第2章 (4)最低賃金引上げの影響
本章の最後として、最近の最低賃金引上げについて都道府県別に確認するとともに、パート・アルバイトを中心とした時給への影響について分析をしていきたい。
1.最近の最低賃金の引上げについて
(2年連続で過去最大の引上げにより、最低賃金1,000円超は16都道府県に増加)
まず、全国加重平均15の最低賃金の推移をみると、コロナ禍の2020年度を除き、近年着実に上昇傾向が続いている。2023、2024年度は2年連続で引上げ幅が過去最大16となり、2023年度に初めて全国加重平均値が1,000円を超え、2024年度は1,055円となった。1,000円を超える都道府県数は、2023年度には8、2024年度は16と増加している(図表2-25)。
(答申後、2か月で4割程度、半年後までに6割程度がパート・アルバイトの募集賃金に反映)
こうした最低賃金の引上げがパート・アルバイトの時給に与える影響について、求人情報サイトに掲載されている募集賃金データを抽出・集計した週次のビッグデータで確認したい。なお、最低賃金は、各都道府県における地方最低賃金審議会の答申後、おおむね2か月後に発効(改定)される17。
2021年度以降の最低賃金の引上げ率とパート・アルバイトの平均募集賃金の上昇率を比べると、おおむね最低賃金引上げ率の4割程度が8月から10月にかけてパート・アルバイトの平均募集賃金上昇率に反映され、半年後までに6割程度反映されることが分かる(図表2-26(1)、(2))。改定の発効前に募集賃金が上昇するのは、各都道府県の答申が出た後、発効までに最低賃金の引上げ分を見込んで、募集賃金を引上げているためと考えられる。また、最低賃金の引上げ幅が拡大した2024年度のみでみると、半年後までに66%が反映されており、3月初週までの数値をみると、7割以上が反映されている。
以上のことから、最低賃金の引上げが、パート・アルバイトの平均募集賃金を押し上げる関係性が観察できる。
2.2024年度の最低賃金引上げの影響
続いて、過去最大の引上げとなった2024年度の最低賃金引上げの影響について確認していく。
(ボーナスも含めた現金給与総額ベースのカイツ指標は0.40)
最低賃金引上げの影響をみるため、カイツ指標18を確認したい。カイツ指標とは、最低賃金の平均賃金への近さを表す指標であり、本レポートでは、「都道府県別最低賃金/都道府県別時間あたり平均給与19」と定義している。1に近いほど、最低賃金が実際に支払われる給与と近いため、最低賃金引上げが給与に与える影響が大きい一方、特に労働需給が緩んでいるような状況では、雇用への影響にも留意が必要となる。
まず、フルタイム・パートの双方を含めた就業形態計について、ボーナスも含めた現金給与総額ベースでみると、2024年の平均で0.40となっている。また、2024年度の最低賃金改定の影響をみるため、最低賃金改定から1~2か月経過した2024年12月でみると、0.50となっている(ボーナス支給月であるため、その影響を除いた所定内給与ベースで比較している)。
(フルタイム労働者のカイツ指標はここ3年上昇も、水準としては高くない)
続いて、フルタイム労働者のカイツ指標の推移を都道府県別にみていきたい。各年の最低賃金反映の状況をみるため、また変動の大きいボーナスの影響を除くため、各年12月の所定内給与でみていくと、ほぼ全都道府県で上昇している中、水準は三大都市圏から地理的に離れるほど高くなる傾向がみられる。2024年12月の水準は、全国平均で0.47、東京都、青森県を除くと0.45~0.55の範囲にある(図表2-27)。フルタイム労働者の平均賃金上昇率は近年の最低賃金の上昇率ほどではないため、カイツ指標は上昇しているものの、フルタイム労働者の平均賃金水準は十分高く、最低賃金の引上げによって雇用に大きな影響を与えているわけではないといえる20。
(一部都府県では引き続き最低賃金の引上げ余地あり)
続いて、パート時給(平均)でみた都道府県別カイツ指標をみると、2024年12月は、下位3都県を除くと、0.73~0.83の範囲にあり、フルタイム労働者の平均賃金でみた場合と比べて高い(=平均賃金の水準が低い)。2024年の順位でみると、秋田県や鳥取県が上位、東京都等が下位など、おおむねフルタイム労働者と同様の傾向を示しているが、フルタイム労働者の賃金水準が相対的に低い沖縄県など、やや順位の異なる都道府県もある(図表2-28)。
また、3年間の推移をみると、全国平均は0.77からあまり動いていないものの、都道府県別では変動がみられる。統計のサンプル要因による変動に留意する必要はあるものの、2024年のカイツ指標が、2022年、2023年より低下している都府県についてはパート時給と最低賃金の差が大きくなっていることから、引き続き最低賃金を引き上げる余地があると考えられる。
コラム4:徳島県の最低賃金引上げについて
2024年度の徳島県の最低賃金は、時給980円に改定され、全国で最大(84円)の引上げ幅、過去最大の引上げ幅21となった。本コラムでは、引上げの経緯や引上げ後の状況をみていきたい。
徳島県の1人当たり県民所得は、2021年度においては全国9位にもかかわらず、2023年度改定時の最低賃金(896円)は沖縄県と並び、全国45位であった(コラム4図表1)。こうした状況も踏まえ、徳島地方最低賃金審議会においては、法定3要素(生計費、賃金、企業余力)を考慮した上で、おおむね中位にあたる930円から、厚生労働省の中央最低賃金審議会(以下「中央審議会」という。)において示された引上げの目安額50円を加えた980円を答申した。中央審議会の資料によれば、都道府県別のパート賃金分布において、徳島県で一番高い山(最頻値)は1,000円であり、未満率(最低賃金に満たない労働者割合)及び影響率(引上げ後に最低賃金以下となる労働者割合)のいずれも低く、最低賃金引上げの影響が他県より少ないという状況も、引上げにあたっては加味された。
このように、徳島県の最低賃金引上げは、経済状況に即したものとして実施された。また、引上げにあたり、使用者側からは支援が求められたことから、最低賃金付近から賃上げを行った企業を対象とした県の補助事業も行われた。こうした背景もあり、最低賃金引上げの前後で求人状況に大きな変化はみられない(コラム4図表2)。一方、求職面では、関係団体へのヒアリングによると、最低賃金引上げ直前の10月のパート新規求職者が増加22しており、好影響は一定程度あったと考えられるとの声が聞かれた。
次に、最低賃金引上げ後に実施された、県内企業の最低賃金引上げ、価格転嫁状況に関するアンケート調査結果をみていきたい。それによると、最低賃金引上げにより賃金を引上げた企業は全体で64.6%となっている。一方、価格転嫁状況別に最低賃金引上げ状況をみると、価格転嫁率が「5割未満」の企業群では、「最低賃金を下回るため、最低賃金額まで引上げ」た企業割合が33.3%、「最低賃金を下回るため、最低賃金額を超えて引上げ」た企業割合が20.6%である一方、価格転嫁率が「5割以上」の企業では、両者の割合が19.1%、23.6%と逆転している(コラム4図表3)。価格転嫁率が低い企業においても最低賃金までは賃金を引上げているが、転嫁率を高めることが出来れば、より高い賃上げが実現できることが示唆される。
なお、アンケート調査では、企業側の具体的なコメントも掲載されている。賃上げは時代の要請、経営者の責務であるとの指摘、最低賃金の引上げ幅やペースを考慮してほしいとの指摘、あるいは、行政に価格転嫁の実効性向上を求める意見もみられた(コラム4図表4)。