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第3章 世界経済の見通しとリスク

第4節 世界経済全体の見通しとリスク

2.経済見通しに係るリスク要因

   見通しに係るリスクは、以下の上振れ、下振れの両方があるが、リスクは下方に偏っている。

●下振れリスク

(i) 欧米の信用収縮と実体経済悪化の悪循環
   欧米では、金融機関の不良債権処理が遅れており、金融機関の貸出態度は依然と して厳しい状況にある。信用収縮の長期化により、景気が低迷し、企業収益や雇用が悪化すれば、企業の経営破たんや家計向け貸出の返済延滞の増加による不良債権が更に増大し、一層の信用収縮をもたらす悪循環に陥るリスクがある。この場合、欧米の景気の回復は大幅に遅れ、世界経済の回復のテンポもかなり緩やかになることが見込まれる。

(ii)雇用情勢の想定以上の深刻化
   欧米では、雇用情勢は悪化を続けており、失業率は今後も上昇を続けていく見込みである。今後、想定以上に、雇用情勢の悪化がみられる場合には、所得環境の悪化により個人消費を下押しするおそれがある。

(iii)緊急避難的な財政・金融政策の拙速な転換による景気の腰折れ
   世界金融・経済危機の発生後、各国政府・中央銀行が行ってきた、前例のない規模の財政拡大、金融緩和は、各国経済を下支えしてきたが、これらの政策を転換していく過程で、財政再建や金融引締めを開始するタイミングが早すぎたり、速度が速すぎたりした場合には、景気回復を阻害する可能性もある(第2章参照)。

(iv)急激なドル安、米国債の急落による国際金融市場の混乱
   アメリカの財政の持続可能性について市場が疑念を持ち、ドルに対する信認が失われた場合、大量に発行されている米国債の価格急落や、急激なドル安が起こる可能性がある。ドルは基軸通貨であるため、この場合、多くの貿易・資本取引が混乱したり、各国政府・金融機関が保有するドル建資産の価値が急落し、国際金融市場が混乱に陥り、実体経済にも多大な影響を与える可能性がある。

(v)原油価格の上昇
   原油価格は、08年7月の145ドルから、12月には34ドルまで大きく低下した後、09年10月には80ドル前後まで上昇し、現在(09年11月)に至っている。原油価格が更に上昇を続ける場合には、交易条件の悪化を通じて、原油輸入国(特にアメリカ)の消費を押し下げるおそれがある。

(vi)新型インフルエンザの感染拡大
   感染者数が一時期に急増したり、ウイルスの変異により致死率が上昇する場合には、生産活動や観光等、経済活動に深刻な影響を与えるおそれがある。

●上振れリスク

世界経済の想定以上の回復に伴う輸出拡大
   世界経済の回復に伴い想定以上に各国の需要が高まる場合には、輸出の回復を早め、景気回復が加速する可能性がある。

コラム3-1:原油価格の動向

   WTI(West Texas Intermediate)の原油価格は、08年7月初旬に、1バレル145ドル台まで高騰した(図1)。その後は、金融危機の影響もあり、08年12月には1バレル34ドル台まで急落したが、09年初め以降、再び上昇し、足元では1バレル80ドル前後で推移している。この状況は、今後も続くのであろうか。以下で分析する。
   世界の原油供給をみると、前年比で増加傾向にはあるが、伸びは鈍化している(図2)。60年代の伸びは年平均約8%との試算もあるが、70年代は約2%、80年代は▲0.5%、90年代は約1%、2000〜08年は1.28%となっており、単年で、高くても4%台の伸びとなっている。これは、新規の油田開発が困難であることや既存油田の生産量のてい減等によるものと考えられる。
   世界の原油需要をみると、08〜09年と減少が続いたが10年は増加が見込まれている(図3)。需要の内訳をみると、OECD加盟国(先進国)は、需要が前年比でマイナス寄与の傾向が続いているが、OECD非加盟国(新興国)の需要は、プラス寄与となっている(図4)。これは、中国やインドに代表される新興国経済が大きく成長しているためである。国際エネルギー機関(IEA)の推計値によると、09年は、金融危機の影響で原油需要がマイナスとなっているが、10年にはプラスに転じる。
   アメリカの原油在庫をみると、08年は5月から減少し、6月には、2000年代で最低の水準となり、原油在庫のひっ迫感が強まったと考えられる(図5)。その後、金融危機の影響で、原油需要は減少し、09年はほぼ2000年代に入ってからの最高水準で推移している。
   米ドルの名目実効為替レートをみると、08年は8月頃までドルの減価基調が続いており、ドルで取引される原油に対しては、価格上昇圧力となっていた(図6)。金融危機後のドルの増価傾向の後、09年3月をピークに再びドルは減価基調にあり、原油に対し価格上昇圧力となっている。
   以上のことから、新興国経済の成長を背景に原油需要が伸びる一方で、伸びが鈍化した原油供給に制約懸念が生じ、在庫の低水準やドルの減価もあって、08年7月に原油価格が高騰したといえる。その後、世界金融危機により、原油需要は大きく減少して、在庫は高水準となり、リスクを嫌い安全資産とされるドルが買われて、ドルの増価となったため、原油価格に対しては下落圧力が続いた。
   足元では、アジアを中心に景気は回復に向かい、原油需要が回復を始め、また、リスク資産に投資資金が戻り、ドルの減価基調が続いたため、再び原油価格に対する上昇圧力が強まっていると考えられる。原油供給が大幅に拡大するとは考えにくいことから、景気回復が予想されると、再び原油価格が高騰して、景気回復を阻害するリスクがある。なお、IEAの09年世界エネルギー見通しでは、世界経済が着実に回復し、原油の供給コストが上昇、非OECD国の需要が拡大した場合、30年の原油価格は、1バレル190ドル(名目)に上昇すると予測している。


コラム3-2:新型インフルエンザの世界経済に対するリスク

   09年4月24日、アメリカが国内での7人の新型インフルエンザ感染確定症例をWHOに報告して以来、感染が拡大している。WHOの09年11月8日の報告によれば、死亡者数は、少なくとも6,260名となっている(表1、表2)。
   実際の感染者数は正確には把握できないが、8月7日のアメリカの推計(注1)では、09年の秋から冬にかけて、アメリカの人口の約30〜50%が感染するとしている。日本でも、厚生労働省(注2)(8月28日)によると、感染率(軽症で軽快したり、ほとんど症状のない感染者を含む)は50%にまで高まる可能性があるとしている。また、致死率(推計)をみると、季節性のインフルエンザが0.1%以下であるのに対し、新型インフルエンザは、0.45%と季節性インフルエンザより高いと推計されている(表3)。
   新型インフルエンザの経済的な影響については、一部の国で試算されている。フランスの景況機関のBIPE(Bureau d'Information Petite Enfance)では、09年10〜12月期から10年1〜3月期にかけて流行した場合、フランスの経済成長率を、09年に▲0.3%、10年に▲1.3%押し下げると試算している。タイの商工会議所大学では、09年10〜12月期まで続いた場合、タイの経済成長率を▲1.0〜▲0.5%押し下げると試算している。新型インフルエンザがピークに達するのは、冬季とみられるため、その動向には十分に注意が必要である。


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