネルギー依存度を加盟国別にみると、東欧・バルト諸国において相対的に高い(図3)。主要国でみてもドイツ(31.1%)とフランス(8.4%)の依存度は大きくかい離している。このため、ロシアからのガス供給が遮断154された場合のEU域内諸国へ及ぶ影響が各国間で一様とはならない点に留意する必要がある。
脱ロシアが実現する前に、ロシアから欧州へのガス供給が遮断される(ないし欧州側からロシア産石油・ガスの輸入禁止に踏み切る)可能性もあると考えられる。天然ガスについては、そもそも原油市場のような「供給余力」を有する生産者の存在を疑問視する見方もある155。また、仮に、ロシア以外のガス供給先が確保できた場合でも、これら東欧・バルト諸国にガスを配送するには、(ア)パイプラインの逆送能力(通常は欧州を東から西へ配送するよう設計されているため)強化等の技術的課題、(イ)これらの対応により伴う関連コストのEU域内加盟国間での分担といった課題が生じるとの見方もある156。
EUは、石炭及び石油の大半については既にロシアからの輸入禁止を決定しているが、天然ガスについてはこうした背景もあり、財政負担等をめぐる域内の交渉・調整が必要となることから、禁輸対象とすることについて方針の一致に至っていないものとみられる。
このように、ロシア産エネルギー依存度の違いは、各国ごとのロシア産エネルギー脱却に向けた取組姿勢の違いにつながると考えられる。EUを主導するドイツ、フランスについてはそれぞれ、依存度の高いグループ(他はイタリア等)、低いグループ(他はスペイン、ポルトガル等)に属している。以下では両国のエネルギー政策を概観し、さらに、関連して、エネルギー源とサステナビリティ評価に関するEU全体の取組の一つとしてEUタクソノミーを紹介する。
(i)ドイツのエネルギー政策
ドイツのエネルギー政策について、その電源構成をみると、2020年時点で石炭やガスを含む化石燃料(44%)、再生可能エネルギー(45%)の割合が高い一方、原子力は段階的に低減(11%)しているという特徴がある(図4)。再生可能エネルギーを推進しつつベースロード電源を確保するために、福島第一原発事故を契機した原子力の低下を反映して11年12年と一時的に石炭火力の割合が上昇し、また、ロシアから輸入する天然ガスを燃料とした火力発電への依存を深めることとなった。
天然ガスのロシアからの輸入依存度が高く(58.9%)(図3)、一方でノルドストリーム2157の稼働反対を主張する緑の党をジュニアパートナーに持つショルツ新連立政権158にとって、脱炭素化とエネルギー安全保障の両立は、ウクライナ侵攻以前より大きな課題であった。ショルツ首相は、ロシアへの制裁措置の一環として、2月22日、ノルドストリーム2の承認停止を表明した。
そうした中、ドイツ政府は、ウクライナ侵攻は化石燃料からの脱却と再生可能エネルギー推進の重要性を示すものであるとして、4月6日、新たなエネルギー緊急措置「Easter Package」を公表した(表5)。
同措置は再生可能エネルギー利用の拡充に主眼が置かれている。「電力消費に占める割合を2030年には80%」については21年秋の同連立政権の公約とされていたものであるが、その実現に向けた取組の強化が盛り込まれている。ショルツ首相は、4月8日、脱ロシア化については、ロシア産の石油輸入は22年内に終了させる可能性があるとしつつも、ロシア産ガスからの依存脱却には、24年夏頃まで時間を要すると述べた159。その一方で、同措置には、後述のフランスのようなベースロード電源確保のための原発建設が含まれていない点が特徴となっている(表6)。
(ii)フランスのエネルギー政策
フランスのエネルギー政策について、その電源構成をみると(図7)、従前より、原子力及び水力でその太宗を占めており、特に原子力発電については約7割と主要国でも極めて高くなっている。また、化石燃料の割合が他のEU加盟国よりは相対的に少なくなっているほか、再生可能エネルギーを徐々に高める一方、オランド政権時代160に、福島第一原発事故を契機としたドイツの政策転換や、過度な原発依存を是正する観点から、総発電電力量に占める原子力の比率を低減させる方針を採用した。
しかし、その後のマクロン政権では、17年に気候計画が打ち出され、50年のカーボン・ニュートラル達成がエネルギー・環境政策の大きな柱として位置付けられた。また、22年2月に公表したエネルギー政策において、化石燃料からの脱却に向けては、低炭素資源を燃料161とした発電量を最大60%拡大させることが必要となり、これを賄うために、再生可能エネルギーの拡充と原子力産業の再生162の2本柱による電力の供給力の増強方針が示された。
その後、ウクライナ侵攻を踏まえて3月に発表された「レジリエンスプラン」においては、改めて50年までの脱炭素化を優先目標として掲げるとともに、30年までに温室効果ガスを55%削減することをマクロン第2期政権の課題として決定した。加えて、電子力産業の再生について、既存の原子炉の稼働期間を延長する計画が打ち出されている。フランスのロシア産エネルギー依存度は既述のとおり域内でみれば相対的に低いグループに属するものの、レジリエンスプランでは、27年までの脱ロシアエネルギー依存目標に向けて、以下の追加措置を講じるとされている(表8)。
このように、両国のエネルギー政策では、既存の中長期的な脱炭素化の目標は堅持しつつも、そこに向かう過程で脱ロシアに向けた追加措置が必要となっている点は共通である。その上で、再生可能エネルギーの拡充を主軸としつつも、これまでのエネルギー戦略の違いから、原子力の利活用という点で差異が発生しているものと思われる。
(iii)EUタクソノミー
主要国であるドイツ、フランスのエネルギー政策を概観して分かるとおり、各国独自の背景があり、政策の方向性は多様である。他方で、欧州委員会は、18年以降、欧州グリーン・ディールで掲げた脱炭素化目標に向けて、持続可能性な経済活動を分類する、EUタクソノミーの策定作業を進めている。これは、民間資金を、サステナビリティを高める分野への投融資(サステナブルファイナンス)に呼び込むために、経済活動をグリーンなのものとそうでないものに分類するEU統一的な基準を規定するものである。
EUタクソノミーは域内市場での企業の情報開示やグリーンボンドの表示(ラベリング)に関する、法令に基づく規制措置であり163、22年1月より一部分野において適用が開始されていた。
エネルギーインフラの開発には巨額の資金が必要となるが、当該エネルギーが、EUによりグリーンなものと分類されれば、その事業には将来、投資が集まりやすくなる。このようにEUタクソノミーの在り方は、資金調達の円滑さという側面を通じて各国のエネルギー政策に影響を与え得る。以下ではEUタクソノミーの分類の動向をみてみよう。
欧州委員会は、22年2月、それまで未確定であった原子力と天然ガスの経済活動を、一定の条件の下で同基準に含める修正案を発表した。これまで原子力の扱いについては加盟国間で大きく意見が割れていた。水力や再生可能エネルギーの導入が進んでいるドイツやオーストリア、ルクセンブルクなどは原子力を含めることに反対の立場を取っていた。逆に賛同を示しているのは、原子力が電力全体の7割近くを占めるフランスや、同3分の1を占めるフィンランド、ロシアの石炭に電力の多くを依存している現状からの脱却を目指すポーランドなど164である。天然ガスは、東欧の加盟国において、石炭の代替等といった脱炭素化に向けた移行期のエネルギー源として必要とされている。
同修正案は、現在、加盟国や欧州議会との議論を経て、今夏に決定される見通しである。ドイツは改めて反対を表明する見通しであるが、原子力を対象除外とするにはEU加盟27か国中20か国の賛同が必要とされており、原子力と天然ガスがタクソノミーの対象となる可能性は大きい。その場合、今後の欧州諸国のエネルギー政策の方向性にも大きく影響してこよう。
(3)ロシア産エネルギー供給遮断に踏み切った場合の経済に与える影響
以上では、ロシア依存脱却に向けたエネルギー政策の方向性について概説してきた。欧州諸国は、特にガス供給に関して、段階的にロシア依存からの脱却を打ち出しているが、突発的にロシア側から供給停止が起きた場合には経済活動にも相応の影響があることが見込まれる。以下では、ロシアからエネルギー供給が遮断された場合の欧州経済に与える影響についてみてみる。
欧州委員会は2022年春見通しにおいて、ユーロ圏の経済成長予測について、前述の予測(ベースラインシナリオ)に加えて、石油及びガスの価格がベースラインケースよりも25%高騰したケース(悪化シナリオ)、ロシアからのガス供給が突然遮断され代替が限定的であるケース(深刻化シナリオ)についても予測を行っている(図9、図10)。
これによれば、ロシアからガス供給が遮断された場合、実質GDP成長率は22年に悪化シナリオより1.3%ポイント押下げられる結果、成長率はほぼゼロとなる。23年にはその反動もあり1%台まで回復するものの、やはりベースラインを大きく下回る伸びとなる。HICP上昇率については22年には9%を超過するまで上昇しベースラインを3%ポイント上回るが、23年には4%弱まで急激に低下すると予測されている。
ロシア依存度の高いドイツにおいてはより深刻な影響が想定される。同国シンクタンクIMK(IMK(2022))は、ロシアが1年間ガス供給を遮断した場合のドイツ経済への影響について次のように試算している(表11)。
また、IMK(2022)では、ガス禁輸によるエネルギーショックは、ドイツ産業の中核を直撃し、生産力を著しく弱体化させることから、同国経済に対し、(経済環境が回復した場合でも経済成長率が一定期間低水準に留まる)履歴効果をもたらし得る可能性を指摘している。
ウクライナ情勢については、不確実性が極めて高い状況が継続しており、またエネルギーの脱ロシア依存に向けたEU域内の協調行動についても、検討俎上にある。上述の予測は、このような中で、一定の前提を置いたモデルベースでのシミュレーションであり、その結果は幅をもって解釈する必要があるが、ロシア産エネルギー供給が遮断されれば、ドイツなど中心としてユーロ圏の経済に相応の影響が及ぶことが想定される。
(4)まとめ
EUがロシア依存からの脱却を実現するには、米国、英国と異なり移行期間が必要と考えられる。ロシアのウクライナ侵攻は欧州のエネルギー政策に不可逆的な変化をもたらしたと考えられる。これは、従来の中長期目標であった脱炭素社会に向かう前段階で、新たに脱ロシアという移行期が加わることを意味する。
EUは、各国毎の多様なエネルギー事情がありつつも、これまで以上に、エネルギーコストの上昇を意識せざるを得ない状況にあり、コスト上昇を可能な限り抑制するための政策対応が求められる。
また、ウクライナ情勢の進展によっては脱ロシアの取組が完成する前にロシア側からのエネルギー供給遮断のリスクについては、EU経済に相応のマイナスの影響も見込まれているところ、引き続き状況の注視が必要である。
(1)21年9月の記者会見:(i)国内外の経済情勢が錯綜し複雑であり、周期を跨る(クロス・シクリカル)調節の意義は重大。(ii)クロス・シクリカル調節により21年7~9、10~12月期と22年の政策設計の連携を良くし、大きな浮き沈みを防止し、短期の変動が長期的に良好な経済基盤に影響することを回避し、経済運行を合理的な区間に保つ。
(2)21年12月のインタビュー:(i)「クロス」は年度を跨る政策の手配を、「カウンター」は景気サイクルの変動に対する反作用を表す。(ii)21年10~12月期に発行された専項債券は、相当部分は22年早々に使用され、22年の専項債券との相乗効果を生み、クロス・シクリカル調節の要求を十分に体現する。
(i)供給余力:天然ガスは、原油におけるサウジアラビアのようなSwing Producer(需給変化に応じて原油生産を増減させ価格安定を図るための調整役を担う産油国)は存在しない。また、供給余力としてはロシアだけが欧州に対してパイプライン供給余力を有するが、その欧州がロシア離れを加速しようとしている。
(ii)輸入インフラ:天然ガスは輸送において、気体でのパイプライン輸送か、液化しなければならない海上輸送という硬直的なインフラを使うことが特徴で、常温常圧で大量輸送が可能な原油と異なる。また液化するには巨額の投資が必要であり、その長期間に及ぶコスト回収の必要性からマーケット(買い手)が付く見通し数量での設計生産(液化)容量とならざるを得ない。民間のLNGプロジェクトにおいては、供給余力という概念を持つことは経済的に合理的ではないため、そもそも余力は存在しないと考えられる。
(iii)ロシアの生産地域の特徴:ロシアは原油については東西がパイプラインで接続されているが、天然ガスは東西がパイプラインで結ばれておらず、欧州向けは西シベリア・ガス田から、中国向けの天然ガスは東シベリア・ガス田と、異なる生産地から輸送されている。