まず、生産年齢人口や労働力人口、就業者数、失業及び賃金について概観し、世界全体における新興国の労働力の位置付けをみる。
(1)世界の生産年齢人口
最初に、世界の生産年齢人口(15~64歳)をみると、1950年に15.3億人だったものが、2010年には45.2億人と約3倍になり、2100年には60.5億人となることが見込まれている(第1-3-1図)。地域別にみると、10年時点では、アジア地域では約28億人、アフリカ地域では約6億人、ヨーロッパ地域では約5億人、北アメリカでは約2億人となっている。また、これを地域別のシェアでみると、1950年から2050年までの100年間に、アジアのシェアはほとんど変動しないものの(1950年54.4%→2050年56.5%)、2100年には44.1%に縮小する。ヨーロッパは急激にシェアが低下し(2100年6.3%)、他方、アフリカのシェアが10年の8.3%から2100年には37.6%に達する見込みとなっている。なお、日本は、10年の1.8%から2100年には0.8%に低下する見込みである。
(2)新興国で伸びる労働力人口
次に、2000年以降の労働力人口(1)を欧米、アジア各国を中心に詳しくみると、先進国のうち、アメリカでは増加が続き、2000年から10年にかけて7.9%増となっている(2)(第1-3-2図)。EUでは、2000年以降緩やかに増加を続け、2000年から09年にかけて7.7%増となっている。日本では、生産年齢人口の減少を背景に、緩やかな減少傾向が続いており、同期間中2.6%減と減少している。
一方、新興国をみると、中国では人口政策の影響もあって8.6%増と1けたの伸びにとどまっているものの、ASEAN各国ではおおむね15~25%程度の増加がみられ、先進国とは対照的な状況となっている。同様に、ブラジル、アルゼンチン等の新興国の労働力人口も伸びている。
全体として、労働力人口は、先進国では伸び悩んでおり、新興国では速いペースで増加している。こうしたことから、世界全体の労働力に占める新興国の割合が高まっており、労働力の比重が新興国に移っていると考えられる。
(3)労働力に影響を与える人口構造の変化
これまで高い労働力人口の伸びを享受してきた新興国においても、今後、人口の伸びが鈍化していくことや、少子高齢化が進展することにより、生産年齢人口の伸びが急速に低下するなど、労働市場をめぐる状況は厳しいものに転じていくことが見込まれている。世界の人口の伸びをみると、全ての地域において速いテンポで減速していくことが予測されている(第1-3-3図)。この背景には、人口転換(3)による出生率の低下がある。
また、生産年齢人口の総人口に占める割合をみると、アフリカでは、2075~80年までは高まる見込みとなっている(第1-3-4図)。他方、その他の地域については、順次ピークを打って、低下に転じる見込みである。ヨーロッパ、北アメリカ、オセアニアでは2005~10年がピークとなっており、アジアでは2015年、中南米・カリブ地域でも2020~25年にピークを迎える見込みとなっている。
なお、従属人口指数(年少者、高齢者の生産年齢人口に対する割合)をみても、アフリカでは2075年まで低下が続く見込みであり、今後は、豊かな労働力を背景とした経済成長の押上げ効果(人口ボーナス)も期待できる。
以上のように、アフリカを除く地域においては、2015~25年頃から、生産年齢人口の総人口に占める割合の低下や従属人口指数の上昇(人口負担期)が見込まれる。このため、新興国では、世界全体の労働市場に占める割合は引き続き高いものの、今後はこれまでのような人口ボーナスのメリットを享受し続けることは困難であると考えられる。先進国のみならず新興国においても、生産性の向上、外国人労働力の受入れも含め中長期的な労働力不足への対応のあり方が重要な課題になると考えられる。
(4)就業者
(i)新興国で増加する就業者数
さらに、就業者数の動向をみると、2000年代以降、世界全体では、99年の25.8億人から09年には30.5億人に増加している。そのうち、先進国の就業者数は、99年の4.4億人から09年に4.7億人となり、この間の伸びは5.8%となっている。就業者数も多く伸びもめざましいアジア(東アジア、東南アジア・大洋州、南アジア。日本を除く。)の就業者数は、合わせて99年の14.8億人から09年には17.4億人となっており、南アジアでは28.6%増、東南アジア・大洋州では19.8%増、東アジアでは9.9%増となるなど、先進国の伸びをアジアの伸びが上回っている(第1-3-5図)。
このように、2000年代に入って、アジアの就業者数は、先進国に比べ大きく増加しており、就業者数でみても、世界の労働の重心が先進国からアジアなど新興国へ移ってきているとみられる。
世界金融危機は、就業者数の動向にどのような影響を与えたのだろうか。2000年代に入ってからの各地域の就業者数の伸びをみると、先進国では、09年に前年比2.2%減となっているが、その他の地域では、中東欧・CIS(4)を除いてマイナスとなった地域は見当たらない(第1-3-6図)。このことから、世界金融危機による深刻な景気後退は、欧米等の就業者数を減少させる一方で、新興国・途上国の労働市場に対してはそれほど大きな影響を与えなかったものと思われる。
(ii)新興国で製造業の割合が高まる業種別就業者数
次に、業種別にみると、1990年以降、アメリカ、EU等の先進国では、製造業の就業者数は減少傾向にあり、金融・不動産・ビジネス活動では増加している(第1-3-7図)。また、医療・社会サービスの伸びも大きい。そのほか、EUでは、建設、卸・小売業、ホテル、飲食等の伸びも高くなっている。他方、中国、ASEAN、ブラジルなどの新興国をみると、先進国とは対照的に、製造業で就業者数が大幅に増加している。また、中国では、建設業の伸びが高くなっている。以上のことから、世界経済全体として、製造業の重心は、新興国に移りつつあることが分かる。
この要因の1つには、80年代後半以降、中国をはじめとするアジア諸国において、工業化が加速したことが挙げられる。こうした国・地域では、外国企業による直接投資を背景に、電気機械等の製造業を中心とする工業化が急速に進展し、その結果、製造業就業者数が増加したものと考えられる。他方、先進国では、同時期、経済のサービス化が進展したことに加え、新興国への直接投資の増大がこうした傾向を加速した側面がある。
(5)質を高める新興国の労働力
新興国では、就業者数の増加がみられるが、労働力の質の高まりもみられる。70年以降の高等教育就学率をみると、この約40年間に、タイでは41.5%ポイント、マレーシアでは31.7%ポイント、ブラジルでは24.9%ポイント上昇しており、新興国の高等教育就学率は着実に高まっている(第1-3-8図)。現時点では、先進国との開きがなお大きい国もあるものの、タイなど、先進国と遜色のないレベルに達している国もある。
(6)失業
2000年以降の失業率をみると、アメリカ、EUでは、07~08年頃まで総じて低下傾向で推移し、世界金融危機発生後の09~10年に大きく上昇している(第1-3-9図)。日本では、90年から2000年初頃まで緩やかに上昇した後、総じてみれば横ばいとなっており、失業率の変動幅はアメリカ、EUよりも小さく、世界金融危機発生後の上昇幅も小さなものにとどまっている。
他方、新興国の失業率をみると、2000年代に入ってからは、概して横ばいないし低下傾向となっている。世界金融危機による影響も、例えば09年にマレーシアで失業率が0.3%ポイント上昇するなど、わずかなものにとどまっている。
この要因としては、世界金融危機は、世界経済全体に大きな影響をもたらしたものの、アジア地域においては、先進国でみられたような金融システムの問題が潜んでいたわけではなかったこと、輸出志向型経済の国・地域が多い中で、欧米向け輸出は停滞したものの、中国の大規模な内需拡大策の恩恵を受け、中国向け輸出の増加が景気を下支えし、欧米よりも景気の立ち直りが早かったことなどが考えられる。
また、学歴別の失業率に着目してみると、先進国においては低学歴であるほど失業率は高くなっており、特に欧米で著しい(第1-3-10図)。この要因としては、先進国から新興国への直接投資の増加や、新興国からの輸入増加に伴い、製造業の中でも低学歴者が従事しやすい非熟練労働分野が縮小していることに対応している可能性もある。
(7)賃金
世界の賃金の動向についてみると、先進国及び新興国の賃金上昇率は、アメリカ、日本では80年代後半以降低下が続いているのに対し、中国では、賃金上昇率は依然として高い傾向にある。(第1-3-11図)。
賃金の水準をみると、韓国では製造業の賃金水準が90年代後半から2000年代に入って急速に上昇し、2000年代後半には日本との差は縮小した。一方、中国は、依然として先進国との水準には大きな差があるものの、90年代後半から賃金水準の差はやや縮小傾向に向かっている(第1-3-12図)。
こうした傾向は、経済学的にみると、資本蓄積が遅れている国ほど資本蓄積が始まれば一人当たり所得の伸びが加速していくという経済成長論(ソローモデル)が示すところとも整合的である。また、国際貿易論では、労働と資本という生産要素の賦存比率の異なる国々の間で貿易を行った場合、労働に対する対価(賃金)と資本に対する対価(レント)の相対比率が徐々に縮小し、労働が相対的に多く存在する国では賃金が上昇するという理論(5)があるが、これとも一致する。