第3章 (2)大型投資による経済効果の波及に向けて
本節では、経済効果波及までのタイミングについて確認した上で、まとめとして、大型投資による経済効果を広く波及させていくための課題や留意点について述べたい。
(熊本県では、既に地価や雇用、消費等に効果が表れており、北海道でも今後に期待)
前章で確認したように、大型の半導体製造拠点の立地による経済効果は、関連産業を中心に、立地地域以外も含めて、幅広く表れることが想定される。既に、JASMの立地した熊本県では、地価や賃貸家賃の上昇、外国人人口の増加、関連産業の雇用環境などにその影響がみられる。また、消費についても、一部にはその影響が出始めていると考えられる。今後、実際に半導体の生産が始まっていくことに伴い、関連産業から裾野の分野に向けて、経済効果が徐々に広がっていくことが期待される。
ラピダスの立地した北海道については、建設途中ということもあり、主だった影響は地価や建設工事関係に限られている。ラピダスは、2024年度に9人の新卒を採用し、2025年度は100人規模の採用を想定しているとの報道があるなど、雇用を拡大させていく見込みである。熊本県の例をみると、パイロットライン稼働の半年ほど前及び本格稼働の1年半ほど前に、それぞれ台湾からの転勤者が増えている。これを北海道のケースに当てはめてみると、ラピダスのパイロットライン稼働が2025年4月、量産化が2027年からと想定されていることから、2024年秋頃、あるいは2025年から2026年頃に、労働需要が伸びることが予想され、こうした時期の雇用の動きが注目される。
(環境問題も、各企業では行政とも協力し、取組が進む)
これまで経済効果を中心に述べてきたが、工場の立地は、環境問題と表裏一体の面もある。例えば、半導体の製造に当たっては、大量の水が使用されることに留意が必要である。JASMでは、2022年4月の段階で、地下水取水量の100%超の地下水かん養を行うことを表明しており、2023年5月16日、熊本県、菊陽町等と地下水かん養に関する包括的な協定を締結した。第1工場では、年間310万トンの地下水を採取するとされているが、それと同量以上の地下水かん養に向けた取組のほか、排水の75%を再利用するなど、水のリサイクルに向けた取組も進めている。
その他、半導体の製造には、製造工程でもみたように、有害物質を含む化学薬品等を大量に使用する。これについてTSMCは、本社のある台湾の工場周辺地域では台湾の基準値を満たしており、熊本県においては、法令の基準以上に取り組んでいくとしている。また、使用電力についても、TSMCのグリーン製造コミットメントに従い、操業開始時より、100%再生可能エネルギーを使用することとしており、環境問題にも力を入れて取り組む方針を示している。
ラピダスにおいては、工場建設時の二酸化炭素の排出削減を始め、環境問題に強くコミットしており、使用電力についても、再生可能エネルギーを優先して利用する旨、表明している。
(経済効果の発揮のため、マッチング支援、賃上げの波及支援が求められる)
前節でみたように、半導体産業はどの地域も人材不足であり、それにより、想定していた波及効果が発現しない恐れもある。また、人材育成を長期的に行っていかなければ、たとえ地域に大型の製造拠点が立地したとしても、地元の雇用につながっていかず、地域経済への還流が減り、地域経済の成長の持続性も損なわれる。既に各地で取組が進められているところではあるが、今後も日本全体として、半導体人材の育成に取り組んでいく必要がある。さらに、半導体産業を含めた成長分野への労働移動の円滑化も、引き続き重要である。
また、第2章第1節で確認したように、ある地域で半導体の大型投資が行われても、地元でサプライチェーン上の調達がなされなければ、地元経済への波及効果は低くなるため、様々な支援によって、これを実現させていくことがカギになる。JASMによれば、現時点で日本での調達率は25%程度で、2026年に50%程度、2030年頃には60%程度にまで引き上げていきたいとしている。また、前節で紹介したコンソーシアムでは、半導体関連企業と、地場企業を中心とする各企業とのマッチング業務も行っている。実際に、そこから取引につながった例も出ており、引き続き、こうした地道なマッチング支援活動は重要となる。
さらに、JASMの工場周辺地区の給与が上昇傾向にあるのは前章でみたとおりだが、周辺の地場企業が、これに伴う人材獲得競争に後れを取ったり、地価の上昇に耐えられずに退出したりする懸念もある。実際に菊陽町では、飲食店が撤退した例も出ている。関連産業については、前述のマッチングで取引関係を構築することで、こうした賃金の上昇についていけるようになることが期待される。増加した住民へのサービスを提供する産業についても、最低賃金の引上げ等により、賃金上昇の波が地域経済全体に広がっていくにつれ、価格転嫁を行いやすくなると考えられ、そのための取組が求められる。
ここまで述べてきた留意点は、半導体産業に限らず、大型の製造拠点の立地に共通するものと考えられる。いずれの地域・分野においても、人材育成や地場企業との取引関係の構築、その他企業への波及などが重要であり、着実に取り組んでいく必要がある。
これらの取組により、大規模な製造拠点の地域への立地の経済効果が、地域経済、ひいては日本全体に広がっていくことを期待したい。