第3章 (2)近年の物価上昇の地域差
前節では、家計の消費バスケットと物価水準の構造的な地域差を確認したが、ここからは近年の物価上昇が地域別にどのように表れていたか、特徴的な品目の動きをみていきたい。
(全国的には消費者物価は2024年に入り前年比2%台で引き続き緩やかに上昇)
まず、全国の消費者物価の推移をみると、足下では前年比2%台で緩やかに上昇している(図表3-6)。
次に、消費者物価指数の総合の動きを都市規模別/地域別にみてみると、都市規模別にはほぼ物価上昇率に差が生じていないことが分かる(図表3-7(1))。地域別では、北海道・東北・沖縄は他地域と比べ、若干上昇率が高い傾向にあるなど各地域の上昇率に幅はあるものの、総じて各地域とも2024年に入り全国的な動きと同様に緩やかな上昇が続いている(図表3-7(2))。
(電力料金は地域的なバラつきが拡大、北海道・沖縄が水準として負担が大きい)
ここからは、主要な品目ごとに価格動向の地域差を確認し、物価上昇率に上記のような地域差が生じる要因について考察していきたい。
まず、電力料金について、各電力会社が毎月末に公表する平均的なモデル家計電気料金16の推移を、主な変動要因とあわせて確認したい。燃料価格の上昇が顕著となった2021年初以降、燃料費調整制度17に従い、各電力会社で料金の引上げが進められた。その後、2022年半ばには、各電力会社の料金はこの上限に到達し、横ばいで推移した。こうした電気料金の高騰による家庭や企業の負担を軽減するため、「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策18」において、2023年1月使用分(※家計の支払いは2月)から、1kWh当たり7円の値引きをする激変緩和対策19の導入が決定され、各電力会社のモデル家計電気料金は、月額1,600~1,800円程度負担が軽減された。
こうした負担軽減策が全国一律で行われる中、中部電力・関西電力・九州電力を除く大手電力会社7社が、ロシアのウクライナ侵略に伴う世界的なエネルギー価格の上昇や、円安の影響による燃料価格高騰などを受けて、2022年末から2023年初にかけて値上げ申請を行った。各電力会社から提出された値上げ申請については、申請後に下落傾向にあった燃料価格の見積りの再計算や、修繕費などの固定的な費用の支出計画の効率化の深掘りといった厳格な審査により、値上げ幅は申請当初より圧縮される形20で、2023年5月に認可された。2024年に入ってからは激変緩和対策の終了等により、各電力会社で電気料金が上昇している。
電気料金の地域差をみると、足下で月額2,100円程度(2024年7月、最大:沖縄電力:9,663円~最小:九州電力7,551円)の差が生じている(図表3-8)。このように各電力会社で電気料金の差が生じる背景の一つとしては、電源構成の違いが挙げられる(図表3-9)。
(水道料金は地理的要因と人口要因が影響、北海道・東北などで相対的に価格が高い)
水道料金単価の地域差についても確認してみたい。水道料金単価は、
- 水道事業にかかる経費:地理的要因(水源からの距離、原水の水質等)、施設維持費(水道管の設置・維持費等)、運営費(人件費等)
- 利用量:利用者数、1人当たり使用量
が影響し、「①水道事業に係る経費」が大きくなるほど、また「②利用量」が小さくなるほど、単価は高くなる関係にある。
「水道統計」(日本水道協会)をみると、都道府県別には、東京都、神奈川県、大阪府、埼玉県、愛知県といった人口密度の高い都市部では、集住により水道管の距離が短く、維持管理費が安く済むことに加えて、利用者数も一定程度存在することから単価が低くなっているが、北海道・東北では単価が高い傾向にある(図表3-10)。
(ガソリン・灯油価格は輸送コストによる地域差はあるが補助金により上昇幅が抑えられる)
続いて、「給油所小売価格統計」(資源エネルギー庁)から、灯油・ガソリンの店頭価格の推移をみると、2021年初以降の世界的な資源価格高騰に伴い、全国的に価格上昇が進んだが、補助金21導入(2022年1月以降)の効果で上昇幅は抑制された(図表3-11、図表3-12)。その後も補助率の変更に応じ、全国的に価格が変動している。
ガソリン・灯油価格の地域差は、主に国内輸送コスト、小売店の経営規模・密度の地域差によって生じることが指摘されている。ガソリン・灯油ともに2021年初と比べるとわずかながら地域間のバラつきは拡大している22。
(家賃は足下で都市部の家賃が大きく上昇、都市部とそれ以外の地域での二極化が進む)
家計の消費支出の中で比較的シェアが大きい家賃について、不動産研究所が公表する「全国賃料統計」から、家賃の賃料の推移を都市圏別/都市規模別にみていきたい。
まず、2010年以降の三大都市圏の家賃の動向をみると、東京圏(特に東京都区部)のみが大きく上昇している(図表3-13)。
都市規模別でみると、東京都区部と政令指定都市では需要の高まりにより賃料が大きく上昇している一方、中・小都市は2010年水準より低くなっており、都市部とそれ以外の地域で家賃の上昇率は二極化が進んでいることが分かる(図表3-14)。
(食料品・日用品の価格上昇率は地域差が小さい)
最後に、全国スーパーのPOSデータから作成された「地域別日経CPI Now」(ナウキャスト社)23から、食料品・日用品の価格動向の地域差をみていきたい。データが入手可能な2019年以降、地域別にみても、食料品・日用品の価格はおおむね各地域で同様の動きをしている(図表3-15)。食料品は消費バスケットの構成比でも地域差が小さく、生活必需品であることから、「家計調査」のデータでも確認したとおり、各地域で購買単価増による支出額の増加がみられる。
コラム3:大手外食チェーンにおける地域別価格導入の動き
本コラムでは、物価の地域差を生じさせる新たな動きとして、大手外食チェーンにおける地域別価格導入の動きを紹介したい。
大手外食チェーン店(ハンバーガー等のファーストフード、ファミリーレストラン)では、これまで全国一律の価格設定がされるケースが多かったが、近年、地域ごとの賃料や人件費の違いから、一部で地域別価格導入の動きもでてきている(コラム3図表1)。
大手外食チェーンへのヒアリングによると、都市部では価格を引き上げても売上が確保できる一方、競合他社との兼ね合いで価格引上げが難しい地域もあるという声も聞かれる。今後、都市部と地方部での価格設定の違いから、地域間で価格差が拡大していくのか、注意深く見ていく必要がある。