第2章 アジアの世紀へ:長期自律的発展の条件 |
成長戦略の実現に向けては、アジア各国で抱える構造的な課題への対応が必要である。次節で詳細について分析を行うが、基本的な考え方は以下のとおりである。
●内需振興に向けた課題(中間所得層の育成と所得格差の是正)
アジア地域は、人口規模が大きく、また高成長に伴い所得水準も更に高まる余地があることから、今後も市場の拡大が期待されるものの、所得の格差の問題も大きく、市場が十分に育っていない状況にある。近年、アジアは急速な経済発展を遂げたが、その裏で成長を優先する開発に伴う歪みも生じており、その一部は所得格差の拡大として顕在化している。新たな成長の軸としてアジア域内内需の振興を図るためには、こうした格差を是正し特に中間層の消費を喚起することが重要であり、社会保障給付などの所得再分配あるいは地域振興策を通じた地域格差是正等に取り組む必要がある(Inclusive Growth(4))。
●生産性向上に向けた課題
人口高齢化が見込まれる中で、アジアの成長戦略の土台となる生産性向上に当たっては、既に構築された域内分業体制・生産ネットワークを活かしつつ、生産体制の一層の効率化・重層化を進めることが不可欠である。特に直接投資は、アジアの成長をけん引するドライバーとして引き続き重要な役割を担うと考えられるが、こうした成長のパターンを継続・発展するためには、ビジネス環境の更なる改善に努める必要がある。ボトルネックとなる要因は各国で様々であるが、ハード・インフラの質と量の拡充を図るとともに、遅れの目立つ高度人材の育成(「Innovative Growth」)や制度インフラの整備に迅速に対応することが、アジアの持続的成長に不可欠であると考えられる。また、貿易及び投資自由化、制度的地域統合(5)(アジア域内協力の深化)の推進など、アジアの競争力強化に向けた地域間協力も重要である。
●安定的なマクロ経済環境・金融環境に向けた課題
アジアは貯蓄超過の状況にあるが、こうした資金はアジア域内に循環せず、先進国に投資が向かっている。この背景には、各国における金融システムの不備が影響しており、情報の非対称性等に基づく市場の歪みが存在する可能性がある。アジアは開発ニーズが高く、アジア域内で蓄積されるマネーをいかにして域内でリスク転換するか、また、いかにしてアジア域内でマネーを循環させ相互発展に結びつけるかが課題であり、長期自律的な発展のためには国内金融市場の基盤整備が不可欠である。
さらに、長期的には、より環境に配慮した成長(「Green Growth(6)」)や、「人間の安全保障(7)」を確保するような成長(「Secured Growth」)も重要な観点である。
このような問題意識に立ち、以下では、アジアの長期自律的発展に向けた成長戦略に必要不可欠な要素である、(i)社会保障制度の整備、(ii)所得格差の是正、(iii)労働力の質の向上、(iv)インフラの整備、(v)全要素生産性の引上げ、(vi)安定的なマクロ経済環境・金融環境の維持について、詳細に分析する。
以上のような視点をもった成長戦略を実現していくことは、東アジア地域全体の安定と繁栄を目指す東アジア共同体構想にも資するものと考えられる。