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第2章 財政再建と経済成長、金融システム

第4節 先進各国の財政状況と財政再建の取組

1.アメリカ

(1)財政の現状(一般政府ベース)

  アメリカでは、多くの州・地方政府で均衡財政ルールを採用しているため、一般政府ベースでみた財政収支は、おおむね連邦政府における財政収支の動きを反映したものである。過去30年における財政収支の推移をみると、80年代は財政赤字の拡大期、90年代は財政再建期、2000年代は財政赤字の再拡大期と位置付けることができる(第2-4-1図)。

(2)連邦政府財政の現状

●財政収支・政府債務残高
  10年度の連邦政府財政赤字は、1兆2,941億ドル(GDP比8.9%)と、過去最大となった09年度の赤字額(1兆4,157億ドル、GDP比10.0%)を下回ったものの、引き続き1兆ドルを超える大幅な赤字となっている(第2-4-2図)。内訳をみると、歳入は、景気の緩やかな回復に伴い、法人税を中心に前年度からやや増加した。一方、歳出は、不良資産救済プログラム(TARP:Troubled Asset Relief Program)(1)による企業向け支援が大幅に縮小したことから全体では減少したものの、社会保障関連支出を始め多くの項目では全般的に拡大した。
  10年7月に公表されたOMBによる年央改定見通しによれば、11年度及び12年度の財政赤字は、1兆4,160億ドル(GDP比9.2%)、9,110億ドル(同5.6%)と高水準が続くものの、徐々に減少すると見込まれている。ただし、ベビーブーム世代の退職等を背景に医療・社会保障関連費が徐々に拡大する見通し等から、15年度以降は再び増加に転じ、GDP比4%程度の水準で推移することが見込まれる。
  一方、連邦政府債務残高(民間保有分)をみると、危機対応による財政支出の拡大等により債務残高は急増しており、10年度はGDP比62.2%となるなど、危機以前の水準(同約40%)から大幅に拡大している。アメリカ行政管理予算局(OMB)によれば、12年度以降は、GDP比70%を超える規模で推移する見通しであるが、これは1950年度(同80.2%)以来の水準である。

●海外部門の国債保有比率
  連邦政府財政の特徴として、海外資金への依存度が高い点が挙げられる。国債保有比率をみると、海外の居住者による国債保有は、09年度は46.4%となっている(第2-4-3図)。09年度は、安全資産への逃避を反映して国内の家計や金融機関による国債保有が進んだことにより、08年度に比べて海外保有比率は若干低下したものの、海外のシェアは依然として高い。政府の財政再建に対するコミットメントを明確に示し、国内・国外を通じた安定的な資金調達を維持することが不可欠である。

(3)連邦政府における財政再建の取組

  以下では、80年代以降の各政権における財政再建の取組について概観する。

(i)80年代後半の財政再建(レーガン政権)
  81年に発足したレーガン政権は、70年代のスタグフレーションと国際競争力の低下により衰えた国力を取り戻すため、サプライサイドの経済政策(レーガノミックス)を推進した。具体的には、国防支出を除く歳出の伸びの抑制、大幅減税・税制簡素化、規制緩和、緊縮的金融政策等を実施した。これにより、インフレの抑制や景気の回復等、一定の成果をもたらした反面、財政収支と経常収支の巨額の赤字(双子の赤字)をもたらすこととなった。大幅な減税と軍事支出の拡大により、財政赤字は、86年度には2,212億ドル(GDP比5.0%)にまで達した。
  こうした状況を打開するため、80年代後半に財政赤字削減に向けた議論が本格化した。議会が財政再建に向けて立案し、85年に均衡予算・緊急財政赤字削減法(いわゆるグラム・ラドマン・ホリングス法。以下、GRH法という。)が成立した。

<GRH法による財政再建の枠組み>
  85年12月に成立したGRH法では、86年度から90年度までの各年度の財政赤字目標額を設定し、91年度には均衡財政を達成することが目標とされた。また、予算編成における財政赤字額が当該年度の目標額を100億ドル以上超過する場合には、社会保障関係費や利払い費などの例外項目を除き、大統領による一律歳出削減命令により歳出が削減されることとなった。なお、GRH法による枠組みは、歳出削減による財政再建を目指すもので、増税による再建は考えられていない(第2-4-4表)。

<80年代後半の財政再建の評価>
  大規模減税の実施や国防費、利払い費の拡大に伴う歳出増等により、初年度から財政赤字目標額と実績が大きくかい離する事態となるなど、財政再建は計画通りに進展しなかった。87年にはGRH法を修正し(2)、均衡財政の達成目標を93年度に先延ばししたものの、その後も毎年度の目標額から実績が大幅にかい離するなどほとんど機能せず、財政再建は頓挫した(第2-4-5表)。
  また、制度上及び運用上の問題として、以下の点が指摘されている。第一に、一律歳出削減命令については、年度当初の予算策定段階で赤字額が目標額を上回った場合に実施が限定された。このため、年度途中に成立した補正予算等により歳出額が増えたり、あるいは当初期待したほど歳入が得られなかったりして、目標額を上回る赤字が発生した場合には拘束力がなかった。第二に、GRH法で目標としている財政赤字額は、社会保障基金の収支を含めて計算されており(統合予算ベース(3))、社会保障基金の黒字によって、財政赤字が本来財政再建の尺度とすべき額よりも過小に計上されるという問題が生じた。第三に、OMBによる財政赤字見通しは、議会や民間機関等の見通しに比べて楽観的なものとなる傾向がみられた。

(ii)90年代の財政再建(先代ブッシュ政権、クリントン政権)
  レーガン政権期における国防費増加や大幅な減税措置等により、GRH法成立後も財政収支は改善せず、財政赤字は92年度には統合予算ベースで2,903億ドル(GDP比4.7%)、オン・バジェットでは3,404億ドル(GDP比5.5%)に達した。こうした状況の中、先代ブッシュ政権は、GRH法の反省を踏まえ、90年代の財政再建の基本的枠組みとなる90年包括財政調整法(OBRA90:Omnibus Budget Reconciliation Act of 1990)を成立させた。93年1月に発足したクリントン政権でも、ブッシュ政権による財政再建の枠組みが踏襲され、財政赤字削減策の更なる強化を行った結果、景気回復に伴う税収増の効果とあいまって、98年度には1969年度以来となる財政収支(統合予算ベース)の黒字転換を達成した(オン・バジェットでは99年度に黒字化)。

<財政再建の枠組み>
  先代ブッシュ政権期ではOBRA90を制定し、95年度までの5年間で約5,000億ドルの財政赤字削減目標とそれを実現するための歳出削減策・増税策を定めた。さらに、GRH法に代わる新たな財政ルールとして予算執行法(BEA90:Budget Enforcement Act of 1990)を設け、裁量的経費(4)に上限を設ける「キャップ制」や義務的経費の拡大を抑制する「ペイ・アズ・ユー・ゴー原則」、総財政赤字額(MDA:Maximum Deficit Amount)の設定等の仕組みが導入された(第2-4-6表第2-4-7表)。
  また、GRH法の経験を踏まえて、補正予算も一律削減命令の対象に含めたり、財政収支を統合予算からオン・バジェット予算に対象を変更するなど、制度面・運用面の強化を図った。さらに、景気変動に対しては、大統領が経済情勢に応じて財政赤字上限額を調整できる仕組みや、キャップ制やペイ・アズ・ユー・ゴー原則における一律削減措置を一時的に停止する条項等を規定しており、非常時に対処するための措置が組み込まれた。
  こうした財政再建手法は、クリントン政権期において成立した93年包括予算調整法(OBRA93)、97年財政収支均衡法(BBA97)に引き継がれ、更なる歳出削減策(メディケア及びメディケイド、国防費等の削減)や歳入増加策(所得税及び法人税の税率引上げ、燃料課税の増税等)を加えて、財政赤字削減を推進した。

<財政再建の評価>
  先代ブッシュ政権下で新しい財政再建策が進められたが、湾岸戦争やS&L危機(5)を受けて、裁量的経費が大幅に拡大したことに加え、メディケアやメディケイドを含む社会福祉関連支出、利払費等の義務的経費も膨張し、OBRA90による財政赤字削減効果が相殺される形となった。また、90年から91年にかけて景気が停滞したことにより、歳入が大幅に減少したことも大きく影響した。
  クリントン政権期における財政収支黒字化の実現にあたっては、冷戦終結による国防費の減少(6)(「平和の配当」)のほか、当時の大統領経済諮問委員長らによる評価(7)にもあるとおり、ITの活用による生産性上昇期(「ニュー・エコノミー」)と重なったことが大きく影響したと考えられる(8)。景気回復に伴う税の自然増収(9)、特に株価高騰によるキャピタルゲインの増大を反映した個人所得税収の増加(10)が、財政の改善に大きく寄与した(第2-4-8図)。また、第2章第3節で述べたとおり、緩和的な金融政策を継続できたことも、緊縮財政と経済成長の両立を果たす上で重要な役割を果たし、規制緩和及び投資促進策等の成長促進策の実施と相まって、好景気を支える要因となったと考えられる。
  クリントン政権では、こうした環境の中、OBRA90の枠組みを踏襲して精力的に財政再建に取り組んだ結果、財政赤字は92年度の2,900億ドルをピークに毎年度400~600億ドルのペースで減少を続け、98年度には統合予算ベースで財政収支の黒字転換を果たした。その後も、2001年度までの間、財政収支黒字を維持した。クリントン政権期では、各支出項目の伸びが他の年代に比べて大幅に縮小しており(第2-4-8図)、新たに確立された財政ルール、財政規律、財政赤字削減策等が、歳出の拡大を抑制する上で有効に機能したものと考えられる。

(iii)オバマ政権の財政再建(11)
  08年秋の世界経済・金融危機の発生以降、税収の落ち込みや積極的な財政出動による歳出拡大等を背景に、連邦政府の財政赤字は急速に拡大したが、経済の回復の見通しが次第に強まってきたことを受け、財政再建に向けた取組が本格化している。
  オバマ政権における財政再建の目標については、大統領就任後の09年2月に行った議会演説で、ブッシュ政権から引き継いだ約1兆3,000億ドルの財政赤字を任期(13年1月まで)中に半減することを公約しているほか、10年2月公表の予算教書の中で、中期的な財政目標として「15年までに基礎的財政収支の均衡」(財政収支GDP比では約3%に相当)を掲げており(第2-4-9図)、具体的措置を検討するための超党派委員会(財政責任と財政改革に関する国家委員会)を設置している。同委員会は、10年12月1日までに基礎的財政収支の均衡を達成するための政策提言をとりまとめることとしており、月に一度のペースで検討を行っている。
  財政赤字削減の具体的な措置としては、(i)財政規律の強化、(ii)政策課題ごとのコスト削減・歳入強化、という二つの取組に分けられる。財政規律強化の取組としては、安全保障を除く裁量的経費の伸びを3年間凍結する措置や、ペイ・アズ・ユー・ゴー原則の復活が提案されている。また、コスト削減・歳入強化の取組としては、高所得層への増税、金融機関や保険業界への課税、医療保険制度の改革等が提案されている。これらのうち、ペイ・アズ・ユー・ゴー原則及び医療保険制度改革については、関連法が既に成立しており、こうした取組を通じて20年度までに2.1兆ドルの財政赤字を削減することが想定されている(第2-4-10表)。
  連邦政府財政に対する今後のリスク要因としては、州・地方政府財政の動向、GSEの経営問題等が挙げられる(詳細は、第1章第3節を参照)。


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