地域統合の促進や情報化の急速な進展、労働市場や人の移動についての規制緩和等を背景として、世界全体で国境をまたいだ労働力の移動が増大している。ただし、こうした労働力の「全球一体化」は一律に進展しているわけではなく、国や地域、職業によって、一定の傾向と特徴がみられる。ここでは、新興国・途上国から、日本、アメリカ、英国、ドイツ、フランスを中心とした主要先進国への労働移動の流れと移動労働者(6)の傾向を分析する。
(1)国際的な労働移動の推移
全世界における1995年から2005年の国際的な移住者の推移をみると、新興国・途上国から、先進国への流入が大きな流れとなっていることが分かる(第1-3-13図)。とりわけ、メキシコ、中国、パキスタン、更にインドからの移住者が著しく、しかも年を追って増加しており、受入国としては、アメリカ、イタリア、カナダが上位を占めている(7)。
また、主要先進国への移住労働者数は、日本を除いておおむね増加しており、更にそれぞれ出身国をみると、各国とも共通して主に近隣国や歴史的・文化的に結びつきの強い国のほか、中国やインド等の新興国が占めていることが分かる(第1-3-14図)。日本にとっての中国のように、これらの要件を複数持ち合わせているケースもある。さらに、世界的に主要な移住者出身国である中国とインドの移住労働者はこれら主要先進国に多く流入している(第1-3-13図)。
次に、こうした先進国への移住労働者の内訳を職業別にみると、専門・技術職が26%でシェアが一番大きいが、全体でみると、サービス業・販売、単純労働職等の非熟練労働者が半分以上を占めている(第1-3-15図)。また、これら職業別労働者を学歴別にみると、高学歴が多い業種である管理職、専門・技術職は労働移住者全体の約3割程度である。移住労働者は、学歴が比較的高くない非熟練労働に従事する者が大半を占めているといえよう。
(2)移民政策の効果
以上のように、新興国等から先進国への国際的な労働移動は増加する趨勢にあるが、その一方で、こうした流れを促進あるいは抑制する移民政策にも留意する必要がある。例えば、日本においては08年の移住労働者数は、99年と比較して減少している(前掲第1-3-14図)。これは、06年より興行ビザの発給が制限されることとなり、一部の国からの労働者の移住が激減していることが背景にあると考えられる。
また、EU内においては、域内ではシェンゲン協定(95年発効)に基づいて「人の移動」の自由が保証されている(8)。第1-3-16図は、EU主要国であるドイツと、流入移住者数が多いスペイン及びイタリアへのEU域内外からの移住者流入の推移を示している。ドイツでは、98年時点でのシェンゲン協定加盟国(以下、加盟国)(9)からの流入移住者は、08年には減少しているが、その後の新規加盟国からの流入移住者数は08年には増加しており、シェンゲン協定の効果であるといえる。なお、04年のEU拡大に際して、旧加盟国が中東欧等の04年新規加盟国からの労働者の移動を最長7年規制できる移行措置が設けられ(10)、ドイツ等旧加盟国の一部は最後まで規制を続けていたが、11年4月末で期限が切れ、これらの国々からの労働者の移動が完全に自由となった。このため、今後ドイツ等への流入者が増えることも考えられる(第1-3-16図)。
その一方で、非加盟国からの移住者も増加している。スペイン、イタリアでは、加盟国拡大につれて、域内の移住者数が増加しているが、それ以上に非加盟国からの流入が増加している。特にスペインは、2000年の法改正により、不法移民であっても一定期間在住し、十分な生活手段を保持していることを証明できれば滞在許可を得られるようになったことが、域外からの移住者増加の大きな要因となっているとみられる(11)。このため、EU域内における「人の移動」の自由化は、一定程度移住を促進させていると考えられるが、現在のところ、必ずしも大きな推進力となっているわけではなく、それ以上に、地理的あるいは言語も含めた文化的・歴史的要素が「人の移動」を促す要因となっていると考えられる。
(3)留学生の移動
留学生は、将来、熟練労働者や頭脳労働者になり得る。主要先進諸国への留学生の出身国をみると、中国とインドの出身者が際立っており(第1-3-17図)、特に、多くの国で留学生に占める中国出身者の割合が上昇していることは注目に値する。
先進各国への留学生の専攻分野をみると、共通して法律、経営等の社会科学分野が最多で、次いで科学、工学、製造、建設等の自然科学分野が多い。
(4)移住労働者及び留学生がもたらすメリット
以上のような移住労働者や留学生の定着は、受入国の労働力増加に一定の寄与を果たしている。例えば、07年をみると、アメリカでは、人口増加率約0.9%のうち、自然増が約0.6%、移住者による増加が約0.3%となっている(第1-3-18図)。フランスでは、人口増加率約0.6%のうち、自然増が約0.5%で、移住者による増加が約0.1%となっている。移住労働者の増加は、労働力人口の伸びが鈍化する傾向にある先進諸国にとっては、労働力人口を押し上げるプラスの要因となりうるといえる。
また、留学生の定着について日本とアメリカを例にみると、アメリカにおいて、理工学分野で博士号を取得した留学生の5年後におけるアメリカ滞在率は、中国、インド出身者で8割を超える(第1-3-19図)。日本においては、博士課程卒業者のうち日本国内で就職する割合は3割弱程度で推移している(第1-3-20図)。こうした海外の高度人材の定着は、受入国にとっては、労働力人口の増加のみならず、企業の人材のダイバーシティ(多様化)推進や国際競争力の向上等に貢献すると考えられる。