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第I部第1章のポイント

1.アジアでは90年代にデフレが顕在化

●80年代以降世界主要国においてインフレ率は大幅に低下してきたが、90年代後半から日本・中国・香港・台湾・シンガポールではデフレ傾向に陥っている。他方、同じアジアでも韓国、インドネシア、タイなどではデフレは生じていない。 
●デフレ国では財とサービスの多数で価格が下落している一方、インフレ国(韓国、アメリカ、ドイツ)ではサービス価格が財価格を上回る上昇をみせている。

2.デフレの原因に関する議論のポイント

●デフレは継続的な物価下落であり、いくつかの原因が考えられる。原因に関しては活発な議論が行われているが、実物面を重視する立場には、中国から安価な輸入品が流入することにより国内の競合品の価格が下落し、企業収益が圧迫され、賃金や地価等が下落することがデフレの主因であるとする考え方がある。
●金融面を重視する立場では、中国製品とは競合しない財やサービス部門ともに価格が下落していることから、貨幣供給量増加率の低下がデフレの主因であると考える。

3.中国デフレ輸出論の考え方は否定できないものの、影響度は小さい

●アジアのデフレ国では、マネタリーベースの縮小、中国からの輸入急増、需給面の持続的な供給超過などが共通して生じている。
●中国製品の市場シェア(中国からの輸入/GDP)は90年代に急増し、香港は50%超、韓国、台湾は3%程度、日本は1%台半ば、米独では1%程度に達している。こうした動きが中国デフレ輸出論のもとになっている。
●以上のような要因を考慮して、消費者物価上昇率の要因分解を行うと、(i)物価の動きは需給要因と貨幣要因によって基本的に説明されること、(ii)中国製品の急増は90年代の物価引下げ圧力の一因である可能性は否定できないが、日本のデフレに与える影響度は小さいことが分かった。

4.デフレ下では所得面からも物価上昇圧力が低下

●90年代後半には、多くの国で利潤や賃金の伸びが鈍化し、コスト面から物価上昇圧力を低下させている。特に、日本では、製造業で賃金上昇率が鈍化している一方、非製造業では賃金が下落している。これがサービス価格の上昇が抑制される背景となっている。
●これに対し、インフレ国アメリカでは製造業と非製造業で同程度の賃金上昇が実現し、両者の生産性上昇率の格差を反映してサービス価格が上昇している。
●政策課題としては、GDPギャップの縮小、デフレ克服に向けた金融政策の強力な推進、構造改革を断行し生産性上昇を高めると同時に、それに見合った所得増加が実現するような環境の整備が必要。


第I部 第1章 アジアのデフレとその要因

第1章 アジアのデフレとその要因

 アジアの景気は2003年に入って緩やかな拡大基調にある。しかし、物価面には大きな問題が生じている。中国、香港、台湾、シンガポールではデフレ傾向にあり、90年代後半以降に物価が継続的に下落する時期がみられる。また、日本でも緩やかなデフレが続いている。このところは原油価格上昇の影響がみられるが、基本的なデフレ傾向は変わっていない。他方、韓国、インドネシア、タイは97〜98年に通貨危機を経験したが、通貨を大幅に切り下げ、大胆な構造改革を実施することによって回復を実現した。これらの国では、デフレは生じていない。
 本章では、これらを踏まえながらアジアにおけるデフレの要因を明らかにしたい。対象は、日本、中国、韓国、台湾、香港、シンガポールにアメリカ、ドイツを加えた8か国・地域である。とりわけ、高成長を続ける中国がデフレに影響を与えているのかについて、比較検討を行う。本章の構成と得られた結論は次の通りである。
 第1節では、消費者物価上昇率の費目別差異を明らかにする。デフレ傾向にある国・地域では、財もサービスも価格下落が生じているという特徴がある。
 第2節では、デフレの要因を計量的に明らかにし、中国がデフレを輸出しているかどうかを検討する。中国製品の輸出は90年代を通じて急増している。各国における90年代の物価下落圧力から判断すると、中国の影響が貿易相手国に及んでいる可能性は否定できない。しかし、その影響は香港、台湾、韓国、シンガポールでは相対的に大きいが、日米独では小さいという推計結果が得られた。
 第3節では、デフレ下で生じている所得面の変化を明らかにする。一つの特徴は、デフレの進行によって利潤や賃金上昇が抑制され、コスト面からの物価上昇圧力が低下している点にある。ドイツでも近年は賃金面で伸び鈍化がみられ、今後のデフレリスクに注意する必要がある。
 本章では、物価が継続的に下落するという意味において、デフレという言葉を用いている。また、「国」という表現に「地域」(台湾、香港)を含む場合がある。


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