第1章 新型コロナウイルス感染症下の世界経済(第2節)
第2節 新型コロナウイルス感染拡大の経済的影響
前節でみたように、2020年は年初から、まずは中国で、次いで欧米や他のアジア諸国で感染症が拡大した。それに対して、各国は経済活動を一時的に大きく抑制し、封じ込めを行うとともに、経済的影響を緩和するための財政支援を行った。しかしながら、感染症や経済活動の抑制の影響は大きく、20年前半の各国経済は、1930年代の大恐慌や、2010年前後の世界金融危機といった過去の大きな経済危機と比較されるような大幅なマイナス成長となった。アメリカでは一部地域で4月下旬から、欧州では5月頃から経済活動が再開されたが、感染再拡大の懸念もあり、再開のペースは緩やかなものとなった。また、感染症の拡大が抑制された後も、ワクチンや治療薬の開発には時間がかかると見込まれていることから、テレワークの推進や社会的距離の維持といった新常態への移行が求められており、従来とは違った形での経済活動が求められている。本節では、感染症が各国経済に与える影響を、過去の経済危機との比較、製造業及びサービス業の間の影響の違いから分析を行い、最後に感染症がもたらした新しい動きについて概観する。
1.過去の経済危機との比較
(1)世界金融危機との比較
今回の感染症の流行によって各国経済は大きなダメージを受け、その影響の大きさは、過去の代表的な経済危機である大恐慌や、リーマン・ショックに端を発した世界金融危機に匹敵するとの指摘もある。他方で、これらの危機は金融市場の大幅な悪化を通じて実体経済がダメージを受けたのに対し、今回は感染症と封じ込め措置が実体経済を大幅に縮小させるなど、経路に違いがあり、影響の広がり方が異なっている。本節では、今回と過去の危機を比較しながら、影響の違いについて分析する。
(不確実性の急激な高まり)
世界不確実性指数1をみると、感染症拡大が起こる前の18~19年の時点で、既に米中貿易摩擦や英国のEU離脱等により、世界の不確実性は世界金融危機のあった08~09年に比べて非常に高い状態にあったが、感染症が世界各国で拡大したことで、不確実性の更なる高まりに拍車をかけた(第1-2-1図)。今回は、前節でみたように、感染拡大を抑えるために、各国で各種制限措置が導入されたことから、経済に与える影響の度合いが非常に大きくなると見込まれたことに加え、感染症の収束がいつになるか判明しないことも不確実性の上昇に寄与したとみられる。こうした感染症それ自体と、感染症の拡大による経済的な影響や不確実性が世界経済に与えた影響について、世界金融危機及び1930年代の大恐慌の時期と比較してみていく。
(訪問・滞在時間の変化)
世界金融危機や大恐慌といった過去の大きな危機と今回の違いは、感染症の拡大を受け、各国で移動制限や外出制限等を伴う都市封鎖が実施されたことである。都市封鎖を受け、3月頃から各国で外出が大きく減少した(第1-2-2図)。食料品店・薬局は、移動制限等が実施される前に必要な商品をあらかじめ買い溜めしようとした者が多くいたとみられ、どの国も一時的に感染拡大前の時期より約1~2割程度、訪問・滞在時間が増加した時期もあったが、その後はアメリカやドイツで2割減、英国で3割減、フランスで5割減と大きく減少した。ただし、生活必需品の販売は継続されたため、他の場所に比べて減少幅は比較的抑えられていた。小売店・娯楽やターミナル駅の訪問・滞在時間は、アメリカを除いて、移動制限等の実施の前に増加するといったことはないまま、実施後に大きく減少し、特にフランスや英国では一時8割以上の減少となった。また、在宅勤務も推奨されたため、職場への訪問・滞在時間も大きく減少した。経済活動の再開が段階的に進められる中で、特に食料品店・薬局での訪問・滞在時間はほとんど感染拡大前の水準に戻りつつあるが、それ以外の施設については、持ち直してきているものの引き続き水準は低い。
以下では、世界金融危機及び今回の感染症拡大のそれぞれの危機が発生する直前の月を基準月とすることとし、具体的には、世界金融危機時については、リーマン・ブラザーズが経営破たんする直前の月である08年8月、今回の感染症拡大については、感染症が世界で拡大する前の月である20年1月を基準月(100)として、それ以降の各指標の推移を比較しながら、世界金融危機と感染症が主要国経済に与えた影響の大きさを比べていく。
(原油価格)
原油価格については、1か月目までは世界金融危機時と同程度の低下幅だったものの、今回の感染症拡大においては、景気要因に加えて、入国制限や移動制限等が実施されたことで原油需要が更に低下する見通しとなったことを受けて、2か月目以降は世界金融危機時よりも低下のスピードが大きく、低下幅自体も世界金融危機時を上回って、基準月(20年1月)から3か月目には71%減となった(第1-2-3図)。しかしながら、20年5月頃から欧米で経済活動が再開されたことを受けた世界景気の回復期待や、産油国による協調減産の合意締結等により、4か月目から原油価格が上昇し、比較的早く回復に向かった。しかしながら、今後の原油価格の動向については、感染再拡大や経済活動の再開の状況に依存することから、不確実性が高いとみられる。
(株価)
株価については、アメリカ、ドイツ、英国では、世界金融危機時及び今回ともほぼ同様のスピードで下落し、下落幅もアメリカ及びドイツは2か月目まで、英国は5か月目までほぼ同程度となっている(第1-2-4図)。アメリカ及びドイツの底(水準が最も低くなった月)が英国より早いのは、両国での経済活動の再開が英国よりも早かったことが考えられる。中国は、世界金融危機時と比べて下落スピード及び最大の下落幅も今回の方が小さい。世界金融危機時と比べると、4か国とも今回の方が回復が早く、足下では、中国は基準月を超える水準まで回復し、アメリカやドイツではほぼ基準月の水準まで戻している。他方で、世界金融危機時は、アメリカ、ドイツ、英国は7か月目で底打ちしたもののそれ以降の回復は極めて緩やかで、8か月以上経過しても株価は低迷したままとなっている。金融市場については、今回よりも世界金融危機時の方が影響が大きかったとみられる。この背景には、それぞれの危機の要因の違いがあるとみられる。世界金融危機時は、アメリカの大手金融機関の破綻をきっかけとして金融システムに対する懸念が非常に高まるとともに、信用収縮を通じて実体経済にも大きな影響を与え、それが更に金融機関のバランスシートを悪化させて金融システムに対する懸念が高まるという悪循環がみられ、この解消に時間を要し、危機の影響が長期化した。一方で、今回、経済活動が大幅に縮小した要因は、感染症の拡大及びそれに伴う各種制限措置の導入であり、感染拡大の抑制、制限措置の解除やワクチン・治療薬の開発により、景気が持ち直すとの期待が広く共有されていた。したがって、感染拡大の抑制やワクチン・治療薬の開発の進展により、株価が上昇する場面がみられた。
(鉱工業生産)
鉱工業生産については、世界金融危機と今回とで顕著な違いがみられる。いずれも生産活動に大きな影響を与えたが、世界金融危機時は徐々に鉱工業生産の水準を低下させ、アメリカ及びユーロ圏では、8か月経っても低下が続いており、それぞれ8か月目には基準月(08年8月)と比べて、アメリカでは12.3%減、ユーロ圏では18.0%減となった。英国は8か月目にはやや戻したものの、最も低下した7か月目は、基準月と比べて9.3%減となっており、世界金融危機が発生する前(08年8月)に比べて低い水準が続いていた。
今回の感染症拡大に際しては、感染拡大を抑制するために各種制限措置が実施され、経済活動が強制的に止められた。まず中国で制限措置が実施され、鉱工業生産が大きく抑制され、基準月(20年1月)と比較して、翌月には24.0%減となった。これにより、欧米では中国からの部品供給等が滞り、サプライチェーンに断絶が生じ、工場の稼働が一時的に止められた。その影響で、欧米では自国での制限措置が実施される前から鉱工業生産が低下を始め、続いて自国での感染拡大の影響で制限措置が実施され、最も生産水準が低下した3か月目には、アメリカで16.4%減、ユーロ圏で27.7%減、英国で22.9%減と、世界金融危機時と比べても大幅に生産が縮小することとなった(第1-2-5図)。景気の悪化による需要の減退に加え、感染拡大の影響で工場の稼働を停止せざるを得なくなったことが、その要因とみられる。しかしながら、感染拡大の抑制に伴って制限措置が撤廃されるとともに生産が再開されたことや、テレワーク等による電子機器関連の需要の高まりなどにより、世界金融危機時とは異なり、比較的早期に鉱工業生産に持ち直しの動きがみられる。なお、中国について今回の動きをみると、2か月目には既に以前の水準にほぼ戻り、その後も鉱工業生産は以前の水準を上回って推移している。この背景には、欧米主要国と同様に、制限措置の撤廃に伴う生産の再開や感染症拡大に伴う電子機器関連の需要の高まりなどがあるとみられる。
(貿易)
貿易についてみると、アメリカでは、輸出については、世界金融危機時は数か月間低下を続け、8か月目においても大きく持ち直すことはなく、基準月と比較して30.2%減となっていた(第1-2-6図)。他方で、今回の感染症の拡大に際しては、基準月から2か月目までは世界金融危機時の方が影響が大きかったが、都市封鎖が実施された3か月目(20年4月)に大きく下がり、4か月目も持ち直すことがなく、基準月と比較して、最大で34.0%減となった。他方で、輸入に関しては、世界金融危機時と今回を比べると、減少のスピード及び減少幅ともにおおむね同程度となっている。ただし、輸出については5か月目に、輸入については4か月目にはやや上昇していることから、回復のスピードは、世界金融危機の時よりも今回の方がやや早い可能性がある。
ユーロ圏については、1~2か月目までは世界金融危機時も今回も同程度に下がっていたが、2~3か月目以降は今回の方が減少幅が大きく、基準月と比較して、輸出は最大で30.9%減、輸入は24.0%減となった。しかしながら、今回は、経済活動の再開に伴って、アメリカと同様に4か月目以降は増加した。
英国では、輸出については、当初から今回の方が減少幅が大きい。輸入については、2か月目まではほぼ同程度の減少幅となっていたものの、3か月目には大きく減少した。しかしながら、輸出については4か月目に、輸入については5か月目に増加に転じた。
欧米主要国において、世界金融危機時の経済への影響が長期化したのは、前述したように、金融と実体経済の悪循環の解消に時間を要したことが影響したと考えられる。他方で、今回については、経済活動の段階的な再開や、感染症拡大で喚起された需要(電子機器類等)があることから、生産だけではなく輸出も比較的早期に持ち直したとみられる。加えて、世界金融危機時と比較して今回の方が財政・金融政策対応がより迅速かつ大規模に行われたことや、感染症がいずれは収束するだろうとの消費者の期待があったこと、生産活動への打撃は貿易の対象とならない対個人サービスや娯楽サービスなどに集中していたことが背景とする指摘2もある。
中国については前年比の動きを比較すると、輸出については、世界金融危機時には、基準月から2か月目までは前年比を上回っていたものの、3か月目以降は大きく下落し、8か月目でも前年比で22.8%減となっていた。世界金融危機時、中国においては、金融への影響は比較的小さなものにとどまったものの、貿易や投資を通じて実体経済に大きな影響がみられた。それに対して、今回は、感染症が拡大し始めていた頃は、感染症の拡大と各種制限措置の影響で前年比を大きく下回っていたものの、前年比の減少幅は世界金融危機時ほどでもなく、かつ経済活動が再開し始めた3か月目には前年比で3.4%増となるなど、回復のスピードが速い。輸入についても同様であり、中国についても、貿易は世界金融危機時と比べて減少幅が小さく、回復のスピードも速いといえる。
(消費)
消費について、名目小売売上高を比較すると、世界金融危機発生時は、雇用環境の悪化に伴う所得環境の悪化や信用収縮等、消費を取り巻く環境が悪化し、アメリカでは4か月目まで低下を続け、その後も基準月と比べて10%程度低い水準で推移した(第1-2-7図)。他方で、欧州でも消費を取り巻く環境は悪化していたものの、失業率はアメリカほど上昇しておらず(後掲第1-2-9図)、小売売上高はユーロ圏や英国でやや減少したものの、アメリカと比べれば減少幅は小さかった。
しかし、今回は、アメリカ、ユーロ圏及び英国については、外出制限や移動制限等の影響で、2か月目及び3か月目(それぞれ、20年3月及び4月)に大きく減少し、最も小売売上高の水準が低くなった3か月目には、感染症拡大前である基準月(20年1月)と比較して、アメリカで22.1%減、ユーロ圏で20.7%減、英国で24.1%減となり、減少幅は世界金融危機発生時と比べてはるかに大きい。これは、外出制限等によって生活必需品以外の買い物は通信販売以外では難しくなった影響があるとみられる。実際に、英国のインターネット通販は前月比で3月は5.4%増、4月は19.0%増、5月は21.0%増と、大きく上昇した。ただし、小売売上高全体を押し上げるには至っておらず、外出制限の影響は大きいといえる。しかし、経済活動が再開されるのに伴って、4か月目以降は増加に転じ、6か月目には基準月の水準まで戻った。
中国については、他国よりも感染症の影響を早く受けたため、基準月である20年1月と比較すると、その後は経済活動の再開に伴って徐々に消費が増加する傾向が続いている。
自動車販売については、そのほかの財の販売よりも影響が大きく、ユーロ圏、英国、中国については世界金融危機時以上に大きく減少しており、いずれも最も減少幅が大きい月については、前年比で8割以上減少している(第1-2-8図)。世界金融危機時も、欧米では2割以上、中国でも1割程度減少しており、影響が小さかったわけではない。しかしながら、感染症拡大局面において、外出制限等を受けて乗用車販売店が長く閉店したままとなって商談にならなかったケースもあったことを踏まえれば、今回は景気の悪化以上の影響を自動車販売が受けたとみられる。しかしながら、小売売上高と同様に、経済活動の再開に伴って、今回は比較的早く持ち直しの動きがみられる。
(雇用)
失業率は、今回も世界金融危機時も同様に大きく上昇したものの、程度については国によって違いがみられる(第1-2-9図)。アメリカについては、レイオフ(一時解雇)の大幅な増加により、失業率が基準月から3か月目(20年4月)に大きく上昇した(後掲第3-1-29図)。翌月にやや低下したものの、08年の時期と比べても非常に高い水準となっている。欧州については、今回は、求職活動を行わずに労働市場から退出する非労働力人口化の動きがみられたことや、解雇せずに労働時間を短縮して雇用を維持する一時帰休制度が充実していたこともあり、アメリカのように失業率が大きく上昇することはなかった。なお、中国については、今回、基準月から1か月目に失業率が上昇したものの、その後は低下傾向にあり、中国もアメリカほど失業率が大きく上昇することはなかった。
(消費者物価)
消費者物価(総合)については、世界金融危機発生時も今回も、前年比の伸び率が大きく低下した(第1-2-10図)。しかしながら、いずれの国も、世界金融危機時と比べて、今回は低下スピードが遅く、低下幅も今回の方が小さい。消費者物価の前年比の伸び率の低下幅を比較すると、アメリカについては、基準月から1か月目の時点で、世界金融危機時よりも今回の方が小さく、その後もその傾向が続いている。ユーロ圏、英国、中国については、2~3か月目までは世界金融危機時と今回ともに同程度の低下幅となっていたが、それ以降は世界金融危機時の方が低下幅が大きい。今回は、人や物の移動が制限されることでサプライチェーンが途切れ、一部の商品では供給不足が懸念されるものもあったことや、上述のとおり消費全体の落ち込みは一時的には大きかったものの、世界金融危機時よりも早いペースで回復したことなども背景にあると考えられる。
(各国の財政状況)
感染症の拡大を抑えるために各国では休業措置や移動制限措置等により、経済活動を大幅に制限したことから、当初から生産や雇用に与える影響が多大なものになることはあらかじめ予想されていた。各国ではこうした制限措置を導入すると同時に、企業や個人に対して様々な支援措置を実施した。それに伴い、20年の各国の財政状況は大幅な悪化が見込まれている(第1-2-11図)。21年の財政収支はやや改善するものの、感染症第2波発生シナリオでは、引き続き世界金融危機発生時と同程度あるいはそれ以上に財政赤字が大きくなると見込まれており、債務残高も高止まりするとみられている。もともと欧米では、債務残高は世界金融危機発生前の水準には戻らないまま、今回の感染症拡大の影響を受けており、08年に比べると財政余力が大きいとは言えない。しばらくは経済の下支えが必要になるが、感染症拡大及び経済への影響が落ち着いた段階で、各国は財政状況の改善に取り組んでいく必要がある。
(都市封鎖の影響を受けた分野の下落幅は大きいものの、回復は早い)
こうした状況を表にまとめると、国によって多少状況は異なるが、都市封鎖の影響により操業が停止された生産や、店舗が閉鎖された影響を受けた消費については今回の方が影響が大きかったものの、物価については今回の方が影響が小さい傾向にある(第1-2-12表)。雇用については、アメリカ以外は失業率への影響は限定的だったが、その要因として、世界金融危機時の教訓もあり、今回の封鎖措置の前後、極めて迅速に様々な政策が講じられたことが挙げられる(政策対応の詳細については、第2章経済を支えるための政策対応 を参照)。
(2)大恐慌との比較
今回の感染症拡大による経済への影響は非常に大きいとみられており、大恐慌と比較されることも多かった。以下では、大恐慌が発生した経緯を踏まえ、最初に株価や貿易について比較し、続いてその他の経済指標についても比較を行う。その際、危機の影響が出る前の年を基準年とすることとし、具体的には、大恐慌については1929年、今回の感染症については2019年をそれぞれ基準年(100)とする。
(株価)
1920年代のアメリカの好況を支えていた住宅や耐久消費財需要のピークは1926年頃とみられ、1927年以降は住宅価格及び自動車販売台数は下落していたものの、株価は上昇を続けていた4。しかし、1929年10月24日にアメリカの株価が大幅に下落し、「暗黒の木曜日」と言われた。この日を境にアメリカの株価は下落を続け、1932年には、1929年に比べて75.6%減となった(第1-2-13図)。その後は上昇傾向が続いたものの、10年後の1939年になっても1929年の水準まで戻らなかった。
ドイツと英国についても、アメリカと同様に1929年から1932年にかけて下落を続け、1932年に、ドイツの株価は1929年に比べて59.7%減、英国の株価は43.0%減となった。一方、フランスの株価は1936年に、1929年比で64.0%減となるまで下落を続けた。底を打った後、ドイツ及びフランスでは緩やかに上昇したものの、大恐慌が発生してから10年後の1939年になっても1929年の水準までは回復しなかった。英国では1936年に1929年の水準に回復したものの、再び下落するなど、低迷を続けた。
発生源となったアメリカだけではなく、欧州主要国でも数年間株価が大きく下落し、その後の回復にも時間を要するなど、当時の金融市場への影響は非常に大きかったといえる。
それに対して、今回の感染症拡大が株価に与えた影響については、前項でみたとおり、一時的には大きく株価を下押ししたものの(基準月と比べて、アメリカで最大21.6%減、ドイツで最大25.0%減、フランスで最大26.3%減、英国で最大24.2%減)、比較的早期に回復した。金融市場への影響という観点では、下落幅及び期間の両方とも、大恐慌時の方が大きくかつ長かったといえる。しかしながら、今回の株価の動きは、足下では実体経済の回復状況を反映しているものの、回復への期待により上昇しているという側面もあるとみられている。感染症については感染再拡大の懸念もあり、今後の動きには引き続き注視が必要である。
(貿易)
貿易環境については、1930年代は、大恐慌の発生や農業部門の不況の影響により、1930年にアメリカでスムート=ホーレー関税法(1930年関税法)が導入され、広範な輸入品に高い関税が導入された。これに対抗するように、英国でも1932年から経済ブロック化が進められた5。こうした保護貿易主義的な政策が各国で採られ、各国の貿易は大幅に減少した(第1-2-14図)。これと今回の感染症拡大の影響を比較すると、ドイツ及びフランスの輸出と英国の輸入については、基準年から1年目までは大恐慌発生時よりもやや大きな影響を受けるものの、アメリカの輸出入、ドイツの輸入、英国の輸出については、大恐慌発生時よりも、減少幅は大幅に小さい見込みとなっている。基準年から2年目以降については、今回はいずれの国も持ち直す見込みとなっているが、大恐慌発生時は、2年目以降も低下を続け、持ち直しの動きがみられるまで数年かかるなど、影響が長く続いた。大恐慌時には保護貿易主義的な政策が継続的に貿易の動向に影響を及ぼし続けたのに対し、今回は都市封鎖の実施という物理的な制約が貿易の制約要因となったことから、各国がそれぞれ生産活動を再開したことに伴い、グローバルバリューチェーン下の財の流れも早期に復調に向かった点は、大きな違いと考えられる。
(実質GDP)
大恐慌時における経済への影響について、1929年と比較した時の最大の下落幅でみると、アメリカで28.8%減(1933年)、ドイツで15.8%減(1932年)、フランスで14.7%減(1932年)、英国で5.8%減(1931年)となっている(第1-2-15図)。それに対して、今回については、感染症の影響を受ける前である2019年第10~12月期と、感染症の影響を最も受けた2020年4~6月期の実質GDPの実額を比較すると、アメリカで10.2%減、ドイツで11.5%減、フランスで18.9%減、英国で22.1%減となっており、大恐慌の震源地であったアメリカを除くと、大恐慌時と同程度か上回る影響が出ている。
今回と大恐慌時の違いは、影響を受けた期間の長さにある。大恐慌時、アメリカでは、1929年から4年後の1933年まで実質GDPが減少を続けるとともに、回復にも同程度の時間を要しており、1929年の水準に回復したのは、底を打ってから4年後の1937年となった。アメリカに次いで減少幅が大きかったのはドイツで、1929年から3年後の1932年に底を打ったものの、1929年の水準に戻ったのはそれから3年後の1935年であり、回復に減少したのと同じ時間を要した。フランスについては、減少幅はやや小さかったものの、底を打ってから1929年の水準に戻るまで7年を要した。これらの国と比べて影響が小さかった英国については、1929年から2年後の1931年に底を打ち、そこから3年後の1934年に1929年の水準を回復した。いずれの国も数年かけて減少し、回復にも数年を要したことが分かる。これに対して今回は、アメリカ、ドイツ、フランス及び英国のいずれもIMF(2020)のベースライン・シナリオによれば、2020年に底を打つとみられている。ただし、感染症が再拡大した場合は、回復に時間を要するとみられ、引き続き注視が必要である。
(失業率)
景気の大幅な悪化を受けて、大恐慌発生時も今回も大幅に失業率が上昇した。上昇幅を比較すると、欧州については、今回は雇用維持施策の活用もあって比較的上昇が抑えられているものの、アメリカについては基準年から1年目までは大恐慌発生時と同程度に失業率が上昇する見込みとなっている(第1-2-16図)。しかしながら、数年にわたって失業率が上昇を続けた大恐慌時と異なり、今回は1年目に大きく上昇したアメリカでも2年目には低下する見込みとなっており、結果として上昇幅は大恐慌時の方が大きくなる見通しとなっている。その背景には、特に欧州において一時帰休制度などの雇用維持の施策が功を奏していることがあるとみられる。
(消費者物価)
消費者物価については、大恐慌時は、アメリカ、ドイツ及びフランスは3年目まで低下を続け、いずれも3年目には基準年と比べて10%ポイント以上下落した(第1-2-17図)。英国はこれら3か国ほどではなかったものの、2年目まで低下を続け、2年目には基準年と比べると約6%ポイントの低下となった。一方、今回については、1年目までは低下する見込みとなっているものの、低下幅は大きくない。こうした違いが生じた要因の一つに金融政策の違いが挙げられる。大恐慌時は金本位制下で十分な金融緩和が行われなかった一方、今回は各国・地域の中央銀行が大規模な金融緩和を行った(第2章2節2.中央銀行の対応 参照)ことで、今回は物価の下落が比較的抑えられたと考えられる。
(今回の感染症の影響は短期的には大恐慌時と比べても大きい)
こうした状況を表にまとめると、大恐慌時は影響を受けた期間が長かったこともあり、影響が出始めてから元の水準に戻るまでの間の最大の下落幅については大恐慌時の方が大きかったものの、影響が出始めてから翌年までの期間に限定すると、GDPについては今回の方が影響が大きい(第1-2-18表)。
(2つの危機との比較からみえる今回の特徴)
今回の危機はパンデミックを契機としたものであり、経済の内部構造に端を発するものではないことから、発生要因は世界金融危機、大恐慌のいずれとも本質的に異なる。しかしながら実体経済への波及は、そのスピードと深さ、国際的な広がりの速さの全ての面で、短期的には両者のいずれも上回るほどのショックだったと評価できる。他方、多くの指標で、下落から上昇に転じるまでの時間が短かったことも特徴と言える。この背景には、経済活動の低迷を生じさせた直接的な要因である封鎖措置などが数か月で解除されたことに加え、そうした措置が講じられた際に並行して、近い将来の経済活動の再開を念頭に置いた、生産能力の維持等を目的とする施策が迅速かつ大規模に各国で講じられたことが挙げられる。次章で論じるように、先進国では本格的な封鎖措置の実施とほぼ同時期に、企業や家計の支援を目的とした大規模な政策パッケージが打ち出され、政府と中央銀行が連携して様々な政策手段でのサポートを行った。中央銀行の対応策については、世界金融危機時において、迅速に非伝統的な手段を講じたことが指摘されている6が、今回のショックにおいても、伝統的な政策手段の発動余地が極めて限られている中、様々な手段による流動性供給や中小企業の資金繰り支援が手厚く行われている。他方、国際的な観点からは、今回は危機を契機として大恐慌のような保護主義的な動きがみられることはなかったが、各国は感染症の拡大を抑えるために国境を越えた人や物の移動を制限せざるを得ず、結果的に貿易量が大きく落ち込むこととなった。特にサービス面での貿易の低迷が顕著であるとともに、国境間での人の移動が制限されることで、観光業や宿泊業など一部のサービス業には大きな打撃となっている。
IMFは大恐慌と世界金融危機の共通点として、金融機関のレバレッジ解消による貸出の抑制や、実体経済の悪化による金融機関の財務状況へのマイナスの影響を指摘している7が、今回に関しては迅速な政策対応や、実体経済の悪化が比較的短期間で改善に向かっていること、金融機関のバランスシートが先進国では世界金融危機時よりも健全8であり、危機の要因も金融資本市場のブーム崩壊によるものではないことなどから、今のところはそうした問題は指摘されていない。他方で、金融機関にとっての収益性は世界金融危機時よりも低下している点には留意が必要である。
2.業態別にみられた特徴的な動き
(1)サービス業と製造業への影響比較
今回は感染症拡大を封じ込めるために、各国政府は外出制限や移動制限等により、経済活動を大きく抑制させた。以下では、製造業とサービス業それぞれについて、そうした制限の影響の大きさをみていく。
(世界)
世界全体の景況感(PMI)をみると、製造業については、米中貿易摩擦の影響もあり、19年は中立水準である50前後で推移していたが、感染症がまず中国で、追って欧米でも拡大し、世界各国で休業措置や移動制限等が導入される中で、景況感が大幅に悪化し、20年4月には08年の世界金融危機以来の最低値である39.6となった(第1-2-19図)。サービス業については、感染症が拡大する前は50を上回って推移しており、改善傾向が続いていたものの、20年に入って感染症が世界各国で拡大し、各種制限措置が導入されるのに伴って、製造業以上に景況感が悪化し、20年4月には統計開始以来の最低値である23.7となった。しかしながら、各国で経済活動の再開が段階的に進められる中で景況感は製造業及びサービス業ともに改善しており、7月には製造業が50.3、サービス業が50.5と、中立水準である50に戻った。
こうした景況感の変動幅を世界金融危機発生時と比較すると、製造業景況感については、3か月目まではおおむね同程度の低下幅となっていたものの、今回は4か月目に大きく戻し、その後も上昇を続けている(第1-2-20図)。一方で、サービス業については、低下幅も低下するスピードも今回の方が非常に大きい。世界金融危機時と異なり、今回は製造業よりもサービス業への影響が顕著にみられたといえる。
今回、製造業よりもサービス業の景況感が大きく下落した背景には、感染症の封じ込めのために導入された移動制限や外出制限等の措置による影響が大きいと考えられる。こうした都市封鎖とサービス業景況感の関係をみると、教育機関や公共交通機関の閉鎖、外出制限、移動制限等がより多く実施された国ほど、サービス業景況感が大きく下落した(第1-2-21図)。
他方で、鉱工業生産については、世界金融危機時も今回も大きく下落した(第1-2-22図)。ただし、今回は4か月目にはやや上昇したものの、世界金融危機時は8か月目にようやく上昇しており、今回は比較的早期に回復に向かっている。
製造業及びサービス業PMIの新規受注指数をみると、いずれも4月を底に上昇し、足下では50を上回り、改善圏内に入ったことから、この動きが続けば鉱工業生産の回復が続くと期待される(第1-2-23図)。
輸出の状況をみると、世界金融危機時よりも今回の方が減少スピードは速いものの、下落幅は今回の方が小さい(第1-2-24図)。今後について新規輸出受注PMIをみると、足下で上昇し、中立水準の50を上回って改善圏内となった(第1-2-25図)。ただし、生産に比べて回復が弱いことには注意が必要である。
製造業及びサービス業の雇用の状況について、PMIの雇用指数をみると、いずれの業種も、中国を始めとして感染が拡大し始めた20年初から低下し始め、欧米等で移動制限や外出制限等が実施された4月に大きく低下した(第1-2-26図)。特にサービス業については、それまでは50を上回って推移していたものの、4月の低下が大きかった。その後、各種制限措置が解除され始めた5月から上昇しており、7月には製造業は47.1、サービス業は48.2まで回復した。ただし、引き続き中立水準の50を下回り、悪化圏内にあることから、雇用の先行きには注意が必要である。
(アメリカ)
アメリカでは、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた休業措置や外出制限措置等により、感染拡大前に低調となっていた製造業のみならず、それまでは好調だったサービス業も急速に悪化することとなった。
まず、企業による景況感をISM景況指数9でみると、製造業については、20年初めに改善・悪化の分岐点である50ポイント近傍で推移していたが、4月に41.5と急速に低下し、09年4月以来、11年ぶりの低水準となった。非製造業10については、20年初めは50ポイント台後半で推移していたが、4月には41.8となり、09年3月以来、11年1か月ぶりの低水準となった(第1-2-27図)。製造業の指数は19年後半に50を下回っていた一方、非製造業の指数が50を下回るのは09年12月以来であり、10年以上改善が続いていた非製造業の景況感にも影響が及んだことがわかる。ただし、6月以降は製造業、非製造業いずれも50を上回っており、持ち直している。
続いて、生産活動について、鉱工業生産指数の動きをみると、感染症の影響で多くの工場が操業を停止したことなどを受け、20年3月以降の鉱工業生産は、総合指数11、製造業指数ともに大幅な落ち込みを示した(第1-2-28図)。特に20年4月は、総合指数は前月比12.8%減、製造業指数は同16.0%減となり、いずれも1919年の統計開始以来最大の減少幅となった。5月には、多くの業種において経済再開の動きがみられ、前月比0.9%増と3か月ぶりの上昇に転じ、6月以降も持ち直している。
また、産業別GDPをみることにより、サービス業も含めた全産業の動きを確認すると、20年1~3月期において、製造業は前期比1.2%減、サービス業は同1.6%減となっており、サービス業への影響が相対的に大きいことが分かる。サービス業の内訳をみると、小売が前期比1.8%減、飲食・宿泊が同7.5%減、芸術・娯楽が同10.1%減と、休業措置や外出制限措置等の影響を受けた業種で大きく落ち込んでいる(第1-2-29図)。
労働市場においても、製造業及び非製造業双方への影響がみられており、また両者への影響度には違いがみられる。アメリカでは、2月から4月にかけて計2,216万人の雇用が失われるなど、労働市場は過去に類を見ない大きな打撃を受けた(第1-2-30図)。4月の業種別の雇用者数をみると、製造業は前月比10.3%減、非製造業は同16.3%減となり、製造業よりも非製造業において雇用者数の減少率が大きくなっている(第1-2-31図)。また、非製造業の中でも、レジャー・接客業や食料品を除く小売業といったロックダウンの影響を直接的に受ける業種において減少率が大きくなっている一方、小売業のうち食料品や金融業等、ロックダウンによる直接的影響が比較的小さい業種においては、減少率も小幅にとどまっている(第1-2-32図)。
(中国)
中国では、20年1月半ば以降、感染症の感染者数が急速に増加する中、春節休暇が延長され、さらに、多くの省市政府で2月10日まで休業措置が採られ、これに伴い防疫物資や生活必需品等を除き生産活動の多くが停止された。この影響により、鉱工業生産は、1~2月に前年比13.5%減と大きく落ち込んだが、その後は防疫措置を採りつつ操業再開が進められており、3月に同1.1%減と大きくマイナス幅が縮小、4月には同3.9%増とプラスに転じ、7月同4.8%増まで持ち直している(第1-2-33図)(詳細は、第3章第2節1.中国経済の動向 を参照)。他方、サービス業生産は、1~2月に同13.0%減と大幅な減少となった後、5月にようやく同1.0%増と小幅なプラスに転じ、7月時点でも同3.5%増と、鉱工業生産に比べて回復のペースが緩やかとなっている。なお、中国国家統計局によれば、サービス業については、1~2月には、金融業、情報通信・ソフトウェア・ITサービス業を除く主要業種でマイナスとなったが、その後の回復については業種により差があり、5月に全体が前年比プラスに転じた際も、接触型・集合型消費の回復は鈍く、関連産業の生産水準が依然として低いことがサービス業の安定的な回復の主な制約要因となっているとした12。
企業の景況感指数(PMI)をみると、製造業、非製造業ともに2月に大幅な悪化を示したが、3月以降は再び改善・悪化の分岐点である50を超えて推移している(第1-2-34図)。ただし、製造業では、3月に急上昇した後は小幅に低下している。内訳をみると、生産指数に比べ新規受注指数が低い水準となっている(第1-2-35図)。特に、PMIの関連指数である新規輸出受注指数は、3月に上昇した後に再び大きく低下し、5月以降再び上昇しているものの、依然として50を下回っている。感染症の世界的流行による世界経済の低迷により、外需が縮小している影響がうかがえる。
他方、非製造業については、3月に急上昇した後も上昇傾向となっている。内訳をみると、サービス業に比べて建設業が速いペースで回復している(第1-2-36図)。中国政府が景気対策の一環としてインフラ投資の拡大を進めていることも背景にあると考えられる。
雇用情勢について、PMIの雇用指数をみると、2月には、製造業、非製造業ともに大きく低下した。生産活動が停止された影響により製造業の落ち込みがより大きかったが、その反動もあり3月に大きく上昇したものの、その後は低下に転じ、5月に再び50ポイント割れしている(第1-2-37図)。新規輸出受注が減少しており、輸出企業を中心に雇用にも影響が生じている可能性もある。また、非製造業では、4月まで上昇が続いた後、5月以降おおむね横ばいとなっている。内訳では、景況感と同様に、建設業では1月の水準を超えて上昇している一方で、サービス業では依然下回っており回復が鈍くなっている(第1-2-38図)。上述のとおり、宿泊・飲食業、文化・スポーツ・娯楽業等における回復の遅れが雇用に影響を与えていることが考えられる。
(ヨーロッパ)
ヨーロッパでも、アメリカや中国と同様に、感染症拡大及び感染抑制のために導入された休業措置や外出制限措置等により、製造業及びサービス業生産が大幅に悪化した。
まず企業の景況感をみると、製造業PMIについては、米中貿易摩擦の影響や、英国のEU離脱の不確実性の影響で、19年から中立水準である50をやや下回って推移していたが、欧州で感染が拡大し、移動制限や休業措置等が採られ始めた20年3月にやや低下した後に、4月に大きく低下し、ユーロ圏は33.4、英国は32.6となり、リーマン・ショックの起こった08年~09年の時期を下回り、統計開始以来最も低い水準となった。感染症及び各種制限措置が企業のマインドに大きな影響を与えたとみられる。ただし、制限措置が解除されるのに伴って上昇し、8月にはユーロ圏は51.7、英国は55.3となり、いずれも中立水準である50を上回り、製造業は拡大圏内に入ったことが示された。
サービス業PMIについては、17年以降、おおむね50を上回って推移していたものの、感染症の拡大や制限措置の影響で、3月、4月に大きく低下し、4月にはユーロ圏は12.0、英国は13.4となり、サービス業のPMIも統計開始以来最も低い水準となった。感染拡大を防ぐため、3月中下旬から5月にかけて飲食・宿泊業などの営業が停止されており、製造業に比べて低下幅が大きくなったとみられる。ただし、経済活動が段階的に再開されるのに伴って上昇し、8月にはユーロ圏は50.1、英国は60.1と中立水準である50を上回り、サービス業も拡大圏内に入ったことが示された(第1-2-39図)。
足下の生産活動について、まず鉱工業生産を業種別にみると、感染症の拡大を抑制するために、欧州主要国で3月中旬から下旬にかけて移動制限措置や休業措置等が実施されたことで、3月以降は大幅に減少し、2月から4月にかけてユーロ圏で前月比30.2%減、英国で同23.7%減となった(第1-2-40図)。特に輸送機器については、各国で実施された休業措置に加えて、部品供給に支障が出て早くから一部工場の稼働が停止されたこともあり、2月から4月にかけて、ユーロ圏及び英国の鉱工業生産をそれぞれ7.4%ポイント、6.2%ポイント押し下げた。そのほか、様々な産業で用いられるゴム・プラスチック・非鉄金属も、鉱工業生産を大幅に下押しした。5月から徐々に休業措置が解除され始めたことで欧州の鉱工業生産は上向いているものの、経済活動の再開は段階的に進められていることや、受注は戻りつつあるものの引き続き弱いことから、依然として感染症が拡大する前の水準には戻っていない(後掲第3-3-18図、36図)。
サービス業生産については、休業措置等が採られ始めた3月及び4月に大きく減少し、2月から4月にかけて、ユーロ圏では前月比29.2%減、英国では同24.6%減となった(第1-2-41図)。特に飲食業については、感染拡大防止のためにテイクアウトを除いて営業が停止され、また、宿泊業についても不要不急の外出は制限されたことから宿泊数が大きく減っており、飲食・宿泊業のサービス生産は2月から4月にかけて、ユーロ圏では同81.8%減、英国では同90.7%減となり、ほぼ停止状態となった。卸・小売については、生活関連必需品である食料品・医薬品等の販売は許可されていたこともあり、飲食・宿泊業に比べれば減少は小さかったものの、それでも2月から4月にかけて、ユーロ圏で同19.6%減、英国で同34.8%減となった。なお、情報通信関連については外出が制限されるなかでもインターネットを通じたサービス提供が可能だったとみられ、減少はしているものの、同期間の低下幅はユーロ圏で同5.9%減、英国で同13.4%減となり、サービス業全体に比べて低下幅は小さい。製造業と同様に、経済活動の再開が進められる中でサービス業生産も徐々に上向いているものの、回復の速度は緩慢なものとなっている。
今回は経済の落ち込みの要因が感染症であることから、対面でのやり取りがより多く求められるサービス業生産への影響が大きくなるなど、製造業とサービス業に与えた影響には違いがみられた。それは雇用にも影響している。感染症の雇用への影響を、PMIの雇用指数でみると、製造業については各種制限措置が導入された3月、4月に大きく落ち込み、2月から4月にかけてユーロ圏で11.9ポイント、英国で21.6ポイント低下した。最も低い水準となった4月にはユーロ圏で35.8、英国で28.1となり、ユーロ圏ではリーマン・ショック時以来、英国では統計開始以来最低の水準となった。
サービス業でも大きく低下しており、2月から4月にかけてユーロ圏で20.2ポイント、英国で24.7ポイント低下し、雇用を減少させると回答した企業の割合が急激に高まったとみられる。最も低い水準となった4月の値は、ユーロ圏で32.6、英国で26.1となり、サービス業もユーロ圏及び英国で統計開始以来最低の水準となった(第1-2-42図)。
サービス業と製造業の指数の2~4月にかけての下落幅を比較すると、ユーロ圏及び英国ともにサービス業の下落幅は製造業より大きく、サービス業での雇用への影響が大きかったことが分かる。雇用においてサービス業が占める割合は、ユーロ圏で7割程度、英国で8割程度となっており、サービス業生産の早期回復が雇用にとっても重要であるが、サービス業の雇用指数は8月でもまだ中立水準である50を下回り、悪化圏内にあるなど、雇用の回復には時間がかかっている。
(2)テレワークの進展等の新たな動き
今回の感染症拡大とそれに伴う外出制限の導入により、テレワークを行う職種、業種の広がりがみられたことが指摘されている。近年、IT技術の進展やネットワーク環境の改善に伴い、テレワークが可能な職種の比率を国別にみると高所得国で高い傾向がみられる(第1-2-43図)。テレワークは、柔軟な働き方の促進や生産性向上の観点から各国で導入が進んできた。アメリカでは、2017~18年の調査ではテレワークを行った者の割合は15%程度13だったものの、19年3月下旬時点で、所得階層によって違いはあるものの、35~71%がテレワークを実施したとの調査結果がある(第1-2-44図)。一方で対面でのコミュニケーションの利便性が高い分野では、進展が緩やかであったとみられる。しかしながら、今回の感染症拡大とそれに伴う外出制限の導入により、これまでテレワークが進んでいなかった企業や組織でも、テレワークを中心とした業務形態に切り替わったケースもあるとみられる。
(インターネットを通じた働き方や余暇の普及)
感染症拡大を抑制するため、各国で外出制限等の措置が採られたことで、テレワークで業務を進める動きが加速するとともに、買い物や娯楽といった日常生活を送る上でも、なるべく家の中で行う必要が出てきたことから、インターネット通販や動画配信サービスの利用がこれまで以上に進んだとみられる。こうした動きを背景にGAFAと呼ばれるIT企業の株価は、2月中旬から3月の中旬までは他の企業と同様に下落を続けたものの、外出制限等が欧米主要国で導入され始めた3月頃から上昇傾向にある。また、広告収入が減少したAlphabetを除いて、20年4~6月期決算は増収増益を記録しており、特にオンライン販売大手のAmazonは過去最高益を記録した。これらの企業はアメリカの企業であることから、比較対象としてNYダウと比べても上昇幅が大きく、既に感染症が拡大する前の20年1月1日の水準を上回って推移している(第1-2-45図)。
(環境投資の推進の動き)
これまでもグリーン経済やデジタル経済に向けた取組が進められていたが、感染症収束後の経済構造の転換を見据えて、成長戦略に環境・デジタル化推進に向けた取組が目立つようになっている。欧州や国際機関では、デジタル化に加えて環境対策を通じた経済復興(グリーン・リカバリー)という考え方が提唱されており、EUは2021~2027年中期予算計画に環境対策技術に関する研究開発プログラムを盛り込んだ。また、ECBのラガルド総裁は、環境対策の資金調達のために発行するグリーン債の積極的な購入を検討しているとも言われており、欧州では財政・金融政策の両方において環境対策を盛り込む動きが進んでいる。
3.今後の見通し
(1)世界経済
世界の実質経済成長率は、18年後半以降は低下し始め、19年中は低い水準となっていたが、2020年に入って感染症拡大の影響で更に大幅に下落し、1~3月期及び4~6月期はマイナス成長に陥った。特に、20年4~6月期は、世界金融危機時よりも大きなマイナス成長となった(第1-2-46図)。G20でみると、1~3月期は主要国・地域(アメリカ、EU、日本、中国)を除くその他の国の中には、前年比でプラス成長を保った国もあったものの、4~6月期はいずれも大きなマイナス成長となるなど、先進国、発展途上国を問わず、世界各国で感染症拡大が大きく影響している(第1-2-47図)。
こうした状況を受けて、IMFやOECDといった国際機関では、20年の経済見通しを大きく引き下げた(第1-2-48図)。20年はもともとは3%台半ばのプラス成長が見込まれていたものの、感染症が各国で拡大するにつれて見通しを引き下げ、20年6月には、IMFもOECDも、20年は世界金融危機時14を下回り、5%前後のマイナス成長を見込んでいる。
(世界経済のリスク1:感染再拡大や不確実性の高まり)
現時点で大きく懸念されているのは、感染症の再拡大が起こり、再び移動制限や封鎖措置が講じられることで、経済の回復が下押しされることである。OECDは、第2波の発生により、発生しない場合に比べて、20年の成長率が1.6%ポイント減となり、21年も2.4%ポイント減になるとみている(前掲第1-2-48図)。また、感染症再拡大の度合いが小さくなった後も、再拡大に関する不確実性が高止まりすることで、家計・企業のリスク回避度が上昇し、消費や投資、新規雇用に長期的な影響が残る可能性がある。加えて、世界金融危機後の回復期と比較して、今回の回復時には、世界経済の成長のけん引役となる中国の成長率は相対的には低下している。こうした要因により、各国が政策による下支えを適切に行わないと、20年後半以降の世界経済の回復が弱いものとなることが予想される。
なお、今回の感染症拡大を契機とした経済の停滞は、部門によって影響の度合いに差があるのがひとつの特徴と考えられる。経済が回復に向かい始めたのちも、既述のとおりサービス業、特に旅行や外食サービスの需要の回復は大きく遅れているのに対し、テレワークの広がりなどを背景に新たな成長分野と考えられる情報通信サービスや関連機器等の部門では生産がいち早く伸び始めている。こうした動向は今後も続く可能性があり、これを受けた労働市場や資本市場での資源の再配分が進まない場合には、経済の回復も円滑に進みにくい可能性がある。
一方で、世界金融危機時と比べて、先端的なクリーンエネルギーやデジタル化のコストは大幅に低下し、新たに登場した水素関連技術の先行きに対する期待が高まっている。政策のサポート等を通じてこうした技術に関連する投資が増えれば雇用創出にもつながり、感染症収束後の回復の後押しとなることが期待される。
(世界経済のリスク2:通商問題の動向と国境間の人の往来への影響)
米中間の通商問題は、香港をめぐる情勢等を背景に緊張が再び高まっている。これに加え、新興国等での感染症の広がりが抑えられない場合は、観光や留学等での国境間の人の移動に対する制限が続くことも考えられる。世界貿易や人の往来の低迷が続けば、グローバルバリューチェーンで密接につながっている世界各国経済の回復の重しとなる可能性がある。
(世界経済のリスク3:先進国での財政状況の悪化)
感染拡大の封じ込めと経済への悪影響の緩和の両方を目指して、先進諸国では大規模な財政出動が行われ、各国の財政状況が大きく悪化する見通しとなっている(前掲第1-2-11図)。危機対応としての財政支出は不可避なものであったが、今後経済の停滞が長引けば、中期的に財政の持続可能性に対して疑問が出てくる可能性もある。各国は今後、感染拡大抑制、景気回復、財政の持続可能性の維持の間でバランスを取る必要があり、難しいかじ取りを迫られる。
(世界経済のリスク4:新興国・途上国における感染症や経済の先行き)
感染症拡大のペースは一部の新興国や途上国で依然として高止まりしているが、新興国・途上国の中には感染症対策として大規模な財政支出を行う余裕がない国もみられ、先進国と比して経済成長の回復が遅れる懸念がある。
新興国・途上国では、パンデミック以前から公的債務の対GDP比が上昇トレンドにあったことが指摘されている15が、感染症の拡大に対応した財政支出の増加や、経済動向の低迷に伴い、こうした国々での公的債務の状況が大きく悪化すれば、国際金融資本市場に波及する可能性も考えられる。