第1章 (2)地域経済における製造業
前節の日本全体における製造業の概況を踏まえ、本節では、地域ごとにどのような違いが生じているのかを確認した上で、製造業を中心とした集積について、理論的な背景をみていく。
1.地域の産業構造
(北関東、東海では域内生産の3割以上、北陸、中国も4分の1以上が製造業)
まずは、地域ごとの産業構造について、県民経済計算からみていく。ここでは、直近の2021年度について、縦軸にその地域内での当該経済活動の県内総生産シェア、横軸に国内総生産(GDP)に占めるその地域の県内総生産シェアをとった、マリメッコチャートでみていく。縦軸が地域内、横軸が全国に占めるシェアのため、その掛け算となる各マスの面積は、GDP全体に占めるその地域・産業のシェアとなる4。
地域内のシェアに注目すると、北関東、東海では3割以上の付加価値シェアを製造業が占め、北陸、中国も4分の1以上を占めている一方、北海道、沖縄では1割を切るなど、地域によって差異が大きい。また、地域ごとのシェアをみていくと、南関東が全体の約3分の1、近畿で15%、東海で13%と、三大都市圏を含む3地域で全体の半分以上の生産額シェアを占める。地域・産業別に面積の大きい順に並べると、南関東の卸売・小売業、南関東の不動産業に次いで、東海の製造業、南関東の製造業、近畿の製造業がそれぞれ3、4、5位となっている。その後は南関東の各産業が続く中、北関東の製造業も9位となるなど、多くの地域で製造業が経済全体に与える影響は大きい(図表1-8)5。
(東海の輸送用機械は域内の4割以上、全国の全製造品の1割以上の出荷額)
続いて各地域の製造業内の構造を分析する。ここでは、経済構造実態調査の製造品出荷額を利用して、県民経済計算では取れない製造業の内訳をみていく。
まずは地域内のシェアに注目すると、東海では、製造品出荷額のうち4割以上が輸送用機械となっている6他、中国及び九州の輸送用機械が域内シェア18%、北関東の輸送用機械は同16%となっている。また、地域のシェア自体は大きくないものの、甲信越は4分の1以上、北陸は20%以上が一般機械の出荷となっている。
地域ごとのシェアをみていくと、東海が全体の約4分の1、近畿、南関東が約16%ずつと、こちらも三大都市圏を含む3地域で全体の半分以上の生産額シェアを占める。地域・産業別に、これらを掛け合わせた面積の大きい順に並べると、東海の輸送用機械は全体の10%以上を占めて1位、東海の電気機械、近畿の一般・精密機械が3%前後で続き、4位が東海の一般・精密機械と、輸送用機械以外も含め、東海が非常に大きなウエイトを占めていることが分かる(図表1-9)。
(製造業の就業者数シェアも北関東、東海、北陸等で高く、生産性も高い)
次に、各地域の産業別就業者数より、各地域の雇用構造について確認する7。製造業の生産額割合が3割を超えていた北関東、東海をみると、いずれも域内の就業者数シェアで2割以上を占めている。また、甲信越、北陸、中国も全国平均(15.6%)を上回っている一方、生産額割合が1割未満の北海道、沖縄については、就業者数シェアも1割未満となっている(図表1-10)。
なお、製造業について、生産額の小さい沖縄を除いて、いずれの地域内においても生産額シェアより就業者数シェアの方が小さくなっていることから、生産額を労働者数で割った労働生産性は、全産業平均より高いことが分かる。特に、東海は生産額シェア÷就業者数シェアが1.49と、全産業平均の約1.5倍の生産性となっている。
2.地域の輸出構造
本項では、前節で比較優位のあった製品の輸出について、地域単位で確認する。
(自動車、自動車部品とも東海が5~6割を占める一方、中国向け自動車輸出は九州も多い)
まず、輸出額の多い輸送用機械、特に自動車及び自動車部品の輸出について、地域別8にみていく。
自動車は、東海からの輸出が圧倒的に多く、全輸出額の約半分が東海から輸出されており、米国向け、欧州向けともに、他地域の3倍以上の輸出額となっている。輸出先ごとにみると、米国向け・欧州向けは、東海に次いで、北関東、中国が多くなっている。一方で、中国向けについては、九州からの輸出が東海の8倍となっているなど、地域によって輸出先が分かれており、例えば輸出先国の景気後退の影響は、地域によって相当程度異なってくることになる(図表1-11(1))。
自動車部品についてみると、全体の6割以上が東海から輸出されており、輸出先によらず出荷港は東海が1位となっている。東海に次いで多いのが、これも輸出先によらず南関東で、両地域合わせて85%の自動車部品が輸出されている(図表1-11(2))。
(建設機械は近畿、半導体等製造装置は南関東からの輸出が最大)
続いて、一般・精密機械で国際的な比較優位の高かった建設用・鉱山用機械、半導体等製造装置をみていく。
建設用・鉱山用機械については、全世界へは近畿からの輸出が多く、特に米国向けについては半分以上が近畿から輸出されている。次いで多いのは南関東だが、3位については欧州向けの輸出額が大きい東海であるのに対し、米国向け等では北関東が3位となっている(図表1-12(1))。
また、半導体等製造装置については、いずれの国・地域向けも南関東からの輸出が多くなっており、総額では近畿、中国と続く。米国向けについては東海が南関東に次いで多いなど、こちらも地域によって輸出先には特徴が表れている(図表1-12(2))。
3.製造業の集積に関する理論
本章の最後として、製造業の集積に関する理論的な分類を基礎にして、前項まで述べてきた産業構造の違いの背景を考察する。
(イノベーションや生産性、コスト面で集積が進展、機械工業は城下町型集積が多い)
製造業をはじめとする産業の集積については、空間経済学や経済地理学といった分野で研究されてきた。その中で、産業の集積は、知識のスピルオーバー効果によるイノベーションへの期待や、関連インフラの充実や大規模化による生産性の向上、取引関係のある企業が近くに立地することによる取引費用の低下など、様々なメリットが指摘されている9。
こうしたメリットは集積後のメリットであるが、集積が形成される経緯については、元々は、例えば港湾の近くで輸送コストが低かった、あるいは伝統産業により培われてきた技術があったなどの差があった。そうした様々な差が歴史的に積み重なり、集積が進むにつれ、経路依存的な形で、各地における特徴的な集積が見られるようになった。
松原(2019)では、日本の産業集積について、米国の経済地理学者のマークセンに基づき、比較的狭い地域に関連中小企業が水平的に集積するマーシャル型、ハブとなる大企業を中心に部品供給等の中小企業が集積し、いわゆる企業城下町型が形成されるハブ・アンド・スポーク型、大都市圏の外縁や地方の高速道路沿いの工場団地内に、分工場などが集まるサテライト型の3種類に分類している10(図表1-13)。このうち、次章では、自動車をはじめとする機械工業に多いとされる、企業城下町型の集積地域を中心にみていく。