第2章 第1節 稼得能力の回復を目指すローカル・アベノミクス
1)人口動向で変わる地域の稼得能力
(生産年齢人口の減少によって、ほとんどの道府県は移入・輸入超過へ)
働き手の減少は、その地域の生産力・供給力の低下を意味する。他方、働き手が高齢化して引退するだけであれば、需要はそこまで低下しない。その結果、地域単位でみた経済の需給バランスは赤字化することになる。具体的な赤字化の程度について、需要側は総人口動向、供給側は生産年齢人口動向によって変化するという単純な仮定を置き、将来の需要と供給の差額(一人当たり純移出(県外への移出-県外からの移入))を都道府県別に求めた(第2-1-1図)。
結果は、2013年度には、東京都、愛知県、大阪府といった18の都府県で純移出が黒字(需要<供給)であったが、人口要因だけを変化させた2030年度には、9都府県を除いた38道府県で赤字(需要>供給)になる見込みである。赤字自体は問題ではないが、これは地域間で所得の移転が拡大することを示唆している。
(財政の都道府県間移転額は1.5倍に拡大)
こうした経済活動の変化は財政状況にも影響を与える。経済活動の変化は所得税や法人税といった地方税収額に表れる。他方、地方公共団体による住民サービスはナショナルミニマムによっておおむね平衡化されることから、支出に対する税収差を埋め合わせるように交付税等による財政調整が行われるのが現行制度である。
そこで、基準財政需要と基準財政収入について、それぞれを65歳以上人口と生産年齢人口の将来推計を用いて延伸することで各都道府県が必要とする地方交付税額を求めると、人口要因だけで、2030年度には現在の1.5倍の地方交付税が必要となる(第2-1-2図)28。地方公共団体サービスは持続に提供可能ではあるが、現状のままでは巨額の財政資源の移転に依存せざるを得なくなるおそれがある。
(地方の勤労所得に対する年金給付の割合は高まる見込み)
財政調整に加え、公的年金も地域間の再分配機能を持っている。年金は個人・世帯単位の給付であるが、社会的な人口移動で地域間の勤労者・非勤労者比率が異なるため、結果的には都市部から地方への移転となっている。具体的な規模を公的年金給付額(国民年金(基礎、比例)、厚生年金等)が県民可処分所得に占める割合で示すと、2014年度は17県において2割以上となっているが、2030年度には、北海道、岩手県、福島県など新たに15県の所得に占める年金が2割を超える見込みである(第2-1-3図)。
2)ローカル・アベノミクスの推進
(東京一極集中の是正と地方創生の本格展開を目指す)
人口減少や少子高齢化の偏りによって地域間に差が生じるのはやむを得ず、こうした偏りの是正手段として、財政や社会保障が再分配機能を果たしている。しかし、負担と給付の主体が著しく異なることは好ましいことではない。地方の企業・産業の付加価値の向上を中心とした労働生産性の向上を図り、人手不足や国内市場縮小に負けない力強い地域経済・産業を回復するローカル・アベノミクスの実現に向けて取り組んでいくことが重要である。
現状、地方公共団体が地方版総合戦略を策定し、地方創生に向けた取組を進めている29。その際、地域が持つ「知恵」、「人材」、「資源」を最大限に活かし、新たな循環を生み出していくことを意図している。この取組においては、各地域の自律的な動きを生むことが重要であり、地方を先導する人材育成の取組の推進、「見える化」を通じたデータによる自己分析の実施などが特徴的である。今後、国としては、新型交付金の活用など、先進的な地方自治体を支援しつつ、モデルになる好事例の横展開を図っていこうとしている(第2-1-4図)。
(グローバルネットワークを利用し、付加価値生産力を地方へ)
人や資金が大都市部へ集中し、地方の過疎化が進展する背景には2つの要因が挙げられる。一つ目は需要が密な大都市部の付加価値生産力が地方よりも高くなり、結果として、仕事は都市部に発生し、それに向けて人も動くという点である。我が国は東京への人口集中が著しく、結果として付加価値生産力も高い。都道府県別の実質労働生産性をみると、東京都(11.8百万円/人)と沖縄県(6.3百万円/人)の間には2倍弱の開きがある(第2-1-5図)。
しかし、グローバルに視点を拡げれば、地方が東京への拮抗力を得る仕組みは存在する。例えば、2016年2月に合意した環太平洋パートナーシップ(TPP)は、地方の中堅・中小企業が世界の市場に踏み出す契機になると期待されている。TPPによって生まれる8億人、3千兆円規模の大市場の一部となる機会を通じ、地方に居ながらにしてTPP域内企業と生産や物流、研究開発のネットワークを形成し、結果的に東京を介さない事業展開、地方創生の好循環を実現することも可能だろう30。
また、アジアの新興国においては、これまでの高成長により中間層の厚みが増しており、購買力も高まっている。こうしたグローバルな購買力を取り込むよう、各地域において独自の販売ネットワークを形成し、付加価値生産力を高めることも期待できる。当然、財・サービスだけではなく、観光・余暇需要、医療・保健需要を含め、各地域が得意とする分野を特化させていくことが重要である。
(地元固有の資源を生かした供給基盤の整備を実現)
人や資金が偏在する二つ目の理由は移動コストである。公共交通ネットワークの整備により、東京などの大都市圏と地方間の移動コストが低下したことで、これまで地方中核都市が担ってきた地方経済圏のコアとしての役割が衰退しつつある。このため、地方創生に当たっては、各都道府県の核となる代表的な都市の再活性化という視点も重要となる。
人や資金といった「移動する資源」を集めるためには、観光資源、水資源、土地、インフラ等の「移動しない資源」を有効に活用する必要がある。例えば、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」では、その地域の特性に応じた取組として、観光業を強化する地域内連携体制の構築(例:日本版DMOを核とする観光地域・ブランドづくりの推進、多様な地域の資源を活用したコンテンツづくり、観光消費拡大等のための受入環境)や、農林水産業の成長産業化(需要フロンティアの拡大・バリューチェーンの構築、農業生産現場の強化等、林業の成長産業化、漁業の持続的発展)などを掲げている(第2-1-6図)。こうしたことが実現されれば、新たな市場開拓による生産性と賃金の上昇を実現することができる。