おわりに
2023年に入り、新型コロナウイルス感染症の新規感染者数は減少傾向が顕著となり、5月には感染症法上の位置付けが5類へと変更され、経済が自律的に循環する環境が整った。特に、消費面では、経済社会活動正常化の動きを背景に各地域で人流が回復し、宿泊・飲食サービス業を中心に雇用の人手不足感が大幅に高まった。
本報告では、こうした状況を踏まえ、地域の人手不足問題の構造的課題と課題解消に向けた方策(第1章)と各地域の経済動向(第2章)について、それぞれ定量的なデータ分析を踏まえて論じた。本報告を通じて明らかになった論点を整理すると、以下のとおりである。
●「地域別にみた労働供給サイドの構造的課題と課題解消に向けた方策は何か」
労働力の増加余地を地域別にみると、女性労働力の増加余地は追加就労希望就業者の割合が高く、各地域で女性の追加就労希望就業者がいまだ多く存在している。こうした女性の追加就労希望をかなえていくことは、地域の人手不足問題の解消に向けた重要な取組となるが、いわゆる「年収の壁」による就業調整や、女性のキャリア継続の難しさに起因する正規雇用比率の低下(いわゆる「女性のL字カーブ」)という課題が各地域で存在している。
「年収の壁」による就業調整割合を地域別にみると、賃金水準の高い都市部ほど就業調整を行っている割合が高いものの、5年前と比較すると賃金上昇に伴って「年収の壁」を超えて働くことを選択している労働者の割合が徐々に上昇していることも観察された。こうした動向を踏まえると、今後も賃上げを進めるとともに、「年収の壁」を意識せずに働ける環境づくりと社会保険制度の見直しを進めていくことで、就業調整の是正が進められることが重要となる。
女性の正規雇用比率について地域差をみると、産業構造や世帯構成によって地域差が生じており、製造業への就業が進み、三世代同居率が高く、有配偶者が親のサポートを得やすい環境にある「北陸」では、正規雇用比率が相対的に高くなっていた。こうした親のサポートに加え、女性のキャリア継続に向けて、男性の家事・育児参加による女性の負担軽減や、ベビーシッターや家事支援労働の需要創出と産業育成による男女双方の負担軽減を進めていくことが求められる。
地域間人口移動に関するデータから、東京圏への転入者数の動向を都道府県別に確認すると、特に北・東日本の若い女性の東京圏への流出が進み、これらの地域で若い世代(20~34歳)の性別による人口の不均衡が生じている。こうした性別による人口の不均衡は、中長期的に地域の更なる少子化・人口減少につながり、地域経済の存立を危ぶませる要因となる。女性の場合は、経済的要因(就職先・進学先)に加え、地方の固定的な性別役割分担意識やアンコンシャスバイアスを避けて、多様な価値観が受け入れられる都市部を選好していることも、東京圏への流出が進む一因となっており、地方の女性活躍を後押しする意識改革と職場環境整備が必要となってくる。
また、労働供給サイドの課題として、高齢者の継続雇用に関する地域差についても触れている。この10年間で高齢就業者が大きく増加したが、その大半はサービス分野の雇用者の増加であり、高齢化が進む地方でその傾向が顕著となっている。こうした状況を踏まえると、現役時代に雇用者として働いていた者がいかに引き続き労働市場に参加できるかが、高齢者の労働参加を進めるためのカギとなり、改正高年齢者雇用安定法において努力義務規定となっている70歳までの就業確保措置の整備や、地域における就業機会創出、高齢期前からのスキル形成支援を進めていくことが重要となる。
●「地方の労働需要サイドが生産性を向上させていくために求められる取組は何か」
労働需要サイドの視点から、産業別就業者数の変化をみると、前回の景気拡張局面で女性・高齢者の労働参加が進み雇用が拡大したが、その増加の多くが「宿泊・飲食サービス」と「医療・福祉」で生じており、地方ではその傾向が強かった。感染症拡大後は、外出自粛等により全国的に「宿泊・飲食サービス」の就業者数は減少したが、高齢化の進展による介護サービス需要の恒常的な増加によって、「医療・福祉」分野がコロナ禍でも一定の雇用を吸収したため、「宿泊・飲食サービス」の需要回復への対応に必要な就業者確保の動きを圧迫する一因となった。
前回の景気拡張局面で、「宿泊・飲食サービス」と「医療・福祉」分野は、需要増加に対して労働投入量を増加させ対応を進めてきたが、その際、十分な省人化投資や業務改革が伴っておらず、他業種に比べ労働生産性の伸びが低迷している。これら業種で生産性の引上げが進まなかったことも、各地域で人手不足感が強まる要因となった。こうした問題の克服に向けては、人材やノウハウを有する主体が、IT化やビジネスマッチングによる地方の産業・労働投入構造の変革をサポートする役割を果たすことを求められている。介護サービス分野においては、例えば業務仕分けとICT機器導入・アウトソーシング活用により生産性を高め、介護の質の維持・向上をしつつ、職員の負担軽減を図っていく必要がある。また、地域別将来人口推計によると、今後の65歳以上人口の変化率やピークを迎える時期には地域差が存在することが見込まれており、各地域の人口動態も見据え、バックキャストする形で中長期的に介護サービス提供体制の整備を進めていくことも求められる。
一般労働者(フルタイム)の賃金をみると、飲食等のサービス業の職種は全職種平均と比較して賃金水準が低く、特に地方の女性の賃金が低い。地方で人手不足が深刻であること等を踏まえれば、賃金を上昇させていくことが雇用の定着・確保を進める上で重要となる。
●「地方の労働需給のミスマッチ解消に向けた有効な方策は何か」
最後に、UV分析から地域別にミスマッチの状況を確認すると、地方は相対的に労働需給のミスマッチの度合いが高くなっている。子育てや介護と仕事が両立できるよう、雇用条件や働き方に柔軟性を持たせ、きめ細やかなマッチングを進めることが必要と考えられる。都市部では求職者がスマートフォンを利用して、希望勤務条件に合う仕事を検索することが可能となっているが、入職経路に関するデータをみると地方ではこうした環境整備が進んでいないと考えられる。このため、地方の労働需給のミスマッチ解消に向け、自治体が主体的にマッチングを行うことや、スポットワークアプリの導入による新たなマッチングを広げていくことも人手不足解消に向けた有効な方策となるであろう。