第2章 アジアの世紀へ:長期自律的発展の条件 |
インフラは、国や地方経済の成長の基盤であり、国民生活の質を高めるものでもある。また、インフラの整備が不十分であることが、社会サービスへのアクセスを妨げ、地域格差を拡大し、社会の安定を阻害する要因となる場合もある。インフラ整備の状況は、国内企業や外国企業の投資の決定要因ともなり、アジアが今後も成長率を高めていくために、重要な要素となっている。
ここでは、まず、アジア各国のインフラ整備の現状をみることとする。次に、特にアジアにおいて整備が必要と考えられる電力、道路のインフラを取り上げてみる。さらに、アジアにおいて必要とされるインフラ整備に要する投資額と、地域インフラ整備の状況についてみてみる。最後に日本のODAとアジアのインフラ整備との関係をみることとする。
(1)アジアのインフラ整備の状況
●高所得国に比べてインフラの整備率が低い低所得国
アジア各国のインフラの整備状況をみると、韓国では、比較的整備されており、他方、ベトナム、インド等では、インフラ整備が遅れている(第2-4-33図)。一人当たりGDPとの関係をみると、おおむね所得の低い国ほどインフラの整備が遅れているとみられる。特に、電力や道路等の輸送面において、所得の高い国と低い国との差が大きい。
●直接投資を呼び込むためにはインフラの整備が不可欠
アジアはこれまで多くの直接投資を受け入れてきており、今後も、コスト面での優位性や高い成長が見込めることなどから、企業にとっては魅力ある投資地域となっている。しかし、企業に対するアンケート調査によれば、投資に当たっての課題として、インフラの未整備の問題が、インド、ベトナム、インドネシアで上位に挙げられている(第2-4-34図)。特に、インド、インドネシアでは、この10年程度、未整備を指摘する企業が増加もしくは高止まりしており、当該地域ではインフラの整備は急務であると考えられる。他方、中国では、インフラが未整備であることを指摘する企業の割合は低下してきている。また、タイではそもそもインフラの整備状況を問題とする企業の割合は小さい。
特にインフラが未整備であるとされる4か国について、整備が望まれるインフラの内訳をみてみると、電力、道路を挙げる企業が多くなっている(第2-4-35図)。
(2)整備が望まれる電力、道路インフラ
次に、特に整備が必要とされる電力、道路インフラの状況についてみる。
●インド、インドネシア、ベトナム、フィリピンで遅れる電力インフラ
まず、電力について、アジア各国の一人当たりの発電量をみると、フィリピン、インド、インドネシア、ベトナムで低いレベルとなっている(第2-4-36図)。マレーシア、タイ、中国では、フィリピン等より整備状況は良いとみられるものの、韓国、台湾等に比べると、半分以下の水準となっている。
さらに、送配電ロス率をみると、インドでは極めて高くなっており、フィリピン、インドネシア、ベトナムでもロス率が10%を超えていることがわかる(第2-4-37図)。一方、タイ、中国では、シンガポール、韓国のロス率レベル付近に近づいてきており、マレーシアでは、0.6%と低い数値となっている。
電力インフラについては、発電量自体を増大させるとともに、ロス率を減少させるような送配電設備等の整備も併せて行うことが必要であると考えられる。
●フィピリン、ベトナムで低い道路舗装率
次に、道路について、道路舗装率をみると、タイではほぼ100%、マレーシアでは約8割と高い舗装率となっている(第2-4-38図)。中国、インドネシアでは6割程度、インドでは5割弱程度しか舗装されておらず、他方、フィリピンでは1割以下と極めて低い数値となっている。電力インフラと同様、タイ、マレーシアでは、比較的整備されている。
これまでみてきたように、アジアにおいては国により相違はみられるものの、インフラ整備が不十分である国・地域も多い。したがって、アジアが今後も直接投資を受け入れ、経済成長率を高めていくためにも、電力、道路等を中心としたインフラについて、改善を進めていくことが重要と考えられる。
(3)インフラ整備に要する投資額
アジアにおいては、インフラ設備が十分とはいえず、今後も整備を進めて行く必要があるが、アジア開発銀行の試算によれば、2010〜20年にアジアで必要となるインフラ投資額は、新規投資、保守・修理を合わせて8兆ドルに達するとみられている(第2-4-39表)。8兆ドルのうち、約5割は電力となっており、次いで、道路(約3割)、通信(約1割)となっている。
(4)地域インフラ(regional infrastructure)の整備
地理的に近接した国々が、貿易・投資を通じ、一体となって成長していくという考え方がある。また、アジアは、これまで域内で生産ネットワークを築くことにより発展してきた面もあり、インフラ整備においても、アジアを一体とみる観点から進めることも重要である。国境を越えてインフラを整備することのメリットとしては、(i)生産ネットワークの基盤が強化され、より多くの投資を呼び込むことが可能になること、(ii)商品やサービスのコストが低下すること、(iii)これらを通じて当該地域の投資、貿易、経済成長が促進され発展格差が縮小することが挙げられる。
地域インフラの整備には、大アジア(Pan-Asia)という枠組みと、アセアンやメコン地域といった一定地域(subregion)における枠組みがあり、それぞれの枠組みの中で、地域インフラの整備が進められている。
大アジアの枠組みに基づく地域インフラの整備については、例えば、「アジアハイウエイ(AH:Asian Highway)」や「アジア横断鉄道(TAR:Trans-Asian Railway)」の取組がある。1992年には、アジア太平洋地域経済社会委員会(ESCAP)が、これらを統合させた、「アジア陸上交通インフラ整備プロジェクト」(ALTD:Asian Land Transport Infrastructure Development)を採択している。
アジアハイウエイでは、徐々に当該プログラムへの参加国が増え、現在では、32か国に達している。アジアからヨーロッパまでに及ぶ、総延長14万kmのネットワーク構想となっている。アジアハイウエイのネットワークは、主として既存道路の活用が多く、各国は政府間協定を結び、アジアハイウエイとして採択された道路は、一定の設計基準に適合していることが求められる。
また、アジア横断鉄道は、現時点で28か国が参加国となっている。ここでは、既存の鉄道路線を利用し、国境部分等でそれらを接続することで広域路線ネットワークを構築しようとしている。
一方、より小さな地域における取組については、例えば、1992年から進められている、大メコン圏(GMS:Greater Mekong Subregion)(22)における、クロスボーダーインフラ整備が挙げられる。この地域では、国境を越えて、東西や南北に横断する道路、鉄道等の輸送インフラ整備が進められており、これにより、物流の促進、人や情報の伝達等の増大及び直接投資の誘因等、成長力を高めることに大きく役立っているとみられている。例えば、東西に横断する道路では、ベトナムのダナン、フエからラオス(デンサワン)、タイ(ピサヌローク)を通り、ミャンマーのモーラミヤインまでつながっている。また、南北に横断する道路では、中国の広西チワン族自治区の南寧、ベトナムのハノイ、中国雲南省の昆明を結び、ラオス、ミャンマーの国境周辺を通り、バンコクへと通じている。
(5)日本のODAとアジアのインフラ整備
●日本のODAがアジアのインフラ整備に果たした役割
我が国は、政府開発援助(ODA:Official Development Assistance)(23)等により、アジア地域の発展に大きく寄与してきた。ODAにおいては、成長の基盤であるインフラを重視し、これまで、道路、港湾、空港、運輸、通信等のインフラ整備を支援してきている。最近では、高い経済発展を遂げた結果、韓国、シンガポールのように被援助国から援助国へ移行した国や、タイ、マレーシア等のように援助国に移行しつつある国も現れている。主要DAC(24)(Development Assistance Committee:開発援助委員会)諸国の、インフラ分野へのODAの状況をみると、我が国の援助額(90〜08年累計)は、全世界の54%を占めている(第2-4-40図)。また、地域別にみると、東アジア向けが最も多い(第2-4-41図)。
我が国は、これまで、円借款を通じてもアジアのインフラ整備に貢献してきている。日本からアジアへの円借款(累計)の状況をみると、インドネシアに対するものが最も大きく、次いで中国、インドとなっている(第2-4-42図)。例えば、80年代から90年代前半において行われたタイの東部臨海地域(バンコクの東南方80〜200kmの地域)開発に対して、円借款による大規模な支援を行っている。当該プロジェクトでは、マプタット地区とレムチャバン地区において、工業団地の造成を行うとともに、これらの地区を取り巻く港湾、道路、鉄道、電力、工業用水等のインフラ整備も合わせて支援した。この結果、海外からの投資の誘致にも成功し、同地域は、バンコクとともにタイの工業地域の中心として高い成長を遂げている(25)。東部臨海地域が位置する東部地域の一人当たりGDPをみると、07年にバンコク首都圏を上回り、08年ではバンコク首都圏地域の9,815ドルに対し、東部地域は10,580ドルとなっている。
日本のインフラ分野における援助の内訳をみると、道路、鉄道への援助額が極めて大きい(第2-4-43図)。