第2章 2025年後半の世界経済の動向(第1節)
第1節 米国の景気動向
本節では、2025年後半を中心に米国の景気動向を概観する。
(関税引上げ後も、内需を中心に景気の拡大が継続)
米国の実質GDP成長率の推移を確認すると、2025年1-3月期において、個人消費の伸びが鈍化したことに加え、関税引上げ前に各国からの対米輸出が急増し純輸出のマイナス寄与が大幅に拡大したことで、実質GDP成長率はマイナスとなった。ただし、このマイナスは一時的であり、その後、個人消費が堅調な増加に戻り、設備投資についてもAI需要の高まりを背景に増勢が続いたことで、2025年4-6月期以降2四半期連続で4%前後の成長が続いている(第2-1-1図)。
総じてみれば、関税引上げ後においても米国では内需を中心とした景気の拡大が継続している。以下では、個人消費、民間設備投資、住宅投資の内需について、その動向を分析する。

(個人消費は増加しているものの、消費者の景況感は所得階層で分かれる)
実質個人消費支出の動向をみると、2024年11月のトランプ大統領当選から相互関税が発表された2025年4月前後までの間、関税引上げに伴う物価上昇を見越した耐久財の駆け込み消費とその反動減が続いていた。こうした通商政策に伴う変動を経て、その後は2024年と同程度のペースで消費が増加する姿に戻っている(第2-1-2図)。特に大きな変動がみられた自動車について販売台数の動向をみると、関税引上げ後の反動減が生じたものの、追加関税後においても自動車販売価格が大幅に上昇することはなかったこともあり、7月以降販売台数の持ち直しがみられた。その後、9月末にEV等の購入における税額控除制度1の終了とともに駆け込みとその後の反動減が生じたこともあり、自動車販売台数はこのところ弱い動きとなっている(第2-1-3図)。


他方で、消費者マインドについて、ミシガン大学及び米民間調査機関コンファレンスボード(以下「CB」という。)の推移をみると、指標の動きはおおむね一致しており、2024年末をピークに悪化傾向で推移している(第2-1-4図(1))。2025年初から米国の通商政策をめぐる先行きの不透明感が高まったことによりマインドは著しく悪化し、相互関税の発動や米中摩擦を背景として4月に悪化のピークを迎えた。その後米中間の高関税措置が緩和され不透明感が和らいだこと等を受けて5月以降はマインドが改善したが、物価高や雇用情勢の悪化等を受けた悲観的な見方が高まったこともあり7月からマインドは再び悪化している(第2-1-4図(2))。実際の消費支出は増加トレンドにありながら、消費者の景況感は悪化傾向という両者がかい離した状況となっている。
この点について、消費者マインドを世帯収入別にみると、低所得世帯では著しく悪化している一方で、高所得世帯では同様の傾向はみられず、方向感が異なっている(第2-1-5図(1))。また株式の保有状況別にみると、株高を背景に株式保有者のマインドは改善しており、その傾向は株式の高額保有者においてより顕著になっている。一方で、株式を保有していない者のマインドは悪化しており、株式の保有状況によって方向性が異なっている(第2-1-5図(2))。


こうした消費者マインドの動向を踏まえると、消費の増加トレンドは、株高による資産効果の恩恵を享受している高所得者層がけん引している要素が大きいとみられる。高所得者層の消費に関連して、まず、代表的な株価指数の動向を確認すると、AI関連銘柄の好調さやFRBによる利下げ観測等を背景に、2025年春以降継続的に上昇してきた(第2-1-6図(1))。米国家計の金融資産構成を確認すると、株式等及び投資信託を合わせた割合が5割を超えており、株高による資産効果の恩恵を享受しやすい構造となっている(第2-1-6図(2))。ただし、株式等の保有分布を所得階層別にみると、そのほとんどが上位20%の高所得者層に偏っており、保有している金融資産額の推移をみても、こうした高所得者層とそれ以外の層では増加額が大きく異なっている(第2-1-6図(3)、(4))。

このような金融資産の動向からも、株高による資産効果により主に高所得者層の消費が下支えされたことを通じて一国全体における消費の増勢が持続している可能性が示唆される。実際、米国全体の消費支出のうち、上位20%の高所得世帯が占める割合は4割と大きく、また内訳をみると食料品等の非耐久財と比べて裁量的支出としての性格が強い耐久財では高所得世帯が占める割合がより大きい構造となっている(第2-1-7図)。

他方で低所得者層や株式を保有していない層では景況感が悪化した。その環境について、平均時給分布別に賃金上昇率の推移をみると、2025年以降、高時給層と比べて低時給層での賃金上昇率の低下が著しく、その伸び率は過去5年間でみても低いものとなっている(第2-1-8図)。また、家計の債務状況を確認すると、2025年以降、90日以上返済が滞っている債務の割合が高まっている。債務種類別にみると、住宅ローンの新規延滞率が緩やかに上昇している中、学生ローン支援政策2の終了に伴い2025年に入って学生ローンの新規延滞率が急激に上昇した。こうした債務状況の悪化は、低所得者層がより多く直面しているとみられ、実際、所得階層別に債務状況を確認できるクレジットカード及び自動車ローンの新規延滞率をみると、高所得者層と比べて低所得者層の方が割合が高く、特に自動車ローンについては低所得者層の新規延滞率が足下で上昇している(第2-1-9図)。


こうした動向を踏まえると、特に低所得者層では2025年以降消費余力が衰退している可能性が示唆される。一国全体の消費と所得の動向をみても、2025年以降消費の伸びが所得の伸びを上回り、貯蓄率が低下している状況が続いている(第2-1-10図)。
株高の恩恵が集中している高所得者層と消費余力の低下がうかがわれる低所得者層で消費が二極化している可能性が示唆され、今後も個人消費の増加トレンドが持続するかどうか、この点を注意してみていく必要がある。

(民間設備投資は、AI需要の高まりを背景に関連分野の投資増がけん引)
民間設備投資についても、通商政策をめぐる先行きの不透明感がみられる中でも増加トレンドが持続することとなった。2025年1-3月期には関税引上げに伴う情報機器の駆け込み需要が生じたことから前期比で大幅増となった。その後も増加が継続しているが、増勢を支えているのはAI需要の高まりを受けた情報通信関連分野への投資であり、他方、情報通信関連以外の投資は横ばいないし減少傾向にある点には留意が必要である(第2-1-11図)。

(住宅着工は、低位でおおむね横ばいに推移した後、足下では弱い動きがみられる)
次に、住宅投資について、住宅着工件数の動向をみると、2025年前半にかけておおむね横ばいで推移した後、年後半にかけては減少傾向となっており、弱い動きがみられる(第2-1-12図)。住宅需要の動向を概観すると、消費者の住宅購入意欲は足下まで低調に推移している。その理由としては、住宅価格の高さや金利の高さが挙げられることに加えて、第二次トランプ政権発足後においては先行きの不透明感が高まったことも住宅需要の押下げに寄与している(第2-1-13図)。また、住宅建設業者の景況感をみても、中立水準の50を下回って低迷している状況が続いており、内訳をみると「足下の販売」や「客足」で50を下回る状況が続いている(第2-1-14図)。こうした住宅需要の軟化が、着工件数の減少につながっていると考えられる。



住宅市場の状況について確認すると、住宅販売件数は、市場の大部分を占める中古住宅の販売件数が依然として低調に推移しており、感染症拡大前と比較しても低い水準でおおむね横ばいとなっている。なお、新築住宅の販売件数については金利上昇等の逆風下にありながら感染症拡大前と同程度の水準を維持しているが、これは住宅建設業者の販売奨励策3に支えられている面が大きい(第2-1-15図)。住宅在庫の動向を確認すると、感染症拡大後の金利上昇局面において住み替えが抑制されたことから、市場に出回る住宅の不足が続いてきたが、足下では中古住宅の在庫に持ち直しの動きがみられる(第2-1-16図)。
このように、住宅市場においては需要の低迷が続く中で供給量は持ち直していることから、需給は緩和方向にある。


(住宅市場での需給の緩みから、住宅価格の伸びは鈍化)
住宅市場において需給が緩和方向にあることから、住宅価格の上昇ペースは鈍化している。主要20都市における一戸建て中古住宅の価格について、2023年以降住宅不足が続く中で安定した価格上昇が続いてきたが、2025年以降、前年比ベースでみた住宅価格の伸びは縮小傾向にある(第2-1-17図(1))。また、一戸建て住宅価格の中央値を新築・中古別でみると、新築価格は緩やかな下落基調にあり、これまで上昇基調にあった中古価格については、在庫水準の持ち直しを受けて、2023年以降頭打ち感がみられる(第2-1-17図(2))。
このように、住宅価格の上昇には落ち着きがみられるものの、既往の価格上昇や住宅ローン金利の高止まりを背景に、家計の住宅購入能力は低下していることがうかがわれる(前掲第2-1-13図参照)。その点について、「住宅アフォーダビリティ指数(Housing Affordability Index)」を確認すると、感染症拡大後、住宅価格や住宅ローン金利の上昇を受けて指数は100近傍まで急激に低下し、足下まで同水準で推移しており4(第2-1-18図)、米国の標準的な家計にとって、感染症拡大前と比べて住宅購入が困難な状況が続いていることが分かる。また、FRBの調査によると、2024年時点において、世帯収入5万ドル未満の家計における持ち家率は35%にとどまっており、特に低中所得者層の住宅購入が困難となっている56。


(移民政策の厳格化等を背景に、雇用者数は増勢の鈍化が継続)
雇用情勢について、まずは供給側の動向として雇用者の増減数の推移を確認すると、2025年春頃まで毎月おおむね10万人以上の増加が続いていたが、年後半にかけて増勢の鈍化が続いた7(第2-1-19図(1))。業種別にみると、足下で増加している雇用者数のほとんどは医療・社会扶助が占めており8、それ以外の民間部門や政府部門についてはおおむね横ばいまたは減少傾向で推移している(第2-1-19図(2))。特に民間部門については製造業において雇用者数の減少トレンドが継続しているところ、第二次トランプ政権が掲げる製造業の国内回帰の動きはみられない(第2-1-19図(3))。

雇用者数の増勢が鈍化している背景の一つには、第二次トランプ政権による移民政策の厳格化がある。感染症拡大後に米国の労働供給を下支えしてきた不法移民の流入9は、2024年後半以降減速したとみられる中で、さらに第二次トランプ政権では、2025年1月の就任以降、南部国境における緊急事態を宣言し、国境警備の強化や不法移民の強制送還など各種移民政策の厳格化を行ってきた10。その結果、ピーク時に30.2万人だったメキシコ国境における入国拒否者数は、2025年2月以降1万人程度に激減している(第2-1-20図)。こうした政策動向も背景に、増加トレンドを続けてきた移民労働力人口(=労働供給)は、第二次トランプ政権発足後大きく減少している11。

移民労働者の減少は、米国人を含めた雇用者数全体の増加トレンドを押し下げている。民間部門の雇用者増減数について「移民が多い業種」とそれ以外の業種に分けて比較すると、「移民が多い業種」における雇用者数の増勢は2025年に入ってから急速に鈍化し、4月以降では雇用者数が減少する動きが続いている(第2-1-21図)。厳格な移民政策を受けて、移民の労働供給を必要とする業種を中心に雇用者が減少したと考えられる。実際、ベージュブックにおいても、移民政策によって製造業や建設業、宿泊・飲食サービス業等で労働供給がひっ迫していると報告されている12。

移民労働力が減少する状況での国内全体の労働力人口の動向を検証する。ただし、公表されている雇用統計のデータは、2025年以降に生じた移民の急減による人口構造の変化は反映されない推計方法となっていることから、人口の値が過大推計されているとの指摘がある。移民労働力の減少を考慮した労働力人口の推計を行うと、2025年以降の労働力人口は減少していると試算される(第2-1-22図)。すなわち、移民労働力の減少分は、米国生まれの労働力人口の自然増分等によって相殺しきれていない。こうした労働供給の減少が雇用者数の増勢の鈍化につながっていることが示唆される13。

Box. 連邦政府の動向による雇用統計への影響
連邦政府における雇用は第二次トランプ政権による政策の影響を大きく受けており、2025年11月時点における事業所調査の雇用者数は274.4万人(1月対比▲27.1万人)、家計調査の失業率は5.9%(同+4.3%ポイント、原数値)となっている14(図1、2)。ここでは、
(1)政府効率化省(Department of Government Efficiency 。以下「DOGE」という。)の動き
(2)政府閉鎖(Government Shutdown)による雇用統計への影響
について整理する。


(1)DOGEの動き
第二次トランプ政権発足後、大統領首席補佐官の下に設置されたDOGEは、イーロン・マスク氏主導の下で連邦政府の雇用削減を行った。職員の解雇は、勤続年数が1年未満の試用期間職員の解雇から進められ、2025年2月以降には更に大規模な人員削減が各省庁で進められた。これにより2月から9月にかけて、連邦政府職員の雇用者数は月当たり平均約1万人減少し、失業率は前年から平均約0.9%ポイント上昇した。
また、雇用削減の取組として、1月28日に連邦職員の早期退職プログラムが発表された。応募した職員は即時に勤労義務を免除される一方、2025年9月末まで給与が全額支給された。雇用統計における事業所調査・家計調査のどちらにおいても、給与が支払われる限り雇用者とみなされるため、給与支給が停止された10月に雇用者数の大幅な減少が記録された(事業所調査)。家計調査では10月が欠損値となっているため、11月に失業率の悪化という形でDOGEの影響が統計に表れることとなった15。連邦人事管理局によると、このプログラムに応募したのは約14.4万人と発表されている。
なお、2025年11月にDOGEはトランプ大統領が1月に署名した大統領令で定められた期限まで8か月を残して解体されたと報じられた。
(2)政府閉鎖
連邦政府の予算が失効した2025年10月1日からつなぎ予算が成立した11月12日まで、国防や治安関係等を除き、連邦政府は閉鎖された。こうした中、ホワイトハウスは政府閉鎖中に大規模な人員削減計画を指示し、各省庁で解雇通知がなされたものの、最終的には成立したつなぎ予算をもって解雇通知は取り消された。
政府閉鎖期間中は統計作成業務が停止された影響で、2025年9月統計は11月20日(本来は10月3日)に公表が延期されたが、データの収集自体は完了していたため、データの信頼性に大きな影響はなかった。
10月統計について、事業所調査では、事業所及び政府機関が報告した給与名簿上の人数に基づき統計が作成されるため、政府閉鎖終了後に遡及して収集された。一方、家計調査は、世帯へ直接聞き取る(初回は訪問面接、2回目以降は電話)ことでデータ収集を行うため、10月統計は作成されず失業率は欠損値となっている。
「雇用者」についての厳密な定義は事業所調査と家計調査で異なり、2つの調査は収集方法も異なるものの、調査期間16に少しでも働いた人は、どちらの調査においても「雇用者」として扱われる。政府機関の活動は、調査期間の基準となる12日を前に再開したため、事業所調査と家計調査のどちらにおいても連邦政府職員は「雇用者」として扱われた。したがって、政府閉鎖の大きな影響は11月統計には表れなかった。
ただし、一部では影響はあるとみられ、労働統計局は政府閉鎖が雇用統計に与えた総合的な影響を正式に定量化することはできないとしている。例えば、通常フルタイム(週35時間以上)で働く雇用者が、政府閉鎖のため調査基準週に35時間未満しか働いていないと回答した場合、家計調査では経済的理由によるパートタイム労働者として分類される。2025年11月のパートタイム労働者は2,949万人(9月対比+103万人)と、平時と比べて大きく増加しており、政府閉鎖が影響している可能性がある。
また、データの信頼性にも影響が及び、11月の家計調査の回答率は過去最低(64%)であったことや、10月値の欠落に伴うウェイト調整が行われたことにより、推計の標準誤差が大きくなっているため、データの解釈には慎重を要する。
Box. 移民労働者の減少により生じた欠員は、米国人労働者によって補填されたか
移民政策の厳格化を受けて、移民の労働供給を必要とする業種を中心に雇用者が減少したことがうかがわれた(前掲第2-1-21図)。そもそも移民政策が厳格化された背景として、2024年末の大統領選挙では、不法移民が米国人の雇用機会を奪っているとの主張が一部でみられていた。実際に、厳格な移民政策によって生じた欠員は米国人によって埋められ、米国人の失業率は改善したのだろうか。
この点について検証するため、出生地別の失業率の季節調整値を試算したところ、米国人労働者の失業率は2025年以降も緩やかな上昇が続いており、移民労働者の減少分を代替することで失業率が改善する動きは確認されなかった17(図1)。
なぜ米国人労働者による代替が現実に起きなかったのか。この背景として、第一に、労働市場全体で労働需要が減速しており、企業が新たな採用に消極的となり、空いたポジションを積極的に埋めようとしなくなっている点が挙げられる。加えて、Pew Research Centerが2024年8月に実施した調査によると、米国における有権者の75%が、不法移民は米国市民が望まない仕事をしていると回答している。また、合法的に滞在する移民が就く仕事についても、有権者の61%が同様の見方を示している18。つまり多くの有権者は、「移民は(法的地位に関係なく)主として米国人が望まない仕事を担っている」と認識していることとなり、こうした構造的要因も2025年以降における雇用者数の増勢の鈍化に寄与している可能性がうかがわれる。

(先行き不透明感の高まりを受けて、企業の労働需要は軟化)
企業の労働需要については、通商政策等を背景とする不確実性の高まりを受けて減速が続いており、企業が労働者の雇用に慎重になっている。求人件数の動向を複数のデータで確認すると、いずれも2022年初をピークに2025年以降も緩やかな減少が続いている。ただし、足下ではその減少に底打ち感がみられている(第2-1-23図)。
こうした労働需要の減速が続いた中、企業における雇用者の採用率は2022年以降低下していたが2025年以降は横ばいで推移した。一方、離職率や解雇率についても横ばいの推移が続いている。すなわち、企業は新しい人材の採用には慎重となった一方、既存人員の解雇や離職が進められたわけでもなかった(第2-1-24図)。
ただし、2025年における企業の人員削減公表数及び採用計画公表数について、それぞれの累計値(1~11月)を過去の値と比べると、採用計画公表数は2010年以来の低水準となっており企業の労働需要が軟化している一方、人員削減公表数は感染症拡大期の2020年を除けば2009年以来の高水準となった19(第2-1-25図)。こうした動きからは、雇用増加に対する企業の姿勢がより慎重になっている可能性がうかがわれ、労働需要が一段と軟化するリスクも懸念される。



(労働需給は「奇妙な均衡」から軟化局面へ)
労働市場は供給・需要のいずれも軟化していることから、失業率は2024年後半から2025年前半にかけて4.2%近傍で横ばいとなった。この水準は、FOMC参加者による長期失業率見通しの中央値に一致しており、FRBのパウエル議長は2025年8月下旬、こうした労働供給・需要がともに減速し、特異なバランスが取れている状況を「奇妙な均衡(a curious kind of balance)」と表現し、需要が更に弱まれば失業が急速に悪化し得るとして一段の下振れリスクへの警戒感を示した20。その後、2025年後半からは緩やかながら失業率が上昇傾向に転じ、雇用の下振れリスクの高まりがみられた。労働供給が減少する以上に、経済の不透明感等を受けて企業の労働需要が弱まっている可能性がある(第2-1-26図(1))。
また、人種別に失業率の推移をみると、2025年後半以降に黒人・アフリカ系の失業率が急速に上昇している。黒人・アフリカ系の雇用は景気循環の影響を受けやすいと言われており、この動きが広範な雇用の減速となるか注視する必要がある(第2-1-26図(2))。

労働需給の変化は、失業率を一定に維持するために必要な雇用増加数を変化させている可能性がある。その雇用増加数はブレイクイーブン雇用増加数(以下「BE雇用増加数」という。)と言われ、短期的には、
BE雇用増加数 = 労働力人口の増加数 ×(1 - 前月の失業率 ) …(1)
で計算される。毎月の雇用増加数がBE雇用増加数を上回れば失業率は低下し、逆に下回れば失業率は上昇する。このBE雇用増加数について、移民政策が厳格化され労働力人口の流入が減少していることにより、2025年以降は水準が低下していると指摘されている21。以下ではこの点について検証する。
まず、ベンチマークとして2025年2月時点におけるセントルイス連銀の推計結果をみると、BE雇用増加数は15.3万人と推計されていた。これとおおむね同様の手法22を用いて、雇用統計で公表されている生産年齢人口の実績を用いて計算すると2025年11月時点のBE雇用者数は11.4万人と試算され、確かに労働需給の均衡を維持する水準が2025年以降切り下がっていると見込まれる。さらに、厳格な移民政策下の米国外生まれ労働力人口の減少を考慮しつつ、雇用統計の公表値における米国生まれ労働力人口の過大推計の影響を除いて、BE雇用増加数を試算する。ただし、米国外生まれ労働力人口は足下においてほぼ横ばいで推移していることを踏まえ、移民人口が増減しない(米国外生まれ生産年齢人口が±0万人/月)と仮定して試算する。その結果、BE雇用増加数は+6.5万人と試算された(第2-1-27図)。

この推計結果から、移民労働力の抑制によって、労働需給の均衡点を示すBE雇用増加数が低下していることが示唆される。2025年以降、雇用者数の増勢が鈍化していたにもかかわらず、失業率は横ばいまたは緩やかな上昇にとどまっていた背景の一つと考えられる。
コラム2 AIによる労働の代替と補完
本コラムでは、現状確認される米国労働市場でのAIによる影響について確認する。
まず、AIによる労働市場への影響の概要について整理する。AIの普及によって人がこなすタスクの一部をAIが担うことが可能になるが、全ての職業におけるタスクがAIに代替されるわけではない。内閣府(2024b)によると、AIが導入される場合、労働者の一部(または相当部分)をAIが担うこととなり労力を削減され得るが、その機能は大きく分けて「代替(=職業・タスクを完全に置き換え、人が介在する余地をなくす)」「補完(=人の労働を補助して楽にし、生産性を上げ、新たな仕事を生み出すきっかけとなる)」に分けられる。さらには、AI導入以前には存在しなかった新たなタスクを作り出す可能性がある(「創出」)。
この観点から、職業によって「代替性が高い職業」と「補完性の高い職業」に区分される(図1)。なお、補完性の高い職業においても一部のタスクは自動化されるため、一定程度タスクは減少し得る。この区分には意思決定の重要性23等が大きく関わっている。

AIツールは急速な進化を続けており、あらゆる業種でAIを業務に活用する企業が増えてきている。こうした中、AIの労働市場への影響も顕在化し始めている。ニューヨーク連銀がニューヨーク・北ニュージャージー地域の企業に対して行った2025年8月の調査では、AIの導入と労働量の調整について質問している(図2)。
まず製造業について、主な企業の対応は採用拡大、再訓練(リスキリング)となっており、解雇や採用縮小は現時点で全くみられなかった。6か月先の見通しにおいては採用縮小を検討している企業も一定数存在するものの、依然として採用拡大、再訓練の割合が高い。つまり、製造業ではAIの導入によって、AIによる労働力の「代替」は起きておらず、むしろAI導入に伴う新たなタスクの「創出」、「補完」効果をより高めるために既存人員の再訓練を促す方向に企業行動が向かっている可能性が高い。
一方で非製造業においても、再訓練が最大の項目となっているものの、2025年で採用縮小や解雇の対応をした企業が出始めている。ただし、割合としては低く、採用縮小で12%、解雇で1%にとどまっている。6か月先の見通しではこれらの割合も増加しているものの、20%程度である。製造業と比較すると「代替」効果がみえ始めてはいるものの、現時点及び短期的な見通しでは「補完」及び「創出」の効果がより大きいのは非製造業も同様である。

企業が公表する人員削減計画数においても、AIの影響がうかがえる。2025年を通じて発表された人員削減計画の理由について、人員削減数の多い順に並べると、DOGEによる連邦政府職員の人員削減や、市場・経済状況による解雇が主たる理由となっているが、AIを理由とした人員削減についても5.5万人で6番目に多い項目であった(図3)。
また業種別に失業率の推移をみると、職業の「代替」が起こりやすい業種については、AIによる労働力の代替効果がみられる(図4)。製造業、情報業、その他非製造業の失業率の推移を比較すると、2023年前半にかけては3%前後でほぼ同様の動きをしていたものの、2024年以降にかい離がみえ始め、情報業では全体の失業率を上回り大きく上昇している。内閣府(2024b)では、情報業に属するプログラマーやソフトウェア開発技術者、出版業の印刷・製本作業員、編集者等が「AIの影響が大きく、代替性の高い職業」に分類されており、実際にAIによる代替の動きが進んだ結果として、労働需給が悪化している可能性が高いとされた。製造業における失業率の上昇は比較的緩やかであり、図2でみたとおりAIによる代替が製造業では進んでいないことと整合的である。なお、AIの補完性が高いとされる教育・医療サービス業の失業率は低位で推移している。
AIの代替性が高い職業から転職する人の3分の2程度は、引き続きAIの代替性が高い職業に転職しているとされる24。労働者がAIによる労働需要の変化に対して、柔軟に自らのスキルを向上・変化させて就業することの難しさを示唆しており、特に情報業におけるスキルのミスマッチ解消、構造的失業の減少には時間がかかる可能性がある。


AIが労働市場に影響を及ぼし始めていることがうかがわれるものの、「補完」及び「創出」の効果がより多くみられ、雇用情勢の悪化を大きく加速させる要因とはなっていない。AIの影響は業種・職種間でばらつきを伴いながら段階的に顕在化するとみられる。
(賃金の伸びはおおむね横ばい)
時間当たり賃金の伸びは、2025年に入ってから前年比3%台後半でおおむね横ばいで推移しており、また前月比(3か月移動平均)でみても、0.3%前後の伸びが続いている(第2-1-28図)。

労働生産性についてみると、感染症拡大前の2010~19年平均では前年同期比ベースで1.3%程度の伸びが続いていたが、2023年以降2.2%程度に上昇しており、2025年4-6月期、7-9月期では前期比年率ベースで+4%以上の伸びとなった(第2-1-29図)。FRBのパウエル議長を始め、AIが生産性の押上げに寄与している可能性を指摘する見方が出ている25。
その結果、単位労働コスト(1単位の付加価値を生み出すのに必要な労働コスト。時間当たり報酬26を労働生産性で除した値に等しい)は、主に労働生産性の上昇によって前期比年率で減速に転じている(第2-1-30図)。生産性上昇が労働コストの上昇を抑制することで、物価上昇圧力を緩和していることを示唆している。


(雇用の下振れリスクの高まりを背景に、FRBは2025年9月以降3会合連続で利下げ)
2025年後半における金融政策の主な動向を整理する。
政策金利の動向を確認すると、感染症拡大後のインフレ率上昇を受けた利上げサイクル以降、FF金利の誘導目標は5.25~5.50%に据え置かれていたところ、2024年後半に利下げが進んだ後、2025年前半は関税引上げに伴う物価の上振れリスクを背景に政策金利は維持される状況が続いていた。しかし年後半にかけては、関税による物価上昇への影響が限定的であった一方、雇用の下振れリスクが高まっていたことから、リスクバランスの変化を踏まえ、FRBは3会合連続(2025年9月、10月、12月)で利下げを行い、FF金利誘導目標は3.50~3.75%まで低下した。その結果、FF金利誘導目標はFOMC参加者による長期FF金利(一般に名目中立金利とみなされる。)見通しの範囲内に入り、金融政策の引締め度合いは幾分緩和された。パウエル議長27は12月FOMC後の記者会見で「政策金利は中立金利のもっともらしい推計範囲内に入っており、今後入手するデータや見通しの変化、リスクバランスに基づいて追加調整の程度と時期を判断する良好な位置づけとなった」と述べ、今後の利下げ判断についてはより慎重な姿勢を示している(第2-1-31図)。

(約3年半続いた量的引き締め政策を終了し、短期国債の買入れを開始)
2025年後半は、政策金利の引下げだけではなく量的政策の転換も行われ、2025年10月のFOMCにおいて、2022年6月から開始した量的引き締め政策(以下「QT28」という。)を12月1日に終了することが決定された。以下では、これまでの量的政策の主な変遷と、今回の決定内容について整理する。
今回の決定に至った背景について、FF市場29における資金の需要供給曲線の概念図を用いながら整理すると(第2-1-32図)、QTの終了時期については、預金取扱金融機関が中央銀行に預ける準備預金の水準が、現在の「豊富な(abundant)」水準から「十分な(ample)」水準を幾分上回る程度に減少するまでバランスシートの縮小を続けるとの方針を、FRBが明示していた。これを概念図で示すと、QTを通じて準備預金残高を左方向にシフトさせるものの、十分な水準を下回るとFF金利の急騰を招くおそれがあることから、十分な水準を幾分上回る程度(黄塗部分)に達した時点でQTは終了することとされていた。黄塗部分の状態では、FF金利は準備預金への付利金利(以下「IORB30」という。)とリバース・レポ金利(以下「ONRRP31」という。)の間で安定的に推移することとなり、FRBは準備預金の量を日々調整することなく、管理金利(IORB、ONRRP)の設定によって短期金利を制御できる。

実際にFRBのバランスシートの動向を確認する。QT開始以降、保有する債券(米国債、MBS等32)の元本償還分について再投資額を抑制することで、毎月一定額の保有資産の削減が進められてきた。その削減ペースは2024年6月以降段階的に縮小されながらもQTは継続され、2025年10月のFOMC会合時点では、総資産はQT開始時点の約9兆ドルから約6.6兆ドルまで減少した33。これに伴い負債側では、感染症拡大後に量的緩和政策(以下「QE34」という。)が採られる中で短期の安全な資金運用先として選好され急増していたリバース・レポ残高が大きく減少した(第2-1-33図)。

このようにFRBの保有資産の削減が進む中、準備預金残高はQT開始後もしばらくは3.3兆ドル程度でおおむね横ばいで推移していたものの、2025年後半にかけては3兆ドルを下回る局面が増えていた(第2-1-34図)。
一方で、足下の短期金融市場の動向に目を向けると、秋以降、それまで横ばいで推移していた実効FF金利36にわずかな上昇がみられるようになり、担保付翌日物調達金利(以下「SOFR37」という。)はFF金利誘導目標レンジを上回る局面が観測された(第2-1-35図(1))。これは、短期の資金需給が再びひっ迫し始めている可能性を示唆するものである。例えば、感染症拡大前の2019年9月には、QTによって準備預金が減少する過程で、法人税支払いや国債の大量発行・決済が重なった結果、短期の資金需給がひっ迫し、SOFRは一時急騰する事態が生じた(第2-1-35図(2))。
こうした状況を踏まえ、FRBは準備預金残高が前述の「十分な水準を幾分上回る程度」に達した兆候が明確に現れていると判断し、約3年半にわたって実施されたQTの終了を決定した。


もっとも、QT終了後も短期金利の上昇圧力は残存していた。資金需給のひっ迫が深刻化し短期金利が急騰すれば、金融機関が資金を調達できないとの思惑から金融システムの信用不安につながりかねない。そこで、FRBは「十分な(ample)」準備金の供給を長期にわたって維持するため、短期国債の買入れ政策(以下「RMPs38」という。)を開始することを、2025年12月のFOMCで決定した。これは、短期金融市場の流動性を安定させることを目的とした措置であり、FRBは景気刺激を目的とするQEとは別物であるとしている39(第2-1-36表)。

(与野党の対立により、政府閉鎖は史上最長43日間に)
最後に、2025年後半の財政面における留意すべき動向として、史上最長期間に及んだ政府閉鎖の概況を整理する。
連邦議会での2026年度(2025年10月~2026年9月)の歳出法案審議が遅れる中、2025年9月頃からは当面の措置としてつなぎ予算(Continuing Resolution)の成立に向けた議論が行われた。しかしながら、野党民主党側がつなぎ予算への賛成の条件として2025年末に期限を迎える医療保険料の税額控除措置40の延長を求めたことから与野党間の調整が難航し、9月中のつなぎ予算成立に至らなかった。このため、10月1日に予算が失効し、幅広い政府機関が閉鎖され、政府職員への給与支払いも滞る事態となった。
政府閉鎖期間中もつなぎ予算の成立に向けた議会での審議は継続したものの容易には妥結に至らず、与野党間での折り合いがつかない状況が1か月程続いた41。その後、争点となっていた医療保険料の税額控除延長に関する法案について早急に審議・採決することを条件として一部の民主党議員がつなぎ予算(2026年1月30日までの歳出を確保)への賛成に転じ、11月12日に政府閉鎖は終了した。米国では、これまでも予算成立の遅れによる政府閉鎖が複数回発生しているが、今回の政府閉鎖は43日間に及び、史上最長の期間となった(第2-1-37表)。

このように政府閉鎖が長期化したことで、閉鎖期間中には航空便の欠航や遅延といった影響が生じ、またGDPを始めとする経済統計の公表が延期されることとなった42。ただし、米国経済全体でみたときの政府閉鎖による直接的な影響については限定的とみられている。米国議会予算局の推計によると、職員への給与支払い等の政府支出が遅れることにより、2025年10-12月期の実質GDP成長率が▲1.5%ポイント押し下げられると見込まれている。ただし、これらの支出のうち大部分は2026年1-3月期以降に執行され、1-3月期の実質GDP成長率は+2.2%ポイント押し上げられると推計されており、均してみれば、2026年の実質GDP水準への下押し効果は▲0.04%にとどまると試算されている(第2-1-38図)。

(まとめ)
本節では2025年後半を中心に米国の主な景気動向を概観した。個人消費や設備投資などの内需を中心とした景気の拡大基調は続いているものの、高所得層と低所得層の消費者マインドのかい離など、景気拡大の持続性を占う点で注意すべき要素もある。また、関税引上げによる物価上昇リスクも引き続き懸念される。第二次トランプ政権による減税を始めとする拡張的な財政政策やこれまでの利下げの影響、あるいは厳格な移民政策など通商政策以外も含めた政策が経済・物価に与える影響もきめ細かくみていく必要がある。
米国における無担保コール市場であり、預金取扱金融機関の間で準備預金の貸し借りが行われる。ここで形成される金利のことをFF金利(フェデラル・ファンド・レート)と言い、FRBが行う金融政策の誘導目標金利となっている。
預金取扱金融機関がFRBの準備金口座に預けた準備預金残高に対して支払われる金利。預金を取り扱わない金融機関(政府支援機関等)は制度上の対象範囲に含まれない。一般的に、FF金利の上限として機能するとされている。
MMF(マネー・マーケット・ファンド:主に安全性の高い短期金融商品で運用される投資信託の一種)など幅広い主体を対象として、FRBが証券を売却し、翌日にその証券を買い戻す取引(リバース・レポ取引)を行う際に適用される金利。一般的に、金融機関等はFRBとの間でのリバース・レポ金利よりも低い金利で余剰資金を短期運用することを望まないことから、リバース・レポ金利はFF金利の下限として機能するとされている。
住宅ローンの元本や利子の返済資金を裏付け資産として発行される証券。米国では住宅ローンの貸出しリスク分散等の観点から、多くの住宅ローン債権が証券化されている。FRBが購入対象とするのは政府支援機関(ファニーメイ、フレディマック等)が発行・保証するエージェンシーMBSであり、FRBの保有資産の中では、米国債の次に保有残高が多い。
米国財務省が発行する償還期間1年以下の短期国債。
FF市場における実際に成立した取引の金利を取引高で加重平均した値。実際に市場取引で決まる金利を指す。
レポ市場における実際の取引データに基づき、金融機関の間で取引される米国債を担保にした翌日物のレポ金利を基に算出される短期金利指標。