第1章 中国の経済成長と貿易構造の変化(第2節)
第2節 中国をめぐる貿易構造の変化
中国では、2000年代半ば以降労働力不足が叫ばれるようになり、賃金水準が上昇、経済活動は資本集約度、技術集約度の高い産業に徐々に移行していることを前節でみた。こうした変化を受け、中国の世界との関わり方にはどのような変化がみられるだろうか。本節では、中国をめぐる貿易動向の変化を検討する。中国との貿易関係については、先進国から見た視点、及びASEAN諸国から見た視点において整理する。
先進国の貿易は、多国籍企業によるグローバルバリューチェーンの構築が近年の一つの特徴であり、中国もこの中に組み込まれてきた。その中での貿易関係がどう変化したかを、中国から先進国への財の流れ、すなわち先進国にとっての輸入面から分析する。具体的には、アメリカ、ドイツ、日本の3か国について、過去10年間の財別の輸入構造の変化をみる。その際、各国の輸入先として、中国等特定国への集中構造も確認する。各国から見て、輸入先が特定の国に頼る傾向が強まれば、供給ショック等のリスクへの対応がより困難になることから、リスクに対する備えが重要となる。こうした問題意識は、コロナ禍でのサプライチェーン問題の深刻化に伴い、より明確になっている。
ASEAN諸国の視点から見た場合、中国の経済発展を受けてASEAN諸国と中国の国際分業体制も変化しつつあると考えられる。このため、発展段階の異なるベトナム、マレーシア、カンボジアの3か国を中心に、中国との貿易関係の変化を、具体的な財レベルで分析する。これにより、中国を含む東・東南アジア地域の構造変化を確認し、今後の成長に関する含意を得ることとしたい。
1.先進国における輸入の集中度と中国のプレゼンスの変化
(1)金額ベースでみた財の輸入先
始めに、アメリカ、ドイツ、日本の先進3か国について、輸入先上位の国からの輸入割合と主な輸入先を、金額ベースでみてみよう(第1-2-1図)。輸入先上位4か国からの輸入割合は、19年において、アメリカでは約52%、日本では約45%、ドイツでは約30%となっている。ドイツはEUに属することから、アメリカや日本と比較して輸入先が分散されている姿がうかがえる。また、いずれの国においても中国からの輸入割合が大きく、アメリカでは約18%、ドイツでは約9%、日本では約23%となっており、この割合は、09年から19年にかけてほとんど変わらない。このように、それぞれにとっての輸入財市場において、輸入額でみる限り、中国のプレゼンスはおおむね変化がない。
(2)個々の財レベルでみた輸入の集中度
次に、各国の輸入構造について、個々の財レベルという視点から、輸入相手国の集中度をみてみよう76。
個々の財についてみたとき、輸入先が少数の国に集中している場合、仮にその財の輸入が滞った場合、代替的な輸入先を確保できる可能性は低いと考えられる。こうした問題意識は、コロナ禍を通じた世界的な景気回復の過程で、各国がサプライチェーンの供給制約の問題に直面する中で、関心を集めている。
以下では、いくつかの指標からその動向を把握していこう。具体的には、(1)各財における輸入先の上位1位の国のシェア(または上位3位までの3か国合計のシェア)の動向、(2)上位1位の国のシェアが50%以上の財(集中的供給財)の品目数等、(3)財の輸入先の集中度合を示す指数(ハーフィンダール指数)、といった指標から、輸入集中度を把握する。
(各財における上位輸入相手国のシェア)
輸入市場における個々の財レベルにみた相手国別の集中度の動向をみる上で、まず各財における上位輸入相手国のシェアについてみていこう。具体的には、アメリカ、ドイツ、日本における輸入について、HSコード6桁ベースの財ごとに、輸入先上位1か国及び上位3か国が占める割合の分布を確認する。
各財の輸入先上位1位の国が占めるシェアの分布を第1-2-2図でみると、アメリカでは、シェアが25~55%の財の割合が多く比較的分散している。ドイツでは10~30%を占める財の割合が多く、これに対し日本ではシェアが40~50%の財の割合が多い。この図から、ドイツは、アメリカや日本と比較して、上位1か国による輸入集中の程度が小さくなっていることがうかがえる。この点は、輸入先上位3か国によるシェアの分布で比較しても同様である。こうした傾向は、輸入金額の国別構成を比較した結果とも整合的である。
アメリカや日本と比較してドイツで輸入集中の程度が低いのは、09年においても同様である(第1-2-3図)。分布を09年でみてみると、やはりドイツではアメリカや日本と比較して輸入の分散がされていたことが分かる。また、日本に関しては上位1位の国、同3か国の分布とも、09年に比べ19年にはシェアが高い財が増える傾向がみられる。
(輸入市場における集中的供給財)
第1-2-2図、第1-2-3図ではアメリカと日本の分布の形状は似ているが、輸入先が特定の国に集中する財がどの国から輸入されるのか、その金額的なウェイトはどの程度かをみると、アメリカと日本でも違いがみられる。
先進3か国の輸入における財について、どの国にどれだけの品目が集中しているかを確認するために、輸入先上位1位の国でシェアが5割以上を占める財、いわば「集中的供給財」の状況をみる。第1-2-4図は、集中的供給財について、供給相手国別に、その品目数と輸入額シェア(集中的供給財の輸入総額に占める、当該国からの輸入額の割合)を整理している。
まず、アメリカ、ドイツ、日本いずれも、集中的供給財の供給国(輸入相手国)としては、中国が最上位となっている
また、こうした中国からの集中的供給財の多寡についてこれら先進3か国間で比較すると、日本が1,000品目以上と最多で、アメリカの約600品目、ドイツの約300品目を上回っている(すなわち、日本は1,000以上の品目について、中国が集中的な供給国となっており、中国への輸入依存度の高い財の品目数が多くなっている)。一方、アメリカでは、中国に加えカナダからの輸入に依存する財も多く、ドイツでは欧州諸国に分散した輸入依存の状態となっている。
なお、こうした傾向を輸入額シェアで確認すると、日本は中国への依存が高い品目の比率が高く、2割を超えているのに対し、アメリカは13%程度にとどまる。
こうした状況は、09年においても同様である(第1-2-5図)。
このように、仮に輸入先国の中国で何らかの供給ショックや輸送の停滞が生じ輸入が滞った場合には、アメリカやドイツと比較して日本ではより多くの品目でほかの輸入先国への代替が難しく、金額規模的にも影響が大きい可能性(リスク)がある構造といえよう。
(財分野別にみた供給先集中度)
日本の輸入について、集中的供給財における中国のプレゼンスの高さをみたが、改めて、具体的にどのような財において中国依存度が高いかを、財の種類別に分けて確認してみよう(第1-2-6図)。
集中的供給財について、供給先が中国である比率が高いのは、主に家計向けの消費財(家庭用品や家庭用電気機器)である。消費財のうち、集中的供給財となっている財については、ほぼ中国からの輸入であり、強い依存関係がみられている。一方、工業用原材料にあたる財のうち、金属、化学工業生産品等は、集中的供給財となっていても、中国以外の国からの輸入となっている場合が多い。こうしたことから、仮に中国からの輸入ショックが生じた場合、日本にとっては、生産活動への影響よりむしろ、消費等最終需要への影響が出やすい可能性が示唆される。ただし、工業原材料でも金属や繊維品では77、上位1か国からの輸入が過半を占めている品目が金額ベースで全体の5割を占めており、中国に限らず主要な輸入先国で何らかのショックが起きた場合には、原材料供給にも制約が起こりやすい構造であることも示唆されている。
(3)先進国における中国への輸入依存
先進国は、多国籍企業を中心にグローバルバリューチェーンを構築していく中で、個々の視点でみると、特定の国への輸入依存度を高めてきた構造を確認した。ここでは、さらに、中国への依存度上昇の状況についてみていこう。
欧州委員会が21年に公表した報告書「戦略的依存関係と供給力」78(詳細は(4)で後述)では、個々の輸入財について、輸入相手国の構成という観点での輸入集中度をみるために、ハーフィンダール指数(HHI :Herfindahl-Hirschman Index)を用いている。各品目の同指数は、その品目のi国からの輸入シェアSiを用いて、下記のように計算される。
同指数は、個々の財について、0から1までの値を取り、1に近いほど、輸入先が分散されていない(偏っている)ことを表す。例えば、ある1か国が全て供給している場合は1、2か国が同額の供給を行う場合は0.5などとなる。欧州委員会の報告書では、同指数が0.4を超える品目を、輸入先が分散されてない品目として整理している。
まず、先進3か国に対し、中国がどの程度集中的に財を供給しているかをみるために、ハーフィンダール指数が0.4以上の品目(すなわち輸入先が集中しているとみなせる品目)のうち、輸入先1位が中国である品目数を確認しよう(第1-2-7図)。ハーフィンダール指数が0.4以上の輸入品目は、日本では2,300以上存在するが、そのうちの915品目(およそ4割)において、輸入先1位が中国となっている。これは、アメリカの431品目、ドイツの128品目よりも多い。
続いて、具体的にどのような財の供給が中国に依存しているかを確認すると、携帯電話、ノートPC及びタブレット等が上位に挙がっている(第1-2-8図)。また、国によっては、衣類や食料品、半導体等の品目も、中国に輸入が集中していることが分かる。
続いて、個別の品目について、過去10年間における中国への集中度の変化をみる(第1-2-9図)。携帯電話のハーフィンダール指数は、先進3か国においていずれも上昇しており、中国への集中度が高まっている。ノートPC及びタブレットのハーフィンダール指数は、09年、19年のいずれにおいても高い。一方、靴等のハーフィンダール指数は、先進3か国においていずれも低下している。
靴等については、中国への輸入集中度が低下する代わりに、東南アジアからの輸入が増加している(第1-2-10図)。先進3か国における靴等の輸入先の変化をみると、アメリカ及び日本では、ベトナムからの輸入が増加している。第1章第1節でみたような中国の産業高度化に伴い、靴等の労働集約的な財は、賃金の相対的に低いASEAN諸国に生産が移転しやすいと考えられ、アメリカや日本の輸入先の変化は、こうした流れを受けているものと考えられる。
上記でみた3品目のうち、携帯電話に関して詳しくみると、先進3か国における中国への輸入集中度が増していることを裏付けるように、中国での生産台数が09年から10年代半ばにかけて増加している(第1-2-11図)。ただし、16年をピークに減少傾向となっている点も注目に値する。中国での携帯電話生産台数が減少に転じた背景には、ベトナム等の東南アジア諸国に生産を移管していることがあると考えられる。ベトナムの携帯電話部品の輸入をみると、中国及び韓国からの部品輸入が10年代において大きく増加しており、ベトナムは、中国や韓国から部品を輸入しつつ、完成品を輸出していることが示唆される(第1-2-12図)。
(4)欧米のサプライチェーン強化に向けた取組と半導体輸入
これまで、中国等特定国への輸入の集中構造について確認してきた。各国からみて、輸入先が特定の国に頼る傾向が強まれば、供給ショック等のリスクへの対応がより困難になることから、リスクに対する備えが重要となる。こうした問題意識は、コロナ禍でのサプライチェーン問題の深刻化に伴ってより明確になっており、欧米では、21年に入り、サプライチェーンの強化に向けた検討・取組が進められている。
アメリカでは、21年2月、バイデン大統領が「アメリカのサプライチェーンに関する大統領令」に署名し、関係省庁に対し、署名から100日以内に、半導体製造及び先端パッケージング、電気自動車用等向けの大容量バッテリー、重要な鉱物及び材料、医薬品及び医薬品原料の4分野について、サプライチェーンにおけるリスクを特定し、そのリスクに対処するための政策提言をするよう指示した。これを受け、同年6月、ホワイトハウスが報告書79を公表した。報告書では上記4分野のうち、半導体については、最も先進的な半導体の製造には数十億ドルの投資が必要であること、アメリカは半導体の生産を台湾、韓国、中国に依存していることなどを指摘している。また、こうしたサプライチェーンにおけるリスクに対処するため、産業界と連携して投資を促進すること、同盟国等と協力して多様なサプライチェーンを構築すること、製造業企業(特に中小企業)における研究開発のための資金調達を支援することなどを政策提言として掲げている。
欧州では、コロナ禍・コロナ後のサプライチェーン問題に対応するため、鍵となる分野の自律性の強化を目指すための方策の一つとして、貿易や投資面での国際的なパートナーシップの多様化を進めている。欧州委員会は、戦略的分野に係るレビューの中で、EUの戦略的依存に関する重点分野の例として、貴金属やミネラル、リチウム電池、水素、半導体、クラウド及びエッジコンピューティング等を挙げている。このうち半導体については、最も先進的な半導体の設計及び開発には10億ユーロを要すること、EUは一般的な半導体はアメリカに、先進的な半導体はアジアに強く依存していることを指摘するとともに、半導体の開発や製造に対する補助金の投入が増えていることで、公平な競争環境が保たれていないとしている。こうした状況への対応として、復興・強靱化基金の活用(デジタル化への移行に20%の基金を活用)、外国政府による補助金によって生じた競争環境の歪みのアセスメント、国際連携の拡大によるサプライチェーン強靱化への取組等を挙げている80。なお、補助金投入に関してアメリカ政府は、経済安全保障の観点から自国での生産インセンティブを高めるために必要、との立場を示している。
第2章第1節「世界経済の動向」で後述するように、欧州ではこうしたアジアへの半導体依存により、ドイツ等での自動車生産が21年に大きく落ち込んだ(第1-2-13図)。自動車生産について前年比のマイナス幅をアメリカ、ドイツ、日本で比較すると、21年半ばにおいてドイツのマイナスが最も大きくなった。こうしたことから、欧州委員会の競争政策当局は半導体工場(特に最先端のもの)建設に関して、国家援助規則81を緩和する可能性を検討している82。
サプライチェーン問題に対する対応策の強化は、EUの競争政策のみならず、EUの安定成長協定83の見直しの議論にも影響を及ぼしている。上述のように、半導体工場の建設等には多大なコストが必要となることから、協定の見直しは避けられない、との指摘84もみられる。
上述の政策展開の背景として、アメリカ及びドイツの半導体の輸入状況について確認してみよう(第1-2-14図)。ここでは、半導体関連の品目85のうち、輸入単価86が大きい上位7品目の国別輸入シェアを示している。品目全体では、アメリカの半導体輸入は、アジアからの輸入金額シェアが約7割(うち中国は14%、マレーシアは18%、日本は12%)、メキシコからのシェアが8.4%となっている。また、ドイツの半導体輸入は、アジアからの輸入金額シェアが6割弱(うち中国は18%、マレーシアは16%、台湾は5.2%)、アメリカからのシェアが7.4%となっている。輸入額全体でみれば、アジアの占めるシェアは、19年においてアメリカでは約40%、ドイツでは約17%であることを考えれば、半導体でのアジア依存が高いと考えられる。
次に、こうした半導体貿易の動向を、アジア諸国の輸出側からみるために、中国及び台湾の半導体輸出の動向を確認する。世界の輸出市場に占める中国及び台湾の輸出額シェアについて、09年から19年にかけての変化をみると、多くの品目で輸出額シェアが高まっている(第1-2-15図)。19年における中国と台湾の輸出金額シェアと輸出単価を比較すると、同じ品目でも台湾の方が輸出単価が高くなっている(第1-2-16図)。また、中国では、輸出シェアの高い品目は単価が低い傾向にある一方、台湾では、単価の高い品目においても輸出シェアの高いものがみられる。このことから、競争力のある分野が異なることが示唆される。
(5)小括
これまで、アメリカ、ドイツ、日本の先進3か国における輸入について、輸入先の集中度という観点で比較するとともに、過去10年間の変化を整理してきた。とりわけ中国に着目すると、(1)品目全体では、各国輸入額に占める中国のシェアは、09年から19年にかけてほとんど変わらない、(2)いずれの国でも、輸入先が中国に集中している品目が多い、(3)主要品目に注目すると、中国の産業高度化に伴い、中国に輸入が集中する財は労働集約財から資本集約財へ移行している、といった特徴がみられた。また、欧米ではコロナ禍においてサプライチェーンの強化が一層重要視されていることもみてきた。
また、輸入先が特定国に集中することに対する問題意識は、各国の政策にも、経済安全保障の動きとして反映され始めている。例えば欧州委員会では、欧州の戦略的依存の現状を詳細に把握し、国家援助規則の見直しも含む主要分野での産業政策の見直しを進めている。こうした見直しを受けた変化は、足下のデータからは把握できないものの、中期的には各国の産業構造や貿易関係に影響を及ぼしていくと考えられる。
(補論)アメリカの金属輸入の動向
上述の通り、欧米では21年においてサプライチェーン強化に向けた取組が実施・検討されてきた。コロナ禍以前を振り返ると、アメリカでは、トランプ政権下において、安全保障上の脅威を理由にした追加関税措置が採られてきた。ここでは、追加関税措置の対象となった鉄鋼及びアルミニウム製品について、Bown and Russ(2021)で整理されたデータをもとに、追加関税措置による輸入への影響を確認する。
まず始めに、アメリカ政府による追加関税措置の内容を確認する。アメリカ政府は18年に、ブラジルやアルゼンチン等の一部の国を除き、鉄鋼・同製品の輸入に対しては25%、アルミニウム・同製品の輸入に対しては10%の追加関税賦課を開始した(表1)。19年には、カナダ及びメキシコからの輸入に対しては追加課税免除となり、22年1月にはEUからの輸入についても免除となった87。
続いて、追加関税措置による輸入への影響を確認する。
Bown and Russ(2021)では、鉄鋼・同製品及びアルミニウム・同製品について、追加関税措置の実施前(17年3月~18年2月)と実施後(20年9月~21年8月)におけるアメリカの輸入先の変化について分析を行っている。同分析によると、鉄鋼・同製品については、追加関税の賦課によりアメリカの鉄鋼・同製品の輸入額が減少する中で、賦課の免除されたメキシコやカナダ、ブラジルからの輸入は、増加あるいは小幅の減少でとどまった一方、EUや英国等からの輸入は大きく減少した(図2)。メキシコやカナダが追加関税賦課を免除された背景には、当時、トランプ政権が、アメリカ・メキシコ・カナダによる新協定であるUSMCAの批准に向け取り組んでいたことがあり88、結果として、それが北米内での鉄鋼・同製品の貿易増につながったといえる。
一方、アルミニウム・同製品については、鉄鋼・同製品とは異なる動きがみられた。アルミニウム・同製品についても、一部の国を除き追加関税が賦課されたが、アメリカのEUからの輸入額をみると、措置実施前(17年3月~18年2月)から実施後(20年9月~21年8月)にかけて小幅の増加となっている(図3)。追加関税が賦課されたにもかかわらずEUからアメリカへのアルミニウム・同製品の輸出が増加した要因として、欧州委員会89は、アルミニウム製品のうちEUが比較優位を持つ製品の輸出が増加したと指摘している。すなわち、追加関税措置により、より加工度の低いアルミニウムについては、EUからアメリカへの輸出が減少し、アメリカ国内での生産により賄われた一方、加工度が相対的に高いアルミニウム製品については、アメリカ国内での生産では賄いきれなかった。その中で、加工度の高い製品については、EU内の企業が、関税の一部を吸収するためにマージンを圧縮して価格を維持することにより、中国からアメリカへの輸出が減少する一方、EUからアメリカへの輸出が増加したと指摘している。
このように、追加関税の賦課が必ずしも輸入の減少につながるわけではなく、供給先の代替可能性によって影響が異なることが示唆される。
2.アジア諸国の貿易構造の変化に関する分析
ここでは、アジア諸国、特に中国とASEAN諸国の貿易構造の変化をみるため、中国及びASEANの中でも発展段階の異なるベトナム、マレーシア、カンボジアの3か国に焦点を当て、2000年代以降の貿易動向の変化を分析する。中国はWTO加盟後の2000年代以降、グローバルバリューチェーン(GVC)での位置付けに大きな変化がみられ、より高付加価値の生産工程を国内で行うようになったことが指摘されている。このため、本項では最初に付加価値貿易統計を用いた中国のシェアの変化、次に中国とASEAN諸国の貿易関係の変化と中国側からみた貿易構造の変化を様々な指標を用いて検証し、そうした変化の背景に何があるのかを考えていく。
(1)中国の貿易構造の高度化
中国の世界貿易における位置付けの変化をみる際に有益なのがOECDの付加価値貿易統計である。GVCでは、貿易財生産の流れを、最終需要からさかのぼっていくと、生産過程において様々な国で付加価値を付されていることがある(第1-2-17図)。この統計から、世界各国で最終需要(各国の家計最終消費支出、総固定資本形成及び在庫変動の和)された貿易財の付加価値の国別の出所をみることができる。例えば、A国で最終消費された貿易財Xは、B国で生産されA国に輸入されたとする。B国でXを生産するに際し、C国で生産された財やサービスを中間投入として用いており、さらにC(D)国ではこうした中間財・サービスを生産するためにD(E)国から輸入した財やサービスを用いているといった場合、付加価値貿易統計から、各国の付加価値輸出額(b~e)を知ることができる。
そこで世界全体の最終需要の付加価値がどの国で生み出されたものか、国別構成比率を業種別に計算した。比率の変化をみるために、05年と15年で比較すると第1-2-18図のようになる。
図の見方を数値例で説明すると、世界全体で最終需要された(家計が消費、企業が投資または在庫投資した)電気機械器具製品の付加価値のうち、05年には13%が中国で生み出されていたが、15年にはこれが38%に上昇した。逆に日本では05年に22%が生み出されていたが、15年にはこれが12%に低下した。電気機械器具だけでなく、輸送機器やコンピュータ、電子及び光学機器でも共通して、05年から15年の間に中国のシェアが大きく高まり、EU及び英国や日本のシェアは低下している。
織物、繊維製品等では、伝統的に欧州の各国(英国・ドイツ)が最終製品の輸出を行うとともにイタリアも付加価値生産の中心地であったが、15年には低廉で豊富な労働力や先進諸国からの対内直接投資を背景に、中国が世界中の各国への最終製品の供給地としての地位を確立していたと指摘されている。
次に、中国から日本への輸出財の付加価値の源泉国の構成の変化をみたのが第1-2-19図である。図では05年と15年で比較しているが、製造業全体及びその内訳のコンピュータ、電子製品・光学機器ともに10年間で中国国内での付加価値のシェアが高まっている。国別にみると日本からの付加価値比率の低下が目立つことから、従来は日本企業が供給してきた、相対的に高付加価値の中間投入財の中国製品による代替が進んだ可能性も考えられる。
こうした大きな変化の背景の1つには、中国のGVCにおける位置付けの変化が考えられる。中国ではWTO加盟後の2000年代前半以降、(1)安価な労働力を背景に、繊維産業等で大幅に比較優位を高めたこと、(2)ICT産業では、日米の対中直接投資が進み、中国の生産拠点としての地位が急速に高まったことが指摘されている91。2点目については、90年代までは中国は最終製品の組立てを行い輸出する「工場」の役割を主に担ってきたが、対中直接投資の進展を契機に産業の高度化を急速に進め、GVCの中で中間財を大量に供給することで、アジア諸国を中心とする多くの国が中国による付加価値に依存する体制が構築されたと評価されている。なお、従来、GVCにおいてはチェーンの両端(最も川上と最も川下の生産工程)で付される付加価値が高く、中間の工程では低いことが指摘されていた(いわゆる「スマイル・カーブ」)が、日本の自動車生産に関する生産工程の分析結果によれば、2000年以降は生産工程がより細分化され、関与する海外企業の数や種類が増えるとともに、川上から川下まで、工程を通じて中国企業の関与が高まっている点が特徴的であるものの、付加価値の高さに関しては両端が高い形状には必ずしもなっていないことが指摘されている(Li et al. 2019)。
中国では、80年代以降実質GDP水準の上昇に伴い、対内直接投資額対GDP比率も上昇していたが、10年頃をピークに10年代には低下傾向となり(第1-2-20図)、ビジネス環境の整備の遅れや賃金上昇とあいまって地位の陰りの指摘92もみられた。しかしながら現実には、ICT産業での国内企業の高度化等を通じ付加価値貿易において、むしろ存在感を高めている。一方、ベトナムやマレーシアは、経済規模では80年代の中国にまで及ばないものの、10年代には対GDP比でみて、同時期の中国を上回る規模の直接投資流入がみられている。
(2)中国とASEAN諸国の貿易動向
(アジア地域の三角貿易)
アジア地域は、国境間の分業体制と貿易の拡大を通じた「三角貿易」によって特徴付けられるとの見方がある。すなわち、GVCを通じた世界的な生産体制の中で、川下に位置する中国やASEAN諸国は、川上の日本及びASEAN以外のアジア諸国から中間財を輸入し、最終財を欧米諸国に輸出してきた (Sato et al. 202093)。こうした三角貿易の構造も、中国国内の垂直統合やサプライチェーンの進展に伴い進化していることが考えられる。例えば、川下でも中国とASEAN諸国の間での分業が拡大し、ASEAN諸国も中国に対して中間財を供給、もしくは中国から中間財を需要する役割を担うようになっている。Liらの分析によると、2000年代以降、中国はアジア地域で付加価値需要・供給両面での中核(ハブ)的な役割を担うようになり、ASEAN諸国との貿易関係も深まった。ASEAN諸国側からみれば、産業構造の高度化を進め、中国等への輸出品を一部の特定財に特化させることで、規模の経済をいかした経済成長を遂げてきている。こうした点は、中国の輸出に占める海外からの付加価値比率が2000年代前半をピークに明確な低下傾向にあることからも確認できる(第1-2-21図)94。
以下では、3時点のASEAN側の対中貿易データ(10年、15年と19年)を比較することにより、両者の貿易関係の動向を確認する。
(ASEAN諸国の対中輸出額)
最初に、ASEAN8か国の対中輸出の動向を、10年と19年の比較を通じて概観する(第1-2-22図)。ASEAN全体としては、年平均で6.6%の成長となっている。変化率を国ごとに比較すると、いずれの国でもプラスだが、10年時点で金額が小さかったカンボジアの伸びが最大、次いでベトナム、ミャンマー、ラオスの順に伸び率が高い。10年時点で金額が大きかったマレーシア・タイでは、平均伸び率は3%と相対的に小さくなっている。この結果、19年の輸出額(水準)ではベトナムが最大である。
続いて、ASEAN諸国において、中国への輸出への依存度が過去10年でどの程度高まったかをみるために、名目GDPに対する対中輸出の比率(対中輸出依存度)の10年から19年への変化幅を確認する(第1-2-23図)。対中輸出依存度は、10年から19年時点にかけて、ベトナム、ミャンマー、カンボジアといった国で大きく上昇している。マレーシアにおいては、10年時点で対中輸出依存度が10%と高く、19年時点においてもほぼ同水準となっている。
(中国の輸出財構成)
第1節では、中国が経済発展を進める中で、豊富な余剰労働力の投入が縮小に向かうとともに、国際的な視点でも労働コストが上昇していることを確認した。これに伴い、世界の貿易財市場において、中国は、労働コスト上昇が不利に働きやすい労働集約的な財については輸出競争力が低下し、ASEAN諸国等が特化を強める一方、中国は資本集約的な業種への特化を進めているとの見方がある95。
こうした変化が、中国の輸出財の構成にどのように現れているのか、みていこう。財別の輸出競争力の変化をみるため、中国の各輸出品目の顕示比較優位指数(RCA:Revealed Comparative Advantage)96の変化を2000年、10年、19年の3時点で比較する(第1-2-24図、第1-2-25図)。19年に中国で輸出シェアが高かった20品目について、19年の指数を横軸、10年の指数を縦軸にプロットすると、図の右上に行くほど比較優位が高く、かつ右下に行くほど10年と比較して19年に中国の比較優位が高まったことを示す。輸出額シェアが高い財の多くが45度線近くに位置していることから、主要輸出財(通信機器、データ記憶ユニット、モノリシック集積回路、パソコン部品等)の多くは10年前から既に同程度の比較優位があったことが示されている一方、履物やおもちゃでは比較優位が低下、データ記憶ユニットでは上昇している(第1-2-24左図)。同様の比較を2000年と10年で行うと(第1-2-24右図)、多くの財が45度線より右下に位置しており、2000年時点では、現在の主要輸出品目の多くで比較優位を確立できていなかったものの、10年までの間に競争力を高めたことが示唆されている。
これに対し、2000年時点での主要輸出品目(パソコン部品、履物、おもちゃ、通信機器、有線の電話機、プラスチック製品等)について顕示比較優位指数を2000年と19年で比較すると、多くの財で中国の比較優位が低下しているが、そうした傾向は特に労働集約的と区分される業種97の生産財で顕著であり、資本集約的と区分される業種の生産財では競争力を維持または高めていることが示されている。なお、後述するように、中国で輸出競争力が下がった財のうち、履物はベトナムで、一部の衣類はカンボジアで、同時期に中国への輸出が増えている。
なお、中国については年次を問わず輸出額シェアが高い品目のほぼ全てで顕示比較優位指数が2を超えており、世界貿易の中で相対的にシェアをとれている財、すなわち競争力のある品目を中心に輸出していることが示唆される。また、2000年での主要輸出品目についても、指数が低下した財が多いものの、19年時点で大幅に指数が低下した財は衣類やおもちゃに限定され、こうした財でも指数は1より大きい。
ここで比較のため、日本の顕示比較優位指数についても、19年と10年の状況を示す(第1-2-26図)。左図では、10年に輸出シェアが高かった品目について、10年後の指数との比較を行っている。特徴としては、10年に指数が高かった品目の多くで19年には指数が更に高まる一方、10年に指数が相対的に低かった品目の多くで19年には指数が更に低下し、二極化の傾向がみられる。前者の例として、船舶や大型自動車(3,000cc超)が含まれ、後者の例として、小型の自動車や集積回路等が挙げられる。
19年に輸出シェアが高かった品目についても、同様に指数の変化をみてみよう(第1-2-26右図)。19年にシェアが高かった品目の多くは、45度線より下、すなわち10年時点よりも19年には指数が高まっていることから、足下で競争力がある輸出品目については、既に10年前から一定程度の競争力があり、それが維持されてきたことが示唆される。なお、品目の具体例としては各種自動車や船舶、自動車部品が中心であり、我が国製造業の対外競争力が一定の分野に集中していることがうかがえる。
なお、我が国で輸出シェアが高い品目の顕示比較優位指数をみると、大半の財で2を上回り高い水準にあるが、上位シェアの財でも2に満たないもの(例えばモノリシック集積回路や自動車部品等)が複数みられる点は、中国との違いの一つと考えられる。また、2000年にシェアが高かった品目について2000年と19年の指数を比較すると、中国と同様に指数が非常に高かった品目の一部では指数が大きく低下し(蓄電池やビデオカメラ等)、もともと指数が2より小さかった財の多くでは競争力が更に低下する(パソコン部品、非デジタルモノリシック集積回路、テレビ受像機等)一方、複数の財は2000年から高かった指数が高まっており、競争力のある品目の入れ替わりが中国ほど顕著ではないことが示唆される(第1-2-27図)。
(製造業種分類と単位労働コスト上昇が財輸出に及ぼす影響)
本節は、中国での人件費上昇が中国の対外競争力、及びASEAN諸国の貿易関係にどのような影響を及ぼすかを議論することを目的の1つとしている。Xiong and Zhang(2016)98では、HS2桁コードを用いて財や業種を以下の区分に分類し、中国の企業レベルのデータ(02~06年)を用いた分析を行った。
分析の結果、得られた含意は以下のとおり。
・労働集約的産業の場合:単位労働コストの上昇は輸出にマイナスの影響
・スキル及び資本集約的産業の場合:単位労働コストの上昇は輸出に有意な影響なし
・資源集約的産業の場合:単位労働コストの上昇は輸出にマイナスの影響
この結果を踏まえると、他の条件が一定であれば、中国の人件費の上昇は、労働集約的産業と資源集約的産業の国際競争力を低下させる。その結果、当該業種の生産や輸出は相対的に人件費が安価なASEAN諸国にシフトしていく可能性が考えられる。
中国の対外競争力の動向をみる上で、次に、輸出市場における相対価格の動向を確認しよう。輸出市場での相対価格として、名目為替レートを自国と競合国の製品価格で調整し(実質化)、さらに複数の為替レートを加重平均した(実効化)、実質実効為替レートが用いられることが多い。中国の業種別の実質実効為替レートの推計結果(全製造業、うち一般機械、電気機器及び繊維)の時系列の動きをみると、15~17年には競争力が高まっていたものの、20年入り後コロナ禍では、どの業種でも輸出競争力が低下傾向にある(第1-2-28図)。また、業種別のレートを比較すると、労働集約的業種である繊維の相対的な競争力低下が示唆される。このため、中国にとっては、貿易構造等で競争力を維持しながら、輸出拡大による成長の押上げを維持していくことが重要となる99。
なお、ここまでの議論は中国全体の平均的な単位労働コストに関するものであるが、中国では単位労働コストの地域間格差が大きいことも指摘されている。CUI&LU (2018)では05~10年の中国の31省市の単位労働コストと輸出額の間に負の関係があること、中国全体の単位労働コストはASEAN諸国と比較して08年時点で高水準であることを指摘している。他方で、地域間のコスト差も大きいことから、中国全体では対外競争力を失っているものの、地域によっては依然として競争力がある場合もあることを指摘している(中国全体の単位労働コストの動向及び最低賃金の地域差について、1章1節参照)。
以下では、こうした指摘が実際の貿易データと整合的かどうか、ASEAN5の中から中国への輸出額が大きく、輸出構造も似ている国の例としてベトナム・マレーシア、中国への輸出額が小さく輸出構造が異なる国の例としてカンボジアを取り上げ、19年までの貿易データを用いて検証する。
(ベトナムから中国への輸出)
ベトナムは19年の中国への輸出額がASEAN8か国の中で最も大きく、10年以降の平均伸びも2桁と高い。類別に対中輸出金額の構成比をみる100と、19年時点では、資本集約(高スキル)的な財の構成比が過半を占め(53%)、労働集約的もしくは資源集約的業種の財の構成比の合計が39%である(第2-1-29図)。ただし前者の伸びが後者を上回っており、資本集約(高スキル)的な財のシェアが高まっていることがうかがえる。
品目別に輸出額をみると、伸びが相対的に高い品目では、電気機械(上述の区分では「資本集約(高スキル)的財」に該当)の比率が高い。特に、集積回路及びその部品や磁気ディスク、液晶デバイス、レーザー及びその他の光学機器等を中心に輸出の伸びが高まっている。これらの財では、10年以降でみると、輸出の伸び率が15年以降加速しているものもみられ、19年の金額ベースでの輸出シェアは、有線電話用等の電気機器の部品で21%、モノリシック集積回路で16%と2品目で4割近くを占めている。こうした動向の背景としては、中国と比較しても労働コストが低いこと、ベトナムで外資主導の工業化が2000年代後半以降急激に進展し(池部、2014年101)、IT関連財でのベトナムの対中競争力が上昇したことや、特に電子部品産業等の集積地域であり、ベトナムとも隣接する中国広東省とのIT関連財(携帯電話やコンピュータ等)での工程分業の活発化が指摘されている(向山、2016年102)。
なお、ベトナムでも中国と同様に人件費上昇が顕著であるが、例えば18年の最低賃金の上昇率はベトナムよりもミャンマー、カンボジア、ラオスで高く、水準でもカンボジアとハノイは大差なく、ベトナムに進出した外国企業の二次移転の可能性は考えにくいとの指摘がある(ITI, 2018年103)。
上述のように、生産工程の分業化が進む一方、第1-2-28図に示すように、電気機械器具での付加価値生産は少なくとも15年時点で中国に集中し、ASEAN諸国で生み出された付加価値額のシェアは10年前と比較しても低いままである。背景として、ベトナム等では比較的付加価値の低い最終工程での製品の輸出競争力は高まっているものの、高付加価値の中間財での競争力は低いままであることが指摘されている(塚田、2021年105)。
その他の輸出品目の19年時点の構成をみると、労働集約的な財の比率が高いのがベトナムの特徴であり、輸出金額シェアでみると履物や綿糸が高い。綿糸に関しては、10年に中国・ASEAN自由貿易協定が正式発効し、双方で繊維・アパレル品の関税がほとんど撤廃されたことから、双方向での貿易が拡大106していることが指摘されている(ITI、2018年)。ベトナムは他のASEAN諸国と比較して積極的なFTA戦略を展開しており、海外企業にとってはベトナムに生産拠点を置くことで、世界のより多くの市場に有利な条件でアクセスできるとされている。なお、資源集約的な財の輸出比率も高く、石油や魚介類、生鮮果実等を中心に輸出されている。
(ベトナムと中国の貿易の特徴)
一般に、ベトナムを始めとするASEAN諸国は、電気機械や一般機械部門で中国に部品供給し、かつ中国で完成された財を最終需要する関係にあるとされている(経産省、2019)。こうした関係が強まった時期は国によって異なるが、ベトナムは、上述のように10年以降、電気機械で大幅に対中輸出を増やすと同時に中国からの輸入も増えている。そこで、ベトナムと中国の貿易関係の特徴をみるために、輸出入財を「部品」または「完成品」に分類107し、10年と19年の2時点で比較を行った(第1-2-30図)。
電気機械におけるベトナムの対中貿易の特徴は、輸出入ともに10年代の増加が顕著であり、かつ部品の比率が高まっている点にある。品目としてはプロセッサー及びコントローラー、ダイオード及びトランジスター部分品等の伸びが著しく高い。一般機械については、電気機械とは異なり部品比率は低く、時点間での上昇もみられなかった。上述の通り、電気機械におけるベトナムからの輸出増は集積回路等の品目で顕著であるが、これらは中国国内でパソコン、携帯電話、白物家電の組立てに使用され(増川、2021108)、その一部は完成品として輸入されていると考えられる。
(マレーシアから中国への輸出)
マレーシアの対中国輸出額は、ASEAN8か国の中では10年時点で最大であったが、その後の伸びは相対的には緩やかで19年時点ではベトナムに次いで2番目の額となっている。類別に対中輸出金額の構成比をみると、19年時点で資本集約(高スキル)的業種の財の構成比が最も高く(56%)ベトナムとほぼ同程度であるが、労働集約的業種の財が7%、資源集約的業種の財が23%とベトナムよりも低く、資本集約的な財のウェイトが高い(第2-1-31図)。
マレーシアの貿易構造の変化をみると、主要輸出品目であり、資本集約(高スキル)的財に該当する電気機械やプラスチック及びその製品での伸びが高く、19年には電気機械のシェアが4割近く(39.1%)を占めている。こうした点はベトナムと共通している109。
マレーシアはASEAN5の中でも半導体部門の競争力が高いことが指摘されている。70年代から日本や欧米企業による投資が進み、製造工程のうち検査などの「後工程」で世界的に重要な拠点となるとともに、現在では「前工程」のウエハー製造拠点も有し、半導体生産において比較優位を持っていることが指摘されている(増川、2021)。
電気機械におけるマレーシアの対中貿易の特徴は、輸出より輸入において10年代の増加が顕著であり、かつ部品の比率が特に輸出で10年から非常に高かった点が指摘できる(第1-2-32図)。輸入については、10年から19年にかけて部品比率が上昇しており、マレーシアでも輸出入ともに中国とは部品のやり取りが活発であることがうかがえる。他方、一般機械では、輸出入ともに部品比率が低下し、かつ比率の水準はベトナムと同様に電気機械より低い。
(カンボジアから中国への輸出)
カンボジアは2000年代以降、中国から農業、建設業、衣類製造業及び観光業の4業種を中心に多額の投融資を受けており、対中輸出額はASEAN8か国の中では最も小さいものの急速に増加している(水野2021, Ly2021)110。分野別構成をみると、全体の6割以上が労働集約的な業種で生産される財、同2割が資源集約的な業種で生産される財であり、労働コストの安さがこうした財での輸出競争力につながっていると考えられる(第1-2-33図)。労働集約的な業種の財にはTシャツやズボン、履物やハンドバッグといった縫製製品が多く含まれる一方、輸出シェアが高い品目には機械類がほとんどみられないなど、先発ASEAN諸国の貿易構造とは大きな違いがみられる。
(ベトナム・マレーシア・カンボジア3か国と中国の貿易関係:まとめ)
これまでみてきたように、ベトナム・マレーシア・カンボジアの3か国はそれぞれの経済発展段階に応じて、10年代以降中国との貿易関係を維持もしくは強めている。3か国の対中輸出額の15年から19年の変化を寄与度分解してみると、既述の通り、ベトナムとマレーシアでは資本集約(高スキル)的な業種で生産された財の寄与が過半を占めるが、ベトナムでは労働集約的な業種の財の寄与も相応にある。対照的に、カンボジアでは労働集約的な業種と資源集約的な業種の寄与が大きく、資本集約的な業種の財はスキルのレベルを問わず、寄与が小さいことが示される(第1-2-34図)。
また、ベトナムとマレーシアについては、電気機械産業等において、中国との部品のやり取りが多く、特にベトナムでは部品貿易のウェイトが増加していることが確認された。こうした中間財等の取引のどの過程で付加価値が付けられているかをみるために、OECDの付加価値貿易統計の「後方への参加率」(自国の輸出に含まれる海外からの付加価値の比率を指し、自国が輸出する財の生産に海外で生産された部品が数多く用いられたり、高価な部品が用いられるほど高い)の推移をみる(第1-2-35図)。3か国とも、中国との関係では、95年以降18年まで後方への参加率は上昇傾向が続いており、特にベトナムとカンボジアの上昇が顕著である。これに対し、中国側からみてベトナム、マレーシア、カンボジアとの関係での後方参加率はそれぞれ0.2%、0.4%、0.0%(18年)にとどまっている。このことから、3か国と中国の間では、主に中国での生産工程で付加価値を付される財の貿易が行われる傾向が強まっていることがうかがえる。
(3)中国とASEAN諸国の輸出競合度
これまでの議論で、アジア地域をめぐる三角貿易の変化という観点から、中国とASEAN諸国の貿易関係の変化を見た。当初は、双方とも、日本や他のアジア諸国から部品供給を受け、組立てを行い、欧米諸国に輸出するという役割を担っていた。そこから、中国とASEAN諸国の間で、一方が部品供給を行い、他方が組立て等を行う、それが双方向でみられる、という姿が見られるようになっている。
こうした姿について、輸出の競合(または補完)度合いという観点からみてみよう。その際、国際機関等で用いられている輸出競合度指数(Export Similarity Index, ESI)111を用いる。ESIとは、二国間の輸出構造の類似性(競合度)を表す指数で、1に近いほど競合度が高く、0に近いほど補完度が高いことを表す(伊藤ほか、2011)。A国とB国の輸出競合度は、以下の式で計算される。
AXi: A国の財iの輸出額、AX: A国の輸出総額、BXi: B国の財iの輸出額、BX: B国の輸出総額
ここでは、A国を中国とし、中国の輸出財について、ベトナム、マレーシア、カンボジアの輸出財に対して、及び比較のため日本、韓国に対しての輸出競合度を、財全体、電気機械、及び一般機械について計算した112。
まず、輸出財全体についての競合度について、時点(2000年、10年、19年)ごとにみてみよう(第1-2-36図)。日本、韓国、ベトナムに対しては、最近になるほど競合度が徐々に高まっている。特にベトナムに対しては、10年から19年の間の競合度の高まりが目立つ。これに対しマレーシアは横ばい傾向にある。4か国間で19年の競合度の値を比較すると、ベトナムが最も高く韓国、日本、マレーシアの順である。なお、カンボジアの19年値はいずれの国よりも低水準であった。
先述のように、アジア諸国の三角貿易関係の変遷の中で、中国はベトナムへの部品供給を増やしており、また逆の動きもみられるが、こうした関係が競合度の上昇に表れていると考えられる。一方、マレーシアについては、10年時点で既に、高単価の財も含め、部品の供給元となっており、その関係は大きくは変わっていない。カンボジアは、中国の進出先として財の供給を行っているが、競合ではなく補完関係に近い中で、貿易が拡大しつつあるという関係にあることがみてとれる。
続いて、ASEAN8か国について、10年と19年の中国との輸出競合度を整理する(第1-2-37表)。特徴としては、輸出額が小さいカンボジア、ミャンマー、ラオスの3か国では競合度は0.1前後と低く、19年には若干上昇しているものの、中国の輸出とは補完関係に近い。フィリピン及びインドネシアは、上記3か国よりは輸出金額が大きく、競合度も0.3前後と高いが、10年から19年の間で競合度にはほとんど変化がみられない。他方、輸出金額が大きいタイ、マレーシア、ベトナムの3か国は、10年時点の競合度は0.36程度とほぼ同水準だったが、19年までの間にベトナムで大幅上昇、タイでは小幅上昇、マレーシアでは横ばいと違いがみられる。
次に電気機械に限定して同様に輸出競合度の推移をみると、ベトナムに対しては、最近になるほど競合度が高まっている(第1-2-38図)。上述のように、従来中国で主力製品として生産してきた財の生産代替が進み、ベトナムでも主力の輸出品目となっていることが示唆される。こうした財の例として、受信機器を内蔵する送信機器やモノリシック集積回路、有線電話用の部品等が挙げられる。
これに対しマレーシアは、2000年時点ではベトナムよりも競合度が高かったが、19年にはむしろ低下している。この背景には、19年にはマレーシアでモノリシック集積回路の輸出比率が大きく高まると同時に中国での同財の輸出比率は低下した一方、マレーシアでのそのほかの財の輸出比率は10年と比較して低下し、全体としての競合度が低下したことが挙げられる。中国との間で補完傾向が強まったとの評価もできるが、マレーシアの輸出構造の変化(特定財、具体的にはモノリシック集積回路への集中)が指数低下の主な要因と考えられる。
一般機械については国による傾向の違いもあるが、電気機械と同様、ベトナムに対してのみ最近になるほど競合度の高まりがみられ、特に10年から19年にかけての上昇が顕著である。背景には、10年から19年にかけてパソコン部分品(記憶装置や自動データ処理装置等の部分品)の輸出シェアが大きく高まったことが考えられる。
(まとめ)
これまで中国とASEAN諸国との貿易関係の変化を、特にベトナム、マレーシア及びカンボジアの3か国に焦点を当てて様々な角度から分析してきた。最後に、本節の冒頭での問題提起、具体的には中国国内の賃金上昇に加え、中国国内の産業構造の高度化やサプライチェーンの発展の結果、労働集約的な財等を中心にASEAN諸国への生産移転が起き、その結果貿易構造にも変化が表れているかを振り返って議論したい。
まず相対的に低賃金で生産移管が起こりやすかったベトナムでは、一般機械や電気機械分野で2000年以降中国との輸出競合度が上昇した。これに対してマレーシアでは2000年時点での競合度はベトナムより高かったが、19年には2000年と比べてやや低下している。また、ベトナム・マレーシア以外のASEAN5でも競合度は上昇傾向にあるが、財別に寄与をみると電気機械など機械類のプラス寄与が大きい。
機械類の中でも、財別に完成品か部品かでグループ分けして貿易金額の比率をみると、ベトナムやマレーシアから中国への輸出では部品比率が高く、ベトナムでは10~19年の間の金額及び部品比率の上昇が顕著であった。これに比べ中国からの輸入では完成品の比率も相応に高く、両国で生産・輸出された部品を用いた組立て等の加工が中国で行われ、付加価値が高まった形で中国から両国を含む各国に輸出される構造がうかがえる。こうした機械産業内での役割分担において、相対的に生産コスト面等で有利なASEAN諸国との分業体制が発展してきた可能性も考えられる。
なお、こうした分業体制は財によっても特徴が異なる可能性があり、上述のように中国との貿易額ウェイトが高い財の一つである集積回路については、ベトナムやマレーシアから中国への輸出財と中国からの輸入財の単価は後者が前者の3倍以上と大きく異なり、同じ集積回路でも高付加価値の財が中国から輸入されている。
これに対し、他の機械財で輸出金額が大きいもの(例えばパソコンの記憶装置や送信機器など)については、単価はほぼ同一である。
なお、ASEAN5以外のASEAN諸国との輸出競合度は、10年と比較すれば各国ともに上昇しているものの、19年時点でもいまだ低水準である。カンボジアを例に対中輸出の変化をみると、履物や衣類等労働集約的な財や資源を加工した財の伸びが高く、こうした財については特に、労働コストの低さを背景に輸出が伸びている可能性が考えられる。
このような国際分業体制は、中国とASEAN諸国間の生産コストの違いを背景に発達してきた面があると同時に、米中貿易摩擦や中国の一帯一路政策、さらにASEAN諸国の政情やFTAの動向等の影響も受けながら構築されてきたと考えられ、今後もコスト面に限らず様々な要因で進化を続けていくものと考えられる。また、中国とASEAN諸国間の分業体制は相当程度細分化され、相互の比較優位をいかした分業と貿易が行われていることがうかがえる。