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第1章 先進国経済:金融危機による景気後退の深刻化

第2節 アメリカの景気後退の深刻化と金融危機の長期化

2.金融危機と実体経済悪化の悪循環

   このように、アメリカでは景気が後退しており、深刻な状況が続いているが、この背景には、08年9月15日の大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破たんに端を発した金融危機の影響がある。今回の金融危機については、金融機関の経営不安や一部金融市場の機能不全が継続しているなど、いまだ収束する兆しがみえていない。このため、金融部門の機能低下が信用収縮等を通じて大きな下押し圧力となり、実体経済に負の影響を及ぼしている。さらに、足元では、実体経済の落ち込みが不良債権の増加等を通じて金融機関のバランスシートを悪化させ、更なる信用収縮につながるなど、金融危機と実体経済悪化の悪循環が生じている(第1-2-7図)。こうした事態がアメリカの景気後退を一層深刻なものとしている。
   金融システムの安定化が景気回復の不可欠の条件と認識される中、08年秋以降、金融安定化に向けた様々な取組が行われている。今後のアメリカ経済の回復の姿を見極める上で、金融市場における主体である金融機関、家計、企業を取り巻く状況を把握し、金融危機と実体経済悪化の悪循環の様相をとらえることは極めて重要である。
   以下では、こうした金融部門と実体経済の負の連鎖構造について検討する。

(1)金融部門から実体経済への影響

●貸出態度の厳格化
   06年に入ってからの住宅市場のバブル崩壊とその後のサブプライム住宅ローン問題による住宅金融市場の混乱は、住宅ローン証券化商品の価格下落を招き、そうした商品を保有する金融機関のバランスシートを大きく悪化させることとなった。多額の不良資産を抱え、財務状況が悪化した金融機関は、家計や企業への貸出態度を厳格化させている。金融機関における貸出態度の厳格化は、当初、住宅ローンだけでみられたが、07年8月のヨーロッパ大手金融機関BNPパリバ傘下の投資ファンドが償還凍結を発表したいわゆる「パリバ・ショック」や、08年3月のアメリカ大手投資銀行ベア・スターンズの経営危機といった事態によって、金融市場における混乱の度合いが強まるにつれて、住宅ローン以外の消費者向け貸出や企業向け貸出にも、厳格化の動きが広がった(第1-2-8図)。FRBが実施している商業銀行における貸出態度の調査結果をみると、08年半ばには、商業不動産向け貸出や企業向け貸出も上限に近いところまで貸出態度が厳格化している(2)

●金融機関の貸出動向
   こうした中、商業銀行における貸出動向をみると、全体の貸出額は、08年10月をピークに、緩やかな減少傾向となっている(第1-2-9図)。商業銀行の貸出額が減少している要因としては、資金供給側の要因、すなわち、商業銀行の貸出態度の厳格化やバランスシートの改善に向けた資産縮小の動きが顕在化しているものと考えられる。現在も、景気後退が深刻化していることや、金融機関における損失の拡大が今後も続くことが見込まれることからすれば、今後も商業銀行の貸出額の減少傾向は継続する可能性が高い。以下、家計向けの貸出動向、企業向けの貸出動向のそれぞれについて概観する。

●家計向け貸出の動向
   個人への貸出動向について、消費者信用残高の動きをみると、08年前半までは前月差で比較的堅調に増加してきたが、08年7〜9月期の前月差平均は前期に比べて大幅に低下した(第1-2-10図)。さらに、リーマン・ショック後の08年10〜12月期、09年1〜3月期には、前月差平均で大きくマイナスに転じており、貸出態度の厳格化により個人が消費者信用を通じた資金の借入れが困難な状況にあることがうかがわれる。このうち、リボルビング信用(クレジットカード等)については、08年半ば以降、大幅な減少傾向にある。公的資金注入を受けた21金融機関について、クレジットカード・ローンの与信枠の推移をみると、08年10月時点の3兆3,600億ドルから、09年3月時点では2兆9,700億ドルとなるなど、大きく減少している(3)。非リボルビング信用(自動車ローン、教育ローン等)についても、08年半ば以降は増加ペースが鈍化しており、09年に入っても依然として低調に推移している。
   消費者向けの信用については、金融危機により、ABS(資産担保証券)市場が事実上機能停止に陥ったことの影響も強く受けている。アメリカでは、クレジットカード会社や自動車ローン会社等が、消費者ローンを担保とした証券を発行することにより、リスクの分散を図るとともに、新たな消費者向け貸出のための資金調達を行っていた。しかしながら、ABS市場においては08年9月の金融危機発生を境に新規のABSの発行が急激に減少しており、発行残高も08年以降減少が続いている(前掲第1-1-12図)。こうしたABS市場の機能不全は金融機関による消費者向け貸出の供給能力の低下を招くこととなり、与信の減少の一因となっている。
   また、住宅ローンについては、住宅価格とともに住宅ローン金利が大きく低下していることから住宅取得環境の改善が進んでいる。しかし、モーゲージ申請件数をみると、住宅ローンの借換用の申請は増加しているものの、購入用の申請は依然として低調である(第1-2-11図)。また、購入用のローンを申請したとしても、金融機関の貸出態度が厳格化している中では、実際にローンの借入れまでたどり着くケースはかなり限られていると考えられる。

●企業の資金調達の現状
   企業が資金調達を行う手段としては、株式や社債の発行といった直接金融と金融機関からの借入れといった間接金融による2通りの方法がある。まず、社債やコマーシャル・ペーパー(CP)の発行等による資金調達をみると、08年9月中旬以降の金融危機によって社債スプレッドが急拡大するとともに、CPの発行残高は急減した。その後、社債スプレッドについては、08年末から09年初めをピークに低下傾向にあるものの、格付けの低いものを中心に引き続き高い水準にとどまっている(前掲第1-1-10図)。
   一方、CP市場については、08年10月中旬にかけて一時的に市場機能停止に近い状態に陥ったが、FRBがCPの直接的な買取りを行う新たな制度(CPFF:Commercial Paper Funding Facility)を開始すると、発行残高は増加傾向となり、09年初めには08年9月の金融危機前の水準に近いところまで回復した。しかし、その後は、FRBが購入した90日物のCPが償還期限を迎えるとともに、発行残高は再び減少傾向を強めている(第1-2-12図)。
   他方、商業銀行における商工業向け貸出の動向をみると、08年前半までは比較的堅調に推移してきたが、同年後半以降は、前年同期比で伸び率が減少傾向となっている(前掲第1-2-9図)。この背景には、家計向け貸出と同様に、金融機関における貸出態度の厳格化やバランスシートの改善に向けた資産縮小の動きといった要因が影響していると考えられる。
   こうした企業の資金調達をめぐるひっ迫した環境は、企業の長期的な設備投資計画や短期的な資金繰りに影響を与えていると考えられる。企業の投資活動について、GDP統計の民間設備投資をみると、08年7〜9月期に前期比年率▲1.7%と減少に転じた後、同年10〜12月期には同▲21.1%、09年1〜3月期には同▲36.9%と過去最大の減少となっており、需要低迷による生産の減少に加えて、金融危機による資金調達の困難な状況も影響していると考えられる(第1-2-13図)。

●資金需要側の要因
   なお、上述のような消費者向け及び企業向け貸出の減少の背景には、金融機関の貸出態度の厳格化といった資金の供給側の要因に加え、需要側の要因もある。景気の急速な悪化を背景に家計や企業のバランスシートは悪化しており、将来所得に関する不確実性が高まっていることから、新たな資金の借入れに慎重になっていることが考えられる。消費者マインドの推移をみると、09年2月には、67年の統計開始以来最低の水準を更新するなど、08年半ば以降は記録的な落ち込みがみられ、景気の先行き不安から耐久財の購入にも慎重な態度がうかがえる(第1-2-14図)。また、製造業や建設業の景況感についても、足元では改善がみられるものの依然として低水準であり(前掲第1-2-4図)、また企業収益も大きく落ち込んでいることなどから(第1-2-15図)、企業の設備投資資金需要も抑制されていると考えられる。

●実体経済への影響
   以上のように、金融市場の機能低下を受けて金融機関は家計や企業に対する貸出の抑制を強めており、実体経済は厳しい状況が続いている。先行きについては、OECDの分析によれば、アメリカでは金融機関が貸出態度を厳格化してから4四半期のラグを経て信用収縮が顕在化し、貸出への影響は2〜3年後まで続く傾向があるとされている(4)。このため、今後、個人や企業への貸出に対する厳格化の影響が顕著に現れてくる可能性が高く、金融の実体経済への下押し圧力は当面継続するものと考えられる。

コラム1-1:アメリカの自動車販売とビッグ3の動向

   商務省の統計によれば、2009年に入ってからのアメリカの自動車販売台数(注1)は、年換算で1月以降、4か月連続で1,000万台割れが続いている。特に、2月の910万台は81年12月以来の歴史的に低い水準であった(図1)。年間販売台数についても、08年は1,323万台となり、96年以降続いていた年間1,500万台以上の水準を大きく割り込み、07年から300万台近くも減少した。こうした自動車販売台数の大幅な減少の原因は、07年12月からの景気後退による消費の落ち込みであるが、08年9月の金融危機発生以降、販売台数の落ち込みが加速しており、個人消費の落ち込みと比較しても自動車販売台数の減少は大幅なものとなっている。
   このような大幅かつ急速な自動車販売台数の減少を受けて、国内外の自動車メーカー各社は苦境に立たされているが、その中でもこの数年間営業赤字が続いているビッグ3(注2)では、シェア低下や販売台数の減少により、経営状況が悪化した(図2表3)。08年12月19日、資金繰りに困窮し、支援を要請したGMとクライスラーに対して、政府は09年2月18日までに抜本的なリストラを含む再建計画の策定を求め、その上で両社の再建実現可能性を判断するとし、つなぎ資金としてGMに134億ドル、クライスラーに40億ドルの融資を実施することを発表した。その後提出された両社の再建計画には、人員削減、生産体制見直し、車種削減等が織り込まれていたものの、08年12月時点から販売状況が更に悪化したことから、GMは最大166億ドル、クライスラーは50億ドルの追加支援を要請するに至った。
   再建計画を受けて政府は、オバマ大統領直属の自動車作業部会を組織し、計画内容とその実現可能性について評価したが、3月30日に政府は、両社の再建計画が不十分であるとし、GMには60日以内により大胆な経営合理化を含む再建計画の再提出、クライスラーには30日以内にイタリア・フィアットとの提携合意等を実施するよう要求する一方で、両者に対してその間の運転資金を提供した。
   GMとクライスラーは、再建計画の実現性を確実にするため、労働組合や債権団との交渉を進めた。しかし、両社とも債権団との債務圧縮交渉が難航したことを受けて、GMは09年6月1日に、クライスラーは同年4月30日にそれぞれ連邦破産法第11条を申請し、抜本的な再建を図ることとなった。破産法を申請したGMに対し、アメリカ政府は301億ドル、カナダ政府及びオンタリオ州政府は91億ドルの支援を発表し、クライスラーに対しても、アメリカ政府は81億ドル、カナダ政府及びオンタリオ州政府は24億ドルの支援を発表した。
   GMは、これらの支援を受けて、60〜90日間でブランドや操業体制をリストラした上で新生GMとしての再建を目指すとしている。一方、クライスラーは、イタリア・フィアットとの提携に合意し、同年6月1日に裁判所が提携の合意を承認したことにより、破産法の申請から短期間で新生クライスラーに向けた再建を進めている。
   自動車販売台数が年換算で1,000万台以下に落ち込む中で、ビッグ3の本格的な再建の実現は自動車販売台数の回復と密接な関係がある。そこで関連指標や公表情報から今後の自動車販売の見通しについて検討してみる。まず、マイナス要因としては、(1)アメリカでは自動車購入時のローン利用割合が高いが、個人に対する貸出態度が厳格化しており、消費者ローン残高が減少するとともに自動車ローンの利用率が減少していること(図4)、(2)貯蓄率が05〜07年の平均0.5%から09年には4%台まで急速に上昇しているように、家計においてバランスシート調整の動きがみられること、(3)消費者信頼感指数の今後6か月以内の自動車購買計画は、09年4月には4.8と依然として低水準に留まっていること(前掲図1)、(4)雇用者数が大幅に減少しており、消費の下押し圧力が強いことが指摘できる。
   一方、プラス要因としては、(1)09年1月まで8%台と高止まっていた自動車ローンの金利が、09年3月には2%台に急低下したこと(前掲図4)、(2)09年2月に成立した経済再生・再投資法に新車購入時の州・地方政府の売上税の税額控除が盛り込まれたことなどがある。
   以上のように、政府の政策努力はあるものの、家計消費や個人への与信回復に依存するところが大きいことから、自動車販売の回復には相当の期間を要すると考えられる。

(2)実体経済から金融市場への影響

●住宅バブル崩壊の影響
   住宅市場では、05年後半以降の住宅ローン金利の上昇や住宅価格の高騰を受けた住宅需要の後退により、06年以降住宅投資の減少が続くなど、調整が長期化している。住宅投資の先行指標となる住宅着工件数をみると、06年1月に年換算227.3万件のピークを付けた後、急速に減少している(第1-2-16図)。09年1月には、年率48.8万件(59年統計開始以来の最低値)まで低下し、ピーク時の約2割程度にまで縮小している。また、住宅販売についても大幅に減少している。高水準にあった住宅在庫は住宅投資の減少を受けて徐々に縮小傾向にあるものの、在庫販売比率は、09年3月には新築住宅で10.7か月分、中古住宅で9.8か月分と、適正水準とされる5か月を大きく上回っており、極めて高い水準で推移している。
   住宅価格においても低下傾向が継続している。ケース・シラー住宅価格指数(10都市)をみると、06年6月をピークに、以後、低下傾向にあり、08年12月までにピーク時から28.3%下落した(第1-2-17図)。また、主要都市別にみると、ニューヨーク、ボストンといった北東部の都市ではピーク時(06年6月)から15%程度の低下にとどまっているのに対し、フェニックス、ラスベガス、サンフランシスコといった西部の都市では40%以上も下落するなど、地域間の格差も大きい。さらに、先行きについて、同指数の先物価格をみると、10年5月が底となっており、同月までにピーク時から約41%も低下することが見込まれている。
   こうした住宅市場の調整は、サブプライム住宅ローンだけでなくプライム住宅ローンにおいても、住宅ローン債務者の延滞や債務不履行による差押えを増加させ、住宅ローン証券化商品の価格の下落や市場取引の停滞を招いている。住宅ローン全体の延滞率は08年10〜12月期に7.88%と、79年の調査開始以来の最高値を記録している(第1-2-18図)。さらに、住宅ローン件数に占める差押え中の物件の比率は、08年10〜12月期に3.30%と、07年7〜9月期以来、6期連続で過去最高値を更新している。このため、住宅ローンや住宅ローン証券化商品を多数抱えた金融機関においては、保有資産の不良債権化によって経営が大きく圧迫されており、不良債権の増加による損失の拡大が更なる貸し渋りを助長するなど、信用の収縮を加速させている。

●実体経済の悪化とその影響
   金融危機によってもたらされた実体経済の悪化は、個人の債務延滞・不履行や企業の倒産等を一層拡大させることとなり、金融機関の経営基盤の更なる弱体化につながっている。商業銀行におけるクレジットカード・ローンの延滞率、損失処理率をみると、06年以降上昇を続けている (第1-2-19図)。実体経済の悪化の深まりを受けて、金融機関の損失が拡大していることがうかがえる
   IMFが公表した国際金融安定化報告書の推計によれば、09年4月におけるアメリカで組成された住宅ローン、商業用不動産ローン、消費者向け貸出債権等にかかる潜在的な損失額(2.7兆ドル)は、08年10月時点(1.4兆ドル)に比べて大幅に拡大するなど(前掲1-1-7表)、実体経済の悪化を受けた家計・企業部門による債務延滞・不履行の拡大が、金融機関のバランスシートを一層悪化させている。
   以上のように、住宅市場の更なる調整や家計・企業部門に対する貸出の不良債権化を通じて、金融市場に更なる負の影響がもたらされており、金融危機と実体経済悪化の悪循環が深刻化している。政府・中央銀行による金融安定化に向けた取組により、市場機能も徐々に改善すると思われるが、こうした悪循環の解消には、まだしばらく時間を要するものと考えられる。

コラム1-2:大恐慌と今回の金融危機の比較

   NBER (全米経済研究所)の景気循環表によると、大恐慌につながる景気後退は1929年8月に始まったとされている。その2か月後、「暗黒の木曜日」と言われる10月24日に株価の暴落が発生し、それを契機にアメリカは恐慌へと突入していった(図1)。その発端は、好景気等を背景とする投機によって高騰した株価を懸念した、FRBによる金融引締めにあるとされており、鉱工業生産指数が下落に転じるなど景気後退局面入りする中で株価が急落した。株価は「暗黒の木曜日」から3週間で約4割下落して一時的な底をつけ、その後約5か月かけて半分戻した後、一時的な上昇と急落を繰り返しながら32年7月の底に至るまで継続的に下落した。
   こうした中で、30年10月以降には数次にわたり銀行破たんが急増し、金融システムが危機的状況に陥るとともに経済はデフレスパイラルに陥り、33年3月頃まで悪化を続けた。この間、株価はピークから約90%下落し、マネーサプライは4割近く減少した(図2)。また、大恐慌の発生以前においても、銀行破たんは年間600件程度発生していたが、30年以降は毎年1,000件を超え、「バンク・ホリデー」(注1)が実施された33年3月には3,460件に達した(図3)。その結果、29年10月〜33年3月の間に全米で約9,000の銀行が破たんしている。
   一方、実体経済面においては、実質GDPが33年までに26.5%減少(図4)、鉱工業生産指数が32年7月までに50%以上下落し(図5)、大恐慌前の水準に戻るのに3〜4年程度を要した。また、消費者物価指数は33年3月までに約3割下落しており、大恐慌前の水準に戻ったのは43年4月であった(図6)。さらに、失業率は3年間で20%以上も上昇し、32、33年に25%に達した後、41年まで10%を下回ることはなく(図7)、住居を失う人々の急増や、出生率及び結婚率の急落をもたらすなど、社会システムの基盤までが大きく揺らぐこととなった。大恐慌はヨーロッパや南米、日本等にも波及し、各国において銀行破たんの急増や生産の急減、物価の下落等をもたらすとともに、保護主義の台頭が世界規模での経済の悪循環を招いた。
   こうした大恐慌の原因については諸説あるが、代表的な学説をみると、M.フリードマンやA.シュワルツらマネタリストによる「貨幣仮説」では、マネーサプライの急減が経済の悪化をもたらしたとし、マネーサプライの減少に対して十分な対策を採らなかったFRBの金融政策の誤りが、大恐慌を引き起こしたとしている。これに対してB.バーナンキ、I.フィッシャーらによる「負債・デフレ仮説」では、物価下落(デフレ)と名目所得の減少による債務負担の上昇が、総需要の減少につながったと指摘する。さらに、C.キンドルバーガーやB.アイケングリーンらによる「金本位制仮説」では、戦間期の経済的覇権国の不在に加え、各国における金本位制への復帰が経済を不安定化させたが、金本位制へのコミットメントにより、各国の財政・金融当局には政策の選択肢がなかったことに原因を求めている。
   今回の危機と大恐慌の影響の大きさについて統計上の数値で比較すると、金融面では今回、株価が半年で約4割下落して大恐慌初期と同程度の下落幅を記録するなど、同様の傾向もみられる。一方、実体経済面では実質経済成長率や鉱工業生産、失業率等の悪化の幅やスピードは、大恐慌時の方がはるかに大きくなっている。
   このように、今回の「金融危機」が「恐慌」にまで発展していない要因としては、政策対応の違いによるところが大きいと考えられる。まず、大恐慌においては、均衡財政を重視するフーヴァー大統領の下で、恐慌の最中にも財政支出の削減と増税が実施され、経済を更に悪化させる要因となった。また、金融政策についても、金本位制の下でFRBに対応の余地があったかどうかは議論があるが、結果としてマネーサプライは大きく減少し、景気の回復は金本位制の放棄による金融緩和と、公共事業を柱とするニューディール政策を待つこととなった。他方、今回の危機においては、危機の発生後速やかに各国において金融システム安定化策や相当規模の景気刺激策が実施されている。また、FRBにおいても政策金利の引下げといった伝統的な金融政策手段だけでなく、非伝統的手段にも踏み込み、バランスシートを急拡大させることにより流動性の供給を行っている。さらに、国際的な観点からみても、保護主義を回避することの重要性が広く認識されるとともに、初期段階から国際協調に基づく政策が実施されており、今回の危機においてはこうした政策対応が、金融危機と実体経済の悪循環が加速度的に進行するのを防いでいると考えられる。
   他方でIMFが指摘するように、大恐慌と今回の危機の間には、(1)資産価格への下押し圧力が続いていること、(2)金融機関のレバレッジ解消等により貸出が抑制されていること、(3)物価上昇率が急速に低下していること、(4)実体経済の悪化が金融機関の財務状況に影響を与え始めていることなど、懸念される共通点も存在する(注2)。
   また、今回の危機の特徴として、危機のグローバルな波及の速さが挙げられる。金融市場の混乱はアメリカからヨーロッパ、そして新興国へと瞬く間に波及し、08年9月の金融危機から1か月足らずの間に欧米では大手金融機関の破たんや国有化のみならず、アイスランドや中・東欧諸国に国家破たんの危機をもたらした。また、実体経済面でも世界経済の相互依存が格段に高まっており、危機の波及のスピードやインパクトは大きくなっている。
   さらに、デリバティブや証券化等の金融イノベーションにより、金融危機が複雑になったことも今回の大きな特徴である。新しい金融手法を駆使して細分化されたリスクは市場を通じて世界中の投資家に拡散したため、リスクの所在や損失の全体像を把握することが極めて困難となり、危機を一層深刻なものにしている。
   このように、今回の危機においては、大恐慌とよく似た現象が起きていることに加え、今回の危機固有のリスクを抱えており、危機が恐慌へと発展していくことのないよう、引き続き各国政府における緊密な連携と大胆な対応が求められる。



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