第1章 (1)半導体産業の状況と地域の立地状況
本節では、まずは日本の半導体産業の現状について触れた上で、製造工程など、半導体に関する基礎的な事項について確認したい。
(世界の半導体市場は、シリコンサイクルを経つつも、拡大が続く)
コロナ禍を経て、デジタルトランスフォーメーション(DX)が加速する現在、半導体への関心が高まっている。半導体は、「産業のコメ」と呼ばれる重要物資であり1、IoT、ビッグデータ、AIなどの新たな情報技術が進展する中、今後、ますますその重要性が高まっていくと考えられる。
一般社団法人日本半導体製造装置協会2によれば、半導体とは、電気を良く通す金属などの「導体」と電気をほとんど通さないゴムなどの「絶縁体」との、中間の性質を持つシリコンなどの物質や材料のことであり、このような半導体を材料に用いたトランジスタや集積回路(多数のトランジスタなどを作り込み配線接続した回路)も、慣用的に半導体という。半導体は、情報の記憶、数値計算や論理演算などの知的な情報処理機能を持っており、電子機器や装置の頭脳部分として中心的役割を果たしている。パソコン、スマートフォンといった現代の情報化社会に欠かせない情報機器だけでなく、自動車、エアコン、洗濯機など、現代の生活に欠かせない様々な製品に多く用いられている。
世界半導体市場統計(WSTS)によると、集積回路やセンサーといった半導体関連の市場は、2000年には世界で2,000億ドルだったが、ITバブルの崩壊やリーマンショックを経て、2013年に3,000億ドルを突破し、2021年には5,000億ドルに達している。2024年には世界全体で6,000億ドルを超え、その後更に拡大していくと予想されている(図表1-1)。2030年までに世界で1兆ドルに達するとの予測調査もあるなど、今後も大きく成長していくことが予測されている。一方で、2023年には、世界的な物価上昇や地政学的リスク、在庫調整に伴い、売上高が減少している。半導体技術は、日々進歩し、激しい競争にさらされている中で、設備投資から生産までのタイムラグがあることから、世界情勢や製品サイクル等による需要の変動にあわせた半導体の供給が難しく、シリコンサイクルと呼ばれる循環的な動きも大きい産業である点にも、留意が必要である。
(日本の半導体関連企業は、2000年代以降、地位低下)
次に、世界で市場が拡大する中、日本企業の状況を確認したい。
世界の半導体企業の売上ランキングをみると、1990年代にはトップ10に日本企業が6社も入っていたが、2019年には1社となり、2023年には1社も入っていない(図表1-2)。
また、半導体関連産業の従業者数を過去と比較すると、1998年から2018年にかけて右肩下がりとなっている(図表1-3(1))。コロナ禍を経て、2023年にようやく上昇に転じているが、最盛期と比べると、依然2割ほど少ない水準であり、世界で半導体産業が成長する中、日本企業が全体としては伸び悩み、世界市場における地位が低下している様子が分かる。
その上で、内訳をみると、半導体製造装置製造業の従業者数は2013年を底に増加に転じており、2023年には、トランジスタやダイオードなどを製造する半導体素子製造業と、集積回路製造業を合計した数値に匹敵している。半導体の製造装置については、現在でも日本企業は一定の売上高シェアを有しており、近年は半導体そのものではなく、製造装置に特に強みを発揮してきたことが分かる。
また、日本国内で半導体関連企業の撤退が相次いだ2000年代と足下の状況を地域別に比較するため、都道府県別に比較できる最も古い2004年と2023年とを比較すると、多くの地域で従業者数が減少している。一方で、三重県、広島県では、集積回路製造業を中心に、また、宮城県、熊本県では、半導体製造装置製造業を中心にむしろ増加しているなど、一部地域では引き続き半導体関連産業は一定の雇用を生み出している(図表1-3(2))。
これらの地域において、どのような企業が進出しているのかについて、半導体の製造工程に触れながら、次項で確認したい。
(各工程に関連企業が存在し、製造拠点は非都市部を中心に各地に立地)
半導体産業は、製造工程が長いゆえの裾野の広さでも知られる(図表1-4)。
製造工程としては、まず、シリコンの単結晶インゴットを製造し、それを薄くスライスし、研磨してシリコンウェーハと呼ばれる基板を作成する。シリコンウェーハの表面は洗浄した後に酸化させ、さらに、電子回路の素材となる様々な材料の薄膜を形成する。その後、フォトレジスト(感光材)を塗布し、設計図に従って作成されたフォトマスクとレンズを用いてウェーハの表面に回路を焼き付ける。その後、エッチングで不要な酸化膜や薄膜を除去し、イオンを注入することにより必要な部分を半導体化した上で、研磨を行う。この、フォトレジスト塗布~研磨の工程は、通常複数回行われ、必要な作業を終えた後に、金属膜を埋め込んで電極を形成し、テストを行って良品・不良品を判別する。ここまでが一般に「前工程」と呼ばれる。
こうして出来上がったウェーハを切断(ダイシング)してICチップを作成し、これをフレームの所定の位置に固定し、リードフレームを接続する。最後に、衝撃吸収のためのパッケージを行った上で所定の成型を行い、試験・検査を経て半導体が完成する。このダイシング以降の工程は、一般に「後工程」と呼ばれる。
TSMCを始めとする、ファウンドリは、ファブレス(工場を持たない)の設計企業等の委託を受けて、いわゆる前工程全体を行っている。その他にも、テストを行う企業、各工程で用いる製造装置を製造する企業、シリコンウェーハや洗浄等に用いる薬液といった部素材を製造する企業など、様々な企業が半導体の製造工程に携わっている。
こうした製造工程を踏まえた上で、日本国内の主な半導体関連企業の製造拠点の立地について、確認したい。
まず、半導体製造を行うデバイスメーカーについて確認すると、ロジック半導体3関連で、台湾のTSMCなどが設立したJASM(熊本県)、ラピダス(北海道)など、近年、大型の投資案件が続いており、今後これらの企業が半導体産業、ひいては地域経済の中心になっていくことが期待される。メモリ分野では、NANDフラッシュメモリ4を製造するキオクシア(岩手県、三重県)、DRAM5を製造するマイクロン(広島県)などが立地している。その他、主に自動車向けのパワー半導体6やマイコン7等を製造するルネサスエレクトロニクス(茨城県、群馬県、山形県など)などが立地している(図表1-5(1))。
また、半導体製造装置メーカーについては、例えば、東京エレクトロン(岩手県、宮城県、山梨県、熊本県)やスクリーン(滋賀県など)、アドバンテスト(群馬県)、部素材メーカーでは、シリコンウェーハを製造する信越化学(群馬県、新潟県、福井県など)、SUMCO(佐賀県、長崎県、宮崎県など)など、都市部に限らず、日本各地に製造拠点が存在する(図表1-5(2)、(3))。これらの地域は、前掲図表1-3(2)で従業員数が増加している地域と重なるものが多く、大型拠点が雇用を生み出していることが分かる。
次に、半導体を含む電子部品・デバイス・電子回路製造業(中分類)の製造品出荷額を地域別にみると、三重県や広島県、東北、九州地方の各県など、前掲図表1-5で立地している地域を中心に、高い出荷額となっている(図表1-6)。製造業全体に占める割合をみると、出荷額の多い各県のほか、秋田県や鳥取県、島根県など、出荷額としては必ずしも多くはない地域の割合も高い。地域によっては、製造業全体のパイが大きくない中、電子部品・デバイス・電子回路製造業が重要な地位を占めていることが分かる。
次に、細分類ごとに確認する。データの制約から製造品出荷額を確認できない県も多いため、従業者数で比較すると、集積回路製造業は、三重県の従業者数が圧倒的に多く、次いで熊本県、大分県と九州地方が続く。出荷額について可能な範囲でみると、京都府や山形県が上位となっている8(図表1-7(1))。同様に、半導体素子製造業については、長野県、熊本県、兵庫県、静岡県が上位である(図表1-7(2))。また、シリコンウェーハなどが含まれる、その他の電子部品・デバイス・電子回路製造業では、滋賀県、長野県が従業者数順で上位であり、出荷額でみると、福島県、長野県、秋田県と続く(図表1-7(3))。いずれの業種においても、地方部を中心に全国各地に広がっていることが分かる。
半導体製造装置製造業の従業者数は、熊本県が1位、神奈川県、愛知県と続き、出荷額ベースでは、熊本県、宮城県、愛知県と続く(図表1-7(4))。こちらは都市部も含めた全国各地に広がっていることが分かる。
いずれも幅広い地域において半導体関連産業の製造拠点が立地しており、地域経済において一定の割合を占めていることが分かる。