第2章 新興国経済:金融危機の影響と今後の展望 |
第3節 世界的な景気後退と中国
1.中国の景気減速
●成長率の鈍化が続く
中国経済は、2003年以降、実質経済成長率は10%を超え、07年には13.0%まで高まったが、08年には9.0%と伸びが急速に低下し、景気は減速した。四半期別の前年比成長率をみてみると、07年4〜6月期の14.0%をピークに伸びが低下し、08年7〜9月期に9.0%と一けた台の伸びとなった後、世界金融危機発生後の08年10〜12月期には6.8%、09年1〜3月期6.1%と大きく減速している(第2-3-1図)。
景気減速の要因としては、(1)07年後半以降、経済の過熱防止とインフレ抑制のため、金融政策等の引締めスタンスを強めてきたこと、(2)欧米諸国との貿易摩擦の緩和及び産業構造の高度化の観点から輸出抑制策を強化してきたこと、(3)こうした効果が顕在化してきたところに、世界金融危機後の世界景気後退の影響を受けて輸出が大きく減少したことが挙げられる。
政府は、08年11月に、財政と金融政策のスタンスを、それぞれ「積極的な財政政策」と「適度に緩和した金融政策」へと転換することを明らかにし、10年末までに4兆元規模の投資の実施を含む「内需拡大・成長促進のための10項目の措置」を発表し、経済成長の維持に取り組んでいる。対策の一部は、08年10〜12月期から実施に移されており、足元で投資等にその効果とみられる動きも現れている(詳細は後述)。
●世界金融危機の金融面における影響は限定的
中国では、世界金融危機の影響は、金融面への影響は比較的小さいものにとどまっており、主に実体経済面に大きく現れている。
まず、金融機関についてみると、例えば4大国有商業銀行は、国内金融機関全体の総資産に占めるシェアが約50%(07年末)と中国国内で大きな地位を占めているのみならず、世界的にみても有数の資産規模の金融機関となっているが、アメリカで組成された証券化商品の保有は少なく、金融システムへの直接的影響は限定的なものとなっている。
一方、株式市場においては、上海総合株価指数が、07年10月をピークに大幅な下落を続けていたが、08年9月の世界金融危機後は更に一段と下落した。中国でも、世界金融危機以降、投資家の質への逃避の影響を受けたものとみられる。しかしながら、資金調達の面でみると、中国では、現在でも間接金融が主体であるため、株価下落の直接的な影響は少ないとみられる。また、09年に入り株価は上昇傾向に転じており、08年9月以前の水準にまで戻っている。
また、質への逃避の影響等から中国においても海外からの融資資金の流出等はあったものの、管理フロート制が採られており、資本取引にも一定の制限がある中で、人民元の対ドルレートは、安定的に維持されてきている。最近の動きをみると、08年半ばまで増価基調で推移し、その後はほぼ横ばい傾向となっている。
また、外貨準備高については、08年半ばまで前年比40%を超える大幅な増加が続いていたが、その後伸びが鈍化し、09年3月末では前年同月比16.1%増となっている。海外からの融資資金の流出、対内証券投資や直接投資の流入の減少等、海外からの資金流入の減少が一つの要因となっている可能性がある。
●世界金融危機の影響は、輸出を中心に実体経済面で顕在化
(1)輸出入ともに減少が続く
輸出は、06年後半から輸出抑制策を強化してきた効果が現れ、08年前半まで緩やかに減速してきたが、さらに、世界金融危機後には主要輸出先である欧米等先進国の需要の急減の影響を受け、08年11月に前年比でマイナスに転じた(第2-3-2図)。その後もマイナス幅は拡大傾向にあり、09年1〜3月期には同▲19.7%、4月同▲22.6%となっている。一方、輸入は、08年前半には原油等資源価格の高騰に伴う輸入価格の上昇や人民元レートの上昇による購買力の増加により高い伸びで推移していたが、原油及び原材料価格の下落につれて急減速し、08年11月以降は前年比で二けた台の大幅なマイナスが続いており、09年1〜3月期には同▲30.9%、4月同▲23.0%となっている。この結果、貿易黒字は、08年前半には輸入の大幅な増加により縮小傾向にあったが、08年半ばから再び増加に転じ、08年10〜12月期には、輸出の伸びは低下したものの、輸入が減少に転じたため、黒字幅が拡大し、08年全体では2,957億ドルと過去最高の黒字となった。しかし、09年1月以降は輸出の減少幅の拡大に伴い、黒字幅は再び縮小傾向にある。
輸出の動向を国・地域別にみると、EU、アメリカ、日本、NIEs及びASEAN等すべての主要輸出相手先において減少している(第2-3-3図)。輸入については、NIEs及びASEANからの輸入の減少が特に著しい(第2-3-4図)。中国は、自国の輸出品を生産するための中間財をアジアの近隣諸国から輸入しているため、輸出需要の減少に伴い、これらの国からの輸入が減少しているものとみられる。
輸出の動向を品目別にみると、輸出の約4割を占める電気・電子機器を中心に大きく減少している(第2-3-5図)。足元の動きをみると、09年3月に、繊維等一部の労働集約型の品目がプラスに転じており、08年8月以来、繊維等一部の品目に対する増値税還付率の引上げ(1)など、輸出抑制策の緩和を進めていることの効果が現れている可能性もある。
一方、輸入は、一次産品価格の下落や国内の生産活動の鈍化等により、原材料や部品を中心に減少しているが、景気刺激策の実施に伴う需要増加により、今後減少幅が縮小していく可能性も考えられる。
(2)生産の伸びは大きく鈍化
鉱工業生産は、08年前半まで10%台後半で推移してきたが、08年半ばに北京五輪開催の影響等を受けて伸びが鈍化した後、更に世界金融危機後に減速が著しくなり、09年1〜2月には前年同期比3.8%増まで伸びが低下した(2)(第2-3-6図)。特に、輸出産業を中心に発展を遂げてきた沿海部地域において、生産の減速は顕著となっている。沿海部の珠江デルタ周辺地域(福建省、広東省、海南省)と長江デルタ地域(上海市、江蘇省、浙江省)の両地域は、中国全体の輸出の約74%(07年)を占めており、地域総生産に占める輸出(通関ベース)の割合は、それぞれ77%、64%(07年)となっている。このため、輸出の減少を反映して、両デルタの鉱工業生産の落ち込み幅が他の地域に比べて大きくなっている(第2-3-7図)。
しかし、ここのところ生産に持ち直しの動きもみられ、09年3月には、前年同月比8.3%増、4月同7.3%増となっている。主要業種における在庫をみると、各業種とも08年末から在庫の伸びが大きく鈍化しており、急速な在庫調整の進展が生産の持ち直しの動きにつながったと考えられる(第2-3-8図)。また、鉱工業生産の主要産業別の推移をみると、足元で輸送機械が大きく伸びており、自動車の取得促進策(詳細は後述)の影響等、景気刺激策の効果が一部業種に現れているものとみられる。
ただし、生産能力過剰の問題については引き続き留意を要する。過去数年にわたり、固定資産投資が20%台の高い伸びを続けてきた結果、鉄鋼や電解アルミニウム製造業等の一部業種では、生産能力過剰が既に国務院より指摘されてきた。例えば、鉄鋼では、この問題が顕在化している。鉄鋼は、08年末から在庫が急速に減少し、生産、価格に持ち直しの動きが一時みられたが、生産能力の過剰から生産が急増した結果、市況は再び弱含んでいる。こうした動きに対し、09年5月、工業・情報化部は、鉄鋼の生産量の急増の抑制に関する通知を出し、その中で、一部の企業が市場需要を考慮せず、生産を急拡大し始めたため、25〜30%程度の生産能力過剰が生じていると指摘している。
(3)直接投資の流入は減少
世界的な景気後退を受けて、海外からの直接投資の流入も減少している(第2-3-9図)。直接投資額(実行ベース)をみると、08年前半は、前年同月比で二けた台の伸びで推移していたが、10月に減少に転じ、09年4月には前年同月比▲22.5%となっている。こうした減少が続いた場合、中長期的な経済成長に影響を及ぼすことが懸念される。
●内需は堅調に推移
(1)固定資産投資は高い伸びを維持
固定資産投資(都市部)は、08年7〜9月期に前年同期比28.8%増まで伸びが高まった後、10〜12月期に同23.3%増とやや伸びが鈍化したが、09年1〜3月期に同28.6%増、4月には前年同月比34.0%増と再び伸びが高まっている(第2-3-10図)。固定資産投資の部門別の内訳をみると、08年10〜12月期には、製造業、不動産を中心に伸びが低下する一方で、鉄道への投資が急拡大し、その後09年1〜3月期も道路等を含むその他運輸への投資が伸びを高めている。中国政府は、08年11月に、10年末までに4兆元規模の投資の実施を含む内需拡大策を打ち出しているが、4兆元の資金配分をみると、鉄道や道路等のインフラ投資が大きな割合(37.5%)を占めており、このうちの一部については08年末から実行に移されていることから、この効果が現れているものとみられる(第2-3-11表、第2-3-12図)。こうした公的投資の拡大は、今後も固定資産投資の伸びを下支えすることが期待される。
また、製造業への投資をみると、輸出関連産業である繊維等一部の業種では弱い動きとなっているが、非金属製造(セメント等)等、景気刺激策の影響を受けたと思われる一部の分野では伸びが高まっている(第2-3-13図)。
他方、固定資産投資全体の約2割を占める不動産開発投資の動向については引き続き留意が必要である。不動産開発投資は、08年前半まで前年比30%を超える高い伸びで推移してきたが、金融引締めの強化や不動産への投機抑制策等の政策の効果もあり、08年7月以降急速に伸びが鈍化し始めた(前掲第2-3-10図)。政府は、08年秋以降、不動産セクターの下支えのため、個人の不動産取引に係る税制優遇措置を打ち出すなどしたものの、不動産市況の悪化は続き、不動産開発投資は、09年1〜2月には前年同期比1.0%まで伸びが低下した。その後、09年3月には前年同月比7.3%、4月同6.4%とやや持ち直しているが、依然として低い伸びとなっている。
足元の不動産市況の動向をみると、不動産の需給動向を表す主要都市の建物販売価格は08年1月以降伸びが低下を続け、08年12月以降は下落に転じており、09年4月には前年同月比▲1.1%と引き続き弱い動きとなっている。しかし、同価格を前月比でみると、08年12月の▲0.5%を底にやや改善傾向にあり、09年3月には0.2%と8か月ぶりの上昇に転じていること、また、分譲建物販売面積も、同じく09年3月に前年同期比で増加に転じているなど、一部の指標では、不動産市況の底入れの兆しもみられる(第2-3-14図)。しかしながら、09年1〜3月期の新規着工床面積は前年比で▲16.2%、4月も同▲13.8%と減少が続いており、中国不動産市場の景況感を表す不動産開発景気指数も依然として低い水準にある(第2-3-15図)。こうしたことからみると、不動産市況の底入れは、08年秋以降の利下げや、内需拡大策の一環として銀行貸出の総量規制が撤廃されたことによる銀行融資の急拡大を背景とした不動産市場への資金流入を反映したものである可能性もあり、こうした動きが実需を伴ったものとして、本格的な回復につながっていくかどうかについては、今後の動向を更に見守る必要があると考えられる。
(2)消費は堅調に推移
消費の動向をみると、社会商品小売総額は、08年全体で前年比21.6%増と高い伸びとなった。08年末から伸びがやや鈍化し、09年1〜3月期は前年同期比15.0%増、4月前年同月比14.8%増となっているが、小売物価で実質化してみると、08年半ば以降、前年比でほぼ横ばいで推移しており、景気減速の中でも、消費についてはこれまでのところ比較的堅調に推移している(第2-3-16図)。なお、中国では、株式への投資家の内訳(07年末)をみると、個人が51.29%を占めており(3)、07年末以降の上海総合株価指数の大幅な下落により、逆資産効果を通じた消費への影響が懸念されるところであるが、これまでのところ消費に大きな影響はみられていない。
乗用車販売台数をみても、08年半ばから大きく伸びが低下し、11月から3か月連続で前年比マイナスとなっていたが、09年2月以降改善がみられる(第2-3-17図)。政府は、09年1月に発表した自動車産業振興策の中に、排気量1.6l以下の小型車購入の際の車両取得税の引下げ(10%→5%)、農村部における自動車普及プロジェクト(汽車下郷 (4))等を盛り込んでおり、これらの政策効果が現れているものとみられる。
しかし、今後の先行きに関しては、雇用情勢の悪化によって所得環境が悪化していることや、消費者信頼感指数が大きく低下していること、都市部の家計貯蓄率(家計調査ベース)が08年の28.8%から09年1〜3月期には35.3%へと上昇していることなどの懸念要因もある(第2-3-18図)。特に、雇用については、都市部登録失業率が08年7〜9月期には4.0%だったが、10〜12月期に4.2%に、さらに、09年1〜3月期には4.3%へと上昇している(第2-3-19図)。また、都市部登録失業率には反映されないが、沿海部地域で輸出産業に従事してきた農民工(農村部からの出稼ぎ農民)等、多くの失業者が存在する。中国国家統計局の発表によれば、本籍地外で就業する農民工1億4,041万人のうち、春節前に帰郷したまま都市部に戻らなかった者が約1,400万人、都市部に戻ったものの求職中の者が約1,100万人いるとされている。また、新規学卒者の就業についても、09年に約610万人が新規に大学を卒業するのに加え、08年の新卒者で未就職の者が100万人程度いるといわれており、厳しい状況にあるとみられる。
●経済成長の維持への取組
中国政府は、08年11月に内需拡大策を打ち出して以来、「経済成長の維持」を目標に、財政、金融政策による成長率の下支えに取り組んでいる。内需拡大策の一環である4兆元規模(GDP比約13%)の投資については、08年10〜12月期に約1,000億元が実行に移されたと発表されており、投資や生産の一部の指標にその効果が現れているものとみられる。4兆元の投資の資金配分先としては、インフラ投資が中心となっているが、その他主要なものとして、08年の四川大地震の復興、社会保障分野が挙げられている。また、09年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)では、09年度の財政赤字(中央及び地方)が9,500億元、GDP比で3%程度と、過去最大の財政赤字となる予算案が採択された(第2-3-20表、第2-3-21図)。中央レベルの財政赤字7,500億元については国債の発行規模の拡大によりまかなわれるとともに、地方については、2,000億元の地方債の発行が承認され(発行自体は中央が地方に代わって行う)、調達された資金が地方レベルの予算に組み入れられることが明らかにされた。また、4兆元の投資のほかにも、増値税(付加価値税)の仕入税額控除の対象拡大や行政・公共事業運営を目的とする100項目の費用徴収の廃止・停止等により、企業と個人の負担を約5,000億元軽減する措置も実施に移されている。
さらに、上記の措置に加え、09年に入り、自動車、鉄鋼、繊維、設備製造、造船、電子・情報産業、軽工業、石油化学、非鉄金属、物流の10大産業の調整・振興計画が相次いで発表されている。例えば、自動車では、09年末まで車両取得税を半減して自動車販売を下支えするなどの短期的な産業支援策と同時に、業界再編、技術革新、産業の高度化、国際競争力の向上等の内容も盛り込まれており、中長期的な視点も考慮されているものとみられる。
金融政策については、08年9月のリーマン・ブラザーズ破綻後に6年7か月ぶりとなる政策金利の引下げが実施された後、10月にも2回の引下げが実施された。08年11月には「適度に緩和した金融政策」に転換する方針が明確にされ、さらに12月までに2回の政策金利の引下げが実施された。また、11月発表の内需拡大策の中で、金融引締め策の一環として実施されていた銀行貸出の総量規制が撤廃されて以降、銀行貸出は急速に拡大している(第2-3-22図)。09年1月から4月までの新規貸出額は合計5兆1,718億元となり、全人代で設定された「年間5兆元以上」の目標を既に達成しており、その中で4兆元の投資実施に必要な資金供給もなされているものとみられる。