第3章 第1節
ユーロ圏の経済概況と各種取組
本節では、輸出や失業率等からユーロ圏の経済が緩やかに回復している状況をみた上で、回復の足かせとなっている物価や設備投資の動向を確認し、これらへの対応として採られているECBの量的緩和政策や欧州投資プランの進捗状況を概観する。
1.経済概況
ユーロ圏全体の実質経済成長率は、ユーロ安、原油安等を背景に前期比年率で10四半期連続プラスとなり、景気は緩やかに回復している(第3-1-1図)。15年7~9月期には、スペインが引き続き力強い成長を示し、ドイツ、フランスも安定的な伸びとなった。
4~6月期にほぼゼロ成長となったフランス(後述)以外のユーロ圏主要国では、失業率が高水準ながら低下するなど雇用情勢が改善する中、原油安の恩恵もあり、個人消費が引き続き成長をけん引している。ユーロ圏の実質経済成長率の需要項目別内訳をみると、15年4~6月期の個人消費は前期比年率1.4%増、寄与度0.8%ポイントとなった(第3-1-2図)。
また、同四半期には輸出の伸びが高まったことなどから、外需寄与度も1.4%ポイントとなった。ユーロ安は15年5月以降一服しているものの、ユーロ高のピークであった14年3月からは15年8月時点において対ドルで約20%減価しており、夏頃までは、ユーロ安が引き続き輸出を下支えしていたとみられる。
ユーロ圏の域外輸出(財)の仕向け先別内訳をみると、15年4~6月期までは、中国、ロシア向けが鈍化する一方、英国、米国向けは引き続き増加していた。しかし、15年夏以降、機械類及び輸送用機器が減少していることなどから域外輸出は鈍化している(第3-1-3図)。
中国の景気は緩やかに減速しており、今後も中国向け輸出は伸び悩むと考えられるものの、ユーロ圏の輸出における中国依存度は6%程度にとどまっているため、中国減速の影響はさほど大きくないとみられる。他方で、ユーロ圏の輸出の4%を占めるロシア経済は、原油価格の下落や欧米による経済制裁等により、15年よりマイナス成長に陥っていることから、ロシア向け輸出も伸び悩むと考えられ、外需のユーロ圏への成長の寄与は緩やかなものにとどまる可能性がある。
なお、15年9月にはドイツ大手自動車メーカーの不正問題(後述)が発覚した。この問題がドイツの輸出及びGDPへ与える影響について注視していく必要がある。
一方、ユーロ圏の固定投資は14年7~9月期以降、3四半期連続でプラスとなった後、15年4~6月期にマイナスに転じた。内訳をみると1~3月期に好調だった建設投資が反動で減少したものの、機械設備投資は引き続きプラスを維持していることから、企業の投資は持ち直し傾向にあると考えられる(第3-1-4図)。
フランスが4~6月期にほぼゼロ成長となった背景には、雇用の悪化による個人消費の鈍化がある。フランスの失業率は15年1~3月期は若干改善していたが、5月~8月まで再び上昇した。失業者を年齢別にみると、15~24歳、25~49歳の割合が低下している一方で、50歳以上の割合は12年1月の20.0%から15年8月には24.4%に上昇している(第3-1-5図)。
また、年齢別の労働参加率の変化をみると、15~24歳、25~49歳が同期間でそれぞれ▲0.3%ポイント、▲0.6%ポイントとなる一方、50歳以上は4.7%ポイント上昇している。フランスでは、従来、若年者の雇用機会を増やすために中高年労働者の引退を促進する政策が積極的に採用されていたが1、10年の年金受給年齢引上げ決定2に伴い方針を転換し、高齢者の雇用が促進されている。現在はこの転換期にあるとも考えられ、職に就けない高齢層の増加がフランスの失業率の上昇要因の一つと考えられる。
労働参加率を国際的にみると、各国ともに高齢層(55~64歳)の労働参加率が高まる傾向にある(第3-1-6図)。また、多くの先進国で高齢層の失業率は近年低下傾向にある(第3-1-7図)。フランスの高齢者の労働参加率は上昇しているものの、他国と比較して依然として低い水準にとどまっている。高齢者の労働参加を一層促進するとともに、高齢労働者の柔軟な受け入れを可能とする雇用制度改革の議論が活発化することが期待される。
2.デフレ阻止に向けた欧州中央銀行の措置
ECB(欧州中央銀行)は、中期的な物価安定目標を2%以下でその近辺(below, but close to 2%)としている。一方、ユーロ圏の消費者物価上昇率は、13年10月に前年比0.7%となって以降、前年比1%を下回って推移し、15年1月にはエネルギー価格の大幅下落を受けて同▲0.6%と、09年の金融危機以来約5年ぶりにマイナスとなった。その後、エネルギー価格の動きに連動してマイナス幅は徐々に縮小し、4月には同0.0%に戻ったものの、エネルギー価格の反落もあって、9月には同▲0.1%と再びマイナスに転じた。エネルギー及び生鮮食料品を除いたコア消費者物価上昇率はプラス(同0.8%、15年9月)を保っているものの、消費者物価上昇率は依然として低水準で推移している(第3-1-8図)。
このような中、ECBは、14年6月及び9月に政策金利の引下げ等の措置を採り、15年1月には新たに国債購入を含む量的緩和策(PSPP:Public Sector Purchase Programme)を決定し、3月より実施している。15年10月22日のECB政策理事会後の会見において、ドラギ総裁は、資産購入による量的緩和は順調に進んでおり、企業や家計部門への信用供与に好ましい環境を与えていると述べている。
ECBの銀行貸出調査3によると、ユーロ圏では、貸出需要が増加し、貸出基準が緩和していることが示唆されている(第3-1-9図、第3-1-10図)。他方で、銀行貸出残高をみると、14年末頃から貸出の中心は家計部門向けとなっている。企業向け貸出は15年7月以降に前年比でプラスになったものの、その伸びは鈍い(第3-1-11図)。
引き続き、量的緩和等の措置が、ユーロ圏全体の銀行貸出の増加や物価の安定的な上昇につながっていくか注視する必要がある。
3.欧州投資プランの進捗状況
「欧州投資プラン」は、14年12月の欧州連合(EU)首脳会議で合意された。同プランは、投資活性化を通じて雇用・成長を促進することを狙いとしており、その核となるのは、欧州戦略投資基金(EFSI:European Fund for Strategic Investment)と呼ばれる官民投資基金の設立である。基金を呼び水に民間資金を集め、最終的には3年間で官民総額3,150億ユーロの新規投資に結びつけることを目的としている。同基金の設立に関する規則案は、15年6月に欧州理事会及び欧州議会で採択されている。同基金には、EU予算から160億ユーロ、「欧州投資銀行(EIB:European Investment Bank)」から50億ユーロが資本金として拠出され、この他に、これまで9か国(ドイツ、フランス、イタリア及びポーランドがそれぞれ80億ユーロ、スペイン15億ユーロ、ルクセンブルク8,000万ユーロ、スロバキア4億ユーロ、ブルガリア1億ユーロ、英国85億ユーロ)が出資を表明している。9月には中国が非EU加盟国では初めて出資を表明した。
同基金の投資対象は、(1)交通、エネルギー、デジタル等のインフラ、(2)教育、健康、研究開発、ICT、イノベーション、(3)再生可能エネルギー、(4)中小企業支援、等のプロジェクトであり、これらはいずれも長期的にユーロ圏のビジネス環境を改善し、経済の長期的な国際競争力の強化、持続的な成長の実現や雇用創出に資するものと考えられる。これらの目的に沿った案件が、15年9月までに23件、事業総額136億ユーロ(公表分のみ)の融資案件が承認されており、更なる進展が期待される(第3-1-12表)。
投資プラン作成の背景には、07年以降、EUの投資が低迷しているという事情がある。ユーロ圏の設備投資は持ち直しているものの、全体として力強さを欠くものとなっている。特に、07年以降落ち込みが大きかった南欧諸国の回復が遅れている(第3-1-13図)。
設備投資の動きは、期待成長率とある程度の相関がみられる。企業の設備投資計画は1年先の成長率期待に沿って上向きつつある。ただし、5年先の期待成長率は、年を追うごとに緩やかに低下している(第3-1-14図)。
本投資プランを持続的な成長の実現や雇用創出に結び付けるためには、企業の成長期待を引き上げる構造改革を実行することが不可欠である。