第2章 先進各国の生産性等の動向:アメリカの「第二の波」と英国、フィンランド、アイルランド等の経験 |
第2節 英国、フィンランド、アイルランド等の経験
4.まとめ:総合的・戦略的な対応の重要性
以上みてきたように、生産性の向上に成功している各国の経験はかなり多様であるが、相当程度に共通している要因が少なくない。すなわち、生産物市場の規制改革、柔軟な労働市場、研究開発投資や教育等の人的投資、そして良好なマクロ経済環境等である。これまでみてきた英国、フィンランド、アイルランドの3か国は、それぞれ方法や力点は異なるものの非常に広範な分野で経済の構造改革を総合的に進め、IT化とグローバリゼーションに積極的に対応することにより生産性の向上、成長力の強化に成功した例といえるだろう。一方で、ヨーロッパ主要国を始め、90年代後半以降のアメリカ等との生産性格差の拡大に危機意識を持っている国も少なくない。こうした問題意識の現われとして、例えばEUでも、総合的な成長戦略として「リスボン戦略」が策定され、研究開発投資の促進、雇用の増大、経済改革の推進等について、具体的な数値目標も設定して成長力促進に向けた政策が展開されている(コラム参照)。
コラム:EUでの生産性向上と成長促進に向けた取組(リスボン戦略)
2000年3月にリスボンで開催した欧州理事会(首脳会議)で採択された「リスボン戦略」は、IT革命に乗って成長力を高めたアメリカを意識して、2010年までの10年間に、「世界で最も競争力がありかつダイナミックな知識基盤型経済になる」ことを目標にしている。戦略の中では、雇用、研究開発・情報通信技術・教育、経済改革、社会的結束強化、環境・持続可能な開発といった政策領域で具体的な達成目標と期限を設定しており、特に生産性の向上を重視して、2010年までに、(1)研究開発投資のGDP比を3%に引き上げる、(2)研究開発投資拡大の3分の2を民間セクターが担う、(3)若年層の後期中等教育(42)修了者比率を85%に引き上げる、といった目標が設定された(表参照)。
しかし、2000年代初頭におけるITバブルの崩壊による景気後退等もあって、進捗状況ははかばかしくなく、中間年の05年には戦略の全面的な見直しが実施された。これにより、焦点を成長促進と雇用増の2点に絞り、また、国別の改革プログラムを3年毎に策定し、PDCAサイクルに順じた方式により毎年レビューを行うこととなった。今後の戦略の進捗や効果が注視されるところである。
第2節で概観した3か国は、方法や重点は異なるもののいずれも広範な領域での構造改革を包括的に進め、大きな成果を出している。我が国にとっても、経済全体の生産性を高めることは重要な政策課題であり、本章冒頭に述べたように、経済財政諮問会議で「成長力加速プログラム」が取りまとめられたところである。今後は、経済財政運営の中期的な方針を示した「日本経済の進路と戦略」(平成19年1月25日閣議決定)を踏まえ、「成長力加速プログラム」を柱として本年6月に取りまとめられる「基本方針2007」に基づき、各国の経験にも学びつつ成長力強化のために必要な具体的な対応を各分野でスピード感を持って総合的・戦略的に推進することが重要である。
その際、本章でみてきた各国の経験からとりわけ重要と考えられることは、まず、世界の生産性リーダーであるアメリカにおいてIT利用による生産性の向上が非製造業を中心とした広範な産業領域に拡大してきていること(「第二の波」)にキャッチアップすることであろう。アメリカ等における研究で指摘されているように、IT投資・IT化により生産性を高めていくためには、企業レベルでも組織形態や生産プロセスの変革、人的資本への投資が非常に重要であると考えられる。政策的には、こうした企業活動のダイナミックな変化も促しつつ、経済全体の効果的なIT化を促す環境整備が重要であり、とりわけ、一層の規制改革と労働市場改革・人材の活用などにより、経済全体の競争環境を強化し、IT化の効果を早期に経済全体に浸透させ、サービス産業等の生産性向上に集中的に取り組むことが重要と考えられる。
また、景気循環の平準化による成長の持続に成功した英国や、経済危機への対応を広範な分野で包括的かつ速やかに進めたフィンランドの経験からは、マクロ経済環境を良好に保つことの重要性が改めて確認されるところである。現在の我が国の状況に即していえば、再びデフレに戻ることのないよう、物価安定の下での持続的な成長の実現を図ることにより、経済主体の投資意欲を喚起することが極めて重要であると考えられる。
規制改革や労働市場の改革等により内外資問わず企業活動に良好な環境を整備して高成長に成功しているアイルランドの経験も重要である。近年における海外からの対日直接投資に関連する要望をみると、外資に対する固有の規制の是正を求めるものより、諸外国と比べて遅れている国内の事業環境の整備を求める声が多く、医療、空港・港湾、金融資本市場、外国人の受入れ等の分野に集中している(43)。外資やあるいは国内企業のこうした規制改革、制度改正に関する要望の多くは、現在の規制・制度の何をどのように改革すれば企業活動を活性化し、生産性・成長力を引き上げることができるかについて、経済主体側の実際のニーズを率直に反映したものと考えられるところであり、真摯に受け止め改革に活かしていくべきであろう。