平成11年度年次経済報告説明資料-経済再生への挑戦-説明資料
平成11年7月
経済企画庁
第1章
第1節 概観
○景気の現状(6月現在、以下同じ)
- (1)景気は、民間需要の回復力が弱く依然として厳しい状況
- (2)97年10-12月期以降5四半期連続のマイナス成長の後、99年1-3月期にはプラス成長となるなど、政策効果に下支えされて明るい動きも(第1-1-1図)
○3つの不況の環
今回の不況では、3つの不況の環(悪循環)が生じて、景気後退が深刻化
- (1)通常の不況期に見られる不況の環
需要の減少==>生産の減少==>所得の減少==>需要の減少
- (2)金融システムを通じた不況の環
貸し渋り==>設備投資等の減少==>資産価格下落==>自己資本不足==>貸し渋り
- (3)家計不安を通じた不況の環
大手金融機関等の破綻==>家計の将来不安==>消費等の減少==>企業倒産の増加
○不況の環の弱まり
- (1)金融システム安定化策、金融緩和政策、貸し渋り対策
==>金融システムを通じた不況の環は改善
- (2)公共投資や住宅減税などの政策効果、アジア向け輸出の底打ち、在庫調整
==>生産、所得、需要の不況の環に歯止め
- (3)景気下げ止まり、金融システム不安後退、倒産減少、株価持ち直し
==>家計不安を通じた不況の環は緩和
- (4)デフレスパイラル懸念の後退
○強い企業部門の調整圧力
需要の減退に応じて企業は調整を進めてきたが...
- (1)残業や稼働率の調整が先行し雇用調整が遅れた
==>労働分配率が高まり企業の利益率が低下
- (2)含み益というバッファーが払底
- (3)市場が企業の収益性を厳しく評価
==>設備、雇用、賃金の調整圧力の高まり
==>(1)個別企業にとってみれば合理的な行動(第1-1-3図)
- (2)家計不安を通じた悪循環に陥るリスク
==>合成の誤謬(個別企業は立ち直ってもマクロ経済が悪化)の可能性
第2節 リスク高まる企業と設備投資行動
○97年度後半以降の設備投資減少の特徴的な要因
- (1)自己資本不足が金融機関の貸出を制約
- バブル崩壊後の企業業績の悪化・資産価格の下落==>不良債権の増大
==>金融機関の自己資本の減少==>貸出態度の慎重化==>中小企業の資金制約
==>中小企業の設備投資を抑制(第1-2-1図)
- 金融機関の貸出態度の慎重化は、企業の資金繰りの悪化を通じ、企業倒産の増大にも影響した可能性
- バブル崩壊後の企業業績の悪化・資産価格の下落==>不良債権の増大
- (2)減少続く企業収益
- 98年度の企業収益は製造業を中心に大幅に減少
- 規模別には、98年前半には中小企業の収益の落ち込みが著しかったが、後半以降は大企業の収益も大幅に減少
- (3)期待成長率の低下
- 企業の先行き3年間及び5年間についての成長見通しは徐々に低下したため、企業は設備投資に慎重に
- 期待成長率が低下している背景は、(1)景気低迷の長期化と(2)潜在生産能力の伸びの中長期的な低下
- 期待成長率が回復するためには、民間需要が自律的に回復する必要
○企業金融のひっ迫感と中小企業設備投資
- (1)企業金融のひっ迫感
- 政府の金融システム安定化策や貸し渋り対策等により、企業の資金繰りはやや改善。
- (2)信用保証制度の拡充とその評価
- 98年10月の中小企業安定化特別保証制度の創設後、企業の倒産件数は前年と比べて大幅に減少(第1-2-8図)
- 本制度によって与えられた時間を利用して、企業は市場の基準に耐えうる財務体質、金融機関は円滑な資金供給能力を取り戻すことが必要
- (3)法人税制改革の効果
- 平成10年度の税制改正で、法人課税の実効税率が3.62%ポイント低下
- 資本コストの低下よりも収益の増加を通じて投資を促進させる効果が期待できる。
第3節 高まる雇用調整圧力
○下落する賃金
- 所定内給与の伸びが鈍ったほか、残業手当やボーナスも大幅に減少したため、一人当りの賃金は戦後初めて前年比減少
- パートタイム労働者の増加、製造業や大企業の雇用の減少など、雇用者の構成の変化も一人当りの賃金が減少した要因
- 賃金決定にあたって企業業績を重視する企業の割合は長期的に増加
○急激に悪化した雇用情勢
- 雇用者数は98年第2四半期以降、前年比で減少が続く
- 特に中小企業の雇用吸収力の低下が著しい
- また有効求人倍率は過去最低の水準に
- 非自発的な理由による失業者が急速に増加し、失業率は過去最高の水準に(付図1-3-7)
○高まる雇用過剰感
- 雇用情勢が厳しさを増すと共に、企業の雇用過剰感も急速に上昇
- バブル期に余剰人員を抱え、その調整が遅れたため企業の人件費負担が上昇したことが背景
○速かった雇用調整
- 98年には第一次オイルショック後に匹敵する急速な雇用者数の調整が行われた。
- これまでは残業規制等の比較的緩やかな雇用調整の手段が主であったが、「希望退職者の募集・解雇」といった厳しい雇用調整を行う事業所の割合が上昇している。
○構造的・摩擦的失業の拡大
- 労働力需要不足による失業と共に、構造的・摩擦的要因による失業も増加している。(第1-3-6図)
- 年齢間のミスマッチが拡大しており、産業間・職業間の労働移動も現実には困難である。
- 景気の回復による労働力需要の喚起のみならずこれらの問題を解決する必要もある。
第4節 家計消費の回復に向けて
○消費者マインドの低迷
所得が減少するなかで平均消費性向はむしろ低下した
消費の下支え効果は低下
==>消費者マインドの悪化が消費低迷の背景にある
- (1)期待所得の伸びの低下
- (2)期待所得の不確実性の拡大
○期待所得の伸びの低下
家計は、生涯所得の予算制約のもとで現在の消費支出を決定する
- [生涯所得とは]
-
- (1)非人的資産(純金融資産と実物資産)
- (2)人的資産(将来所得の割引現在価値)
==>97年以降の人的資産の大幅な減少が消費を押下げた(第1-4-2図)
○将来所得の不確実性の拡大
将来所得の不確実性の拡大が家計支出を抑制する
[不確実性拡大の要因]
- (1)雇用への不安
- (2)財政赤字への不安~現時点では将来負担の帰着が不明確
- (3)高齢化社会へ向けた老後への不安
○耐久消費財、住宅の持ち直し
- (1)ストック調整の進展
- (2)政策効果の発現
- 所得減税、地域振興券
- 住宅減税
○消費回復に向けて
消費の回復には、現在所得の増加に加え、将来の所得が増加するという
確信を持てるような施策が必要
- (1)民需の自律的、持続的な回復(第1-4-9表)
- (2)構造改革を進め雇用機会を創出
- (3)年金、医療、介護などの改革を進め、高齢化社会へ向けた老後への不安を取り除く
第5節 戻りつつあるアジア経済との好循環
○円高に転じた為替レート
==>円の対ドルレート
円安基調で推移した後、98年8月以降反転し円高基調
購買力平価(対ドル、GDPデフレータベース)は長期的に円高基調
==>おおむね日本の製造業の国際競争力を反映
実質為替レートに対する、対外純資産の感応度は低下する一方、実質金利差の感応度は上昇
==>98年12月以降の為替レートは、日米の長期金利差に連動(第1-5-2図)
==>円高が日本経済に与える影響
- (1)98年8月以降の円高で輸出数量は9.3%減少、輸入数量は7.8%増加
- (2)輸出企業---業種や企業規模により収益の下押し圧力になりやすい
輸入企業---交易条件の面から、収益の改善要因
○高水準となった経常収支黒字
98年の経常収支黒字は過去最大、対名目GDP比も3.2%に上昇。- (要因)
-
- (1)貿易黒字の増加 (←輸出以上に輸入が大幅に減少)(第1-5-3図)
- (2)サービス収支の赤字幅縮小 (←出国日本人の減少)
- (3)所得収支の黒字幅拡大 (←証券投資収益の増加)
- (4)対名目GDP比の上昇は、名目GDPの減少も寄与
貯蓄投資バランス側からみると、民間企業部門の設備投資の落ち込みは貯蓄超過を拡大したが、積極財政政策はその影響をある程度相殺した。
○アジア経済の変動が日本経済に与える影響
アジア経済変動後の対アジア輸出入数量はともに減少 「アジア通貨減価==>アジアの価格競争力上昇==>対アジア輸入増加」とならず、実際には日本の内需停滞、アジアの金融システム混乱等により輸入は減少 ==>輸出入合計で、日本の実質GDPを0.78%程度押し下げたと試算 アジア通貨危機後、減少していたアジア向け輸出入は、持ち直しの動き ==>日本とアジアの分業関係は通貨危機の混乱を脱し好循環が戻りつつある アジア日系企業の業況にも一部回復の動き(第1-5-7図) 邦銀の不良債権処理(現地の金融システム改革の行方が影響)には要注意第6節 おおむね横ばいで推移している生産
○在庫調整とは
- GDPに対する割合は1%程度。
- しかし、景気後退局面においては、景気変動を増幅する効果。
○在庫調整が景気に与える影響の変化
80年代を通じて、生産・在庫管理技術の発達により、在庫調整が景気に与える影響が小さくなっている。(第1-6-1図)
- <論拠>
-
- (1)在庫の調整速度(λ)が速まっている。
- (2)出荷の変動に対応した在庫ストックの変動(α)が小さくなっている。
- (3)生産の出荷に対する調整速度(μ)が速まっている。
==>しかし、90年代に入り、この傾向は弱まっている。
=需要の低迷により、在庫を柔軟に調整できなくなり、在庫変動が景気に与える影響が強まっている可能性。
○今回の景気後退局面での在庫調整
- (1)景気後退局面入り後(97年4~6月期)も、需要の大幅減により在庫は減らず(98年1~3月期まで)。
- (2)98年4~6月期以降、減産が本格化し、99年1~3月期まで在庫は4四半期連続で減少。
==>企業は需要減の見通しを立てていたが、それを上回る大幅な需要減が生じたため、在庫が積み上がった。
○需要減退の要因
- (1)97年中は輸出が出荷を下支えしたが、98年は国内外向けともに減少。99年半ばには最終需要の動きを背景に、ほぼ下げ止まり。(第1-6-2図)
- (2)国内向け出荷減少の主要因
97年:消費財 98年:資本財
第7節 後退した「デフレスパイラル」懸念
○デフレスパイラルとは
物価下落によって企業の売上高が減少。
==>賃金などが短期的に下方硬直的であるため企業収益が減少
==>企業行動が慎重化し設備や雇用の調整
==>設備投資や個人消費などの需要の減少により物価下落
という悪循環。
○需給の緩みが物価下落要因
98年は、需給ギャップの拡大が国内卸売物価等の下押し圧力
○デフレスパイラル懸念の後退
- 総合経済対策、緊急経済対策、金融緩和などの政策効果により
99年第一四半期のGDP・GDPデフレータともに上昇(付図1-7-2)
- 物価下落は、交易条件の改善を通じて、むしろ企業収益を下支え
○デフレスパイラル的メカニズムへの警戒
- (1)資産価格の下落と実体経済の縮小
資産価格の下落==>担保価値の下落==>資金調達が困難==>設備投資の減少
- (2)金融システムを通じた悪循環
株価の下落==>銀行の自己資本比率の低下
地価の下落==>担保価値減少==>不良債権の増加により貸出抑制
==>設備投資の減少
○アンチデフレ政策の実効可能性
- (1)アンチデフレ政策の目的
- 期待物価上昇率を高め実質金利を低下させ設備投資等の下支え
- 資産価格下落に歯止め
- (2)アンチデフレ政策の効果と実効可能性
- 為替レートの減価を通じた輸出の促進
- 資産価格の上昇により設備投資や消費を刺激(第1-7-7図)
==>しかし、予想以上のインフレが生じた場合のコストを考えると政策の有効性を慎重に判断する必要がある。
第8節 景気を下支えする財政政策
○景気を下支えする公共投資
極めて厳しい財政状況下で、「総合経済対策」「緊急経済対策」を受けた公共事業の切れ目ない施行
(公的固定資本形成・公共工事着工など堅調に推移)
==>公共投資は景気を下支え
所得の低い地域の景気の落ち込みも緩和
○地方財政の現状
- (1)97年度の決算規模(普通会計)---歳入・歳出とも51年度以降初めて前年度を下回る
- (2)公債費負担比率---6年連続上昇、第一次オイルショック以降で最も高水準
- (3)99年度の地方財政計画
地方税が前年度比 - 8.3%となるなど、歳入面ではかなり厳しい状況
行政経費の抑制を基本としつつ、当面の景気回復に配慮
○最近の地方単独事業の状況
(公的固定資本形成では国と地方の比は約1対3、更に地方の過半は単独事業)
- (1)財政状況の悪化に伴い、このところ伸びが鈍化(第1-8-3図)
(96~97年度は前年度を下回る)
- (2)98年度は「総合経済対策」での要請分を上回る予算措置
地方の公共投資---社会資本整備の側面に加え、地方での景気対策の観点からみた効果も無視できない==>その果たすべき役割は今後も大きい
○地方自治体の資金調達の円滑化
地方債---公共投資を行う上で有力な資金調達手段
財政状況に関する十分なディスクロージャー(情報開示)が必要
企業会計的要素の導入について、幅広い角度から調査研究すべき
○期待される公共投資
国---予算・支出ベースともに10%を超える伸びを確保
上半期における公共事業等の積極的な施行促進
契約については上半期に相当程度進む
==>公共工事には工期の長いものが相当含まれる(第1-8-4図)
下半期には事業の実施が進み、公共投資は堅調な推移が期待される
第9節 金融市場の動向と金融政策
○変化した資金の流れ
景気低迷、金融システム不安などから資金の流れに変化
==> 日銀券、マネーサプライ(M2+CD)、貸出の伸び率に大きな差。(第1-9-1図)
資金循環表でみると、これまでの「個人部門の資金余剰と、企業部門、公共部門、海外部門の資金不足が見合うパターン」から、90年代半ば以降は、「個人部門と企業部門の資金余剰と、公共部門と海外部門の資金不足が見合うパターン」へ。
○一段の緩和に踏み切った金融政策
98年9月、99年2月と一段の金融緩和 ==> 実質ゼロ金利
金利と貨幣供給量に関する政策ルールで計算してみると
テーラールール(金利) ==> コールレートはマイナス
マッカラムルール(量) ==> マネタリーベースは前年比10%程度
実質ゼロ金利で、コール市場の残高は縮小しているが、混乱は回避。
年末から年始にかけて長期金利は大きく上昇
==> 国債発行増、金融市場の落ち着き(過度の安全資産選好の落ち着き)、実体面の下げ止まり期待などが背景。
○落ち着きを取り戻した金融システム
99年3月末の7兆を超える公的資金による資本増強
==> 邦銀に対する市場の警戒感は薄らぎ、ジャパンプレミアムはほぼ解消
各行とも、貸出を伸ばしながら収益性を改善していく計画。不良債権の処理が進展し、銀行の収益性・健全性が回復し、増資等で自己資本が回復すれば、貸出回復の下地。
一方、健全性、収益性をこれまで以上に重視し、資産規模や融資内容のリストラを進めていくことは、銀行貸出の伸びの抑制要因の一つとなる可能性も。
公的資本増強との見合いで多額の引当てを積んだことから、不良債権の処理は大きく前進。
99年3月期は、当初計画比でも不良債権処理が大きく増加。(第1-9-12図)
==> 引当基準の厳格化のほか、期中の実体経済の悪化、地価の下落等で、新たな不良債権の発生や追加引当の発生などによる償却額の上積みも。
第10節 変革を迫られる日本経済
○新しい時代
- (1)多様な知恵の時代への移行に伴うハイリスク・ハイリターン化
- (2)市場化やグローバル化に伴うリスク管理の必要性の増大
↓
リスクに挑戦することが、新しい時代の経済成長の条件
○ゼロ成長シナリオとその帰結
「あえてリスクに挑戦せず、これまでどおりの生産と消費を行い、ゼロ成長で十分。 それなら、物価や雇用も安定し、環境への負荷も増えない。」とのシナリオ
↓
- (1)日本の工業製品は旧式化・陳腐化して市場価値を失い、輸出が減少
- (2)消費者の購入意欲をそそる新製品はすべて海外で開発され、輸入が増加
↓
- (1)従来型の製品に対する内需・外需がともに減少するため投資需要が弱くなり、いずれは供給能力が低下
- (2)生産が停滞して生活水準は自給自足に近い水準にまで低下
↓
進歩のない経済は若い人に夢を与えられず、有為な人材が流出、社会も沈滞
―リスクに挑戦することなくしては、没落は避けられない―
○十分に広い経済的なフロンティア
住宅、保育、介護、環境などの面で潜在的な需要はまだまだ強く、「もう買うものがない」わけではない。
これらの分野の潜在的需要を消費に結びつけるため条件整備の推進
↓
安心感とゆとりのある文化的な生活
↓
ビジネスチャンスの拡大
-挑戦するべき経済的なフロンティアは十分に広い-
第2章 リストラの背景と実態
バブルの崩壊以降長期にわたって景気が低迷し、政府は累次の経済対策などで景気下支えを試みてきたが、民間需要の自律的回復はいまだ始まっていない。こうした中で、企業はいわゆるリストラの動きを強めている。リストラとは企業が、資本、労働、技術など各種の生産要素の組合せや業務内容を見直して、再編成することを意味している。多くの企業でいわゆるリストラが検討されるようになった背景には、以下のような日本的経営の行き詰まりがあると考えられる。
株式持合い、金利の横並び、含み益の存在などを背景に経営者は資本市場からの圧力を余り感じない形で企業の経営を行い、そうした下で経営目標としては企業の成長やシェア拡大が重視された。成長が見込まれ、競争圧力の少ない市場にあっては、当面の利益は少なくても早期に占有率を高めておくことが重要であり、また行政に実績重視・業界秩序尊重の色彩が強かった。こうしたなかで、追い付き型成長が終焉し、目標を失った資金は土地や株式などの資産を高騰させバブルが発生し、企業の非効率な部門が増大した。
バブルが崩壊し景気が低迷しても、企業の含み益や政府の経済対策へ依存し、企業体質改善のテンポは緩やかなままであった。また、雇用のコストを固定費化させるような長期雇用慣行も体質改善が緩やかになる背景となった。
本章では、こうした背景で生じた雇用・設備・債務の過剰について検討しているが、これらは相互に関係している。こうしたなかで、以下のような方向性が求められている。
第一は、企業の体質改善は不可避である。これまでの資本効率を軽視し、規模拡大を志向する戦略は多くの面で限界に来ている。仮にこうした状況の下で、企業が含み益を使い続け、また政府の需要面の刺激策に頼り続ければ、一層急速な調整を迫られる。言わば篭城型のシナリオでは、兵糧が減少していく状況が企業の従業員や国民にも推察され、将来の不安が高まっていく。企業の体質を改善し、本来の意味での生産的な業務を増やすことで、希望と安心感が生まれていくことになろう。
第二は、体質改善に伴う副作用を小さくすることである。中高年のホワイトカラーは人口構造、情報化、職業転換の面でも不利であり、リストラの影響を集中的に受けかねない。能力と適性にあった業務に就きやすい労働市場の整備が必要である。
第三は、企業の前向きな再編努力の促進である。現在の需要に応じて雇用や設備を調整すれば、単純削減型のものとなり、経済全体では相乗効果を持って不況の一層の深刻化になりかねない。企業は、新規業務の実施や業務再編、合併や吸収など、前向きの形で効率を上げる努力が期待される。企業再編の制度的環境を整備し、前向きの挑戦と雇用や設備の再利用をファイナンスする資金の流れが必要である。
第1節 リストラの長期的背景
最近、多くの企業でリストラが検討されるようになった背景は、深刻な不況に加え、次のような日本的経営の行き詰まりがある。
○従来型経営スタイル
- (1)株式持ち合い、金利横並び、含み益の存在
- (2)成長が見込まれ、競争圧力が低い市場環境
- (3)行政の業界秩序尊重
==>低い市場圧力とシェア重視の経営が主流
○追い付き型成長の終焉とバブルによる問題中断
- (1)追い付き型成長の終焉とともに我が国経済の目標が不明確化
- (2)目標を見失った資金は土地や株式などの資産を高騰させバブルが発生
==>含み益や資本調達コストの低下を背景に、企業は横並び的に設備・雇用を拡大し、問題の解決は先送り
○バブルの終焉と深刻化した問題の再来
- (1)バブル期を通じ、金融機関の審査能力が低下
- (2)企業の非効率な部分が増大
- (3)ROEなど資本の収益率が大幅に低下
(背景:日本の得意分野へのアジア諸国の進出にともなう競争の激化)(第2-1-1図)
- (4)今後も成長が見込まれる知価創造的な産業については、追い付き型・技術導入型の戦略は機能しない
○バブル後の停滞
バブル崩壊後も、企業体質改善のテンポは緩やかなまま
- 理由
-
- (1)含み益、政府の経済対策への依存
- (2)限定的な規制緩和効果
(需要拡大につながったものは移動体通信など一部のみ)
- (3)開廃業率の低迷(第2-1-2図)
- (4)長期雇用慣行の維持
(長期雇用慣行の存在は雇用のコストを固定費化させており、将来の不安が高まる中、企業の新規雇用に対する態度は一層慎重化)
第2節 リストラ圧力の高まり
○なぜ最近リストラ圧力が高まったか?
- (1)期待成長率の低下
- (2)含み益の払底
- (3)自由化・国際化した資本市場からの圧力の高まり
- (4)人口構造の側面
○期待成長率の低下
財政状況に対する市場の反応が敏感になっているとの見方もある中で、景気の自律的な回復には企業体質の改善が不可欠との認識
==>供給面の政策の必要性に関心が集まる
○含み益の払底と株式持合いの低下
これまでは含み益があったため、企業改革は新規雇用削減など比較的マイルドであり、非効率な設備や雇用の有効活用努力の必要性の認識に遅れ
しかし、バブル時期のピークに比べ含み益は3分の1に減少
また、株式の含み益の減少は株式持合いを弱め、資本市場の監視機能が強化
○財務内容に応じた資本コストの変化
銀行がリスクに応じた金利設定を行い始め、資金調達コストが大きく変化
==>「含み益経営」が事実上困難になり、単に親会社から子会社に賃金コストを移しかえるような雇用対策は減少し、企業に財務体質の改善を迫る
○会計基準の変化
企業の会計基準の時価評価への移行、連結重視の会計基準
==>企業経営の効率化を促す
○人口構造の側面
ベビーブーム世代が50歳前後に達し、処遇が困難となり雇用環境が深刻化
○増加するM&A
リストラの手法としてのM&Aが注目されている
特に外資系企業によるM&Aが多数みられる
この場合、収益重視の観点から、非効率な部門は雇用を含めて整理し、対抗上、他の企業も同様の効率化を図る可能性がある
アメリカではM&Aが雇用に影響
==>大企業ではM&Aを通じて、雇用が減少
中小企業ではM&Aを通じて、雇用が増加
第3節 雇用面の動き
○いわゆる過剰雇用の実態
- いわゆる過剰雇用の規模は景気の後退に伴って大幅に増加(99年3月末時点で228万人)(第2-3-4図)
- 特にホワイトカラー労働者は雇用調整が遅く、雇用調整に時間を要する構造となっている。
○長期雇用の比率を低下させる要因
- 90年代に成長率の低下に伴い、期待成長率も低下し、長期雇用労働者の雇用調整が必要に
- 期待成長率の低下、企業間格差の拡大などにより、従来の年功型賃金体系での処遇が困難になってきた。(第2-3-3図)
○情報化と雇用の関係
- 米国では情報化による雇用創出効果が労働代替効果を上回り、雇用の創出に大きく寄与しているが、(ロボット導入には米国に先んじた)日本では逆に下回っている。(第2-3-10表)
- 情報化は、ホワイトカラー層の雇用に影響を与えている。
○求められる労働移動の迅速化
- 国際競争の激化や不確実性の高まりの中で企業特殊的能力の重要性は低下、会社人間化の弊害も
- 企業特殊的な性格の強い事務労働者は、いったん離職すると離職期間が長くなる。
- 転職に要する期間が長いと賃金が低下する割合が高まる。
○変化する転職意識
- 特に若年層で転職希望率が高まっている
- 企業の雇用維持指向も依然として高いものの、悪化する業績との間でジレンマに陥っている。
○労働移動の増大の程度
- 長期雇用の比率は今後低下。しかし、我が国はアメリカより長期雇用のメリットが大きく長期雇用は引き続き大きな部分
- 企業には、必要に応じて、分割・合併・再編も含め幅広い観点から従業員の活用方策を着実に進め、調整の痛みを可能な限り緩和していくことが求められる。
○労働移動の増大への対応
- 労働移動の増大に対応して、労働者には普遍的能力の蓄積が、企業には企業活動の再編や企業内起業が、そして公的部門にはセーフティネットの充実が求められる。
第4節 いわゆる過剰設備
○過剰設備の実態
- (1)過剰設備---需給ギャップから見た過剰設備(98年末約35兆円)と、期待成長率や相対価格なども考慮した企業からみた過剰設備(同約41兆円)(第2-4-1図)。今後3年間の成長率が0.8%[2.0%]で、将来の期待成長率も同様の場合、設備投資が年率マイナス5.5%[プラス7.1%]で推移すると、3年後には設備過剰感が最近の谷程度の水準に低下。
- (2)設備の経過年数(ビンテージ)の長期化---老朽化による生産性の低下、新たな技術の導入の遅れ
- (3)生産能力と資本ストックのかい離---製造業の資本ストックは堅調に伸びているが、数量ベースの生産能力はほとんど上昇していない。従って現実の資本設備の過剰度はそれほど高くない可能性
- (4)過剰設備存在下で実施される設備投資---設備過剰感の高い業種が設備投資を控えているわけではない。設備過剰感との相関は、設備投資行動<需給判断<雇用判断の順序で高く、設備過剰と雇用過剰とはコインの両面の関係(第2-4-5図)
○業種別にみた過剰設備
- (1)装置型業種で高まる設備の老朽化---バブル期の高い成長見通しのもとでの投資が生産能力に結びつくまで時間がかかり、その間に需要が低迷して過剰設備に
- (2)過剰設備の処理と政策的な対応---設備の処理は、保有コストと将来の需要増の可能性のバランスの中で企業が判断すべき問題であるが、政策的な対応が求められる場合も考えられる
- (i)設備の売却や跡地の有効利用などが、規制の制約があって円滑に進まない---用途地域指定の適切な見直し
- (ii)不況期における処理損計上を避けて好況期に先送り---税制面での対応についての議論
- (iii)装置型産業における「すくみ」(業界全体では過剰設備処理が望ましいが、各企業には廃棄によるデメリットが大きく処理が進まない)
○設備廃棄の経営への影響
- (1)廃棄---除却損が減収要因に。また過去の投資は埋没費用であるため、元の資本の収益率は必ずしも上昇せず、損失は確定するが直ちに財務体質の改善にはつながらない。
- (2)売却---不採算部門からの撤退による企業の体質強化、経済全体の生産性向上につながる。ただし需給ギャップを供給面から縮小することにはならない。
==>企業は、体質改善のため、長期的な視野の下に自主的な経営判断により過剰設備の処理を行うことが必要。
==>政府は、モラルハザードが生じる可能性を十分考慮しつつ、事業再構築を円滑化させるような環境整備に取り組むべき。その際、結果として企業の行動が後ろ倒しされることにならないよう留意。
第5節 企業債務
○企業債務の実態
売上高債務残高比率はバブル期に上昇し、その後、低下していない
特に、バブル期に不動産に大量の資金を投入した業種で顕著(第2-5-1図) ==>過剰債務による利払い負担は、人件費等のコスト削減だけで解決できる問題ではない
○負の遺産としての過剰債務
過剰債務の存在により歪む企業経営(後向きな仕事の比重が高まる)
==>銀行と企業の損失の合計は時間とともに増大
○求められる企業活動の正常化
過剰債務解消のためには不採算な事業を切り離すことが必要
==>財務内容の情報開示、金融仲介機能の回復・強化、債務株式化
- 債務株式化を進める上での3つの原則
-
- 債権の一部放棄を強制しない
- 制度的障害を取り除き、当事者の合意を円滑に実現しやすくする
- モラルハザードを防止するため、債権放棄を行う場合には、経営者だけでなく既存株主も含めて責任を明確化
○企業年金を巡る問題
新しい会計基準導入で積立不足の開示、費用計上が必要に ==> 収益圧迫要因
○銀行のリストラ
銀行数や支店数、従業員数など銀行部門の経営資源が過剰との指摘
(いわゆるオーバーバンキング)
==>G5諸国で銀行のリストラ状況を比較すると、我が国の銀行は、不良債権処理等で収益が低下している一方で、雇用者数や金融機関数などでみた銀行部門の規模の縮小は、これまではほとんどみられていなかった(第2-5-6図)
○諸外国と我が国の公的資金投入
諸外国でも同様の不良債権問題が発生したが、大きく異なったのはその後の処理のスピード等。 ==> 先送りのコスト第6節 企業の体質改善
○3つの過剰(雇用・設備・債務)の相互関連
- (1)設備の過剰と雇用の過剰
過剰設備の維持費のかなりの部分が人件費であり、雇用が別の方向で活用される途が開けば、設備の処理も進みやすくなる。
- (2)債務の過剰と設備の過剰
債務の重圧が経営者の行動を歪め過剰な設備の処理を遅らせる
○リストラのあり方
- (1)企業の体質改善(規模拡大、シェア重視から資本効率の重視へ)
==>非効率な生産要素の保蔵は景気回復にはマイナス
==> ==>企業の含み益と政府の経済対策に依拠した篭城型のシナリオは将来、より急激な調整を必要とする
==>企業の体質改善、生産的な活動の増加を通じた希望と安心感の醸成が不可欠
- (2)体質改善のための副作用の最小化
==>中高年ホワイトカラーへのリストラのしわよせの回避
==> ==>能力にあった業務に就きやすい労働市場の整備
==>職業能力開発や雇用保険などにおける配慮
- (3)企業の前向きな再編努力とそれを引き出す環境整備
==>需要に合わせた雇用・設備の削減のみでは経済全体が縮小
==> ==>新規業務の実施や業務再編、合併や吸収など、資本設備も含めて前向きの形で効率を上げることが必要
==>企業再編の制度的環境の整備、前向きの挑戦と雇用や設備の再利用をファイナンスするリスクマネーの必要性
第3章 新しいリスク秩序の構築に向けて
現在、我が国経済は、厳しい状況にあるが、この背景には、これまでのリスク負担秩序が崩れたことで各経済主体の行動が慎重化していることがあると考えられる。
景気低迷の長期化、深刻化の中で、「銀行や大手企業は潰れない」、「いざというときにはメインバンクは助けてくれる」といった「暗黙のルール」は、次々と破綻し、これまでの日本的なリスク関連秩序が機能しなくなった。これまでのリスク負担秩序が保たれ日本的経済システムが機能してきた背景には、土地神話に基づく融資構造、護送船団行政、規制による資本市場の発達阻害、持合い等による資本市場からのチェックの弱さ等があったと考えられる。リスクは、長期的な信頼関係の中で関係者全体、あるいは社会全体で負担する形となっており、言わば「リスクの社会化」ともいえる状況が続いてきた。
リスクを伴う行動がなされるために必要なことは、リスクが小さいことではなく、リスクが十分に分散されていることと、リスクに見合ったリターンが見込まれているいることである。しかし、暗黙のリスク負担ルールや土地担保の過信・偏重等から、ともに十分なものではなかった。
いわゆるベンチャー企業やそれに資金提供するベンチャーキャピタルは、マクロ的な観点からみれば、必ずしも大きなものではないが、新規産業分野における活発な創業活動や急速な企業成長を担う存在である。ベンチャー企業の発展のためには、企業の成長ステージに応じて必要な経営資源が組み合わさるような企業の構成要素の流動性、リスクに見合ったリターンの確保のほか、失敗の経験を生かして再出発できることなどが必要である。
脱大量生産社会に入った経済の潜在成長力は、資本や労働といった生産要素の利用可能性よりも、経済が全体としていかに上手にリスクを分散させかつ管理していくかに依存している。このため、時代の要請に見合った新しいシステムを経済の基盤として構築していくことが急務となっている。
資金供給面からみると、銀行融資を補完し得る資金調達ルートが育つ必要があると考えられる。そこで期待されるのは家計がもう少し高いリターンと引き換えにもう少し大きなリスクをとる形での資金の流れである。
経済的リスクには、保険方式での対応が可能なものと、困難なものがあるが、公的システムの将来像をさらに予測し易いものにすることは、関連の民間保険の設計を容易にしその発達に寄与し、ひいては家計においてもこうしたリスクの分散が容易になる。
リスクへの挑戦を活性化するためには、金融面だけではなく、規制緩和等事業活動の環境面の整備も重要である。リスクへの挑戦が不活発な背景には、我が国の教育や企業を取り巻く風土も影響していることが考えられよう。新しい成長の時代を切り開いていくためには前向きの挑戦を促進する方向での変化が必要である。
第1節 これまでのリスク負担秩序
リスク、risicare(勇気をもって試みる)
○日本的経済システムのリスク処理機能の特徴
- (1)暗黙のルール
- (2)再構築困難
- (3)成長期待と地価上昇に依存
- (i)これまでは先進国のお手本を追うという点でリスクが小さかった
- (ii)地価の上昇期待が強く、土地は担保や含み益の源泉として機能
- (iii)行政当局の調整力
○いままで誰がリスクをとっていたか
企業の信用リスクに見合ったリターンを求めず、担保に依存
==>中小企業向けの貸出のウエイトが上昇した割には、利鞘はそれほど変化せず(第3-1-1図)。
- リスクが顕在化したとき
-
==>株式等の含み益を収益のバッファーとして利用。逆に言えば、いざというときにバッファーとなる株式の含み益があったからこそ、積極的に貸出に応し、信用リスクをテイクできた(第3-1-2図)。
銀行の損失が嵩み、経営危機に陥った場合のこれまでの対応。
==>他の銀行から支援を受けたり、吸収・合併されるという形での問題処理。
○リスクの社会化
リスクは長期的な信頼関係の中で関係者全体、あるいは社会全体で負担する形。
==>「リスクの社会化」
○リスクマネーの2経路
- (i)大企業中心に生じていた含み益
- (ii)中小企業向けの土地担保融資
第2節 リスク秩序の崩壊
○「暗黙のルール」の破綻
不良債権問題の抜本的な処理を先送りしながら、需要拡大策で対応してきた結果、以下のような「暗黙のルール」は次々と破綻。
- (1)「銀行や大手企業は潰れない」(第3-2-1図)
- (2)「社債やコール市場の債務不履行はない」
- (3)「いざというときにはメインバンクは助けてくれる」
- (4)「母体行は他の債権者に迷惑をかけない」(第3-2-2図)
○「貸し渋り」の「暗黙のリスク負担ルール」へのインプリケーション
中小企業にとって銀行借入以外に資金調達の手段が閉ざされていた。
銀行借入は特段の事情がない限りロールオーバーされ、自己資本に近い位置付け。
==>貸し渋りは中小企業からみれば、資本金の回収にも近いようなインパクトを有した可能性(第3-2-5図)。
メインバンク---経営状態が悪化した場合には、メインバンクが役員を派遣するなどしてその企業の実質的な経営権を握り、責任をもって再建を図ることが暗黙のルールになってきた(いわゆる「状態依存的ガバナンス」)。
メインバンクによる役員の派遣の減少
==>メインバンクの保険機能が低下
○日本的なリスク関連秩序崩壊の背景
- (1)キャッチアップの終了
- (2)株価や地価等の資産価格の下落と含み益の払底
- (3)金融・資本市場等の自由化・国際化
==>明示的でなかったルールが破られ始めたことから、不安が一気に広がり、信用収縮を通じて不況が深刻化。
(これまでの不況期は、リスクをとる行動は縮小しても関連秩序は保たれてきた)
第3節 これまでのリスク処理機能
○リスクを伴う行動がなされるために必要なこと
- (1)リスクに見合ったリターン
- (2)リスクが十分に分散
○リスクとリターンの関係
リスクに見合ったリターンが成立していなかった可能性
- 論拠
-
- (1)主たる資金供給者の銀行は含み益をバッファーに、不動産を担保にした貸出に安住
==>個別の企業や事業のリスク審査に基づくリターンの設定を行わなかった
- (2)社債---発行企業の倒産の際に受託銀行により買い取られていた
==>だが、社債の格付間利回りが開いたまま(第3-3-1図)
=リスクに見合ったリターンが形成されるようになったとの評価も可能
- (1)主たる資金供給者の銀行は含み益をバッファーに、不動産を担保にした貸出に安住
○リスクの分散
金融部門のリスク分散機能が大きく立ち遅れる
- 理由
-
- (1)銀行間の横並び的行動
- (2)情報開示やリスク評価能力の発展の遅れ
- (3)土地担保の過信と偏重
- (4)株式含み益による貸倒れ損失の償却
○発達の遅れた社債市場
- (1)これまでの国内債の発行規制
- (i)適債基準=無担保社債の発行条件として、一定以上の格付け取得を課す
- (ii)財務制限条項ルール=無担保社債の元利払の確実化のために、財務内容を制限
==>ハイリスク・ハイリターン、ミドルリスク・ミドルリターン投資手段の制限
- (2)社債依存度の日米比較---我が国が低い
特に自己資本比率が低い企業での社債依存度の違いが相対的に大きい(第3-3-2図)
第4節 ベンチャー企業を巡る環境
○ベンチャー企業の影響力
- (1)急速な成長を実現し付加価値や雇用を生み出す(情報サービス産業の雇用の増加など)
- (2)市場での競争を通じて既存企業のリストラを促す
- (3)上述した効果がGDPを押し上げ、それが他の産業分野に及ぼす好影響
○ベンチャー企業の特色
ベンチャー企業を成長させるポイント
==> 企業の構成要素の流動化(雇用、資本、経営、設備etc.)
==> 投資家、事業家がリスクに見合った収益を期待できるシステム
==> 適切なリスクシェアとリスクが顕在化した場合のコストの最小化
○ベンチャー企業への資金供給
==> 銀行------融資先の企業が成長した後、取引先となり続けるかが不確実化
==> ベンチャーキャピタル------日本はアメリカに比較して、投資原資の資金量のみならず育成ノウハウにおいて大きな差が存在(第3-4-5図)
==> 店頭市場------NASDAQは、企業成長を促進する市場として機能しているのに対し、日本の店頭市場ではこうした傾向は見られない(第3-4-7図)
○人材
- (1)過去の失敗の経験を生かせることが必要
- (2)従業員、役員に対してもリスクに応じた収益を確保するシステムが必要
- (3)失敗した企業家などに過大なコストが発生するシステムを改める必要
- (4)投資家が適切にリスクを評価し、コントロールすることが必要
==> ストックオプションの導入
==> 転職者に不利にならない人材市場、企業年金制度の導入
==> 倒産法制の見なおし
==> アメリカのシステムの研究と我が国経済への応用を図る必要性
第5節 市場機能と政府の関与
○市場経済のリスク分散
市場経済はリスクをヘッジしたり分散する機能を持っているが、我が国の金融機関は、デリバティブの取扱いで欧米の金融機関に比べ出遅れ。(第3-5-1図)
- 欧米金融機関がデリバティブの取扱いを強化した背景
-
- 1金融自由化に伴い中長期的に利鞘が縮小傾向にあり、新たな金融サービスに収益源を求めようとした
- 2自己資本比率規制により、バランスシート上のアセットを膨らませずに、オフバランス取引での収益を目指した
- 3情報処理や通信技術、金融工学の発達により、新金融商品の開発やリスクを分析する技術が発達してきた
○分散可能なリスクと官民の役割
年金、医療等について、公的システムの将来像をさらに予測しやすいものにすることは、関連の民間保険の設計を容易にしその発達に寄与する。ひいては家計もこうしたリスクの分散が容易になり、安心して消費を増やせる。
○マクロ経済リスクと政府の役割
景気変動リスク、資産価値の変動リスク等のマクロ的リスクは、市場を通じて分散させることは困難。国は国民経済中最大のリスク負担能力。
国のリスク負担が余り大きくなると、その帰着が明らかでないことから、家計や企業が将来の負担に関して感じる不安が高まり、これが経済活動を萎縮させ、不確実性の増大に伴うデメリットが国のリスク負担のメリットを上回ることになる可能性が否定できない。
我が国の財政は巨額の財政赤字に加え、将来の年金関連債務など目に見えない負担やリスクを相当抱え込んでおり、リスク負担の限度に近づいている可能性がある。
第6節 新しいリスク負担システムに向けて
脱大量生産社会の潜在成長力は、経済が全体としていかに上手にリスクを分散させかつ管理していくかに依存
==>時代の要請に見合った新しいシステムを経済の基盤として構築していくことが急務
○新しい時代の資金需要の性格
様々な新しい知恵を出し、市場化を試み、その中から育つものを育てる、という戦略的な試行錯誤が重要に ==> ハイリスク・ハイリターン化
不動産担保、株式含み益、超過利潤など、これまで銀行のリスク対応力を支え、融資を主たる資金供給ルートにしてきた要因がなくなってきている。
==>銀行融資を補完しうる資金調達ルートが育つ必要
○家計のリスク・テイク
我が国家計の安全資産選好は、安全性を第一に考える家計の資産選択行動の結果であるのか、供給サイドに様々なリスクとリターンを組み合わせた金融商品を提供する機能が不十分であるためなのか?
- (1)金融機関の商品開発力の問題
- 日米で異なる金融自由化への評価。アメリカ:「選択の幅は拡大した」、日本:「金融機関が提供するサービス内容は変わらない」(第3-6-2図)
- (2)土地資産の位置づけ
日本では土地資産が個人資産の中で大きなウェイトを占める ==>土地をリスク資産に含め、株式、債券、土地とその他の資産との保有内訳を比較すると、日米でリスク資産比率に大きな差はみられない。(第3-6-4図)
- (3)金融資産の運用という面でも安全はタダではない。現にバブル崩壊の影響を大きく被っている。
- (4)生産活動への資本提供はギャンブルではなく生産活動への参画と支援
- (5)政府は遅ればせながら金融資本市場の条件整備を行っている。
○リスクへの挑戦を支援するためには
- (1)金融面と並んで、事業活動の環境面の整備も重要(規制緩和)
- (2)教育や企業を取り巻くこれまでの風土
将来の安泰な官公庁や大企業への就職が重視されてきた。
-企業内ではコンセンサスが重視され、リスクへの挑戦に慎重
-自営業への評価が不充分
-大学と実業界の連携も不充分
おわりに
○萎縮が続く日本経済
- 新しい生活様式の発想・提案と、それに即した需要の発掘が重要。これまでのシステムはそうした活動を支えにくい
- 資産価格の下落と実体経済の縮小とが相互作用的に生じ、大幅な信用収縮が発生。各種の慣行が次々に崩壊
- 日本経済全体のリスク許容力が衰え、縮み志向が悪循環を招いている。
○いわゆる土地本位制からの脱却
土地本位制とも言うべきシステムが急速に崩壊。ハードランデイングに伴う陣痛を乗り越えれば、以下のようなメリットを持った新しい成長の可能性が開けてくる。
- (1)土地の効率的な利用
- (2)含み益に頼らない持続的成長
- (3)国際的なシステムとの調和
- (4)勤労所得や危険負担に見合った所得
- (5)景気変動の安定化
○リスク対応力回復の必要性
- 経済の国際化が進展した中では、豊かさに安住して守りに入っていては、先進国であり続けることはできない。
- とるべきリスクはむしろ大きくなっている。個人の不安を増大させることなく、どのように経済全体として前向きの挑戦の体制を整えるかが課題
- 現在、国や公的な金融が相当のリスクの肩代わりを行っているが、こうした状況をいつまでも続けていくことはできない。
○不況脱却の戦略=供給面の改革
- 企業の体質改善の先送りを支えてきた含み益は底を尽きつつある。
- 今後とも改革を先送りするという篭城型のシナリオでは兵糧がもたない。
- 政府の大規模な需要喚起策が金利上昇の一因となった可能性も否定できない。
- 民間需要が回復しないと中期的な期待成長率は回復しにくい。
- 家計も、含み益吐き出しや財政に依存した経済の先行きに対する不安を強めている。
- 経済活動の中核である企業が、新しい利益を生み出す体質に早急に転換することが必要
- 但し、縮み志向型・資源切り捨て型のリストラではなく、資源と創造力を活用する前向きのリストラを
- 緊急的に実施される総需要拡大政策に続けて、副作用の少ない形で供給面の改革を進め、企業部門の元気を回復させていくことがより本質的な課題
- 副作用とは
雇用不安など個人の生活の安定性にかかわる問題
苦境にある企業や金融機関を公的に支援する際のモラル・ハザードの問題
○3つの課題
供給面の改革努力は基本的には企業自身の問題。
その環境を整えるためには三つの課題。
(1)資本市場の企業経営監視機能の強化と、企業の体質改善の障害の縮小
企業経営に関する情報開示を進めるとともに、家計を対象にした小口かつ信頼性の高いリスク商品が普及するような環境を整備したり、確定拠出型年金の普及を促進すること。また、流動的で安定感と厚みのある労働市場を整備すること。さらに再建(倒産)、分割、合併、交換など、事業の再編に対する制度的・手続的な障壁を少なくしたり、土地の利用規制を合理的なものとし、土地の有効活用を図っていくこと。
(2)特に雇用に重点をおいてセーフティ・ネットの整備
- 個人の不安を少なくする方向で、官民の職業紹介機能を充実させること、職業能力開発を重視しつつ雇用保険を充実させること、NPOなどの活用も含め、アイデアや能力を新しい経済活動に結び付けていく環境を整備すること
- 企業の疑似共同体としての機能の低下を補完する形で、地域社会などの共同体としての機能の回復を図る
- 少子・高齢社会などに関する個人個人のリスクを適切に分散できるような環境を整備
(3)先進国にふさわしい前向きのリスクが十分に分散され、それが適切な対価で負担されるようなシステムの構築。
- 金融面では、土地担保に頼らない評価能力を育成し、横並びを脱しベンチャーキャピタルや不動産の証券化など、多様な金融サービスが本格的に供給される体制を構築すること。また、円の国際化など、巨額の金融資産を国際的に分散運用するための環境を整備すること。
- 事業面では、非製造業を中心に一層の規制緩和を進め、起業に関する諸費用を軽減したりビジネスチャンスを拡大すること。また、ストックオプション制度を導入したり創造性に対する評価・報酬を積極化させるなど、リスクに見合ったリターンが得られるようにすることを通じて、創造力を基盤に繁栄する企業を多く育てること。教育や企業の風土も前向きの挑戦により積極的なものになっていくこと。