第2章 主要地域の経済動向と構造変化(第2節)
第2節 アメリカ経済
1.アメリカ経済の動向
アメリカ経済は、世界金融危機以降、約8年半の長期にわたり景気回復が続いている。今回の景気回復局面は、2009年6月を景気の谷1として、100か月を超え、過去3番目の長さに達しているとみられる(第2-2-1表)。
17年の実質経済成長率は、堅調な個人消費と民間設備投資に支えられ、ハリケーン2の影響を受けつつも7~9月期において前期比年率3.3%と増勢を維持し、順調に推移している(第2-2-2図)。
アメリカ経済は順調に推移しているが、今回の景気回復の特色や持続力について把握するため、本節では、アメリカ経済の最近の動向を振り返り、次に18年の見通しとリスクについて整理する。
始めに、アメリカ経済を概観すると、個人消費は、堅調な雇用・所得環境の下で増加が続いている。住宅市場は、建設労働者の不足等による供給制約はあるが、堅調に推移している。企業部門については、良好な企業マインドや原油価格の上昇を背景とする鉱業部門の回復等から全体として持ち直している。労働市場では、雇用者数は増加、失業率は一段と低下し、4%台前半の水準となっている。物価については、17年3月以降、主に携帯電話サービス価格等の下落もあり、インフレ率が低下している。金融政策については、17年9月のFOMC(連邦公開市場委員会)において再投資政策の見直しを同年10月に開始することが決定され、同年12月のFOMCにおいて年内3回目の政策金利の引上げが決定された。
(1)堅調な個人消費、自動車販売の勢いの鈍化、堅調な住宅市場
(堅調な個人消費)
17年入り後の個人消費は、7~9月期にはハリケーンの影響により一時的に低調となった月もみられたが、堅調な雇用・所得環境の下で、全体としてみれば、増加が続いている(第2-2-3図)。
堅調な個人消費の背景には、(1)良好な雇用環境、(2)堅調な所得環境、(3)高水準の消費者マインドが挙げられる。このうち、17年に高水準を記録した消費者マインドについてみていく。消費者マインドの動向をコンファレンス・ボード消費者信頼感指数3で確認すると、16年11月のアメリカ大統領選挙以降急激に上昇し、その後も高水準で安定している。また、ミシガン大学消費者信頼感指数4についても、17年10月の指数が100.7と04年1月以来最も高くなるなど、高水準を記録している(第2-2-4図)。先行指数である消費者マインドの高まりは、雇用環境の更なる改善見込みに裏付けられており5、今後も個人消費が堅調に推移することを示唆している。
(自動車販売の勢いの鈍化)
自動車販売は、高水準であった16年までの勢いが鈍化し、17年は落ち着きを取り戻しつつある。国内の新車販売台数は、16年12月に年換算で1,805万台と最近のピークに達し、16年の年間ベースでは1,746万台を記録したものの、17年3月以降1,700万台を割り込み、その後、減少傾向となった6。自動車メーカーからディーラーへの販売奨励金(インセンティブ)の動きをみると、17年に入った後も3,500ドルを上回る高水準での推移となっているが、販売台数が減少していることから、高額な販売奨励金にもかかわらず、販売台数を維持することが困難な状況となっているとみられる(第2-2-5図)。しかし、17年を通してみれば、過去の水準と比較して大きく減少しているものではないことから、落ち着きを取り戻しつつある状況と考えられる(第2-2-6図)。
(電子商取引(E-commerce)の台頭)
アメリカの個人消費が堅調である中、インターネットの普及を反映した変化も生じている。代表的なものに、電子商取引の台頭がある。2000年の電子商取引による小売売上高は約276億ドル、小売売上高全体に占める割合は約0.9%であったが、16年には小売売上高が約3,897億ドル、小売売上高全体に占める割合が8.0%と大幅に拡大している(第2-2-7図)。他方で、百貨店の売上高は、2000年以降減少傾向にあり、アメリカの消費者がインターネットを通じた消費を拡大させており、流通業に構造変化が生じている様子がみてとれる(第2-2-8図)。
(堅調な住宅市場)
雇用・所得環境の改善や低水準の住宅ローン金利(第2-2-9図)を背景に、住宅需要は堅調に推移している。一方、建設労働者の不足や建設資材価格の高騰といった供給制約が、16年ごろから顕在化して以降、17年も引き続き生じている(第2-2-10図、第2-2-11図)。こうした供給制約の問題が、住宅価格上昇を通じて需要側の住宅取得環境にも負の影響を及ぼし始めている。
アメリカ主要都市圏における一戸建て住宅の販売価格を示すケース・シラー住宅価格指数は、前年同月比で5~6%程度の上昇を続けており、世界金融危機以前のピークである06年7月の値(206.52)に迫りつつある(第2-2-12図)。この住宅価格の水準を家計の所得との関係から評価した住宅取得能力指数7でみると、住宅取得の容易さの基準となる100を依然上回っているものの、このところ低下傾向にあり、住宅取得が以前と比べやや困難になってきている様子がうかがえる(第2-2-13図)。
住宅着工件数をみると、17年9月はハリケーンの影響により被害を受けた南部が全体を押し下げ、前月比-4.7%となったが、10月以降は復興需要も加わり持ち直し、基調としてはおおむね横ばいで推移している。住宅着工の先行指標である住宅許可件数は、世界金融危機後の回復基調が一服しているものの、17年後半も年換算で毎月120万件を超える水準で推移していることから、当面、住宅着工件数は底堅く推移するものと見込まれる(第2-2-14図、第2-2-15図)。
住宅販売をみると、新築住宅販売件数は、緩やかに増加している。特に、17年9月はハリケーンの復興需要の影響から一時的に大幅増となり、約10年ぶりの高水準となった。一方、中古住宅販売件数は、世界金融危機以後、回復基調が続いているものの、17年半ば以降はやや低迷している。新築及び中古住宅の在庫・販売比率の推移を確認すると、特に中古住宅で在庫・販売比率の低下が目立っていることから、中古住宅市場において需給が引き締まり、在庫不足となっていることが、中古住宅販売の下押し要因として働いていると考えられる(第2-2-16図、第2-2-17図)。
(2)改善が続く雇用情勢
雇用情勢は改善が続いている。非農業部門雇用者数の前月差は、17年9月にハリケーンの影響で一時的に落ち込んだものの、17年以降の雇用者数は月平均約17万人の増加となっており、引き続き堅調に推移している。また、失業率は一段と低下しており、17年後半には、2000年12月(3.9%)以来の水準を記録した月もあった。(第2-2-18図、第2-2-19図)。
雇用者数の前月差を部門別にみると、財生産部門では、17年入り後、一時的に減少する月もあったものの、基調としては増加しており、特に製造業や建設業で顕著となっている(第2-2-20図)。また、サービス部門では、9月にハリケーンの影響を受けてレジャー・接客業が一時的に大幅減となったものの、専門サービス(コンピュータシステム設計や人材派遣サービスなど)、教育・医療といった部門を中心に、増加傾向にある(第2-2-21図)。
失業率については、17年も低下傾向にあり、4月以降、FOMC参加者が予測する失業率(U38)の長期的な中心傾向9(4.4~4.7%)を下回る水準となっている。労働参加率については、6月ごろから上昇傾向にあり、労働需給の引き締まりが労働参加を促しているものとみられる。また、労働需給の引き締まりは、経済的理由によるパートタイム労働者等を含めた広義の失業率(U610)の低下にも表れている。経済的理由によるパートタイム労働者は17年入り後も減少が続いており、広義の失業率は、17年後半には7%台後半にまで低下し、06年12月(7.9%)以来の低水準となった(第2-2-22図、第2-2-23図)。
一方、このように失業率が歴史的にみても低水準となり、労働需給の引き締まりが見込まれるにも関わらず、名目賃金の伸びは、過去の回復局面と比べて緩やかなものにとどまっており、今後の賃金の動向には留意が必要である(賃金の動向やその伸び悩みの原因については、第1章参照)。
(3)持ち直しが続く企業部門
鉱工業生産指数は、総合、製造業ともに、17年8月と9月はテキサス州等においてハリケーンの影響を受けて石油精製所等の生産が落ち込んだことから、一時的に押し下げられたものの11、17年を通じて持ち直しの動きが続いている。持ち直しの背景の一つとして、原油価格が16年に入り上昇したことを受け、シェールオイル等の増産により、鉱業部門の生産が16年後半から増加寄与となっていることが挙げられる。また、製造業の設備稼働率は、こうした生産動向を反映して、リーマン・ショック前の水準には戻っていないものの、近年の持ち直しの動きが続いている。(第2-2-24図、第2-2-25図、第2-2-26図)。
(堅調な企業マインド)
企業による景況感をISM製造業景況指数12でみると、16年11月の大統領選挙以降急上昇し、17年9月には60.813と、04年5月の61.4以来の高い値となるなど、その後も堅調に推移している。製造業景況指数の内訳である生産及び新規受注をみると、17年は一貫して16年の水準を超えた高い値となっている。非製造業景況指数も同様に、17年は16年に引き続き高水準で推移しており、企業マインドの堅調さを示している(第2-2-27図)。
(設備投資の緩やかな増加)
民間設備投資は、17年7~9月期にハリケーンの影響によりやや減速したものの、緩やかに増加している(第2-2-28図)。
民間設備投資の内訳をみると、17年は機械・機器投資の寄与が大きく、特に情報機器が寄与している(第2-2-29図)。17年4~6月期までプラスで寄与していた構築物投資は、7~9月期にはマイナス寄与となったが、内訳をみると採掘・掘削が1~3月期から7~9月期にかけて減速しつつも、一貫してプラス寄与となっており、引き続き、鉱業関連が構築物投資を下支えしている姿がみてとれる(第2-2-30図)。民間設備投資全体を鉱業関連と鉱業関連以外に分けてみても、7~9月期に鉱業関連のプラス寄与が一段と低下している(第2-2-31図)。鉱業関連を支えるシェールオイル生産の動向を油井掘削リグ稼働数でみると、原油価格が16年前半に上昇し、その後安定して推移したことを受け、リグ稼働数もラグを伴い16年半ばを底に上昇していたが、17年中盤以降、頭打ち感もみられることから、今後の鉱業関連の設備投資の動向には留意が必要である(第2-2-32図)。
民間設備投資の先行きを先行指標であるコア資本財受注(民間航空機を除いた非国防資本財)の推移でみると、17年はプラス基調で推移している(第2-2-33図)。また、ニューヨーク連邦準備銀行による製造業の6か月後の投資動向に関する調査14をみると、「増加」と回答する割合が17年後半より上昇し、高水準となっていることから、今後の設備投資に対する良好な企業マインドがみてとれる(第2-2-34図)。さらに、設備投資の動向と高い相関関係のある企業収益の動向をみると、これも17年後半から伸びが高まっており、設備投資の増加が期待できる(第2-2-35図)。
(安定した財輸出)
次に、貿易の状況について確認する。財輸出及び財輸入(通関ベース、実質、季節調整値)は、世界経済の緩やかな回復を背景として、足下ではおおむね横ばいで推移している。17年の為替レートは、ドル高傾向にあった時期もあるものの、目立って財輸出を下押しするようなことはなかった(第2-2-36図、第2-2-37図)。
財輸出について、品目別に内訳をみると、17年前半は工業原材料(石油製品や燃料油など)が、17年後半は資本財がそれぞれ増加に寄与している(第2-2-38図)。財輸出を主要相手国別にみると、16年後半から、いずれの国も増加傾向を示しており、特に中国向けの輸出の増加が顕著となっている(第2-2-39図)。
同様に、財輸入について、品目別の内訳をみると、17年を通じて、資本財が増加に寄与している(第2-2-40図)。財輸入を主要相手国別にみると、輸出同様いずれの国も16年後半から増加傾向を示しており、特にメキシコ、中国が大きく増加している(第2-2-41図)。
(4)金融政策の正常化
FOMCは、改善を続ける労働市場や中期的に2%付近で安定すると見込む物価上昇率を踏まえ、金融政策の緩やかな引締めへと動いている。17年には、3月、6月、12月の会合でフェデラル・ファンド・レート(FFレート)の引上げが、9月の会合では保有国債等の再投資政策の見直し着手が決定された。以下では、FOMCによるアメリカ経済に対する認識を確認した後、政策金利の引上げ及び再投資政策の見直しについてみていく。
FOMCは、労働市場について、非農業部門雇用者数が増加し続けていることに加え、失業率がFOMCメンバーの予測する長期的な中心傾向(4.4~4.7%)を下回る水準で推移していることなどから、今後も改善が続くものと見込んでいる。また、物価情勢については、PCE総合及びPCEコアデフレーターの前年比がともに物価目標の2%を下回り、更に17年3月以降低下傾向を示しているものの、このところの低下は、携帯電話サービスや処方箋薬の下落による一時的要因であると指摘し15、中期的には2%付近で安定するものと見込んでいる。(第2-2-42図、第2-2-43表)。
このような雇用・物価情勢等への見方を背景として、FOMCは、17年3月、6月、12月の会合において、政策金利であるFFレートの誘導目標水準をそれぞれ0.25%ポイント引き上げ、1.25%~1.50%とすることを決定した(第2-2-44図)。FOMCメンバーによる18年末の政策金利の見通しをみると、その中央値が2.125%とされていることから、毎回の利上げ幅を0.25%と仮定すると、18年には3回の政策金利の引上げが見込まれる(第2-2-45図)。
また、17年6月のFOMCでは、14年9月の「金融政策正常化に関する原則と方針」の追加文書(Addendum)として、連邦準備制度が保有する米国債等の再投資額を徐々に縮小していく具体策を公表し、さらに9月の会合において、この再投資政策の見直しを10月から開始することを決定した。再投資政策の見直しの概要は、第2-2-46表の通りである。
FRS(連邦準備制度)のバランスシートの資産規模は、世界金融危機直前の08年9月時点では0.9兆ドルであったが、17年12月時点で4.5兆ドルとおよそ5倍に達している(第2-2-47図)。今回の再投資政策の見直しについて、今後の米国債及びMBSの削減上限額と再投資額の見込みを図示したものが、第2-2-48図である16。向こう1年程度にかけては、償還額が削減上限額を概ね上回るため、FRSのバランスシートの縮小額は削減上限額とほぼ一致すると見込まれが、それ以降は、償還額が削減上限額を下回る月も出てくるため、縮小ペースが落ちるとみられ、漸進的なバランスシートの縮小が見込まれる。最終的なバランスシートの資産規模について、FOMCは、追加文書で「金融政策の効率的かつ効果的な運営に必要となる資産保有水準に達したと判断するまで、漸進的かつ予測可能な方法で資産縮小を続ける」と述べている。
今後、FOMCによる政策金利の引上げ及びバランスシートの縮小の双方について、その動向に留意する必要がある。
(5)トランプ政権における税制改革
トランプ政権は、個人所得税や連邦法人税の引下げなどの税制改革を掲げ、17年12月に、連邦法人税率を18年より35%から21%に引き下げることなどを内容とする税制改革法案が成立した。減税規模は、27年までの10年間で1兆4,560億ドルとされている17。以下では、税制改革法の主な内容である、(1)個人税制改革、(2)法人税制改革、(3)国際課税改革の三つについてみていく(第2-2-49表)。
個人税制改革については、個人所得税の最高税率が39.6%から37%に引き下げられた。また、単身及び世帯の基礎控除額がそれぞれ12,000ドル、24,000ドルとされ、現行の約2倍に引き上げられた。これらの措置は、18年から25年までの時限措置とされている。個人税制改革による減税規模は27年までの10年間で1兆1,266億ドルと試算されている。
法人税改革については、連邦法人税率が18年1月より35%から21%に引き下げられた。80年代のレーガン政権下での引下げ幅(46%から34%への引下げ)を超えるものであることから、約30年ぶりの引下げ規模である。法人税制改革による減税規模は27年までの10年間で6,538億ドルと試算されている。
国際課税については、海外での利益を国内向けの投資に振り向けるため、海外子会社から国内企業への配当に対する控除が創設された。また、アメリカ企業が海外に留保させている利益のうち、現金に対しては15.5%、現金以外には8%を課税するとされた。国際課税改革では、27年までの10年間で差し引き3,244億ドルの増税となると試算されている。
18年から施行される本税制改革により、景気の上振れリスクが見込まれる一方、それに伴う財政悪化も懸念されており、今後の財政政策の動向には留意が必要である。
2.アメリカ経済の見通しと主なリスク
(着実に回復が続いているアメリカ経済)
アメリカ経済は、堅調な雇用・所得環境の下で増加している個人消費、良好な企業マインドや鉱業部門の回復等から全体として持ち直している企業部門等により、当面は着実に回復が続いていくものと見込まれる。また、各種機関による経済見通しにおいても、今後も回復が続くことが見込まれている(第2-2-50表)。
(主なリスク)
アメリカ経済を見通す上での主なリスクは以下の通りである。
まず、トランプ政権によるインフラ投資、通商政策等がどのような形で進められていくのかについて不確実性がある。税制改革については、17年12月に、連邦法人税率を18年より35%から21%に引き下げることなどを内容とする税制改革法案が成立した。税制改革による景気の上振れリスクが見込まれる。他方、それに伴う財政悪化も懸念される。アメリカの財政は、金融危機以降、悪化の一途をたどってきたが、税制改革法案成立前の17年6月に公表されたCBOの財政見通しによれば、債務残高対GDP比は、すでに17年の76.7%から27年には91.2%にまで上昇すると見込まれている(第2-2-51図)。
次に、金融政策とそれが経済に与える影響にも留意が必要である18。FOMCは、漸進的な政策金利の引上げとバランスシートの縮小を進めており、引締めペースが急激な場合には景気後退のリスクが、逆に緩慢すぎる場合には、景気過熱と資産価格のバブル化のリスクが見込まれる。特に、税制改革による財政赤字拡大は、金利上昇圧力となることから、金融政策と財政政策の相互の影響に留意が必要である。