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第3節 まとめ

第1節では、世界金融危機後、主要国における供給面からみた成長力の低下は、主として各国の主力産業における設備投資の低迷による資本蓄積の鈍化とともに、労働や資本投入による量的寄与では説明できないTFPの低下で説明されることが明らかとなった。そして現状をブレークスルーする取組が遅れれば、今後の潜在成長率も危機後の屈折した状態のままで推移する可能性があることを確認した。

第2節では、TFP向上の鍵を握るイノベーションに着目し、イノベーション活動をめぐるインプット、アウトプットの状況や、アウトカムについての国際比較を行うとともに主要国の特徴的事例や制度を概観することを通じて、イノベーション創造のための条件を探った。

そこからの考察からは、以下のような含意が導かれると考えられる。

第一に、イノベーションの創出には研究開発に対する人的・資金的投入はもとより、その成果を効率的に引き出し、更に発展させるには起業面等にかかるソフト面での制度環境の充実度やインターネットも含めたインフラ設備の充実度も深く関わるという点である。この点については、アメリカのインターネットビジネスやフィンランド、韓国のICT製造業の経験からも分かることである。

第二に、イノベーションの創出には、中小を含めた企業、政府、大学、研究機関等、多様な主体が関わる機会を作ることが重要である。この点については、例えば、アメリカの医療産業における産官学、ベンチャーのネットワークの深化が同産業発展の好循環をもたらしていることからもいえる。

第三に、ブランド戦略や販路開拓努力もイノベーションの厚みをもたらすものとして看過できない。販路開拓努力とあいまってブランドが当該国の製品の知名度や信頼度を表すものとして世界に広く定着することによって、それが無形資産として同国産業の成長により一層貢献することが期待される。アメリカのソフトウェア製品、フィンランドや韓国のICT製品等はその好例である。

一方、ひとつの産業に対して官民が重点的にインプットを集中させることは、国際的に競争力をもつ産業を育て上げる可能性もある反面、経済環境の大きな変化の中で不確実性を高め、安定した成長を妨げるリスクともなる。イノベーションの観点からみても、イノベーション活動は絶えず世界の潮流の変化や他国との競争にさらされるために、過去の成功体験の延長に固執せず、新陳代謝を常に怠らないことの重要性も指摘できる。例えば、フィンランドのICT産業がグローバルな同分野の発展のテンポからやや遅れ気味になっていることや、韓国の自動車産業も他国との技術競争激化の中で、新たなビジネスモデルが求められる可能性があること等からみてもその点がうかがわれよう。

このようにイノベーション創出には複合的かつ相乗的な条件が必要とされるといえるが、こうした中で政府の採るべき役割について主要国の経験から見い出されるレッスンは以下のとおりである。

まず、民間企業のビジネスベースで、自律的な成長が既に可能となっている分野については、規制緩和等によってその成長のための阻害要因を軽減するとともに、政府の電子化等の環境整備による側面からの支援が重要である。また、アメリカの医療分野やドイツの環境分野の事例をみても分かるように民間企業単独の開発ではリスクが高いが波及効果の高い分野、すなわち経済外部性が高い分野については、政府がハード、ソフト両面から積極的な支援を行う意義が高いといえる。

イノベーション創出は我が国をはじめ、先進主要国の今後の成長のための共通目標である。こうした目標に向かって、民間の活力を最大限に発揮させるという視点から政府としても絶えず効果的な手段を選択することは、我が国にとっても重要なレッスンであるといえよう。

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