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第2章 緊急避難的な経済政策からの出口戦略

第5節 出口の先の金融政策・金融システム安定化策の枠組み

3.金融規制・監督の見直し

●G20金融サミットにおける議論
   09年9月24日、25日にアメリカのピッツバーグで第3回金融サミットが開催され、金融危機以前にみられた過度のリスクテイクに戻ることは許されないとの問題意識の下で、マクロの健全性監督(マクロ・プルーデンス)の強化、当局による規制・監督範囲の拡大等、金融監督体制の強化について合意がなされている。また、金融規制に関しては、自己資本規制の景気循環増幅効果(プロシクリカリティ)を抑制することや金融安定化支援のために金融機関の報酬慣行を改革することなどが盛り込まれている(第2-5-2表)。自己資本規制については、現行8%の自己資本比率を引き上げることを検討しており、具体的な数値、定義等は10年末までに策定し、「景気回復が着実になったら」という条件付で12年末までに実施するとしている。

●アメリカにおける金融規制・監督の見直し
   アメリカでは、これまで、金融分野の規制・監督は多数の機関によって担われており、複雑なものとなっていたが、09年6月に発表された金融規制改革法案の概要において、(i)金融機関に対する厳格な監督・規制の推進、(ii)金融危機を管理するため政府に必要な手段を供与、(iii)金融市場に対する包括的な規制の構築、(iv)金融に関する不正から消費者や投資家を保護、(v)国際的な規制基準の引上げと国際協調体制の向上、の5つを柱として規制・監督体制の整備に向けた動きがみられる。

(1)金融機関に対する厳格な監督・規制の推進

   金融機関に対する厳格な監督・規制の推進については、特に大規模な金融機関の監督に関しては、同法案において、預金保険対象機関を傘下に持っているかどうかにかかわらず、金融システムの安定を脅かすおそれのあるすべての会社をTier1 FHC(FHC:金融持株会社)(3) と定義し、これらの監督権限をFRBに付与するとした。また、従来はSECの監督下にあった投資銀行の規制・監督権限も合わせて付与されることとなった。さらに、すべてのTier1 FHCに対する厳格な資本・流動性・リスク管理に係る基準を整備することも示された。これに対し、バーナンキFRB議長は、09年10月1日の議会証言で、今般の金融危機によって金融システムに対するリスクは預金保険対象機関だけでなく、規制の対象外である投資銀行や保険会社等、他の金融機関の中でも発生することが示されたとし、金融システムにとって重要なすべての金融機関を現在預金保険対象機関に適用している統一的な監督と同様の枠組みで監督する立法的な措置が必要との認識を明らかにした。一方で、すべての業態に関わる金融システム危機への対処等はFRBの処理能力を超える可能性があるとして、FRBに権限を集中する政府当初案から距離を置き、金融システム全体の監視は、金融サービス監督協議会で担うべきとの方向性を示した。
   一方、銀行及び銀行持株会社に関しては、連邦免許による貯蓄金融機関の規定を廃止し、すべての預金金融機関を監督する国法銀行監督局(NBS:National Bank Supervisor)を新設(4) し、銀行規制の欠陥の調整に当たることとした。また、すべての銀行及び銀行持株会社の資本等に厳格な基準を設置するため、財務省は、既存の監督を再評価するワーキンググループ及び銀行規制を再評価するワーキンググループを立ち上げるとした。
   また、ヘッジファンドやその他の民間基金に関しては、SECによる監督機能を強化することとなった。一定規模以上の資産を管理するヘッジファンドや民間基金について登録制を実施し、特にMMFについては規制の枠組みの整備を行うとした。

(2)金融危機を管理するため政府に必要な手段を供与

   金融危機を管理するため政府に必要な手段を供与することに関しては、破たんにより深刻な影響を与える可能性がある、Tier1 FHCを含む大規模で相互に密接に関連する機関の無秩序な破たんを回避するために、これらの機関を処理する仕組みが創設されることとなった。これらの権限は、財務省がFRB及びFDICまたはSECの理事会メンバーの3分の2の勧告の下、大統領と協議の上、発動することを想定している。併せて、FRBの緊急貸出等に関する権限の法律を見直し、緊急貸出等の際には財務省による事前承認を必要とすることが法律に盛り込まれた。

(3)金融市場に対する包括的な規制の構築

   金融市場に対する包括的な規制の構築に関しては、規制・監督が十分に行き届いていなかったため、バブルや金融危機の要因の一つであったとされている証券化商品市場やデリバティブ取引に関連する規制・監督体制の整備及び格付け機関への依存からの脱却についての改革や、金融システムにおける流動性供給の権限についての改革案が示された。
   証券化商品市場に関しては、監督規制を強化する目的で、証券化商品のオリジネーターやスポンサーに信用リスクの5%を保持することを求める一方で、SECに資産担保証券(ABS)の発行者に厳格な報告を求める権限を付与するとした。デリバティブ取引に関しては、CDS(Credit Default Swap)を含むすべての店頭デリバティブに対する包括的な規制を導入することとなった。さらに、格付機関に関しては、SECが規制強化の取組を継続する一方で、規制当局による格付けの利用は可能な限り縮小することが示された。
   また、CFTC及びSECに対し、これまで歩調が合っていなかった証券と先物に関する法制及び規制に関して調和させるための提言を09年9月末までに議会に報告することを求めた。これに対し、CFTC及びSECは09年10月16日に共同で規制の調和に関する報告書をまとめた。報告では、先物市場と証券市場に共通の影響を与える新たな問題の解決を取り扱う連合諮問委員会を共同で組織・運営する権限をSECとCFTCに与える立法等、市場や金融仲介機能、運営協調に関する20項目にわたる提言が発表された。
   一方、金融システム上重要な決済システムについては、FRBに監督権限を付与し、必要な場合はFRBが直接流動性を供給するとした。

(4)金融に関する不正から消費者や投資家を保護

   金融に関する不正からの消費者や投資家の保護に関しては、貸付、貯蓄、支払い、その他金融商品・サービスにおいて消費者を保護するため、新たに消費者金融保護庁(CFPA:Consumer Financial Protection Agency)を創設することが示された。また、消費者・投資家向け商品やサービスに関わる透明性、公正性、適合性を改善するための規制の強化や、銀行機能の有無にかかわらず、消費者金融商品やサービスの供給者に対して、公正な条件と高い基準を設定することが定められた。
   これらの概要に沿って、09年6〜7月に13本の法律案で構成される金融規制改革関連法案が議会に提出された。このうち、09年10月15日には店頭デリバティブに関する法案が下院金融サービス委員会で承認された。さらに、09年10月22日には消費者金融保護庁を創設する法案が、同年10月27日には民間基金投資顧問の登録制に関する法案が、同年10月28日には格付け機関における責任や透明性に関する法案が、同年11月4日には投資家保護法案がそれぞれ下院金融サービス委員会で承認された。また、金融サービス監督協議会の設置を含む金融安定化に関する法案の草案が同年10月27日に下院金融サービス委員会で公表された。この中で、大規模金融機関の処理に関して、費用の一部を100億ドル以上の資産を持つ金融機関で負担することが盛り込まれた(第2-5-3表)。一方、上院銀行委員会は同年11月10日に金融規制改革法案を公表した。この中で、下院金融サービス委員会と同様に、大規模金融機関の処理に関する費用を100億ドル以上の資産を持つ金融機関で負担することや、金融システムの危機を特定し対処するための独立の機関を設置することが提案された。また、複雑な銀行監督システムを見直し、通貨監督庁(OCC)と貯蓄機関監督局(OTS)の監督機能に加え、FDICとFRBによる州法銀行に対する監督機能やFRBによる銀行持株会社に対する監督機能を一元化した金融機関監督局(Financial Institutions Regulatory Administration)の創設案が発表された。

●ヨーロッパにおける金融規制・監督の見直し
   ヨーロッパでは、1999年のユーロ発足、単一決済システム(TARGET:Trans-European Automated Real-time Gross Settlement Express System)の導入により、ユーロ域内の金融市場の統合が進み、国境を越えた金融機関の活動が活発化するとともに金融イノベーションも着実に浸透していった。しかしながら、金融資本市場の統合、高度化が進んでいるにもかかわらず、ECBの下で一元化された金融政策と異なり、金融規制・監督の権限は各国に存するため、国境を越えた金融機関の活動に対する監視が十分に行き届かないことや域内の金融システム全体のシステミック・リスクを扱う主体が存在しないなどの問題があった。
   このような問題に対して、99年5月に欧州委員会が作成した「金融サービス行動計画」や01年2月のラムファルシー元EMI(欧州通貨機構(ECBの前身))総裁を委員長とする賢人委員会の提言(ラムファルシー・レポート)に沿って改革が進められてきた。しかし、リーマン・ブラザーズ破たん以降の金融危機の深刻化を受けて、更なる金融規制・監督体制の強化・協調が必要とされた。こうした中、09年10月、欧州委員会はド・ラロジエール(元IMF専務理事、元仏中銀総裁)氏を委員長とする「欧州の金融監督に関するハイレベルグループ」にEUの金融システムの改革について検討を委嘱し、同グループは09年2月に提言をまとめた(ド・ラロジエール報告)(5)

●ESRB及びESFSの設立
   欧州委員会は、この提言の内容を踏まえた改革案を09年5月に公表し、その後9月には法制化に向けた素案を公表した。同法案では、ド・ラロジエール報告の提言の内容を引き継ぎ、マクロの金融監督を担う欧州システミック・リスク理事会(ESRB:European Systemic Risk Board)とミクロの監督を担う欧州金融監督システム(ESFS:European System of Financial Supervisors)を創設することが盛り込まれている(6) 。10月のEU経済財務相理事会(ECOFIN)においても同案について合意がなされ、今後EU議会での審議を経て2010年中には新体制が発足する見込みとなっている。
   新体制における両機関の役割については、まず、ESRBは上述のとおりマクロ・プルーデンスを担う機関であり(前掲第2-4-1図参照)、EUの金融システム全体に対するリスクを特定し警告・勧告を発令する。ただし、警告・勧告は市場を混乱させる可能性があることから、公表するかどうかは個別案件ごとに検討するとされている。ESRBの意思決定は、一般理事会(General Board)における多数決によってなされる。一般理事会は、議決権を持った33名(7) と議決権を持たない28名のメンバーで構成され、少なくとも年4回開催される。なお、このほか運営委員会(Steering Committee)や事務局(ECB)、諮問専門委員会(Advisory Technical Committee)等が置かれている。
   ミクロレベルの監督を担うESFSは、新設される業態ごと(銀行・証券・保険)の欧州監督機関(8) (ESAs:European Supervisory Authorities)と各国の監督機関から構成されており、各国当局の監督活動をEU全体としての観点から調整するとともに共通の監督、規制の枠組みを整備するといった役割を担う。
   また、ESRBとESFSは相互に補完的な関係にあり、密接に協力していくこととされている。例えば、ESRBはESFSから個別金融機関のデータの提供を受け、ESFSの各国監督機関は、ESRBによるマクロプルデンシャルな観点からの情報の提供を受けることになる。

●その他の金融規制強化の動き
   以上のような金融監督体制の構築のほか、09年4月には欧州委員会がヘッジファンドを対象とした規制である「オルタナティブ投資ファンドマネージャー指令案(Directive on Alternative Investment Fund Managers)」を発表し、(i)資産1億ユーロ以上のヘッジファンドに対して当局への登録を義務付け、(ii)業績開示の義務付け等を盛り込んだ。また、09年5月には、欧州議会が金融機関の自己資本比率規制を規定する「資本要求指令(CRD:Capital Requirements Directive)」を改正し、(i)監督カレッジの導入(各国の監督機関の連携・協力による国際的な共同監視体制を推進)、(ii)大口顧客のエクスポージャーの制限、(iii)オリジネーターに対して証券化商品の5%以上の保持を義務付け、(iv)EUレベルのCDS清算機関の設立等を決定した。その後、09年7月に欧州委員会はデリバディブ市場に関する声明を発表、(i)規格の標準化、(ii)取引件数や売買規模に関するデータの中央集積、(iii)CDS清算に対する業界の参加を要請、(iv)取引の透明性や効率性の確保の必要性等を指摘した。

●英国における金融市場改革
   次に、英国における金融規制・監督の強化の動きをみると、09年3月のターナー・レビューや、同年7月の金融機関の企業統治に関するウォーカー・レビューを受けて、同7月に財務省が金融市場の改革プランを発表している。
   ターナー・レビューは、財務大臣の諮問に対するターナーFSA会長による答申であり、(i)自己資本規制の見直し(資本の質と量の強化、好況時の資本積み増し等により景気循環増幅効果(プロシクリカリティ)軽減、レバレッジ規制の導入)、(ii)会計基準の見直し、(iii)流動性規制の強化、(iv)格付け機関の監督、(v)金融機関の報酬体系の見直し、(vi)CDS市場のインフラ整備等を提言したものであり、同レビューによる自己資本規制等に関する提言は、G20における金融規制改革の議論にも少なからず影響を与えている。続くウォーカー・レビューも財務大臣の諮問に対するウォーカー・モルガン・スタンレー上級顧問による答申であり、(i)金融機関のリスクテイク戦略について管理・助言を行う管理委員会の設置や、(ii)経営陣の報酬を監督する報酬管理委員会(いくつかの金融機関では既設)の権限拡充等を提言したものである。
   こうしたレビューを受けて発表された財務省の金融市場改革プランでは、(i)国境を越えて活動する金融システム安定上重要な金融機関に対する規制の強化、(ii)過度なリスクテイクの誘因となる金融機関の報酬規制、(iii)消費者保護の強化(金融教育、集団的救済、預金保護等)、(iv)マクロ・プルーデンス強化のため、金融安定協議会(Council for Financial Stability)を設置するなどの方策が盛り込まれており、11月には同プランを踏まえた金融サービス法案が議会に提出された。

●残された課題
   未曾有の金融危機を受けて金融規制・監督の在り方が見直されている。金融機関の急激なビジネス環境の変化に監督当局が対応できなかったこと、金融機関の過度なリスクテイクを誘発する規制・監督体制の欠陥、不備への反省等から、世界的に金融当局の権限を強化、あるいは新たな監督体制を構築し、金融機関に対しては規制を強化する方向へと議論が進んでいる。
   しかしながら、現在進められている議論には、次のような課題が残されていると考えられる。まず第一に、権限は強化されても実際の当局の監督能力・手法の強化策が十分に考慮されていないことである。金融のグローバル化や高度化により金融監督に必要な人材は量・質ともに増加している。第二に、自己資本比率規制を引き上げた場合、特に景気後退期の景気循環増幅効果(プロシクリカリティ)をどのように抑制するかも重要になってくる。第三に、アメリカにおいては、現在議論されている規制監督体制の改革後も複雑な規制監督の構造が残ってしまう可能性があることである(前掲第2-5-3表)。欧州においても、例えば、ESRBには61もの機関が関わっている(前掲第2-5-1図参照)など、関係する機関が多すぎて機動的に機能しないのではないかとの懸念がある。加えて、国境をまたいで活動する金融機関へ資本注入を行う場合等、金融システム安定化には財政負担が伴うが、どの国が最終的な負担をするのかというような各当事者間の権限や責任の所在が曖昧な点も懸念される。第四に、中央銀行を中心にマクロ・プルーデンスの実施体制は定まりつつあるものの、その政策手段や具体的な対応方法が必ずしも明確でない点も課題として残っている。最後に、各国間の金融規制制度の相違による国際的な裁定が働かないようにすることも重要な課題である。
   金融システムの安定化は、実体経済の持続的な回復の大前提である。危機の再発を防止し、各国の政策協調の下で金融・資本市場の安定化を実現する、真に実効性のある枠組みが求められている。


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