第2章 先進国同時景気後退と今後の世界経済 |
第1節 景気後退局面にあるアメリカ
2.先行きをみる上で重要な四つの要因
アメリカ経済が景気後退局面にある中、先行きをみる上では、次の四つの要因が特に重要と考えられる。以下では、この四つについて詳細に検討する。
(i)08年9月中旬の大手金融機関の破綻を始めとする世界的な金融危機による市場の混乱が、金融機関の貸出行動を通じて、実体経済にどのような影響を与えるか。
(ii)06年から経済成長の重石となっている住宅市場の調整がいつまで続き、また、そうした調整が実体経済にどのような影響を与えるか。
(iii)非農業雇用者数の減少幅が拡大している雇用情勢は、今後どの程度悪化するか。
(iv)これまでアメリカ経済をけん引してきた個人消費がどのように推移し、今後、(i)から(iii)を踏まえてどのような方向に向かうか。
●金融危機の影響
(1)貸出態度の厳格化
アメリカでは、金融機関における個人や企業への貸出態度が厳格化している。金融機関の貸出態度の厳格化は、まず、住宅市場の調整を背景に、07年前半から住宅ローンで始まった。サブプライム住宅ローン問題が発生し、証券化商品の値崩れや格付けの引下げが起きた同年半ば以降は、証券化商品に対する需要の急速な冷え込みにより、市場流動性が悪化した。このため、金融機関は、貸出しに伴う貸付相手の債務不履行といった信用リスクを証券化によって証券の買い手である投資家に移転することができなくなったことから、商業不動産向け貸出しも含め、更に貸出態度の厳格化が進行した。07年後半以降は、金融機関における損失の拡大や景気の減速を背景に、住宅ローンのみならず、消費者向け貸出しや企業向け貸出しについても、貸出態度の厳格化の動きが広がっている(第2-1-3図)。
(2)これまでの実際の貸出動向
こうした中、実際に商業銀行における貸出動向をみると、金融機関の貸出態度の厳格化が進展しているにもかかわらず、全体の貸出額は、07年末まで、堅調に増加(05〜07年平均:前期比2.8%増)した。これは、(i)金融機関の貸出態度の厳格化が実際の貸出動向に反映するまでにはタイムラグがある、(ii)金融機関においてはオフバランスによる取引が困難となったため、オンバランスに取引を移している、(iii)借り手が借入可能なクレジットラインまで借入額を増加させている、などの理由が考えられる。
しかし、08年に入ってからは、貸出額の伸びは鈍化傾向(08年平均:前期比1.2%増)となっており、貸出態度の厳格化の影響が顕在化してきている(第2-1-4図 (1))。さらに、08年9月中旬以降の金融危機によって、貸出態度の厳格化は一段と進行しているとみられることから、今後、深刻な信用収縮の発生等によって個人消費や設備投資が抑制される可能性が高い。
以下、個別の貸出動向について概観する。
(i)住宅ローンへの影響
住宅ローンの動向について、住宅ローン組成額の推移をみると、サブプライム住宅ローン問題が発生した07年以降、07年、08年(見込み)と減少している(第2-1-5図)。こうした住宅ローン組成額の減少については、住宅価格や住宅ローン金利水準等の住宅需要側の要因も考慮しなければならないものの、貸出態度の厳格化の時期とほぼ動きが重なっていることから、こうした貸出態度の厳格化が影響を及ぼしている可能性が十分に考えられる。住宅ローンにおける金融機関の低調な貸出動向は、住宅需要を抑制し、住宅価格の下押し圧力となって、住宅市場における調整の長期化、深刻化の一因となっているとみられる。
(ii)その他家計向け貸出しへの影響
住宅ローン以外の個人への貸出動向に関して、まず、消費者信用残高全体の動きをみると、08年前半まで前月差で堅調な増加傾向が続いていたが、08年7〜9月期の前月差平均をみると、リボルビング信用(クレジットカード等)、非リボルビング信用(自動車ローン、教育ローン等)ともに減少し、前期と比較して大幅に低下した(第2-1-6図)。このため、消費者信用においては、金融機関における貸出態度の厳格化の影響が顕在化してきている。特に、非リボルビング信用については、その落ち込みが大きいため、自動車ローンや教育ローンの低迷が示唆される(8) 。
また、貸出主体別には、商業銀行による消費者向け貸出しの動向をみると、これまでのところ比較的堅調に推移しており、貸出態度の厳格化の影響は今までのところ明確にはみられていない(前掲第2-1-4図 (2))。このため、商業銀行以外の金融会社や、信用組合、貯蓄金融機関といった金融機関の貸出しが低迷している可能性が考えられる。
コラム2-1:アメリカの自動車販売の動向 商務省発表の統計によれば、08年11月のアメリカの自動車販売台数(注1) は74.6万台(年初来累計1,234万台)となり、年率換算で1,020万台と82年10月以来の低い水準となった(図1)。前年同月比では13か月連続減少し、前月比でも3か月連続(9月96.4万台、10月が83.8万台)減少し、大幅な回復は期待できないことから、08年の年間販売台数は1,300万台前後まで落ち込むと見込まれる(注2) 。過去の年間販売台数をみると、2000〜07年の平均販売台数は1,686万台であり、94年以降は毎年1,500万台以上を販売してきた。また、90年以降の最低はS&L危機時の景気後退期である91年の1,130万台(90年1,270万台、92年1,350万台)であることから、08年は91年前後の水準まで落ち込むことになる。さらに、09年以降のアメリカの自動車販売台数の見通しについては、GM(ゼネラル・モーターズ)が09年1,170万台、10年1,270万台と予想し、フォードが09年は08年より悪化し、10年に若干回復すると予想しており、自動車メーカーにとっては、厳しい時代が続くとみられる。 |
(iii)企業向け貸出しへの影響
企業が資金調達を行う手段としては、金融機関からの借入れといった間接金融と株式や社債の発行等といった直接金融の二通りがある。非金融企業の債務残高(08年4〜6月期)をみると、金融機関等からの借入れ(不動産向け貸出しを除く)と社債・コマーシャル・ペーパー(CP)等の割合は3:4となっており、アメリカにおいては直接金融による資金調達手段の比重がより大きい。
そこで、まず、第1章でもみたように、社債やCPの発行等による資金調達をみると、07年夏以降、サブプライム住宅ローン問題による金融資本市場の混乱によって、そうした手段による資金調達が困難となっており、さらに、08年9月中旬以降の金融危機によって、社債スプレッドが急拡大するとともに、CPの発行残高が急減した(前掲第1-1-9図、第1-1-10図)。特に、CPについては、一時的に機能停止に近い状況に追い込まれたため、FRBがCPの直接的な買取を行う新たな制度(CPFF)が創設された。同制度が開始された10月最終週には、CP発行残高が小幅ながら増加に転じている。企業の投資活動について、GDP統計の民間設備投資をみると、07年以降、08年4〜6月期まではプラスを維持したものの、同年7〜9月期は前期比年率▲1.5%と減少した。その要因としては生産の減少に加え、こうした金融危機の影響による社債市場の混乱も影響した可能性がある。
他方、商業銀行における商工業向け貸出しの動向をみると、08年前半までは比較的堅調に推移してきたが、同年7〜9月期は前年同期比で前期から伸び率が低下した(前掲第2-1-4図 (2))。
企業の収益状況をみると、前期比で5四半期連続のマイナスと低調な動きが続いているものの、その水準については、過去との比較では依然として高水準にある(第2-1-7図、第2-1-8図)。しかしながら、これまでみてきたようなCP発行の減少や金融機関の貸出動向の鈍化は短期的な企業の資金繰りに、さらに、社債発行が困難となっている状況や貸出動向の鈍化は長期的な設備投資計画に影響を与えるなど、実体経済への波及が懸念される。また、こうした資金調達難は、まず、低格付けの中小企業で現れているが、今後、金融資本市場の混乱の継続によって、高格付けの比較的健全な企業にも、遅行して影響が現れる可能性が考えられる。
(3)今後の見通し
金融機関における貸出態度の厳格化については、既に過去最高の水準に達しており、金融機関が過大なレバレッジを解消するプロセスの中で、今後も一層進行する、もしくは、高止まりが続く可能性が十分に考えられる。したがって、現在、貸出態度の厳格化の影響が実際の貸出動向に明確に現れていない分野についても、そうした影響が遅行的に現れることで、今後、家計や企業の活動を大幅に抑制する可能性が高い。このため、金融機関の貸出動向については引き続き注視が必要である。
●住宅市場の調整
(1)低迷する住宅市場の現状
住宅市場では、06年初め以降、3年近くにわたり着工件数が減少を続けるなど、調整が続いている(第2-1-9図)。着工件数の動きをみると、06年1月に73年4月以来最高となる年率227.3万件のピークをつけた後、急速に減少し、08年10月には同79.1万件と、59年の統計開始以来の最低値となった。また、着工の先行指標となる着工許可件数についても、10月には前月比▲12.0%、前年同期比で▲40.1%の年率70.8万件と過去最低となり、引き続き減少している。これに伴い、GDP統計における住宅投資は、06年4〜6月期以降、10四半期連続で前期比年率二けた台の大幅な減少となっており、この間の実質経済成長率を1%前後押し下げている(9) 。
住宅建設が低迷している背景としては、05年後半以降の住宅ローン金利の上昇や住宅価格の高騰等により、住宅需要が後退したことから、住宅販売が05年7〜9月期をピークに急速に減少し、現在も低迷を続けていることが挙げられる(第2-1-10図)。新築住宅販売件数は、05年7月に年率138.9万件のピークをつけた後、減少に転じた。08年9月には年率46.4万件と、同販売件数はピーク時から約7割近く減少しており、現在も減少傾向にある。また、中古住宅販売をみると、05年9月の年率725万件をピークに08年初めにかけて同490万件前後まで3割以上減少した。その後、同販売件数はほぼ横ばいの状態が続いている。
こうした中、2000年以降名目GDPの伸びを大きく上回って上昇した住宅価格は、06年以降下落に転じた(第2-1-11図)。ケース・シラー住宅価格指数(10都市)をみると、06年7月以降下落を続けており、前月比ではこの数か月は1〜2%前後の下落となっているものの、前年同月比では、08年9月には▲18.6%と過去最大の下落幅を更新するなど、下落幅が拡大している。また、水準でみても、同価格指数はピーク時から約23%下落している。さらに、より広範な地域を対象とするFHFA住宅価格指数も、08年1〜3月期に75年の統計開始以来初めてとなる前年同期比でのマイナスを記録し、同7〜9月期には▲4.0%と更にマイナス幅を拡大させている。
(2)住宅市場の今後の見通し
このように、住宅市場では住宅投資の減少と住宅価格の下落が続いているが、こうした住宅市場の調整はいつまで続くのであろうか。今後の住宅市場について、需要と供給の両面からみていくことにする。
まず、需要面について、住宅価格、住宅ローン金利及び所得から家計の住宅の入手しやすさを表す住宅取得可能指数の推移をみると、08年初めから08年半ばにかけていったん低下したものの、10月時点では、住宅ローン金利が低下した90年代中頃の水準まで上昇しており、取得環境には改善がみられる(第2-1-12図)。今後についても、景気後退により実質所得の改善は考えにくいものの、住宅価格は更に下落するとみられることから、住宅金利の動向次第では、更なる住宅取得環境の改善が見込まれる。11月末には、FRBが最大5,000億ドルのGSE(政府支援機関)が保証する住宅ローン担保証券(MBS)の買取り及び最大1,000億ドルのGSE債の債務引受けを決定したことで、住宅ローン金利が急激に低下しており、住宅ローンの申請件数増加につながっている。
ただし、金融機関における住宅ローンの貸出態度は、06年半ば以降厳格化が進んでいる(第2-1-13図)。金融危機が発生した08年9月以降は、金融機関が貸出態度を更に厳格化し、貸出しを縮小する動きが強くなっている可能性が高い。このため、住宅取得可能指数が上昇したとしても、家計の実際の住宅取得は、資金面から制約されると考えられる。
一方、供給面について、住宅在庫の動向をみると、在庫販売比率は4〜5か月分が通常の水準(10) と言われているが、08年10月には新築が11.1か月分、中古が10.2か月分と、ともに極めて高い水準にある(第2-1-14図)。ただし、在庫件数自体をみると、新築と中古の間でその傾向は大きく異なっている。新築については、06年前半をピークに着工件数が減少しているため、10月時点において、在庫は既に04年前半の水準まで低下してきている。一方、中古については、05年半ば以降、在庫が積み上がっていく傾向が続いている。サブプライム住宅ローンの多くは、当初2、3年は低い固定金利で、その後より高い金利へとリセット(再設定)されるもの(ハイブリッド変動金利型)が多い。固定金利期間に担保住宅の価格が上昇すれば、値上がり分を担保としてより良い条件のローンに借り換えることが可能であった。しかしながら、住宅価格が下落している局面ではリセット時期を迎えた物件の借換えが困難となり、リセット後にローン債務の延滞に至る例が多いことから延滞率が上昇し、その結果、急増した差押え物件が中古住宅市場に流入し続けている(11) 。足元の住宅市場では、こうした在庫の積み上がりに伴う需給バランスの悪化が、住宅価格を更に下落させ、サブプライム住宅ローン以外のローンも含めて延滞率の上昇や住宅差押えの増加を招いており、差押えの増加が更に需給バランスを悪化させるという悪循環に陥っている。
今後についても、中古市場が住宅市場の9割以上を占めていることから、差押物件の動向が焦点になると考えられる。差押件数については、金利のリセット時期を迎えるサブプライム住宅ローンの総額が09年年初めまでは高い水準を維持するとみられているため、それまでは増加が続くものと見込まれる(第2-1-15図)。しかし、07年以降はサブプライムローンの組成が急減し、それに伴って09年以降のサブプライム住宅ローンのリセット額も急減するとみられていることから、新規の差押物件が減少することにより、中古市場の在庫販売比率が徐々に低下し、そうした影響が新築市場にも波及することで、着工の下げ止まりにつながっていくと考えられる。なお、着工件数についての見通しは各機関で異なっているものの、底入れ時期については、おおむね09年半ば頃と見込まれている(12) 。しかし、今後、アメリカの景気後退が長期化、深刻化することとなった場合、更なる住宅ローン延滞率の上昇や住宅需要の減少によって住宅市場の調整が長期化し、住宅着工の底入れが見通しより更に遅れる可能性もある。
一方、住宅価格については、住宅着工に対して若干のタイムラグを伴うことから、今回も着工の底入れより遅れて下げ止まるとみられる(13) 。また、ケース・シラー住宅価格の先物指数は、取引数が少なく、ある程度の幅をもって見る必要があるものの、08年12月上旬時点で、住宅価格の底入れ時期は10年11月となっている。
コラム2-2:住宅市場における地域差 日本の25倍の面積を持つアメリカでは、経済における地域的特性が強く、住宅市場の動向も地域により大きく異なっている。まず、住宅価格について、ケース・シラー住宅価格指数をみると、20都市平均ではピーク時から足元で20%以上下落しているが、都市別にみると南部のフロリダや西部のカリフォルニア、ネバダ州等と、中西部のオハイオ、ミシガン州等では大きな違いが認められる(図1)。これを各都市が所属する州の可処分所得の伸びと比較すると、2000年以降、前者は価格の伸びが所得の伸びを著しく上回っており、家計の所得状況と大きくかい離した住宅価格の高騰、すなわちバブルが発生していたことが分かる。一方、後者については、住宅価格の伸びは所得の伸びと同程度にとどまり、06年に入ると価格指数は低下している。 |
●悪化が続く雇用情勢
金融危機が実体経済に波及し景気が後退している状況は、景気の一致指数である非農業部門雇用者数(以下、「雇用者数」という。)の動きに端的に表れている(第2-1-16図)。雇用者数は、月平均で04年17.3万人増、05年21.1万人増、06年17.5万人増と04年から06年まで堅調に増加してきたが、07年半ば以降増加のテンポが緩やかになり、08年に入り減少に転じ年初来累計で191万人の減少となった。1〜8月は月平均8.2万人の緩やかな減少であったが、金融危機が深刻化してきた9月〜11月の3か月では、月平均42.5万人の減少となり、年初からの減少のうち約3分の2を占めている。また、08年11月の53.3万人の減少は、第一次オイルショック後の景気後退局面である74年12月の60.2万人以来の大幅減少であった。
産業別にみてみると、06年半ばから07年までは、製造業や建設業といった生産部門における雇用の減少を専門サービス(14) 、教育・医療等のサービス部門の増加が補う形で全体として増加してきた。08年に入り製造業や建設業の減少が拡大するとともに、専門サービスが減少に転じるなどサービス部門にも雇用者数の減少が波及してきており、08年6月以降にはサービス部門全体として雇用者数の減少が拡大してきている(第2-1-17図)。
特に、住宅部門の調整、金融危機の影響や個人消費の減少の影響を受けている建設業、金融業、小売業、自動車・同部品製造業の雇用者数の減少は大幅である(第2-1-18表)。07年12月の雇用者数ピーク時より建設業は51万人、金融業は14万人、小売業は44万人減少している。個人消費の中でも低迷が続く自動車販売台数の減少は、ビッグ3の経営を始めとして自動車・同関連部品製造業の雇用に大きな影響を与えており、同分野の雇用者数は13万人も減少し、その減少率は▲14.0%と非常に高くなっている。
失業率については、07年はおおむね4%台後半で推移していたが、08年に入って急速に悪化した。08年11月には6.7%まで上昇し、およそ5年半ぶりにITバブル崩壊後のピークである6.3%を上回り、93年10月の6.8%以来の高水準になっている。今回の景気後退期(07年12月以降)の失業率の上昇速度を過去の景気後退期と比較すると、ITバブル崩壊後(01年3月〜11月)より速く、S&L危機(90年7月〜91年3月)の上昇速度に迫りつつある(第2-1-19図)。また、雇用の先行指標である新規失業保険申請者数が、08年半ば頃から景気後退入りを示唆する週当たり40万人を超えるようになり、11月には50万人をも上回り、ITバブル崩壊後やS&L危機とほぼ同水準まで悪化している(第2-1-20図)。さらに、同じく先行指標であり、企業マインドの指標であるISM製造業・非製造業景気指数の雇用指標をみると、08年11月には製造業指数は91年3月以来の34.2、非製造業指数は97年7月の統計開始以来最低の31.3となった。
以上のように、雇用関連の指標は80年代や90年代の景気後退期に匹敵、あるいはそれ以上の水準まで急速に悪化しており、人員削減計画を予定している企業も少なくないなど、今後一段と金融危機の影響が実体経済に及ぶと考えられる。このため、労働市場の更なる悪化とその長期化が懸念される。
●減少に転じた個人消費
以上でみてきたような金融危機の影響、住宅市場の調整及び雇用情勢の悪化は、いずれも、個人消費の動向に影響を与えている。
(1)個人消費の動向
個人消費は、アメリカ経済が減速し始めた06年後半以降、景気を下支えする役割を果たしてきた(15) 。しかし07年末以降は、雇用情勢の悪化に加えて、エネルギーや食料品価格の上昇が加速したため、実質可処分所得が伸び悩み、個人消費の伸びは減速した。08年春頃には、緊急経済対策法に基づく個人への戻し減税措置が、実質可処分所得を一時的に押し上げ、個人消費を下支えしたとみられる。しかし、その後は、失業率の上昇や雇用者数の減少が大幅になるなど雇用情勢の悪化が深刻化していることに加え、戻し減税による効果のはく落もあり、個人消費は、前月比でみると、6月以降はマイナスの伸びとなっている(第2-1-21図)。このため、08年7〜9月期のGDP統計における実質個人消費支出は、前期比年率▲3.7%となり、91年10〜12月期以来、約17年ぶりの減少となった。
(2)逆資産効果による影響
こうした個人消費の減少の背景には、急速に悪化している所得・雇用環境の影響が大きいとみられるが、その他にも、金融危機の影響に伴う信用収縮によって貸出制約に直面している可能性や、住宅市場の調整に伴う住宅価格の低下や株価下落による逆資産効果の影響を受けていることも考えられる。
逆資産効果に関連して、家計のバランスシート状況をみると、家計の保有資産残高(可処分所得比)は、住宅価格の低下や株価の下落の影響等を受け、07年7〜9月期以降減少に転じている(第2-1-22図 (1))。内訳をみると、住宅等不動産が約8割を占める実物資産については、2000年代に入ってからの住宅ブームに伴い増加したが、07年7〜9月期以降減少に転じている。また、家計の株式保有額については、01年のITバブル崩壊後の景気回復局面以降、株価の上昇を背景に緩やかに増加してきたが、株価がピークをつけた07年7〜9月期以降は減少に転じており、08年4〜6月期までに20%程度(約1兆2,600億ドル)減少している。こうした家計が保有する資産残高の減少は、逆資産効果を通じて、個人消費の減少の一因になっているとみられる。
一方、家計の債務残高(可処分所得比)は、2000年代以降の住宅ローンの急増や、消費者信用残高の増加により上昇を続けてきたが、08年1〜3月期をピークに減少に転じている(第2-1-22図(2))。こうした背景には、金融機関が貸出態度を厳格化していることに加え、家計の債務残高が可処分所得比で130%〜140%程度(80年代平均と比較して約2倍)と相当高い水準にまで上昇していたことがある。保有資産の残高が減少する中で、債務負担感の増大を背景に、家計が自ら借入れを抑制することなどによりバランスシート調整を行っていることが考えられる。家計の元利返済負担の可処分所得比率をみると、過去最高水準の14%程度と、依然として高い水準にあり、債務負担感の増加から家計の消費は今後更に抑制される可能性がある(第2-1-23図)。
(3)物価による影響
一方、ガソリン価格や食料品価格の高騰は、これまで家計の実質可処分所得の減少を通じて消費の下押し圧力となっていたが、08年夏頃をピークに原油等の商品価格が急落したことによって、今後は、逆に実質可処分所得を押し上げるものと考えられる。個人消費を取り巻く環境にマイナス要因が多い中で、商品価格の下落はそうしたマイナス要因を幾分相殺し得ることが見込まれる。
原油価格の動向について、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)先物価格でみると、08年1月には1バレル当たり100ドルに達し、同年7月には、一時、過去最高水準となる同147ドルまで上昇した(前掲第1-2-6図)。こうした原油等の商品価格の高騰のため、07年秋以降、消費者物価や生産者物価の上昇率は比較的高い水準(前者で07年10月から1年間の平均で前年同月比約4.4%、後者で同約7.6%)で推移した(第2-1-24図)。
しかし、その後、原油価格は、世界経済の減速による原油需要の後退観測等から、7月半ばをピークに急速に低下し、12月初めには、1バレル当たり40ドル台まで低下している。穀物等の商品価格も同様に低下しており、こうした原油価格等の下落に加え、実体経済も後退局面に入ったことなどから、先行きにおいてインフレが上振れするリスクは低下したと考えられる。08年10月の消費者物価や生産者物価の上昇率(前年同期比)をみても、いまだ高い水準にはあるものの、上昇率は低下している(前者で3.7%、後者で5.2%)。
さらに、総合指数からエネルギー価格等を除いたコア物価について、コアPCE(個人消費支出)デフレータの動きをみると、07年10月以降、FRB(連邦準備制度理事会)が望ましい物価状態の上限としているとされる前年比2%を上回って推移している。ただし、景気後退の進行に伴う需要低迷等によって、今後はコア物価上昇率についても、遅行的に下落してくることが見込まれる。
原油等の商品価格はボラティリティが高いことなどから、先行きの見通しには不確実な部分も多い点には注意が必要であるものの、7月中旬以降のエネルギー価格の急落が消費者物価の低下につながることで、今後、個人消費にプラスの影響を与えることが期待される。
以上、個人消費を取り巻く環境については、原油等商品価格の低下に伴う物価下落を除いて、一段と厳しさを増しており、こうした状況を反映して、消費者心理も悪化が続いている(第2-1-25図)。先行きについては、当面の間、個人消費は減少が続くおそれもあり、GDP統計の最大の需要項目(GDP全体のおよそ7割)である個人消費の減少は、実質経済成長率に大きな下押し要因となると考えられる。したがって、今後、アメリカ経済が持ち直していくためには、個人消費の回復が必要不可欠であるが、今回の景気後退局面においては、所得・雇用環境の改善といった個人消費を支える基本的な環境が悪化していることに加え、金融機関の貸出態度の厳格化や家計のバランスシート調整といった問題がある。このため、個人消費の急速な回復は難しいとみられる。