おわりに
本報告では、第1章で感染症後にみられた新たな人の流れやデジタル活用に関連した現状および課題、第2章で2021年以降の各地域の経済動向について、それぞれ定量的なデータ分析を交えながら論じてきた。主要なメッセージは以下のとおりである。
1.第1章「地方への新たな人の流れと地方のデジタル化の現状と課題」について
(感染症により生じた新たな人の流れの変化は一部回帰の動き)
感染症をきっかけに、東京圏への転入超過数は大きく減少したが、2022年は2020年の水準に回帰している。この動きを詳しく分析すると、地方圏から東京都への転入超過数は前年から増加したが、近郊3県に対しては前年の水準で横ばいとなっている。一方、東京都から近郊3県への転出超過数は前年から減少したものの、感染症前と比べれば多い。このように、感染症を契機とした人口移動パターンの変化には、過去に戻ろうとする動き(地方から東京)と新たな動き(東京から近郊)が混在している。
(地方移住の活発化のために多様な働き方を可能にするための環境整備を進める必要)
一般的に都市部から地方圏への移住は、個人にとっては通勤時間の縮減などの可処分時間の増加をもたらすとともに、行政にとっては地方税などの歳入増加や集住が進む場合の単位行政コストの低下をもたらすなどのメリットがある。
一方で、実際に一定期間、地方移住を行い、地域への定住・定着を図る取組を行っている地域おこし協力隊の任期終了後の定住状況をみると、これまでに3人に2人が活動地域に定住している一方で、定住しない者については理由として「地域で仕事を見つけることが難しい」という意見が多くなっている。こうしたことからもうかがえるように、地方移住にあたっては「仕事や収入」が大きな懸念事項であり、移住先での起業・就業の他に、テレワーク活用による「転職なき移住」や副業を通じた居住地域以外の経済活動への参画などの選択肢が加わり、稼得機会が多様化すれば懸念軽減への一助になると考えられる。課題として、東京圏以外では、中小企業における事務職のテレワークの実施率が依然として低く、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方が地方まで広がりをみせていない状況がある。また、副業については、都市圏在住者、地方圏在住者を問わず関心を持つ者は多いものの、特に大企業では禁止されていることが多いことなどから、勤務先の理由により副業に踏み切れないといった声がある。一方で、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(厚生労働省)の作成・改定や副業・兼業禁止規定の削除等の改定がされたモデル就業規則の遵守等により、企業による副業・兼業を認める動きも進んでいる。今後とも、テレワークや副業といった多様で柔軟な働き方を選択できる環境整備が進むことが地方移住活発化につながると考えられる。
(小規模地域の高齢世帯へのEC普及や地方特産品販売のEC活用に今後の可能性)
暮らしにおけるデジタル化の地方への広がりについて、まず家計におけるECの活用状況について確認した。感染拡大後、ECの利用世帯は都市圏、地方圏ともに急拡大したが、このところの増加ペースは一服している。こうしたなか、EC利用世帯の状況を都市規模別および年齢階層別に分析してみると、ECの利用世帯割合は世帯主が65歳以上である高齢世帯で低くなっているが、一方でEC利用世帯に限定してみると、大都市では高齢世帯になるにつれて一人当たり利用額が減少している一方、小規模地域では高齢世帯ほど一人当たり利用額が増加する姿が顕著になっているなど、高齢世帯のEC活用にニーズがある。「デジタル田園都市国家構想」においては、「デジタル推進委員」の展開など高齢者等に対するデジタル活用支援を掲げているが、こうした取組によりEC活用が地方圏在住の高齢世帯にさらに広がると、個人消費の喚起にもつながると期待される。
次に、サービスを提供する事業者側をみると、地域の特産品販売のEC活用に、自治体や民間企業等様々な主体が一体となって取り組む事例が確認された。特に感染症下で対面の店舗販売に制約があるなか、創意工夫のうえECを活用したことにより売上増が継続している例もあり、今後さらなる活用可能性がうかがえる。
(距離の制約の解決に向け地方圏での暮らしの様々な分野のデジタル化を進める必要)
次にEC以外の分野へのデジタル化の広がりについて確認した。感染症の流行は生活の様々な分野におけるデジタル化を促したが、利用者側の声をみると、医療および行政に対して、相対的にデジタル化の遅れが認識されている。
実際、オンライン診療については、実施医療機関割合に地域間で大きな差が存在する一方で、オンライン診療を行うにあたっての課題抽出やそうした課題解決に向けた取組事例もみられてきており、こうした事例の横展開により活用が広がることが求められる。行政におけるデジタル技術の活用については、特に一番小さい都市規模の自治体で進んでいない。こうした小規模の自治体においては、社会保障分野などの対人型サービスでの人的資源を確保する観点からも、窓口業務などの電子的な処理が可能な分野については積極的なデジタル化が必要である。
そのほか、教育面では、平時においてもオンライン教育が進むためには、地域差の大きい教員の指導力を引き上げる等の課題があり、指導者研修の実施など、ソフト面の投資も必要である。また、地方住環境の改善や街の再生促進という観点からは、空き家・空き地問題の解決が必要である。まずは2023年度施行予定の所有者不明土地・建物の管理制度の創設や相続登記の申請義務化、相続土地国庫帰属制度が活用されることにより、空き家・空き地バンクの登録件数を増やし、再利用の推進、円滑化を図ることが求められる。
こうした暮らしにおけるデジタル化が地方圏でさらに進展すれば、距離に関わる費用の低減を通じて、都市圏と同様の利便性を享受できる可能性が広がるところ、感染拡大時におけるデジタル活用にとどまらず、平時においても活用が継続されるような取組が求められる。
(地方圏の賃金増・生産性向上のため人への投資や企業の新陳代謝活性化の取組が必要)
地方における「仕事や収入」の前提となる地方圏の年収(全産業)をみると、感染症の影響で都市圏の非製造業の年収が下押しされたこともあり都市圏との差はやや縮小しているものの、都市圏より低い状況が継続している。これは、年収の基盤となる賃金(全産業)の差によるが、賃金水準の差は労働生産性の差に起因している。地方圏の全産業の労働生産性は主に卸売・小売業や金融・保険業等により下押しされているが、業種別にみると、通信・放送業と不動産業以外の業種の労働生産性は、全て地方圏が都市圏を下回っている。
労働生産性に関しては、「企業活動基本調査」の調査票情報を用いた分析の結果、人への投資は地域を問わず労働生産性を向上させる効果があること、地方圏では企業年齢と生産性がマイナスの関係となっていることが確認された。
このことは、政府が進めているリスキリング支援の強化等の人への投資拡大や、スタートアップの育成支援等を含めた競争による活性化を通じた企業の新陳代謝が、地域経済の活性化・底上げという点でも有効であることを示している。そして、こうした施策の実施によって生産性を押し上げることが、構造的な賃上げを実現することにも資する。
(地方圏サービス業や農業の生産性向上のためデジタル活用などの取組が必要)
暮らしや生産現場などにおけるデジタル化が進む中で、地方圏のサービス業におけるITの活用の必要性が高まっているものの、IT技術者は東京圏に偏在し、IT技術者の労働需給は地方圏がよりひっ迫している状況にある。こうした労働需給ひっ迫を受け、一部の県ではデジタル人材を市町村とシェアする動きもみられる。地方企業のデジタル化の進展と労働生産性の向上に向けて、「デジタル田園都市国家構想」で掲げる「デジタル推進人材」に係る取組により、出向や副業といった形態で地方企業と都市部のデジタル人材とのマッチング支援を進め、デジタル人材の還流や人材のシェアが促されることが重要である。また、デジタル人材の育成を目的とした教育訓練の利活用を促進することで地方の労働者のリスキリングを進めることも必要である。こうした取組により、地方圏のデジタル化が進展し、生産性向上が実現していくことが期待される。
また、農業分野の生産性向上という観点では、データを活用したスマート農業の普及は重要な取組の一つであるが、データ活用率の高い北海道以外でも、地理的特性や生産物特性を生かしたデータ活用が進展している地域もみられる。農業の生産性向上や経営の安定化に向け、部外若年者の参入障壁の除去による農業の担い手の確保とともにデータの活用を進めることは不可欠となっている。
2.第2章「2021~2022年にかけての地域別にみた経済の動向」について
(地域経済はおおむね緩やかに持ち直すも物価上昇や供給面の制約の影響には注視が必要)
景気ウォッチャー調査の現状判断DIにより2021年以降の景況感をみると、2022年初め頃までは、感染者数の増減に応じて推移しており、過去の景気循環局面と比較しても月次の振幅が大きいという特徴がみられた。しかしながら、2022年3月末の一部地域におけるまん延防止等重点措置が解除されて以降は、感染者数の増減が現状判断DIに与える影響が薄らいでいる。
こうしたなかで、いずれの地域においても景気はおおむね緩やかに持ち直している。まず、消費はいずれの地域においても財が堅調に推移するとともに、サービスについても、ウィズコロナの考え方の下で経済社会活動の正常化が進む中で、旅行に関する各種施策の効果もあって回復傾向となるなど、緩やかに持ち直している。また、雇用についても有効求人倍率がすべての都道府県で1倍を上回るなどいずれの地域でも持ち直している。
一方、生産については、地域における製造業の産業構成の違いによって持ち直しの状況に差がみられる。半導体などの部品供給不足の影響がみられる自動車生産拠点の有無、需要が堅調な設備投資向けの機械類の生産拠点の有無等である。さらに、原材料価格の上昇を産出価格への転嫁する動きにも地域差がみられる。景気ウォッチャーの現状判断DIと判断理由の分析をみても、物価上昇が景況感に与える影響が高まってきている。こうした物価上昇や供給面での制約が地域経済に与える影響については、引き続き注視する必要がある。