目次][][][年次リスト

第II部 世界経済の展望――2003年前半は弱い動き

第2章 回復力が弱まるアメリカ経済

第3節 イラク戦争の長期的な経済的影響

 本節では、イラク戦争がアメリカ経済に与える長期的影響として、特に重要となる戦費および戦後コスト負担の影響について考える。

●戦費負担と懸念される財政赤字の拡大
 ブッシュ政権の要請を受け、米議会は2003年4月12日、戦争の費用をまかなうためなどの総額790億ドルの補正予算を可決した。このうち、戦闘のために直接必要な費用は約600億ドルであり、その他に国土安全保障費、国際援助費、航空業界支援の費用などが含まれている。
 すでに1月の予算教書の段階から2003年度は3,000億ドル超(GDP比2.8%)の大幅な赤字となることが見込まれていた。予算教書の財政見通しでは、2004年度も3,000億ドルを超える赤字となり、見通しを示した全期間(2003〜2008年度)を通じて財政収支赤字が続くものと見込んでいる。こうした状況において、今回の補正予算により、さらに2003年度だけで790億ドルの財政負担が追加されることとなる(第II-2-8図)。
 このため、議会でも財政赤字の大きさを問題視する議論が強くなってきている。議会では、戦費負担の補正予算は承認されたが、代わりに大統領が1月に提示した減税案の規模については縮小する方向で検討されており、4月11日には上院は減税規模をほぼ半分に減額した予算決議を、同日下院も規模を4分の1程度削減する予算決議を可決した。また、グリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長も1月の議会証言において財政規律の重要性に言及し、赤字の拡大傾向に懸念を表明している。
 また、イラク戦争の負担は直接の戦費負担にとどまらず、むしろその後の占領・復興費用などがより大きいとする指摘もある。例えばノードハウス教授は直接の戦費500〜1,400億ドルに対してそれ以外の費用は占領・平和維持に750〜5,000億ドル、復興費用に300〜1,050億ドルなど、全費用は990〜1兆9,240億ドル(金額は戦争期間によって異なる)にも上るとしており、こうした総費用が今後アメリカ財政や経済に長期的にのしかかってくることが懸念される(第II-2-9表)。

●双子の赤字と長期金利の動向
 上述のとおり財政赤字が拡大している一方で、経常収支赤字も2002年を通じて拡大を続け、2002年10〜12月期にはGDP比5%を超えて過去最大規模となった。80年代後半にもみられた、財政収支、経常収支がともに赤字となる「双子の赤字」の状況は、ドル相場の不透明感を増す一因となるほか、金利の上昇を通じ、長期的にアメリカ経済の成長力を低下させる懸念がある(第II-2-10図)。
 2003年のCEA報告(大統領経済諮問委員会年次報告)では、財政赤字の拡大が長期金利を上昇させる効果はあまり大きくないとし、現在の財政赤字の水準は問題ないとしている。また、4月上旬に長期金利は4%程度と歴史的な低水準となっている。ただし、財政赤字が長期金利に与える影響の大きさについては、より大きな影響を見込む研究もあり、必ずしも結論は一致していない。今後の推移には注意が必要である。

 本章では、今回のイラク情勢緊迫及び戦争の経済的影響について、戦争前に緊張が高まったことの影響、戦争が与える短期的な影響及び長期的な影響に分けてみてきた。その結論は、
 (1)原油価格上昇、株価下落、消費者マインドの悪化などをもたらし、2002年後半から2003年前半にかけてアメリカ経済の回復力を弱めた、
 (2)イラク戦争による深刻な悪影響は回避されたと考えられ、2003年の成長率への影響度合いはそれほど大きなものとはならない見込み、
 (3)しかしながら、財政赤字の拡大は、長期的に経済に悪影響を与える懸念がある、
と要約できる。


目次][][][年次リスト