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第1章 世界経済の回復とギリシャ財政危機

第4節 ヨーロッパ経済

2.ギリシャ財政危機とコンテイジョン

 世界金融危機がもたらした実体経済の悪化に歯止めをかけるために各国政府が打ち出した景気刺激策は、景気を下支えする役割を果たしたものの、財政状況を大幅に悪化させ、特に一部の国では、財政の悪化に起因するソブリン・リスクに対する懸念を高めることとなった。この結果、10年4月にはギリシャ財政危機が発生し、ヨーロッパを中心に金融資本市場が大きく動揺した。本節では、ギリシャ財政危機の発生の経緯と今後の見通し、コンテイジョンのリスク、危機の根本的な要因とその教訓について分析する。

(1)ギリシャ財政危機発生の経緯

●政権交代と財政統計の修正:金融資本市場の混乱
 ギリシャ財政危機発生の直接の契機は、09年10月の政権交代と新政権による財政統計データの大幅下方修正であった。ギリシャでは、09年10月に総選挙が実施され、この結果、中道右派与党・新民主主義党(10)が敗れ、全ギリシャ社会主義運動党(11)による新政権が成立した。新政権は、成立直後、前政権が財政赤字を過小評価していたとして、財政統計データを大幅に修正した。例えば、財政収支GDP比については、08年5.0%の赤字から7.7%の赤字へ、09年については3.7%の赤字から12.5%の赤字へと大幅に修正した。このため、市場では、ギリシャの財政状況に対する不信の念が高まった。
 09年11月のドバイ・ショック(12)を機に、新興国や、財政の悪化した国が発行する国債のリスク、いわゆるソブリン・リスクが懸念されるようになり、その中でも、ギリシャについては、特に財政状況の悪化が著しいことに加え、統計に対する不信もあって、国債利回りやCDSが大幅に上昇した。同年12月には、格付け会社が相次いでギリシャ国債の格付けを引き下げたことから(13)、金融市場の混乱が更に広がった。
 こうした市場の混乱の中で、09 年11月から10年3月までの5か月間で、ギリシャ政府は5回にわたって財政再建策を発表(14)したが、市場では、目標とする財政赤字削減規模と比べて十分でないのではないかといった疑問の声が揚がり、市場の混乱を鎮めるには至らず、結果として財政再建策を小出しにしていたという印象を残した(第1-4-22表)。
 ECOFINも、当初、09年12月の時点では、ギリシャは有効な財政再建策を採っていないと指摘していたが、最終的には、10年2月3日に、ギリシャの財政再建計画(安定プログラム)は欧州委員会により承認された。さらに、市場の混乱を収拾するため、同年2月11日、EU首脳会合は、「欧州の金融安定に必要な場合には断固とした協調行動を取る」ことで合意したとのメッセージを発表した(15)
 しかしながら、具体的な協調行動の内容が明らかでなかったため、ギリシャの財政の持続可能性について市場の懸念が収まることはなく、ギリシャ国債の利回りやCDSは上昇傾向を続けた(第1-4-23図)。

●ギリシャ支援の合意:市場の混乱から危機へ
 このため、10年3月25日には、ユーロ圏首脳間でギリシャ支援について検討が行われ、市場からの資金調達が十分ではない場合の最終手段として、IMF融資を補完するためのユーロ圏参加国による二国間融資のメカニズムが合意された。しかし、市場におけるギリシャへの懸念は収まらず、4月11日に開催されたユーロ圏財務相会合では、IMF融資に加え、ユーロ圏参加国による二国間融資の具体的な条件が合意された。4月23日には、ギリシャ政府は、IMF融資及びユーロ圏参加国の二国間融資による共同プログラムに基づく金融支援を、IMF及びEU等に対し正式に要請した。アイスランドの火山噴火による空港閉鎖のため、関係者の協議は遅延したが、結局、5月2日に、IMF、EU等関係者は、ギリシャの財政再建を条件に3年間で1,100億ユーロのギリシャ支援の合意に達し、同時にギリシャ政府は2013年末までにGDP比11%規模の財政赤字を削減する追加財政再建策を発表した。公的部門賃金の削減による歳出削減、VAT(付加価値税)の税率引上げによる歳入強化、経済の競争力回復による成長促進策、及び金融安定基金の設立による金融システムの強化・安定化に取り組むこととしている(第1-4-24表第1-4-25表)。
 また、5月3日、ECBは、ギリシャ国債について、今後通知するまでオペの適格担保基準にかかわらず、引き続き担保として受け入れることを発表した(16)
 しかし、ギリシャにおいては、財政再建策に反対する労働組合によるストライキや国民によるデモが激化し、財政再建の実現可能性に対する懸念が高まった。また、二国間融資で最も負担額が大きいとみられるドイツで地方選挙を前にギリシャ支援に反対する世論が高まっていたことなどから、更に市場での懸念が高まり、ギリシャ国債の利回りは10.2%まで上昇し、ベンチマークとなるドイツ国債利回りとのスプレッドはユーロ発足以来過去最大を更新し続けた。こうしたことを背景に、ギリシャと同様に財政困難にある南欧を中心とするユーロ周縁(ペリフェリー)諸国(いわゆるPIIGS(17))に対する懸念や、ギリシャ向け債権を多く保有するドイツ、フランスを中心とするヨーロッパの金融機関の経営悪化懸念も高まり、株価が大幅に下落、ユーロは大きく減価するなど混乱が広がった(いわゆる「ギリシャ財政危機」)(第1-4-26図)。また、ヨーロッパの金融機関は、PIIGS向け債権を多く保有することから、取引相手先銀行の財務状況に対する懸念(カウンターパーティ・リスク)が高まり、1,100億ユーロのギリシャ支援を決定した5日後の10年5月7日には、ヨーロッパの金融市場ではLIBOR等の銀行間取引金利が上昇したり、一部でドル資金の不足が懸念される事態に陥った。

●欧州金融安定化メカニズムの合意とECBによる流通市場からの国債買取り
 ギリシャ財政危機が、08年9月のリーマン・ショックの再来となり、ヨーロッパの金融システムを不安定化させ、ユーロの崩壊につながるとの懸念が出ているなか、各国首脳は、10年5月7日、急遽、ユーロ圏首脳会合を開催し、EUの金融安定のために「欧州金融安定化メカニズム」等を創設することを決定し、5月9日には、メカニズムにより創設される基金の規模を総額7,500億ユーロと決定した。
 さらに、危機対応として、ECB(欧州中央銀行)は、同年5月10日、機能不全に陥った国債及び社債の流通市場への介入を発表した。また、各国中央銀行(カナダ、英国、ECB、アメリカ、スイス、日本)は、米ドルスワップ取極を再締結し、米ドル資金供給オペレーションの実施を発表した。
 この結果、ギリシャ国債の利回りは急速に低下し、CDSも下落した。しかしながら、同年5月13日以降は再び上昇傾向に転じており、今後の事態の推移を慎重に見守る必要がある。

(2)今後の見通し

 ギリシャ財政危機の今後を見通す上で、重要な懸念材料が3つある。(i)ギリシャの財政再建の実現可能性、(ii)今後の国債償還スケジュール、そして(iii)他の国々へのコンテイジョンやヨーロッパの金融システム全体へのコンテイジョンの可能性である。
 まず、11年までマイナス成長、高水準の失業率が予想され、国民の反対が強い中で、財政再建を計画どおり実行できるかどうかという問題がある。ギリシャ経済は、08年10〜12月期から6四半期連続でマイナス成長を継続しており、10年1〜3月期は前期比年率3.2%減とマイナス幅が3四半期連続で拡大している。ユーロ圏経済全体が09年夏頃から下げ止まり、同年7〜9月期からプラス成長に転じているのとは対照的な動きとなっている。失業率も、10年2月には12.1%と高水準に達しており、深刻な状況にある(第1-4-27図)。こうした中で、IMF、ユーロ参加国による1,100億ユーロの支援の条件となった新たな財政再建策については、世論調査によれば、国民の約7割が反対し、ストライキやデモを受容するとする国民も約7割という状況にある(第1-4-28表)。財政再建に反対するデモが続く中で、政府が財政再建を進めることができるのかどうか、懸念が生じている。
 第二に、11年以降も毎年大量の国債償還が予定されているが、それまでに経済・財政状況が好転するかという懸念がある。ギリシャの国債は、10年に残り77億ユーロ、11年以降は300億ユーロ程度の国債の償還が予定されている(第1-4-29図)。この時点でギリシャの経済・財政状況が十分に好転し、円滑に市場から資金調達できるのかどうか不安が残る。なお、IMFのスタッフも、「債務の持続可能性に関するリスクは否定できないほど高い(undeniably high)」としている(19)
 過去に、国債がデフォルトした例として、アルゼンチンの事例をみると(コラム1-8参照)、02年1月に国債の利払いを停止した後、固定相場制から変動相場制に移行した。1年半後には、為替が約4分の1に減価した。当時、アルゼンチンの公的債務は、外貨建てが多く、公的債務の自国通貨ベースでみた残高が急増したため、大幅な債務削減が行われた。その後、為替減価により輸出競争力が回復し、おりしも主要輸出品である小麦、大豆等の価格が高騰したこともあり、アルゼンチン経済は回復、成長軌道に戻った。
 しかし、ギリシャの場合には、ユーロ圏にとどまる限り、為替の減価は手段となり得ないため、価格面で輸出競争力の回復を図るためには、賃金水準の引下げやコスト引下げが必要となる。また、ギリシャの主要産業は、海運、観光、オリーブ等の農業生産等であり、財輸出とサービス輸出の合計はGDP比17.8%(09年)を占め、労働力の1割は観光業に従事するなど、価格面での輸出競争力の改善は景気回復に一定の効果を有することが期待されるが、アルゼンチンのように商品価格上昇による交易条件改善は期待できない。他方、仮にユーロを離脱して、ユーロ参加以前の通貨ドラクマに戻った場合、大幅な通貨の下落が予想されるが、為替下落により、自国通貨ベースでみた政府債務残高が急増し、債務削減は不可避となる可能性が高い。この場合、ギリシャ向け債権を多く保有するドイツ、フランス等の金融機関の経営悪化につながるリスクもある。なお、EU条約には、ユーロ圏から離脱するという規定は存在しない。そもそもユーロ圏からの脱退は想定されておらず、EUから脱退するのでなければ、ユーロ圏脱退は不可能となっている。また、EUからの脱退も、他の加盟国が強制したり、当該国による一方的な脱退はできないことになっている(第1-4-30表)。
 以上の懸念材料に加え、以下(3)で検討するコンテイジョンのリスクを考えると、ギリシャ財政危機については今後の推移を引き続き慎重に見極める必要がある。

コラム1-8  アルゼンチン国債のデフォルト

 現在ギリシャをはじめとする一部の国で、国家財政の悪化に起因するソブリン・リスクが懸念されている。ここでは、ソブリン・リスクが顕在化した例として、02年に国債がデフォルト(債務不履行)となったアルゼンチンのその後の債務返済の状況をみていく。
 91年以降カレンシーボード制による固定相場を維持していたアルゼンチンは、90年代半ば以降、財政赤字と対外債務の拡大が続き、ブラジルの通貨危機等をきっかけに、01年に債務危機が発生した。こうした状況の中で政府は、02年1月、イタリア・リラ建て国債(2,800万ドル相当)の利払い停止を発表、国債のデフォルトとなった。また、同年3月には、円建て国債の利払いも不履行となった(注1)。
 政府は利払い停止に続き、通貨制度を変動相場制へと移行したため、自国通貨ペソは暴落し、経済に大きな混乱が生じた(図1)。
 デフォルト発生後、債権者との交渉は難航した。政府はまず資金協力を受けていたIMFとの交渉を行ったが、提示した財政再建計画の見通しがIMFに承認されず、交渉が長引いた。IMFとの交渉で債務返済条件についてようやく暫定合意に至ったのは、デフォルトが発生してから1年が経過した03年1月だった。
 その後、IMF以外の国際機関とも債務返済についての合意を得ることができたため、改めて民間債務の返済交渉を進めた政府は、04年12月(注2)、民間債務再編案を提示した。対象となる民間保有の国債の元本総額は約810億ドルであり、再編案は元本の75%削減となる内容であったが、05年3月の政府発表によると、対象国債保有者の76%がこの提案に応じた(図2)。
 債務負担が軽減する見通しがたったことから、05年6月、S&Pは同国長期ソブリン格付けを「SD(デフォルト)」から「B−」に引き上げ、ムーディーズも「Caa1」(注3)から「B3」に引き上げた。その後、自国通貨の大幅な切下げによる輸出競争力の回復や、主要輸出品目である大豆や小麦等の価格高騰もあり、03年から07年まで毎年8%を超える経済成長率を達成し、S&Pによる格付けも06年10月には「B+」にまで引き上げられた(注4)。
 一方、財政再建はその後も大きく進展せず、インフレ懸念等の問題も生じてきたことから、08年3月、S&Pは長期ソブリン格付けを再び引き下げている(注5)。リーマンブラザーズ破たん直後の08年秋には、財政状況が再び懸念され、長期金利やCDSが急上昇した。CDSは一時4,000bpを超える水準まで上昇し、その後金融市場の混乱の収束とともに低下したが現在も1,000bpを超えており(10年5月)、他の中南米諸国、例えばブラジルの100bp程度(同月)と比べても高い水準にある。
 財政再建が遅れる中、債権者との債務再交換交渉は今なお続いており、国際金融市場への復帰は同国にとって現在も大きな課題となっている。


(3)コンテイジョン
 ギリシャ財政危機のコンテイジョン(伝染)は、(i)他の類似した財政状況にある国々への危機の伝播というルートと、(ii)ギリシャへの貸出が多い金融機関の経営悪化、破綻等を通じて金融システム全体に影響を及ぼすルートという二つの可能性に大別できる。以下、それぞれ検討する。

 第1-4-31表 ギリシャ財政危機の推移

(i)ギリシャ財政危機による各国への伝染
 ギリシャの経済規模は約31兆円とユーロ圏のGDPの2.6%(09年)を占めるに過ぎないが、10年4月以来、国際金融市場を揺るがす大きな危機に発展した。この背景には、ギリシャの財政危機が、通貨ユーロ創設以来の経済政策運営の弱点、すなわち、単一通貨圏でありながら財政政策については各国の分権となっていることを突いたものであったことに加え、ギリシャ同様財政状況の悪化が著しい国々の財政の持続可能性に対する市場の懸念が高まり、より経済規模の大きな国の財政危機に発展するというコンテイジョン(伝染)のリスクが市場で強く意識されたことがある。
 ポルトガル、イタリア、アイルランド、スペインにギリシャを加えた国々は、PIIGS諸国と呼ばれ、市場では財政悪化が特に懸念されている。また、ベルギーも、PIIGS諸国に次いでソブリンCDSが高水準にあるなど、市場では財政の持続可能性についてリスクが強く意識されている(前掲第1-4-26図第1-4-32表第1-4-33表)。10年4月末から5月にかけては、ギリシャ支援の成否に市場の関心が集まる中で、こうした国々の国債利回りやソブリンCDSも急上昇し、財政の持続可能性に対する懸念も高まった。
 特に、イタリアやスペインのように、ユーロ圏全体に占めるGDPの割合が16.9%、11.7%と大きい国々については(第1-4-34図)、仮に財政が破たんした場合の影響の大きさは計り知れない。その場合には、国際協調による財政支援も困難を極めることが予想され、通貨ユーロについても崩壊に至るのではないかといった懸念も加わって、ユーロも大幅に減価した。
 一方、こうした国々も、12年から14年にかけて財政赤字GDP比を3%以内にするという目標を掲げて、10年から財政再建に取り組んでいる。歳出面では、公務員の人件費の削減や医療・年金分野の歳出抑制、歳入面では、VAT(付加価値税)の税率の引上げが主な柱となっている(第1-4-35表)。
 以下、ギリシャ以外のPIIGS諸国の財政状況とその背景について概観する(第1-4-36表)。

(ア)ポルトガルの動向
 ポルトガルでは、09年9月、総選挙が行われソクラテス首相率いる与党・社会党が政権を維持し、第一党の座は守ったが単独過半数ではなくなった。財政赤字削減を訴えた社会民主党は議席数を伸ばしたものの、社会党には及ばなかった。ポルトガルの財政赤字GDP比は大幅に拡大していたが、ソクラテス首相は就任演説の中で、景気刺激策として公共投資(リスボンの新空港、高速鉄道網、道路、病院等の整備)に向こう10年で600億ユーロを投じる計画を維持するとの方針を示した。市場では、国債利回りが上昇するなど、こうした歳出拡大の動きに対する懸念が生じた。
 こうしたことから、09年12月、ECOFINはポルトガル政府に対し勧告を行い、10年に財政再建に着手し、過剰財政赤字を13年までに是正するよう要請した。これを受けて、10年1月、ポルトガル政府は10年度予算案を発表し、歳出削減を中心に財政再建を行い、10年に財政収支GDP比を09年の▲9.3%から▲8.3%に、13年には▲3%にまで削減するとした。さらに、ギリシャ財政危機を受けて、10年5月13日、ポルトガル政府は、財政再建計画を発表し、11年の財政収支GDP比を▲5.1%から▲4.6%まで削減するとしている。

(イ)イタリアの動向
 イタリアは、金融危機後の景気対策の財源を既存予算の組替えに依存するなど、財政拡大に比較的慎重な姿勢を堅持している。10年1月、イタリア政府は、過剰財政赤字を12年までに是正すべきとのECOFINの勧告に沿って安定プログラムを提出し、10年に財政収支GDP比を09年の▲5.3%から▲5.0%に、12年には▲2.7%にまで削減するとしている。

(ウ)アイルランドの動向
 アイルランドは住宅バブル崩壊の影響もあり、実体経済が著しく悪化した。このため、税収が落ち込むとともに、金融システム安定化策や景気刺激策を打ち出したため、財政赤字が拡大した。09年4月には、不良債権処理のためのバッドバンク設立を発表した。こうした財政拡大や偶発債務に対する懸念の高まりから、09年夏には、格付け各社によるアイルランド国債の格付けが相次いで引き下げられた。
 09年12月、ギリシャ国債の格付けの引下げを契機に、アイルランドの財政についても市場で懸念が広がり、ドイツ国債利回りとのスプレッドが拡大したが、09年12月9日、公務員賃金の削減等40億ユーロ以上の歳出削減策を盛り込んだ10年予算が発表されると、国債利回り上昇は一服した。同時に、アイルランド政府は、14年までに過剰財政赤字を是正すべきとのECOFINの勧告に沿って、10年に財政収支GDP比を09年の▲11.7%から▲11.6%に、14年には▲2.9%にまで削減するとの安定プログラムを提出している。

(エ)スペインの動向
 スペイン経済は、住宅バブル崩壊の影響もあり、失業率が20%近傍まで上昇するなど実体経済の悪化が著しいことから、政府は大規模な景気対策を打ち出し、結果として財政赤字は大幅に拡大した。このため、10年予算案では、増税を中心に財政健全化を目指すこととしている。具体的には、10年7月1日からVATの税率を16%から18%に引き上げるとともに、景気対策として導入した個人所得税の一律400ユーロ減税の廃止、預貯金利子所得への課税税率引上げ等を行うこととした。なお、09年6月にはこれに先行してタバコ・燃料税の引上げを実施している。
 また、10年2月、過剰財政赤字を13年までに是正すべきとのECOFINの勧告を踏まえ、10年に財政収支GDP比を09年の▲11.2%から▲8.3%に、13年には▲3.0%にまで削減する安定プログラムを提出している。
 さらに、5月12日、ギリシャ財政危機を受けて、スペイン政府は、公務員賃金を10年は5%削減し、11年は伸びを凍結することに加え、年金支給額の物価スライドの凍結、ODA及び公共投資の削減を内容とする新たな財政再建計画を公表した。

 以上のように、PIIGS諸国と呼ばれる国々は、既にECOFINの勧告に沿って財政再建への取組に着手している。しかしながら、10年春にギリシャ財政危機が深刻化するにつれて、これらの国々の財政の持続可能性について市場の懸念が高まっており、7,500億ユーロの欧州金融安定化メカニズムが表明された後いったん低下した国債利回りも、再び上昇している。10年5月、ECOFINは、スペインとポルトガルについて、更なる財政再建計画の提出を求めるなど、財政再建の取組強化を一層強く要請している。スペインの失業率が20%近傍に上昇するなど、これらの国々の実体経済の悪化が深刻な中で、信頼できる財政再建策、すなわち政治、社会的にも実現可能でかつ有効な財政再建策をどこまで打ち出せるのか、引き続き慎重にその推移を見極める必要がある。

(ii)金融システムを通じた影響
 今回のギリシャ財政危機においては、主要国の株価が急落し、ヨーロッパの銀行間金利が上昇するなど、ヨーロッパを中心に国際金融市場が大きく動揺している。なぜ、このように大きな動揺を招いたのであろうか。
 まずギリシャ国債の保有主体をみると、そのほとんどは欧州である(第1-4-37図)。ギリシャ国内での保有が3割となっており、英国、フランス、次いでドイツ等で多く保有されている。アメリカや、日本を含むアジアの投資家による保有は、それぞれ3%ずつと比較的小さい。
 次に、金融機関の貸出動向についてみると、ギリシャ向けの与信は、フランス及びドイツの金融機関に集中しており、それぞれ788億ドル、450億ドル保有している(第1-4-38図)。また、PIIGS諸国向け与信の合計もフランス及びドイツの銀行が突出して多く、フランスの金融機関の対外与信残高の4分の1、ドイツについては5分の1がこれらの諸国向けの債権となっている。なお、これらの債権には民間企業向けの債権も多く含まれており、国債の信用力が個別企業の債権に直接影響するとは限らないが、各国とも景気の足取りが弱い中で市場の信認を得るため相当規模の財政再建を進めることから、景気に追加の下押し圧力が加わり、結局、個別企業の信用状況にも影響があるものと考えられる。
 このため、09年12月以降、ギリシャを始めとするPIIGS諸国の国債価格の下落(利回りの上昇)により、これらの資産を保有するPIIGS諸国の金融機関に加え、フランスやドイツ等他の国々の金融機関も保有する資産の劣化により損失が拡大する可能性があることが市場で懸念されるようになった。こうした懸念は、特に、10年5月のギリシャ財政危機の深刻化の中で強まり、ヨーロッパの金融株が下落したり、銀行間でも、お互いの経営状況に対する不信からカウンターパーティ・リスクが高まりLIBORのドル調達金利が上昇するなどの現象がみられ、08年9月、リーマン・ショック直後、事実上金融市場が機能不全に陥った事態を想起させた。FRBは、ECB等とドルスワップの協定を再び締結していることもあり、LIBORのドル調達金利の水準は上昇したものの、アメリカ国債(3か月物)の利回りとの差を表すTEDスプレッドをみると0.23ベーシス程度と、リーマン・ショック後に比べれば低い水準である(第1-4-39図)。
 ヨーロッパの金融機関の多くは、既に世界金融危機による不良債権の発生でバランス・シートが劣化しており、ほぼ6割が損失処理されたとはいえ、不良債権の処理がアメリカに比べるとなお遅れている(20)。ギリシャ財政危機やPIIGS諸国へのコンテイジョンにより、更に資産内容の劣化が進み、経営状況が一段と悪化した場合には、ヨーロッパの金融システム全体に係るシステミック・リスクに発展しかねない。ギリシャ財政危機については、他のPIIGS諸国へのコンテイジョンに加え、こうした金融システムを通じたコンテイジョンがユーロ圏全体を揺るがす、より重要なリスクとなっている。


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