平成8年度世界経済白書
(要約)
平成8年12月
経済企画庁
平成8年度年次世界経済報告(要約)
目次
- はじめに
- 第1章 世界経済の現況
- 第1節 拡大基調が続く世界経済
- 第2節 6年目に入ったアメリカ経済の拡大
- 第3節 緩やかな景気の改善がみられるヨーロッパ
- 第4節 高成長ながらも減速傾向のアジア・大洋州
- 第5節 再び拡大に向かう国際金融市場
- 第2章 公的部門の役割の見直し
- 第1節 歳出規模の拡大
- 第2節 高福祉・高負担の見直し
- 第3節 公的部門と市場経済
- 第4節 市場メカニズムの活用
- 第5節 高齢化に向けた先進各国の取組
- 第3章 アメリカ労働市場のダイナミズム
- 第1節 近年のアメリカ労働市場
- 第2節 賃金格差はなぜ拡大したか
- 第3節 労働市場をとりまく制度が賃金格差に与える影響
- 第4節 生涯賃金からみた賃金格差
- 第5節 人的資本の蓄積による賃金格差の縮小
- むすび
はじめに
世界経済は、95年には景気の拡大テンポはやや鈍化したものの、96年には、先進国でやや加速がみられ、途上国でも全体として加速することから、世界全体として拡大基調は幾分強まるものとみられる。
アメリカ経済は、96年は景気拡大が6年目に入ったが、年後半も安定的に拡大している。また、西ヨーロッパ経済は96年後半、ドイツなど一部の国で緩やかに改善し、基調は明るくなるとみられる。また、数年来高成長の続いたアジア諸国では、東アジアなどで景気の減速がみられるが、総じて拡大している。低迷続くロシアではインフレの沈静化が進み、マクロ経済安定化の兆しがみられる。また、通貨危機から停滞していた中南米経済は96年に入り回復している。 経済の効率化、活性化のための方策として、市場メカニズムを活用する経済構造改革の推進は先進諸国の共通の課題となっている。アメリカとイギリスでは早くから改革への取組が行われ、大陸欧州諸国でも公的部門の見直しなどが始められ、我が国もこうした改革と無縁ではない。本白書では、先進諸国におけるこうした改革への取組を、代表的な事例について検討を加えている。改革への取組は試行錯誤や痛みを伴うものであるが、各国とも効率的な経済システムの構築のため積極的に推進している。また、早くから規制改革などを通じ自由な競争が促進されてきたアメリカ経済の実態は、貴重な実験例と言え、多くの教訓を与えてくれる。そこでは、マクロ的には安定した経済成長や雇用の確保、物価の安定が達成されているが、労働者間の賃金格差の拡大など、公平性の観点などからは問題を生じる可能性が示されている。こうした各国の取組やその影響を検討することは、今後の我が国の進路を考える上でも有意義である。
このような観点から、第1章「世界経済の現況」では、アメリカ、ヨーロッパ、アジアなどの世界主要国の経済動向の特徴を明らかにする。第2章「公的部門の役割の見直し」では、ドイツなど欧州諸国で取り組まれている財政赤字削減の動きを、市場メカニズムの活用、高齢化を睨んだ年金財政の見直しなどの観点から整理する。また、第3章「アメリカ労働市場のダイナミズム」では、アメリカでの賃金格差拡大を主として取り上げ、その要因を分析する。また、失業保障制度など各国における法・制度の違いも検討する。
第1章 世界経済の現況
<第1章のポイント>
- 世界経済は、95年には先進国、途上国とも景気の拡大テンポはやや鈍化したが、拡大基調は維持された。96年には、先進国ではアメリカ、日本での成長率の高まりから、途上国では中南米の景気回復から、拡大テンポが高まると見られている。
- アメリカ経済は、95年末から一時減速したが、96年に入ると拡大テンポを高め、4~6月期の成長率は 4.7%の伸びとなった。年後半に入り、個人消費が減速、住宅投資が減少する一方、設備投資の増加などから、7~9月期成長率は 2.2%と安定的な拡大となっている。
- 中南米経済は、94年の通貨危機の影響を脱し、回復している。
- 95年中減速していたEU経済は、96年後半にドイツ経済が緩やかに改善し、年後半の基調は明るくなりつつある。通貨統合を99年に控え、ドイツ、フランスなど各国で財政赤字の削減に取り組んでいる。
- ロシア経済は、インフレの沈静化の中、91年の改革以降、5割の水準まで減少した生産は、減少幅が縮小傾向にあるが、不透明感がみられる。
- アジアは、総じて景気拡大が続いている。ただし、東アジアでは景気は減速しており、ASEAN諸国でも96年に入ってからの輸出の鈍化により、拡大テンポが鈍化している国もある。
- 95年央以降上昇しているドルの水準を検討するとともに、上昇が続くアメリカの株価に注目する。また、国際資金フローの動向を概観する。
第2節 6年目に入ったアメリカ経済の拡大
1 アメリカ:96年景気拡大テンポ高まる
95年~96年の景気動向は以下のとおり。
95年前半の景気は、94年以降の金融政策の引き締めや、それに先立って上昇に転じていた長期金利の上昇が、耐久財消費や住宅投資といった金利感応的な需要項目を減少させた。また、これら需要の減少に伴い意図せざる在庫の積み上がりが発生し、その調整から需要の減少以上の生産調整が行われ、景気拡大のテンポは鈍化した。
95年後半に入り、長期金利の低下を背景に住宅投資が回復し始めたことや、メキシコなどを始め輸出が回復したことなどから、再び景気は回復に向かった。しかし、95年10~12月期から96年初にかけて、大手航空機メーカーのストライキ、財政協議難航による2度の政府窓口閉鎖や、北東部への豪雪といった特殊要因から、個人消費の減速や政府支出などが減少し、景気拡大テンポは再び鈍化した。
その後、96年2月以降の顕著な雇用拡大に支えられ、耐久財消費が回復したことや情報化投資を中心とした設備投資の大幅な伸びなどから、景気は1~3月期実質GDP成長率で前期比年率2.0%と緩やかな拡大となった。4~6月期には、これら特殊要因の収束や長引いた在庫調整の終了などを背景に、生産活動が活発化し、個人消費や住宅投資が拡大したことから、実質GDP成長率では同4.7%と拡大テンポを強めた。
96年後半入り、耐久財消費や住宅投資が減少傾向で推移する一方で、設備投資の増加や在庫投資が拡大したことなどから、7~9月期は実質GDP成長率で2.2%と安定的な拡大となっている。
96年後半には安定的成長へと向かい始めているアメリカ経済であるが、今後の景気動向を占う上で、以下の材料に着目した。
第1には、消費者信用残高が増大し、対可処分所得比で20%台と過去最高水準で推移している。今後所得の大幅な増加がない場合には、バランスシート調整の必要から、耐久財消費を始めとして個人消費などが減速する可能性がある。
第2には、物価は安定推移しているものの、雇用は引き続き拡大し、失業率が低水準で推移していることから、96年春以降労働需給の逼迫が顕在化し、賃金コストが上昇基調を強めている。このため賃金面からのインフレ懸念の高まりとともに、金融政策の引締めへの転換時期が注目された。
第3には、長期金利の上昇は、金利感応的な住宅投資や耐久財消費をタイムラグを伴って抑制する。96年初からの長期金利の上昇が、7~9月期にはこれらの需要を減少させており、今後も長期金利の動向とともにこれらの需要動向に注視していく必要がある。 第1-2図 第1-3図
2 カナダ:アメリカに牽引された景気回復
96年1~3月期から2四半期続けて実質GDP成長率は、年率 1.3%と緩やかな回復が続いている。96年4~6月期の成長率を需要項目別にみると、アメリカの大幅な景気回復により、外需が大きく寄与した。
3 中南米:緩やかながらも回復基調
メキシコの景気は、95年年央以降、ペソ安とアメリカの景気拡大に伴う輸出増により回復している。物価上昇率は、依然高水準ではあるが、低下傾向にある。これは1)金融・財政引締め策が続いていること、2)為替が安定していることによる。ブラジルでは94年7第4節 高成長ながらも減速傾向のアジア・大洋州月のレアル・プランの導入により、高インフレは沈静化した。金融引締めにより、ブラジルの景気は95年央以降大幅に鈍化したが、96年4~6月期からは緩やかに回復している。アルゼンチンは、1)94年12月のメキシコ通貨危機の影響、2)主要輸出相手国であるブラジルの景気鈍化の影響により、景気は大幅に減速した。96年に入ってからも景気後退から脱出できなかったが、96年4~6月期からは回復の兆しが見え始めている。 第1-4表
第3節 緩やかな景気の改善がみられるヨーロッパ
1 西ヨーロッパ:通貨統合へ向け、財政赤字削減の動き
94年の順調な景気回復・拡大の後、95年初のメキシコ通貨危機を契機とした通貨相場の大幅な変動による先行き不透明さ等から、景気は年後半に大幅に鈍化し、96年初は、厳冬等の影響からドイツ・フランスを中心に景気は足踏みとなった。96年半ば以降、フランスの景気は改善の兆しがみられないが、ドイツなどの景気は緩やかに改善してきている。国によって景気の動きが異なるが、EU全体としては96年半ば以降、景気は緩やかに改善する見込みである。失業率は、95年9月から上昇に転じ高水準である。
経済通貨統合(EMU)の参加には、4項目の収斂基準(物価、財政、長期金利、為替相場)を満たす必要がある。全ての収斂基準を満たすのは95年、加盟15か国中、デンマーク、アイルランド、ルクセンブルグだけであったため、加盟国の多くは特に財政基準(単年度の財政赤字と債務残高)の達成に向け、緊縮的な財政政策を実施している。 第1-5図
(1) ドイツ:95年末より足踏み状態であった景気は、緩やかに改善
95年の景気減速は固定投資の不振によるところが大きい。機械設備投資は、年前半のマルク高により海外向けの新規受注が低下したことに加え、春の賃上げが高水準であったことから輸出部門を中心に企業の景況感が悪化し設備投資意欲が後退したためである。建設投資の不振は、東西ドイツ統一後、移民の流入や優遇税制などによる住宅ブームが終焉を迎えたことが大きい。96年初は厳冬による建設投資の大幅な落ち込みから景気は足踏み状態であったが、96年春から、個人消費や輸出が回復し、在庫調整も進んでいる。さらに、生産や受注の増加、企業の景況感の改善などから景気は緩やかに改善してきている。
財政赤字のGDP比は、景気の減速等から95年 3.5%と通貨統合のための収斂基準を上回った。財政悪化の主要因としては、東西ドイツ統一後6年を経過しても、旧東独地域の復興コストが多額にのぼっていることがある。旧東独地域では、生産性の上昇率を上回るスピードで賃金が上昇した結果、賃金コストが割高となり高失業が続いている。 第1-6図
(2) フランス:景気足踏む中で難航する財政改革
フランスの景気は、95年4~6月期から減速した。景気減速の要因としては、1)フラン防衛のための金融引締め(3月)、2)乗用車買換えに対する補助金制度の終了(6月)、3)付加価値税率の引き上げ(8月に18.6%→20.6%)などがある。95年末には、社会保障制度改革案などへの反発から公共部門のストが3週間半続き、10~12月期の実質GDPを前期比年率ベースで約 1.6%押し下げたといわれる。96年初には個人消費が大きく伸びたが、2月の新税導入や失業率の上昇などにより、その後個人消費は伸び悩み、景気は足踏みを続けている。
フランスでは、90年代初頭の景気減速に伴って財政赤字が大幅に増加した。ジュペ首相は95年11月、広範多岐にわたる社会保障制度改革案を発表したが、このうち、公務員が満額年金を受給するために必要な年金加入期間を延長する案は、年末のストを受けて凍結されるなど、計画通りに法制化が進んでいない。96年9月に発表された97年度予算案は、97年度の一般政府赤字をGDP比3%と見込んでいるが、その内容については、1)フランス・テレコム社の企業年金基金引き受けにあたって、政府が同社から受け取る一時金収入が経常収入として計上されていること、2)社会保障会計の収支見通しが楽観的であること、などの問題点が指摘されている。 第1-7図
(3)イギリス:96年後半から、景気拡大のテンポ高まる
95年のイギリス経済は、ドイツ、フランスなどの景気が停滞する中で、比較的堅調な景気拡大を続けた。ただし、景気拡大のテンポは、1)94年9月以降の金融引締め、2)財政の引締め基調等もあって、内需の伸びが鈍化したことから緩やかなものとなった。96年後半からは、1)個人消費等、内需が引き続き堅調であること、2)在庫調整の進展に伴い生産に回復の兆しが見られることから、拡大のテンポは高まっている。景気拡大テンポの加速に伴う将来的なインフレに対する懸念の高まりなどから、イギリス政府は、96年10月利上げを実施した。
今回の景気拡大局面においては、失業率び持続的な低下がみられる。構造的な失業率についても、NAWRU(賃金を加速させない失業率)は、95年には7%を下回る水準まで低下している。構造的な失業率の低下の要因としては、80年代以降、1)労働時間や賃金に対する規制の撤廃、2)労働組合活動の抑制、3)失業保険給付の給付水準や受給資格の見直しなど、市場メカニズム活用型の労働市場改革が実施されてきたことが挙げられる。これら一連の改革は、労働市場の需給調整能力を高め、今回の景気拡大局面において、インフレ率を高めることなく、雇用の拡大をもたらした。一方、改革の弊害として、賃金格差の拡大や雇用の不安定化といった現象が見られるようになっている。 第1-8図
(4)イタリア:景気は急速に減速
イタリア経済は、94、95年と輸出主導の景気拡大を続けたが、95年末からは急速に減速している。その要因としては、1)ドイツ、フランスなどイタリアの主要輸出国の景気減速やリラの回復に伴い輸出の伸びが鈍化していること、2)EU通貨統合に向け、財政赤字の削減やインフレ抑制的な金融政策を行っていることなどが挙げられる。
96年4月に誕生したプロディ内閣は、EU通貨統合への当初からの参加を最大の目標としている。そのためには、通貨統合の経済収斂基準の達成が必要であるが、イタリアの財政赤字は、収斂規準と比べかなり高水準にある。これに対し、イタリア政府は97年予算発表時に、1回限りのユーロ税を含む財政赤字の削減策を発表し、97年中に財政収支の収斂基準3.0%を達成することを目標としている。財政赤字の削減は、収斂基準の一つである長期金利の低下をもたらすという意味においても重要である。
リラ相場は、年金改革の合意や民営化の進展などの財政改革の進展などにより、リラへの信認が高まっていることから、95年5月以降急速に増価しており、リラのERM復帰への機運は高まっている。 第1-9図
2 中・東ヨーロッパ:引き続き景気の拡大続く
92年以降プラス成長を続けているポーランドは、95年も高成長を遂げ、失業率も依然高水準ながら低下した。未登録貿易を含む輸出の急増は、インフレ圧力となっている。
93年以降、経常収支と財政収支の赤字に苦しんでいたハンガリーは、95年3月に発表した緊急経済政策(「ボクロシュ・プログラム」)により、両赤字が縮小に向かっている。しかし、95年の実質GDP成長率は、他の中・東ヨーロッパ諸国が94年を上回る中で、下回った。
体制転換後、物価上昇率や財政赤字の改善を先行させてきたチェッコは、94年、ようやくプラス成長となり、95年も順調に拡大した。貿易収支、経常収支は、内需の拡大により、95年初から赤字が拡大している。 第1-10図 3 ロシア:インフレ沈静化の中、不透明感の残るロシア経済
実質GDPと鉱工業生産は、95年には減少幅が前年比で大幅に縮小したものの、96年後半から、再び減少幅がやや拡大している。鉱工業生産の動向を業種別に見ると、資源・エネルギー関連は、減少が軽微なものの、軽工業や建材工業等は、内需が低迷していることに加え、輸入品との競合が激しいことから、大幅に減少している。
貿易(CIS諸国との取引を除く)収支は、96年に入ってからも黒字が拡大している。これは、96年に入り、輸出の伸び率が鈍化しているものの、96年1月の一部諸国からの輸入に対する特恵関税の廃止等により、輸入の減少が大きかったためである。なお、CIS諸国との貿易は、上記特恵関税廃止等の影響もあり、ロシアの全輸出入割合に占める割合が高まっている。
94年までの緊縮政策は、国営企業に対する補助金支給などがあまり抑制されなかったことにより、財政赤字を拡大したりマネーサプライの伸びを高くしたが、95年の財政緊縮政策で、歳出規模(GDP比)が抑制され、中央銀行からの借入れによる財政赤字の補填が禁止されたことにより、インフレは、96年に入って沈静化している。
こうしたことから、96年初にはマクロ経済の安定化の兆しが現れていたが、96年後半に入り、徴税率の低下などによる歳入の不足、国債利払い費の増大、選挙公約による社会保障関連等の支出拡大から、財政収支が悪化している。
今後、持続的な経済安定のためには、1)徴税制度の改善、2)未払い賃金の解消などが喫緊の課題となっている。 第1-11表
第4節 高成長ながらも減速傾向のアジア・大洋州
中国では、過熱経済沈静化のため93年央以降引締め策が実施されており、この結果実質GDP成長率は95年の10.2%から96年1~9月期前年同期比 9.6%と低下してきた。これに伴って消費者物価上昇率も、95年の前年比17.1%から96年1~9月期前年同期比 8.8%へと低下してきている。輸出は税制の変更により大幅な減少が続いていたが、その影響が一巡した最近は再び増加している。
インフレ率の低下を受けて、95年10月には国有企業への融資を拡大し、96年5月には預金・貸出し金利が引き下げられるなど、金融緩和に向けた政策転換が図られている。
【アジアNIEs】韓国では、95年後半以降投資が鈍化したのに加え、96年になってからは半導体等を中心とする輸出の大幅な減少から景気はやや減速している。台湾でも95年後半以降の台中関係の悪化などから国内投資や中国向けの輸出が鈍化するなど、景気は足踏みしている。香港では、新空港建設関連の投資が堅調であるものの、不動産市況の悪化や中国返還を控えてマインドの悪化から消費の伸びが思わしくないなど、景気はやや停滞している。シンガポールでは、95年の内需の鈍化に対し、96年には当初製造業や建設業などで活況がみられたが、その後はエレクトロニクス製品輸出の伸びの鈍化から景気は減速している。物価は全体的に安定している。
【ASEAN】インドネシアは、設備投資や消費の拡大等内需主導で成長が続いており、フィリピンでも投資の回復や消費の堅調から成長率は拡大している。タイでは、95年まで投資、輸出主導の景気拡大が続いていたが、96年に入ってからは内需の不振や軽工業品、農産物などの輸出鈍化から景気の拡大テンポは鈍化している。マレイシアでも95年の高成長に対し、96年には金融引締め策がとられたため内需が鈍化し、景気は緩やかに減速している。ベトナムは92年以降工業生産の大幅な増加から高い成長が続いている。物価上昇率は各国とも概ね低下してきているが、経常収支の赤字は貿易収支の赤字拡大などから高水準となっている。
【南アジア】インドでは、工業生産の高い伸びや高水準の農業生産から経済は拡大している。物価上昇率は低下傾向となっているものの、経常収支の赤字幅は拡大している。 第1-12表
オーストラリアでは、95年の引締めにより減速した景気は、96年に入って投資を中心に回復したものの、その後再び鈍化している。ニュージーランドは、94年半ばからインフレ懸念により引締め策をとった結果95年の成長率は鈍化した。物価上昇率は、両国とも低下してきている。経常収支赤字幅はオーストラリアでは縮小傾向にあるが、ニュージーランドでは拡大している。
第5節 再び拡大に向かう国際金融市場
95年前半に急落したドルは年後半から上昇に転じ、96年もドル高基調が続いている。
95年前半、メキシコ通貨危機などを契機に急落したドルは年後半から96年にかけて反転上昇した(モルガン銀行発表のドルの名目実効相場は95年6月末から96年6月末まで9.3%上昇)。その要因として、1)日米欧の効果的なドル買い協調介入などによる市場のドル下落予想の後退、2)対日を中心にアメリカ経常収支赤字の縮小、3)ドイツ、日本の金融緩和、4)アメリカの景気拡大や資産価格の上昇があげられる。
欧州通貨は、95年後半から96年にかけて、一時的に対マルクで下落したこともあったが、ドイツの金融緩和や欧州通貨統合実現期待の高まりからおおむね安定して推移した。 第1-13図
先進主要国の長期金利は95年中、低下を続けたが、96年に入るとアメリカでは景気拡大の強まりから長期金利は上昇に転じた。一方、日本やヨーロッパ各国でも、96年年初に長期金利は上昇したが、その後、日本の低金利持続期待やヨーロッパ各国の財政支出削減、インフレ期待の後退、足踏みを続ける景気や金融緩和を受けて、長期金利は横ばい、もしくは低下して推移した。先進主要国の株価は95年後半から企業収益の改善や低金利などを背景におおむね上昇基調で推移した。
94年から95年前半にかけて、世界的な債券価格の下落やメキシコ通貨危機を受けて国際資金フローは縮小したが、通貨危機の影響の落ちついた96年後半から、国際資金フローは再び拡大に転じている。95年後半からの国際資金フロー拡大の特徴として、1)アメリカなどの機関投資家が日本などの低金利国から資金調達してアメリカ債券などへの証券投資の活発化、2)アメリカの機関投資家などを中心にアメリカからヨーロッパ、日本、アジアの株式購入の拡大があげられる。
今後、国際資金フローが拡大していくかどうかについて、アメリカの機関投資家の投資行動が注目される。アメリカの機関投資家の証券投資行動決定にあたり、アメリカの内外の金利差だけでなく、アメリカの株価の動向が影響していくと思われる。
また国際資金フローが拡大することにより、金融サービスの効率化や資源の適正配分などのメリットが享受できたが、今後このようなメリットを享受していくためには、各国のさらなる金融市場・制度の自由化と健全なファンダメンタルズの維持が必要である。 第1-14図
国際商品価格は95年後半から96年前半にかけてアジアでの需要増などを受けて上昇したが、その後、やや弱含んで推移している。原油価格は94年から世界的な需要増から緩やかに上昇していたが、96年に入ると、寒波や中東情勢の緊迫、アメリカの石油・原油在庫の低水準を背景として10月時点まで上昇基調を強めている。 第1-15図
第2章 公的部門の役割の見直し
<第2章のポイント>- 先進国の財政収支は、70年代後半より赤字化し、政府債務もここ20年間増加を続けており、平時としては歴史的にも特異な状態である。
- 財政赤字の主な要因は、社会保障支出と利払い費を中心とする移転支出の増加によって、歳出規模が拡大を続けたことにある。
- 財政赤字の拡大は、財政の硬直化を招くだけでなく、政府債務の累積により民間投資を抑制(クラウディング・アウト)する。
- 「高福祉・高負担」の財政制度は、公的負担の上昇を通じて、企業の雇用意欲や労働者の就労インセンティブを低下させる。
- 経済の効率化のためには、中長期的な観点からの財政面の見直しだけでなく、規制による関与を含めた公的部門と民間部門との関係の見直しが各国で必要となってきている。
- 経済の活性化のため、公的部門が供給すべき財・サービスの範囲を見直し、民営化などによって供給方法の効率化を図ったり、競争状態を確保するための規制改革が行われている。
- 経済の活性化は、高失業の低下などによって民間の公的負担を軽減し、経済全体にメリットをもたらす。
- 高齢化に伴う歳出膨張圧力は、短期的な予算切り詰めによって対処することは不可能であり、社会保障制度における構造的改革が必要である。
- 医療・年金制度の改革には、市場原理の活用と共に、高齢化に伴う社会的な負担を社会全体としてどのように分担するかの観点が重要になる。
第1節 歳出規模の拡大
1 財政赤字の恒常化とその影響
G7の財政収支のGDP比(一般政府、SNAベース、G7の加重平均)は、63年0.3%の赤字であった。しかし、石油ショックを契機に70年代にはG7全ての国が財政赤字国となり、財政赤字は95年同3.5%にまで達した。過去長期的に見てみると、先進国の財政赤字や政府債務が大きく拡大した時期は、世界大戦や世界恐慌といった経済的混乱時に限られ、平時にもかかわらず、先進国の財政赤字が20年間以上にわたって拡大を続けている状態は、歴史的に見ても特異である。財政赤字の拡大は、歳入(63年GDP比約29%→93年同約35%)を上回るペースで拡大した歳出(63年同約30%→93年同約41%)の拡大が主な要因である。
一般政府の歳出規模の拡大の主要因は、政府最終消費支出や総資本形成ではなく、移転支出の拡大である。移転支出(G7平均)は、63年GDP比10.4%から93年21.7%へと倍増した。
移転支出の中で目立つのが、年金・医療給付を含む社会保障支出の拡大である。社会保障の給付の目的が、60年代に最低生活レベルの保障から生活水準の維持向上へと変質し、社会保障制度は充実化していった。80年代に入ると、財政赤字をもたらした高福祉路線に対して疑問が投げかけられる場面も生じ始め、81年にはOECDから「福祉国家の危機」と題する報告書が発表され、過大な社会保障支出が経済にマイナスの影響を及ぼすことが指摘された。しかし、高齢化や社会保障制度の成熟化の進展を背景に、社会保障支出のGDP比は結果的に63年6.6%から93年同13.8%へと大きく拡大した。
また、公債の利払い費も債務の累積から、63年GDP比1.8%から93年同4.7%へと拡大した。 第2-3,4図
政府債務の累積によって公債供給が増加する場合、利子率が上昇してしまう為、民間部門の資金調達コストは上昇し、結果として民間需要が減退してしまう可能性がある。また、先進国の財政赤字の拡大によって世界的な資金需給が逼迫し、多大な資本流入を必要としている新興経済地域や発展途上国の資金調達が困難になれば、これら地域の収益性の高い投資が阻害されてしまう可能性も高い。
また、先進諸国の高齢化は、今後も続くと見込まれている。高齢化に伴う年金・医療などの社会保障支出は、更に増大すると予想されており、先進諸国の財政の維持可能性が懸念されている。
第2節 高福祉・高負担の見直し
歳入のGDP比は国による違いが大きいが、社会保障支出の増加による歳出増をまかなうため、80年代以降、歳入のGDP比は多くの先進国で増加傾向にある。90年代のヨーロッパの構造的失業の要因の1つとして、「高福祉・高負担」の財政制度がある。高い税・社会保障負担(以下公的負担という)による労働コストの引上げは、手厚い社会保障給付と結びつき、経済の停滞・失業者の増加を引き起こすことになる。特に大陸ヨーロッパでは、高齢化による歳出増をどのようにファイナンスするかという観点だけでなく、雇用拡大の観点からも、高率の公的負担の要因である現行の社会保障制度自体を見直そうという動きがある。 第2-5図
事業主が1人の労働者を雇用する時に支払う労働コストは、従業員が受け取る賃金コスト(所得税を含む)と、賃金外コストに分けられる。賃金外コストとは、事業主と従業員の双方が支払う社会保障負担のことである。ヨーロッパでは相対的に労働コストに占める賃金外コストの割合が高い。高い賃金コストは、労働コストを引き上げるだけでなく、賃金の硬直化を招き事業者の労働需要を阻害する要因となる。
ドイツでは92年初めから、雇用者数が4年半にわたり低下傾向であり、失業率は戦後の混乱期以来の高い水準となっている。これは、景気拡大期においても雇用改善がみられないといった構造的失業によるところが大きい。深刻な構造的失業の解決策として、ドイツでは賃金外コストの削減への取り組みが進められており、一般政府歳出のGDP比を2000年までに東西ドイツ統一前の水準に戻すことを目標に、社会保障制度改革が行われている。 第2-6図
労働所得に対する公的負担が高く、実効限界負担率が 100%に近いと月収が増加しても可処分所得はほとんど増加しない。特に、生活扶助を受給している休職者が所得を高めたいと考え、新たな職(低賃金労働)に就いても、限界負担率が 100%に近いと、労働インセンティブが阻害されてしまう。さらに、扶養家族を持つ労働者の場合、所得税の最低課税限度額が単身者よりも高いことや、児童手当や住宅手当てなどから、失業時の可処分所得が就労時の可処分所得より高い現象が生じ、自らすすんで失業状態に甘んじる非就労者を発生させることになる。 手厚い社会保障給付と高い公的負担の組み合わせは、資源配分を歪め構造的失業などを引き起こすが、失業時の可処分所得が就労時の可処分所得を上回ったり、自らすすんで失業状態に甘んじている非就労者への社会保障給付を勤労者が負担するといった不公平も生じさせている。中長期的には、公的負担が高まると投資・雇用が抑制され、失業者が増加し、こうした新たな失業者の社会保障給付をファイナンスするため、更に公的負担が高まるといった事態を生じさせ、結果として、経済の停滞を引き起こすことが懸念される。
第3節 公的部門と市場経済
「市場メカニズムが円滑に機能するためのルール作り」とは、民間部門に任せておいただけでは効率的な資源配分が達成されない分野に対して、一定のルールを課すことで、消費者の厚生を高め資源配分を最適化することである。規制によって民間が負担するコスト(経済全体でみて望ましいコストを含む)は、税・社会保障負担と比べても小さくないことから、公的部門の役割を考える上で規制の内容を見直すことは、経済の活性化にとって不可欠と考えられるようになってきている。
「資源配分機能」とは、市場メカニズムが十分に働いたとしても市場では供給されない公共財の供給のことであるが、公的部門が実際に供給している財は、純粋公共財以外の財・サービスも多く含まれる(公的供給財の供給)。公的供給財の生産が持つ非効率性を解決するため、多くの先進国で民営化等が実施されてきている。
「再分配機能」とは、所得分配の不公平が大きい時に、再分配を行う公的部門の役割のことであり、市場だけでは所得や富の不公平が生じることから、市場を補完する意味で重要である。しかし、所得再分配が過度であるような場合には、故意に失業に甘んじる非就労者を発生させる等の資源の非効率をもたらす。さらに、高齢化の進展とともに、世代間の所得移転の程度をどのようにするかといったことが公的部門のあり方を考える上で重要となってきている。
「安定化機能」とは、失業やインフレーションといった不安定な変動が生じた場合、民間部門の不安定な変動を緩和するために公的部門が公共支出や税負担の増減を行うことである。安定化機能のうち裁量的政策の是非については、短期的な効果だけでなく、フィイナンス面も含め中長期的に評価する必要がある。不況期の裁量的政策の結果生じた財政赤字をファイナンスするため、増税や歳出削減が実施できなければ、中長期的に政府債務を増加させ、かえって民間部門にマイナスの影響を与えることもある。さらに、通貨統合後、ヨーロッパでは、金融・財政政策の自由度が従来に比べ制約されることから、不況の長期化を防ぐため、需給の不均衡が相対価格の変化を通じて調整されるよう、経済システムを柔軟にする必要があり、構造改革の必要性が従来以上に高まっている。 第2-7表
アメリカでは、2002年までの財政均衡に向け、80年代には実現できなかった医療保障制度改革が実施され、公的扶助制度の見直しを目的とした福祉改革法も成立した。ヨーロッパでは、通貨統合の実現を目指し、マーストリヒト条約の財政基準を満たすため、多くの国が財政赤字の削減に取り組んでいるが、ヨーロッパの取組は、10%を上回る高失業を抱え、財政改革・構造改革の必要性が高まっているためでもある。カナダでは、連邦政府だけでなく、地方政府も財政均衡化に向け、大規模な歳出削減を実施している。ニュージーランドでは、80年代半ばからの一連の経済改革の効果は、90年代に入り徐々に現れてきている。 第2-8図
第4節 市場メカニズムの活用
1 民営化
OECD全体でみると、民営化額(株式売却額)は93年に 384億ドルであったが、96年には 600億ドルに達する見通しとなっており、このところ民営化は加速している。イギリス・ドイツでは現在鉄道の民営化が進展しているが、その方法として「上下分離」(ある産業において外部性や規模の経済性に基づく自然独占が存在する場合に、これを解消するためにインフラ施設の所有・管理者と当該インフラを利用したサービスの提供者を分離すること)が採用されている。イギリス鉄道においては運行部門を25に分割し、また車両についてもリース方式をとるなど、市場における参入・退出コストの低減につとめ、競争的な市場形成を図っている。 第2-9図
2 規制改革
電気通信の分野では、欧米において民営化・規制改革が進展している。主なものとしては、1)アメリカの電気通信法の成立や、2)ドイツのドイツ・テレコムの民営化、電気通信法の制定、3)EUにおける電気通信市場の自由化などがあげられる。これらを背景として、各国の通信業者が連合グループをつくるなどグローバル化も進んでいる。
イギリスやアメリカでは、電力事業への競争原理導入も進んでいる。電力事業における競争条件を確保するためには、参入自由化などの規制緩和だけでは不十分であり送配電網開放義務付け、送配電網利用料金の透明化、情報開示の徹底など、新たなルールの設定が併せて行われている。
また、規制改革により消費者にもたらされたメリットが強調される一方で、規制改革がもたらすデメリットや、技術革新などの産業環境の変化により新たに規制が必要になるケースがあることなどに注意する必要がある。 第2-10図
3 民間による社会資本の供給
各国で民活インフラが検討されるようになった背景としては、1)財政的制約が厳しくなってきたこと、2)公的部門が社会資本を供給する場合の「政府の失敗」が認識されるようになってきたこと、が挙げられる。運輸部門においても、比較的採算性の高い橋梁やトンネル等のプロジェクトについては、民活インフラ活用の可能性が高い。
第5節 高齢化に向けた先進各国の取組
1 先進各国の医療制度改革の動向
多くの先進国では、医療支出のGDP比が上昇しており、また今後も上昇すると見込まれている。医療支出増大の要因としては、高齢化の進行の他に、医療サービスの需給に市場原理が働きにくいことが挙げられる。医療サービスの需給に市場原理が働きにくい理由としては、1)患者の負担感が小さい一方で、医師側は診療すればしただけの対価が支払われることが事前に約束されていること(出来高払い制)が多いため、高額または過剰な医療サービスが処方されやすいこと、2)患者に十分な情報が提供されていないため、医師・病院が患者から比較、選別されるという状況にさらされていないこと、などが挙げられる。 第2-11図
各国の医療制度改革を類型化すると、1)患者負担の引き上げ(患者にコスト・インセンティブを与える)、2)医療供給能力の規制(医療サービスを過剰に供給する誘因を抑制する)、3)診療報酬体系の見直し(医療機関にコスト・インセンティブを与える)、4)医療制度への競争原理導入、などに整理できる。いずれも経済全体での医療費を抑制することにより、間接的に政府の医療支出を抑制しようとするものであるが、1)は医療費分担の見直しにもなる。1)~3)の政策は、医療費抑制の効果を持つが、医療サービスの質を維持しながら医療費を抑制するという観点から、アメリカやイギリス、最近のドイツなどで4)の改革手法が注目されている。 第2-12表
医療制度への競争原理導入政策には、大きく2つの手法が見られる。1)医療保障を一般財政で賄っている国では、公的部門の中に、医療サービスを供給する機関とこれに予算を付与する機関とが対立する状況(内部市場)を意図的に作りだす政策が採られている。内部市場政策は90年にイギリスで採用されたのを皮切りに、93年にはニュージーランドで、95年にはスウェーデンの一部の県でも実施された。2)医療保険が普及している国では、保険者に医療機関を選別させる政策などが活用されている。アメリカでは、70年代以降、HMOと呼ばれる民間の医療保険組織に医師・病院を選別させる動きが進んでいる。ドイツでは、すべての被保険者に、所属する公的医療保険団体を選択する権利が93年に認められ、さらに現在、各公的医療保険団体に医療機関を自由に選択させる制度が政府から提案されている。
医療制度への競争原理導入政策の問題点として、1)患者の医療機関選択権が制約されること2)国民皆保険が実現されていない場合には、低所得の高齢者などが医療保険に加入しづらくなる恐れがあること、3)医療機関に関する情報が専門的な第三者によって市場に十分供給される必要があること、なども指摘できる。ただし、アメリカやドイツでは、こうした課題を克服するための方策も試みられている。今後医療制度の在り方を考えていく場合には、各国の競争原理導入政策の内容とその成果を検討することが有用と考えられる。
2 先進各国の年金制度改革の動向
OECDによれば、G7各国の公的年金の財政は、制度変更がない限り将来逼迫し、多くの国では、将来発生すると見込まれる収支不足を現在価値に割り引いた公的年金の純債務残高が一般政府の純債務残高より大きくなっている。高齢化が進む中でも公的年金を長期安定的に維持していくため、多くの先進国では年金制度の改革が行われている。 第2-13図
1)年金支給開始年齢については、多くの先進国で65歳ないしそれ以上へ引き上げられつつある。96年3月に政権が交替したオーストラリアでは、年金支給開始年齢を主要先進国で初めて70歳まで引き上げることが検討されている。
2)私的年金を活用することによって公的年金の負担を軽減しようとする試みも、多くの国で行われている。私的年金の促進にあたっては、優遇税制などが多用されている。
3)掛け金建ての年金制度は、まず私的年金の分野において、アメリカやイギリスで導入され最近公的年金の分野でも、イタリアやスウェーデンで導入されつつある。私的年金に掛け金建てが普及した背景としては、掛け金建てにおいては、企業年金における会社負担が予測可能であること、加入者にとっても自由度が高いことなどが挙げられる。
公的年金の必要性としては、1)インフレ・ヘッジの必要性、2)逆選択の回避、3)強制貯蓄の必要性、が挙げられてきた。しかし、民間保険市場の拡大、裕福な高齢者の増加、インフレ・リスクの小さい投資対象の増加、強制加入私的年金の普及、介護保険制度の普及などに伴い、公的年金の必要性は変化してきている。公的年金の必要性が変化する中、今後の年金改革にあたっては、国民負担率を抑制しながら制度の維持可能性を確保していくことが重要である。また、年金積立金の増加に伴い、積立金運用の効率化、透明化も課題となる。多くの国で進められている私的年金の促進策については、課題として、1)最低年金の保証、2)規制緩和や制度多様化の検討、3)加入者の年金受給権の保全などが挙げられる。
国際連合の予測によると、勤労世代一人に対する高齢者の数は、1995年の 0.5人から2040年には 1.1人まで上昇すると予測されており、こうした状況の下、世代間の公平の確保が重要になってきている。公的年金制度は世代間で所得を移転させる大きな制度であるから、公的年金制度における将来世代の負担が過重とならないようにすることが重要である。私的負担(高齢者の私的介護など)も含めて世代間の公平を確保するには、雇用政策・租税政策を併せて検討し、裕福な高齢者に対しては、高齢者自身の自助努力を促すことも必要になる。 第2-14図
第3章 アメリカ労働市場のダイナミズム
<第3章のポイント>- 近年、アメリカでは低い失業率が続く中で物価上昇率は安定している。
これは、若年者比率の低下、労働市場の構造変化によるものである。 - 93年以降、1000万人の雇用が生み出されたが、これはサービス産業を中心にしたものであり、高技術職種・高賃金階層の増加が相対的に多い。
- アメリカでは、80年代以降、学歴間・経験間での賃金格差が大きく拡大している。この主な要因は、技術革新の進展や輸入の増加などにより労働需要が高技術者へ相対的にシフトしたことである。特に技術革新の労働需要に与えた影響は大きい。
- アメリカとヨーロッパ大陸諸国を比べた場合、ヨーロッパ大陸諸国の労働市場をとりまく制度は強い。これは、賃金格差をアメリカに比べ小さくする一方で、高水準の失業率の要因ともなっている。
- 賃金格差を長期でみると、転職や職場内での賃金変動により単年でみる場合に比べ縮小する。しかし、近年、賃金階層の移動は小さくなっており、同階層にとどまる比率が高まっている。
- 賃金格差は労働市場におけるシグナルである。80年代の学歴プレミアムの上昇は、若年者の高学歴化を促している。また、アメリカにおける世代間での教育水準の流動性は高い。
- 企業による職業訓練は、賃金格差を拡大させる傾向がある。しかし、アメリカでは、企業による職業訓練は、他の国ほど行われていない。
第2節 賃金格差はなぜ拡大したのか
80年代以降の賃金格差の拡大は、1)学歴の違いによる賃金格差、2)経験の違いによる賃金格差、3)同じカテゴリー内(性別など属性別に細かく分類した労働者のグループ)での賃金格差、で大きく現れているが、男女間格差は逆に縮小している。
1.拡がる賃金格差
性別による賃金格差をみると、70年代には女性の賃金は男性の約半分強であったものが、80年代には大幅に上昇し、最近では男性の70%程度の水準となっている。学歴別にみると、70年代では高校卒以下の相対賃金が上昇し、短大卒以上での相対賃金が低下している。しかし、80年代以降は高校卒以下、特に高校中退以下での相対賃金の低下が著しく、大学卒以上の相対賃金が大幅に上昇している。90年代に入っても基本的な構造は変わっていないが、短大卒の相対賃金は低下に転じている。この学歴の違いによる賃金格差の動きを性別にみると、男女とも70年代に賃金格差が多少縮小したが、その後拡大に転じ、95年には1.7倍程度となっている。また、全期間を通じて女性の方が男性より学歴別賃金格差が大きい。
経験別の賃金格差では、就業経験5年以下の層の相対賃金が70年代から最近まで一貫して低下してきている。一方、就業経験26~35年の層では70年代、80年代と相対賃金を高めてきたが、90年代に入ると伸びが止まっている。就業経験と学歴を組み合わせてみると、全期間を通じた場合には高校卒以上の学歴においては、経験年数の長い階層で相対賃金の上昇がみられる。就業経験でみた学歴別賃金格差をみると、70年代に学歴別賃金格差は縮小するものの、その後次第に拡大し95年には1.75倍程度となっている。学歴別でみた就業経験による賃金格差をみると、70年代から一貫して経験年数の長い階層の相対賃金が上昇している。
2.労働供給の変化
性別・学歴別での労働供給の変化をみると、女性と高学歴者のシェアが上昇している。全期間を通してみると、相対賃金と供給の変化の方向は一致しているが、年代ごとにみると、70年代には学歴別での賃金の動きは供給の動きと逆になっているのに対し、80年代以降はおおむね一致している。
就業経験年数別での労働供給の変化をみると、70年代にはベビーブーマー世代の労働市場への参入から未熟練労働者のシェアが上昇しているが、80年代以降は同世代の高齢化に伴い職歴が長い層のシェアが拡大している。労働供給の相対的変化と賃金の動きを合わせてみると、経験年数の短い層での賃金が70年代から一貫して低下している。
労働供給の変化と賃金変動との関係をみると、70年代には労働供給の相対的増加が賃金を引き下げる関係にあるが、他の時期においてはこうした関係をみることができない。しかし、トレンドを除去することで労働需要増に伴う賃金上昇の要因を除くと、全ての期間において労働供給の増加は賃金を低下させる関係が示されている。 第3-5表
3.産業間・産業内での労働需要シフト
性別・学歴別に産業別の雇用者シェアをみると、製造業は男女とも低学歴層においてシェアが高い。一方、医療・企業サービスや教育及び社会福祉は高学歴層においてシェアが高い。職種別にみると、低学歴層での生産・サービス労働者シェアが高いのに対し、高学歴層では専門家・技術者・経営者が高くなっている。また、女性の販売員及び事務員のシェアが高い。
産業別・職種別雇用シェアの変化をみると、産業別では製造業のシェアが低下しているのに対し、医療・企業サービスが大きくシェアを伸ばしている。職種別では、専門家・技術者・経営者のシェアが大きく上昇しているのに対し、生産・サービス労働者のシェアが大きく低下している。シェアを拡大させている産業・職種には高学歴者、女性のシェアが高く、産業別・職種別雇用シェアの変化から、高学歴者や女性に対する需要が相対的に増加していると考えられる。
労働需要の変化を産業間と産業内とに分けてみる。産業間での労働需要のシフトは、産業構造の変化によるものであり、男性における低学歴層への相対的な需要の減少、女性への需要増加となって現れている。一方、産業内シフトは、同じ産業内でも資源配分の変化によるものであり、高学歴の男性への需要増加となって現れている。 第3-6表
4.技術進歩の影響
ハイテク資本比率、研究開発投資比率はともに80年代大きく上昇している。特に上昇が著しい産業をみると、製造業では産業機械など、サービス業では通信、ビジネスサービスなどとなっている。これらの産業は、学歴プレミアムが80年代に大きく上昇している産業とほぼ見合っていることから、学歴プレミアムとハイテク資本比率、研究開発投資比率との関係をみると、ハイテク資本比率、研究開発投資比率の上昇は学歴プレミアムを引き上げるという結果が得られる。
業務にコンピュータを使用している労働者の比率は、84~93年の間で2倍となっている。性別では、女性の使用比率が高く、また学歴別では、高学歴者ほど高い。特に大学卒以上では93年には約6割がコンピュータを使用している。年齢別では25~39歳層の比率が最も高く、職種別では、ホワイトカラーの使用比率が圧倒的に高い。賃金決定に及ぼすコンピュータ使用の有無の影響をみると、コンピュータ使用可能な労働者が約2割程度高い時間当たり賃金を得ていることがわかる。 第3-7表
5.その他の影響(輸入の増加と移民の増加)
アメリカの労働市場には移民の参入が多く、特に、80年代後半にはメキシコからの移民の流入が急増している。流入してきた移民の職業より、その学歴別労働需要に与える影響をみると、低学歴層、特に男性の労働需要を減少させる効果があったことがわかる。
アメリカの輸入の増加を産業別に国内生産に対する割合でみると、70年には国内生産10%以上を輸入している産業は僅かであったが、90年になると、ほとんどの産業で輸入依存度が高まっており、特に玩具等、自動車、衣料品などで高くなっている。こうした輸入割合の上昇の労働需要に与える影響をみる。まず、生産の減少による雇用への影響が職種に関係なく一様に働くとすると、低学歴層の女性において需要の減少が著しい。次に、生産減少の影響が生産部門従事者のみに現れると仮定すると、男女とも高校卒以下で労働需要の減少がみられる。
アメリカでは、80年代後半、メキシコ移民の急増により移民の流入が大幅に増加した。流入してきた移民の職業をみると、70年には専門家の割合が最も高かったが、85年には、操作員、製作者、工夫やサービス業が専門家を上回り、90年にはその傾向が一層強められた。このような移民の急増とその職業の変化が労働需要に与える影響をみると、低学歴層、特に男性の労働需要を減少させる効果があったことがわかる。 第3-8表
第3節 労働市場がとりまく制度が賃金格差に与える影響
1 労働市場を取りまく制度の変化は賃金格差を拡大させたか(アメリカ)
アメリカでは、1)70年代後半~80年代半ばまでの雇用情勢の悪化、2)製造業のシェアの縮小3)女性の労働参加率の上昇などを背景に、70年代以降組合組織率は、一貫して低下している。労働組合は、その団体交渉力により組合員、特に、組織率の高い製造業ブルーカラーや低学歴者の賃金を引き上げるため、組織率の低下は、ブルーカラーとホワイトカラー、高校卒と大学卒の労働者間の賃金格差を縮小させる効果を持っている。アメリカでは、組織率の低下がブルーカラーとホワイトカラー、高校卒と大学卒の間の賃金格差の拡大の2.5割~3割を説明している。
最低賃金制度は、賃金の最低限度を設定することにより、低賃金労働者の賃金を保障する制度であるため、平均賃金と最低賃金の乖離は、それだけ賃金のバラツキを大きくし、賃金格差を拡大させる。アメリカにおける最低賃金は、80年代以降改定がほとんど行われず、その結果最低賃金の平均賃金に対する比率は低下したが、このことは賃金格差の拡大につながった。
2 労働市場を取りまく制度と賃金格差
労働需要を、主要国の産業別労働者数でみると、各国ともサービス化の進展に伴い、雇用に占める製造業のシェアが低下し、サービス部門のシェアが高まっている。また、サービス産業の内訳を見ても、各国の間で大きな差異は見られない。労働供給についても、各国間で高齢化の進展の程度や時期がやや異なっているものの、各国とも労働力人口の伸び率は徐々に低下している。このことは、労働需給の違いは、各国の賃金格差の大きな要因とは言えないことを意味する。 第3-9表
アメリカ、イギリスなどでは組合の組織率が低いことに加え、組合が賃金決定に与える影響力も小さい。フランス、ドイツでは、組織率は低いものの、組合が賃金決定に与える影響力は大きい。北欧諸国では、組合組織率は高く、影響力も大きい。OECD諸国について、賃金格差と組合の影響力の関係を見ると、組合の影響力が強い国ほど、賃金格差が小さく、組合の影響力が弱い国ほど、賃金格差が大きくなっており、組合の影響力の違いが、各国の賃金格差の違いの一因となっていることが分かる。 第3-10図
フランスでは、最低賃金は物価にスライドして改定されることに加え、毎年1回一般的な労働者の実質賃金上昇率の2分の1以上最低賃金を引き上げなければならないことが規定されているため、高い伸びを続けている。その結果、最低賃金の平均賃金に占める比率は、上昇を続けており、最低賃金制度が低賃金層の賃金を下支えし、賃金格差の拡大を抑制する機能を果たした。
各国の失業保険給付制度を比較すると、アメリカや、イギリスの失業給付水準が低く、ドイツ、フランスの給付水準が高いことが分かる。また、給付期間についてもアメリカやイギリスの給付期間はドイツ、フランスに比べて短くなっている。
各国の失業給付水準と賃金格差の関係を見ると、失業給付水準が高い国ほど、賃金格差も小さくなる傾向にあり、各国の失業給付制度の違いが各国の賃金格差の違いに影響を与えていることが分かる。 第3-11図 第3-12図
3 賃金格差とは何か-失業率との関係からの考察-
労働組合の賃金決定への影響力と失業率の関係を見ると、影響力が強い国ほど、失業率も高水準にある。また、組合の影響力が強いほど、低賃金雇用の割合が低下していることから、労働組合の存在により低技術者の賃金が高止まりし、雇用が抑制されていることが分かる。
最低賃金の平均賃金に占める割合が上昇しているフランスでは、失業率が上昇している。一方、その割合が80年代以降低下しているアメリカでは、失業率の低下が見られることから、最低賃金の上昇は雇用を抑制する効果を持っている。
手厚い失業保険給付は、失業者、特に低賃金労働者の就労インセンティブを阻害し、雇用を減少させる。OECD諸国では、失業給付水準が高い国ほど、低賃金労働者の雇用のシェアが低くなる傾向があり、また、失業給付期間が長い国ほど、失業者に占める長期(1年以上)失業者の割合が高くなっている。これらの事実は、手厚い失業給付水準がヨーロッパにおける高失業の原因であることを示唆している。
賃金格差と失業率の間にはトレード・オフの関係が見られるが、賃金格差を失業率とのトレード・オフという側面のみで考えるのは正確ではない。賃金格差を賃金労働者間だけでなく、失業者や労働市場不参加者も含めて考えると、ヨーロッパでの失業格差は、より大きなものとなるはずである。
経済環境の変化のなかで頑健性のある制度とは、1)家計の最低限の生活を保障しながら、2) 労働者の就労インセンティブや企業の労働需要を抑制せず、3)経済環境の変化による労働需要の変化に対応し人的資本の蓄積を促すような制度であると考えられる。
第4節 生涯賃金からみた賃金格差
1.長期における賃金格差の動向
賃金格差を平均賃金に対する賃金の乖離として捉え、グループ間とグループ内とに分けてみると、賃金格差は累積年数が多くなるほど縮小している。また、80年代以降の格差拡大は、グループ間での拡大とともに、グループ内での格差の拡大が大きく寄与している。賃金格差が累積年数を多くするほど縮小するのは、賃金が時間とともに変動するからであり、これをグループ間、グループ内でみると、グループ間が期間を長くとっても1~2割程度しか縮小しないのに対し、グループ内の格差は4~5割程度縮小している。これは、個人の属性による格差が縮小しにくいのに対し、同じ属性をもつグループの中での格差は、年を重ねることで大きく縮小することを示している。グループ内での賃金格差が大きく縮小する要因としては、賃金が年を重ねるにつれ、労働者の転職や職場内での賃金変動により、各人の人的資本に見合った水準に収束していくからと考えられる。 第3-13表
2.賃金階層の移動
賃金水準を4階層に分け、1~5年後の賃金階層の移動をみると、第2、第3階層にいる者は、時間とともに階層を大きく移動し、5年後に同階層にとどまる割合は4~4.5割程度となる。一方、第1、第4階層にいる者は、同じ階層にとどまる割合が高いが、それでも5年後には、3~4割の者は他の階層に移動する。このような賃金階層の移動を時系列的にみると、近年全ての階層において低下している。これは、技術水準に見合った賃金決定の普及、技術習得に必要な期間の長期化により、相対的な賃金水準が変動しにくくなったことを示している。 第3-14図
第5節 人的資本の蓄積による賃金格差の縮小
1.教育の機会均等
1年以内に高校を卒業した16~24歳の大学進学率をみると、80年代では男女とも進学率が大きく上昇しており、80年代の学歴プレミアムの上昇は大学進学率を上昇させたということができる。また、父親の学歴が子供の学歴に与える影響をみると、父親の学歴が高い程子供の学歴も高いが、その割合はそれ程大きなものではない。性別、人種別にみると、全ての層において、高校中退以下の父親の子供の2割以上が短大卒以上であり、また、黒人男性以外では大学卒以上の父親をもつ子供の約5割、黒人男性では7割が、父親の学歴よりも低い学歴にとどまる。父親と子供の学歴比率が同じであると仮定し、孫の世代の学歴を推計すると、祖父の代の学歴ギャップが大幅に縮小されていることが分かる。したがって、教育水準の世代変動をみる限り、アメリカにおける教育の流動性は高い。 第3-15表 第3-16表
2.企業による訓練が果たす役割
アメリカでは若年者の多くが何らかの訓練を受けている。性別、人種別での受講率はほぼ同じである一方、学歴別では大きく異なっており、高校中退以下では50%以下であるのに対し、短大卒以上では、延べ人数で100%以上になっている。これは、企業による訓練プログラムの受講が、高学歴層に大きく偏っているからである。訓練の種類ごとの賃金上昇に与える影響をみると、企業による訓練プログラムの効果は有意でかつ大きいが、その他の訓練については、有意な結果が得られない。企業による訓練が既に賃金、学歴ともに高い者が多いことを考えると、企業による訓練は、賃金格差を更に拡大させる効果をもつものと考えられる。アメリカの企業による訓練は他国に比べて割合が低い。これは、若年及び職歴の少ない労働者の転職が多いため、企業のインセンティブが低いことによる。一方、アメリカでは各分野における大学の競争力が高く、その技術習得に果たす役割は大きい。
むすび
将来の高齢化社会を控え、累増している財政赤字を削減し、高い失業率など構造的な問題から脱却するため、市場メカニズムを活用して効率的な経済活動を実現していくことは先進諸国では広く共通認識となっている。規制改革などにより市場メカニズムを活用していくということは市場参加者の自己責任を増すことである。規制改革により新規参入が可能になったとしても、新たな参加者に自己責任によるリスクを求めないのであれば、既得権者から新しい参加者へのレントの移し変えに過ぎなくなる。規制改革による便益は最終需要者である消費者に広く配分されることが望ましい。そのためには情報の開示や競争条件の整備など市場のルール、フレーム・ワークを整備し、新たなレントの発生を防ぐことが政府の重要な役割となる。このような環境整備があって初めて市場機能が十分に発揮される。
市場メカニズムの活用が進み、効率的な労働力の配分の進んでいるアメリカ、イギリスでは失業率は低下し、物価の安定も実現しているが賃金格差は拡大している。手厚い社会保障制度が存在し、様々な社会的な制度が温存され、労働市場の効率性が阻害されている大陸欧州では物価の安定が実現し賃金格差は小さいが、失業率は高い水準となっている。また、独自の雇用慣行を持つ日本では物価の安定はもちろん、賃金格差も小さく失業率も上昇してきたとはいえ欧米に比べ水準は低くなっている。しかし、市場を通じる人的資源の配分が行われにくい面があることから個々の企業は雇用の過剰感を抱え、その調整に迫られているほか、非貿易財部門では労働生産性が低く、貿易財部門との賃金コストに大きな差を生じ、現行の為替水準で見た場合のサービス価格を国際価格から見て高いものとしている。いずれの場合にも、産業構造の変化による調整コストが異なった形態で表れている。
今後とも先進諸国において産業構造の転換は避けることはできないのであれば、雇用などに表れ易い調整コストを小さなものとすることが求められる。そのためには、規制や制度を見直し、民間部門の自主性の発揮できる環境を作り出し市場メカニズムを通じる調整を活用することでより効率的な経済システムを構築することが必要とされる。こうした改革の方向は、スタートの時期は違うものの、アメリカ、ヨーロッパにおいて共通している。同時にそうした改革は、短期的には労働者に負担をかけやすく、既得権益者の抵抗が強いことから困難な途であることは想像に固くない。しかし、それは中長期的には活力ある効率的な経済社会を実現する途であり、将来世代への負担を軽減し、望ましい経済システムを残すためにも避けることができないものである。効率的な経済システムへの移行が進んだ場合においても、賃金格差などの社会問題につながりかねない副産物を伴う可能性が高いことを忘れてはならない。