第1部 我が国の課題と政策運営の基本方向

第1章 基本的な時代認識

現在、我々は、重層的転換点にある。急速な経済成長を遂げた戦後半世紀から新たな半 世紀へ、また、20世紀から21世紀へと時代が転換しつつあるのみならず、内外において次 のような大きな潮流の変化が生じつつあり、それに対する対応が求められている。今後21 世紀に向けた我が国の発展を考えるに当たっては、我々はこのような転換点にあることを はっきりと認識することから出発しなければならない。

1.グローバリゼーションの進展
第1の潮流はグローバリゼーションの進展である。 情報通信の高度化、輸送技術の飛躍的発達や自由貿易体制の拡大に伴い、人、モノ、カ ネ、情報が地球的規模で動くようになっている。また、東アジア等新興国経済の台頭や東 欧等の市場経済への参入等を背景として、市場経済の拡大と深化が進行している。この結 果、経済活動はボーダーレス化し、メガコンペティションとも呼ばれる大競争時代が到来 している。これは、企業の活動の舞台を拡大する一方で、国際競争を一層激化させており、 企業は、地球規模の競争を勝ち抜くため、最適な事業環境を求めて国を選び、また、各国 は、事業活動の場として優位な環境の整備を巡って競争を展開するという時代となってい る。他方、経済活動の地球規模の拡大は、人々の意識のボーダーレス化も促し、経済問題 のみならず、人口、環境、食料問題等について、全地球規模で対応すべき課題であるとの 認識が広まっており、こうした意味でもグローバリゼーションが進展している。

2.高次な成熟経済社会への転換
第2の潮流は、我が国経済社会が一つの段階を終え、より高次な成熟経済社会へ転換し つつあることである。
我が国経済は、主として海外からの技術導入とその応用により、新しい製品・良質な製 品を大量に生産し、内外の市場に販売するというパタ-ンにより、急速な発展を遂げてき た。しかしながら、新製品開発をもたらすような独創的な技術を自ら創出していかなけれ ばならないことや、単にモノを製造するばかりでなく、製品・サービスの適切な組合せに より消費者ニーズに対応しなければならないことなど、従来型の発展パタ-ンを続けるこ とは困難となっている。特に、かつて日本が競争力を持っていた大量生産型商品分野にお いては、東アジアを中心とした海外諸国の競争力の向上が著しい。こうした環境変化の下 で、日本経済は、その新たな発展をもたらすような、より高次な経済社会への転換を迫ら れている。
さらに、大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動や生活様式のあり方を問い直 し、生産と消費のパターンを持続可能なものに変革していく必要がある。
他方、従来の大量生産指向型経済成長の効率的実現の基礎となっていた企業中心的、集 団主義的考え方や行動様式自体、従来型成長パターンを脱却し、新たな経済社会へ転換を 図っていく際の阻害要因となりつつあり、また、人々の意識も、そうした考え方や行動様 式から脱却し、より個性的で自由な生き方を求めるようになっており、その観点からも、 より高次な経済社会への転換が求められている。

3.少子・高齢社会への移行
第3の潮流は少子・高齢社会への移行である。 我が国は、21世紀初頭には人口減少型社会に移行することが予想され、労働力人口も21 世紀に入ると減少に転じるものと見られている。そうした中で、平均寿命の伸びに伴い、 老齢人口が大幅に増加する一方、女性の晩婚化・非婚化などにより、少子化傾向が続いて いくことも推測される。特に、日本の人口の高齢化は予想を上回るペースで進展しており、 先進諸国の中でも例を見ない速さで進むものと予想され、厚生省人口問題研究所「日本の 将来推計人口(平成4年(1992年)9月推計)」等によると、65歳以上の人口が総人口に 占める割合(老年人口比率)は、平成12年(2000年)には17%、平成32年(2020年)には 25.5%と急激な上昇を続けると予想される。この結果、1人の高齢者(65歳以上)に対す る現役世代(20歳から64歳)の人数も、2000年で 3.6人、2020年には 2.1人と予想され、 本格的な少子・高齢社会の到来が見込まれる。

4.情報通信の高度化
第4の潮流は情報通信の高度化である。 高度の情報通信技術の活用は、時間的・空間的制約を大幅に取り払い、個人と地域、組 織、社会との関係や、企業における組織や就業の形態に変化をもたらすことになると予想 される。また、情報通信の高度化は、情報やモノの流れを一変させ、産業の生産性の向上 をもたらすとともに、新たな関連産業や新規雇用を創出することが見込まれることから、 21世紀への明るい展望を開くものとして大きな期待が寄せられている。

第2章 対応すべき構造的諸問題

以上のような大きな潮流の変化は、相互に関連しながら我が国に大きな影響を与えつつ ある。しかし、現在の経済社会構造は、これらの潮流変化にうまく対応できていないため、 様々な構造的諸問題が顕在化してきており、これが人々の将来に対する漠然とした不安感 をもたらしている。現在我々が直面しているこれらの主な問題は、次のように整理できる。

1.新規産業の展開の遅れと産業空洞化
グローバリゼーションの進展の中で、企業は最適な事業環境を求めて積極的な国際展開 を進めているが、日本の高コスト構造や過剰規制の存在等により、本来であれば日本国内 で国際競争力を持ち得る企業までもが海外へその生産拠点を移転することが懸念されてい る。また、経済のファンダメンタルズと乖離した円高が進行する場合には一層この傾向を 強めることになる。さらに、経済発展の新しい局面に入りつつある今、我が国産業は自ら 新しい社会のニーズを的確に把握して潜在的な需要を発見し、次代を担う産業分野を開拓 していくことが不可欠であるが、新しい事業展開が遅れており、我が国産業の空洞化が懸 念されている。このため、我が国としては、情報通信の高度化等を軸に、新規産業を創出 し、新たな経済フロンティアを切り拓いていけるよう、経済の活力を高めていくことが重 要な課題となっている。

2.雇用に対する不安
グローバリゼーションの進展に伴う厳しい国際競争の中で、企業は一層の経営効率化を 目指し、事業再構築を進めており、雇用への影響が生じつつある。また、少子・高齢化の 進行に伴う人口構成の変化の中で、年功的処遇制度等の我が国の雇用慣行には、部分的に ゆらぎが見られ、この影響を強く受けると見込まれる団塊の世代を始めとした中高年層を 中心に雇用への不安が生じている。また、企業の海外展開の進行、新たな雇用を生み出す と期待される新規産業の展開の遅れは、更に雇用に対する不安を高めている。また、日本 経済の先行き不透明感の増大は、新規学卒者を中心に若年層の就職をも困難なものにして いる。こうした雇用に対する不安に対応するためにも、我が国経済の活力を高めていくこ とが重要な課題となっている。

3.少子・高齢社会のくらしへの不安
少子・高齢化の進展に伴い、年金・医療・福祉面における給付が増加していくことが見 込まれるが、これに伴う負担増に対する社会の対応について、国民の間に漠然とした不安 がある。また、後期高齢者(75歳以上の高齢者)比率の増加が見込まれる中で、高齢者介 護への家族の私的な負担の高まりへの懸念が生じている。さらに、労働力人口の伸びの鈍 化・減少により、我が国経済の活力自体が低下していくのではないかとの懸念も生じてい る。このため、人口増加型社会、特に現役世代の増加を前提としていた従来の経済社会の 見直しを行い、国民の不安や懸念を解消し、豊かで安心できる少子・高齢社会への円滑な 移行を可能とする条件整備を進めることが重要な課題となっている。

4.豊かさの実感の欠如への不満
我が国経済社会は新たな段階に入ろうとしているが、社会資本整備や良質な住宅ストッ ク形成の立ち後れ等を背景に、これまでの経済成長の成果が生活の豊かさに必ずしもつな がっていないとの意識が高まっている。また、内外価格差への関心の高まりの中で、その 背景にある我が国経済の高コスト構造が、生活の豊かさを実感する上での阻害要因となっ ているとの意識が一層強まっている。
さらに、多様で個性的な生き方を求めている国民にとっては、従来の大量生産指向型経 済社会を支えてきた企業中心的、集団主義的な経済社会制度や慣行も豊かさの実感の阻害 要因として働いている。このため、豊かさが実感できる社会の構築の観点からも経済社会 の構造改革を進めていくことが重要な課題となっている。

5.地球社会における責任と役割の増大
グローバリゼーションの進展の下、各国の相互依存関係が深まっていることから、各国 は世界経済全体の発展の観点を踏まえた経済運営が求められている。我が国としても、そ の国際的役割を認識し、内外に開かれた経済社会を築くとともに、国際的な自由競争のル ール作りに積極的に参加することにより、世界経済の発展に貢献していくことが重要な課 題となっている。また、世界の人口、食料問題等についても地球社会の一員としてその解 決に積極的に取り組むことが求められているほか、地球環境問題への対応も迫られている。
このように、我が国の地球社会における責任と役割は増大しており、それに十分こたえ ていくことが重要な課題となっている。

以上の諸問題は、決して目新しいものではなく、従前より我が国が直面しつつあった構 造的問題であったが、それに対する構造調整が十分進まない段階で、バブルの発生及びそ の崩壊、円高の進行がこれらの問題を更に顕在化させた。また、資産価格の下落に伴い、 不良資産問題が発生し、金融システムの安定性に対する懸念が生じている。さらに、近年、 阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件等が発生し、国民生活の安全に対する不安が生じて おり、これが、我が国経済社会の先行きに対する不透明感を一層強めるものとなっている。

第3章 政策運営の基本方向

第1節 構造改革の必要性

我が国の内外に生じている大きな潮流の変化は、相互に複合しながら我が国に変革を迫 っている。しかしながら、現在の我が国の経済社会構造は、これらの潮流変化に対応した ものになっておらず、むしろ新たな発展の足かせとなっている面もある。このため、潮流 と経済社会構造がぶつかり合う中で、構造的な諸問題が顕在化しており、将来に対する不 安感をもたらしている。その解決のためには、潮流変化に対応できていない我が国経済社 会の構造を抜本的に改革していくことが必要であり、一人一人の意識改革も求められてい る。構造改革の過程においては、変革に伴うある程度の痛みを伴うことは避けられないが、 構造改革なくしては、現在我々が感じている将来に対する不透明感を払拭し、我が国の中 長期的発展を切り拓いていくことはできない。このような認識の下、構造改革に直ちに取 り組む必要がある。
第2節 構造改革の基本方向

こうした認識に立って、構造改革を進めていく際の基本的方向としては、目指すべき経 済社会のあり方に即して、次の3つの方向で整理することができる。

1.自由で活力ある経済社会の創造
不確実性の高い環境の下、また、厳しい地球的規模の国際競争にさらされる中で、我が 国経済・産業の将来に対する不透明感を払拭し、自ら新たな発展を切り拓いていくために は、改めて自由で活力ある経済社会の創造に大胆に取り組んでいくことが急務である。真 の活力をもたらすには、自己責任の下、自由な個人・企業の創造力が十分に発揮できるよ うにすることが重要である。このため、市場メカニズムが十分働くよう、規制緩和や競争 阻害的な商慣行の是正を進め、個人、企業の自由な活動を確保する環境整備を図ることが 重要である。また、我が国経済の高コスト構造を是正し、新規産業の展開を支援していく とともに、これらを通じ、雇用機会の創出を図り、雇用の安定を図っていくことが必要で ある。自由な企業や個人のイニシアティブが発揮されることは、活力ある地域経済を創出 する上でも有効であり、また、規制緩和等を通じ内外に開かれた経済社会を形成していく ことは、我が国経済の活性化のみならず、グローバルな視点での適切な国際分業体制の構 築にも資するものと考えられる。

2.豊かで安心できる経済社会の創造
経済や雇用の先行きや、少子・高齢社会への移行に伴う将来のくらしに対する不安、豊 かさが実感できないことに対する不満を解消していくためには、豊かで安心できる経済社 会の創造を着実に進める必要がある。そのためには、1.で述べた方向に沿って、経済社 会の活力を高めるとともに、その成果が生活に反映されることが重要である。また、国民、 企業、政府間の適切な役割分担による、自立のための効率的な社会的支援システムを構築 し、少子・高齢社会の安心の確保を図るとともに、防災等の国民生活の安全に係る基盤の 強化や環境と調和した持続可能な経済社会の構築を図っていくことが重要である。さらに、 人々の意識の変化に対応し、一人一人の個性が尊重され、自立した個人が自己責任の下に 多様な選択を行い、多様な役割を持って、参加できるような公正な機会が保障された社会 を目指すことが重要である。このような自立した個人や企業の自由な活動は、経済社会の 活性化にもつながるものと考えられる。

3.地球社会への参画
グローバリゼーションの進展の中で、我が国が、地球社会における責任と役割の増大に こたえていくためには、地球社会への積極的な参画を目指す必要がある。そのためには、 我が国経済が世界の動向と分かち難く結び付いていることにかんがみ、内外に開かれた経 済社会を目指し、制度・仕組みの国際的調和や、国際的なルール作りに積極的に取り組ん でいく必要がある。これは、我が国企業がグローバルな市場で自由に活動することを通じ、 我が国経済の活性化をもたらすのみならず、適切な国際分業を通じ、調和ある対外経済関 係の達成にも資するものと考えられる。さらに、地球社会の一員として、地球的規模での 取組が求められている問題についても、その望ましい対処のあり方や、その実現のための 道筋について自らの考え方を率直に提示した上で、世界の国々と意見交換を行うことによ り、地球社会の発展に積極的に参画していくことが重要である。

以上の3つを基本的方向としつつ、これらを共通して支える基本的政策として、以下の ものが必要である。

4.発展基盤の確立
新しい経済社会を支える基盤として、1)人材の育成、2)科学技術の創造、3)情報通信の 高度化、4)社会資本整備の推進を図ることが重要である。
(1) 人材の育成

経済社会の発展を支える基礎となるのは人である。異なる価値観に対する受容力を持 ち、創造性に富み、様々な経済社会の変化に柔軟に対応し、経済社会を活性化し、安全 で豊かなくらしを支え、地球社会に参画できるような人材を育成することが重要な課題 である。このため、多様な生涯学習機会の提供と自己啓発への支援等により、個人の能 力が発見、開発、発揮、評価される「能力開花型社会」の構築を目指す必要がある。

 

(2) 科学技術の創造
新しい経済社会のフロンティアを生み出す源泉は、科学技術である。従来型の経済成 長が終焉した中で、新たな成長を切り拓いていくためには、創造的な研究開発を推進す るとともに、科学技術を社会のニーズと結び付け、新規産業を創出していくこと等を通 じた、経済フロンティアの拡大や豊かで安心できるくらしの実現を図ることが必要であ る。このため、研究開発という知的創造活動を効果的・効率的に行うことを可能とする 知的資本の整備を進め、「科学技術創造立国」を目指す必要がある。

 

(3) 情報通信の高度化
情報通信の高度化は、現在の世界の大きな潮流の一つであり、その潮流に適切に対応 することが21世紀の経済社会の発展を切り拓くために不可欠である。情報通信の高度化 は、新たな産業や雇用を創出し、豊かで活力ある経済社会の実現に寄与するものと期待 されることから、「高度情報通信社会」の早期構築を目指す必要がある。

 

(4) 社会資本整備の推進
社会資本は、快適な生活環境の形成、安全で安心できる生活の確保、新しい日本経済 の発展基盤の構築といった観点から経済社会発展の基礎となるものであり、その整備の 推進を図る必要がある。

 

5.行財政改革の推進等
上で見た潮流変化や課題に適切に対応し、構造改革を推進していくに当たっては、公的 部門自らも改革を進めなければならない。このため、変化への対応力に富み、簡素で効率 的な行政を確立すべく、行政改革を引き続き推進する必要がある。また、財政の対応力を 回復するため、財政改革を一層強力に推進していく必要がある。

以下では、上で述べた5つの基本的方向に沿って、具体的施策を整理する。