第1章 第2節 集積メリットの活用を模索する各地の実例 3.
(この地域の特徴)
- * 民間企業によって発展し、高い国際競争力を有する産業集積
- * デジタル化などの課題に対応して動き出した杉並区
(世界有数のアニメーション産業集積地に至るまで)
国内のアニメーション制作会社(430社)は、東京都に集中し(359社、約83%)、特にJR中央線、西武新宿線及び西武池袋線の各沿線に集まっている。とりわけ練馬区(74社)と杉並区(71社)は、世界有数のアニメーション産業の集積となっている。
60年代のほぼ同じころに、東映動画(練馬区東大泉)、虫プロ(練馬区富士見台)、東京ムービー(杉並区南阿佐谷)といった大手アニメ制作会社が移転してきた。そして、周辺にその仕事を請け負う中小制作会社が集まってきたことが、この集積のきっかけである。
分業している関連制作会社が近くに集まっている方が、撮影したフィルムの輸送や品質不良の手直しなどに柔軟に対応できることなどが、集積のメリットとして挙げられる。ここから、日本初の劇場用カラー長編アニメである「白蛇伝」、日本初の連続テレビアニメである「鉄腕アトム」、そして「巨人の星」、「ルパン三世」、「機動戦士ガンダム」、「風の谷のナウシカ」などが制作されていった。
日本のアニメーション産業は、宮崎駿監督の作品に代表されるように、文化的な観点からも優れた作品を世界に送り出している。そして、「ポケットモンスター」のヒット以後、米国、欧州、東南アジアなど世界各地で日本の作品が日常的に放映され、「ドラゴンボール」などの実写化権をハリウッドの映画会社が獲得するなど国際的にビジネスが拡大傾向にある。映画・ビデオ、テレビの制作売上高だけでも約1,860億円(2001年)、キャラクターライセンスを供与した製品の総生産額は約2兆円に達する(右図)。
世界で放送されているアニメーションの約6割が日本で制作されたものであり、世界シェア・トップを誇るなど、最近は国際競争力も高まっている。このようにアニメーション産業は、ゲーム産業と並んで世界市場において通用するデジタル・コンテンツ産業の一つとして注目されている。
(デジタル化に出遅れた日本のアニメーション産業)
日本のアニメーション産業は、公的な支援を受けずにここまで発展してきたが、中小制作会社だけでは対応しきれない課題も増えている。
- ○デジタル化への対応の出遅れ:中小制作会社は資本の制約もあり、最近アニメーションで多用されるようになったデジタル技術に十分に対応できていない。海外ではアニメーション産業に戦略的に投資と人材育成を行っており、人件費の安さとデジタル技術の高さの面において日本を凌いできている。国内の大手制作会社が、彩色や動画の制作等について韓国、中国等の制作会社と国際分業体制を築くなど、中小制作会社の環境は変化している。
- 韓国:国立大学も含め、大学にアニメーション学科が30以上ある。99年にはソウル・アニメーションセンターが設立された(約2億円のアニメーションカメラなどを設置)。
- フランス:99年に設立されたアニメーション映画学校では、年間15名を2年間、無料で英才教育する。国立アニメーション映像センターのあるアンクレーム市には、イベントとの相乗効果で年間約20万人の観光客が訪れる。同センター開設以来、3年で40以上の映像関連企業が周辺に集積し、600人以上の雇用を創出している。
- アメリカ:アニメーションの学士が取得できる大学は80校、修士は37校、博士は8校ある。高校におけるアニメーションコースは多数ある。
- ○経営基盤の弱体化:大手制作会社が有するアニメーション作品のマルチユース(ビデオ・DVD 化、海外への販売、キャラクタービジネス等)に関する権利(著作権)が多大な利益を産み出す一方、中小制作会社は著作権を得ることができず、制作費も減少しつつあり、厳しい状況にある。
- ○人材の不足:日本のアニメーションクリエーターは、賃金の低さなど労働条件が厳しく、優秀な人材がゲーム産業に流出するなど、若手の人材が不足している。
(動き出した日本のアニメーション産業支援策)
このような課題は、中小制作会社だけでは解決されないものもあり、各種行政機関は、連携して対応に取り組む必要があるとみられる。
杉並区では、区長のリーダーシップのもと、2000年度に「アニメの杜すぎなみ構想」を発表するなど、日本初のアニメーション産業支援策に取り組んでいる。2001年4月には、第一弾として「アニメーションフェスティバル2001in 杉並」を開催(実行委員会:杉並区内の制作会社等、共催:杉並区、東京商工会議所杉並支部、後援:経済産業省、東京都等)し、シンポジウム、アニメーション作品のコンペティション、上映会などを行った。これに呼応して、東京都では「東京都観光産業振興プラン」(2001年11月発表)において、有力な地場産業、貴重な観光資源としてアニメーション産業を重視する方針を明らかにし、2002年2月に「新世紀東京国際アニメフェア21」を開催した(杉並区、練馬区、武蔵野市、三鷹市でも同時開催)。以来、この2つのイベントは年中行事として多数の来場者がある。さらに、2003年2月には「杉並区産業振興計画」にアニメーション産業支援政策が数値目標とともに盛り込まれた。
- ○アニメーション・センターの誘致:杉並区は、国内のアニメーション作品の保存や紹介、人材育成、研究などの機能を持った産業支援・文化施設「アニメーション・センター」(仮称)の杉並区への設置を求める働きかけを、東京都などと連携しながら行っている。韓国のソウル・アニメーションセンターのように、高価なデジタル機器を揃え、それをレンタルなどして多くの企業で利用すれば、中小制作会社のデジタル化は円滑になる。また、杉並区は、アニメーションファンが集まる中核店(コアな店)が集積する中野や秋葉原とのアクセスが便利であることといった立地条件に加え、ランドマークとなるアニメーション・センターの設置とイベントの相乗効果により、国内外からの観光客等による経済効果を作りだそうとしている(16)。これに関連して、杉並区は、2003年4月に「杉並アニメ資料館」を開設し、デジタル化の進行に伴い、すでに失われつつある線画台などのアナログ機器を保存・紹介するとともに、アニメーション制作工程の流れが分かるような展示、上映会などを行っている(17)。
- ○経営基盤の強化:経済産業省は、アニメーション産業の自立化のため、大手制作会社を中心とした中間法人(18)「日本動画協会」の設立(2002年5月)を支援している。また、制作会社自ら著作権を保有して多角的なビジネスを行い、正当な報酬を得ることが可能となるようなモデル契約書の策定・普及に努めている(2001~2002年度)。
杉並区は、中小制作会社の経営基盤の強化に向けて著作権についての相談体制を築くとともに、経営セミナーを開催するなど、著作権確保の支援を行っている。そうした中、日本初の地域を核にしたアニメーション事業者団体「杉並アニメ振興協議会」自体が著作権を有するという形態(これも日本初)である自主企画作品「サヨナラ、みどりが池」が発売された(2003年7月)。なお、杉並アニメ振興協議会は、「アニメーションフェスティバル2001in 杉並」を契機に2001年9月に設立されている。 - ○人材の育成:杉並区は、2002年度より、これまで蓄積された制作技術を次の世代に伝えるとともに技能向上を目指す、人材育成プログラム「杉並アニメ匠塾」を実施している。これは杉並アニメ振興協議会の協力のもと、実際の制作現場を利用するなど集積のメリットを活用するもので、2002年度には、海外も含めた約40名の応募があり、その中から選ばれた4名が参加し、半年間の研修終了後、3名が区内の制作会社に採用された(2003年度には動画を中心に8名程度の予定)。