第2章 (1)半導体製造拠点の新規投資による経済効果
本節では、一般論として、大きな製造拠点が立地した場合の影響と、半導体製造拠点の立地による影響について確認した上で、各機関の公表している経済効果を整理したい。
(産業集積により、雇用、経済活動、税収の増加が見込めるものの、依存リスクも)
まず、一般に大きな製造拠点が立地した場合の影響について確認したい。
企業集積については、いくつかパターンはあるものの、ある大きな企業が工場等を構え、周囲にそのサプライチェーンに関係する企業や、その他関連企業が集積することで、人口が増え、住民向けの商業・サービス業の進出が相次いでいくパターンがある。
ケーススタディとして、鹿嶋(2010)では、三重県が2004年に大型の液晶工場を誘致した際の影響について、三重県の資料を用いて分析を行っている。それによると、当該工場の2004年1月の操業開始時点で、当該工場の従業者数が約500人、工場敷地内の関連企業従業者数が約1,200人、計約1,700人の雇用が生まれている。また、県内の関連企業の従業者数も合わせると2,500人ほどとなり、工場の生産が拡大していくに従って増加、2008年5月には関連従業者数は約8,600人(うち工場約3,100人、敷地内関連企業約1,600人)となった(図表2-1(1))。また、操業に伴う関連企業の新・増設は製造業で19件あり、当該市及びその周辺に多くが立地したほか、当該市の工場出荷額は、2003年は3,500億円に満たなかったのが、2008年には1.4兆円近くにまで増加している(図表2-1(2))。人口も2003年から2008年にかけて、2,000人ほど増加がみられ、それに合わせてビジネスホテルが新たに6件進出し、タクシー会社も進出した。市の税収についても、2003年度に71億円程度だったのが、主に固定資産税の増加により、2008年度には146億円程度にまで増加している。
一方、2008年後半以降のリーマンショックにより、従業者数の規模が2009年5月時点で約6,800人(うち工場約3,000人、敷地内関連企業約1,200人)まで減少している。その後、各種施策の効果もあり、ある程度持ち直しているが、2008年5月時点を下回っている。その影響で従業員向けに建設されていた住宅の空室率も上昇した。企業城下町の宿命として、大型工場の立地する地域の景況が、当該企業の業績の影響を大きく受けることには、留意が必要となる。
また、関連企業は進出したものの、液晶工場側の高い要求を満たせる企業が少ないことから、既存の地場企業との取引については県や市の想定より伸びていないとも指摘されている。このように、大型工場が進出しても、地場企業が直接取引できるかどうかは、必要な技術・ノウハウを持っているかに依存している面もあり、必ずしも地元経済と有機的に連携して発展できるとは限らない。もっとも、地場企業自身が技術を持っているにもかかわらず、それを活かしきれていない可能性もあることから、地元の地方公共団体や商工団体等のマッチング支援が望まれる。
(半導体関連企業の集積により、関連サプライチェーン、コミュニティの形成が見込める)
前項も参考として、半導体製造拠点の新規投資による経済効果について整理したい。まず、工場建設に伴い、不動産業で土地取得手数料が計上され、工場敷地内の関連企業も含めた建物設置のための土木工事や建物の建設費が建設業の生産額となる。また、工場の生産設備は機械製造業から供給され、大きな工場ともなれば、道路や輸送業等の周辺の交通インフラの拡充もなされる。工場建設の作業員増加に伴い、周辺地域でも飲食・宿泊業、あるいは建設作業員用の仮設住宅の建設など、周辺産業にも効果が広がってくる。
また、前章で確認したように、半導体を製造するには様々な企業が関わってくる。前掲図表1-5にもあったように、その一部については半導体製造拠点の近くに立地していることも多く、例えば九州地方はシリコンアイランドとも呼ばれ、半導体関連産業の一定の集積がみられる。新たな半導体製造拠点における生産の開始と前後して、半導体のサプライチェーン上の企業も、その周辺に進出してくることが考えられる。こうして関連企業が集積し人口が増えると、人流が増加することにより、交通や住宅等の各種インフラが整備されるとともに、飲食店、スーパーなどの小売店、個人向けサービス業が進出し、学校や病院など生活に欠かせない各種施設が開設されることで、一種の企業城下町としてのコミュニティが形成される(図表2-2)。
(各種試算によれば、半導体関連産業を中心に、各地、各産業に大きな効果が期待される)
半導体企業の立地について、一般的な経済効果を整理したが、実際の影響の確認に入る前に、最後にJASM及びラピダスの立地による経済効果について、既存の試算を整理したい(図表2-3)。
まず、TSMCの進出による効果の試算については、公益財団法人九州経済調査協会の河村・岡野(2024)が、独自の九州地域間産業連関表を用いて、JASMを始めとする九州地方全体の半導体関連の大型投資計画による波及効果を計算し、九州地方全体13で最大で約20.1兆円(付加価値ベースで約9.4兆円)の波及効果があるとしている。県別では、熊本県を中心に九州の各県に効果が波及しており、産業別にみても、サービス業、建設業へも大きな波及効果が生じるなど、幅広く波及していくとしている。
九州フィナンシャルグループでは、熊本県産業連関表を用いて、熊本県で予定されている半導体投資の影響について、2022年より複数回試算しており、2024年9月に公表した推計14では、熊本県15内で、最大で約11.2兆円(付加価値ベースで約5.6兆円)の波及効果があるとしている。
また、経済産業省はEBPM促進の観点から、令和4年度委託事業として、令和4年7月までに認定を受けて特定半導体基金事業の対象となった、JASMの第1工場、キオクシア等の先端半導体の製造拠点整備に係る経済効果について、〔1〕直接評価モデル、〔2〕産業連関分析、〔3〕CGEモデルの3種類の手法で分析している16。〔1〕では、生産額・付加価値額は試算していないが、延べ約36,000人の雇用効果、約6,000億円の税収効果があるとされた。〔2〕では、約9.2兆円の経済効果(付加価値ベースで約4.2兆円)、延べ約46万人の就業創出効果、約7,600億円の税収効果があるとされた。さらに、当該事業によってサプライチェーンが強化された影響についても試算がなされている。産業連関分析では、特定の時点における産業間の関係をベースに波及効果が計測されるところ、企業・労働市場の供給制約や家計の予算制約なども加味し、より現実経済に近い経済効果の推定が可能とされる、一般均衡モデルであるCGEモデルを用いて計測を試みたのが〔3〕である。それによれば、仮定によって幅があるものの、付加価値ベースで約2.3~3.1兆円の波及効果、約10~12万人の雇用効果、約7,700~9,800億円の税収効果17があるとされている。
ラピダスの進出による試算については、一般社団法人北海道新産業創造機構(以下「ANIC」という。)、ラピダス自身が、それぞれ公表している。ANICの試算18によると、千歳第1工場が北海道19に与える経済波及効果は10.1兆円(付加価値ベースで6.1兆円)、まだ詳細が明らかにされていない第2工場による効果も含めると18.8兆円(付加価値ベースで11.2兆円)とされている(図表2-4)。
なお、日本政策投資銀行・価値総合研究所(2023)では、経済センサス及び全国の産業連関表を基に、半導体関連企業が熊本県に進出した際、周辺企業を支援した場合としなかった場合の経済効果を測定している。これによると、周辺企業を支援しなかった場合、新たに進出した半導体企業が生産のために様々な部素材等の需要があっても、熊本県の企業からの調達がほとんど行われないため、熊本県内の波及効果がきわめて限定的になる旨が示されており、重点分野にしっかりとした支援を行うことで、県内の原材料需要が872億円から1,646億円の1.9倍になるとされている。ここからは、行政や地域の団体による適切な支援の必要性が示唆される。