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第 I 部 海外経済の動向・政策分析

第1章 サブプライム住宅ローン問題の背景と影響

まとめ

 サブプライム住宅ローン問題は、アメリカにおける住宅ブームの発生、証券化という新たな金融技術の革新、さらには国際金融資本市場のグローバル化とアメリカへの資金流入という様々な要素が組み合わさることで生じた問題といえる。サブプライム住宅ローン問題は現時点ではまだ終息しておらず、その全貌は明らかではないが、その問題が提起する示唆や留意点を以下にまとめて本章を結びたい。
 第一に、サブプライム住宅ローン問題の背景として、住宅価格の上昇に対する過剰な期待を前提に貸手・借手双方のリスク評価が緩んだことが挙げられる。サブプライム住宅ローンは、これまで政府機関の保険付与等により住宅を取得していた人々に対し市場機能を通して比較的容易に住宅取得できる手段を提供したという点では評価できるが、同時に住宅ローン市場において新たなリスクを発生させた。今回の問題では、そのリスクに対する適切な評価がなされず、市場の規律にゆがみが生じたことが大きな損失の発生につながったと考えられる。
 これまでの住宅価格の急速な上昇は今後の調整リスクとして、アメリカ経済の先行きにも不透明感をもたらしている。特に個人消費への影響は、先行研究に基づくと、仮に10%程度住宅価格が下落すると逆資産効果により0.4〜1.5%程度の押下げとなるが、MEWの減少を加味すると、その上限近くもしくはそれを超える押下げとなる可能性もあり留意する必要がある。
 第二に、サブプライム住宅ローン問題において証券化の果たした役割とその課題に関する示唆である。本章でみてきたように、証券化技術は効率的なリスク分散や貸付機関における資産債務の期間ミスマッチの解消などをもたらすとともに、住宅ローン市場全体の安定性を高めたと考えられ、それらの効果を通して、サブプライム住宅ローンの普及に重要な役割を果たしたと考えられる。しかし、今回の問題で明らかになったように、証券化によって貸付機関の厳正な融資審査等を行うインセンティブが後退したり、証券化商品の構造の複雑さや流動性の欠如等によって価格評価に必要な情報が入手しにくい環境の中で格付機関の格付けが十分に信用リスクを加味したものでなかったことなどから、貸付機関や投資家等のリスク評価の緩みを助長したと考えられる。また、様々な主体が分散して証券化商品を保有していたため、それらの商品のリスクや損失の所在、規模が不透明になるという状況ももたらし、金融資本市場の変動の原因ともなった。
 発生し得るサブプライム住宅ローン関連の損失は、国際機関等の現時点での推計によると1,500〜3,000億ドルとされているが、この規模はアメリカの大手金融機関の自己資本額が2006年末で合計約8,000億ドル(54)であることと比べても小さくない。今後のサブプライム住宅ローンの延滞率の推移や証券化市場の動向次第では、さらなる損失発生の可能性もある。
 証券化技術そのものは金融資本市場の信用創造力を高める上で重要なツールであるが、その適切な運用のためには、証券化にかかわる金融機関の情報開示やリスク評価・管理の在り方、それに対するモニタリング及び規制・監督の体制、証券化商品に対する価格形成や格付けの手法等について改善が求められよう。
 第三に、今回の問題では、国内外の金融機関や投資家が高利回りのサブプライム住宅ローン関連の証券化商品への投資を進めたため、アメリカの住宅ローン市場の一部で発生した問題が国境を越えて国際金融資本市場へと波及したことが特徴として挙げられる。この背景には、アメリカの経常収支赤字と海外の過剰貯蓄に基づくグローバル・インバランスとそれによる海外からの資本流入等があると考えられる。今回の問題が深刻化する中で、高リスク投資に対する再評価が行われ、アメリカに対する証券投資が減少するなど資金の流れに変動がみられている。今後、こうした状況が長期化することで実体経済への影響が懸念されるとともに、場合によっては、アメリカ経済の一層の減速とさらなるドル安の進行による不均衡の急速な調整局面をもたらすおそれもある。
 第四に、アメリカ以外の国において、2000年代の住宅ブームでアメリカ以上に住宅価格が過大評価されていた可能性がある点も指摘したい。住宅価格の上昇の背景として長期金利の低下や安定した経済成長の下での所得増等が多くの主要国でみられたが、それだけでは十分に説明できない住宅価格の長期トレンドからの乖離がみられた国もある。また、アメリカ同様、ほかの主要国でも、住宅ローン市場が発達する中で、変動金利の住宅ローンがより多く活用されたり、住宅価値に対してより多くの住宅ローンが貸し出されたりするなど、家計において住宅ローン債務にかかるリスクが蓄積されているおそれもある。今後、住宅市場の調整局面に入った場合、住宅投資や個人消費等への影響には留意が必要である。
 ただ、アメリカ以外の国では、サブプライム住宅ローンに類するものが活用されている国は多くなく、類似するローンが存在する英国、オーストラリア、カナダでも、その規模は小さいこと、借手の返済リスクも比較的低いことなど踏まえると、住宅部門の調整や経済全般に与える影響は限定的と考えられる。


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