第2章 主要地域の経済動向と構造変化(第1節)
第1節 世界経済の動向
1.世界経済の現状と見通し
2018年前半の世界経済は、前年に引き続き緩やかな回復を続けている。17年は世界各国・地域において同時進行で景気が回復したが1、18年入り後も世界同時進行の景気回復が続いているとみられる(第2-1-1図)。ただし、アメリカ、ヨーロッパ間で回復の勢いに差もみられる。
17年以降の同時回復の背景には、貿易の拡大がある。リーマン・ショックに端を発する世界金融危機後、世界の貿易量の伸びが経済成長率を下回るいわゆる「スロー・トレード」の状態に陥っていたが、16年秋以降、貿易量の伸びが急回復した。この貿易拡大の流れは、生産や設備投資の拡大にも波及している。
OECD(経済協力開発機構)やIMF(国際通貨基金)は、17年秋時点での17年の世界経済の成長率見通しを18年春の見通しで上方改定しており、特に17年後半は17年秋時点での予測よりも力強い回復となった。世界全体の実質経済成長率をみても、17年後半に成長率が高まっていることが分かる(第2-1-2図)。以下では、現在の世界経済の回復の状況を確認していきたい。
(堅調な貿易・設備投資)
17年の世界経済の成長率が予測を上回るペースで回復した背景には、貿易と設備投資の回復がある。
貿易の動向を世界全体及び主要国・地域における輸出から確認すると、17年末から18年にかけて伸びが加速しており、特に中国を含む新興アジアの伸びが顕著である(第2-1-3図)。世界の貿易量の成長率は、16年の2.3%から17年には4.9%へと加速しており、IMF(2018a)は18年には5.1%へと更に勢いが増すと見込んでいる。
生産の動向をみると、世界貿易の拡大等を受け、世界の鉱工業生産も堅調な増加が続いている(第2-1-4図)。先進国における生産水準をみると、ユーロ圏は未だ世界金融危機直前に記録したピークに到達していないものの、アメリカは17年末にピークを超えている。新興アジアでは、世界金融危機前と比較して大幅な増加となっている。
また、16年秋頃からの貿易拡大等を背景とした生産の増加は、17年には設備投資へも波及したと考えられる2。アメリカとユーロ圏の設備投資を確認すると、17年は16年と比較して伸びが高まっている(第2-1-5図)。特に、アメリカでは、16年は設備投資に弱い動きがみられたが、17年は堅調に増加しており、世界金融危機直前のピークを大きく超えている。貿易と設備投資の間には強い相関関係があり3、こうした先進国における設備投資の回復が更に貿易拡大に寄与しているものと考えられる。
(プラス転換が見込まれる世界のGDPギャップ)
次に、実際のGDPと潜在GDPとの差を表すGDPギャップから、世界経済の堅調さを確認していきたい。
推計方法により幅が生じるが、世界銀行(2018)によれば、世界全体のGDPギャップは、18年に世界金融危機後初めてプラスに転じると見込まれている(第2-1-6図)。世界全体のGDPギャップは、世界金融危機後09年に-3.3%と大幅なマイナスに転じた後、緩やかなペースでゼロに近付き、18年には0.1%のプラスに達すると予測されている。
先進国と新興国・途上国のGDPギャップをみると、先進国では09年に新興国・途上国よりも大きく落ち込んだ後、徐々にゼロに近付き、ようやく18年に0.3%のプラスに転じると見込まれている。他方、新興国・途上国のGDPギャップは、世界金融危機後の落ち込みから急激に回復し、11年にプラスとなったが、16年以降は再びマイナスに転じている。マイナスに転じた大きな要因は、14年後半以降の原油価格を始めとする商品価格の大幅な下落や主要貿易相手国の低成長を受け、16年に新興国・途上国の中でも資源輸出国のGDPギャップがマイナス方向に大きく拡大したことにある。18年の新興国・途上国のGDPギャップは、ゼロに近付きつつあるものの、依然として-0.3%とマイナスに留まると予測されている。
(世界経済の見通し)
18年の世界経済は17年に続き、緩やかな回復が続くとみられる。国際機関の経済見通しによれば、世界の実質経済成長率は18年には17年よりも更に加速し、その勢いを19年も維持すると見込まれている。例えば、IMF、OECDともに18年、19年それぞれ4%弱の成長が予測されている。これらの見通しは、両機関とも昨年秋時点から上方改定がなされている4。また、主要先進国では18年と比較して19年には成長率が幾分低下すると見込まれている(第2-1-7表)。
2.世界経済の主なリスク要因
今後の世界経済は緩やかな回復が見込まれるものの、留意すべきリスク要因も存在する。
(1)通商政策の動向
アメリカを始めとする国々の通商政策において、貿易制限措置が広がりつつある点に留意が必要である5。18年3月にアメリカ政府が鉄鋼・アルミニウムへの追加関税を発動して以降、複数のアメリカの貿易相手国がそれに対する対抗措置を発動又は発表している。さらに、アメリカ政府は、各国からの自動車輸入についても安全保障への影響について調査を始め、輸入制限措置を課すことを検討している。
GDP6及び輸出入7が世界第1位、第2位の米中間においては、7月にアメリカ政府が「中国による技術移転の強要、知的財産権の侵害」を理由に中国からの輸入品に対し追加関税を賦課し、更なる追加措置の検討も行われており、中国政府もそれに対する対抗措置を講じている。企業がグローバルバリューチェーンを構築する世界経済にあっては、二国間での貿易制限措置の影響は容易に他国にも波及し得る。例えば、中国はアジア近隣諸国より電子部品等を輸入し、アメリカやEUに携帯電話やコンピュータ等を輸出する貿易構造を有しており、アメリカが中国からの輸入に何らかの貿易制限措置を加えた場合には、その影響はアジア近隣諸国にも及び得る(第2-1-8図)。
経済・貿易規模が大きい米中間において更なる貿易制限措置が実施された場合や、米中間にとどまらず世界において貿易制限措置が拡大した場合には、貿易に支えられてきた世界経済の回復に大きな影響が及び得る。例えば、OECDは、アメリカ、中国、EUが全ての貿易相手国に対して全ての財の貿易コストを10%ポイント引き上げた場合、中期的に世界の貿易量は約6%減少し、世界のGDPは約1.4%減少する可能性があると試算している8。また、IMFは、米中などで実施済みの追加関税措置に加え、すでに公表済みだが未実施の措置等も実施に移され(18年7月18日現在)、その影響が最も深刻な場合には、世界のGDPを1年目に約-0.4%、2年目に約-0.5%押し下げる可能性があると試算している9。
(2)アメリカの金融政策の動向
アメリカでは、拡張的な財政政策の下で金融政策の正常化が進められている。18年1月以降、連邦法人税率の引下げを含む税制改革が実施され、連邦政府の歳出上限が引き上げられるなど、拡張的な財政スタンスがとられており、財政赤字の拡大とそれによる金利上昇圧力の高まりが見込まれる。こうした環境の下で、FRB(連邦準備制度理事会)は、バランスシートの漸進的な縮小と政策金利の引上げによる金融政策の正常化を進めており、金利が予想以上に急激に上昇した場合には、アメリカ経済、ひいては世界経済を減速させる可能性があるほか、世界的な資金フローを変え、一部新興国等で急激な資本流出を招くおそれもある。
(3)英国のEU離脱を始めとするヨーロッパにおける政策に関する不確実性
ヨーロッパでは、英国のEU離脱交渉が難航する中、交渉の事実上の期限が18年10月に迫っており、19年3月の離脱後の英国とEUの経済関係について不透明感が払拭されていない。また、18年3月のイタリア総選挙の結果、6月にはEUに懐疑的な政党による連立政権が発足し、このような政治情勢の変化が経済政策の不確実性を高める可能性がある。
(4)中国における過剰債務問題や不動産価格の動向
過剰債務問題については中国政府によるデレバレッジの取組が進められ、不動産価格についても価格抑制策が実施されている。これらにより、債務残高・GDP比はおおむね横ばいで推移しており、不動産価格も一級都市ではおおむね横ばいとなっているが、それらの水準は依然として高い。このため、過剰債務問題の深刻化や不動産価格の大幅な変動は、銀行のバランスシートの毀損や融資態度の慎重化につながる可能性も否定できない。また、中国政府がそれらの対応策として過度の金融引締めや金融規制の強化を行った場合には、景気を下押しする可能性もある。これらの問題が中国経済を減速させた場合、その影響が貿易等で結びつきの強いアジア新興国を始め世界の景気に波及する可能性がある。
(5)金融資本市場の変動等
ここで述べた様々なリスクが顕在化した場合、金融資本市場が短期間に大きく変動し、その影響が世界各国の実体経済に波及する可能性がある。18年2月及び3月には、アメリカの長期金利上昇、財政赤字拡大への懸念、米中間の貿易摩擦等を材料にアメリカ市場で株価が急落し、それが他の主要国の株式市場へも波及した10。このように金融資本市場においては、リスクがこれまで以上に強く意識されていることから、その動向を注視していく必要がある。
また、18年前半には、OPEC加盟国・非加盟国の協調減産やアメリカによるイランに対する経済制裁への警戒感等を背景に原油価格が上昇基調にあり11、原油価格の動向にも留意する必要がある。
コラム2-1:18年上半期の原油市場の動向と原油価格の見通し
18年上半期の原油価格の動向を確認した後、原油価格に大きな影響を与えてきたOPEC加盟国・非加盟国による協調減産の進捗と今後の取組を概観し、最後に原油需給・原油価格の見通しをみていく。
(1)18年上半期の原油価格の動向
原油価格は17年後半以降総じて上昇基調にあり、18年入り後に下落した局面もみられたものの、18年は17年よりも高い水準で推移している(図1)。世界の原油等の需給をみると、17年4~6月期以降、需要超過が続いている(図2)。この原油価格の上昇は、世界経済の緩やかな回復による需要増加の一方で、OPEC加盟国・非加盟国の協調減産による供給減少により、需給が引き締まっていることが背景にある(本コラム後述)。加えて、17年末から1月初めにかけてのアメリカにおける寒波や、中東情勢の緊張の高まりといった地政学的リスクも原油価格上昇に寄与した(注1)。また、18年6月後半には、OPEC総会での合意内容(本コラム後述)や、アメリカ政府が各国にイランからの原油の輸入停止を求めたことも、原油価格を押し上げた。さらに、近年、世界的な金融緩和が続いたことにより、投機を目的とした資金流入も増加している。買建玉、売建玉に占める非当業者(原油を主原料とした物品の売買等を業としている者以外の者(ヘッジファンド等))のシェアを確認すると、17年末から18年初めには非当業者の買建玉が増加する一方、売建玉が減少しており、買い圧力が高まったことも価格上昇の要因となったと考えられる(図3)。
原油価格が上昇基調にある中でも、18年前半には原油価格が大きく下落する局面が複数回あった。2月には世界的な株安(第1章第1節参照)を受け、また、3月後半から4月初めにかけては米中貿易摩擦への懸念による投資家心理の冷え込みにより、原油市場から大きく資金が流出し、原油価格が下落した。5月末以降は、イランやベネズエラでの原油供給量減少の可能性を受け、ロシアとサウジアラビアが増産に前向きな姿勢を示したことを契機に値を下げた。さらに、アメリカでシェールオイルを含む原油生産量が増加していることも(第2章第2節参照)、原油価格の上値を抑えた。
(2)OPEC加盟国・非加盟国(注2)による協調減産の進捗
OPECは、16年11月30日の第171回総会において、加盟国全体の生産目標を日量3,250万バレルとすることで8年ぶりに協調減産に合意した(16年10月の日量3,370万バレルから、全体で約120万バレル、イランを除き加盟各国それぞれで4.6%前後の減産を目標とした)。同年12月のOPEC加盟国とロシア等非加盟国との会合においては、非加盟国全体で日量55.8万バレルの減産目標に合意し、OPEC加盟国・非加盟国合わせて日量180万バレル程度の協調減産を実施することとなった。協調減産の期限は当初17年6月末までであったが、17年5月の第172回OPEC総会で18年3月末までの延長が決定された。さらに、協調減産の決定から1年後の17年11月30日の第173回総会では、減産参加国は従来と同じ減産量で18年末まで1年間の延長を行い、それまで対象外であったナイジェリアとリビアに対しても両国合計で日量280万バレルの上限が設定された。
協調減産は順調に進められており、17年8月以降、OPEC加盟国・非加盟国全体の減産目標の遵守率(注3)は100%を超え、更に上昇している(表4)。OPEC加盟国については、17年6月から9月は目標を超える生産量であったが、10月以降は減産が遵守されており(図5(1))、ロシアも17年以降生産量を減少させている(図5(2))。
協調減産をみる上で着目すべき点として、石油在庫がある。減産合意を決定した16年11月の第171回OPEC総会では、OECD加盟国・非加盟国の石油在庫は過去5年平均を大きく上回る水準まで積み上がっており、これを「通常の水準」(Normal Level)に低下させる必要性に言及している。この「通常の水準」について、OPECは明示しておらず、OECD加盟国の石油在庫の過去5年平均が、事実上「通常の水準」の達成を図る指標となっている(注4)。OECD加盟国の石油在庫の状況をみると、協調減産開始後、大幅に在庫が減少しており、18年前半には過去5年平均の水準を下回り始めている(図6)。
(3)今後の協調減産
18年6月22日に第174回OPEC総会が開かれ、5月現在のOPEC加盟国の減産遵守率が152%にまで上昇していることを踏まえ、7月1日以降は遵守率を100%(日量120万バレルの協調減産)にまで低下させる、すなわち、遵守率100%の水準まで増産することで合意した。翌23日のOPEC加盟国・非加盟国閣僚会合においても、5月現在のOPEC加盟国・非加盟国による協調減産の遵守率が147%に達していることを踏まえ、遵守率を100%にまで低下させることで合意した(日量180万バレルの協調減産)。この合意の背景には、アメリカの対イラン経済制裁やベネズエラの政情不安等による供給減を受けた原油価格上昇を抑えることにあるとみられている。また、協調減産の期限は、昨年合意したとおり、18年末までとされている。この合意により、OPEC加盟国・非加盟国合計で、これまで実際には日量約265万バレルの減産が行われていたところを、日量約180万バレルの減産に抑えることとなり、日量約85万バレルの増産(注5)が目指されることになる。ただし、一部の産油国では増産は困難であり、増産量は85万バレルに達しないとの見方もある。
(4)原油需給・原油価格の見通し
最後に、今後の原油需給と原油価格の見通しをみていく。
国際エネルギー機関(IEA)(2018)によると、18年は、OPEC加盟国・非加盟国の協調減産が継続される一方で、OPEC非加盟国全体の供給量は、17年より日量約180万バレル程度増加すると見込まれている(注6)(図7)。このうちの約85%はアメリカによるものであることから、今後の原油価格はアメリカの生産量の影響を大きく受けることになる。他方、石油需要は、堅調な世界経済等を背景に、18年は増加を続けると見込まれる(図7)。ただし、世界的な通商問題の深刻化により石油需要が減少する可能性を留意点として挙げている。
また、長期的な原油価格の見通しについて、米エネルギー情報局(EIA)(2018)は、2050年までの原油価格を予測しており、経済や人口が現在のトレンドをたどり、既存の技術がこれまでのトレンドに沿って改善し、エネルギー市場に係る規制が変わらないと仮定した場合(注7)、原油価格は、20年代はじめまでに大きく上昇すると見込まれ、長期的にも上昇が続き、2050年にはブレント、WTIともに110ドル/バレル近辺に達すると予測されている(図8)。
(注1) 18年5月にトランプ大統領がイラン核合意離脱を表明し、イランからの原油等の輸入を禁じる措置を含む経済制裁を課すと発表。また、原油が主要な輸出品目であるベネズエラでは、外貨準備の不足やハイパーインフレが進み景気後退が深刻化する中、18年5月に大統領選挙が実施され、マドゥーロ氏が大統領に再選されたが、G7はこの選挙について正当性及び信頼性を欠いているとする声明を発出した。マドゥーロ政権は、アメリカ批判を展開しており、アメリカはベネズエラへの投融資を制限するといった経済制裁を実施している。こうした政治経済状況を背景に、原油生産のための資材の調達等が困難となり、原油の生産や輸出が滞っている。イラン産原油の供給減少とともに原油価格上昇の懸念材料となっている。
(注2) 合意当時(16年11月)はOPEC13か国、非OPEC11か国。現在は、OPEC15か国、非OPEC10か国の合計25か国。17年5月に非OPECであった赤道ギニアがOPECに加盟した。また、18年6月にコンゴ共和国が新たにOPECに加盟した。
(注3) 減産目標遵守率=(各月の減産量)/(合意された減産量=約180万バレル/日)
(注4) IEA (2018)は、OPECが示す「通常の水準」をOECD加盟国・非加盟国の石油在庫の過去5年平均と解しており、また、「OECD非加盟国の在庫」が示すところも明確でないため、OECD加盟国の石油在庫の過去5年平均を、事実上「通常の水準」を示す指標としている。
(注5) 18年6月23日のOPEC加盟国・非加盟国閣僚会合では、増産量は明示されていない。ここでは、日量180万バレルの減産が遵守率147%であることから、18年5月時点の減産量を日量265万バレルとし、これと減産合意の目標値である日量180万バレルの差(日量85万バレル)を、今回の合意により目指す増産量としている。
(注6) IEA (2018)によれば、OPEC非加盟国(協調減産参加国を含む)の石油生産量は、17年は日量5,814万バレル、18年は日量5,993万バレルと予測されており、日量約180万バレルの増産が見込まれている。このうち、アメリカでは、17年は日量1,319万バレル、18年は日量1,471万バレルと予測されており、日量約150万バレルの増産が見込まれている。
(注7) アメリカの実質経済成長率、物価上昇率をそれぞれ2.0%、2.3%と仮定し推計している。