第1章 (2)半導体製造施設の新規投資計画
前節では、日本の半導体産業の現状について確認した。本節ではそうした現状を踏まえ、政府としては、どのような対応をとっているのか、またそれらによって、どのような国内の投資計画が進んでいるのかをみていきたい。
(2021年以降、サプライチェーン強化等の観点より、半導体産業の強化策が講じられる)
日本の半導体戦略については、新型コロナウイルス感染症への対応に伴うデジタル化の進展やDXの必要性の高まり、5Gなどの新たな情報通信技術の発展とインフラ整備の進展、世界的な半導体需給のひっ迫、半導体・デジタル関連などの先端技術を取り巻く貿易問題などを踏まえ、2021年6月、半導体・デジタル産業の競争力強化、強靱化に向けて、「半導体・デジタル産業戦略」が取りまとめられた。その後、ロシアによるウクライナ侵攻などで経済安全保障のリスクが露呈し、サプライチェーンの強靭化がより強く求められるようになったことに加え、デジタル化・グリーン化への対応がより現実的な重要課題として顕在化してきたことを踏まえ、2023年6月に改訂版が取りまとめられた。改訂版では、当初の戦略の取組状況も踏まえ、半導体産業においては、〔1〕足下の製造基盤の確保、〔2〕次世代技術の確立、〔3〕将来技術の研究開発、といったステップごとに工程表を定めるなど、高度のデジタル社会実現に向け、今後の半導体・デジタル産業の目指すべき方向性を定めている。
こうした戦略の策定等に伴い、各年度の補正予算においても一定規模の基金事業が盛り込まれている。例えば、先端半導体の国内生産拠点を整備するとともに、その拠点での継続生産や、参画企業との共同研究開発等を促進するために造成された特定半導体基金では、5G促進法9に基づいて認定を受けた先端半導体整備及び生産に関する計画について、助成金を交付することとしている。また、ポスト5Gで必要となる先端的な半導体を将来的に国内で製造できる技術の確保等のために造成されたポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発基金では、先端半導体設計・製造技術の開発に補助・委託を行うこととしているなど、それぞれの目的に応じて基金が造成されている(図表1-8)。
加えて、令和6年度税制改正において、戦略分野国内生産促進税制が施行されており、半導体を含む5分野10の生産について、物資ごとに生産・販売量に応じて法人税の減税が行われる。半導体については、マイコン・アナログ等を対象に、産業競争力強化法に基づく事業計画の認定から10年間、最大3年間の繰越期間を対象として、法人税額の最大20%が税額控除可能となっている(図表1-9)。
その他、「経済財政運営と改革の基本方針2024」では、産業競争力の強化及び経済安全保障の観点から、「次世代半導体の量産等に向けた必要な法制上の措置を検討するとともに、必要な出融資の活用拡大等、支援手法の多様化の検討を進める」とされているなど、様々な手法で、半導体産業の強化策が講じられている。
なお、このような半導体産業の強化策は、日本だけでなく世界各国で進んでいる。経済産業省(2023)及び経済産業省(2024)によれば、例えば、アメリカでは、2022年8月にThe CHIPS and Science Act of 2022が成立し、半導体関連の設備投資補助基金を5年で390億ドル、R&D基金を5年で110億ドル、設備投資に対する25%の減税等が措置された。中国でも、「国家集積回路産業投資基金」を設置し、半導体関連技術へ5兆円を超える大幅投資を行っており、地方政府の基金も合わせると、10兆円を超える支援を行っているとともに、2024年5月には約7兆円規模の新基金も設立されている。さらに、欧州では、2023年7月に欧州半導体法が成立し、2030年までの430億ユーロ規模の官民投資が計画された。台湾、韓国においても、補助金や税額控除といった優遇策により、半導体産業の活性化を図っている。
(JASMの2工場で、200億ドル超もの投資、2,400人もの地元雇用)
前項の各種施策によって、日本では大型の国内投資が相次いだ。まずは、熊本県のJASMについて、その中身を確認したい(図表1-10)。
ファウンドリ市場で世界1位のTSMCが、2021年11月9日、CMOSイメージセンサーで世界1位のシェアを誇る日本のソニーSS等とともに、熊本県菊陽町に、スマートフォン等で使用され、世界的に供給が不足している22nm/28nmプロセスを始めとする半導体の製造受託サービスを提供する子会社、JASMを設立し、ロジック半導体工場を建設する旨を発表した。投資総額は当初の報道では70億ドルだったが、その後、2022年6月17日に、特定半導体生産施設整備等計画として経済産業省に認定された際には、86億ドルとなり、政府による最大助成額は4,760億円となった。計画では、22nm/28nmプロセスのほか、より高性能な12nm/16nmプロセスも含め、12インチ換算で月5.5万枚の生産を行い、台湾からの300人のほか、ソニーから200人、地域から1,200人の雇用を予定している。2022年4月より工事着工、翌2023年10月から設備搬入が開始、12月に建屋が完成し、2024年2月24日に開所式を行った。その後、パイロットラインでの試作など、2024年末の本格出荷に向けて動いている。
さらに、TSMCは、第1工場の建設途中の2023年2月6日に、先端プロセスである6nm/12nm及び日本国内で需要が高い40nmを製造する第2工場を、第1工場の隣接地に建設する旨を発表した。投資総額は139億ドル(うち先端プロセスは122億ドル)、政府による先端プロセスに対する最大助成額は7,320億円となっている。計画では、6nm/12nmプロセスであり12インチ換算で月4.8万枚、40nmも含めて月6.3万枚を生産し、台湾からの500人のほか、地域から1,200人の雇用を予定している。2024年末までに着工し、2027年末までに稼働開始予定となっている。
TSMCが熊本県の菊陽町を進出先として選定した理由としては、半導体生産に欠かせない水資源が豊富であること、電気料金の安さ、重要なパートナー企業の1つであるソニーSSの製造子会社のソニーセミコンダクタマニュファクチャリング株式会社(以下「ソニーSM」という。)が立地しているなど、既に関連産業が集積していたことが要因と言われている。
(ラピダスでは、次世代の最先端半導体の量産のため、5兆円の投資)
ラピダスは、2022年8月、日本で次世代の最先端半導体を量産することを目的に設立され、同年10月、トヨタ自動車やソニーグループ、デンソー、NTTなど国内8社の出資を得た。そして、その最先端半導体の量産工場の立地として、新千歳空港に近接する美々地区の工業団地が選定されたのは、2023年2月28日のことであった。
ラピダスは、アメリカのIBM社と共同開発パートナーシップを結び、2nm以下の最先端ロジック半導体11の量産化に向け、世界最先端の半導体研究拠点の1つであるニューヨーク州アルバニーのAlbany NanoTech Complexにおいて、IBM及び日本IBMとともに研究を進めている。また、計画では、工場は2023年9月より着工、2025年4月よりパイロットラインを稼働させ、2027年より量産を開始していくとされている。ラピダスは、パイロットラインの立ち上げまでに2兆円、量産までに合計5兆円が必要としている。生産計画については、まだパイロットライン稼働前ということもあり公表されていないが、雇用については、2025年までに300~500人、量産開始の2027年には1,000人以上を想定しているとされている。
政府としても、この計画への支援を行っており、2022年11月にポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発基金に基づく事業のうち、先端半導体製造技術の開発に関する委託先として採択され、開発費として上限700億円の支援がなされた。その後、2023年4月には、支援上限2,600億円、翌2024年4月には、支援上限5,900億円と、最大で合計9,200億円の支援が決定されるなど、予算上の手当も着実に行われており、地元からも、量産化に向け期待が高まっている。
(九州を中心に、数千億円規模の半導体関連の設備投資が相次ぐ)
JASMやラピダスほどの金額ではないが、ほかにも日本各地で半導体関連の大型投資計画が進んでいる。キオクシアは、ウエスタンデジタルとの合弁会社とともに、革新技術を導入した3次元フラッシュメモリの量産に向け、三重県の四日市工場において、2,700億円を超える投資を行うとして、2022年7月に特定半導体生産施設整備等計画の認定を受けた。さらに、2024年2月には、四日市工場と岩手県の北上工場合わせて約4,500億円、合計で7,200億円規模の投資を行うこととして、特定半導体生産施設整備等計画の認定を受けた12。両計画を合わせ、最大で約2,430億円が助成されることとなる。また、マイクロンメモリジャパンも、2022年9月と2023年10月に、合計で6,400億円近い投資計画の認定を受けており、最大助成額は、約2,100億円となっている。
その他、SUMCOは、2021年9月、佐賀県での工場新設を含めた2,200億円以上もの投資計画を発表した。2023年7月には、さらに2,250億円規模の工場新設を発表し、供給確保計画の認定も受け、安定供給確保支援基金より、最大で750億円が助成される。半導体大手のロームも、2022年度以降、設備投資を拡大させていたが、2023年12月には、東芝などとともに、従来型のパワー半導体等の安定供給のため、宮崎県の工場と石川県の工場で合わせて3,800億円以上の投資を行うこととし、安定供給確保支援基金より、最大で1,300億円近く助成される。
上述した政府の基金事業以外でも、投資計画は非常に活発となっており、例えば、三菱電機は、2023年3月、2021年度~2025年度のパワー半導体の設備投資計画を、それまでの1,300億円から2,600億円規模へと倍増させ、新たに熊本県に工場を建設する計画を発表した。また、ソニーSSにおいても、子会社のソニーSMが、2021年度から2023年度で9,300億円の設備投資を行い、長崎県のCMOSイメージセンサーの工場を増設している。さらに、2024年度から2026年度では、前期の7割程度の高水準の設備投資を計画、既に、画像センサー工場を建設するために熊本県合志市の土地を取得しており、将来の需要動向をみながら投資判断をすることとしている。
このように、九州を中心に設備投資が進んでいるが、次章では、特に大きなJASMとラピダスに絞り、これらの地域経済への影響について確認したい。