第3章 (2)賃上げ・好循環の波及に向けて
本節では、本レポートのまとめとして、地域の賃上げの波及において重要な中小企業の状況を確認した上で、今後の賃金・所得から消費への好循環に向けた課題を整理したい。
1.今後の賃上げ
(毎年賃上げできる中小企業の割合は大企業と遜色ない)
持続的な賃金上昇を幅広く実現していく上では、地域を支える中小企業に目を向ける必要がある。中小企業の業況は、2章でもみたように、おおむね横ばいで推移している。こうした中、民間調査機関のアンケート調査によると、2025年の中小企業の賃上げ実施率は、いずれの地域においても大企業と遜色ない水準となっている(図表3-15)。
また、今後5年間の賃上げ実施見込みについて、60%以上の確率で毎年実施できるとする割合をみると、中小企業でも全国平均で約3分の2であり、大企業と遜色ない。地域別にみると、60%以上の確率で毎年実施できるとする企業は、関東の大企業で8割近くとなっているほかは、おおむねどの地域も大企業・中小企業ともに6~7割程度の水準となっている(図表3-16)。
(2025年の春季労使交渉では、地方部においても高い伸び)
最後に、都道府県別に公表されている本年の春季労使交渉の結果について記したい。
4月17日時点において、結果が開示されている36都道府県の賃上げ率34をみると、27の都道府県で5%を超えており、3県では6%を超えている。従業員規模が300人未満の事業所計をみても、5%を超えたのは、開示されている27都道府県のうち12と過半に迫る状況である。(図表3-17)。未回答の組合も多いために今後の回答にも注視していく必要はあるものの、現時点では賃上げが地方にも波及している様子がうかがえる。
2.まとめ
(賃金雇用動向は堅調も、物価上昇の影響で消費は力強さを欠く)
本レポートでは、2024年以降を中心に、賃金雇用動向とその背景についてみた上で、消費動向を確認した。
概観すると、いずれの地域においても、フルタイム・パートとも賃金の伸びが加速する中、人口が流入している関東・近畿を中心に雇用も伸びている。それ以外の地域においては、人口が減少する中でも雇用は横ばいとなっており、労働需給は引き締まった状態が続いている。
また、企業の業況判断や価格転嫁状況をみると、東北や北陸、中国・四国などの地域でやや弱さがみられるものの、省人化投資も含めたソフトウェア投資が進展する中で、2024年の業況は改善していた。特に、原材料費の価格転嫁が進む地域ほど業況は改善しており、労務費についても、労務費転嫁指針によって価格転嫁率が上昇しており、その更なる認知度向上と実効性確保が課題である。地域において少なくない割合を占める公的部門の賃金は上昇傾向にあるが、民間賃金と比較すると、低い伸びにとどまっている。最低賃金についても、2024年度改定で大きく上昇したが、引き続き引上げ余地は残っていると考えられる。
こうした環境の下、食料やガソリン等を中心に物価上昇が加速し、消費者マインドは、このところ弱含んでいる。こうしたこともあり、雇用・所得環境の改善を背景に消費は持ち直しの動きが続いているが、地域によっては財消費を中心に力強さを欠いている。
今後については、まずは2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現が重要であり、同時に、物価上昇に負けない賃上げを実現していくことにより、消費者マインドの改善を伴って消費が増加し、それが次の賃上げに繋がっていく好循環を生み出していくことが重要である。
(価格転嫁や省力化投資、事業再編を通じた稼ぐ力の向上により、持続的な賃上げを)
2025年に入り、米国の通商政策による不透明感がみられ、製造業を中心に、これまでの業況や収益環境にも大きな変化が生じる可能性がある。こうした懸念材料があるものの、物価上昇に負けない、持続的な賃上げの実現は、地域経済の好循環を回す観点からも喫緊に取り組むべき課題である。そのためにも、適切な価格転嫁や省力化投資を通じた生産性向上、経営改善及び事業承継・M&Aなどの事業再編支援により、企業の稼ぐ力や地域の可能性を引き出す取組などが重要である。
また、地方においては公的部門の割合が大きい。内閣府政策統括官(2024a)によれば、地方公務員の雇用者報酬が1%増加すると、県内総生産は0.01~0.06%の増加が見込まれる。公的部門の雇用者においても物価上昇に負けない賃上げを継続していくことが地域経済の好循環を回していく上でも重要であり、まずは適切な賃金改定及びその反映が必要である。それに加え、省力化投資、業務全体のDX化によって効率化を進めることも重要である。
本レポートが地域の持続的な賃上げを実現していく上での一助となれば幸いである。