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第I部 海外経済の政策分析

第2章 産業再生−北欧・アジアの経験

第3節 産業再生に向けて

 本節では、前節で検討した北欧・アジア危機諸国の産業再生への取り組みの中から、特にこれらの国々において成功に結びついたと思われる条件を取り上げ、整理する。その上で、我が国における産業再生に向けた取り組みを紹介する。中でも、事業再生を目的とする、一定の政府関与を伴う株式会社として発足した産業再生機構について、その特徴と期待される役割をまとめ、むすびとする。

1.産業再生成功の条件

(1)不良債権買取りの制度設計

●買取り価格は市場価格が原則
 公的に設立された資産管理会社が不良債権を引き受ける場合、買取り価格(もしくは移管の際の資産査定)を市場評価に合わせて適正に設定することが最も重要である。
 不良債権の市場評価は簿価よりも大幅に低いのが通常であるが、仮に公的資産管理会社が、簿価など市場価格を上回る価格で買取りを行った場合、超過額は実質的に金融機関への公的資金注入に等しいものとなり、財政負担を過大なものとする可能性がある。このような買取りは、公的資金の使途を曖昧なものとし、透明性・説明責任の面でも問題があるほか、金融機関のモラル・ハザードをもたらし、より再生見込みが低い債務者企業に対する不良債権を放出させる誘因ともなりかねない。また、高値で買取った公的資産管理会社は、経営破綻の可能性が高くなる。韓国(KAMCO)では当初、市場価格よりも高めの価格設定で買い取りを行っていたが、発足後1年未満で買取り価格を実勢に合わせて大幅に引き下げざるを得なくなった。
 公的資産管理会社が適正な買取り価格を提示することはまた、当該価格が資産価格への現実的な期待形成に貢献し、「投げ売り」の防止にも資すると考えられている。買取り価格はできる限り市場評価に合った適正なものとすることが原則である。

●買取り価格と売却価格の事後的な調整
 また、アジアの事例では買取り価格と実際の売却価格との間に差が生じた場合に、資産管理会社と金融機関との間でその差額を事後的に調整する取り決めを行うこともあった。ただし、差額調整を行う場合、金融機関は損失に対するリスクを引き続き負うことになるため、資産管理会社への売却誘因が低下することに留意する必要がある。マレイシア(ダナハルタ)では、損失が出た場合はダナハルタが負担する一方、収益が出た場合は銀行にその8割を分配することにした。これにより、銀行に売却後のリスクを負担させることなく、比較的質の良い不良債権でさえも放出させる誘因を与えた。
 なお、不良債権買取りの対価としては、(国債発行などで調達する)現金のほかに、韓国(KAMCO)やマレイシア(ダナハルタ)のように、政府保証債(もしくは国債)を用いる場合とがあるが、国際的には後者が一般的のようである(43)

●買取り対象の範囲−公平性・迅速性に配慮
 海外主要国の事例では、債権買取りの対象とする金融機関は、破綻金融機関と、破綻はしていないが経営が困難な金融機関のいずれか、もしくは両方とする場合があった。
 アメリカのRTCのように破綻金融機関から債権を引き受ける場合、預金保護の観点などから債権・債務とも全て引き受けることが一般的である。しかしながら、業務を継続する金融機関から買取る場合には、買取りを行わない金融機関との公平性に配慮する必要がある。また、公的資産管理会社が買取らなくても、金融機関が自ら回収を行えるような債権については、モラル・ハザードを防ぐとの観点からも無制限に買取ることは避け、金融機関に残すべきである。スウェーデンでは、セキュラムの設立にあたり、ノルド銀行の不良債権比率は他の銀行と同じ程度になるよう配慮がなされ、また、銀行が自力で整理できるような比較的単純な債権については残すこととしたという(44)。マレイシア(ダナハルタ)でも、買取りが必要な不良債権の総額見積もり(150億リンギ)を示すにあたり、全てを買取るわけではないとの立場が明確にされた。
 また、公的資産管理会社が迅速な処理を行うためにも、買取り対象とする債権は少数・同種のものに限定されることが望ましい。北欧・アジア危機諸国ではほとんどの場合、買取り対象を大型案件に限定しており、迅速な処理の一因となったとみられている。これに対し、フィンランド(アーセナル)では、債権の種類や規模に関わらず、不良債権を全て移管した結果、専門的に処理することが困難であったといわれている。
 さらに、公的資産管理会社が迅速な処理を行う上では、強制力も一定の役割を果たしたと思われる。マレイシアではダナハルタの買取りに同意しない金融機関には当該不良債権の評価切り下げを行わせるなどして、強力に買取りが推進された。

(2)事業再生の制度的枠組み

●債務者企業の資産保全
 第1節でみたように、ロンドン・アプローチでは、銀行に対して清算型法的整理のための管財人(45)を指名しないことを要請しており、またチャプター11でも再生期間中の債権回収行為を法的に禁止しているなど、債務者企業の資産保全は私的・法的整理の如何にかかわらず、事業再生のための基本的な条件である。
 公的資産管理会社や私的整理の調停委員会の設置は、債務者企業の資産保全に貢献すると考えられている。これは、政府がこれら産業再生のための特別目的機関を設置すること自体が、再建計画の信認を高め、債権者の無用な債権回収行為を防ぐ効果があると考えられるためである。中でもマレイシアでは、資産管理会社であるダナハルタに特別管財人の任命権などの法的権限を与え、事業再生を妨げる債権回収行為を強力に抑えた。
 なお、債務者企業の資産保全は必ずしも経営者の保護を必要とするものではない。前述のスウェーデンのセキュラム子会社等が再生を行った企業へのアンケート調査では、事業再生の前に多くの経営者が交代していることが明らかとなっている。

●事業再生のための資金供給・専門知識の活用
 事業再生にあたっては、事業再生期間中の資金供給が必要となる。資金供給は、債務者企業の資産保全とならび、事業再生のための基本的な条件である。ロンドン・アプローチでは、銀行に融資の継続を求めており、チャプター11でもDIPファイナンスに優先性を与え、事業再生のための追加融資が受けやすいようにしている。
 公的資産管理会社の事業再生にあたっては、当該管理会社が直接資金供給を行うことのほか、外部の投資銀行等と協力することによって資金を供給することも可能である。韓国では、KAMCO自身に融資機能が付与されたほか、企業構造調整専門会社(CRC)や企業構造調整投資会社(CRV)を通じた事業再生では、広く国内外から資金が供給される仕組みとなっている。
 事業の再生とその後の売却処分に際しては、倒産専門家、不動産鑑定士、金融アナリスト、保険計理士といった専門家の存在が極めて重要な役割を果たす(46)。危機諸国における専門家の人口比をみると、アメリカに比べると圧倒的に少ない(第I-2-5表)。相対的に不足している専門家を短期間に活用する方法としては、外資企業を活用することが考えられる。実際、スウェーデン、フィンランド、韓国、マレイシアではいずれも、米系の投資会社、コンサルティング会社、監査法人等がアドバイザーとして迎えられた。特に韓国では、規制緩和によって企業合併を手がける外資企業の進出も認められるようになった。
 また、専門知識を活用する上では、専門性に応じた組織作りが有益とされる(47)。スウェーデン(セキュラム)やマレイシア(ダナハルタ)では、業種別に専門的な子会社を設置して債務者企業の事業再生を手がけさせた。このほか、アメリカ(RTC)のエクイティ・パートナーシップや、韓国(KAMCO)のCRCやCRVを通じた事業再生は、民間の専門性を活用する手法といえる。 
 なお、我が国でも育成されつつある民間の企業再生ファンドは、資金供給と専門知識とを同時にもたらすものと評価できる。韓国では政府主導のもと、世銀の協力を得つつ、韓国開発銀行ほか民間の金融機関に13億ドル規模の企業再生ファンドを立ち上げさせるということも行われた。


2.我が国産業再生への視座

●なぜ政府が主導して産業再生を行うのか
 アメリカでは、S&L危機に際して設立されたRTCは、資産の売却処分を優先させ、事業の再生は民間の専門企業に任せた。北欧やアジア危機諸国ではどのような理由から政府が主導する産業再生の途が選択されたのだろうか。
 第一に、北欧・アジア危機諸国の金融危機は深刻であったことが指摘できる。不良債権を売却処分するためには、買手が必要となるが、経済全体が不良債権の「重し」で停滞しているような状況下では、売却処分を進めることは困難である。韓国(KAMCO)では、当初RTCをモデルとして早期処分の方針を掲げていたが、後に企業再生機能の強化が図られることとなった。また、北欧・アジア危機諸国のようにシステミックな金融危機に見舞われた場合、大規模な担保不動産の売却処分がデフレ圧力となる可能性も懸念される。スウェーデンでは、「投げ売り」の防止もセキュラム設立の目的の1つであった。
 第二に、民間における事業再生の蓄積が不足していたことがあげられる。北欧・アジア危機諸国が産業再生にあたり、外資企業を活用したことは前述したが、資産市場の発展度合いの違いも大きい。例えば、アメリカのRTCは、証券化などの手法を活用して不良債権の売却処分を進めたが、これは既にファニー・メイ(連邦住宅抵当金庫)やフレディ・マック(連邦住宅金融抵当公社)などにより住宅ローン債権の証券化の手法や市場の醸成が進んでいたことがあって可能となったものである。北欧やアジア危機諸国では、RTCのように様々な手法を活用した売却処分が困難な状況下で不良債権問題を迅速に解決するために、政府主導で私的整理を推進する必要があった。そのための手段として資産管理会社の設立やロンドン・アプローチの推進が選ばれたものと思われる。実際、アジア危機諸国の中で、これらを強力に推進した韓国やマレイシアでは、私的なワークアウトの期間は短いものとなっている(第I-2-6表)。
 我が国においても、北欧・アジア危機諸国と同様、不良債権が経済への「重し」となっており、処理を加速させることが重要な課題となっている。また、事業再生に関する民間の蓄積も、未だ充分といえる状況にはなく、政府が積極的に産業再生に取り組むことが求められている。

●我が国における産業再生の取り組み
 我が国では1999年に「産業活力再生特別措置法」(いわゆる産業再生法)を制定したのをはじめ、再建型の倒産法制である民事再生法の制定(1999年)、会社更生法の改正(2002年)など、法制面の整備を通じて民間の事業再生を支援してきた。
 また、2001年には政府の緊急経済対策(4月)をうけて、我が国の金融界・産業界や学識経験者等の協力により、「私的整理に関するガイドライン」(9月)がまとめられている。これは、倒産実務家国際協会(INSOL)が策定し、各国に採用を勧告した「複数債権者ワークアウトの国際原則(いわゆる8原則)」を参考として作成されたものである。
 このほかにも、産業再生に向けて、中小企業再生に向けた信託スキームや事業再生保証制度(DIPファイナンスに対して付与される国の債務保証、DIP保証)の創設等、様々な取り組みを行っている。また、政策投資銀行においても、事業価値保全資金(DIPファイナンス)等の事業再生支援融資創設などの取り組みが行われている。
 今後については、「改革と展望−2002年度改定」(2003年1月)で示したように、産業再生機構の創設と産業再生法の抜本改正等により、産業・金融一体となった対応を強力に進めることとしている。

●民間の事業再生を支援する産業再生機構
 昨年10月の「改革加速のための総合対応策」および昨年12月の「企業・産業再生に関する基本指針」にしたがって、本年4月に発足した産業再生機構は、事業再構築、事業再編等を通じた企業再生に取り組むための新たな機構として創設されたものである。機構は、私的整理によって再生を進める際に、有用な経営資源を有しながら過大な債務を負っている事業者について、債権者金融機関間の調整が困難で再生が進まない場合などに、債権買取り等によって債権を集約するとともに、必要に応じて再生計画の実施にも関与するなどして、企業の再生を支援する。機構は、先にみた北欧・アジア諸国の資産管理会社と比較すると、以下のような特徴が指摘できる。
 第一に、産業再生機構は、中立的な調整者として債務者企業および債権者金融機関の申込みに応じて再生支援を行うこととしており、強制的に債権の買取りを行うものではない。再生支援決定と同時に、必要があるときは債権回収行為の停止(一時停止)の要請も行うが、一時停止の要請に反して回収等がなされ、全体として必要債権額(48)に満たないことが明らかになったときは、支援決定は撤回されるなど、マレイシアのダナハルタのように強力な法的権限を有するものではない。
 第二に、産業再生機構は再生計画の実施にあたり、メインバンクと協力するとしていることがあげられる。これは、我が国のメインバンク制度を活用した、他国にはみられない特色であり、資産管理会社設立により金融機関が保有する情報が失われるデメリットを減らすものである。
 このように、産業再生機構による事業再生の枠組みは、北欧・アジア危機諸国の資産管理会社と比べ、民間の事業再生を側面から支援する性格が強い。こうした性格の違いには、北欧・アジア諸国で資産管理会社を設立した際には、金融危機による動揺を抑える必要があったのに対し、現在の我が国はそのような状況にないことが背景としてあげられる。
 アメリカでは、RTCという公的な資産管理会社の活動が、民間における事業再生ビジネスの拡大を助けた。このように、産業再生機構は民間の事業再生を支援する性格が強いことから、RTC同様に我が国の事業再生ビジネスを拡大させる役割を果たすことも期待される。

●期待される産業再生機構
 各国の経験からは、産業再生成功の条件として、公的資産管理会社は不良債権を適切に市場価格で買い取ること、事業再生にあたっては債務者企業の資産保全ならびに事業再生のための資金供給や専門知識の活用が重要であること、が明らかとなった。
 こうした論点に関し、5月に業務を開始する産業再生機構では、買取り価格については、「事業再生計画を勘案した適正な時価を上回ってはならない」と定めており、市場価格での買取りを明確にしている。また、前述のように債務者企業の資産保全にも努めるほか、必要に応じて事業再生資金の融資や借入れに係る債務保証も行うことができる。さらに、広く民間から有能な人材を確保し、民間の叡智・活力を最大限活用する予定である。
 産業再生機構は、企業・産業の再生を加速させるとともに、業界再編等を通じて産業全体の競争力の強化をもたらすことが期待される。そうした中で、民間の叡智を活用することにより、「使える仕組み」として市場からの信頼も獲得することを目指している。産業再生機構の創設で日本経済の再活性化が期待されている。


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