第1章 第2節
回復の続くアメリカ経済
2.アメリカ経済の構造変化
(1)アメリカの潜在力
第1章第1節でみたとおり、2014年12月現在、アメリカは主要先進国の中で景気が堅調に推移していると考えられる。以下では、アメリカ経済がなぜほかの先進諸国に比べて好調なのかを検証する。
OECDによると、アメリカの潜在成長率は1980~90年代平均は3%前後であった。世界金融危機後の09年には2%弱まで低下したものの、10年を底に回復基調にある。14年は2%程度と試算されており、ほかの先進国と比較すると高い水準にある(第1-2-44図)。
アメリカは、潜在成長力が回復基調にあるとともに、国際競争力も復活してきている。
国際競争力1のランキングでは、世界金融危機の影響もあって一時的に順位が下がったものの、その後は再び上昇してきている(第1-2-45表)。
競争力を要素別にみると、アメリカは日本やドイツと比較して制度等の基礎条件の順位は低いものの、「労働市場の効率性」や「市場規模」、「ビジネスの先進度」、「技術革新」の順位が高い。また、「高等教育と職業訓練」でも高い順位となっている(第1-2-46表)。
これらの順位の高い要素について詳細にみることで、アメリカの国際競争力を概観する。まずは、「高等教育と職業訓練」について、高等教育修了者の割合をみると、アメリカでは55~64歳の高等教育修了者の割合がほかの先進国と比較して顕著に高くなっており、教育水準の高さが従来から競争力を下支えしてきたと考えられる(第1-2-47図)。
人口、教育、労働力の質等のデータに基づく「グローバル・タレント・インデックス」2では、アメリカは、11年の実績でも15年予測値3でも、2位に大差をつけて1位となっている(第1-2-48表)。
世界の大学ランキングをみると、上位100校のうち、約半数がアメリカにある大学であり、10~11年と14~15年を比較すると、ランクインする数も増えている4(第1-2-49図)。アメリカの大学の教育・研究レベルが向上していることがうかがわれる。
次に「市場規模」について、その構成要素をみると、国内市場規模(1位)、海外市場規模(2位)、購買力平価ベースのGDP(1位)が上位となっている。OECDによると、アメリカの家計の中位所得は購買力平価ベースで29,100ドル(10年)と、加盟国中第4位であり、OECD平均(20,400ドル)を大きく上回っている。アメリカの人口規模は世界第3位(13年)であり、一定水準の所得層の消費者が数多く存在することから、高付加価値の商品やサービスの需要先として魅力的な市場となっている。
「労働市場の効率性」について、その構成要素をみると、解雇手当(1位)、優秀な人材を引き留める力(3位)、優秀な人材を引き付ける力(6位)が上位となっている(前掲第1-2-7表)。このうち解雇手当はアメリカでは法規制の対象になっておらず、雇用主と雇用される側の相対契約で決まるとされている5。
前述のアメリカの大学のレベルの高さは留学生を引き付ける魅力となっている。留学生は07~08年度以降増加傾向にあり6、高度な人材が流入していると考えられる(第1-2-50図)。一方、アメリカ人学生の留学は、07~08年度の262,000人から12~13年度には289,000人と増加しているものの、増加ペースはアメリカへ留学する学生に比べて緩やかなものにとどまっている。
大学生のみならず、アメリカには高度な技術等を有する人材が多く流入してきている。特許の発案者に占めるアメリカの移民数は06~10年で117,244人と、アメリカが特許の発案者に占める移民数全体の57.1%を占めている。アメリカにおいて、発案者のうち移民の占める割合は16.9%(96~2000年)から18.5%(06~10年)に上昇した7。さらに、06~12年の間で、アメリカにおいて株式公開したベンチャー企業で、外国籍の創業者ないし共同創業者を1人以上持つ企業の割合は33%であり、06年以前の20%から大きく上昇している8。
「ビジネスの洗練度」については、12~13年から14~15年にかけて全ての構成要素の順位が上昇したため、アメリカの順位は大きく上昇している。ローカルサプライヤーの量や質が改善する中で地域クラスター形成が深化していることがうかがわれる。日本やドイツと比較すると、マーケティングの洗練度の順位(1位)が高くなっている(第1-2-51表)。一人当たりの広告費はアメリカが日本やドイツをはるかに上回っており、広告費自体も増加している(第1-2-52表)。また、アメリカのMBAのマーケティングコースは国際的に高く評価されており、例えばMBAスクールランキング9では上位10校中6校をアメリカのMBAスクールが占める。さらに、オンライン広告においてネイティブアド10のようなより洗練された広告手法が急拡大していることや、広告を外部委託するのでなく、企業内に広告エージェンシーを設置し、きめ細かく迅速なマーケティングを行う企業が増加11していることも反映されていると考えらえる。
「技術革新」についても、多くの構成要素の順位が上昇したため、アメリカの順位は1ランク上昇している。日本やドイツと比較すると、とりわけ技術革新能力(2位)及び研究開発における産学連携の順位(2位)が高くなっている(第1-2-53表)。
また、女性や外国人社員の活用の度合い等を示す人材の多様性インデックスでは、アメリカ調査対象50か国中9位(11年)であった。人材の多様性が高いと国際競争力が高くなるという関係が指摘されており12、アメリカの人材の多様性が競争力の高さの一因になっていると考えられる。
アメリカではベンチャー企業を立ち上げる者が多く、ベンチャー企業からスタートして産業を代表するような企業に成長する事例も多いといわれる。起業家精神を国際比較するために開発されたインデックス13によると、アメリカは圧倒的な強さをみせて1位になっている(ドイツは11位、日本は33位)。インデックスを構成する14項目について、多くの項目が日本やドイツを上回っている(第1-2-54図)。また、同インデックスと一人当たりGDPには緩やかな正の相関がみられ、おう盛な起業家精神が経済成長の原動力となっている様子がうかがえる。
(2)世界金融危機後のアメリカの成長分野は何か
これまでみてきたとおり、アメリカの競争力は世界金融危機後に復活してきており、潜在成長率もほかの先進国よりも高い。以下では、経済成長をけん引している分野が何かを分析する。
アメリカにおける産業別GDPの推移をみると、鉱業やIT関連産業、製造業の中でもコンピュータ及び電子製品が全体の伸びを上回って大きく増加している(第1-2-55図)。
そこで、次の4点を分析する。まずエネルギー分野について、活況を呈しているとされるシェール革命がアメリカ経済にもたらしている影響を多方面から確認する。第二に、シェール革命に伴って製造業の国内回帰が進んでいるかどうかを検証する。第三に、アメリカの製造業の中でも代表的な存在である自動車産業が世界金融危機に伴う景気後退の影響からいかに復調しているのかを分析する。最後に、90年代以降のアメリカの経済成長に大きく貢献してきたIT部門における新たな事業展開についても検討する。
(i)シェール革命の経済的影響
産業別GDPのうち鉱業が大きく増加しているのは、05年頃に新しい採掘技術が確立されたシェールガス・オイル(以下、「シェールガス」という。)の影響が大きいと考えられる。鉱工業生産の推移をみると、鉱業は製造業をはるかに上回るペースで増加しており、鉱工業生産指数に占めるウェイトは05年の11.8%から13年には15.2%にまで上昇している(第1-2-56図)。
シェールガスの活況は鉱業の生産の増加のみならず、設備投資や輸出入、雇用への影響があると考えられるため、以下では、項目ごとの影響をみる。
設備投資全体に占める鉱業分野の構築物投資14の割合をみると、世界金融危機時に一時的に落ち込んだが、これを底として緩やかに上昇しており、14年7~9月期には設備投資全体の5%超を占めている(第1-2-57図)。シェールガスの増産に伴い、掘削施設の増設やパイプラインの建設等が盛んになっていると考えられる。
シェールガスの増産は貿易構造にも大きな影響を与えている。近年、石油・同関連製品、天然ガス、エチレンやプラスチック等の化学製品を中心とした工業原材料の輸出が急増している。07年と13年の品目別輸出のシェアを比較すると、工業原材料のシェアが5%上昇しており、輸出額自体も6年間で61%増加している(第1-2-58図)。
また、シェールガスの採掘が進む中で、アメリカ政府は従来、原則禁止していた天然ガス、原油の輸出を事実上解禁するという措置を採ってきており、今後これらエネルギー輸出の増加が見込まれている(第1-2-59表)。
一方、シェールガスの増産によって、これまで輸入していた工業原材料の一部が国内生産に置き換えられているとみられるため、輸入構造にも変化が表れている。07年と13年を比較すると、工業原材料以外の品目の輸入は増加しているのに対し、工業原材料の輸入は減少している(第1-2-60図)。
このため、世界全体の原油輸入に占めるアメリカのシェアは、05年には全体の25%超であったが、07年頃から大きく低下傾向にある(第1-2-61図)。
工業原材料の輸出の増加及び輸入の減少によって、貿易収支にも影響が出ている。工業原材料の貿易収支は11年以降赤字幅が縮小し、貿易赤字全体の縮小に寄与している。(第1-2-62図)。国際エネルギー機関(IEA)によると、アメリカは17年までにサウジアラビアを抜いて世界最大の原油生産国になり、今後20年間でエネルギーの自給自足がほぼ可能になるとされている15。
今後、原油・天然ガスの自給率が高まれば、アメリカの貿易赤字は縮小傾向に向かうものの、これまでアメリカ向けに工業原材料を輸出してきた中東諸国等の資源国は輸出先をアメリカ以外の国に振り向ける必要が出てくると考えられる。
シェール革命が雇用に与える影響を確認すると、鉱業に従事する雇用者数自体が少ないため16、雇用者数全体を押し上げるほど大きくはない。一方、産業の成長が速いことに加え、シェールガスの産出地域が偏っているため、地域によっては大きな影響がみられる。
鉱業部門の雇用者数は05年頃から大きく伸びている。世界金融危機後のエネルギー需要の減退により09年には雇用者数が大きく減少したものの、その後早期に回復した(第1-2-63図)。また、鉱業はほかの業種と比較して賃金水準が高く、民間の賃金平均水準との比率も拡大傾向にある(第1-2-64図)。
鉱業の活況が雇用にもたらす影響は、シェールガスの産地に偏っている。州別に雇用者数の増加率をみると、ノースダコタ州(中西部、カナダとの国境沿いの州)やテキサス州といった、シェールガスの産地が上位となっている(第1-2-65表)。
これらの州の業種別雇用者数の伸びをみると、鉱業だけでなく、物流や建設が全米平均と比べて高く、シェール革命が鉱業にとどまらず、関連分野の雇用拡大に寄与している(第1-2-66表)。
シェールガスの産地における雇用情勢の改善は賃金の上昇にもつながっており、ノースダコタ州、テキサス州はともに全米平均を上回って賃金が上昇している。(第1-2-67図)。このため、ノースダコタ州の賃金水準は08~09年頃は全米平均の85%程度であったが、13年7月頃から全米を上回って推移している。
また、ノースダコタ州やテキサス州では、社会的要因による人口増加率も高くなっており、職のあるところに人が集まるという傾向がみられる(第1-2-68図)。
シェールガスの増産は、アメリカ国内の設備投資や雇用の増加にとどまらず、世界全体の原油の供給増をもたらしている。また、後述するとおり、アメリカの製造業にとっては、エネルギーコストの低下につながり、コスト競争力が向上する要因になると考えられる。一方、世界の原油需要の低下懸念もあって、原油価格は14年7月以降下落が続いており(前掲第1-1-27図)、これがシェール革命にどう影響するか今後留意が必要である。
(ii)製造業の国内回帰は進んでいるのか
シェール革命は鉱業の活性化にとどまらず、アメリカの製造業全体の競争力強化につながるとも考えられる。アメリカのエネルギー価格が長期的に低下することが見込まれ、また、中国等の新興国との賃金格差が縮小してきていることから、海外に流出していた工場がアメリカ国内に回帰する動き(いわゆるReshoring)が進むとの予想もある17。
また、政策面においても、オバマ政権は製造業を重視している。具体的には、11年6月に製造部門の雇用創出及びアメリカの国際競争力強化を目的として、産官学が連携し先端技術投資を支援する国家的な取組として「先端製造業パートナーシップ(Advanced Manufacturing Partnership)」を立ち上げている。
製造業がGDPに占める割合は長期的に緩やかな低下傾向にあるものの、アメリカの中間層の所得を支える上では依然として重要な産業である。また、フルタイム就労者の比率が比較的高いことから、質の高い雇用の創出・安定にも寄与すると考えられる。加えて、製造業はR&Dの担い手として大きな役割を果たしている。民間のR&D投資に占める製造業のR&D投資は8割弱を占めており、緩やかな増加が続いている(第1-2-69図)。
製造業の国内回帰を決定づける要因の一つとして、コスト環境を確認すると、まず、アメリカの天然ガス価格は09年以降低下しており、他の先進国との差が拡大している。(第1-2-70図)。
また、アメリカの製造業の主な進出先の一つである中国との賃金を比較すると、近年の中国の賃金上昇もあって、アメリカと中国の差は縮小が続いている。2000年には約30倍近く差があったが、13年には5倍程度にまで縮小している(第1-2-71図)。
具体的な国内回帰事例とその要因をみると、市場との近接性によるリードタイムの短縮化を第一の理由に挙げる企業が多い(第1-2-72表、第1-2-73図)。新興国との賃金格差の縮小等とあいまって、企業が将来にわたって戦略的な立地を検討している様子がうかがえる。
アメリカの製造業がアメリカに回帰するという動きが一部にみられる中、アメリカは外国企業にとっても魅力的な投資先となっている。製造業の対内直接投資は増加が続いており、12年以降では前年比で10%程度伸びている(第1-2-74図)。直接投資の投資先としての魅力度は14年には中国を抜いて初めて世界一位となった18。
内訳をみると石油・石炭、化学製品のシェアが伸びている(第1-2-75図)。アメリカでの原料やエネルギーの調達コストが低くなっていることに加え、市場規模が大きいことから、海外企業の投資先としてアメリカの魅力度が高まっていると考えられる(第1-2-76表)。
製造業のアメリカ国内への投資は、新興国とのコスト差が縮小傾向にあることや、消費者へのきめ細かい対応を重視する考え方から、今後もある程度の規模で続くと見込まれる。これまではアメリカのGDPにおける製造業のシェアは長期低下傾向が続くとするのが一般的な見方であったが、上記でみてきたような国内回帰の動きによって、一定の歯止めがかかるとも考えられる。しかし、既に新興国等に進出した工場がすべてアメリカに回帰するとも考えられず、アメリカ国内で生産してもコストに見合う高付加価値品の生産に特化されると考えられる。
(iii)自動車産業は復活しているのか
世界金融危機は、かつて世界一の生産台数を記録し、アメリカの製造業の代表とされていた自動車産業にも大きく影響した。ビッグ3のうち2社はそれぞれ経営破たん、経営危機に追い込まれた。これは、自動車販売が大きく減少したことに加えて、労働組合の影響の強い硬直的な労働慣行により、自動車産業の競争力が低下していたことによるとの見方もある。
前節でみたとおり、自動車販売は大きく回復している。以下では自動車産業がどの程度復活してきたかを検証する。
産業別GDPをみると、自動車は世界金融危機により大きく落ち込んだものの、その後回復を続け、危機前の水準を回復している。その結果、GDPに占めるシェアも上昇している(第1-2-77図)。自動車の生産は、GDPと比較すると落ち込みの程度は大きかったものの、回復のペースは速い(第1-2-78図)。
自動車メーカーの復活は株価の上昇にも表れている。アメリカの自動車メーカーは、世界金融危機後、GMは経営破たん、クライスラーはイタリアのフィアットの傘下入りと、フォードを除いては経営危機から上場廃止に追い込まれた。GMは10年11月に再上場し、フォードの株価はアメリカの代表的な株価指数であるS&P500を上回る上昇をしている(第1-2-79図)。
こうしたアメリカの自動車産業の復活は、世界金融危機後の需要の回復に加えて、政府による公的支援と労働慣行の見直しによるコスト圧縮も要因となっていると考えられる。GMは09年6月に連邦破産法11章を申請し、破たんした。その後、アメリカ政府は新GMの株式を約60%保有し、約500億ドルの公的資金を注入した。GMの再建に当たっては、労働コストの圧縮や、ブランド数やディーラー数の削減が進められた。また、政府は09年7月から8月にかけて30億ドルの財政支出により、燃費の悪い中古車から低燃費の車に買い替える消費者に対して最大4,500ドルを補助した。
労働コストを確認すると、自動車産業は、世界金融危機前には航空機産業に次いで単位労働コスト(賃金に様々な便益、医療保険を加えたもの)が高い水準であった。とりわけ、賃金よりもその他便益や医療保険の給付が非自動車産業よりも大きく、全体のコストを押し上げていた(第1-2-80図)。また、これまで単一労働同一賃金が原則であったが、07年頃から二段階賃金(新規労働者の賃金を熟練労働者の半分にするもの)が導入され始め、コスト圧縮に一定の寄与をしたと考えられる。賃金の圧縮が進められた結果、自動車製造の時間当たり賃金は11年から13年にかけて低下した(第1-2-81図)。なお、二段階賃金に対する労働組合の抵抗は根強く、報道によると、労働組合は15年中の廃止を目指しているとされる。
労働者一人当たりのコスト圧縮に加えて、工場閉鎖等により雇用者数自体を削減することでも全体のコスト削減が図られた。自動車製造に従事する雇用者19は、景気の山(07年12月)から景気の谷(09年6月)まで約35%減少した。その後は増加しているものの、07年12月の水準は回復していない(第1-2-82図)。
雇用者数のシェアをみると、雇用者数と同様に景気の谷にかけて急速に低下した後、上昇している。製造業全体では、現在の景気回復局面においてシェアが低下しており、自動車製造は比較的堅調に回復している。
一方、自動車産業の一人当たり付加価値は緩やかながら増加しており、労働生産性が向上していることを示している(第1-2-83図)。
また、自動車自体の付加価値を高めるような工夫もみられる。自動車・同部品の投入係数20をみると、07年と12年で上位10分類については変化がないものの、卸売や企業管理等、サービス業の投入係数が大きくなっている(第1-2-84表)。これは、アメリカの自動車産業が付加価値の高い製品を供給し続けるために、物流、情報通信関連サービス、専門・技術サービス等のサービス分野との連関を強化していることの反映と考えられる21。
自動車産業の輸出競争力が復活しているかを確認するために、自動車の貿易特化係数22をみると、自動車の輸入が輸出を上回っていることから、マイナスで推移している。貿易特化係数は、世界金融危機後は内外の需要減退、その後の需要回復により大きく変動を示す時期もあったが、ならしてみるとおおむね横ばいで推移している(第1-2-85図)。これは、アメリカを中心としたNAFTA(North American Free Trade Agreement、北米自由貿易協定)における生産ネットワークが世界金融危機後に更に深まり、アメリカから工場が国外に移転したためとも考えられる。
そこで、カナダとメキシコとの自動車・同部品の輸出入動向をみると、カナダのシェアは輸出入ともに依然として高いものの、世界金融危機後に低下している。メキシコについては完成車輸出のシェアは低下したものの、その他の項目は増加している(第1-2-86図)。アメリカの輸送機器産業のメキシコへの直接投資は04年以降増加傾向にあり、低賃金23を背景にメキシコが自動車の生産拠点となってきている様子がうかがわれる(第1-2-87図)。なお、アメリカの企業幹部へのアンケート調査において、メキシコは治安の悪化等を背景に工場の移転先としての魅力度が下がってきている。11年には回答者の63%がメキシコを選択したのに対し、14年には28%まで下落した24。
NAFTA域内で製造された輸送機器について、国際産業連関表を用いて国・地域ごとの投入係数をみても、世界金融危機後にNAFTA内の結び付きが強まっていることが確認できる。また、投入係数は小さいものの中国の影響力がやや強まっている(第1-2-88図)。
アメリカからの完成車輸出は、中国や中東諸国のシェアが大きく伸びており、NAFTAにとどまらず、新しい市場が開拓されていることがうかがえる(第1-2-89図)。
アメリカの自動車産業は、世界金融危機の影響を大きく受けたものの、政府の救済策や労使関係の見直し等による改革によって復活してきている。一方、その過程においてNAFTAを中心とした生産ネットワークが深化している。前項でみたとおり、アメリカの製造業を取り巻くコスト環境の改善等によって、今後完成車のような高付加価値品はアメリカへ回帰していくことも考えられる。その際、アメリカ国内の消費者のみならず、新興国の消費者をはじめとした世界の消費者のニーズに迅速かつきめ細かに対応するためには、物流や情報通信関連サービス等との連携を更に深めることが鍵となる。
(iv)IT関連部門では成長力は高いが、雇用の吸収力は弱い
IT関連部門は、90年代後半のドットコムバブル以降も比較的高い成長を維持している(前掲第1-2-55表)。
これは企業のブランド力25にも表れている。グローバルブランドの調査によると、上位20社に占めるアメリカ企業の数は07年と13年でともに14社と変化はない。一方、業種別にみると、情報テクノロジー関係は5社から7社に増えている。また、13年に1位になった企業は、07年では33位だった(第1-2-90表)。
07年には新型のスマートフォンが発表され、IT関連産業の中で地殻変動が起こっていると考えられる。アメリカのスマートフォン普及率は09年7月には15%未満(13.6%)であったが、14年8月には7割強(72%)と急激に上昇している26。
スマートフォンの普及とあいまって、BtoCの電子商取引は10年以降前年比でおおむね15%以上の伸びが続いており、消費全体の伸びをはるかに上回って増加している。小売売上に占める電子商取引の割合は、05年1~3月期には小売全体の2.3%に過ぎなかったが、14年7~9月期には6.6%まで上昇している(第1-2-91図)。電子商取引は今後も前年比10%を超える成長が続くと予想されており27、購買場所が店頭からインターネットにシフトすることに伴って、新たなビジネスチャンスが生まれていると考えられる。
こうした中、IT系業種の雇用はネットメディアの台頭、電子商取引の活発化等もあり大きく増加している(第1-2-92図)。また、スマートフォンに搭載される、いわゆる「アプリ」(アプリケーション)関連の雇用は13年夏時点で75.2万人28という試算もある(12年10月時点では46.1万人)29。
アプリ関連の活況はベンチャーキャピタルの投資動向にも反映されていると考えられる。ベンチャーキャピタルの投資動向をみると、11年頃からソフトウェアに対する投資が急激に伸びている(第1-2-93図)。
IT関連部門の雇用者数は急激に伸びているものの、雇用全体に占める割合は1.5%程度と雇用吸収力は高くない。しかし、IT関連部門は一人当たりの付加価値が高いことから、経済全体のパイを押し上げる効果は高いと考えられる。
以下では、新型のスマートフォンに代表されるような、IT部門の地殻変動をもたらす技術革新がアメリカで起きる背景を概観する。
まずは、資金調達が円滑にできる環境にあることが挙げられる。国際競争力(IMD、14年)の技術インフラランキングの構成要素である「技術開発のための資金が容易に調達可能か」という項目において、アメリカは2位、日本は17位、ドイツは19位であった。アメリカのエンジェル投資やベンチャーキャピタル投資は、ともに世界金融危機の影響を大きく受け、09年には減少したものの、その後は回復している(第1-2-94図)。
さらに、SNSの普及に伴いクラウンドファンディングの形式で小規模の資金調達の仕組みが整ってきており、資金調達のすそ野が広がってきていると考えられる。クラウドファンディングは寄付型や事前購入型が多くを占めているが、12年4月にJOBS ACT(雇用創出法)が成立したことから、年間100万ドル未満の資金調達について、証券監視委員会への登録なしに不特定多数の投資家から株式や債券を発行して資金調達をすることが可能となった。
加えて、技術の発展が法律面から支えられていることも挙げられる。国際競争力(IMD、14年)の技術インフラランキングの構成要素である「技術の開発と応用が法的環境によってサポートされているか」という項目において、アメリカは9位、日本は21位であった。例えば、特許法の改正(11年9月成立)によって、米国特許商標庁は特許の優先審査が行えるようになった。また、知的財産権法の執行を担保するために、二国間協定の締結等が進められている30。
さらに、前項でみたとおり、アメリカには起業家精神に富んだ人材が豊富なことも技術革新の要因になっていると考えられる。
(3)アメリカの競争力は維持できるのか-人材面の懸念要因
14年11月現在、雇用情勢は改善しているが、中長期的にみると、アメリカは人材の量と質の両面で懸念を抱えていると考えられる。
前節でみたとおり、高齢化が進む中、今後労働参加率が緩やかに低下していくことが予想されており、雇用の量の面の懸念がある。
また、現在の雇用増は人材派遣業、教育・医療やレジャー・接客等の比較的スキルの低い業種に偏っており、労働者のスキルアップにつながりにくい面がある。さらに、経済格差の拡大が労働力の質に影響を及ぼす可能性も考えられる。アメリカはほかの主要先進国と比較して家計の所得格差が大きい上に格差が拡大傾向にある(第1-2-95図)。景気回復の効果がまずは高所得者層に現れていることから、低所得者層の所得の増加を上回って高所得者層の所得が増加しているため、格差はむしろ拡大している。
こうした格差の拡大は社会的モビリティ(社会の階層間移動)の低下を通じて、中長期的には社会の活力を失わせることが懸念される。いわゆるアメリカンドリームが実現不可能であると考える人は14年の調査で6割程度に上っており、子供が親世代よりも経済的に余裕のある生活をすると考える人は4割を割っている(第1-2-96図)。
学歴別の収入をみると、大学以上の学歴を保有することが収入を決定する要因の一つとなっている。07年と13年を比較すると、学歴が高いほど収入が高い傾向が強まっている(第1-2-97図)。
一方、低所得者層がより高い所得層に移行するためには、大卒であることが重要な条件となっている(第1-2-98図)。学歴の有無による階層間移動を調査した研究によると、大卒であれば所得第1分位(最も下位の20%)に生まれた者の2割弱(19%)が成人して第5分位(最も上位の20%)に移動する機会があったのに対し、大卒でない場合には所得第1分位にとどまる割合は4割以上(45%)となっている。
さらに、そもそも大学を卒業する者の割合は、上位所得層と下位所得層で大きな差があり、その差が拡大する傾向にある。61~64年に生まれた者の場合、上位所得層で36%、下位所得層で5%が大学を卒業していたが、79~82年に生まれた者の場合、上位所得層で54%、下位所得層では9%が大学を卒業しており、その差が拡大した31。
大学の学位がより高い所得階層へ移行する重要な条件として機能している中、大学在籍者は11年をピークに2年連続で減少している(第1-2-99図)。
大学在籍者の減少は大学の学費の高騰が影響していると考えられる。学費は世界金融危機前と直近を比較すると、例えば4年制私立大学で15%程度上昇している(第1-2-100図)。学費の高騰を背景に、大学生の70%が学生ローンを利用しており(04年は64%)、平均借入額は3.3万ドル(04年は0.86万ドル)と、増加傾向にある。結果として、学生ローン残高は、14年4~6月期には1兆2,700億ドルとなっている(第1-2-101図)。これは、クレジットカードローンや自動車ローンの残高を上回っている。また、90日以上の延滞率もクレジットカードローンや自動車ローンを上回って推移している。
アメリカは良質な労働力を擁することが強みとされてきたが、以上みてきたように、雇用の量と質の両面で懸念となる点もみられる。
学歴別の収入格差の拡大は、まずは大学に進学する経済力があるかが問題となっており、格差が固定化される懸念もある。社会のダイナミズムが失われれば、アメリカ経済の新陳代謝も活発でなくなってくると考えられる。大学進学の機会の均等化は現政権も重視しており、奨学金を拡充するなどの措置が採られている。こうした取り組みが功を奏することが期待される。