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第2章 アジアの世紀へ:長期自律的発展の条件

第4節 アジアの長期自律的発展の条件

3.労働:労働力の質の向上

 アジア各国は近年、他の地域に比べて高い成長率を遂げてきたが、その背景の一つに、初等・中等教育へ充分な投資が行われていたことが指摘されている(18)。この間、アジア全体で労働力の質が向上し、いわゆる人的資本が蓄積されてきたと考えられる。
 しかし、最近では、産業の高度化に対応した労働力や、管理職クラス等の企業が求める労働力の不足の問題が指摘されることも多くなってきている。そこで、本節では、アジア各国の労働力の質を俯瞰するとともに、最近の労働市場の問題に焦点を当て、アジアの労働力を質の観点から考察したい。なお、人的資本の正確な計測は容易ではないため、ここでは、教育水準の達成度や教育関連支出のGDP比を主な代理変数としてみていく。

(1)アジアの労働力の現状と課題

●就学率は高まるが高等教育はまだ低い
 労働力の質の向上は、近年のアジアの高成長に寄与してきたと考えられる。90年と直近年の教育投資のGDP比をみると、マレーシアでは、他のアジアに比べて相対的に高く、インドネシア、韓国、タイではその比率が上昇している(第2-4-22図)。
 また、中等教育、高等教育への就学率をみると、各国において上昇しており、中等教育の就学率は、おおむね80%程度に達している。一方で高等教育の就学率は、タイを除くとまだ低い。高度化した産業のニーズに応えるためには、高等教育を受けた労働者の層の厚みを増していくことが必要と考えられる(第2-4-23図)。

●労働力の質と直接投資の関係
 高等教育の就学率と、対内直接投資の相関関係をみると、労働力の質が高い国ほど、対内直接投資を呼び込みやすいという関係を確認することができる(第2-4-24図)。こうしたことから、より長期的な視点からは、安価な労働力に依拠した工業品の製造に頼らず、アジアが生み出す財・サービスの高付加価値化を進めていくためにも、労働力の質の向上は不可欠であると考えられる。

●技術系や管理職クラスの人材確保が困難
 経済の発展に伴い、多くの国で専門的な技術を持つ労働者の不足が問題となっている。また、仮に専門的なスキルを身につけても、同じ企業に定着せず、条件の良い企業に転出してしまうという問題もみられる。アジアに進出している企業へのアンケート調査をみると、専門的なスキルを持つ技術系人材の確保や、管理職クラスの人材の確保が困難であるとの指摘が多くみられる。今後のアジアの発展の上では、こうした分野の労働力を育成していくことも重要となっていると考えられる(第2-4-25図)。

(2)アジア各国の労働力の質の状況

 次に、アジア各国の労働力の質の状況についてみてみよう。

(i)中国
●高等教育の就学率は高まるも、就職難
 中国では近年教育水準が目覚しく伸びている。08年には高等教育への就学率は23%にまで達するなど、大学教育はもはや一部のエリートのものでなくなっている。これは大学の定員枠が拡大されたことなども影響しており、労働力の質を高めるという点で肯定的に評価できる。しかし、大卒者の労働市場は大幅な供給過剰となっており、就職先が見つからない新規大卒者は、09年で約80万人程度とみられる(第2-4-26図)この背景には、大卒者が就職を希望する企業や地域に偏りがあり、そのため雇用のミスマッチが生じていることも考えられる。例えば、大学生に対する就職希望企業ランキングによると(19)、就職希望の多い上位50社のうち、29社を国有企業が占めており、大学生の国有企業志向が高いことがうかがわれる。また、就職希望地域についても、北京、上海、広州、深セン等大都市に集中しており、これら4都市で約7割を占めている。実際の就職先都市をみても、前述の4都市が1位から4位を占めるなど、地域についても大都市への偏りがみられる(20)
 なお、増加する学生数に教員数が追いついていないといった側面も指摘されている。こうしたことから、教育の質の低下も懸念されている。

●商業・サービススタッフ等の労働力は不足
 中国の都市部における職種別求人倍率をみると、事務職においては求人倍率が1を下回っており、労働力が供給過剰であるとみられる(第2-4-27図)。一方、新しい設備に対応でき、即戦力も求められる生産・運輸機械オペレーターや商業・サービススタッフの求人倍率は、1を上回っている。また、専門技術者やマネージャーに対する求人倍率もこのところ上昇してきている(第2-4-28図)。
 こうしたことから、中国では大卒者の求人不足といった状況がみられる一方、企業が求める労働力が不足しているなど、労働市場においてミスマッチが生じていると考えられる。このため今後は、専門的技術や知識、即戦力を有する労働力の育成が急務となっている。

(ii)インド
●低い識字率
 インドでは、ITセクターを担う労働者に代表されるように、一部で極めて質の高い労働力が供給されている一方で、例えば識字率をみると07年で66%と他のアジアの途上国と比べても低くなっている(第2-4-29図)。また、男女間での格差も大きくなっており、これは、著しい所得格差や社会的要因から、教育機会が充分に確保されていないことが背景にあると考えられる。所得格差を解消するためには、貧困層にも質の高い教育を提供することも重要と考えられるが、富裕層は質の高い私立に、貧困層は農村を中心に公立学校に進学する傾向がある。また、公立学校は年々増えてはいるものの、教育の質についてみると、私立学校に比べて低いことが多い。教育を通じて格差が解消されるようなメカニズムが十分ではないことが問題であるとされている。

(iii)マレーシア、インドネシア
●マレーシア、インドネシアでは企業の求める人材と労働力との間にミスマッチ
 マレーシア、インドネシアの労働市場について、企業の求める労働力と実際に労働市場に流入している労働力との差異をみるために、失業率と欠員率の関係をみてみる。
 マレーシアでは、欠員率の上昇とともに、失業率も上昇している時期がみられる(05年、09年)。インドネシアでは、2000年以降、欠員率が横ばいである中、失業率が上昇したり、また、欠員率と失業率の双方が上昇している期間がある(第2-4-30図)。
 マレーシアやインドネシアにおいてこうした状況がみられるのは、この間、企業が求める労働力と労働市場に参入している労働力との間に質的なミスマッチがあったことも考えられる。
 労働市場のミスマッチには様々なものがあるが、職種間のミスマッチを示唆するものとして、例えば企業へのアンケート調査によれば、マレーシアやインドネシアでは、技術系人材や管理職クラスの人材の不足が指摘されている(前掲第2-4-25図)。また、マレーシアでは、マネージャークラスの人材が企業間で取り合いとなっていることや、インドネシアでは、優秀な労働力や、中間管理層・技術者等が不足しているため、現地生産において付加価値を高めようとした場合、人材供給がボトルネックになる可能性等が指摘されている(21)。こうした国では、企業の求める労働力を積極的に育成することにより、労働力が制約となって生じる問題を解消していくことが必要と考えられる。

(3)産業の高度化に対応した労働力の育成

 以上でみてきたように、アジアでは、就学率の向上等労働力の質が近年急速に向上する一方で、産業の高度化に対応した技能を有する労働力や、企業が求める労働力の育成は、必ずしも充分ではないと考えられる。今後、アジアが産業の高度化を図ることや、更に外資を受け入れることにより、発展を続けていくためには、高等教育への就学率を高め、質の高い労働力の増大を図ると同時に、教育の質も一層高めていくことが急務となっている。
 また、高度化する産業のニーズに的確に対応するため、教育機関においては企業の求める専門教育に力を入れることや、企業においても、技術習得の機会を提供することなども重要と考えられ、政府においてはそうした施策を推進していくなど、産学官の連携も有効と考えられる。
 アジアにおける高等教育卒業者に占める理工系学生の割合をみると、韓国、マレーシアでは理工系の割合が50%程度と高くなっている(第2-4-31図)。中国では約40%となっており、インド、インドネシア、ベトナムでは20%台とやや低い。今後は、こうした既に専門的技術を習得した人材を企業のニーズに合わせてうまく活用することや、理工系学生の比率の低い国においてはそれを高めることも重要であると考えられる。
 また、アジアでは、多くの学生が海外へ留学している。こうした欧米の高等教育機関への留学経験のある人材を、有効に活用していくことも必要であると考えられる(第2-4-32図)。


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