第1章 第6節
まとめと展望
以上みてきたように、原油価格下落は、原油輸出国から原油輸入国への所得移転を通じて世界経済に大きな影響を与えている。支出性向の低い産油国から先進国を中心とする支出性向の高い国に所得が移転するため、世界全体としてはプラスの影響が大きくなると考えられる。
一方、プラスの影響はマイナスの影響よりも遅れて顕在化するとも考えられる。例えば、アメリカでは15年1~3月期には鉱業関連の生産や設備投資の減速が経済全体の下押し要因になったものの、個人消費等へのプラスの影響は明確には現れていない。ガソリン等の石油関連製品の価格下落による実質所得の増加が個人消費の増加につながってくれば、原油価格下落のプラスの影響が今後本格的に顕在化してくると考えられる。
また、原油価格下落のマイナスの影響が大きくなる可能性も否定できない。鉱業関連の生産や設備投資の景気下押し圧力が今後も続けば、個人消費のプラスの影響を減殺してしまうことも懸念される。消費者が原油価格下落に伴う実質所得の増加分を貯蓄や家計債務の返済に回すことになれば、個人消費が期待されるほど増加しない可能性もある。 加えて、産油国の経済成長が減速する中で、ロシアの経済的苦境が長引いた場合には、ロシア向け輸出の減少を通じたユーロ圏経済へのマイナスの影響が懸念される。金融面では、エネルギー関連企業の業績への不安が高まれば、ハイ・イールド債市場が不安定化する可能性がある。第1節でみたとおり、原油価格は今後緩やかに上昇することが見込まれる。原油の需要は、中国経済が新常態に移行する中で10~13年のような高い伸びにはならないとみられるものの、世界経済の回復に伴って増加すると考えられる。また、市場が地政学的リスクの高まりを意識すれば、原油価格の上昇圧力になる。一方、シェール・オイルの開発に加えて、リビア等の生産回復等、潜在的に原油供給が増加する要因が今後も出てくるとみられる。
こうした中、各国政府は、原油価格下落を踏まえた経済政策運営を行うことが必要となる。原油輸入国は、原油価格下落による物価上昇圧力の低下を背景に当面は緩和的な金融政策を採用することが可能となる。また、一部のアジア諸国で既に行われているように、燃料補助金の削減により、財政健全化を図ったり、財政資金をインフラ投資等の成長戦略に振り向けたりすることが可能になる。産油国においては、低水準の原油価格が当面続くと見込まれる中、原油依存脱却の動きが進むことが期待される。原油以外の産業が成長をけん引できるようになれば、原油価格の変動による経済への悪影響を軽減することが可能となる。