第1章 第1節 高齢世帯の消費とインバウンド需要の地域的な特性
ここでは、年初来の消費動向について、販売形態別(スーパー、百貨店、家電量販店、自動車等)の統計から財別・地域別に確認する。その後、世帯ウェイトが高まっている高齢層の消費及びインバウンド需要の動向について整理する。
1)小売販売の動向
(小売販売額は2016年4-6月期に伸びが鈍化)
地域間比較が可能な小売6業態(百貨店、スーパー、コンビニ、ドラッグストア、家電大型量販店、ホームセンター)の販売額推移(税込、全店)1をみると、全ての地域において、2016年4-6月期は伸び率が鈍化している。全国の動きに対し、地域別には、北海道、中国、四国、九州・沖縄がプラスに寄与する一方、関東、近畿はマイナスに寄与している(第1-1-1図)。
こうした伸び率の鈍化は、多くの地域で百貨店・スーパーの販売不振が原因となっている。なお、コンビニ・ドラッグストアの販売額には店舗数が増加することによる上方トレンドがある。店舗数増加には新規出店も含まれているが、例えば、商店街の雑貨店や飲食料品販売店等、これまでも他の小売として統計に含まれていた店舗の業種転換といった影響も含まれる。実際、地域別の小売販売総額から6業態を除いた系列には下方トレンドもみられる。したがって、コンビニ・ドラッグストアの販売増は、必ずしも地域全体の販売増を示しているとは限らない点に留意が必要である。
(リード役であった都市部の消費、特に百貨店販売に弱さ)
小売販売6業態のうち、家計の暮らし向きを表しやすいスーパーについて、都市部とそれ以外の地域に分けて前年比の推移(税込、全店)を振り返ると、大阪府が全国よりも高め、東京都が低めの伸びで推移してきたが、何れの地域においても年初にみられた高めの伸び率は鈍化してきている。衣料品が低調との指摘は昨年来ではあるが、このところ主力商品である飲食料品2の伸びも鈍化している(第1-1-2図)。
百貨店はスーパーよりも衣料品販売のウェイトが高く、その影響は大きい。もちろん、衣料品販売が不振である背景には、消費者が百貨店から専門小売店やネット店舗へ購入先をシフトしているという構造変化に留意が必要である。また、昨年までの百貨店販売額を押し上げてきた美術、宝飾、貴金属などの高級商材等も伸びていない。過年度の高い伸びの背景には、外国人観光客によるインバウンド需要があったが、最近では2016年4月の中国の関税の強化等3や購買品目の変化(高額品から化粧品等の日用品へ)による購入単価の下落4といった動きがある。実際の売上高推移(税抜、既存店)をみると、免税範囲の拡大効果5がはく落した昨年11月に減速して以降、うるう年効果のある2月に浮上したが、それ以降は、7月に改善したものの前年比マイナスの傾向が続いている。これまでは、3大都市圏の販売が地方都市の販売をリードしていたが、このところ、百貨店売上高は、全国的に弱い動きとなっている(第1-1-3図)6。ただし、GDP統計では、インバウンド需要は消費ではなく輸出となるため、販売額の低迷が我が国の家計消費の弱さであると一概にはみなせない。
(家電等は東日本を中心に弱く、乗用車販売も低迷)
家電販売は、2014年4月の消費税率引上げ後以上に販売額が低迷している地域がある。2016年1-6月期の全国計の販売額水準は、2012年1-6月期の販売額に比べて3.4%減少しているが、これには関東・甲信越等の東日本の落ち込みが大きく寄与している。他方、西日本のうち、中国・四国・九州の販売額は2012年水準を上回っており、地域差がみられる(第1-1-4図)。
さらに、代表的な耐久消費財である乗用車の販売動向について、新規登録・届出台数の増減を地域間で比較すると、2016年4-6月期に入り、北海道、沖縄では前年同期比がプラスに転じた。また、その他の地域においても、前年同期比のマイナス幅が縮小していることが確認できる。車種別にみると、普通乗用車が全ての地域でプラスの寄与に転じたものの、軽乗用車は、2015年4月の軽自動車税の引上げ以降の低迷が続いており、全地域でマイナスの寄与となっている(第1-1-5図)。
(旅行支出はこのところ弱い動きだが、外食、携帯電話などのサービス支出は堅調)
財支出の動きは全般的に弱い地域が多かったが、サービス支出についてもみていこう。ここでは、サービス支出のうち、旅行、外食、携帯電話等の使用料の三つを取り上げるが、先ずは全国の動きを販売側の統計から比較する。
旅行販売額については、これまでおおむね横ばいで推移してきたが、2016年4-6月期は、テロ等の地政学リスクの高まりによる一昨年来の海外旅行の減少に加え、熊本地震7による影響も含まれる国内旅行の減少により、前年比でマイナスとなっている。外食売上については、全国的にファーストフード店が好調であり、昨年後半以降、増勢が続いている。携帯電話等の使用料は、その内数として含まれるスマートフォンの通信料が増加しており、堅調な推移となっている(第1-1-6(1)図)。
こうした全国のサービス関連支出の動きを地域別にみる際には、販売側・供給側の統計が存在しないため、計数の振れが大きいものの、総務省の「家計消費状況調査」及び「家計調査」を用いる。まず、旅行支出について、2015年の月平均と2016年1-6月期の月平均支出額を比較すると、昨年は関東の世帯だけが全国平均額を上回っていたが、今年に入り、北海道の世帯も支出を増加させており、全国平均並みの水準となっている。北陸や四国の世帯支出も増加傾向にあるが、それ以外の地域では減少している。
次に外食を比べると、熊本地震の影響が懸念される九州の世帯は支出額を減少させているが、東海、北陸、北海道、東北、沖縄の世帯は支出を増やしており、全体として堅調である。携帯電話使用料は、全ての地域で増加している(第1-1-6(2)図)。旅行の落ち込みがテロ懸念や地震の一時的な影響であることを踏まえると、サービス関連支出は総じて堅調である。
2)高齢世帯の増加と消費
(過去15年間で、高齢化率は9%以上上昇し、高齢世帯の支出シェアは倍増)
消費は所得、特に雇用者報酬の変化によって変動するが、非勤労高齢世帯の増加に伴い、所得の中身は緩やかながらも変化している。特に、この15年間で高齢化率は17.3%から26.7%まで高まり、高齢世帯数は1,114万世帯から1,889万世帯へと増加した8。その結果、消費に占める高齢世帯の支出シェアも、15.5%から31.9%へと倍増している。地域別にみても、沖縄を除く全ての地域で高齢世帯の支出シェアは3割に及んでいる(第1-1-7(1)、(2)図)。
(加齢とともに購買内容は変化し、保健医療や家具・家事用品が増加)
高齢化がマクロでみた消費支出内容を変化させる点について、高齢世帯(65歳以上)とそれ以外の世帯(65歳未満)における費目別消費支出シェアの差によって示そう(第1-1-8図)。1999年と2014年では若干異なるが、高齢世帯は、教育費や通信費、被服及び履物、自動車等関係費(自動車購入費、ガソリン代、駐車場代等)の支出シェアが低い一方、保健医療や家具・家事用品の支出シェアが高い。高齢世帯の支出シェアを15年前と比較すると、自動車関係費や通信費の支出シェアが高まっており、高齢世帯でも以前より自動車に乗った外出が増えていること、携帯電話等によるコミュニケーション支出が増えていることが分かる。
(世帯消費の差は世帯年齢より居住地域の影響が大きい)
次に、高齢世帯の支出シェアは居住地域によって異なるかどうかを分析する。居住する都道府県を人口規模に応じてグループ分け(人口規模100万人未満、100万人-200万人未満、200万人-500万人未満、500万人以上)して比較すると、自動車関係費に大きな差がみられる結果となった。人口規模500万人未満のグループに入る府県に住む高齢世帯では、全国平均に比べて自動車関係費への支出が相対的に多い一方、500万人以上の都道府県に住む高齢世帯では、こうした自動車関係費への支出が少ない。これには公共交通機関の利便性が影響していると思われる。また、教養娯楽(テレビ等の耐久財、新聞雑誌代、文化施設使用料等)への支出については、人口規模の大きいグループに属する高齢世帯の支出ウェイトが高くなっており、教養娯楽施設へのアクセスの良さが支出ウェイトを高めることに影響していると考えられる。
なお、その他についても地域差が大きくみられるので内訳を調べると、交際費への支出は、人口規模の小さいグループほど多くなっており、いわゆる3大都市圏よりも地方の方が、贈答用金品及び接待用支出等、社交に係る支出が多い傾向がある。ただし、高齢世帯とその他の世帯の地域差はおおむね同じ傾向がみられ、何れの世帯にも交通機関や施設の利便性が影響を与えていると考えられるが、異なる点としては、その他の世帯においては、「仕送り」の地域差が大きい(第1-1-9(1)、(2)図)。
(コラム1 消費税率引上げに対する消費行動の年齢差と地域差)
(消費税率引上げに伴う駆け込み需要の程度は高齢者の方が大きい)
消費税率引上げ前後には駆け込み需要とその反動減が生じるが、消費者の年齢や居住地域によって違うのだろうか。ここでは、2014年4月の消費税率引上げ前後の動きについて、消費者の購買統計を用いて年齢階層別一人当たり消費額9を求め、3大都市圏(京浜、東海、京阪神)とそれ以外の地域(北海道・東北・関東・北陸・中国・四国・九州)10に分けて比較した。当然、いずれの年齢階層・地域においても駆け込み需要とその反動減は確認されるが、60歳以上は駆け込み需要が大きく、反動減が小さい一方、20歳以上39歳未満では逆に、駆け込み需要は小さく、反動減が大きい。なお、消費税率引上げ後の消費減少には、価格上昇による実質所得の減少による効果(所得効果)も含まれる(コラム1-1図)。
こうした年齢階層間の違いが生まれる要因の一つとして、60歳以上では、20-30歳代に比べて手許現金が豊富な者が多く、流動性の制約が小さいことが挙げられる。傍証として貯蓄のない年齢階層別世帯割合をみると、高齢世帯の方が貯蓄のない世帯割合が少ない(コラム1-2図)。このため、消費税率引上げ前の価格が安いうちに必要なものを購入し、かつ、税率引上げ後も消費をあまり抑制していないと考えられる。
(消費税率引上げに伴う駆け込み需要は3大都市圏よりもその他の地域の方が大きい)
次に、消費税率引上げに伴う消費変動が居住地によって異なるか否かという点について、3大都市圏とその他の地域に分け、全国平均からのかい離程度で評価した(コラム1-3図)。その結果、60歳代以上の者の駆け込み需要をみると、3大都市圏在住者は、全国平均より2.6%程度低く、その他の地域在住者は、全国平均より3.3%高かった。また、消費税率引上げ後の反動減については、年代にかかわらず3大都市圏に住む者は相対的な落ち込みが小さい一方、その他の地域に住む者は、20歳代及び30歳代、60歳代ともに落ち込みが相対的に大きい。消費税率の引上げは、駆け込み需要とその反動という点では、3大都市圏よりもその他の地域に住む者に大きく影響したようである。
3)インバウンド需要の動向
(外国人観光客数は増加基調を維持するものの、訪問・滞在先に偏り)
小売販売、特に百貨店販売に影響度を増していたのが、インバウンド需要である。アジア諸国を中心としたビザの要件緩和等11もあり、外国人観光客の人数及び国内消費額は拡大している。客数はここ数年で倍増し、2015年には2,000万人を超えた。また、外国人観光客による2015年の国内消費額は3.5兆円(GDP比0.7%)と、2012年の1.1兆円(同0.2%)と比べ、大幅に増加している。2016年1-3月期は、うるう年効果もあるが、客数が575万人(前年同期比39.3%増)、国内消費額は9,305億円(同31.7%増)と大幅に増加した。4-6月期には596万人(同19.0%増)、9,533億円(同7.3%増)となり、消費額の増勢に陰りは見られるものの、客数は引き続き増加基調にある。
インバウンド需要の取り込みが地域経済の好循環拡大に向けた課題の一つであるが、外国人観光客の訪問先や滞在先には大きな偏りがみられる。2015年の延べ宿泊者数のシェアを都道府県別にみると、東京都が全宿泊延べ数の26.8%、続いて大阪府が13.7%を占めており、他に大きく差を付けている(第1-1-10図)。
(外国人観光客が滞在する地域の宿泊稼働率は高く、増設投資もみられる)
外国人観光客数に応じ、旅館・ホテルの客室稼働率水準も、大阪府、東京都が高く、続いて京都府、沖縄県、千葉県となっている(第1-1-11図)。2012年と2015年を比較すると、2012年は震災からの復旧・復興需要の影響もあったことから稼働率が高まっていた宮城県や岩手県を除くと、全ての都道府県において稼働率が高まっている。例えば、滋賀県の稼働率は3年間で20%ポイント近い上昇を記録している。その背景には、歴史上の人物に関連した誘客事業が功を奏したこともあるが、大阪府や京都府の宿泊施設を予約できなかった観光客が滋賀県の宿泊施設を利用する例も多い、という事情もある。
ただし、稼働率は、宿泊施設の部屋数にも影響される。過去3年間の客室稼働率の変化を客数増減と客室数増減に分解すると、同じ稼働率でも、宿泊施設の拡大と顧客増加を同時に達成しているところと、顧客減少に合わせて規模を縮小しているところが混在している(第1-1-12図)。先に触れた滋賀県や沖縄県等の稼働率の高まりは、宿泊者の増加によってもたらされたが、例えば、愛媛県や高知県の稼働率上昇は、利用者が減少する以上に供給部屋数を減らしたことによる。
(コラム2 新幹線開業が地域経済に与える影響について)
2015年3月14日に「北陸新幹線(長野駅-金沢駅間)」が開業し、2016年3月26日には「北海道新幹線(新青森駅-新函館北斗駅間)」が開業した。観光客等の誘致など、新幹線の開業が地域の経済に与える影響は大きい。ここでは、北陸新幹線と北海道新幹線の開業状況を整理し、新幹線の開業の影響をみていく。
(時間は短縮され、利用者と鉄道運輸収入は大幅増)
まず、2つの新幹線の開業状況について、2011年3月12日に開業した九州新幹線の事例を参考にしながらみよう。北陸新幹線、北海道新幹線ともに開業区間の所要時間が1時間程度短縮された。開業後1か月間の一日当たりの利用者数は、北陸新幹線は2万5,000人(開業前比+193%)、北海道新幹線は5,600人(同+99%)となった。鉄道運輸収入も開業翌年度には、それぞれ+530億円、+65億円の増収となった。九州新幹線の場合は、一日当たりの利用者数は2万5,000人(前年比+30%)、鉄道運輸収入も+248億円の増収となり、今回もこれと同様の結果がみられた(コラム2-1表)。
(延べ宿泊者数も大幅増)
延べ宿泊者数の変化をみると、九州新幹線の開業時には、熊本県と鹿児島県で1割以上、北陸新幹線では、富山県と石川県で2割程度の増加となり、大きな集客効果がみられた。また、北海道新幹線については、開業した2016年1-3月期は前年同期比15.4%であり、開業当初から集客効果の一部が生じたともみられるが、今後の伸びが期待される(コラム2-2図)。
(多くのコメントが寄せられたのは北陸新幹線の開業)
過去の新幹線開業時12と今回の2つの新幹線開業時の景況感への影響について、「景気ウォッチャー調査」のコメントの動向を用いて概観しよう。各地域の景気ウォッチャーの有効回答者数に対して、「新幹線」について言及したコメントの割合は、北陸新幹線の開業時が最も高く、開業前月にはコメント総数の3割にのぼった。開業から2か月経った時点でも、1割を超えるコメントが寄せられていた。一方、北海道新幹線については、開業当月に13%程度のコメントがあったが、その他の月については、九州新幹線開業同様、コメントの割合はそれほど高くない(コラム2-3図)。