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第2章 アジアの世紀へ:長期自律的発展の条件

第4節 アジアの長期自律的発展の条件

6.安定的なマクロ経済環境・金融環境の維持

 アジアの長期自律的発展を図る上では、マクロ経済環境及び金融環境の安定を維持することが大前提である。東アジア各国は、「東アジアの奇跡」で経済発展の要素として評価されたように、比較的安定的なマクロ経済環境を維持してきたが、1997年のアジア通貨危機の発生で大きな打撃を受けた。しかし、通貨危機後、危機の教訓を踏まえ、マクロ経済環境及び金融環境の安定に向けた制度改革や政策協調が行われた。この結果、08年後半の世界金融危機では、そもそも危機の発端となった証券化商品の保有が少なかったこともあり、金融面を通じた影響は限定的なものにとどまった。
 本節では、アジア通貨危機後の為替・金融政策等を鳥瞰した上で、世界金融危機の金融面での影響を確認し、今後更に中長期的に安定的なマクロ経済環境・金融環境を維持するための課題について検討する。

(1)アジア通貨危機後の為替・金融政策の変遷と金融システムの見直し

●為替・金融政策の変遷
 アジア通貨危機の背景には国際金融のトリレンマ(三律背反)があった。国際金融のトリレンマとは、(i)為替レートの安定(ないし固定)、(ii)金融政策の自律性、(iii)資本移動の自由(自由な資本取引)という3つの政策目標を同時に完全達成することはできず、2つの政策目標を選択したら、残りの1つは達成できないという関係である(詳細は付論参照)。アジア通貨危機以前の東アジア各国(30)は、原則として自由な資本移動の下で、事実上のドル・ペッグを採用しており、為替レートが金融政策のアンカー(金融政策運営の指針となっている目標)となっていた。事実上のドル・ペッグが、過大な資本流入を招き、通貨危機の重要な要因の一つとなった。通貨危機を受けて、為替政策の変更と金融政策の枠組みの整備が行われた。特に、韓国・タイ・インドネシアでは、為替制度を変動相場制に変更し、併せて金融政策の枠組みとしてインフレ目標を導入している。これにより、金融政策への透明性を担保し市場の期待の安定化を図っている(31)
 各国の取組をみると、韓国では、アジア通貨危機の発生を受けて、完全フロート制に為替政策を変更し、それまでの為替変動幅の制限は廃止した。また、金融政策では、1997年に韓国銀行法を改正し、98年から金融政策の枠組みとしてアジアで初めてインフレ目標を導入した。韓国銀行(中央銀行)では、直近(2010〜12年)のインフレ目標を「消費者物価指数(総合)の上昇率:3%±1%」としている(第2-4-57図(32)。加えて、資本取引においても、外国投資家による韓国内企業の買収や社債市場取引を自由化したことに加え、98年5月には外国投資家による国内企業株式取得の上限を撤廃し、直接投資規制も大部分は廃止された。
 タイでは、アジア通貨危機の発生を受けて、為替制度を管理フロート制へ移行した。併せて、金融政策についても、アジア通貨危機以前は、「為替レート・ターゲット」となっていたが、IMFの支援の下で1997年〜2000年にはマネーサプライなどを中間目標とするマネタリー・ターゲット制に変更した。2000年には、政策の透明性と効率性を向上することを目的として、金融政策の枠組みをインフレ目標に変更した。タイ中央銀行は、この中で、インフレ目標として、消費者物価指数(総合)から食品とエネルギー価格を差し引いた「コア物価上昇率」が0〜3.5%の範囲内とした。09年9月以降はレンジを狭めて0.5〜3.0%としている(第2-4-58図)。
 インドネシアは、通貨危機以前はルピアの実質為替レートを安定させるべく「クローリング・ペッグ制」を採用していた。しかし、通貨危機の発生以後、為替制度の管理フロート制への移行に伴い、99年5月に中央銀行法を改正し、2000年から金融政策の枠組みをインフレ目標に変更した。インフレ目標は消費者物価指数(総合)から石油製品や電気料金、電話料金等を差し引いたコア物価上昇率をベースに毎年目標が定められていたが、02年から消費者物価指数(総合)を目標とする金融政策に変更しており、直近(2010年)のインフレ目標は「消費者物価指数(総合)の上昇率:5〜6%」となっている(第2-4-59図)。

●東アジア各国の外貨準備の積上げと地域間金融協力
 アジア通貨危機以前の東アジア各国は、経常収支赤字が常態化する一方で、対外短期債務残高に対して外貨準備が不十分であり、各国の自国通貨買い介入の余地は乏しかった(第2-4-60図)。このため、急速に資金が流出すると為替市場を安定的に維持できなくなり危機に陥ることになった(詳細は付論参照)。これを受けて、東アジア各国は、対外短期債務残高を削減し外貨準備を積み上げた。また、非常時にアジア域内で外貨準備を融通する仕組みが整備されてきている。
 韓国では、アジア通貨危機後に通貨制度を変動相場制に変更したものの、輸出振興等の観点から自国通貨売りの為替介入を実施していたとみられる。また、経常収支も黒字となったことから、04年の外貨準備は97年比で10倍超の水準まで増加した。一方、対外短期債務残高はアジア通貨危機の発生した97〜04年ではおおむね横ばいの水準を維持したため、外貨準備の対外短期債務残高に対する割合は改善した(第2-4-61図)。
 タイでも韓国と同様に、97〜04年にかけて外貨準備が増加した一方で、対外短期債務は05年には97年比6割超減少した。このため、外貨準備の対外短期債務残高に対する割合は急速に改善した。
 さらに、非常時にアジア域内で外貨準備を融通する仕組みとしてチェンマイ・イニシアティブが構築され地域間での金融協力体制が整備されてきている(第2-4-62表)。チェンマイ・イニシアティブはASEAN+3(日中韓)域内国の国際収支や短期流動性困難への対応として、急激な資本流出により外貨支払いに支障を来すような危機的な状況が生じた国に対し、短期の外貨資金を供給することで、危機の連鎖と拡大を防ぐための枠組みであり、アジア域内の自助支援メカニズムとして2000年に構築が開始された。枠組みでは、危機が生じた国から要請があった場合に、その国の通貨と要請を受けた国が保有する外貨準備(ドル)を交換する。また、基本的にはIMF等の既存の国際的枠組みの補完とするものの、総額の20%までは独自に発動することが可能となっている。09年4月時点での同枠組みにおけるスワップの取極額は名目で900億ドルまで拡大している(第2-4-63図
 さらに、07年5月にチェンマイ・イニシアティブによる支援の迅速化・円滑化を図るため、二国間通貨スワップ取極のネットワークとなっていた体制を一本化すること(マルチ化)が合意された(第2-4-64表)。また、これまでCMIのネットワークに参加していなかったASEAN新規加盟国(ブルネイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)を含め、すべてのASEAN加盟国がCMIの枠組みに入ることが盛り込まれた。

●金融システムの強化
 アジア通貨危機発生の一因として、金融機関の監督や銀行のリスク管理体制等の脆弱性も指摘されている。以下では、その教訓を踏まえ、アジア各国で実施されている金融システム強化策を概観する。

(ア)金融監督機関の新設・機能強化
 韓国では、97年12月に金融監督機構設置法案が成立したことを受けて、98年には、経済財政部から分離する形で金融監督委員会が設立され、それまで財政経済部や韓国銀行(中央銀行)等に分散されていた金融監督権限が一元化された。また、金融監督院が設置され、複数あった検査機関も一元化された。こうして、監督体制の効率化と独立性の強化が進んだ。
 インドネシアでは、98年の銀行法において、銀行の免許付与・取消、銀行監督はすべて中央銀行の権限とされ、99年の中央銀行法の制定により、中央銀行の独立性が強化された。さらに、04年の中央銀行法の改正により、中銀の銀行監督権を切り離し、金融セクターすべての監督権を持つインドネシア金融サービス庁を10年末までに設置するとしており、10年5月に法案が国会に提出されている。
 タイでは、監督権限が一元化された金融監督機関の新設は見送られたが、中央銀行の部分的な権限の強化がなされている。08年に施行された金融機関事業法では、中央銀行に複数の業態の金融機関を総合的に監督する権限が与えられている。また、05年には、監督官庁で情報交換に関する覚書を締結し、定期的協議の場として金融機関政策委員会を設置し、連携を深めることとなった。

(イ)健全性規制の強化
 タイやインドネシアでは、アジア危機前からバーゼル合意による自己資本比率を導入しているが、アジア危機後は、健全性規制をより強化する、バーゼルIIの導入を進めている。
 韓国では、99年に銀行法を改正し、銀行の自己資本の定義をバーゼル合意の基準に合わせており、2000年には、金融監督委員会の経営指導基準において、金融機関は自己資本比率8%を遵守するものとしている。08年には、バーゼルIIの一部適用を開始している。
 タイでは、04年に金融セクター・マスタープランで、リスク管理能力開発の推進や財務健全性の透明性の拡大を盛り込み、バーゼルIIに対応した方針を示しており、08年にバーゼルIIの一部適用を開始している。

(ウ)預金保険制度
 アジア危機前には、韓国では預金保険制度は導入されていたが、タイ、インドネシアでは導入されてなかった。韓国では、95年に制定された預金者保護法により、96年に韓国預金保険公社が設立された。保護限度額は元本と利息を合わせて2,000万ウォン(約160万円)とされてきたが、97年のアジア危機時には、特例として全額保護が実施された。2000年の改正で、保護限度額は5,000万ウォン(約400万円)とされている。
 タイでは、アジア危機時の預金流出対応として、97年8月に預金の全額保護が適用されている。その後も預金の全額保護が適用され続けるが、08年の預金保険機構が設立され、12年までに段階的に上限100万バーツ(約280万円)の預金保護制度に移行することとなった。
 インドネシアでは、アジア危機の対応として、97年11月に預金者保護のために2,000万ルピア未満の預金保護を発表したが、国民の反発が強く、98年1月には預金全額保護を発表している。その後、04年にインドネシア預金保険公社が設立され、07年までに段階的に保護上限額が1億ルピア(約100万円)へ引き下げられている。

●資金調達構造の是正
 アジア通貨危機以前の東アジア各国では、ドル等の外貨を短期で借り入れ、自国通貨建てで国内の設備投資や不動産等の長期の融資に活用するという通貨と期間のダブル・ミスマッチが存在していたため、短期資金の流出に伴う実体経済への影響が大きく、通貨危機はより深刻なものとなった。このため、通貨と期間(満期)のダブル・ミスマッチを解消するとともに、アジアの貯蓄をアジア域内の投資に直接向けるための取組として、各国政府・中央銀行等は、現地通貨建て債券で資金調達を行う構造への転換を促進してきている。

(ア)アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)
 アジア域内の民間貯蓄を域内の経済発展に必要な中長期の投資に活用するため、03年8月のASEAN+3(日中韓)財務大臣会議において、アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)により債券市場育成に取り組むことで合意した(第2-4-65表)。本イニシアティブの下、アジア開発銀行(ADB)等の国際機関や国際協力銀行(JBIC)等の政府系金融機関による現地通貨建て債券の発行や、金融機関の貸付債権を証券化した債券の発行等、債券の発行体及び種類の多様化、域内債券市場規模の拡大が図られた(第2-4-66図)。
 さらに、08年5月には、効率的かつ流動性の高い債券市場の育成に取り組むことが示されたアジア債券市場の更なる発展に向けた新たなロードマップについて合意がなされた。現地通貨建て債券の発行には、機関投資家の投資基準が保守的なため、ローカル格付けがシングルAの比較的優良な企業であっても債券発行による資金調達ができないという問題や、債券発行が可能な企業であっても十分に長期の債券発行ができないという問題がある。これに対して、09年5月のASEAN+3財務大臣会議では、アジアの企業が発行する現地通貨建て債券への保証を行う、CGIM(ADBの信託基金)の設立が合意された。

(イ)ABF(アジア・ボンド・ファンド)
 また、03年から日本銀行を始めとするアジアの中央銀行の集まりである東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(33)(EMEAP:Executives' Meeting of East Asia and Pacific Central Banks)は、(i)アジアの債券に対する投資家の認知度を向上させることと、(ii)市場・規制改革を推進することを目的として、アジア・ボンド・ファンド・プロジェクトを開始した。
 この中で、社債を含めた幅広い金融資産の価格形成の基礎(ベンチマーク)としての役割を果たす国債や政府系機関債市場に対する取組として、03年6月にアジア諸国の国債(ソブリン債)及び政府系機関債(準ソブリン債)を運用対象とするアジア・ボンド・ファンド1が創設され、EMEAPに加盟する中央銀行が共同で購入した。また、04年12月には、アジアの債券を投資対象とするアジア・ボンド・ファンド2が創設された。これにより、民間の市場参加者にとっては、資金の運用や金利リスクのヘッジ手段が提供されたほか、中央銀行にとっても金融調節を円滑に実行する場として、また、先行きの経済・金融情勢に関する市場参加者の判断が映し出される場として、国債市場の整備がなされた。

(ウ)ACRAA(アジア格付け機関連合)
 01年9月に、アジア13か国の15の格付け機関は、アジア格付け機関連合(ACRAA:Association of Credit Rating Agencies in Asia)を設立した。ACRAAはアジア開発銀行に本部を置き、(i)アジア地域の格付け機関間における情報・知識・技術の交換を促進し、信頼性の高い市場情報を供給する能力を強化すること、(ii)アジア地域間で高い質で比較可能な格付けを確保するための最良の施策と共通基準の採用を促進することなどを目的としている。10年3月には、同連合に加盟する格付け機関は、14か国(34)の26機関まで増加し、アジア地域でのローカル格付け機関の質的向上を通して、アジア債券市場の発展に寄与している。

(2)世界金融危機の影響

 以上のように、東アジア各国では、アジア通貨危機以降マクロ経済環境及び金融環境の安定に向けた制度改革や政策協調を実施してきた。以下では、08年秋に発生した世界金融危機が東アジア各国にどのような影響を与えたかについて検証する。

●世界金融危機の影響
 アジア全体としては、世界金融危機の発端となった証券化商品の保有額が小さく、損失もアメリカやヨーロッパと比べると小規模であったこともあり、世界金融危機の影響は金融面では限定的な範囲にとどまった。アジア各国の銀行の証券化商品に関連した損失額は130億ドルと、アメリカやヨーロッパの銀行の損失額と比べると極端に小さいものと推計されている(35)第2-4-67図)。また、アジア通貨危機の経験や通貨危機以降の政策対応も功を奏し、アジア通貨危機のような大きな混乱には至らなかった。

●各国の状況
 各国の状況をみると、タイでは、05年以降短期資金が大幅に流入したのを背景に、06年に資本規制を実施した。この中で、タイ中央銀行はタイバーツに対する投機を防ぐため、非居住者による新規のバーツ建て預金のうち30%の引き出しを一年間禁止した。資本規制に加えて、相次ぐ政情不安も重なり、短期資金の流入ペースは06年以降緩やかなものとなっていた。この結果、08年秋の世界金融危機発生時には、短期資金は急速に流出したものの、豊富な外貨準備により為替レートの安定が確保できたこともあり、通貨危機につながる事態を避けることができた。
 一方、韓国では05年以降、金融政策の引締め転換に伴う金利の上昇期待等から、急速に短期資金が流入した(第2-4-68図)。また、2000年のクレジットカード利用推進策等を背景に、家計の債務残高が増加した。さらに、04年以降原油価格の高騰等により貿易収支が悪化したことを受け、経常収支も悪化傾向となり、外貨準備の増加ペースは緩やかなものとなった(前掲第2-4-60図)。このため、08年秋の世界金融危機発生時には、短期資金の急速な流出に対して、為替レートの安定のために十分な外貨準備が確保できないのではないかとの懸念が発生し、ウォンが大幅に減価した(第2-4-69図)。これに対し、08年10月に韓国中央銀行はFRBとの通貨スワップ協定の締結を行い、事態の沈静化を図った。

(3)今後の課題

 これまでみてきたように、08年秋の世界金融危機においては、短期資金の流出はみられたものの、アジア通貨危機後の制度改革等もあり、金融面での影響は限定的であった。以下では、資金の流出入の規模が大きいアジアが今後中長期的に安定的なマクロ経済環境・金融環境を維持するための課題について検討する。

●短期資金の過剰な流入への対処
 アジア諸国の経済が回復傾向にある中で、欧米先進国の景気回復が遅れている。このため、ドル、円、ユーロなどの低金利通貨でファイナンスを行い、アジア各国に投資を行うキャリー・トレードが今後更に活発化する可能性がある。特に、短期資金の大量流入は、リーマン・ブラザーズの破たんのような金融ショック時に韓国でもみられたように、アジア通貨危機と同様の短期資金の急速な流出により混乱につながるおそれがある。
 短期資金の流入への対策として、まず、(i)資金流入国内で急激な資産価格の上昇等に対し適切な抑制策を講じること、(ii)為替レートの柔軟な変動によって吸収することなどが挙げられる。また、これらの対策を十分に行ってもなお短期資金が流入する場合には、06〜08年にタイで実施されたような資本規制の一時的な導入を検討することも、安定的なマクロ環境を維持するためには重要となる。
 IMFの研究(36)では、インフレ懸念により政策金利の引下げが困難であったり、既に為替が大幅に増価していたり、過剰に外貨準備を積み上げている場合には、通常のマクロ政策の枠組みでは短期資金の流入への対処は困難となる。一方で、国内のマクロ・プルデンシャルな枠組みのみを通して、早期に急速な資産価格の上昇等に対処することも困難である。このため、資本の急速な流入に対する資本規制が合理的な状況もあり得るとしている。ただし、同研究では同時に、広範囲の資本規制が国家間の効率的な投資配分に悪影響をもたらす可能性や、既に過小評価されている通貨の増価を抑制する手段として資本規制を実施した場合にグローバル・インバランスを更に拡大させる可能性が指摘されている。

●財政規律の維持
 アジア危機の教訓にかんがみて、例えばタイでは、金融システム再建のために金融機関への大規模な公的資金注入等を実施した。そのため、財政収支は悪化したが、その後、景気の回復に伴い、財政収支は改善し、公的債務も減少した(第2-4-70図)。アジアでは、資本取引を自由化し、輸出の名目GDP比が高い国も多いため、対外的なショックを受けやすい側面を持っている。財政が悪化している時に世界的な危機が起こった場合、財政出動の余地が限られるため、景気後退が深刻化したり、投機の対象となるなどのリスクがある。このため、平時においては、財政を健全なポジションに維持することが望ましい。

●早期警戒システムの導入
 危機の兆候を特定し、政府当局の危機に対する意識を向上させるという観点では、早期警戒システムの導入が有効であるとの見方がある。韓国では、アジア通貨危機を受けて、経済動向に関する総合的な監視を行う「国家早期警戒システム」を導入している。「国家早期警戒システム」は、通貨、金融市場・産業、エネルギー・商品、不動産、労働、農作物についての各早期警戒システムから成り立っており、韓国国際金融センターや金融庁、労働省等がそれぞれの早期警戒システムの監視を行い、政府関係機関や一般に情報公開を行っている。これまでに、住宅バブルの抑制やクレジットカードのデフォルト率の抑制、金融機関の健全性の向上に効果があったとされる。

●サーベイランスの強化
 CMIの下で、ASEAN+3の通貨当局は相互にマクロの経済情勢及び経済政策を審査するサーベイランスを実施している。これにより、各国のマクロ経済政策に対する相互の監視が強まり、結果として経済・財政が健全に維持されることが期待される。サーベイランス体制を強化することは、アジア通貨危機のような経済の混乱を未然に防ぐ上で非常に重要である。また、CMIにおいて、緊急時の発動要請に対する障壁を小さくしてより実効性のあるものにするために、IMFによる発動と切り離して独自に発動できる枠(IMFデリンク)の拡大が議論されているが、その前提条件としてもサーベイランス体制の強化は重要である。

●通貨統合の可能性
 サーベイランス体制強化の一環として、06年5月の第9回ASEAN+3財務大臣会議の共同声明で、これまで通貨統合を視野に議論されてきた地域通貨単位を活用し、その構築手順に関する研究が盛り込まれている。また、ADBでは地域通貨単位として、東アジア各国の通貨の加重平均値として算出されるACU(Asian Currency Unit)の使用が検討されている(37)。各国の通貨とACUとのかい離幅を監視することで、危機につながるような異常な通貨の動きを把握する目安になる。現状のサーベイランスにおいては、経済成長率やインフレ率等の国内のマクロ指標が中心となっていることもあり、これらを用いて通貨の動きを監視することはサーベイランスの充実につながる。ただし、アジア各国の経済の発展段階が異なるため、地域通貨単位を算出する際の各通貨のウェイトは柔軟に調整する必要がある。
 さらに、長期的な観点でみると、地域通貨単位の整備は通貨統合の一つのプロセスとなる可能性がある。例えば、ユーロに関しては、1979年にヨーロッパ共同体(EC)内での通貨安定を図る目的で地域通貨単位であるECUを創設したことが一つのプロセスとなっている。ECUは欧州為替相場メカニズム(ERM:European Exchange Rate Mechanism)の基準とされ、参加国通貨の変動幅をECUに対して±2.25%に誘導する為替介入を行うことで、地域内の為替安定が図られた(38)。その後、99年に決済通貨としてのユーロの導入に進展し、02年より現金の流通が開始され通貨統合に至っている。
 ただし、通貨統合については、メリットとデメリットを慎重に判断する必要がある。そもそも通貨統合は、地域内で関税が撤廃されるなど貿易にかかるコストが削減された段階で、更に為替変動のコストを削減できる便益がある一方で、各国独自の金融政策を放棄する必要があるため、統合地域が最適通貨圏であることが前提条件となっている。この観点から現在のアジア各国の状況をみると、経済の開放度、労働の移動性、ショックの対称性等の最適通貨圏の条件は、全域で満たされているとはいえない。特に、09年末以降、ユーロ圏がギリシャでの財政懸念等により不安定な状況となっていることもあり、最適通貨圏の判断は慎重に行う必要がある。さらに、通貨統合に際しては、地域内の経済成長のペースが収斂していることも重要であり、アジア各国は現時点では経済の発展段階が異なっていることにも注意すべきである。

第2-4-71図 各国通貨とAMUとのかい離(名目)


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